一つのジュエルシード。

回収する二組の魔導士。

 

フェイトとアルフ。

なのはとユーノ

 

幾度となくジュエルシードを巡って戦った二人は奇しくも共闘して、強大に成長したジュエルシードの封印に成功した。

しかし、互いの回収の目的は違う。どちらかが手に入れなくてはならない。

 

 

「・・・・私が勝てば、このジュエルシードは私が貰う」

 

 

ハーケンフォームの[バルディッシュ]をなのはに突きつけながら、フェイトは言った。

 

 

「いいよ・・・でも、わたしは話がしたいだけ。もし、わたしが勝って“ただの甘ったれた子じゃない”って伝わったら、そのときは話を聞いてくれる?」

 

「・・・・・・」

 

 

なのはは威嚇にも動じることなく、真っ直ぐに見つめてくる。

束の間、辛そうな顔を見せたフェイトは無言で[バルディッシュ]を構える。

 

ギチリ、とデバイスを握る手に力が篭る。

 

頭の中で戦術を組み立てる。

なのはでは追従できない高速の世界で戦えるフェイト。その分、防御が疎かになっている。

フェイトでは対処できない出力と制御の魔法を自在に扱うなのは。しかし、鈍足で近接に弱い。

 

速度対砲撃。

 

 

 

【サイズ―――】

 

先に動いたのはフェイト。

速度を最大限に、バリアごと破壊する。[バルディッシュ]をサイズフォームへ変形させ、機先を制する。

 

 

【ディバイン―――】

 

なのはも即座に反応する。

高速移動魔法のフラッシュムーヴで距離を取ることも考えたが、どの道速度ではフェイトに劣る。

思い切りの良さで複数の誘導弾操作魔法の【ディバインシューター】に賭ける。

 

 

ミッドチルダ式の魔法陣が展開され、激突する。

 

 

 

 

 

瞬間

 

 

 

 

 

 

ガツン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?」

 

「!!?」

 

 

 

発動直前のなのはのデバイス[レイジングハート]が掴まれ、バリア破壊を付加したサイズフォームの【バルディッシュ】がデバイスらしき杖で受け止められている。

 

不意をついたのは、黒髪の少年。

二人を見やってから、

 

 

「時空管理局執務官クロノ=ハラオウンだ・・・詳しい事情を聞かせてもらおうか?」

 

「ちっ!」

 

「管理局!」

 

 

アルフが舌打ちし、フェイトは咄嗟に距離を取る。

 

 

「戦闘を停止して、武装解除するんだ」

 

「え?え?えぇっ!?」

 

 

なのはは突然の成り行きによく解からず、混乱する。

一方のフェイトは状況を悟っていた。アイコンタクトなしでアルフと同時に動く。

 

 

【ブリッツアクション】

 

 

高加速で持ち前のスピードをトップまで出したフェイトは、ジュエルシードを掴むとそのままの速度で逃走に移る。そこに獣形態のアルフが、地面へ射撃魔法を叩き付けて爆風と粉塵で視界を塞ぐ。

 

 

「小賢しいことを!」

 

 

黒髪の少年―――クロノは手に持つ杖型デバイス[S2U]をくるりと回し、足元に魔法陣を展開する。

 

 

【スティンガーレイ】

 

 

爆風に髪を弄られ、粉塵で目標を完全に塞がれたはずのクロノはまるで見えているかのように正確無比な狙いで高速直射する光弾が射出する。

 

 

「フェイト!」

 

「!?」

 

 

粉塵の煙幕を突破し、【スティンガーレイ】がフェイトの背に迫る。

アルフが警告の声を発するが、間に合わない。フェイトは防御用バリアとフィールドの出力を上げて歯を食い縛る。

 

二つの防御を易々と貫通した【スティンガーレイ】が強かに背中を打ち据える。

息が止まり、衝撃に目の前が白黒する。それでも意識を繋ぎ止めて逃走を続ける。

 

 

「諦めの悪い・・・」

 

 

手応えに反して逃げ続けるフェイトに、なのはが慌ててとめに入るのが間に合わずクロノはもう一度【スティンガーレイ】を射出する。今度は手加減せず、一撃で致命打とするよう出力を上げて。

 

アルフが【フォトンランサー】で相殺しようとするが、外れる。

 

狙いのフェイトはとても回避できないほど、さっきのダメージを尾を引いている。

 

 

