―――これは滅びかけた世界の一幕

 

 

全ての戦いが終わった後、私は何もなくなった空を見上げた。

空は文字通り何もない。太陽も、星も、三つの月も、空を構成する全てが失われている。

ドスン、とリノリウム張りの廊下だったものの残骸を背凭れに座り込む。

額から流れて凝血した血や、全身にこびりついた泥や埃も拭う気になれない。

拭いたくとも、左手の義手はイカレて動かないし、右手は毛細血管が破裂した痛みで動かしたくない。

そうか痛いのか。気付いてみると満身創痍の身体が痛み出した。現金なものだ。

音は何もしない。虫一匹の反応さえ拾えないからだ。

おそらく、半径1000kmを探しても生きている存在は私だけだろう。

いや、場合によってはどれだけ探してもこの世界には私だけなのかもしれない。

 

「・・・飴が食べたいな」

 

一人なんだと思うと、好物の飴が無性に食べたくなった。

飴は良い。特に太らない体質の私には。

探せば、この死に絶えた世界でも見つかるかもしれないが、とりあえず今は休みたい。

 

計画は成功した。連中は全て次元回廊の“向こう側”へ抑え込むができた。

どれほどの人間が死んだのか想像もつかないが、もう興味はなかった。

どれほどの世界が滅びたのか想像もつかないが、もう関心はなかった。

果たされたのだから。これ以上の役割など、一分たりとも果たしてやるものか。

 

痛みを誤魔化すために悪態をついていると、高空から光が緩やかに円を描きながら降りてくる。

どうやら、私以外に生きている不運な奴がいたらしい。まったく、不運が。ツイてない。

 

「なんだ、深井か・・・生き残りそうな奴に限って生き残ったのか」

 

降りてきたのは、なよっとした優男。

そして、インテリジェントのハイエンドたる妖精・雪風。

 

「・・・雪風が“生きろ”と」

「・・・・・・」

「何にしろ、生きてて残念至極だよ」

 

雪風は決して深井零以外の人間とは話さない。だから待つだけ無駄。

私が歓迎の言葉を掛けると、深井は人間味の感じさせない顔で少しだけ口元を吊り上げる。

 

「俺達以外は、絢雪の宗家――ロスタム=ブロムクイストだけだ」

「私もあの坊やも、よくよく運がないな・・・」

 

息子みたいなあの子も、生き残ったか。業は全て姪っ子に残したとか言っていたが。

 

「しかし、まぁ・・・三人か」

 

350以上の世界が共闘し、三十億も居た魔導士もこの戦いまでに二千万まで減った。

それも一部を残して総力戦を仕掛け、今は三人。

この決着に意味はなかった。死力を尽くしたことは無駄だった。

 

「フォルテ=クリストフォリ・・・お前は、これから何をする?」

 

何を・・・か。

もうこの世界は駄目だが、ここから出ることもできない。

それが“アルハザード作戦”の代償。

 

「何も・・・今は、何もしたくない・・・」

 

出ることも入ることもできなくなったこの世界を、建て直して守り続けなくてはならないが。

 

「恭也・・・私はお前の守った世界を、守れなかった・・・」

 

壊れてしまった空を見上げる眼が痛い。

そう言えば、眼球には何かの破片が刺さったままだったか。

だから、眼から出ているのは保護するための生理反応で、断じて涙などではない。

 

あの日から4500年も守った。それでも、足りなかったのだろうか。

お前とラリーが戦ったこのアヴァロンに居る私は、お前に及ばなかった。

 

「すまない・・・恭也」

 

 

 

―――それは滅びかけた世界の一幕

―――否

―――滅んでしまった世界の一幕

 

何かもが滅んでしまい、死に絶えた時代のお話。

御伽噺に成り果てた、もう誰もが覚えていない話。

 

そして、絶対に忘れてはいけなかったはずの、誰もが忘れてしまった悪夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問答無用でお城だった。

それもお城と要塞と宮殿を足して四で割ったような・・・お城。

 

なのは、クロノ、ユーノ、アルフ。

アライアンス・オヴニルと武装五課の面々。

『アースラ』とは別個の独立した逆探知で『時の庭園』の位置を突き止めて、突入したのだが。

 

何故か、突入した場所には何かの冗談のように城が「で〜ん!」と建っていた。

 

「ねぇ、アルフ・・・これが本当にその『時の庭園』なの?」

「・・・あー・・・えっと、お、おかしいなー?」

「どうして疑問系なんだか・・・」

「あはははー・・・」

 

アルフの記憶にある『時の庭園』とはまったく違っていたが、ここ以外にありえない。

つまり、何らかの理由と方法で『時の庭園』は大きく作り変えられていた。

 

 

「すっげぇー!!」

「まさしく、キングダムハーツ!」

「いやいや、ウィザードリィだろ?」

「莫迦を言うな・・・こういう時は悪魔城に決まっている」

「っていうか、あんまり言うと年齢バレるし・・・痛たっ!?な、なにするやめr(以下略)」

「原点に返ってD&D」

「原点はむしろ指輪物語だろう」

「ショッカーの日本支部?」

「いや、それは全然ッ関係ねーし!」

「がんばれゴエモンでよくね?」

「でもよー、ゴエモンシリーズって一杯城あるぜー?」

「やっぱゴエモンならカラクリ城だねっ!YES!」

 

 

「莫迦者っ!!」

 

「「「「「「「「「「「「隊長!?」」」」」」」」」」」」

 

「ドルアーガの塔だろう!!?」

 

「「「「「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」」」」」

 

間が空いて、

 

「「「「「「「「「「「「流石だ隊長!!」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「アンタに一生ついていくぞ!!」」」」」」」」」」」」

 

全員、サムズアップでハイメロートに答えた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、クロノ・・・」

「言うなっ!何も言わないでくれぇっ!!」

 

「・・・こいつらにフェイトを任せて・・・いいのかな?」

 

激しく駄目っぽいですと思っていても、なのはは絶対に口には出さず、

 

「あははははっ・・・・・はぁっ・・・」

 

フリーズドライ並に乾燥した笑いの後に、溜息。

 

「あの・・・クロノ?」

「違う!!あんなのは僕の知ってる管理局じゃないんだぁっ!!」

 

