バシィッ!!

 

バシィッ!!

 

バシィッ!!

 

 

 

 

 

 

「ああぁぁっ!!!」

 

 

まだ幼い金髪の少女―――フェイト=テスタロッサは鞭で打たれ、絶叫する。歯を食いしばっても漏れる声。

 

鞭で打たれる痛みは大人ですら失神することもざらにある。

打たれ続ければ激痛のあまりに心臓麻痺で死ぬことさえある。

その鞭打ちを、九歳ほどの少女が受けるのはあまりに過酷。加えて、悲鳴を上げまいと懸命に堪えている。

 

痛みを紛らわせるなら叫んだほうが良い。

それを堪えるのは母に悲鳴を聞かせて不快な思いをさせたくがないため。

 

例え、その気遣いの相手が自分を容赦なく打ち据える母本人であっても。

 

 

「こんなに待たせておいて四つでは、笑顔で迎えるわけにはいかない」

 

 

妖しい雰囲気を醸し出すフェイトの母―――プレシア=テスタロッサはフェイトが回収してきた四つのジュエルシードを背に鞭を振り上げる。

 

 

「っ!!」

 

 

ペースで行けば十分なはず。

フェイトはそんな反論を一言も出さず、鞭を打たれる痛みに備える。

 

 

「ぐっ・・・ぐふっ!」

 

 

突然、プレシアは苦しそうに咳き込み振り上げた鞭を取り落とす。

 

 

「お母さん!!」

 

 

自分が打たれた痛みも忘れ、フェイトは呼びかける。

できることなら今すぐでも近づいて労わりたいが、両手首を魔法の鎖で拘束されて動くことができない。

 

 

「ぐぅっ・・・ごふっおぅっ!!」

 

「お母さん!お母さん!!」

 

 

引き千切ろうと力を込めるが、単純な力だけで切れるはずがない。

その間にプレシアは抑えた口から赤い液体を零す。

 

 

「お、お母さ――――」

 

「プレシア!」

 

「―――え!?」

 

 

前触れも無く転送陣が床に構築されると、プレシアの名前を呼ぶ声と共に右目が金色の青年が姿を現す。

母と自分とアルフ以外に誰もいないはずの『時の庭園』にいる誰か。フェイトは驚きに固まる。

 

驚きを他所に、金色の瞳の青年―――カーマインは崩れそうなプレシアを支えると、椅子を魔法で喚んで座らせる。

 

 

「治療後は魔法を使うなと言っただろう。指示は大人しく聞くんだ」

 

「うるさい・・・・」

 

「やれやれ、手の掛かる女だよ、プレシアは」

 

 

力なく振り払おうとするプレシアの手を易々と掴みこれ見よがしにため息をつく。

カーマインは探査魔法の要領でプレシアを診察してから、床に甲高く踵を打ちつける。すると、床に魔法陣が浮かび上がり、淡い光がプレシアを包む。

 

肩で息をするほど苦しそうだったプレシアの様子が少しずつ穏やかになっていく。

 

 

「あ、あの、お母さんは・・・・・」

 

「ん?ああ、もう大丈夫だよ」

 

 

カーマインは穏やかで安心を誘う笑みを浮かべて、プレシアの口元や手に付いた赤黒い血をハンカチで拭いながら答える。

 

 

「おっと、すまない・・・・」

 

「あ・・・」

 

 

指が鳴らされ、フェイトを拘束していた鎖が解かれる。

吊るされていたフェイトは倒れそうになるが、カーマインは優しく受け止める。

 

 

「余計な・・・こと・・・しない・・・・」

 

「はいはい、解かったから大人しく休むんだ。セレブ、頼む」

 

「ああ」

 

 

すっ、と一頭の銀狐がカーマインの影から抜け出るとプレシアの座っている椅子を誘導しながら奥の部屋へと消えていく。それを見送ってから、フェイトを抱える。いわゆるお姫様抱っこで。

 

 

「あの・・・」

 

「まったく、プレシアも折檻とはアナクロなことを・・・・すぐに治療をするから我慢してくれるか?」

 

「はい・・・・けど、貴方は?」

 

「そう言えば、自己紹介がまだだった。俺は――――」

 

 

その時フェイトが見たのは、名乗ろうとしたカーマインの頭が強い衝撃に揺れて吹っ飛んだところ。

 

 

「こぉの変態野郎!!フェイトに何するつもりだ!!?」

 

「あ、アルフ!?」

 

 

フェイトの使い魔であるアルフが人間形態で吹っ飛んだカーマインに代わってフェイトを抱きとめる。どうやら飛び蹴りで後頭部を思いっきりしばいたらしい。

 

