『新・恋姫†無双 〜降臨し不破の刃〜』




第一話



























それはいつもの忍のおかしな実験のはずだった。
危険は伴うが、命の危険まではない、おかしな道具の実験。
いつもどおり、爆発した実験をからかい半分にこき下ろして被った精神的苦痛の代償にする。
そんな騒がしい、しかしいつもどおりの一日になるはずだったのだが……

「きょ、恭也ぁぁぁぁぁぁ!」

「うっ! ぐぅぅぅぅぅぅぅぁああああああっ!」

今日に限ってはそれがいつもどおりではなかった。
忍が調べていたのは中国製と思われる古い銅鏡。
夜の一族としての妙な感が働いたらしく、なにがあってもいいように恭也も立ち会わせたのだが、さすがに電気を通したとたんに割れ始めるとは思わなかった。
そしてその割れ始めた鏡が光を発し、恭也達を取り込もうとするなど、なお予想だにしていなかったのだ。

「し、忍! くっ!……ノエル! 受け取れ!」

「恭也?……って待って! 何する気!?」

「黙って、ろぉぉぉっ!」

何故か薄れ始めた意識を必死に保つ恭也は、何とか忍の手を掴み、引き寄せるとそのままノエルのほうへと投げ飛ばした。
たいして重くもない忍は鏡の引力に逆らって光の圏外から手を伸ばそうとしていたノエルへとそのまま飛んでいき、

「恭也ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

何とかノエルの腕に収まった時、そこに恭也はいなかった。
しっかりと忍を抱え込んだノエルと、その腕の中の忍が眼にしたのは、砕け散った銅鏡のみだった。

「……そ、そんな……」

自分が妙なものを調べていたばっかりに恭也が光の中に消えてしまった。
そんな眼前の事実を認めたくないというように首を弱々しく振る忍。
しかし、

「お嬢様、お気を確かに」

そんな忍の頬を張り、乾いた音を響かせるもう一人の当事者。
それは彼女と主従関係以上のもので結ばれたメイド、ノエルだった。

「恭也様はなんとしてもお嬢様を助けようとなさいました。ならお嬢様も、もてるすべてを使って恭也様の行方を捜す事を第一に考えてください。それは……お嬢様にしかできない事です」

恭也の考えがどうであれ、結果としては最悪の中の最良だった。
どんな環境の変化であれ、人の生活できる環境であれば対応できる恭也が光に飲まれ、そして人知を超えた技術に通じている忍は残った。
これが逆ならどうしようもなかっただろうが、この形ならば対応のしようはある。
忍は瞳に浮かんだ涙を服の袖でぐいっと拭う。そして、

「ノエル! 急いでその銅鏡の破片を集めて! 私は同じものとか同じ時代のものが他にないか探す!」

「……はい。了解しました」

立ち直った忍はノエルにその場を任せ、地下へと走っていった。

























「……ちっ! 一足遅かったか……」

そんな月村家を覗き込む人影はそう言って舌打ちを繰り返す。

「くそっ! ……まぁいい。それにしてもあの男もついていないな。電圧などを干渉させるから……恐らく予定通りの場所にはいまい。まぁ、精々運命に翻弄されてもらおうじゃないか」

すると隣にもう一つ、影が現れる。

「よろしいのですか? 今度のようなイレギュラーは初めてなのでは」

慇懃無礼という言葉が本当にしっくりくる話方をするその影に、最初の影はつまらなそうに鼻を鳴らして応えた。

「俺は北郷の外史以外に興味はない。あの男は……まぁ、運が無かったと諦めてたどり着いた外史で生涯を遂げればいいだろう。俺は次にいく」

そう呟いた白い髪に白いマントで身を覆った少年は、次の瞬間もう闇夜に溶けるようにして姿を消していた。

「……大分円くなりましたね、左慈も。まぁ、すべての外史を否定しなくなったのは別にいいのですが……北郷一刀に拘るのは、どうにかなりませんかねぇ」

残された影、背の高い眼鏡の青年はそう言ってため息を吐き、

「……嫉妬してしまいますよ、本当に」

そう言って、姿を消した。


























「……ここは……何処だ?」

たしか俺は忍が調べていた銅鏡の光に飲み込まれて……! そうだ! 忍!
自分の周りを見回してみるが、そこは見渡す限りの砂漠。
いや、向こうに緑の山が見えているが……
近くにいないという事は、忍は無事という事だろうか?