これまでの冷静なお兄ちゃん的ポジションをマッハで壊しながら錯乱するクロノ。

 

「あれ、何なんだ?」

「えーっと・・・色々あったんだよ」

「色々・・・ねぇ・・・」

 

とりあえず、こいつが正気に戻ってもフェイトの1m以内には近づけないようにしようと心に誓うアルフ。

情緒不安定なフェイトにとっては、こんな危険人物は百害あって一利なしだ。

 

管理局でも五本の指に入る最強部隊のはずのオヴニル。

彼らの艦の滞在中は色んな意味で凄かった。

ハイメロートは賞を貰えそうな演技力で、クロノやエイミィに嘘をつく。

 

クロノのパパは自分だとか。

実は昔、リンディと恋人だったとか。

エイミィの正体は自称「悪の魔法使い」とか

リンディの本名はマーキュリーとか

クロノの口癖は小さい頃から「ぱよよよよ〜ん」とか。

エイミィは何故かジュリアナ世代だとか。

リンディは学生時代に王子と呼ばれていたとか

『アースラ』は巨大人型ロボットに変形するとか。

エイミィの本名は“ちゅるやさん”だとか。

 

とにかく、ありとあらゆる嘘をつき続ける。それもアドリブでスラスラと。

 

更に、そんなハイメロートの部下も酷い。

女性職員に手を出すのは当たり前。

中には男性職員も・・・ゲフンゲフン・・・。

酒は持ち込んで騒ぐし。

気付いたらクロノの寝室には怪しいお兄さんが忍び込んでるし。

長い廊下ではボーリング大会。

他の職員を巻き込んで食堂ではカラオケ大会。

 

一言で言って、カオスだった。

規律って、何?それ美味しいの?

 

 

 

 

「さて・・・今日はジョークも軽めにしてと・・・」

 

ハイメロートは顔つきを変えると、軽く手を挙げた。

 

「ハラオウン執務官、我々の目的は指名手配犯であるガルムなので、君らとは違う。そのためここからは別行動をとらせてもらおう」

 

それが合図であったかのように、アライアンス・オヴニルが一変。

暴力じみた魔力が塊となって周囲を押し潰しているのではないかと錯覚させる。

 

「・・・凄い」

 

語彙が足りないが、ユーノは適切な表現が思いつかない。

十三人しか居ないが、その一人一人が最低でもなのはと同等。

それが十三人。

 

これが管理局最強の一角に数えられるアライアンス・オヴニル。

 

「別行動になるが、一つだけ忠告をしておこう」

「忠告?」

「内部へ入るまでは飛行魔法で高空を飛ばない方がいい」

 

ハイメロートは上を指しながら言う。

 

「どうしてですか?」

「こういうことになるからだ」

 

ピン、と魔法で強化された親指に弾かれたコインが上へと昇っていくと、一瞬で消えた。

 

「え?」

「どうも空間が不安定らしくて、下手をするとどことも分からないところに飛ばされるかもしれない。低空はその危険性が少ないものの、飛ばないに越したことはない」

 

何でもないかのような態度でクロノの肩をポンポンと叩いてから、飛行魔法を発動させる。

部下達もそれに倣い、飛行魔法を発動させると何も告げず、正面以外からのルートへ向かっていた。

もう一つの武装隊も軽く挨拶してから正面のルートへ入っていく。

 

四人もこのまま残るわけにもいかないので、武装五課と同じように正面のルートから入っていく。

 

「テスタロッサ博士の捕縛は武装隊がやるだろうから、僕らはまずここの駆動炉を止めに行こう」

 

三人はクロノの作戦を聞くが、駆動炉を止めるのは後でも良いんじゃと思うなのはやユーノ

 

「正直、武装隊では捕縛が無理だと思う。博士の推定魔導士ランクはSSに匹敵する・・・オヴニルが手伝ってくれるなら良いんだが、あまり望めそうにないしな」

 

ちなみにクロノがAAA+ランク、なのはがギリギリAAAランク、ユーノはAランク、アルフはAA−ランクである。

SSランクとどれほど違うかと言えば、ゴジラと自衛隊ぐらい違う。

プレシアが光線をばーっと出したら鎧袖一触。抵抗することもできずにぶっ飛ばされる。四人まとめて。

 

魔導士ランクはAからAAと一つ上がることに1ランクアップとなる。

更にこれへ+や−などを含めて数えると1クラスアップと呼ぶ。

ランク一つで絶望的に差がつく。クラス一つならば戦術で覆すことも不可能ではない。

四人で一番のクロノでさえ、プレシアとは2ランク、5クラスも違う。

相手が無抵抗でやられてくれない限り、倒すことなど夢のまた夢である。

 

「だったら、どうやってプレシアを捕まえるんだよ?」

 

アルフが不満そうに言う。

アルフにとっては事件の解決よりもプレシアとの決着の方が大事だ。

 

「それは提督が抑え込むことになってる」

「リンディさんが?」

「博士はアルハザードへ行くために大規模な次元震を発生させるつもりだ。それを提督が抑え込むことで拮抗状態にして、そこを僕らが捕縛することになる」

 

武装隊が捕縛してくれるならそれに越したことはないんだが、と半ばぼやく。

 

「ねぇ、クロノ君」

 

それまで思案顔だったなのはが、素朴な疑問を口にした。

 

「アルハザードって何のことなの?」

「・・・ああ、そうか。君の世界には馴染みが無いのか」

 

今気づいたとばかりにクロノが手を打つ。

クロノやユーノ、アルフにとってはあまりに常識的過ぎてなのはが分かってないものとは思ってなかった。

 

「アルハザードというのは魔法文明の間に伝わる伝説の世界のことなんだ」

 

ここは発掘を生業とする一族のユーノが代表で説明する。

何故か生き生きとしているのは、得意分野だからだろうか。

 

「伝説?」

「話すと長いんだけどね、魔法文明って言うのは一度滅亡しているんだ」

「えぇっ!?」

 

なのはにとっては衝撃の事実。思わず声を上げてしまうのは無理もなかった。

 

「滅亡に関する詳しい原因や経緯は分かってないんだ。僕の一族も遺跡や文献を調査してるんだけどね・・・今のところはちょっと。分かっていることは約500年前に大事件が起こったことと、“巨神兵”って言われる存在が関わったことだけなんだ」

