「ふむ、少し右の振りが遅いですね……」

早朝6時、女子寮から少し離れた所にある森の中で、魔璃は鍛錬をしていた。

何度も体を動かし、その都度おかしな所がないか確認している。

「父さんに作ってもらったメニューも、もう殆ど終わりかけだし、そろそろ次の段階に上げてもらおうかな」

麻帆良に来る際、恭也に作ってもらった鍛錬のメニュー。

一週間おきに届くそれをこなしているのだが、魔璃はそろそろ次の段階にステップアップをはかれそうかと考える。

(斬・徹・貫はもう殆ど完璧…に、近いかな……でも、流石にまだ奥義なんて教えてもらえるわけもないだろうし)

14歳と言う若さで御神流の基礎であるその三つを覚えているのは、吸血鬼としての力が大きい。

だが、まだ体が出来ていないこの時期に、急激に奥義の訓練などに取り掛かれば体を壊しかねない。

そう考えて、恭也は魔璃に殆ど基礎の反復をさせているのだが……

(考えても仕方がないですね……エヴァさんの魔法の訓練もありますし)

剣の修行に加え、今ではエヴァに魔法も師事している魔璃。

時間に関してはそれほど深刻ではないが、それでも疲労は違う。

(う〜ん、一日何もしないと取り戻すのに三日かかるから…学校がない日にでも、思いっきり休息しようかな)