「フェイト!」

 

「フェイトちゃん!」

 

 

何とか避けて、とアルフとフェイトが叫ぶ。

 

 

「無駄だ、避けられやしない」

 

 

クロノが冷酷に宣告する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自惚れるな」

 

 

 

突然、黒い風と形容すべき現象が邪魔な蠅を払うかのように【スティンガーレイ】を片手で彼方に弾き飛ばした。

 

 

「な!?」

 

 

威力は高くないとは言え、かなり出力を上げた【スティンガーレイ】がいとも簡単に弾かれたことにクロノは僅かに動揺する。しかし、すぐに気を取り直して警戒を強めた視線で新たな闖入者を観察する。

 

黒い風に見えたのは、男の人だった。

袍に似た下半身の自由度が確保されたロングコート仕様のバリアジャケットだけではなく、靴から手袋、スラックスに至る全てが黒で統一された黒尽くめ。加えて何の冗談か、覗き穴も空気穴もないような完全に頭部を覆いつくSFじみたクローズドヘルムをつけている。

 

その脇には、気絶しかけているフェイトが抱えられている。

 

 

 

「管理外世界まで来てご苦労なことだな。だが、ここは管理外だ。早々に立ち去れ」

 

(あれ?)

 

 

フェイトの無事に胸を撫で下ろしたのも束の間、なのはは黒尽くめの男の声に何と無く聞き覚えがあるような気がした。

 

 

「断る。貴方こそ、大人しくその子を渡してこちらの指示に従ってもらおうか。管理外世界であっても、管理局執務官には職務の執行権がある。君ら違法な魔導士に対してのね」

 

「俺は心底貴様ら管理局が嫌いだ。反吐が出そうにな。どうしてもと言うのなら、その貧弱な細腕と借り物の権威で俺をねじ伏せてみろ」

 

 

一触即発。

 

クロノは挑発的な台詞に動揺こそしていないが、内心はムカムカしている。

だが、高速の【スティンガーレイ】を見切って、威力が低いとは言え片手で弾いた実力を高く評価している。クロノも同じことをやれと言われてできなくはないが、高度な技術。

 

それに黒尽くめの男はまだデバイスを見せていない。

油断できない。相手の手の内を読めない間に仕掛けるのは、危険すぎる。

 

 

「筋は悪くないが――――」

 

 

黒尽くめの男はクロノの警戒を見透かし、

 

 

「きえ――――」

 

―――消えた

そう言おうとしたクロノは、眼前に迫ったクローズドヘルムに驚く間も無く吹き飛んだ。

 

 

「ぐっ!」

 

 

勢いを殺しきれず、海沿いの柵に叩き付けられてようやく止まる。

バリアジャケットで緩和されたとは言え、意識が飛びかけた。バリア系もシールド系も展開できなかった。それどころか何をされたのかも定かではない。感触から察するに、白打の突きを受けたのだろう。

 

 

「まだ、戦闘の機微には弱いな」

 

 

考察を払い、男の姿を探すがすでにない。

なのはもどこに消えたのか解からないというように辺りを見回している。

 

 

「くっ・・・逃げられたか」

 

 

悔しそうに吐き捨てる。警戒心の裏を衝かれた。

 

 

(エイミィ、追えた?)

 

(ごめん、駄目だった。事前に隠蔽魔法が展開されてたみたい)

 

 

用意の良い奴だと思いながら、クロノはなのはに向きを変える。

 

 

「さっきも言ったが、僕は時空管理局執務官クロノ=ハラオウン。さっきの次元震とロストロギアについての事情聴取をしたい。悪いが、同行してもらう」

 

「・・・・・・・・時空管理局?」

 

 

怒涛の成り行きについていけないなのはは頭の上に大きな「?」を浮かべる。

その様子にクロノのほうが「あれ?」という顔になる。

 

 

(ユーノ君・・・・?)

 

(えーっと、説明すると長いんだけど、管理局は次元世界をまとめて管理する警察と裁判所が一緒になったようなもの・・・・かな?)

 

(・・・・・?)

 

(・・・解からないよね)

 

 

かく言うユーノもよく解からない。魔法文明で生きている者にとって普通すぎて、改めて説明しろと言われると難しい。

 

 

(警察っていうことは、悪い人じゃないんだよね?)