 

まだ幼い頃から遺跡を幾つか見てきたユーノは、滅亡した古代魔法文明の惨禍を垣間見ていた。

あまり気分の良いものではないことも多いが、中には放棄されたまま忘れ去られただけのものもある。

 

「その古代魔法文明って言うのは今の僕らの魔法文明なんかとは比較にならないほど発展していたんだ。なのはの使ってる[レイジングハート]みたいなインテリジェントデバイスも遺跡からの発掘の成果だし、僕らの探していたジュエルシードも古代魔法文明のものなんだ」

「あ、もしかしてそれが・・・」

「そう、古代魔法文明の遺物―――それがロストロギアなんだ」

 

ロストロギアを生み出した古代魔法文明。

現在の技術では同じ物を作り出すこともできない。

どれほど古代魔法文明が発展していたかが、はっきりと分かる。

なのはは「へぇー」と感嘆の声を上げることしかできない。

 

「それで、そのお話とアルハザードってどう繋がるの?」

「まぁまぁ、そう急かさないでよ」

「あまり時間もないんだが・・・」

「うっ・・・」

 

長くなりそうな気配がしたクロノが釘を刺すと、ユーノは図星だった。

悲しいかな研究者の性。

 

「アルハザードっていうのは、古代魔法文明がそのまま残ったっていう世界のことだろう?」

「ああっ!僕の台詞を!」

 

アルフに先を越されてユーノは目に見えて落ち込む。

 

「説明が遅いんだよ・・・まったく・・・」

「え、えっと・・・それでユーノ君。続きをお願いね」

「うん・・・」

 

ちょっとしょんぼりしながら、ユーノは話を続ける。

クロノやアルフは何をやってるんだかと冷ややかだ。

これも研究者の悲しい性で、どうしても得意分野ではディープな説明したくなってしまう。

 

「アルフの言ったように、アルハザードは古代魔法文明が今も続いてる伝説の世界・・・なんだけど」

「?」

「伝説はあくまで伝説なんだ。そもそも誰も見たことがないし、行ったこともない。本にもなってるけど、その本だって昔からある御伽噺を元に書かれてるだけで証拠は全くないんだ」

「えーっと・・・それじゃあ竜宮城みたいなものなの?」

「うーん、僕はその竜宮城っていうのを知らないから何とも言えないけど・・・話の中にしかないっていうなら正解だと思うよ」

 

人の願望や錯覚が生み出した架空の存在。それがアルハザードとユーノは言っている。

魔法文明―――ミッドチルダでは子供の絵本や冒険活劇の題材にされるようなもの。クロノもリンディから読み聞かせてもらったし、アルフもリニスがフェイトへ読み聞かせているのを一緒に聞いたことがある。

 

 

「でも、フェイトちゃんのお母さんはそこへ行こうとしてるんだから、本当にあるのかも・・・」

「いや、それはないな」

 

クロノがきっぱりと否定した。微塵も肯定する要素が無いと言うように。

 

「どうして?―――来た!」

「ぶっ!―――何だこいつ!?」

 

天井から影が落ちてくるのに気付いて四人は落下点から距離を取るが・・・その正体を見て、ユーノが吹き出してしまった。

 

「・・・・・・」

 

クロノの額の血管が浮き出てヒクヒクする。

 

茶筒の胴体にペットボトルのキャップを乗せたような頭。

蛇腹状になっている腕らしいものの先にはカチカチと音を鳴らす輪っか状の手がついている。

足も腕と同じだが足は鉄下駄のような長方形の金属がはりついているだけ。

 

≪敵かぁ≫

 

独特の渋いのか奇妙なのか分からない合成音を発しているソレ。

 

なのはは、もしここに姉である美由希が居ればこう言うだろうと思った。

―――あ、メ○沢だ。しかも声も若○ボイス。

 

≪お前らにはぁ、恨みはないがなぁ・・・ここを通すわk・・・・」

「ふ・・・ふざけるなぁーーーっ!!!!」

 

ロボの前口上が終わる前に、クロノがぷっつんした。

ここ最近のストレスでただでさえ胃が痛いのに。

提督―――母さんはノホホンとしてるし。

エイミィはそんな僕をからかってばかりだし。

オヴニルは問題ばっかり起こすし。

わけわかんない理由で約束を反故にする協力者と淫獣はいるし。

 

「僕は心の休まるときがないんだーーーーっ!!!!」

 

溜め込んじゃいけないものを溜め込みすぎたキレる十四歳は、愛杖をイケナイ気合十分で構えると乱暴に突きを繰り出す。

 

 

「【ブレイクインパルス】!!」

ドォォン!!

「【ブレイクインパルス】!!」

ゴオォン!!

「【ブレイクインパルス】!!」

ズウゥン!!

 

 

見事な三連続の突きが三体のロボを直撃。

標準装備の魔法障壁が固有振動数に合わせた振動によって諸共破壊され、ロボは三体とも木っ端微塵に吹き飛んだ。その様はロボでありながら、あまりに悲惨だった。

 

「しゅーっ、しゅーっ、しゅーっ――――」

 

人間的に危険な荒い息を吐きながら、クロノは三人へ振り返る。

 

(く、クロノ君・・・)

(眼が、眼が・・・・)

(うわっ、眼がイッちゃってるよ・・・)

 

スプラッタホラーで人体解体に出くわした気分だった。

そこに居るのは冷静さと真面目さで秀才として知られる若き執務官ではなく、ストレスが原因でキレる管理職とキレる子供を足して二で割ったような、極めて危ないお兄ちゃん。

 

「・・・・・・・・・・・・終わったから、先へ進むぞ」

「う・・うん・・・」

 

物凄く今更だが、取り繕ったように冷静そうな声で言うクロノ。

三人とも魔導士としてのクロノの実力よりも認識した。

あまりこの人を怒らせないようにしないと・・・溜め込んだ人ほど危ないって言うし。

 

「あー・・・胃の痛みが少し治まった・・・」

 

 

 

 

再び進みだした四人はアルフの記憶を頼りに、地下から行けるという中枢の駆動炉を目指す。

所々の配置が変わっていていたり、あるはずのない場所がダンジョン化しているなど信じられないことが起きているせいで多少道に迷っているものの順調に。

 

