休日の高町家。
自営業であるため土日でも桃子と士郎は翠屋に行っていない。
休みは少ないが、日によっては臨時休業を事前に告知して休みを取るので休みがないわけではない。
大学生の恭也と高校生の美由希は当然、休み。
午後から定期健診を受ける美沙斗も家に居る。
こうなると三人は日の昇る前から朝練するのが御神流テイスト。
まだ日に一回だが神速を使えるようになり、この１、２週間が修行の正念場だけあって恭也と美沙斗の指導にも熱が入る。神速を制してこその御神の剣士。ここを超えれば、後は奥儀を窮めるのみだ。
つまり、神速を安全に使えるようになれば師匠としての恭也の役目は事実上終わる。
基礎固めはきっちりさせた。奥儀についても自分より美沙斗さんの方が適任だと考えている。
「・・・・・・・」
一抹の寂寥感を覚えながら、風呂上りに甚兵衛姿の恭也は梅の盆栽に小さく剪定鋏を入れる。
失踪期間に誰も手入れしてくれなくなり、ようやく最近になって昔の美しさを取り戻しつつある。樹芯が根元から垂直線上に伸びる、素晴らしく安定感のある模様木である。
品評会へ出せば入賞はかたいだろう。
手入れに満足し。
縁側へ戻ると草履を脱いで座り、ちょっと温くなった緑茶を一口。
「似合うけど・・・仙人みたいだけど・・・これで二十歳なんだよね、恭ちゃんって。枯れ過ぎだよ・・・」
「まぁ・・・御神の人達は色んな意味で破天荒だったから。きっと、その反動だと思う」
後ろで胸の差の逆転親子が会話を交わす。
士郎は面白いと思ったことには片っ端から手を出した。
船舶や飛行機の免許を持っているが、それで恭也の食費が底を尽いたことも一度や二度ではない。
流石に恭也を使って、セレブな奥様やお姉さまとイケナイことをさせたと聞いたときは、琴絵と美影と自分の三人で十分の九殺しにしたが。
美影は自分が子供の頃から容姿が変わらず、まったく年をとった気配がなかった。御神始まって以来の天才と言われた静馬でさえ何故か勝てなかった。士郎など妖怪とまで罵ったが、あながち間違いではない。
静馬は静馬で、途轍もない味覚音痴だったので困った。一度士郎が冗談買ってきたトドカレーを美味いと言って一人で平らげ、世のゲテモノ料理を平然と食していた。その上に、困るほどの親馬鹿で、美由希が絡むと周囲がまったく見えなくなっていた。
琴絵も病弱で本当に美人という薄幸の病弱美女を地で行っていたが、ショタの気があったので恭也にべったりだった。本人はできれば恭也と結婚したいがそれはできないので、自分の娘はぜひ恭也にと言うほど。そしたら義母と呼ばれて禁断の関係にとか。
一臣はもっと困った。言って何だが、弟ながら筋金入りの莫迦だった。育て方をどこで間違ったのかと思うほどに。おそらく莫迦をさせて士郎を超える奴など、一臣以外に思い当たらない。そう言えば何故か、学校の成績だけは一番良かったが。
かく言う美沙斗のその一員なのだが、本人に自覚がないのはお約束。
そんな環境で育てば、反面教師にもなろう。
「あ・・・ねぇ、恭ちゃん」
ポム、と手を打ってから美由希は恭也へ声をかける。
「何だ莫迦弟子」
「莫迦って・・・・・最近さ、恭ちゃんの偽者がいるって話、聞いた？」
「偽者だと？」
穏やかではないというよりも、面妖な言葉に恭也は少し驚く。
恭也の作業が終わったことに気付いたのか、リニスがテトテトと近づいて擦り寄ってくるので構いながら美由希の話に耳を傾ける。
「うん。それが色々あってね、海鳴大学病院に顔半分を仮面で隠した恭ちゃんそっくりの人が車椅子の女の子と一緒に通院してるとか、隣の遠見市で金髪の女の子と赤毛の女の人と一緒にスーパーで買い物してるとか・・・・」
「・・・・何だ、それは？」
恭也は驚きを通り越して、呆れている。
設定は妙に細かいが、どうも現実味がない。
「まさか、お前の妄想を話しているわけではあるまいな、妹よ」
そうであるならば、士郎の「八景」に劣らぬ名刀「明星」で切捨てねばと不吉なことを言外に匂わせる。