「とりあえず、ここは忍の実験室ではないな」

それだけは確実らしい。
空間を広げたり、ここまで現実感のある映像を映し出したりという技術は、いくら忍でもないだろう………………たぶん。
とりあえず現状の確認を、と思い立ち上がって服についた砂を払おうとしたその時。

「?……今のは…………」

俺の耳に飛び込んできたのは叫び声。
しかもかなりの大人数のものである。
そんなに遠くはない…………行ってみるか。
正直、今の声は十人、二十人の声ではない。数千、いや数万という人間が一斉にあげた声だろう。
それなりに距離が離れているのに、フィアッセ達のコンサートの時に客席で聞いた喚声よりもかなり大きく聴こえた。
小さな丘を越えると、眼前に広がったのは……

「……なんだ…………これは……」

見渡す限り人の山。
その人の山が二組に別れ、どう見ても本物としか思えない武器を使って戦っている。つまりこれは……

「……戦争、か……」

それが何かの撮影や、最悪演習でもない事は漂ってくる血の匂いで分かる。
二組を見ると、一組は兵達がみんなそれなりの鎧を身に着けているが数は少なめ。
対してもう一組は、それぞれ武器も装備も貧相だが数は相手の倍近い。山賊や盗賊などといった印象を受ける。
鎧を着たほうはどうやら分断されてしまっているらしく、城のようなものの前で奮戦する組に合流しようとしているらしいもう一組が賊のような奴らによって足止めをくっている。

「蓮華様ぁ!」

「お姉ちゃん!」

近づいた俺の耳にいきなり飛び込んできたのは、そんな悲痛な叫び声だった。
慌ててそちらを向くと、髪をおかっぱっぽく切り揃えた目付きの鋭そうな少女と、虎に乗った桃色の髪の小さな少女が絶望でもみたような表情である一点を見ていた。
その視線に追いついた時、俺は自分の体の中の血が一気に頭まで上り、そして急速に降りていくのを感じた。
そこにいたのは一人の少女。
虎の上の少女と少し似た雰囲気の、しかし何処か落ち着いた風格を感じる少女だった。
しかしその少女は、

「――くっ! 何であんな所に!」

賊の真っ只中で落馬し、取り囲まれながら一人必死に迫り来る賊と戦っていた。
先ほどの二人の少女達が救援に向かおうとしているのだろうが、厳重に足止めをされているらしくまったく進めない。
状況を素早く整理する。
現在地、不明。ただし戦場である事はたしか。
現状。賊と見える勢力が攻撃中。二人の少女達の言動から察するに、一人賊に囲まれた少女は小さいほうの少女の姉であり、もう一人が“様”をつける程に敬われている。
俺の装備、万全。忍の実験中だった事が幸いしたな。
とれる行動は三つ。
一つ。賊に加勢して略奪。これは即却下。
二つ。見てみぬ振り。賢い選択なのだろうが、俺には出来そうもない。
となれば、