「ところでさ、さっきの話の続きなんだけど・・・」

 

出てくるロボを悉く魔法で殲滅するクロノへなのはが話しかける。

魔力を温存する気配もなく魔法を使っているが、やればれやるほど活き活きとしていくクロノを誰も止められない。

 

「アルハザードが実在しないということだろう?」

「うん・・・どうしてなの?」

「・・・簡単な話だ。管理局でも探しているが、見つかっていない」

「え?そうなの?」

 

これに意外そうな反応をしたのはユーノだった。

 

「管理局は最初から信じてないから調査もしてないって話を聞いたけど?」

「語弊があったな。コンタクトを取るために管理局は次元世界を探して回っている。それこそ探し忘れがないようにだ。それだけ精密に、長い間、探査を掛けて探しているのに、それらしい反応は全く見つかっていない」

「それじゃあ・・・やっぱり、ないんだ」

「そういうことだな」

 

アルハザードは存在しない。それが常識であり、証拠がそれを裏付けている。

けれども、なのははどうしても納得ができなかった。

 

「でも、だったらどうしてフェイトちゃんのお母さんはアルハザードへ行くなんて言い出したんだろう?」

「さぁな?・・・博士は元々高名な次元空間の研究者だったらしいから何かの証拠を掴んだのかもしれないが、どちらかと言うと現実と空想を混同して少し精神を病んでると考えるのが妥当だろう」

「あたしもそう思う」

 

クロノの身も蓋もない考えにアルフが賛同した。

フェイトへの仕打ちを考えればそう思うのが普通だ。

 

だが、なのははそう思えなかった。

通信の時も一貫して冷静だったように思える。確かにフェイトを出来損ない呼ばわりしたし、身の毛も弥立つような笑いもしたが、それでもだ。

それにそんなに精神を病んでいる人が、あんなに凄い魔法を使えるものなのだろうか。

疑問は疑問だが、なのはにとって勘でしかない。

 

「・・・よし、この通路を抜けたら駆動炉のあるエリアだ!」

 

アルフの声に疑問を払われ、なのはは顔を上げる。

薄ら暗い通路の先には明かるい広間らしきものが見える。

 

四人は速度を上げて一気に廊下を抜けた。

 

「なっ!?」

「ええっ!?」

「っ!?」

「くそっ!!」

 

眼前に広がる光景に四人は驚きの声を上げるしかなかった。

明るい広間は思いの外眩しくない。そのおかげで、広間の様子がはっきりと見えた。

 

広間には累々と人が倒れていた。はっきり数えていないが二十人以上はいる。

 

「ぼうっとするな!」

 

――ブゥン

 

クロノが呆けそうになるところを叱咤して我に返ったところで、何かが広間への入り口側の壁へ叩きつけられた。それも、四人の耳元に風音を残して。

 

「ぅ・・・ぅぅっ・・・」

 

ずるずる、どさっ、と音をたてて人が崩れ落ちた。

バリアジャケットだったらしい残滓は残っているが、砕かれるようにしてほとんど原型を留めていない。

 

「大丈夫ですか!?」

 

なのはが真っ先に駆け寄って呼びかけるが、既に意識を失っている。

 

「ユーノ、治療できるか?」

「時間があればできるけど、ここまで酷いとすぐにはちょっと・・・」

 

ユーノの才能はあくまで防御などに偏っていて回復は得意ではない。

それは他の三人も例外ではない。クロノはオールラウンダーだが、それでもユーノのほうが回復魔法は上だろう。

 

「クロノ君、この人ってさっきの・・・」

「ああ。武装五課の武装局員だ・・・」

 

Aランクの能力者がこの様かと、軽く落胆と驚きの混じった感情が渦巻く。

感情をそのままに、これをやった張本人へ振り返る。

 

「・・・まさか、一直線に来るとは思わなかったが」

「ガルム・・・」

 

クロノが唇を噛み締めながらその名前を呟く。

自らに二度も屈辱的な敗北を刻んだ怨敵。

そのガルムは、二人の武装局員の顔を鷲みにして立っていた。力の込め具合から、その気になれば握力自慢が林檎を握り潰すようにして、頭蓋を潰し、脳漿を溢れさせるだろう。

 

その周囲には二十七人の武装局員が倒れ伏している。

誰もが完全に意識を刈り取られているように見えるが、もしかしたら殺されているのかもしれない。

そう考えるとぞっとする。これまでそういう相手が居なかったわけではないが、武装局員三十人を一人で全滅させるその力は畏怖を覚えるのに十分だった。

 

「大方、駆動炉を止めて小賢しい邪魔をしようとでも思っていたのだろうが、残念だったな」

 

掴んでいた二人の武装局員を放り投げ、ガルムは一歩、二歩と広間の中央へ近づいていく。

 

(クロノ君!)

(駄目だ・・・まるで隙がない)

 

間合いを少しずつ詰められ、なのはは本能的に攻撃しようとするがそれをクロノが止めた。

攻撃しようとすれば問答無用でやられる。無造作にある手居るように見えて、ガルムは一分一秒たりとも隙一つ見せない。

 

(・・・あの人がお兄ちゃん・・・ううん、そんなはずがないよ・・・お兄ちゃんは・・・)

 

―――あんなに怖い人なんかじゃない

仮面の下の素顔は恭也だったが、きっとあれは見間違いだ。

大好きなはずの兄を見間違えるはずがないと言い聞かせて、同時にあれは見間違えだったのだとも言い聞かせる矛盾。

きっと幻覚魔法に騙されたのだと無理に理由をつける。そうでなければ納得できない。

恭也は強いが、こんなに冷酷な戦い方をしたりしない。そう信じている心が折れてしまいそうになる。

 

「ガルム!」

 

前衛のなのはとクロノの間を割り込んだアルフが名前を叫ぶ。

 

「・・・・・・・・・」

「どうして・・・どうしてガルムがそこに居るんだよ!」

「・・・・・・・・・」

「もう、終わったんだろう?リニスだって―――」

「アルフ」

 

黙したままのガルムが初めて名前を呼ぶ。

親愛ではなく、警告に近い鋭さを込めて。

 