 

(うん。それはね)

 

 

フェイトがいきなり魔法を撃たれたのは酷いと思うが、仕方ない面もある。

警察だってホールドアップさせようとして逃げられれば撃つのだ。

 

 

「君・・・?」

 

「あ、はい、解かりました」

 

「・・・でれきば、デバイスとバリアジャケットを解除してくれ」

 

 

言われるまま[レイジングハート]を待機状態にして、バリアジャケットも解除する。

クロノは逆に何の警戒もしないなのはが心配になる。

見た目賢そうなのに、と。

 

 

(エイミィ)

 

(うん、準備OK〜)

 

 

念話で確認をとると、そばに転送用魔法陣が展開される。

 

 

「これで行くから、入って」

 

「行くって・・・どこにですか?」

 

「次元航行艦アースラ。僕らの母船だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノ君・・・人間だったんだ・・・」

 

「あは・・あははは・・・・ごめんね」

 

 

色々と驚きすぎたなのはに、人間の姿に戻ったユーノは乾いた笑いを浮かべながら謝る。

最初に会ったときに人間の姿を見せたものとばかり思っていたせいで、なのははクロノが指摘するまでユーノが人間だと知らなかった。

 

勘違いを許したものの、驚きはまだ尾を引いている。

第三者のクロノは何なんだこの二人はと、呆れた目で見ている。

 

 

「・・・・次元航行艦って、本当に船なんですね」

 

「ん?ああ・・・そういう体裁をとってるからね。船の外も僕らは便宜上「うみ」って呼んでる」

 

 

三人が居るのは時空管理局に所属する正式名称・次元空間航行艦船巡航L級8番艦『アースラ』。

名前の表すとおり、次元空間を航行するための船。

 

 

「ここだよ、入って」

 

「うん・・・・え?」

 

「いぃっ!?」

 

 

クロノに促されて応接間に入ったなのはとユーノは、驚きの声を上げる。

 

畳が敷かれている。

その畳の上には更に毛氈。

何故か室内に鹿威し。

 

和風のような気はするが、果てしなくどこか間違った和室・・・もどき。

 

 

「えっと・・・・ミッドチルダの文化って―――」

 

「・・・誤解のないように言っておくが、違うからな」

 

「あはははは・・・・異文化どころじゃないよ、これ」

 

 

クロノが眉間を指で抑えながら釘を刺し、ユーノはもうどうでもいいやと投げ槍になる。

 

 

「あ、来ましたね」

 

 

驚いている入室者三人に、部屋に居た女性が話しかける。

額に四つの点が菱形を描くようにある、長髪の女性。なのははどことなく、自分の母である桃子に似ているような気がした。

 

 

「どうぞ、座ってください」

 

 

勧められるまま座るが、畳に座り慣れていないユーノやクロノは心地が悪そうにしている。

 

女性は羊羹と碗に入れられた抹茶を差し出す。

もう驚かないつもりで心構えができていたなのはだったが、次の行動で硬直する。

 

「♪」

 

おもむろに砂糖の入ったビンを取り出すと、女性は何の躊躇もなくドボドボという音をたてて抹茶の中へ砂糖を大量に放り込んだ。

 

 

「「―――――――」」

 

 

言葉も出ない。クロノは何故か見ないフリをしている。

和贔屓の恭也がここにいたら、間違いなく説教のもの。

 

女性はそんな周囲にお構いなく、抹茶碗に口をつけて美味しそうに飲んでいる。

 

なのはは思った。

―――お兄ちゃん、どうかこの人と会っても怒らないであげてください

 

 

「飲まないんですか?―――貴方がたの世界では日常的に飲むと聞きましたが・・・・」

 

「えっと・・その・・・・」

 

 

確かにお茶はお茶なんですけど、と心の中で困り果てる。

日本人だって紅茶の微妙な違いは解からない。それを異世界の人に説明できるほど、なのはの知識はなかった。それ以前に、砂糖を飲んでいるのではと思わせるほどの抹茶を飲むところを見せられたら、飲む気も失せる。

 

 

「ンンッ!!―――艦長、話をお願いします」

 

「そうね、それじゃ―――」

 

 

女性は碗を置いてから、居住まいを正す。

それだけで別人に見えるほど雰囲気が変わる。

 

 

「私は時空管理局提督でこの『アースラ』の艦長を務めるリンディ=ハラオウンです」

 

「ハラオウン・・・?」

 

「・・・・僕の母だ」

 

「「ええっ!?」」

 