 

「あー・・・死ぬかと思った・・・」

 

「い、生きてる!?」

 

「いや、簡単に殺すな」

 

「殺すつもりだったから生きてる方がおかしいだろう!!?」

 

 

明らかに殺す気で蹴った。元が狼であるアルフは近接戦闘を得意とし、魔法もそちらに偏っている。その過程でバリアを砕く格闘術を使っている。そのアルフが急所を本気で蹴れば致命傷になる。

 

だが、カーマインは少し痛がっているが怪我一つ無い。

 

 

「アンタ・・・何者?」

 

 

フーッと威嚇しながらアルフは睨みつける。

 

人格は悪いが、魔導士の力量はトップクラスであるプレシア。そのプレシアの本拠地であるこの『時の庭園』は部外者を一切許さない。それにも関わらずここに居て、致命傷の一撃を受けても平然としている。

アルフが疑うのも無理はない。

 

 

「自己紹介の最中だったんだが・・・・・・俺はカーマイン=フォルスマイヤー。プレシアの・・んー、何て言うのか・・・協力者兼主治医みたいなものかな?」

 

「協力者?―――信じられないね」

 

「あははは!―――そうだな、俺も言われたら多分信じない。退散することにするが、ちゃんとフェイトのことを手当てするんだぞ」

 

 

疑惑の視線も言葉も軽く笑って流すと、カーマインは気にした風も無く背を向けて歩き出す。

 

 

「待ってください・・・」

 

「フェイト?」

 

「どうした?」

 

 

カーマインは首だけを動かして顔をフェイトへ向ける。

 

 

「お母さんの主治医って言いましたよね・・・・さっきお母さんが・・・血を吐いて苦しそうにしてたのはどうしてですか?」

 

「・・・・・聞いてどうする?」

 

「・・・私が知っても仕方ないけど――――」

 

 

心配しても手を振り払われるだけだと思うけど―――

 

 

「―――それども、私のお母さんだから・・・」

 

「そうか・・・お母さんだからか。愚問だったか・・・けれど、話しは手当てしながらで良いかな?」

 

「はい」

 

 

前半の独白が気になったが、フェイトは頷く。

 

 

「フェイト、こいつのこと信じるの?」

 

「うん・・・お母さんもこの人のことを知ってるみたいだったし・・・」

 

「フェイトがそう言うならいいけど・・・」

 

 

アルフがまだ信じたわけじゃないからね、と厳しく睨みつけるとカーマインはヒョイッと肩を竦めて怖がるフリをした。それが何故か可笑しくてフェイトがクスリと笑うと、カーマインもにこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・?」

 

 

カーマインに案内された部屋はフェイトの知らない部屋だった。

『時の庭園』のことを知り尽くしているとは言わないが、知らない部屋があるとは思わなかった。

 

内装は書斎めいていて絨毯が敷かれ、大きな執務机や本型記録媒体を収めた棚が所狭しと場所をとっている。それでいてしっかりと整理されているのは彼の性格の表れ。

 

 

「プレシアに間借りしてる俺の部屋・・・ちゃんと家は別にあるんだが、利便性を考えるとな。そこのソファに座って待っていてくれ。辛かったら横になっても良いから」

 

「あ、はい」

 

 

言われるまま抱えているアルフに頼んで降ろしてもらい、ソファに座る。アルフは警戒を解かず、いつでも動けるようにしている。だが、フェイトに目線で「メッ」とされると渋々隣に座る。

 

ソファの前にあるテーブルには、走り書きしたメモらしきものが何枚から放置してある。

何の気なしに目に入ったが、内容が高度過ぎる上に専門的でおおよその検討しかつかない。おそらく、魔法を使用する際に必要なデバイスの仕様書か設計書のようなもの。

 

 

「[SCARLET]と言うんだ、それは」

 

「スカーレット?」

 

「まだ組み立て中だけどな」

 

 

デバイスマスターと言われる専門技術職。

既製品を組み上げるだけならばフェイトにもできるが、これはパーツそのものがカスタムメイド。

 

 

「これが[SCARLET]」

 

「グローブタイプ?」

 

 

差し出されたデバイスはグローブタイプ。

カーマインは[SCARLET]を嵌める。

 

 

「プレシアももっと考えれば良いものを・・・・」

 

 

フェイトの怪我の具合を確かめつつ、カーマインは呟く。

 

もしも、四つのジュエルシードを持ち帰ったこの子を少しでも褒めて次も期待していると言えば、もっと懸命になって探しに行くだろう。フェイトが従っているのは鞭で叩かれる恐怖ではなく、母を慕い好かれたいという愛情への飢餓感からだから。