「俺は、終わらない。フェイトのことも、プレシアのこともな・・・今は、プレシアの願いを果たさせるためだけに、ここを守護する。それだけだ」

 

色が変わる。戦闘跡の広間ではない。

言葉のみで、死地と化した。

 

クロノは悔しそうにしているアルフの肩を掴んで一歩下がらせる。

二人の事情は分からないが、これ以上前に行かせるのは危険だ。

一歩でも前へ出ればそれが開始の合図になる。既に、立ち昇る気迫だけで呑まれかけている今は間が悪い。

 

「何でだ・・・」

 

ガルムの魔力が格段に跳ね上がっている。

2クラスアップのSランク。

戦い方によっては勝てないこともないはずが、まるで勝算が浮かばない。

 

「・・・・・・・・・」

 

ただ立っている。

それだけでガルムは四人を釘付けにしている。

 

「「「「・・・・・・・・・」」」」

「・・・・・・・・・」

 

時間だけが無為に過ぎ、焦れる。

緊張で心臓が早鐘を打ち、自然と呼吸が荒くなってくる。

四人は思い知らされる。この人が本当のエースと呼ばれる、戦闘の支配者なのだと。

 

どれだけ時間が経ったのか分からなくなり始めた頃、張り詰めた神経に膨大な魔力反応が感知される。

 

「なっ!?」

 

揃って顔を上げ、反応の詳しい位置を探る。

 

「安心しろ。まだゲートが開いたわけではない・・・」

 

ガルムが訳知り顔―――顔は見えないが―――で言う。

その落ち着き払った態度は魔力反応を知っているようで、不気味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(提督、準備完了しました。始めてください)

(ええ、分かったわ)

 

『アースラ』の艦外、『時の庭園』の入り口付近でリンディは浮遊していた。

その背には妖精のような二対四枚の光る羽が伸びる。

ミッドチルダ式の魔法陣が展開。

 

「――――――!!」

 

膨大な魔力が体内を通る感覚は全身を内部から焼かれるようで、苦痛を伴う。

リンディの体内を通った魔力を整然と位相と座標を揃えられ、周囲の空間をローラーで均すように広がっていく。

 

――空間の整地

 

リンディはアルハザードという存在を信じていない。それが魔法文明に生きるものの常識でもある。

しかし、プレシアは頑なに信じて行こうとしている。

彼女にとっては実在の有無など関係ない。それだけなら良いのだが、その方法に問題がある。

通常、次元世界を行き来するためには転移魔法を使うか、『アースラ』のような次元航行艦、または転移ゲートが必要になる。これはどの場合においても違いはない。

その原理を簡単に言えば次元空間を操作するということ。難易度としてはかなり高いが、プレシアほどの魔導士ならば容易い。しかも、彼女の専門の一つは次元跳躍なのだ。

ありもしない場所に行こうとすれば、それは空間を強引に操作することになる。

そんなことをすれば乱れ空間は無差別に周囲を取り込んで跳躍を繰り返し、やがては虚数空間となる。

 

虚数空間は文字通り全てを無にしてしまう空間。空間内に入れば、そこは無。人間も存在しないものになり、死んでしまう。強引に向かうことばかりを考えているプレシアが空間を操作し続ければ、巨大な虚数空間が発生し、どれほどの次元震が発生するか分からない。

それに、彼女の手には高エネルギー結晶のロストロギアであるジュエルシードがある。被害の拡大は免れない。

 

リンディはそれを止めるために、乱れた空間へ干渉することで空間の歪みを歪みで補正している。

 

――【ディストーションシールド】

 

それがリンディの行使している魔法。

本来は歪みにより自分の周囲の空間への干渉を阻む、防御魔法の一種を応用している。

 

 

(侵食率、15%低減しました。魔力供給量を抑えますか?)

(必要ないわ・・・この供給量を続けてちょうだい)

(はい)

 

当然ながら、長時間の大規模行使をできるような魔法ではない。

魔力が枯渇してしまう。それを防ぐために、リンディは『アースラ』の魔力駆動炉から魔力供給を受けるという荒業を取った。器をギリギリまで満たし、余剰分は背中に羽の形で蓄えることで高速行使を実現。

 

ほとんど暴挙と言っていい。

僅かでも制御を誤れば、リンディは塵一つ残さずに消し飛ぶ。

そのリスクを背負ってでも行うのは、一重に同じ親としてプレシアの所業が許せないから。

 

(私は・・・貴女を絶対に認めない)

 

心で呟いて、

 

(認めてもらわなくて結構よ)

(!?)

 

あるはずがないプレシアからの返答に驚かされる。

 

(盗み聞きは感心できませんね、博士)

(そうね。でも、人の邪魔をするような輩に遠慮はしないわ)

(くっ!?)

 

冷笑交じりの声と共に、リンディは急激な負荷を感じる。

プレシアが空間操作の馬力を上げている。

 

(貴女は・・・本当にアルハザードなんていう御伽噺を信じてるの?)

(ええ、そうよ。でも貴女はあくまで御伽噺と信じてるようね)

(当然よ!これだけ精密に調査しているのに、その痕跡や影すらも掴めないようなものを誰が信じるの!そんな夢物語のために貴女はどれほどの犠牲を払い、無謀な行いをしているのか自覚があるの!?)

 

無いものは無い。足掻いても事実は覆らない。

だが、それでも執着しようとするプレシアはもはや正気と言えないのではないか。

どれほどの世界が犠牲になるのか、幾人の人が犠牲になるのか。それを考えればこんなことをできるはずがないのに。

 

けれども、プレシアはそんなリンディを無知な人間へ対するように蔑む。

 

(愚かね)

(なっ!)

(貴女の言っている調査は管理局の行っているものだけよ。管理局が嘘を吐いているとは考えないのかしらね?)

(何を・・・管理局が嘘を吐く理由がないわ)

(そうかしら?嘘を吐く必要がないのなら、管理局に後ろ暗いことがないのならば、私はこうしていないし、フェイトも作れなかったでしょうね)

 

背筋を這う悪寒のような、嫌な予感がリンディの胸の内を満たしていく。

この魔導士は何を知っているというのか。

 

(まさか、貴女の起こした実験中の事故も管理局のせいだとでも言うの?)