 

視線が集まって、クロノはちょっと恥ずかしそうに呟く。

何故かユーノとなのははそろって驚く。

似てない。恭也と桃子も似てないが、元々血縁がない。

 

 

「そうなのよ・・・この子ったら素材は良いのに・・・」

 

「て・い・と・く!」

 

「はいはい・・・それでは話に戻ります」

 

 

クロノの怒気を軽く受け流してから、

 

 

「二人とも名前をいいかしら?」

 

「高町なのはです」

 

「ユーノ=スクライアです」

 

「なのはさんに、ユーノ君ね―――まずは時空管理局がどういう組織なのか、から説明させてもらいます」

 

「はい」

 

 

 

なのはの住む世界も含めて他にも世界が複数あり、これを魔法文明間では次元世界と呼んでいる。

次元世界間は『アースラ』のような次元航行艦で往来でき、高位の魔導士ならば単独で移動できる。現にユーノは高位の魔導士というわけではないが単独でなのはの世界まで来ている。

 

時空管理局は次元世界における治安維持機構の一つで、警察と裁判所を同時に兼ねている。

魔法を犯罪に利用する者達への捜査・逮捕・裁判の一連の流れから、魔法文明の流出防止による文化保護、大規模災害への救助活動とその範囲は広い。

 

その中でもロストロギアと呼ばれる古代魔法文明の遺産の確保は最優先の任務となっている。

あまりに進化し過ぎた高度な魔法文明の遺物は、それだけで次元世界を根底から崩壊させかねないほどの危険性を秘めているた。

 

 

「二人が探していたジュエルシードもロストロギアの一つなの。次元干渉型エネルギー結晶体―――複数発動によって次元空間に影響を及ぼす次元震を引き起こしてしまう。最悪の場合、幾つもの世界が消滅することになる次元断層の原因になってしまうわ」

 

「そんな・・・・」

 

「信じられないかもしれなけれど、事実なの。なのはさんともう一人の女の子が衝突した際に発生した閃光と衝撃が小規模な次元震よ」

 

「あれが・・・?」

 

 

クロノが来る前にフェイトとジュエルシードを争奪しているときのことだ。

確かに凄まじい閃光と衝撃だった。

 

 

「おそらく、あれで全力の何万分の一。それを複数発動させれば、どうなるかは予想もつかないわ。なのはさんやユーノ君にそのつもりはなかったようだけど、相手の女の子がもし悪用するつもりだったら取り返しのつかないことになるの」

 

 

リンディの表情は真剣で、とても嘘や冗談を言っているようには見えない。

凄い力を秘めているとは思っていたが、あんな石ころみたいなものがそれだけの力を持っているとは予想できなかった。

 

 

「そういうことだ。今後は僕ら管理局が責任を持ってジュエルシードの回収作業に当たる。君らはすでに回収したジュエルシードをこちらに引渡し、元の世界へ戻るといい」

 

「え?」

 

 

今までリンディに話させていたクロノが言った言葉の意味がはっきり理解できず、なのはは首を傾げる。

 

 

「スクライア一族の彼は多少関係があるだろうが、少なくとも君は関係のない民間人だ。当然のことだろう」

 

「今まで頑張ってくれた二人には感謝します。けれど、これは二人が思っているよりも大きな事件なの後は私たちに任せてくださいね」

 

「・・・・・・」

 

 

理屈は通っている。

けれど、感情は納得しなかった。

今までの成果を横取りされるとか、そんな安っぽいことではない。

 

事はなのはの世界にも関わること。無関係などではない。

そして、自分にはジュエルシードを回収するための力がある。

自分の世界を、その世界に住む人を“護る”ための力があるのに知らん顔はできない。

 

何より、ここで退いてしまっては諦めることになる。

 

 

納得のいかないなのはの様子に何事か言おうとしたクロノを、リンディが制した。

 

 

「今日は一度に色々あって、疲れたでしょう?一日猶予をあげますから、ゆっくり休んで詳しくはまた明日にしましょう」

 

 

その言葉で事情聴取と会談は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が戻るとそこは薄ぼんやりとしていた。

何故だろうと考え、ようやく意識が覚醒したのだと気づいた。

 

ゆっくりと自分の置かれている状況を思い返す。

 

(カーマインさんと別れて、ジュエルシードを見つけて・・・・あの子と取り合いになったところで管理局が・・・・)

 

ジュエルシードを掴んで逃げようとしたところで、管理局の執務官に後ろから撃たれた!

