An unexpected excuse

   〜七城那波編〜




 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が好きなのは…………」

 

「あれ?高町先輩ですか?」

 

恭也が口を開こうとしたまさにその時、狙い済ましたかのようなタイミングで鈴を転がしたような透き通った美声が響く。

 

「高町先輩、お疲れ様です」

 

そしてその声の主である少女の横の落ち着いた感じの少年が礼儀正しく頭を下げた。

少女も少年に習って慌てて頭を下げる。

 

「春香と裕人か。相変わらずだな」

 

そんな二人に恭也も親しげに挨拶をすると、自分のいる場所を確認して申し訳なさそうに頭をかく。

 

「すまんな。そういえばここはいつもお前達が使っていたんだった。すっかり失念していた」

 

「い、いえそんな……ここでなければいけないというわけでもありませんし」

 

「そうですよ。俺達は落ち着いて弁当を食べられる場所ならどこでもかまわないんで」

 

「いや。ここは一応待ち合わせ場所にもなっているのだろう?ならやはりここにするべきだ」

 

なにやら少々強引に話を進めた恭也は二人が返事を返す前に自分の前にいる少女達に視線を向けると、

 

「すまんな。そういうわけなんで今日はこれで勘弁してくれ」

 

と軽く頭を下げた。

ファンクラブの少女達にとって恭也の目の前に現れた二人のうちの一人、乃木坂春香は別の意味での憧れだった。才色兼備でなんでもこなし、人当たりもいい完璧なお嬢様という事になっている春香は彼女達にとって理想の姿そのものなのだ。

最近綾瀬裕人という“虫”が傍をちょろちょろするようになったが、それでも春香にたいする評価そのものが変わるはずもない。

そんな彼女がその場所を使いたいと願っており、そのために憧れの恭也が真摯な眼差しをむけ、礼を尽くして自分達に頭を下げている。

そんな状況で彼女達がそれでもその場を死守し、恭也を問い詰めるなどするはずもなく、皆口々に恭也と春香ににこやかに挨拶し、裕人に、

 

「さっさと春香様のお傍から離れなさい…」

 

「…夜道にはくれぐれも注意して歩くことね…」

 

「春香様には高町先輩みたいな人じゃないとつりあわないのよ、このオタク」

 

「…………ワラ人形…………」

 

などといった暴言や呪詛を込めた言葉を小さく投げつけながらその場を立ち去っていった。

すべて聞こえていた恭也は何か言いたげに口を開きかけたが、裕人が視線を合わせると隣の春香を小さく指差し、そして軽く目を閉じて小さく頭を下げたのを見て思い留まる。

 

「……お前は強いな。尊敬に値する」

 

忍達以外全員いなくなったのを確認すると、恭也は呟くようにそう言って裕人の肩を叩く。

裕人は少しだけ照れたように笑いながら謙遜しているが、となりの春香は何の話をしているのかさっぱり分からないといった表情で首をかしげている。

 

「さぁ、これ以上ここにいては俺達も邪魔になってしまうだろう。忍、美由希、俺達も戻ろう」

 

そう言って二人の背中に軽く触れて押そうとしたその時、恭也の耳が風を切る音を捉えた。

 

「美由希!」

 

恭也が強く言い放つのとほぼ同時に、美由希は返事の代わりに忍を抱えて跳ぶ。

そして恭也はと言うと、

 

「恭ちゃん?!」

 

美由希が轟音を聞いて振り返ると、そこには平然と立っている恭也。そしてその横の地面には大型のハンマーが地面にめり込んでいた。

 

「……ゴ○ディ○ン・ハ○マー?」

 

「あははっ♪これを使うのに渋くてゴツいおじさんに承認してもらう必要はありませんよ〜?」

 

忍のわけの分からない呟きに訳の分からないつっこみを返したのはそのハンマーの持ち主。両サイドを編みこんだ黒いロングヘアーの、鼻の上にのったサングラスと笑顔が印象的な美人だった。そしてそれよりもなお目を引いてしまうのは地面を抉るハンマーと、

 

「……メイドさんですか?」

 

「メイドさんですな」

 

「メイドさんだな」

 

完全無欠のエプロンドレス、というかメイド服だった。

 

「那波さん?!」

 

「な、なにやってんですか?!あぶないですよ!?」

 

「ああ、大丈夫だ、二人とも」

 

どうやら知り合いらしく、抗議の声を上げた春香と裕人を手で制した恭也は正面を向いたまま小さくため息を零した。

 

「それで、いったいどういうことですか?那波さん」

 