「そ、そんなわけないよ！幾らなんでもそんな命知らずな・・・・那美さんとか、槇原先生とかも見たって言ってたし、実は私も仮面の人は少しだけ見たことあるもん」
「ふむ・・・パッと見れば、似てることはよくあるだろう？」
「あのね恭ちゃん。幾ら何でも恭ちゃんぐらいの顔になれば、誰も間違えないよ？」
「・・・そ、そうか・・・俺の顔はそんなに醜いのか・・・」
別に絶世の美青年などとは思ってないし、まぁ普通に変哲もない顔だと思っていたが、まさかそこまでと少し落ち込む。
実際は本当に絶世なのだが、本人にまったく自覚がない。その辺が友人の代表格の忍曰く「罪作りな超絶鈍感男」という有難い評価に繋がっている。普段が無表情、無愛想、寡黙の三拍子のくせに時折見せる笑みや優しさは反則である、と。
「世の中、三人はそっくりさんが居ると俗説はあるけど、まさかこんなに近くに居るとはね」
美沙斗が苦笑気味に言う。
「でも、その前に―――――」
ジトッ、と美由希は眼鏡の奥から疑いの眼差しを恭也へ向ける。
「本当にそれ、恭ちゃんじゃないよね？」
「？」
「もし、恭ちゃんだったら・・・・恭ちゃんがロリコ――――へぶっ！？」
死角から放たれた恭也の指弾で、美由希撃沈。
「はあっ・・・・・・」
娘の不用意な発言に溜息をつく美沙斗。
これがこの二人のコミュニケーションの一種とは解かっているが。
「しかし、恭也そっくりか・・・・」
「まさか、美沙斗さんまで・・・・」
「あ、いや、そう言う意味じゃないんだ。不思議なこともあるものだと思ってね」
「そうですね・・・・まぁ。俺は俺、その人はその人ですから」
リニスの美しい毛並を整えてやりながら、恭也は言った。
（本部から回された資料はこれで全部・・・）
『アースラ』の艦長室。
リンディ＝ハラオウンは執務机で展開させたデータ群をざっと眺めて背凭れに体を預ける。
高町なのは、ユーノ＝スクライアという協力者のおかげでクロノとエイミィは状況判断に専念でき、ジュエルシードの回収作業は順調に進んでいる。なのはが来てからの数日で三個とペースも良い。
その間に、リンディは以前にインターセプトして謎の少女――フェイトを助けた特Ｓ級指名手配犯のガルムの調査に専念することにした。
（特Ｓ級だなんて・・・まず、見ることはできないわね）
提督の地位に就くまで様々な役職を経験してきた。今のクロノのように執務官として、事件捜査を直接行ったことも数多くある。その中で次元犯罪の犯人を追ったことも一度や二度ではない。
だが、特Ｓ級というレベルは名前こそ知っていても直接関わったことなど絶無だ。
というよりも、この“特Ｓ級”という位置づけが判然としない。例えば、以前に逮捕したことのある犯人は件数や内容でこそ劣るが、極刑の十回や二十回を受けても不思議ではなかったがランクはＳ級だった。
何がＳ級と特Ｓ級を分けるのか。勿論、素直に件数と内容が別格と考えてもいいだろう。しかし、リンディの勘は絶対にそれ以外の何かを訴えかけてきている。
その根拠となっているのが、ガルムの関わった事件の内容。幾度も管理局の武装隊と戦闘を繰り広げ、何れも撃退している。教導官クラスの魔導士ですら、敗北を喫している。そこから導き出される魔導士ランクは提督であるリンディと同等かそれ以上。
一方で、実際に戦ったクロノの実感では精々がＡＡＡ＋かＳ−。とてもではないが、教導官クラスの魔導士を幾度も敗退させるほどではない。
（この乖離は何かしら・・・リミッターで魔力を制限するにしても、犯罪者が行うには不自然過ぎるわ）
考えられるのは潜伏のため。
高位の魔導士はその膨大な魔力を隠匿する技術を持たなければ、自分の位置を常に暴露することになる。
リンディもその手の魔法については覚えがあるが。それもやはり納得できない。
もし、罷り間違ってＳランク以上確定であれば、『アースラ』の現有戦力ではどうにもならない。緊急事態ということでリンディが戦闘しなくてはならなくなる。
その万が一を避けるためには、ガルムとフェイトの目的を洗いなおす必要がある。