「こっちだ! 下衆共っ!」

三つ目。俺は彼女を助けるという選択肢を選ぶ。
八景と無名の二刀の小太刀を抜き放ち、一直線に少女に向かって走る。
邪魔するものは……容赦なく斬り捨てて。

「ねぇ、思春? なんかあそこで敵が慌ててるよ?」

「はい! どうやら蓮華様に誰か向かっていっているようですが………………誰だ?」

「なんか真っ黒い男の人だよ?……! ねぇ!? あの人に頼んでみようっ!」

「……し、しかし……得体の知れない男に蓮華様を……」

「早くしないとその蓮華様がやられちゃうの! シャオ達がここから行こうとしても無理だよ! 敵の主力は皆こっちに来てるんだから!」

耳にそんな会話が飛び込んでくる。丁度近くを通過しているからか、二人の姿もはっきりと視認できた。

「ねぇ! おにーさん! お姉ちゃんを助けてっ!」

と思ったら相談はすんだのか、小さい少女が俺に向かって必死に叫ぶ。
気丈に振舞っているようだが、内心姉が心配で仕方がないのだろう。

「もとよりそのつもりだっ! 事情は後で詳しく話すが、とりあえずは手を貸す!」

「ま、まて! お前は……」

「事情は後で話すといったはずだ! 彼女を見殺しにしたいのかっ!?」

どうやらもう一人の少女は、只者でない雰囲気はあるが頭の固い人物らしい。
とはいえ、もう話している余裕はあまりない。

「俺も聞きたい事がある! それに対する返答が代金代わりだと思っておいてくれ!」

俺はそういい捨てて走り出す。
どうやら今の二人が敵にとって重要人物、もしくは要注意人物らしく、戦力のかなりの部分があの子のいうとおり二人に集まっていた。
対して俺は、鎧も着ないで敵陣の中を一人走る得体の知れない男。
撃破ではなく彼女の元へと到着を第一に考えて奔っている為敵に被害も少なく、そのおかげで俺はいつでもやれる功を焦った一般兵といった位置付けなのだろう。さして警戒は、まだされていない。
とはいえ、

「邪魔を、するなっ!」

さすがにここまで一直線で走ったとなれば、敵とていつまでものんびりかまえていてはくれない。
もう彼女と眼と鼻の先と言ってもいい距離まで近づいたその時、

「!?」

彼女と、一瞬だけ眼があった。
しかしその一瞬は彼女にとって致命的なもの。
背後から賊が三人、一斉に大斧を振り上げる。

「!? しまっ……」

彼女からそんな焦りが聞こえ、思わず眼を閉じてしまったのを見て、俺は迷わず最後の手段を行使した。

−奥義之歩法『神速』−

モノクロな視界の中、ゼリーを掻き分けるように進む、が。
間に合わないっ!? ならばっ!
神速の二段掛け。
悲鳴のような軋む音が膝から聴こえる錯覚を無視して彼女の元についた俺は、

「ふっ!」

斧を振り上げた三人の腕を一度で切り飛ばして神速を抜け出した。
そして確かに感じる膝の痛みを無視しつつ、腕が消えてなくなっている事でパニックを起こしている三人の鳩尾に蹴りを叩き込んで昏倒させた。

「くっ……大丈夫ですか?」


























「くっ……大丈夫ですか?」

眼を開けた時、一瞬だけ眼が合った彼がいつの間にか私のとなりにいた。
何処か痛むのか一瞬顔を顰めていたような気がしたが、次の瞬間もう彼は私に優しく微笑みかけていた。
…………綺麗…………はっ!?

「あ、そ、その……感謝する」

慌てて慣れない王の仮面を貼り付けた私に、彼は苦笑を零したように見えた。

「あそこに貴方の妹さんがいます。助けに来てくれようとしてますので、もう暫く辛抱してください」

彼にそう言われて辺りを見回すと、賊共は先ほどよりも少し距離を空けてはいるが、相変わらず辺りを囲んでいた。たしかにこれでは援軍もそう簡単には来られないだろう。

「安心してください」

彼が隣で私に微笑みかける。不器用だが、綺麗な笑みだった。

「妹さんに頼まれました。貴方を助けて欲しい、と。引き受けた以上は……」

「このやろぉぉぐうぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

いつの間にか背後に迫っていた賊の一人を、彼は見向きもせずに斬って捨てた。

「俺の刀は貴方を護る為のものですから」

…………なんだろう。
彼のその言葉を聞いた瞬間、私は体の力が一気に抜けていくのを感じた。
そして気がつく。剣を持っていた手が汗に塗れていた事に。
そう。私は不安だったのだ。
敵陣の中で味方を分断され、思春もシャオも傍にいない状況で見渡す限り敵のさっきまでの状況に。

「……え?」

気がつくと、涙が流れていた。
それを指で拭って、雫を見て、ようやく分かった。
私は……彼の言葉に安堵しているのだと。
見ず知らずの彼が見せてくれる黒く、広い背中が堪らなく頼もしいと感じているのだと。
女としての私が、止まらない。
今、彼の胸に飛び込んで泣けたらどんなに心地よいだろうと、そう思ってしまう。
……でも……