素振りをこなしつつ、魔璃は考える。

「………………」

そんな時、魔璃は急に素振りをやめ、ある一点を見つめる。

「どなたでしょうか? 覗き見は趣味が悪いと思いますけど」

無表情な声で、魔璃は言う。

「……まさか、気付かれるとは思っていなかったでござるよ」

魔璃の言葉の後、木の上から一人の少女が降りてくる。

「あなたは……」

「お主のクラスメイトの、長瀬 楓でござる」

そして、その少女…楓は自己紹介をする。

「その長瀬さんが、私に何か用ですか?」

少し警戒しながら、魔璃は尋ねる。

「いや、なにやら風切音が聞こえたので、気になっただけでござるよ」

そんな魔璃に、楓はいつもの笑みを浮かべながら答える。

「それでしたら、一言声をかけてくれればいいですよ……別に、貴方達には見られても害はなさそうですし」

「それは、どういう意味でござるかな?」

探るように、楓は尋ねる。

「貴方も、人にはあまり言えないことをしているでしょう、長瀬さん。 そんな人が、同じような人を売る事はしないと思うだけですよ」

意地の悪い笑みを浮かべながら、魔璃は楓に答える。

「お主も、人が悪いでござるな」

そんな魔璃に、楓は苦笑しながら言う。

「お互い様ですよ…それに、今の私の技量では長瀬さんを倒すなど難しそうですし」

「謙遜でござるよ」

そう言いあって、二人は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

忍者と剣士と

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、長瀬さんは山奥での修行もしているんですか」

「あいあい、山での修行は結構いいものでござるからな」

寮に戻る道すがら、二人は色々な話をしていた。

まぁ、殆ど鍛錬などの事だが……

「私も昔父さんに連れられていきましたね、山の修行…休みの間ずっと山篭りだったんですよ」

苦笑しながら、魔璃は言う。

「魔璃殿のお父上殿は、どのような方でござるか?」

「そうですね……根は凄く真面目な人です」

楓の問いに、魔璃は答える。

「自分の信念をしっかり持っていて、自分の目の届く人を救いたいと考えるような、そんな人です」

今ここにはいない父を思い浮かべ、魔璃は説明する。

「自分の父を、こう言うのも変だと思いますけどね」

「いやいや、随分と良いお父上殿でござるな」

苦笑しながら言う魔璃に、楓は納得したように言う。

「でも、父の友好関係は変だなって思うんですよ」

「と、もうすると?」

「長瀬さん、蔡雅御剣流(さいがみつるぎりゅう)ってご存知ですよね?」

尋ねる楓に、魔璃は尋ね返す。

「勿論知っているでござるよ。 忍びとして、その流派を知らない者はいないと思うでござる」

頷きながら、楓は答える。

蔡雅御剣流とは、伊賀、甲賀とも肩を並べる忍術流派の一つである。

「その御剣流の当主が知り合いなんですよ」

「なんと!」

その言葉に、楓はかなり驚く。

「他には、神咲一灯流の当主や神咲楓月流、神咲神鳴流の当主とも知り合いですね」

我が父ながら、変な友好関係です、と魔璃は笑う。

「魔璃殿のお父上殿は、一体どのような方なのか……疑問が尽きないでござるよ」

感心したように、楓は言う。

「中身で見ますと、老成していますよ……でも、尊敬しています」

そう言う魔璃の目は、凄く楽しそうで。

「人としても、剣士としても、私にとって父さんは尊敬する父で、敬愛する師で」

自分に言い聞かせるように、魔璃は言葉を紡ぐ。

「そして、いつか必ず超えて行きたい壁でもあります」

力強く、魔璃は言い切る。

はるか上にいる父と、いずれ肩を並べたい。

それが、魔璃の思いだった。

「でも、その前にどうしても倒さないといけない人がいるのも事実ですけどね」

フッと、魔璃の顔から表情が消える。

まるで能面のようなその表情に、楓は違和感を覚えた。

「それが誰か、聞いてもいいでござるかな?」

少し困惑気味に、楓は尋ねる。

「性は月村、名は雫……同じ親から生まれ出でて、それでもなお埋める事の叶わない才能を持った、私の姉」

先ほどまでの魔璃からは想像もできないような寒気が、醸し出される。

楓は、一瞬その寒気に体を震わせた。

「魔璃殿は、姉上のことが、嫌いなのでござるか?」

この反応を見れば、そういう結論に至らないわけがない。

そう思い、楓は尋ねるが……

「いえ、姉妹として、家族としての姉は大好きですよ。 休日などもよく一緒に出かけますし」

先ほどまでの冷たい感じではなく、今までどおりの感じに戻って、魔璃は答える。

それを聞いて、楓が頷こうとした瞬間……

「でも、剣士としての姉は大嫌いです……むしろ、殺してやりたいほどに」

その殺気に、楓は貫かれた。

心の奥底にまで届くような、深く、昏い、そんな感情。

それが、今の魔璃から感じ取れた。

「姉は、才能の塊でした…何をやっても出来てしまう。 こと剣に関して、姉は私の常に五歩、十歩先を進んでいる」

習い始めは確かに2年ほど遅かった……だが、それでも今の差はどうだろうか。

姉が自分と同じ歳、もう既に奥義の習得に取り掛かっていた。

自分はまだ基礎の反復のみ。

剣士として、身近にいる存在にこれほどまで才能の程度を見せ付けられ、魔璃はうちひしがれた。

父も母も、叔母も、その程度の事で侮蔑したり、見捨てたりするような人ではない。

だからこそ余計に、この埋まらない差が、魔璃にはもどかしかった。

「すいませんね、他人の長瀬さんにこんなつまらない話をしてしまって」

醸し出されていた殺気を霧散させて、魔璃は楓に謝る。

「いや、拙者の方こそ変なことを聞いてすまなかったでござる」

魔璃に変に気遣わせないように、楓はいつもどおりの笑みを浮かべる。

それに、話している間に寮が見えてきていた。

「さて、私は部屋に戻ってシャワーを浴びてから学校へ行きますけど」

そちらはどうしますか、と魔璃は尋ねる。

「拙者はこれから風香と史伽の食事を作るでござるが……魔璃殿も一緒に、どうでござる?」

その楓の申し出に、魔璃はキョトンとする。

不覚にも、楓はその表情を可愛いと思ってしまう。

「あの、何故私を?」

疑問を感じたのか、魔璃は尋ねる。

「なに、食事は大勢でした方が美味しいものでござるからな。 聞いたところ、魔璃殿はまだ一人であろう?」

魔璃は二人部屋に住んでいるが、まだ相方が決まっていない。

だから、食事などはほとんど一人で済ましているのである。

「……では、お邪魔でなければ」

「あいあい、歓迎するでござるよ」

答える魔璃に、楓は笑顔で答える。

そうこうしている間に、寮の玄関に到着する。

「では長瀬さん、後で伺わせてもらいます」

「かしこまったでござるよ」

楓にそう言い、魔璃が階段を上がろうとして。

「魔璃殿」

楓に、声をかけられる。

「次に会う時は、拙者の事を楓、と呼んでくだされ」

魔璃が振り向く前に楓はそう言い、魔璃が振り向くとそこにはもう楓はいなかった。

「…………楓、さん」

小さく、魔璃は呟く。

自分の思いのたけを、他人にはあまり話さないのに。

何故か、楓に話してしまった自分に疑問が浮かぶ。

だけど、そんな疑問も、どこか誇らしいものに思えるから。

(今度、楓さんにも訓練の相手になってもらおうかな)

そんな事を考えつつ、魔璃は自分の部屋へと戻って行った。

 

 

その後、魔璃が楓の事を名前で呼んでいることでエヴァと少し一騒動があった事は内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

 

月村 魔璃の麻帆良冒険譚、略して魔璃譚第2弾は、楓とのお話〜〜

フィーア「どんな略し方よ、それ……」

まぁまぁ、そこは置いといて。

フィーア「魔璃の身の上が少し明かされたわね」

魔璃はどういう人物か、まだあんまりちゃんと書いていないからねぇ。

フィーア「で、次回はどのあたりを書くつもり?」

修学旅行前か、学園祭前か、はたまたオリジナルか。

フィーア「つまり、何も決まってないと」

まぁ、遠まわしに平たく諦めを感じて言えばそんな感じかなぁ……

フィーア「……ぶっとべぇっ!!」

あべしっ!!

フィーア「全くあの阿呆は……ではでは〜〜」





ほうほう。雫に対して、剣士としてコンプレックスを抱いているとは。
美姫 「何か可愛いわね〜」
いや、平然と殺すと物騒な事を言ってますが。
美姫 「今回は楓とのお話ね」
恭也の交友関係を考えると、確かに付き合いはあるだろうし。
美姫 「流石に忍の世界では有名みたいね」
だな。次回はどんな話になるのか。
美姫 「楽しみにしてますね」
ではでは。



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