（なのはさんの話では、フェイトという子の目的はジュエルシードの回収・・・・使用目的は不明）
念のためには管理局のデータベースにアクセスしたが、該当者はなし。年齢から見ても初犯だろうが、戸籍にもヒットしないということに疑問が残る。
もう一人のガルムを主犯と見るべきかもしれないが、クロノは二人が元々協力関係にあったようには見えないと言っていた。
（はぁ・・・・どうも、関係が複雑すぎる上に情報不足ね。考えを切り替えましょう）
過去のガルムの犯歴に目を通す。そのほとんどがロストロギア関連の事件になっている。詳しい内容は極秘になっているが、リンディはちょっとした裏技で情報を手に入れることに成功した。
最初に活動が確認されたのが４０年前。当時ミドルティーンだったとしても既に５０代。余談だが、高位魔導士は肉体活性が高いので加齢が極めて遅い。現にリンディも３０代前半であるが、その気になれば高校生でも通るだろう。
最初の事件からかなりの頻度で犯行を繰り返している。犯行に際しては一人のときもあるが、基本的に相棒と二人組。その他にも判明しているだけで数名の協力者がいる。
判明しているだけで３１個のロストロギアを確保しているらしい。その報告部分に至って、リンディは頭を抱えたくなった。
（ロストロギアを３１個なんて・・・・もし使用されたら・・・・）
ジュエルシード一個のフルパワーで『アースラ』一隻を轟沈させることなど容易い。
戦闘用でないにしても、その内の一つに破壊的なエネルギーを秘めたものがあるかもしれない。
（これは、本格的に艦隊を揃える必要があるかしらね・・・っ！？）
艦隊行動時の予算を考えていたリンディは、一つの事件報告書に手が止まる。
「そんな・・・・まさか・・・・」
考えたことが無意識に口をついて出た。
呆然とする前に手が動き、報告書の詳細が展開される。
自分はかつてこの報告書を見たことがあったはず。それを覚えていないのは――――
『ＡＬＥＲＴ』
「えっ！？」
突然、赤く明滅するテロップにリンディは面食らう。直後に、切羽詰った様子のエイミィの顔が映し出される。
「艦長！」
「ど、どうしました、エイミィ？」
「出ました、金髪の少女と“ガルム”です！――――海鳴臨海公園の沿岸部に出現しました！」
「解かりました、すぐに行きます――――」
思考をすぐさま切り替えると、言い終える前に魔法陣を展開してエイミィのいる艦橋へ転移する。
艦橋にはすでにクロノが着いていて、遅れてなのはとユーノが艦橋へ入ってくる。
『アースラ』にはこういう場合のために艦橋直通の自動転移魔法陣が組み込まれているが、なのはとユーノにはまだ教えていなかった。
「状況を」
揃ったことを確認して、リンディが促す。
「はい―――二人と使い魔を海鳴臨海公園で探知しました。巨大魔法陣による魔力流を用いていることから、目的は海に落下したと思われるジュエルシードを強制発動させて封印することと考えられます」
「随分と無茶をするわね・・・・」
「あの、どういうことなんですか？」
話の流れについていけないなのはが尋ねる。
リンディが説明しようとする前に、クロノが口を開いた。
「残りのジュエルシードが海に落下した可能性が高いことは話したね？」
「はい」
『アースラ』の強力なバックアップによって、なのはのジュエルシード回収は飛躍的に楽になった。しかし、そのペースは思ったよりも上がらなかった。フェイトたちも回収しているだろうが、発見できない理由をクロノは陸地ではなく、海に落ちた数が多いのではないかと考えた。
「海中に一々潜水するよりも、魔力をぶつけてジュエルシードを発動させれば探さなくても向こうから出てくる。だから、あの子は膨大な魔力を放出して無理にジュエルシードを発動させてるんだ」
「わ、私も行きます！」
「いや、まだその必要はない」
このままではフェイトに先を越されてしまうなのに、クロノは言い切る。
クロノだけではなくリンディも同じ判断を下す。
「そうね。あれだけの魔力を放出していれば、残った魔力は少ないはず。あの子が全てのジュエルシードを発動させて、弱ったところに向かえば一石二鳥ね」