「私も、戦う」

今は、それは許されない。
彼の足手纏いには、なれない。
お姉様から王の座を継いだ私に、そんな甘えは戦場では絶対に許されない。
手の汗を服に擦りつけ、涙を拭い剣を握りなおして立ち上がった私に、彼はまた優しく微笑んでくれた。

「もう少し、頑張ってください。最後まで諦めずに。貴方は……」

そして彼の顔は、戦士のそれになった。
私が今まで見てきた誰よりも強い意志をその眼に宿して。

「死なせない。俺のこの刀に誓って」



























その姿は、鬼神そのものだった。
突然手を貸すといって蓮華様が囲まれてしまっている賊の山に飛び込んでいった男の姿が、やっとはっきり視認できる距離まできた。
早く助けないとと焦る私の目に飛び込んできたその光景。
男は蓮華様に近づこうとする賊を容赦なく斬り捨て、突き刺し、蹴り飛ばす。
懐から細く、銀色に光る糸の様なものを取り出したかと思うと、敵の首に括りつけて摩擦で首を斬る。
短刀を取り出しては投げ、それは相手の眉間に刺さる。
彼が動いた後に残るは亡骸の山。

「……守護神……」

思わず口をついて出た言葉だったが、鬼神よりは近いものがある。
そう。今まさにあの男は、蓮華様の守護神と化していた。

「まぁ……賊共にとっては死神だが、な」

それに聞いてみたい事があった。
蓮華様が後ろから三人の男に襲いかかられた時、あの男はたしかに離れた場所にいた。にも関わらず、次の瞬間には蓮華様のとなりに現れたのだ。三人の腕を斬り飛ばして。

「一体……何者なんだ、あの男は……」



























「すっごぉ〜い!」

早くお姉ちゃんを助けないとと思って周々に頑張って貰ったんだけど、そんな私の目に映ったのはお姉ちゃんの前に立ちふさがってお姉ちゃんに向かってくる敵を皆斬り捨てる勇者様。
真っ黒い格好したおにーさんは、もの凄い速さで近づく敵をやっつけてる。
これでお姉ちゃんは大丈夫。そう思った時、私の目の前の敵が弓を引いてるのに気がついた。
駄目っ! 間に合わないっ!

「駄目ぇぇぇぇ!!!!」

私の前で、矢はソイツの手を離れて一直線にお姉ちゃんに飛んでいく。
お姉ちゃんっ!
でも……当たると思ったその矢は……

「くっ!」

おにーさんがとっさにお姉ちゃんを庇って前に立って、そのお兄さんの肩に突き刺さった。
お姉ちゃんの顔が真っ青になる。
でもおにーさんは、

「殺らせんと……言ったはずだっ!」

刺さった矢をそのまま引き抜いて投げ捨てて、小さい剣みたいなのを矢を撃ったヤツに向かって投げつけた。

「ぐあっ!」

胸のところに突き刺さったソレ。でも倒せてない。

「このぉ!」

でも私も、お姉ちゃんをやられそうになって黙ってなんかいられない。
周々に体当たりをしてもらって、頭を踏み潰した。
また、お姉ちゃん達のほうをみると……おにーさんが小さく笑いかけてくれた。

「あ……」

たぶん、おにーさんには聴こえてたんだ。私がさっき叫んだの。
嬉しくなって笑い返す。
おにーさんはちょっとだけ苦笑いしたみたいに笑って、またお姉ちゃんを護って戦う。

「……決めた! あのおにーさん、シャオのお婿さんになってもらお〜っと!」

カッコいいし、強いし、優しそう。最高だよね!
こうなるとちょっとお姉ちゃん、羨ましいなぁ……
私も護ってもらいたい……あ!
……私、見ちゃった。
今お姉ちゃん……女の子の顔でおにーさん見てた。

「で、でも……負けないもん!」


























「……ふぅ……なんとか、終ったか」

正直、きついな。
とっさに庇った時の矢傷以外にも結構やられた。
最初に神速の二段掛けした所為か。膝の痛みが普通の神速の時の比じゃないし、その後の動きがここまで鈍ってしまうとは……これからは控えんといかんな。

「大丈夫、か?」

「あ、はい。そちらは…「ちょ、ちょっと!?」…は?」

なんだ? いきなり慌て始めたが。

「そういえば矢傷は!? それにこっちも!あぁそこも! かなり深手じゃないそれっ!?」

と思ったらオロオロと慌てだした。
……始めてみた時のあの風格は何処にいった?