 

 

「さて、それじゃ治療するぞ」

 

 

そう言うと、カーマインの足元に魔法陣が展開する。

十個の円がまるで一本の木のように線で繋がれた魔法陣。

ミッドチルダ式の内部に二つの正方形を持つ真円ではない、フェイトのまったく知らないタイプの魔法陣。

 

深紅の光がフェイトの周囲をゆっくりと浮遊すると、蚯蚓腫れだけではなく血が滴る裂傷まで復元するかのように癒されていく。

痛みも薄れ、ポカポカと微温湯に浸かっているかのように気持ちよくなってくる。

 

 

「プレシアは、グッドパスチャー症候群と言われる病気なんだ」

 

「グッドパスチャー?」

 

「肺と腎臓で同時に発病する自己免疫疾患」

 

 

「肺と腎臓」と片手で魔法を維持しつつ自分の体で示す。

 

 

「治療不能の病気でもないんだけど、研究に熱が入り過ぎて体が弱っていたせいで病状が一定しない。集中して治療を受ければ快復できるのにプレシアは研究の完成まで受ける気がないらしくてね・・・だが、あまり遅れると・・・」

 

「!!」

 

 

―――死ぬ

 

一気に顔面が蒼白になる。

 

 

「・・お母さんはそれを?」

 

「勿論、教えた。症状の進行を抑える努力はしているが、あそこまで進行すると自覚症状も酷い。魔法を使うどころか、日常生活だけでも辛いはずだ」

 

「・・・・・・」

 

 

鞭を振るなど論外。

 

プレシアは―――母は自分の努力を理由もなしに否定しているわけではない。

今も辛い病魔に耐えて、研究完成に不可欠なジュエルシードを待ち侘びている。もし、集め終えても病気が手遅れになってしまっては意味がない。

 

そう焦るフェイトの表情は蒼白な上に、強張る。

 

 

「私が・・・もっと・・・・・」

 

―――頑張らないと

 

「こらっ」

 

 

ポンポンとカーマインは思い詰めた表情のフェイトの頭を撫でる。

 

 

「無理はするな・・・魔力も回復しきっていないし、ちゃんと食べてないだろう?」

 

「でも、お母さんが・・・・・」

 

「フェイトまで無理をしたら元も子もないだろう。医者は病気を治すよりも、病気にならないようにさせることのほうが本来の仕事なんだ・・・・よし、こんなものかな」

 

 

魔力光と魔法陣がスゥッと消える。

 

 

「凄い・・・綺麗に治ってる・・・」

 

 

ここまでの治癒魔法を使えるカーマインにフェイトだけではなく、敵意の篭った視線のアルフですら瞠目し、驚きを隠せない。

 

 

「俺の魔力も分けておいたが、さっきも言ったように無理は禁物」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「・・・・・・はぁ」

 

 

二人に聞こえないように小さくため息をつく。

僅かに開いた間から、無理するつもりなのが簡単に分かるがどうにもしてやれない。

 

 

「フェイト・・・・」

 

 

アルフはフェイトを止める言葉が見つからず、二の句を継げない。

 

プレシアに残された時間はそう多くない。あんな女のためにフェイトが傷つくのは我慢できないが、このまま見殺しにすればフェイトが悲しむ。全ての行動と価値の基準がフェイトにあるアルフにとって、ジレンマに悩まされるしかない。

 

 

「病気の治療のためには一刻も早いほうが良いのは確かだが、これまでのペースで四個。数字としては悪くないんだ。特に無理せずとも、それまで保たせてみせる」

 

「駄目なんです・・・・ずっと不幸で悲しんできたお母さんだから、わたし、少しでも喜ばせてあげたいんです」

 

「まったく、親子揃って医者の言うことを聞きもしない・・・」

 

 

ぶつぶつと愚痴りながら、カーマインは向かいに椅子を持ってきたどっかりと座る。そして、手を差し出す。

 

 

「デバイス」

 

「え?」

 

「その様子だと自動修復機能に頼ってろくにメンテナンスもしてないだろう?」

 

「うっ・・・・はい」

 

 

フェイトの持つデバイスはインテリジェントタイプの[バルディッシュ]という名前で、AIによるある程度の意思を持っている。ある程度の損傷も自動修復機能で直してしまうので手間が掛からない。

既に何度か損傷しているが、自動修復が働いて元に戻っている。

 

 

「正式な免許は持ってないが、デバイスマイスターの一人だ。メンテナンスするから、デバイスを渡してもらえるか?」

 

「駄目だよフェイト。こいつのことをまだ信用したわけじゃないんだから」

 