(そのまさかよ――――)

 

血の滴るような凄惨な肯定。

 

それは今から十四年前のこと。

既に天才として名前を知られていたプレシアは新型魔力駆動炉の設計主任となった。

管理局主導で官民一体の事業は注目され、栄転だった。

 

(けれど、蓋を開けてみれば酷いものだったわ。私が眼を通しただけで三百を超える設計ミス。実験データの改竄はレポートに一つはある。全てが前任者の残したものだった。全て最初からやり直さなければならないにも関わらず、上層部は計画の延長も認めない)

 

要するにプレシアは事後処理に送り込まれただけだった。

前任者は管理局上層部にコネを持つ研究者だったため、失敗した責任を取らせないための回避策。

それでも努力をした。設計を連日徹夜でやり直し、実験も切り詰められるだけで切り詰めた。

 

(上層部はそれがお気に召さなかった。だって、私が成功すれば前任者の無能が暴露されてしまう。それを庇った上層部も処罰を受ける。だから、わざと期日を次々に切り詰め、無茶な視察を捩じ込みスケジュールを破綻させようとしていたわ)

 

厳しくなるスケジュールに、上層部の無理難題にスタッフは次々に離れて人員不足。

もはや失敗しないほうがおかしかった。だが、プレシアは過労死しそうになりながらもやり遂げた。

屈するのが悔しかったから。自分はこの程度のことで負けるような愚か者ではない。

今もどこかで戦っているカーマインや恭也に認めてもらいたかったから。

 

(成功間際だったわ・・・まだ実験による耐久テストも行っていない段階で本格稼動をさせるという通知が来たの。馬鹿馬鹿しくて、笑ったわ。そんなことすれば必ず事故を起こすと分かっていたのに)

 

結局のところ、本格稼動を強行された。

スタッフは軟禁され、頭でっかちの管理局の技術者が操作し――――

 

(そして、事故が起きた。一緒に軟禁されていたスタッフは私が防御魔法で守ったけれども・・・アリシアは駄目だった・・・)

 

憎悪と悲哀に満ちた地獄のような声。

聞いているだけでリンディは蛇に睨まれたような錯覚を覚える。

 

(事故が起きた時のためにあの子の部屋には結界を張っておいたけれど・・・足りなかった。あの屑達が操作を誤ったせいで大気と魔力の干渉波が発生して、結界内の酸素が無くなったのよ)

 

防御魔法を張ってから気付いたときには、アリシアは窒息死していた。

その死顔は窒息という苦しい死に様にも関わらず、穏やかだった。

 

(挙句に全ては私の独断で行われたものとして処理をされたわ。裁判を起こしても、証拠は全て管理局の機密ということで一切公開されず、最後まで残ったスタッフを守るためには示談を呑むしかなかった・・・)

 

それが作られた罪状でも、書類に残った罪は消えない。

天才=高慢という図式が、プレシアが一人暴走したという印象を生み、その印象操作により多くの人は管理局の罪を疑うことはない。

 

(分かるかしら?管理局の全てが正しいわけではないの・・・まぁ、そんなことはもうどうでもいいの。私からアリシアを奪ったことは許し難いけれども、アルハザードへ行くことができるのだから)

 

(その話が本当だという保証はどこにもないわ・・・)

(あら・・・強情ね。だったらもう一つ。フェイトを作るための研究はね・・・実は管理局が行ってるのよ?)

(嘘よっ!)

 

思わず叫んだが、返ってきたのはコロコロとした笑い。

 

(あまり興奮すると制御が乱れるわよ?・・・それに言ったでしょう?管理局の罪なんて、もうどうでもいいの。私は、自分の全てだった愛しい人との愛すべき子供を取り戻し、暗鬱だったこの十四年間に終止符を打つ)

 

(し、侵食率が増加しています!)

(くぅ・・・出力が違う・・・)

 

一気に負荷が増し、リンディの口から苦悶の声が漏れる。

おそらくプレシアは十二個のジュエルシードのバックアップを受けている。

リンディも同じことをしたいが、使い方が分からないため危険すぎてできない。

 

(こんなはずじゃなかったのよ、世界は。だから、私はそれを取り戻すの)

 

ただそれだけのために、この十四年を耐えてきた。

 

だが、それを許せないと思う者も居る。

 

 

(それは間違ってる!!)

(クロノ!?)

(クロノ君!?)

 

ガルムと睨み合いながら、『アースラ』を通じて念話を聞いていたクロノが割り込んだ。

 

(管理局が悪いだとか、アルハザードが実在するとかどうだっていい。でも、貴女は絶対に間違ってる!)

(坊やが何を言い出すのかしら)

(好きに言えば良い・・・現実から逃げ出した貴女に何を言われても応えない)

 

毅然と言葉を放つクロノは、内心では自分でもよく分からない怒りが渦巻いていた。

自分でも表現できない。怒りではあるが、どこか純粋さに欠ける。

 

 

(世界はいつだって“こんはずじゃなかったこと”ばかりのはずだ!)

 

 

誰よりも優秀な魔導士だったはずの父さんが死んだ。

誰もが“こんなことが”と言っていた。しかし、起きたのだ。

 

 

(ずっと昔から、誰だって、いつだってそうなんだ!)

 

 

同じく念話を聞いていた者達は思う。

 

お父さんが大変だから、寂しい思いをした。

他所のお家はそんなことないのに。

お父さんが無事なら“こんはずじゃない”のに。

 

初めから両親が居ないからずっと一人だった。

周りの人はとても良くしてくれたけど、お父さんもお母さんも居ないことを思い知らされた。

本当なら両親が居て“こんなはずじゃない”のに

 

人は生きている限り、そんな“こんなはずじゃなかった”という思いを持っている。

どうしても覆すことができないほどに持っている。

それを“不幸”と言うのだろう。

 

(不幸から逃げるか戦うかはその人の自由だ。でも―――)

 

いや、だからこそ―――

 

(自分の不幸をのために、それを理由にして他人を巻き込んでは駄目だ!そんな権利は誰にもない!)

 

フェイトを身勝手な理由で作り、娘と偽りながらも痛めつけ、最後には使い捨てる。

そのやり方が全てに出ている。次元世界に生きる人々の犠牲も考えずに、己のためだけに他者へ犠牲を強いる。

 

(貴女を陥れた者達と、それじゃ一緒じゃないか!)