「とりあえず酒と、包帯のようなものはありますか? 消毒と止血はしておきたいので」

「わ、わかったわ。お酒と包帯ね? す、すぐに…「おにーさんっ!」…しゃ、小蓮!?」

……今度はこの子か。というかいきなり飛びつかないで欲しいのだが。

「おにーさん! お姉ちゃんを助けてくれてありがとう! すりすりすり〜♪」

……なのはに声が似ているが……ここまで活発ではないな。じゃなくて、

「お礼はいいから。俺が放っておけなくて手をだしたんだから。それよりも…「貴様っ! 小蓮様から離れろっ!」…とりあえず離れてくれ。正直傷に響く」

「き、ず?……ってああっ! おにーさん怪我してるっ!」

「そ、そうよっ! だから小蓮! はやく離れなさいっ! 思春は早くお酒と包帯を! 後医者の手配!」

「!? は、はっ!」

どうやら彼女が一番上の人間らしい。
彼女の一喝で小さい子は俺からしぶしぶではあったが離れ、もう一人の難そうな少女は一目散に走り去った。
そしてすぐに酒と包帯をもって走ってくる。

「お待たせしました!」

「よし。……これで、いい?」

何をそんなに急いでいたのだろう?
まぁ何であれ、これで応急処理が出来る。

「すみませんが、暫くこちらを向かないでいただけますか?」

「……え?」

「なんで?」

「上着を脱ぎますので。見苦しいでしょうから」

傷だらけの体なんて、いくら戦場で戦っているとはいえ女の子に見せるのは躊躇われるしな。
さて、後は三人が後ろを……

「私は気にしない。むしろ私を庇った事で出来た傷なら、私が手当をするのが筋でしょう?」

「シャオだって! シャオが頼んだから怪我しちゃったんだから手当てするもんっ!」

「なっ?! お二人とも一体何をっ!? くっ! ええい仕方ないっ! 包帯と酒を貸せっ! 私がやるっ!」

「あー! 思春ってば抜け駆けしようとしてるっ! 思春は関係ないんだから引っ込んでてっ!」

「そうよ思春っ! 私の恩人を手当てをするんだから、仕方ないなんて言う人にはやらせられないわっ!」

「そうだよっ! シャオがやるから二人は黙っててっ!」

「貴方も関係ないでしょう、小蓮! 助けてもらったのは私!」

「頼んだのはシャオだよっ!」

向いてくれるどころか積極的に俺の手当てをしてくれようとしていた。
いや、それは素直に嬉しいのだが……

「私に手当てさせて?」

「シャオがしてあげるよ♪」

……駄目だ。
この二人は俺の言う事なんか聞かない。

「……では……お二人とも少し手伝ってください。後、見苦しかったら止めていただいてかまいませんから」

俺はそうことわると、手早く穴だらけになったシャツを脱いだ。

「「「……!」」」

……やはり、見て楽しいものではないでしょう?
声に出さずにそういった意味を籠めて、俺は彼女等に小さく笑いかけた。なるべくこれ以上不快感を与えないように。
そして俺が置いてあった酒の瓶に手をかけた時、

「……貸して」

風格漂っていた彼女がそう言って俺の手から酒を取り上げた。

「すまない。あまり見せたいものではなかったのでしょう?」

そう言ってすまなそうに俺を見る彼女の眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「いえ。見苦しいでしょう? こんな傷だらけの体……」

「そんな事、ない。それは全部、貴方の戦いの証なのでしょう?」

「……ええ。大切な家族や友人達を護る為、そしてその力を得る為に負った傷です」

「……そんな、大切な体で私を護ってくれて……ありがとう」

そう言って微笑んだ彼女は、とても魅力的に映った。

「……じとぉ〜……」

しかしそれも束の間。すぐに彼女の妹が横でむくれているのに気付く。
手に包帯を持ったままのところを見ると、どうやらお姉さんが俺に消毒の酒をかけるのを待っていたらしい。