自分だけならともかく今回は危うく忍を巻き込みかけた。そのことに関していささか攻めるような視線を向ける恭也に、いつも笑顔を絶やさない那波もその笑顔を引きつらせる……かと思いきや、次第に目尻に涙を溜め始めた。

 

「う〜」

 

上目遣いに恭也を見上げ、小さく不満げに唸る那波。

そんな様子をみて、攻める視線が次第に困ったといった表情になり、しまいには苦笑を零し始める恭也。

 

「ねぇねぇ春香さん。もしかしてあの二人って?」

 

美由希が面白い噂話を聞きつけたおばさんのようににやけながら春香に尋ねるが、春香はその意味が分からないらしく、

 

「お二人とも仲がいいですよね?仲良しなのはいいことです」

 

と本当に嬉しそうに微笑んでいる。

しかし忍が裕人の腕を絡め取って、

 

「ゆ・う・と・クン♪おね〜さんとイイコトしない?」

 

と色っぽくしなだれかかると、

 

「な、何してるんですか月村先輩?!裕人さんが困ってます!やめてくださいっ!」

 

と、顔を真っ赤にして抗議する。

突然の事に那美やレン、晶が驚いているが、忍は顔を赤くして硬直している裕人の腕をあっさりと離して、

 

「はいはい♪裕人君以外には興味ないのよね?春香ちゃんは♪」

 

と楽しそうに笑う。

からかわれたと分かって顔を真っ赤にする二人の肩を軽く叩くと、忍は残ったメンバーに、

 

「さ、どうやら私達の思ってるとおりみたいだし、お邪魔虫はさっさと退散しましょ?」

 

といって皆を引き連れてその場を立ち去る。去り際に、「早速桃子さんに報告を……」とか「真雪さんにも教えてあげなきゃ……」などという恭也にとっては不吉かつ不穏当極まりない言葉を楽しそうに発しながら。

しかし目の前の女性の普段からは想像もつかない態度にいっぱいいっぱいな恭也はそれに気付かなかった。

 

「……恭也様は私とは遊びだったんですね……」

 

相変わらず涙目の上目遣いで恭也の目をしっかりとのぞきこみながらポツリと呟く那波。

 

「あんなに大勢の女性に囲まれて嬉しそうに……所詮私なんて大勢の女の一人でしかなかったんですね?!」

 

悲しそうに俯き、弱々しく認めたくないとばかりに首を振る。

しかし裕人は見てしまった。丁度顔がこっちに向いたときの那波の表情を。

手で顔を覆ってはいたが、彼女は今、たしかに笑っていた。しかも舌を出して。

思わず恭也に教えようと声を上げかけた裕人だったが、ふと背中に小さな針で刺したような痛みが走り、思い留まった。そして恐る恐る後ろを振り向くと、

 

「…………言ってしまうのは野暮というものです、裕人様」

 

「いいからほっといてご飯食べようよ、おに〜さん。お姉ちゃんも早くおいでよ」

 

背中に物騒な電気で動くノコギリを押し当てる乃木坂家の無表情メイド長、桜坂葉月さんと、いつの間にか大きな茣蓙を敷いてお弁当の用意を進める春香の妹、乃木坂美夏が手を振っていた。

誘われて素直に茣蓙に腰を下ろして自分を呼ぶ春香を見て、裕人は口を出すことをやめた。いや諦めた。

 

「高町先輩、ご愁傷様です」

 

一言だけ最後にそう呟くと、裕人も座って観客になる。

 

「ちょ、ちょっとまってください那波さん。誤解です」

 

外野がそんなことをしている中、悲しそうに顔を伏せた(ように見える)那波を見て恭也はとたんに慌て始める。

 

「俺は無理やり連れてこられていきなり囲まれたんですよ」

 

そういいながら恭也は殆ど条件反射で那波の肩をしっかりと掴む。全部言い分を聞いてもらうまで絶対に逃げられないように。

 

「じゃあ……じゃあなんでそんなことになったんです?」

 

恭也の言葉にすがるようにまたしっかりと目を覗き込んでくる那波に少したじろぎながら、それでも恭也はしっかりとその目を見つめ返す。

 

「……好きな人は誰か、と……」

 

「そ、それで?」

 

「……答えてません……」

 

「なんでです?言えないですか?」

 

涙の溜まった瞳が不安そうに歪む。

それを見た恭也は、たとえ事実でもこれから説明しようとしていることは言い訳にしかならないことを悟った。そして、だから恭也はいきなり那波を抱きすくめる。

 

「……へっ?」

 

『……わぁ……』

 

突然の事に演技なしの驚きの声を漏らす那波と、いきなりの抱擁シーンに歓声をあげる観客の皆様。

そんなことには気づく様子すらなく、恭也はそのまま那波の耳元で囁いた。

 