「アルフ・・・・[バルディッシュ]のこと、お願いします」

 

 

フェイトは待機状態でブローチ状になっている[バルディッシュ]をカーマインに手渡す。

 

 

「フェイト!?」

 

「大丈夫・・・お母さんも信用している人なんだから」

 

「・・・解かった」

 

「確かに任された。少し時間が掛かるから、その間寝て待つように」

 

 

[バルディッシュ]をスタンバイフォームからデバイスフォームの斧の形状にしながら、カーマインは言った。

不服そうと言うか、意外そうな顔をするフェイトとアルフ。

 

 

「魔力が回復しても、体は子供で体力もないんだ。休めるときに大人しく休むように」

 

「あんた・・・フェイトを襲う気じゃないだろうね?」

 

「何でそんな面倒なことをするんだ?俺はそんなに暇そうか?」

 

「ふん!!言っただろう、あんたのことを信用したわけじゃないって!」

 

「あ、そう・・・セレブ、毛布持ってきてくれ」

 

「了解した」

 

 

いつの間にかカーマインの影に戻っていたセレブが現れる。一人と一匹はアルフの疑惑を突きつける態度を軽く流す。

 

 

「こら!ちゃんと人の話を聞け!!」

 

「聞いてる、聞いてる。疑わしいならしっかり俺のことを見張っておくようにな」

 

「毛布だ」

 

「あ、ありがとう・・・・」

 

「そこ!毛布をさりげなく渡すな!」

 

「ソファが駄目なら奥にベッドがあるし、それも駄目なら自分の部屋に戻ってもいいぞ?」

 

「だから話を聞けぇっ!!」

 

 

特にお前だ、とアルフはビシッとカーマインを指す。

ピコピコと端末を弄る様子からは話半分程度にしか聞く気が見られない。

 

 

「まさか、フェイトに寝るなと言うつもりか?それは酷いだろう」

 

「そうじゃない!!」

 

 

会話を合わせる気がまるでないカーマインにからかわれているとアルフが気づいたのは、フェイトがセレブから耳栓を借りて寝入った三十分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ふぅ」

 

 

高町家の道場でカーマインとの念話を終えて恭也は小さく息を吐く。

 

 

(お疲れですか?)

 

(いや。阿漕なことをやっている自分が情けなくてな)

 

(そうですか)

 

 

恭也以外の存在―――山猫のリニスから発せられている念話。

恭也はその念話にごく自然な答えを返す。

 

 

(・・・・一つ、お聞きしていいですか?)

 

(何だ?)

 

(この世界で私たちと無縁だった貴方が、最終的に彼の提案を受けた理由は何なのでしょう?)

 

(ふむ・・・・)

 

 

恭也はリニスの問いに少し考えるそぶりを見せる。

 

念話という行為からして、リニスはただの山猫ではない。

使い魔と呼ばれる魔導士と動物が契約を交わすことによって従者とする存在。元々は恭也の使い魔ではなく、ある人から譲渡される形で契約を結んでいる。

 

 

(腐れ縁ではあるんだろう)

 

(彼とですか?)

 

(ああ・・・だが、それ以上に失望と憤りがあるからだろう)

 

(失望?憤り?)

 

 

軽い驚きに語尾が上がる。

 

 

(他人への愚痴めいたものがあるのは確かだが、俺は俺自身へ対して失望し、憤りを感じている)

 

(解かりません・・・彼のように管理局に強烈な憎しみを抱いているわけではない貴方がそこまで失望と憤りを、それも自分自身に覚える理由が)

 

(黙っていても何とかなるのではないかと、やるべきことから目を背けて家へ戻った自分にな。勝手な期待を抱いて裏切られたと感じたことにもだ)

 

 

―――何のために俺は凶がったのだ?

 

曇りの無い漆黒の瞳がそう疑問を呈する。

 

リニスは哲人めいた恭也に、初めて本質の一端に触れた気がした。

自分に厳しすぎる。それも病的に。何がそこまで駆り立てるのかと思うほど。

 

 

(・・・感知しました。用意を)

 

 

今更、尋ねたことをリニスは深く後悔していた。

 

 

(ああ・・・できれば、なのはがもう少し大きくなるまで待ちたかったが・・・)

 

 

恭也を中心に三つ巴の黒い魔法陣が描かれると、すぐに周囲に溶け込んで見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





恭也の知り合いがプレシアの主治医としていたり。
美姫 「リニスが居たり」
いやいや、リリカルとは大きく違う展開。
美姫 「これからどうなっていくのかしら」
とっても楽しみです。
美姫 「次回も首を長くして待ってますね」
待ってます!



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