「す、すまない」

恥ずかしそうに謝罪して、お姉さんのほうは酒をゆっくりと傷に流す。
飲料用だが、無いよりは遥かにましだ。

「……蓮華様、これで流れ落ちる酒を」

「あ、有難う」

おかっぱの、彼女達の従者のような少女に手渡された布で服につく前に酒は拭われ、そして妹のほうがたたんだ布を傷口にあてがって包帯を巻いてくれる。
俺が全部一人でやるつもりが、殆ど全部彼女達にやってもらってしまっている。
機敏に動いてくれたおかげですぐに応急処置も終わり、シャツを包帯の上から着なおした俺はそこで初めてある重要な事実に気がついた。

「そういえば……名乗っていませんでした。俺はたか…いや、不破恭也といいます」

仕事、それも荒事が関わる時はなるべく“不破”を名乗るようにしている。
家族に累が及ばない為もあるが、なにより“高町”という名を汚さない為。
護る為とはいえ、場合によっては人を殺し、人から恨みを買うこの刀を振るうのにかあさんやなのはの“高町”はふさわしくない。

「フワキョウヤ? 姓と名は何処でくぎるの? 字は?」

「姓が不破で、名が恭也です。呼びにくければ恭也と呼んで……ん?」

今この子、妙な事言ってたな? 字、って……たしか……

「ちなみにシャオは姓は孫、名は尚香、字はないよ。後、恭也には特別に真名も教えてあげる♪」

「しゃ、小蓮様!? 初対面の、しかも得体の知れない男などに何をっ!」

「もうっ! うるさいなぁ思春は。 大体今自分で私の真名教えたじゃん? って訳で私の真名は小蓮。シャオって呼んで♪」

「わ、私は……姓は孫、名は権。字は仲謀だ。それと…………真名は、蓮華だ。恭也には真名で呼んで…「ちょ、ちょっと待ってくれ!」…なんだ?」

なんかもの凄く聞き覚えのある名前を二つ同時に聞いてしまった。
孫尚香に、孫権って……たしか忍の部屋にあった本の…………! 三国志か!?
ということは……

「すみません。不躾で申し訳ありませんがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

最後の一人は……

「……むぅ……姓は甘、名は寧。字は興覇だ。真名は……主人を助けてもらったとはいえ初対面の男には…「思春だよっ♪」…しゃ、小蓮様……」

……やっぱり、そうか……
これで疑いようがなくなってしまった。
俺は……

「人物がすべて女性になってしまった三国志の時代に……跳ばされた、か」

「三国志?」

「跳ばされたって、何?」

「お、おい! 私はお前に真名を許したわけではっ――!」

「……ん? あ、ああ、甘寧さん。その真名というのは?」

「真に信頼に値すると認めた者だけに明かす名の事だ!」

「それならば……いきなり戦場に飛び込んで、結果論とはいえ恩を売るような真似をしてしまった俺に呼ぶことを許せるものではないでしょう。というか、お二人が簡単に明かしてしまった方が問題なのでは?」

俺がその事に疑問を感じると、甘寧さんの視線から先ほどまでの鋭さが抜けた。
心なしか……そう。俺が忍達にからかわれるのを見ている時の耕介さんからの視線のような……何処となく仲間意識を感じさせる視線だ。
…………なるほど。甘寧さんも苦労させられているらしい。

「いいのよ思春。私は恭也に命を救われたのだから」

「シャオだって! 恭也にお姉ちゃん助けてってお願い聞いてもらったんだもんっ!」

……何故そこで対抗するんだ?
それよりも、

「本当に、よろしいんですか? 俺は孫権さん…「蓮華よ」…と孫尚香さん…「シャオだってばっ!」…………と、とにかく、そんなに簡単に明かしていいものではないのでしょう?」

大体孫権といえば確か呉の王。孫尚香はその妹だ。
あ、いや、今がいつ頃なのかにもよるのか。
孫堅や孫策が存命なら……いや、いずれにしてもそんな簡単な身分ではないだろう。

「私は、恭也に命を救われたわ。部下でもない貴方に体を張って助けてもらった礼は、それに値するもので返すだけよ。命と同等のものなんて、私には真名を明かすという信頼の証しか持ち合わせていないわ」

「シャオも! お姉ちゃん助けてもらったんだもん。真名以上に大切なものなんてないもん。あ……」

なんだ? なんでしな垂れかかる?