「俺が好きなのは那波さん、貴方です」

 

「……証明できますか?……ひゃん?!」

 

囁き返してきた那波に返事を返す代わりに、恭也は耳を甘噛みしてそれを返事にした。

 

「ちょ、恭也様?! あっ、やんっ、そんなとこ舐めちゃんむっ?!」

 

抵抗と言う抵抗もしないままだった那波の弱々しい抗議の声に耳も貸さずに舌を這わせて唇にたどり着いた恭也は、そのまま那波の口内を優しく撫で回す。

 

「…た、高町先輩……」

 

「「…………(真っ赤×2)」」

 

「…………テクニシャン」

 

見ている人間がいることを完全に忘れたかのような行為はその後も数分に渡って続けられ、終わった頃にはもう那波は自分では立っていられない状態になっていた。

恭也にしがみつくことで何とか立っている那波をそのまま抱きかかえて平然と、いや平然を装い春香達の茣蓙の上に優しく下ろす恭也。

 

「貴方の雇い主の前であえてさせてもらいました。これでもし俺が貴方を裏切るようなことがあれば、その時は乃木坂の人間が総出で俺を消しに来るでしょう。これが、俺が貴方のことを好きでいる、愛する覚悟です。納得、してもらえますか?」

 

顔を赤くしながらも真剣にそう告げる恭也。

依然ボーっとしたままの那波は緩慢な動きでそれに頷いて答える……のかと思いきや、一度首を下げたままの状態で頭を上げない。

返事の返ってこない事に不安を覚えた恭也が声をかけようと肩に手を置いたその時、

 

「その言葉をずっとまってました〜♪」

 

といきなり那波が飛びつくように恭也に抱きついた。

いきなりのテンションの高さに恭也の思考はついていかず、呆然としたまま半分のしかかられる様な形でその場に座り込む。

するとそんな二人を囲むように、茣蓙の上のメンバーが集まってくる。皆かなり顔が赤いのは間違いなく先ほどの情熱的なキスシーンと、その後の恭也の告白のせいだろう。

 

「まさかほんとに上手くいくとは……」

 

「高町先輩、素敵でした……」

 

「恭也おに〜さん、まんまとのせられたねぇ〜」

 

「…………作戦成功、です」

 

聞き捨てならない言葉を発した人間が二人ほど。

 

「ちょ、美夏?!のせられたってどういうことだ?!それに葉月さんも!作戦成功ってなんのことですか?!」

 

あまりに衝撃的な言葉だったのか、正気に戻った恭也が那波に抱きつかれたまま抗議の声をあげた。そしてそれに答えるのはもちろん、この作戦の主人公である那波。

 

「恭也様、私を好きだとは言ってくれますけど愛しているとは一度もいってくれでなかったんですよ〜?気がついていたかどうかは分かりませんけど〜。だから言わしちゃおうって♪」

 

「なんて言ってるけどホントは那波さん、すっごい不安そうだったんだよ?いっつも明るい那波さんがため息なんかついちゃって」

 

「…………情緒不安定?」

 

「だから私たちで嗾けたんだ〜。言わざるを得ない状況を作り出しちゃえって。恭也おに〜さんが本当に那波さんのこと想ってくれてるなら言ってくれるはずだしね〜♪」

 

そう言って唖然とする恭也の前でぽんぽんと台本を叩いてみせる美夏。

 

「ちなみに俺と春香はさっき始めて聞きました」

 

「びっくりでした」

 

「だっておに〜さんに教えちゃったらお姉ちゃんに喋っちゃうかもしれないでしょ?お姉ちゃんは隠し事には向かないし……。そ、それに結局最後は台本からかなり外れちゃったし。まさか恭也おに〜さんがあそこまで積極的な人だとは思ってなかったよ〜♪」

 

「…………スケコマシ」

 

そんな感じで盛り上がる美夏と葉月を見ながら、恭也は疲れたようなため息をつくと、優しい笑顔を浮かべてまだ自分に抱きついている那波の髪を撫でる。

気持ちよさそうに恭也の胸に頬を寄せていた那波だったが、不意に顔を離すと、

 

「でも恭也様?浮気はしないでくださいね?古代ヨーロッパのとある国では、浮気した男の人は切断の刑だったそうですから〜♪」

 

と、いつもの笑顔で覗き込む。

そしてまた、何事もなかったかのように恭也の腕の中に戻っていった。

 

「それこそ出来るわけないじゃないですか……」

 

疲れたように呟いた恭也は、それでもまんざらでもなさそうな微笑を浮かべて那波を抱き締めたまま、いつの間にか襲ってきた睡魔にそのまま身をゆだねた。

そして恭也が寝ていることを確認した那波も、恭也に抱かれたままゆっくりと目を閉じた。

そして結局二人は葉月が気を使ったおかげで放課後まで二人で眠っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………寝てるときも、らぶらぶ」

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

ひっさびさにまた書かせていただきましたAn unexpected excuseシリーズ!