「そんな・・・・」
愕然とするなのはに、リンディは少し胸が痛んだ。
なのはは優しい。優しすぎるほどに。だが、組織に属するリンディたちにとってそれは甘さになる。
フェイトは現在進行形で犯罪者なのだ。なのはと戦っても勝敗の行方は解からないが、自滅するならばそれから捕まえた方が確実で楽になる。困っているからとか、危険だからと手を差し伸べるよりもまず、身柄の拘束が優先される。
だから、こう言うしかない。
「残酷に見えるかもしれないけど、これが現実なの」
時空管理局は秩序を維持するための組織。
ロストロギア―――ジュエルシードが齎すかもしれない災厄を考えれば、ここで彼女一人の犠牲で収めることも、仕方ない。
管理局はずっとそうしてきた。
自分自身もそれが正しいと信じるしかない。
――そうでなければ、かつてクライド＝ハラオウンを犠牲にしたことを納得できなくなってしまう。
俯いたなのはは、そのままユーノと一緒に部屋を出る。
クロノはその背に何か言いかけようとして止めた。
事情がどうであるにしても、今のなのはに汚い面を見せた上で自滅した後始末に向かえと言うほど冷酷ではない。こうなった以上は、艦内の魔導士を連れて向かうしかない。
「あれ？」
観測を続けていたエイミィが首を傾げる。
周囲に展開された巨大魔法陣と魔力流が一致しないのだ。
そこで気付く。最初に捕捉したはずのガルムの姿がない。
「認識阻害！？」
声を上げたエイミィに、リンディとクロノは素早く反応する。
「『アースラ』の観測システムを欺くなんて・・・・だとすると、私たちが見ていることどころか、位置まで特定されていることになるわ」
「何て奴だ・・・」
「うみ」にいる『アースラ』を単独で捕捉するなど、常識はずれもいいところ。
エイミィは大急ぎで観測システムに掛けられた認識阻害を解除して、ガルムを再捕捉する。
（居た！）
フェイトより更に上空。
黒い三つ巴の魔法陣を背に、手を軽く広げ―――画面を見ている三人とかっちり視線を合わせた。
「見えてるのか！？」
「クロノ＝ハラオウン執務官！現場は貴方の判断に一任しますので、緊急出撃命令を出します」
「了解しました」
リンディは反射的に命令を出した。
見えているわけがない。しかし、観測されたことに気付いた。魔法陣の展開から見ても、何時でも発動できるように待機している。認識阻害で気付くことに遅れたとは言え、彼のことを失念したのは大失敗だ。
「なのはさんとユーノ君にも指示を出して」
「了解――って、転送ポートが作動！？二人が出撃しました！」
「まさか・・・命令を無視して出撃するつもりだったなんて・・・」
出し抜かれた。
なのはとユーノはこのつもりで艦橋を出た。正確には、出た後にユーノから持ち掛けられて出撃したのだが、前後の事情などリンディには関係がなかった。
「―――セット
勤者に祝福を、怠者に害悪を
暖かき象徴、汝がために我は在る
見せよ、我は勤者に祝福を与え、
見せよ、我は勉者に幸福の糸を紡ぐ
――――“光雨”」
ガルムが長い詠唱を終え、コマンドワードを唱える。
黒き三つ巴の魔法陣が頭上に移動し、拡大していく。
そして、魔法陣から黄金の光雨が瀑布の様に降り注いだ。
あまりに細いため、肉眼では光にしか見えない鎖ではなく、糸の洪水。
フェイトの金髪にも似たそれは海中へ降り注ぎ、淡く燐光を発するジュエルシードへ殺到する。
「凄い・・・・」
回復したことで人間形態のユーノは転送と同時に目の前で行われた魔法に息を呑む。
補助魔法に優れるスクライア一族の中で、おそらく長老ですらできるか解からない広域個別拘束魔法
その魔法一つだけで、自分とは格が違うと思い知らされる。
「・・・・・」
ユーノのように理屈が通った驚きは、なのはにはない。
ただ、目の前で行われた魔法が凄いことは直感で解かった。
［レイジングハート］の起動を終えたなのはは、ぐっとフェイトを見据えると一直線に飛翔する。
その頭上から、