 

(それでも・・・私は構わない!)

 

 

クロノの心からの言葉。

プレシアは一言で肯定して、斬り捨てた。

 

(貴方には理解できないでしょうね・・・けれど、アルハザードはそこにあるの!一度失ったはずの幸福をもう一度手にすることができると分かっているのに、何故諦められるというの!?)

 

(なっ・・・なんて身勝手な!)

 

(それでいいわ!私にはアリシアが戻ってくれればそれでいいの!もう他のことなど関係ない!他人のことを思いやってアリシアが戻ってくれるというの!?絶望した世界にこだわる理由もないのに、アリシアとの日々を取り戻すことを諦めることができるわけがないでしょう!!)

 

 

プレシアの昂りに呼応して、空間が震えた。

いや、それ以外のものが空間を震わせていた。

 

 

 

ゴオオオオォォン!!!

 

 

 

『時の庭園』の一部を破壊し、ソレは姿を現した。

 

蛇そのものの胴体は巨大かつ長大。

とぐろを巻いているが、伸び上がれば天を衝くほど。

更に胴体には一翼で『アースラ』の全長の数倍に匹敵するほどの翼が無数に生え、

一撃で『アースラ』を粉砕できそうなほど巨大な腕が十四本も生えている。

 

全身は業火の如く燃え盛るソレは、こう呼ぶしかなかった。

 

―――巨大怪獣、と

 

 

 

 

 

 

 

 

クロノやなのは達がガルムと遭遇している頃、オヴニルも難敵と遭遇していた。

 

 

「ここは通行止めだ。ついでに言えば、人の家でもある。礼儀を弁えてさっさと立ち去るが良い」

 

設えたような広間に、一人の人間が立っていた。

ガルムに似ているが、背にマントやケープがついているなど装飾が多い。

頭もクローズドヘルムではなく、鼻から上を隠すタイプのヘッドギアに近いもの。

 

ネロン(殺戮の魔王)

 

センターアタッカーのグランドチーフが普段の落ち着きを損ないながら、その名前を口にした。

アライアンスではその名を知らない、最悪の存在。

 

「・・・マジかよ」

「ガルム以外にもこいつがいたのかよ・・・」

 

双子のフルウイング、ベスタリオとタンデリオの額が冷や汗で湿る。

二人とてAAA+のエース魔導士。実力には自信がある。

だが、コレは違う。違い過ぎる。

 

「同じ生物とは思いたくないな・・・」

「つうか、ぜんっぜん勝てる気がしねぇ」

 

フロントアタッカーの二人。

ブラッドストライカーとレッドハートも肝が冷えて、凍りそうだった。

顔には引き攣った苦笑しか浮かべようがない。

攻撃力には自信のある二人も、自分の魔法が通じている姿をまるでイメージできない。

 

「隊長、やるなら早く言ってくれ・・・」

「・・・そうだな、正直言って、このままだと威圧感に呑まれて一歩も動けなくなる」

 

ガードウイングのノクターンと、バックアタッカーのワルキューレが命令を催促する。

ランクの高い自分たちはまだしもAAAの連中は戦意を削られるどころか、蹂躙されている。

このままだと戦わずに負けてしまいそうだ。

振り返ればガードウイングのスピーダーや、フルバックのトリエンデとハイヤーフォーサー、センターガードのヘルゼーエンは顔色まで蒼褪めている。

 

「帰る気がないのなら・・・死ね」

「総員、フォーメーション“クルップ”!」

 

ほぼ同時に声が重なり、オヴニル全員が地面と反発するかのよう動いた。

やらなければ、やられる。

本能が殺意を異常なまでに高め、アドレナリンが滝のように分泌される。

 

 

ネロンの足元に十個の円がまるで一本の木のように線で繋がれた魔法陣。

 

「天の理、地の理、人の理―――」

 

「――四大に君臨する王――」

 

 

「させるか!【マハフレイム】!!」

「ちぃっ!!【カーニバルバレッズ】!!」

 

レッドハートとブラッドストライカーが肉薄しながら、爆炎と弾丸に成形された魔力の豪雨を放つ。

詠唱を完了させてはいけない。その一念だけで、自分も巻き込まれることを承知して放っている。

 

「―――我は一にして、白、金剛を司る王冠を被り―――」

 

足元の十個の円が全て高速で回転を始め、発動の魔力の奔流が爆炎と弾丸を全て薙ぎ倒す。

 

「―――深淵を貫きて剣は王国へ至る―――」

 

 

 

「【ククルカン】」

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんなの・・・は、反則だよ・・・」

 

エイミィは、ブリッジの空間モニターに大写しされた巨大怪獣にそう呟くしかなかった。

他のオペレーターもあまりに非現実的な光景に言葉を失って、呆然としている。

いくら魔法でもできることと、できないことがある。

 

「って・・・まさか・・・」

 

『アースラ』の観測システムの弾き出した計算に、エイミィは愕然とする。

あの巨大怪獣はレアスキルである召喚魔法ではない。

あんな生物が居て堪るかとも思うが、数値も信じられない。

 

けれども、報告するしかない。

 

(提督!)

(え・・・あ、エイミィ?)

 

同じく呆然としていたリンディも、呼びかけられて正気に戻る。

映像と生では臨場感が違う。

 

(あの化け物は一体何なの!?)

(落ち着いて聞いて下さい。あれは―――)

 

 

 

 

 

(超高出力高濃度の魔力の塊ですって!?)

(そんな莫迦な!?)

 

リンディとクロノの声が重なる。

クロノの位置からも天井が壊れ、巨大怪獣の姿は見えている。

と、言ってもあまりに巨大過ぎて全体の一部分しか見えていないが。

 

(あれが生物じゃないって言うのか!?)

(私だって信じられないけど、観測システムを三度チェックしても異常なしなの!)

 

生物なのか、魔力の塊なのか。

本当はどっちでも良いはずだ。そんなことは瑣末になってしまうほど圧倒的だった。

三人ともあまりにも現実離れした光景に理解が追いつかず、現象の説明に拘泥することで目の前の対処を無意識に棚上げしてしまっている。

 

(あんなの・・・どうしろと・・・)

 

魔導兵器でも持ち出さなければ到底太刀打ちできるはずがない。

 

(こちらオヴニルのハイメロート・・・聞こえるか?)