ブリジット「今回は乃木坂春香の秘密から那波さんです」

いやあ、知ってる人なら分かるでしょうけど、結構台詞の使いまわしが……

ブリジット「葉月さんピンポイントです」

それに実はこの展開も、アインが書いた別のSSのネタをいじっただけだったりします。いやあ、なんか、どうなんでしょう?

ブリジット「そもそもいつもハイテンションな那波さんで甘いのやろうって考え自体おかしくないです?」

じゃあ葉月さんとどっちがしっくり来る?

ブリジット「…………正直どっちもどっちです」

なら前に書いたこの「愛してると言わせましょう」パターンをつかって、しおらしかった那波さんは演技ってのがまだいいんじゃないかなぁ、と

ブリジット「……もうアインのこのパターンもなれてきたです。結局題材を先に決めて、そこから一番しっくり来るサブキャラを探して書く、です」

そう!重要なのはサブキャラって事!決してサブヒロインではなくサブキャラ!

ブリジット「のわりに一度シスプリやってますです」

あ、あれはその……た、たまたまネタがうかんだからだっ!それにアニメでの扱いをみれば彼女はサブヒロインとサブキャラの中間点!ギリギリOKだ!

ブリジット「…………まぁいいです。それで?もう恒例になってる賄賂は、今回何にしたです?」

こ、恒例って…………その…………美姫さんに

ブリジット「美姫さんに?」

こ、今回はそんなにきたない裏取引みたいなもんじゃないぞ?イチの簡単レシピを一冊だ

ブリジット「イチのお料理のレシピです?」

ああ。なんでも師匠がSS書くスピードを上げるための餌にするとか……

ブリジット「美姫さんの手料理を、です?」

あ、ああ。

ブリジット「アイン。何を隠してるです?キリキリ吐くです」

あ、その…………レシピの権利を…………

ブリジット「権利…………です?」

その…………出版する権利を…………イチには美姫さんの料理の先生としてのゲスト出演料と、入ってくる印税の三分の一を渡す条件で…………

ブリジット「一粒で二度美味しい要求とは……、美姫さんさすがです」

ま、まあ完全にただで渡したって訳じゃないし……ねぇ?

ブリジット「アインが美姫さんに逆らえるとは思ってないです」

ぐっ!おさげさんモードにならずに抉ってくるとは…………

ブリジット「それじゃあ美姫さん。いっぱい作って浩さんに食べさせてあげてくださいです…………それだけSSのスピード上がるしです…………それでがんがん売って儲けてくださいです!こっちの取り分はボクとイチの将来設計のために……えへへ」

おい、だんだん妄想が洩れてきて…

ブリジット「それじゃあ今回はこの辺で〜です! SEE YAです〜♪

  





う、うぅぅ。食べ過ぎて動けない。
美姫 「どこぞの姫じゃないけれど、ぬかった!」
だが、今回は根性で動くぞ!
美姫 「あら、珍しいじゃない」
さあさあさあ、今回は那波編! 身に纏いしは古よりも伝わりしオーソドックスかつ機能美に溢れた濃紺の衣。
その上には主に仕える純然たる忠誠の現れか、純白なる……ぶべらっ!
美姫 「アンタの根性はやっぱりそっち方面なのね」
ぐが……し、しかし、感想は大事だぞ。
美姫 「それは当たり前でしょう。じゃなくて、頑張って書こうとか」
まあまあ。それは後で。
美姫 「はいはい。今回は春香の秘密からね」
いやー、これは嬉しいですな〜。
美姫 「前にネタとしてやったけれど、あれは本当にちょこっとだったもんね」
ああ。葉月も那波も出せてなかった。残念!
美姫 「演技をして恭也を騙すというパターン」
とっても面白いな、このアイデアは。
美姫 「確かに、珍しいパターンよね」
那波らしい演技も。
美姫 「葉月のぼそり発言も良いわね」
うんうん。葉月はお気に入りだから。うーん……。春香シリーズか。
美姫 「意味深な呟きね」
あ、あははは。とりあえず、ありがとうございました。
美姫 「なんて強引な締め括り!?」
ではでは。
美姫 「はぁ、まったく。それじゃあね〜。ブリジットの将来設計の為にも頑張るわよ〜」
って、その前に俺に優しくしてよ!



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