「恭也が欲しいっていうなら、シャオの体でも、い・い・よ♪」

「「なっ?! シャオ(小蓮様)!!!!」」

か、体って……なのはより少し上くらいだろ、この子。レンと同じくらいと見るのが精一杯だぞ?
ませているというかなんというか……

「後その喋り方! そんなに畏まってたら友達になれないよ? それに、恭也はシャオの旦那様になるんだから、自分の妻にそんな話し方しちゃだめ〜」

「だ、旦那様っ!? ……し、しかし……口調に関してはシャオの言うとおりよ。私は王という立場だけど……恭也とは対等でありたい」

「お、お二人とも……ええいっ! 不破恭也! わ、私の事も思春と呼べっ! でなければお二人が信頼しているお前を私は信頼していないように見えてしまう!」

……女三人寄ればなんとやら、とは三国志の時代からあるらしいな。
にしても“王”か……
という事は孫堅や孫策はもういない、という事だな。
っと、今はそうじゃないか。
まぁ、ここで拒み続けるのもかえって礼を失するな。

「言葉遣い、かなり乱雑になるがいいか? 蓮華、シャオ、思春」

とりあえず確認の為に呼んでみると……

「…………はぁぁぁ…………」

「…………かっこいい…………」

「…………はっ!? わ、私は何を!?…………」

……何故呆ける? というかカッコいいって、何が?
……それよりも……なんだか……

「え? ちょ、ちょっと恭也?」

「ふ、フラフラしてるよ?」

「不破恭也……気にはなっていたのだが……その着物、所々赤黒く固まってないか?」

ん?……ああ、そうか……

「血を……流しすぎた、か……」

正直に言えば、膝ももう限界だ。
朦朧とする意識にしがみつけずに落ちていった俺の耳に、姉妹の慌てた声が響く。
じじょ…うは……もうす……しあとに、なり……そ……だ……




あとがき

皆さんこんにちは。
最近自分が元々とらハのSSを書いていた事なんて忘れられているのではなかろうかという、ある意味笑えない心配に囚われている駄作家、アインです。
今回のこの作品は以前、PAINWESTの投稿掲示板に投稿させていただいていた作品に手直しを加えて“恋姫†無双”と“真・恋姫†無双”を混合させたとらハとのクロス作品にする予定です。
何故こんな事を始めたかと申しますと……ネギま!が私の手の届かないところにいってしまっているから。
正直、連載を諦める気は無いのですが、投稿させていただいてまで続ける価値のあるものにはなりそうも無いし、更新速度も著しく低下する一方だったので、今後はあの作品は自分のHPにて細々と完結に向けて続けていく事にしました。
という訳でその代用品といっては何なのですが、もう熱の落ち着き始めた恋姫クロスをw
これで連載両方とも恋姫って、とも思いましたが、恭也が出てるの一つくらいないと師匠に申し訳が立たないし……
という訳で初回はこのような形で。
今後以前の物からの変更点や追加なども出てきますが、なるべく良くなるよう努力は惜しまずにいきたいと思ってます。
フラフラと忙しない奴で申し訳ありませんが、今後ともよろしくお願いします。



最後にネタバレさせていただきますと、投稿していた時の恭也は“周泰”のポジションでした。
明命が周平となった時点でバレバレだったでしょうがwww


それでは、今回はこの辺で失礼させていただきます。



投稿ありがとう!
美姫 「掲示板に投稿して頂いていた物を新たに書き下ろし」
いや、本当に楽しみですよ。呉にやって来た恭也が、これからどうなっていくのか。
美姫 「早くも続きが気になってしまうわね」
ああ。次回を楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」
あと、こちらこそ今後もよろしくお願いします。



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