(!?―――こちらハラオウン提督。無事だったの!)

(何とかな・・・奴が居るとはあまりに予想外だったが・・・)

 

念話に軽いノイズと苦しげな呻き声が混じる。

 

(爆心地にいたおかげで、部下の何人かは戦闘不能だ・・・)

(奴って・・・あれは誰がやったの?)

(ああ。重要指名手配犯の一人、“ネロン”――“殺戮の魔王”なんて呼ばれている、化け物だ。話によるとガルム以上とも言われているが、流石だ。先代のハイメロートを殺しただけある)

 

あれが魔導士の範疇とは理解できない。

 

(はっきり言って、今のオヴニルであの巨大怪獣をやれるかどうかは五分五分だ。しかも、ネロン本人がピンピンしてるようじゃ話にならん。倒すには倒すから、そっちはテスタロッサ博士を止めるかどうか決めておけよ)

(ちょっと、あれを止めるって正気なの!?)

 

呼びかけるが、向こうからの返事はなかった。

あれを本気で止めるつもりなのだ。

 

 

 

 

 

「動けるのは私を含めて五人か・・・」

 

ハイメロートは戦闘不能になった部下と、動ける部下を交互に見る。

ネロンの【ククルカン】の発動の余波と、直後の複合属性変換による業火と旋風の渦でAAAランクは防御することもできず、全員が致命傷を負わされている。

非殺傷設定などという甘いやり方ではなく、全力で殺傷設定。近距離で爆炎を受けたレッドハートとブラッドストライカーは全身がレベル2の熱傷かレベル3の熱傷、酷いところでは炭化している。

生きていたとしても日常生活をまともに送ることはできない。

 

「ワルキューレは今までどおりにバックアタッカー。ノクターンはフルウイング、グランドチーフは私とフロントとセンターのアタッカーを臨機応変で」

「了解」

「ちっ・・・あんなのと正面きってやりたくねぇが」

「愚痴っている余裕はないな」

 

それぞれがSランクのエース達は他ならぬ誰よりも、自分たちの置かれていた苦しい状況を理解していた。

ネロンは絶対に自分達を逃がさない。それは呪いじみたもの。

しかも、丁寧にこちらが立ち向かってきたところを捻り潰すつもりでいる。

上等だ。だったら、こっちも切り札を切ってぶっ倒す。

 

「ヨハネ」

「ようやく、私の出番ですか・・・それで、どこまで解除してもらえるのでしょうか?」

 

ヨハネと呼ばれた魔導士は、莫迦に丁寧な口調で言いながら立ち上がる。

派手なバリアジャケットは白地に金糸で龍と虎が表に、背中には鳳凰が刺繍されている。

 

「SS+まで限定解除―――時間は私のコマンド発動までだ」

「了解しました・・・・・・」

 

手の内で四方戟型デバイス[アポカリプス]を弄ぶのを止めるヨハネ。

ハイメロートは自分よりも強力な部下を従えながら、飛行魔法を発動させる。

どの道、あの化け物を倒さなければ生きる方法がないのだ。

 

「さて・・・怪獣退治と行くぞ!」

 

 

 

 

ネロンは巨大怪獣―――ククルカンの頭部の側を浮遊しながら、眼下を見下ろす。

その手には自身の片刃の剣型デバイス[DEEP CRIMSON]が握られている。

 

「来るか・・・プレシアのゲート展開完了まで精々遊んでやる」

 

己の強さに絶対の自信があるものけが有する。

これでさえ、まだ本気ではない。本気になれば『時の庭園』ごと消し飛ばしてしまうために加減している。

 

「まぁ、『アースラ』だけはフェイトが乗っているからな。潰さないでおくか」

 

凄惨な笑みが口元浮かぶのが自分で分かる。

身体を流れる血は本来、闘争のためだけにあり、歓喜は人間の血を見るたびに滾るようになっている。

久々に破壊の陶酔に浸れる。十年も燻り抑えられてきた本能の解放によるカタルシスは溜まらなかった。

 

「くくくくっ・・・・・・」

 

ああ、笑いが止められない。

ネロン―――否、ヘッドギア奥の双眸が色違いの魔導士――カーマイン=フォルスマイヤーは喜びに身を震わせた。

 

 

 

――さぁ、破滅の第二幕の始まりだ。

 

 

 

 


あとがき(?)

 

ごめんなさい。

予定がズレました。リバース14で話が全然動かなかったので、ガルムの正体はお預けです。

しかも、次のリバース15では終わりそうにないのでリバース16とエピローグまで続きます。

おぅ、しっと。

 

愛姫無双なんて出しましたが、投稿分は出来上がっていた奴なので問題なしです。

掲示板を覗くと更新の希望がありましたが・・・あれはあれで難しいので、不定期でしかできません。

公約どおりプチ怪獣決戦に入りました。いやはや、凄いねカーマイン。

前半のシリアスを壊す無意味なギャグ調から一転させてくれました。

知ってます、ククルカンより上の怪獣創造があるんですってよ?

 

>お城ネタ

最近この手のネタのジェネレーションギャップを感じるんですが、どれくらいの人が分かるんでしょうかね?というか、ドルアーガってボタン押しっぱなしで攻撃できたことを最近始めて知ったんですよ。

ちなみに、竜宮城が分からないのにゲームの話が分かるのかよという野暮な突っ込みはなしで。

 

>アルハザード

分かっちゃったでしょうが、本編ではその正体は明かしません。

 

>ククルカン

マヤ神話の至高神です。アステカではケツァルコアトルって言われてます。

 

 

さて、ラストまでカウントダウンになりました。

次回は怪獣退治から話が始まり、決着がつくと・・・思います。

プレシアとフェイトの親子関係やアルハザードについてなど・・・。

 

あれ?なんかバッドエンドになりそうな雰囲気が・・・。





いやー、圧倒的な力が。
美姫 「これからどう決着へと向かっていくのかしらね」
とっても気になる所。あとは、やっぱりガルムの正体だな。
美姫 「ワクワクしながら次回を待ってますね」
楽しみにしてます。



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