『1ヶ月遅れのクリスマスキャロル』
作者:ありきたもつ
街は朝からクリスマス一色に染まっていた。新聞もテレビのニュースでもクリスマスの話題を取り上げていた。
「あーあ」
景子は新聞をとじ、テレビを消してため息をついた。側に置いたマグカップを手に取り、熱いコーヒーを一口飲む。
職場の近い景子は朝、ゆっくり出来る。
だからちゃんとした朝食をとり、ニュースを見て、新聞を読んだり、
また気になる商品や流行の文芸書をチェックして、くつろいだ時間を過ごしていた。
信次がいた頃は、朝が弱い彼にモーニングコールをするのも日課だった。
なのに今日ときたら、もう街中がうかれちゃって。確かに恋人たちにとって、今日は特別な日になる予感に満ちているのだろう。
それは分かるけれど、景子にとってはいつもと変わらない一日の始まりにすぎなかった。
テーブルの上の、景子の腕には大きすぎるオメガの腕時計に目を向けた。
まだ早いけれど、景子は身支度を始めることにした。
そういえば、
景子は上着の袖に腕を通しながら、ちょっと思い出してみた。
急いで空港に見送りに来た景子は、何も餞別を用意してなかったので、その時自分がしていたスウォッチを信次に渡したのだ。
そしてかわりに、信次は自分のオメガを景子に渡したのだった。
あのスウォッチ、まだちゃんと大事に持っていてくれるんだろうか。景子は思った。
けど信次のことだから、きっと今でもちゃんと使ってくれているんだろうな。
あの日、信次がニューヨークに建築の勉強をするために行く事を、景子に告げた時。
景子は信次を激しく責めたてた。景子の様子に困惑した信次の顔がますます景子を腹立たせた。
一言ぐらい相談があってもいいじゃない!
けれど信次のことだから、きっと悩んで悩んで悩みぬいた末に出した答えだっただろうし、
それは信次が決めなければならない事だから、景子には、そんな信次をたすけてあげることは出来なかっただろう。
ずっと離れ離れで、会えなくなってもいいの!
けれど今までだって全国を飛びまわる信次とは、たまにしか会えなかったんだし、
それに今なら世界中どこにいたって、電話にしろE−メールにしろ連絡がとれる。
そんなことより本当は、景子は怖かった。信次においていかれる事が。いつか自分の手のとどかないところに行ってしまうことが。
たまに子供みたいなところを覗かす信次の、その目はいつもまっすぐ前を見ていた。
いつだって、自分の夢に向かってただ真っ直ぐに歩いていた。なのに私は、わたしは、
自分が自分らしく生きて行く事。
簡単だけど、景子はそう決めて毎日を送ろうと思った。いつまでも信次に負けていられないから。
信次が出発するその日まで、とても信次に会う気になれず、ずっと逃げ回っていた景子だったが、
彼が乗る飛行機を見送って、やっと気が付いた。ああ、簡単なことだったんだと。
その日から、景子はいつか信次が帰ってきた時に、ちゃんと”お帰りなさい”と言えるようにと、この街で生きていこうと決めた。
そろそろ時間だ。景子は腕にするには重い時計をジャケットのポケットにいれると部屋を振り返った。
あの日以来、信次の写真は一枚も飾っていない。
「行ってきます」
景子はピンと背を伸ばし、前を見て、そして部屋を出た。
景子にとって、信次のいない、二度目のクリスマスをむかえた。
<あとがき>
…何、これ?って、思いましたか?
構成員Kが「何か書いて送って」と言ったから、以前書いたものを引っ張り出して来ましたけど。
プロローグみたいですけど、これで完結です。続きは勝手に想像して下さい。
以上、ありきたもつでした。
<感想>
オリジナルでの投稿ありがとうございます。
あきたもつさんらしい文章ですねえ。久しぶりに読めて嬉しかったです。
内容がドラマっぽくて良いですねぇ。
これからもどんどん書いて送ってください。