 

 

(寝てる場合じゃない!)

 

 

がばっ!と起き上がる。

 

「うっ―――――!!」

 

途端に背中から全身へ激痛が走った。

痛みに脂汗が滲むが、ぐっと堪えて周囲を見回す。

 

 

「ここは君の家だから安心していい。無理に起きずに横になるんだ」

 

 

フェイトの視界に入ったのは男の人。シャツもズボンも、髪の毛も瞳の色も真っ黒な。

とても整った顔立ちのその男の人は、窓から差し込む月明かりに当てられて幽世めいた雰囲気を放っている。触れれば霞のように実体がないのでは、と思わせるほどに。

 

 

「ガルム、フェイトは起きた?」

 

「アルフ」

 

「良かった〜」

 

 

フェイトの寝ていたベッドの下から獣形態のアルフが、人間形態に戻る。

知らない人間が居るのにアルフが警戒していないことに安堵で全身から力が抜ける。

 

 

「むっ・・・・」

 

 

ふにゃっと力の抜けたフェイトの背中を支えながら、ゆっくりとベッドに横たわらせる。

 

 

「すまないな。あまり回復魔法は得意ではないので最低限の治療しかできなかった」

 

「ありがとうございます・・・それで、あなたは?」

 

「自己紹介が遅れたな。俺の名前はガルム―――カーマインやプレシアとは古い知り合いだ」

 

「お母さんたちと?」

 

 

ちょっとそれはおかしいのでは、とフェイトは思う。

言っては何だが、プレシアの年齢はガルムやカーマインとかなり離れている。それで“古い”知り合いというのは違和感がある。

ガルムはその疑問を知ってか知らずか、話を続ける。

 

 

「フェイトがジュエルシードを集めるのを陰から護るのが役目だったが、今回は危険だったので介入させてもらった」

 

「・・・・つまり、今までの私はずっと監視されていたんですね」

 

 

やや暗い声でフェイトは呟く。

 

 

「誤解しないでくれ。俺も奴も、フェイトが傷つくのを防ぐために見守るだけだ。別にプレシアへ働きぶりを報告するためではない」

 

「・・・・・・」

 

理解はしたが納得はしていなさそうなフェイトに、ガルムは心の中でしまったと後悔する。

もう少し言葉を選ぶべきだったのだろう。

 

 

「ガルム」

 

「どうした、アルフ?」

 

「・・・もし、あたしとフェイトが回収作業を放棄して逃げても、プレシアには報告しない?」

 

「アルフ!?」

 

 

予想もしなかったアルフの言葉に、フェイトは弾かれたように顔を上げる。

驚きよりも、アルフがそんなことを言い出したこと自体が信じられないというように。

 

けれども、それもアルフが涙を我慢している姿に消し飛ぶ。

 

 

「もういいじゃないか・・・こんなに傷ついて痛い目にも一杯あって集めても、プレシアは一言も誉めてくれないよ!?あんな!あんな!冷たくて、理不尽なことばっかり言う母親に従うことなんてないよ!!」

 

堪えきれず、涙が筋となってアルフの頬を伝う。

使い魔と魔導士はあくまで主従関係。けれども、フェイトとアルフは対等の関係。姉妹のようにお互いを思っている。だから、アルフはフェイトが傷ついて痛ましい姿になってまで報われない努力を続けるのを見ていられない。

 

苦痛に顔を歪めるフェイトではなく、笑顔で楽しそうにしているフェイトが見たい。

 

 

「ごめんねアルフ。心配かけて・・・でも、私は大丈夫だからもう少し頑張ろう?」

 

 

そんな無理に作った寂しさを漂わせるような笑みなんて欲しくない。

 

あの日、群れからはぐれて死ぬしかなかった自分に使い魔としての新たな命をくれたフェイト。

プレシアに逆らいながら、護ってくれるフェイトの姿にアルフは決めたのだ。フェイトのために生きて、きっと幸せにするのだと。狼は群れを大事にする。たった二人の小さな群れでもそれは変わらない。

使い魔としての繋がりが一層強く結び付けてくれる。

 

だから、感じる。

フェイトの悲しみは自分の悲しみ。

フェイトの涙は自分の涙。

 

使い魔と主人の回路から、言葉よりも明確な感情がフェイトへ送られる。

 