「フェイトの邪魔はさせないっ！」
獣形態のアルフが、フォトンスフィアを周囲に展開させて吶喊してきた。
なのはは【プロテクション】を発動させようとするが、その前にユーノが間に割ってはいる。
―――【フォトンランサー・マルチショット】
九つのスフィアが目標を定め、射出されるが、
―――【サークルプロテクション】
ユーノのバリア魔法が九つの光弾を全て防ぎきる。
「君たち！何をしているっ！！」
「ちっ！新手かっ！」
吶喊の勢いのまま【バリアブレイク】をかけようとしたアルフは一旦退いて態勢を整える。
攻撃が止まったことに安堵したなのはだが、追ってくる形になったクロノが迫ってきている。
「あれほど勝手な行動は許さないと行っただろう！」
「ごめんなさい―――でも、私はあの子と話すことがあるんです！だから、今は行かせてください！」
「そんな勝手が許されるものか！」
これだから民間の協力者は嫌だったのだと心の中でクロノは吐き捨てる。
気持ちは解からないでもないが、これはなのは個人の問題ではない。惨事が起こってからでは遅いのだ。
こんな時は、真っ直ぐななのはの瞳が苛立たしくさえ感じられる。
「行くんだ、なのは！」
「イタチもどきの分際で！」
「誰がイタチだこの頑固者ッ！」
アルフと睨み合うユーノだが、クロノの暴言を許せずについ怒鳴り返してしまう。
「ユーノ君・・・お願いっ！」
「逃がすかっ！」
【アクセルフィン】が一羽ばたき、一気に加速するなのは。
アルフが追わないことを訝しんだユーノとクロノ。
だが、切り替えの早かったクロノは自分のデバイス［Ｓ２Ｕ］を起動させると、魔法陣を展開させる。
流石に以前のフェイトのように背中を撃つのは躊躇われ、拘束魔法を発動―――
「その魔法は控えてもらおう」
しようとして、真後ろから後頭部への一撃を受けて吹き飛ぶ。
「ッ――――！？」
バリアジャケットとフィールド防御でかろうじて意識を刈り取られずに済んだが、視界に火花が散る。
魔力は一切感じられなかった。周囲警戒も怠ったわけではない。しかし、攻撃は受けた。
つまり、敵は居る。覚えがある、前回と同じ攻撃。
態勢を整えようとして―――再び衝撃
今度ははっきりと相手が見えた。
自分と同じ黒尽くめのバリアジャケット――ガルムだ。
クロノは目が―――ヘルムで見えるはずがないのに――合ったように感じられた。
合うはずがない視線から叩きつけられるような意志が向かってくる。
腹が立つ。こんなに強い意志で、曇りさえ感じさせない犯罪者に。狂信的ではないことが益々、悉く自分の裏を衝いて圧倒しようとするこの男が、
（腹立たしいっ！！）
飛行魔法の速度を上げて距離を取ろうとする。
クロノも含めて魔導士は近接戦闘に弱い。より正確に言うなれば、ミッドチルダ式の魔導士は。それは戦場において銃器が刀剣を追い落とした過程と同じ。すなわち、距離の有利を追究したため。
相手の攻撃の届かない距離から、こちらの攻撃は届く。それだけで戦闘は格段に有利なものとなる。ミッドチルダ式魔導士はその有利を最大限に活かすために、魔法を発展させてきた。
高い火力や速射に優れた射撃・砲撃魔法。
相手の攻撃系魔法を凌ぎ切るフィールド・バリア・シールドの防御魔法。
拘束することで必中を期する多数の拘束魔法。
ほぼ全ての魔法が距離を離して戦うことを前提として構築されている。
それはかつて近接戦闘に重きを置いたベルカ式魔法が衰退し、消え去ったことで有用性が証明されている。
しかし、今のクロノはその歴史を引っ繰り返されそうになっている。
「くそっ！！」
（距離が取れない！）
クロノが限界近くまで速度を上げて動き回っているにも関わらず、ガルムの姿は離れない。まるで磁石で張り付いてるかのように追従してくる。その間にも攻撃は続く。
（何て奴だ・・・素手で打ち掛かってくるなんて正気じゃないっ！）
【ラウンドシールド】で弾いているが、これまでの数発の打撃。その全てが素手による拳打、掌底、蹴撃のいわゆる白打。攻撃を行う部位は防御魔法の応用なのか、魔力で強化されていて防御しても体の芯まで痺れそうになる。
ミッドチルダにも近接戦闘の技術はある。異端に近いが『シューティングアーツ』と呼ばれる格闘技を取り込んだ魔導士もいる。しかし、これはそれを超えて異常だ。使い魔でもない人間が、近距離射撃魔法も使わずに戦闘を行うなど想像すらできない。
―――特Ｓ級指名手配犯
そのクラスは伊達ではなかった。
下手に射撃魔法を使おうとすればタイムラグで確実に仕留められる。かと言って、この時のために研鑽した棒術は距離を詰められすぎて使えない。
（こいつ、ミッドチルダ式の魔導士の弱点を知り尽くしているとでも言いたいのか！）
こうして封じ込まれている間に、なのははフェイトと接触することになる。
状況がどう転ぶか解からなくなってしまった。
こうなった以上はフェイトもなのはも一度頭から追い出して、目の前のガルムを倒すことに集中するのみ。
「管理局の執務官だったか・・・」
「・・・何だ？」
シールドで防ぐだけではなく、［Ｓ２Ｕ］を棒に見立てた棒術と体術で防ぎ始めたクロノは、突然話しかけてきたガルムに少し面食らう。
「お前では、俺を倒せんな」
「わざわざそんなことを言うために口を開いたのなら、僕は閉じさせてもらう」
言葉を返した直後の一瞬のことだった。
捌いたと確信したガルムの掌底がクロノの胸の中央へ突き刺さったと錯覚させる鋭さで入った。
「かは―――っ！！」
呼吸が止まる。心臓が止まる。
全ての細胞の活動が僅かな時間だけ停滞する。
視界が火花どころか、真っ白に塗り潰されそうになる。
シールドも展開できず、バリアジャケットも突き抜ける衝撃に打ちのめされた。
そこへ細い首をめがけてハイキックが放たれる。
ゴウッ、と風鳴りを伴う蹴りを意識が半ば断たれた状態で反射的に腕を上げてブロックすることができた。
（・・・帰ったら、あの鬼教官にお礼・・・言おうか・・・）
走馬灯のように過ぎる、人格的にどうかと思うが腕と指導だけは確かだった二人の教官役。ちょっと不本意だがこの反射行動は指導の賜物だ。
（・・・って、何を考えてるんだ！）
意識がはっきりとして自分を叱咤した直後、クロノは海面に一度叩きつけられる。意識が戻ったことで、すぐに態勢を立て直しガルムの姿を探す。頭から被った海水が顔を流れ落ちることを気に掛ける余裕もない。
「だから言っただろう、お前では俺を倒せんと」
ガルムは居た。正面３ｍ先に構えることさえせず、悠然と海面スレスレを浮遊している。息一つ乱さず、まるでハンデをやるからこれで倒しにくるが良いと言うかのように。
「その侮りを必ず後悔させてやる」
この距離ならば自信がある。クロノは［Ｓ２Ｕ］を腰溜めに構え、一挙動も見逃すまいと凝視する。
射撃魔法も距離を詰められる前に撃てる。万が一に回避されても棒術で戦える。
「執務官、お前はこれまで自分と同等かそれ以上の敵とどれだけ戦ってきた？」
脈絡のない会話に、クロノは気色ばむ。
攻めあぐねて搦め手で来たとも取れるが、意図は別にあるような気がする。それを差し置いても無駄話をしようとするガルムが気に食わない。
「答える義務はない―――それに、僕にはクロノ＝ハラオウンという名前がある」
「そうか。では、ハラオウン執務官。お前の努力は戦えば解かる。その年でそれだけの技量を身に付けるために払った努力は抜きんでている・・・・しかし、戦術の幅が狭い。格下相手にパターン化された攻撃を繰り返す優等生の戦いでは、俺には勝てんな」
「大した自信だな」
口車に乗るな。自分に言い聞かせて、［Ｓ２Ｕ］を握る手をリラックスさせる。
この手の挑発は猫――もとい鬼教官で慣れている。だが、はったりではないことも解かっている。
絶対に接近されてはならない。次に接近を許せば引き剥がす自信は、無い。
これでは高町なのはを止めるどころではない。自分が足止めされていれば世話がない。
〔ヘルガルム、これ以上の遊戯は推奨しかねます〕
先端を微動だにさせないクロノを冷静に見据えていた脳内に“明星”の声が流れる。