 

それでもなお、フェイトは寂しそうな作り笑顔を崩そうとしない。

アルフの訴えをやんわりと拒否する、物悲しく、雄弁な笑み。

 

 

「どうしてわかってくれないんだよぉ・・・・あたしは・・・あたしは・・・あたしはただ、フェイトに笑って幸せになってほしいだけなのに・・・・」

 

感情の堰が切れ、アルフは泣き崩れる。

フェイトが傷つくことも、

フェイトが苦しむことも、

フェイトが作り笑顔を浮かべることも、

フェイトがまだプレシアに縋ろうとすることも、

 

その全てが悲しくて。

自分の願いはそんなに大それたことなのか。

たった一人の大切な人に、心から笑えるような幸せな生活を送ってほしいことが。

 

 

「アルフ・・・・」

 

 

痛む背中を我慢しながらフェイトはアルフを抱きしめて優しく撫でる。母がぐずる子にするように。

 

フェイトもアルフの言葉に心が動かないわけではない。

どこか遠くに逃げてアルフと二人で暮らせればきっと楽しいだろう。

 

でも、それは違う。

 

 

「お母さんのためだけど・・・・きっと、それだけじゃないよ。私のためでもあるんだと思うんだ・・・・」

 

「フェイトの・・・ため?」

 

ぐずぐずと涙を流すアルフは涙声で聞き返す。

 

「うん・・・ここで逃げちゃっても私はお母さんのことをきっと忘れられないから」

 

どんなことがあっても、フェイトとプレシアには親子の絆がある。

それが冷たく暗く、陰湿なものであっても。それでも、フェイトは諦めきれない。

 

もっと小さな頃に母が見せくれた優しさがもう一度戻るなら、耐えられるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっと二人の邪魔にならないように部屋を出たガルムは、疲れた形跡のあまりないキッチンに立つ。

フェイトが寝ている間に作っておいたスープを火にかけて暖めなおす。

 

寡黙な面は、どことなく怒りに満ちていた。

 

感情とは別物で動くガルムの手が、鍋の中身を混ぜる動きを一時止める。

念話の事前連絡が送信されてきていた。

 

 

(カーマインか)

 

(そちらはどうだ)

 

念のために一方通行でフェイトがダメージを受けたことだけは報告しておいたので、そのことだろうとあたりをつける。

 

(お前と違って回復魔法は苦手でな・・・自己治癒能力を高めておいたから明日には問題なくなる)

 

(それは一安心だ・・・・が、予想より動きが早かったな)

 

(ああ)

 

 

時空管理局。

二人の予想ではもう少し遅く介入してくる予定だった。

プレシアの計画が安全に成功するためには十五個のジュエルシードが要る。最低でも九個は欲しい。だが、未だに最低の量も集まっていない。

 

 

(まだ俺たちやプレシアのことは知られていないが、このままだと時間の問題だ)

 

(・・・これからは、俺も回収を助けるつもりだ。そのほうが早くて安全に進められる)

 

(・・・良いのか?お前も家族に怪しまれるだろう?)

 

(構わん。今の俺は『ガルム』―――“幻月”の一つだからな)

 

 

無用の心配。

カーマインの好意はありがたいが、これ以上フェイト一人に危ない橋を渡らせるわけにいかない。

このままでは、あの子は壊れてしまう。

 

母への思いが強くとも、心はか弱く脆い少女ものなのだから。

 

 

(解かった・・・正直助かる)

 

(?―――何かあったのか?)

 

(プレシアの容態が拙い。管理局の次元航行艦の影響だ・・・『ヒュードラ』の事故で負った古傷が共鳴を起こしてる。悪いが、俺はこっちの治療で手が離せないから頼んだぞ)

 

(こちらも了解した)

 

 

ガルムは一人、頷く。

 

 

(それじゃ、くれぐれもフェイトのこと頼んだぞ―――恭也

 

 

そう呼ばれた名前を最後に、コンロの火を止めたガルム―――高町恭也の顔をした男は念話を終えた






管理局と敵対する態度を取るガルム。
美姫 「一体、何があったのかしらね」
ああ。しかも、ジュエルシードの回収を手伝うみたいだし。
美姫 「うーん、プレシアの容態は相当悪くなっているみたいだけれど」
これからどうなっていくんだろうか。
美姫 「連続投稿ありがとうございます」
気になる続きはこの後すぐ!



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