（そうか・・・・もう少し見ていたかったが仕方ない）
筋は良くないが、賢くはある。年齢を考えてもまだ伸びる余地はあるだろう。
未来の大器にもう少し実戦の厳しさを教え込んでみたかったが、遊んでいる余裕はなくなったらしい。
クロノは気付いていないがガルムは今も【光雨】を維持し続けている。
だから、魔法を使わないのではなく、魔法を使えないというのが正しい。あえて近接戦闘を挑んでいるのもそのことに気付かせないための虚でしかない。
上空ではフェイトが管理局の女の子―――高町なのはと接触した。
今ごろは会話が行われていることだろう。その結果はフェイトと高町なのは次第。
どのような結果になっても成すべきことは変わらない。
ここでこの少年を適度に痛めつけて追い返し、母艦まで帰還させること。
「さて・・・少し本気で行くか」
言って、ガルムは刃が光刃となっている［ＣＡＲＩＢＵＲＮ］を背中の見えない鞘から抜いた。
あとがき？
この辺で一息入れてみようかという「あとがき改め解説」です。
クロスオーバーは初めて書くのでどうだろうと。ジャンルは「とらは×リリカル×エースコンバット」になっているのでその折衷具合をできるだけ簡単に説明したいと思います。
『時系列』
年齢は恭也が暫定２０歳、なのはが９歳。
士郎の事件はほぼ約９年前に起きています。なのはが生まれてちょっと経ったぐらいです。
従って、ちゃんとした形で士郎と会うのは昏睡から目覚めてから、なのは５歳の時になります。
なのは７歳のときに恭也が謎の失踪。その１年後に美沙斗を止めるため（？）帰還。
『恭也君』
年齢は伏線が絡むので暫定２０歳。
但し、「膝を砕いていない」ので御神の剣士として完成できます。
またその「膝を砕く」事件がないのでそれに関連した人々の出会いもない。忍との関係も友達。
実は悪役なのかもしれない、一応主人公。初期設定ではエリスか美沙斗さんがヒロインだったとは口が裂けても言えない。
『御神流』
なんちゃって設定満載の流派。本当は小太刀以外の太刀術、槍術、柔術etcも扱う総合系。
不破と御神の違いは奥儀の派生と、剣術以外の戦闘技術も修得すること。
ちなみに恭也は純粋の使い手ではない。各種中国拳法から骨法、レスリング、サバット、シラット、サンボに至る格闘技、他の剣術諸流派の技を徹底的に取り入れているため。これらの雑技は美由希には教えていない。
このお話、御神流の使い手が最終的には５人、神速の使い手が６人になるという噂があるのだがそこんところどうなのでせう？
『クロスオーバー』
実のところ、三つの作品以外にしっかりと二つほどクロスしていたりするのだが、先が読めてしまう可能性があるのであえて伏せています。何故エースコンバット―――リリカルコンバットがクロスしているかについては、ちゃんと意味があります。
クロスしているエースコンバットＺＥＲＯ。実に良い作品です。感動です。涙腺緩ませましょう。執筆に当たって再びプレイしましたが、鳥肌が立ちますね。エースコンバット５をやって、ＺＥＲＯをやって、再び５をやるのがモアベター（布教）。
もし、どうしてもクロス作品を知りたい方はカーマインの名前でググってみてください。
一応、こんな具合ですか？
別途質問のあるかたは掲示板まで。ようやく最近になって掲示板が感想を書き込むところだと知ったので。
それでは次回にお会いしましょう・・・・あとがきを書くかは不明ですが（ぇ
・追伸
浩さんと美姫さんの間でガルム＝恭也となってしまったよーですが、作者綾斗はまだ明言していませんのであしからず。同一人物かもしれないけど・・・まだ判断は待ってくださいな。
すみません、そうだったんですね。
美姫 「デバイスが恭也と言ってたからてっきりそうだと思っちゃったわ」
まだ明言されていないという事は、違う可能性もあるということか。
美姫 「どちらにせよ、ガルムというのは中々の奴みたいね」
クロノを相手に翻弄しているし。これは経験の差かな。
美姫 「うーん、今後の展開も気になる所」
次回も待っています。