「もぐもぐ・・・ごっくん」

 

食堂で遅めのお昼を食べるエイミィとクロノ。

台風のように騒ぎを起こしていたオヴニルが軒並みベッドの上なので、食堂にもかつての静けさが戻っている。

しかし、迷惑がっていた彼らに悩まされなくなってもクロノの不機嫌顔は晴れない。

 

「まーだ、そんな顔してる・・・」

「・・・放っておいてくれ。僕は元々こういう顔だ」

「またまた、そんなこと言っちゃって」

 

ニコニコとクロノを見ながらスプーンを動かす手は止まらない。

不機嫌さの理由は分かっているし、その気持ちも分かる。

 

(悔しかったんだよね・・・)

 

これでもかとやっつけ仕事のように食べ物を口の中へ放り込んでいくクロノ

その姿は会ったばかりの頃を思い出させる。

 

会ったばかりの頃のクロノはなのはやフェイトと同じぐらいの年頃だったが、扱いにくい子供だった。

魔法文明――ミッドチルダの魔導士就業年齢というのはかなり低い。

色々と理由はあるそうだが、簡単に言うと人材不足と早期の英才教育による優秀な魔導士の創出のため。

魔導士として優秀でも精神的にはまだまだ幼稚な面もある。

その中でクロノは大人びていた。良く言えば落ち着いていたし、悪く言えば透かした奴。

長いものには巻かれない。融通も利かない。同年代にとっては付き合いにくいことこの上ない。

 

しかし、その成績は抜群だった。実技、筆記共に首席を維持していた。

大抵、そう言う者は妬み、嫉みの対象となるがクロノはそれに構うこともなかった。

一心不乱に“優秀な魔導士”となるべく邁進する。

性格的に人好きのするエイミィの周りには居ないタイプだったので、何かと気に掛けてみたのが付き合いの始まりだったのだが。それが今に至るまでの腐れ縁の最初になるとは当時なら思いもしなかった。

 

付き合いの中で知ったが、クロノは弛まぬ努力によって成績を維持していた。

一般に比べればかなり才能に恵まれていたが、単純に才能だけを取るなら上を行く者はざらにいる。

母方の血統を考えると、むしろ落ち零れかもしれない。

だから、才能を努力で補った。

もしクロノに抜きん出た才能があったとするならば、一度覚えこんだことは決して忘れないこと。

努力によって血肉とした知識、経験、技術は絶対に忘れない。

覚えるために人の何倍も努力を要するが、その努力を惜しまないからこそ活きてくる。

 

努力によってクロノ=ハラオウンは形成されたと言っても過言ではない。

積み重ねた努力こそが魔導士・クロノ=ハラオウンの背骨となり、折れぬ心の支えとなっている。

だが、今回ばかりはショックだったのだろう。

 

今もその身に刻まれたままの斬撃の痕跡。

痕は真一文字でも、受けた臓器や表皮内出血のダメージは大きな青痣を残している。

治療すればすぐにも消えて痛みもなくなるのに、そうしないのは自分への戒めのつもりらしい。

 

絶対的な強者として立ちはだかっていたガルム。

最後の戦いのようにSランクという実力差はあったが、それを超えた“何か”にクロノは完敗した。

矛を交えたクロノにしか分からないのだろう。

あるいは努力の差だったかもしれない。

いずれにしても他の誰がそう思わなくとも、クロノ自身がガルムに負けたと思っている。

 

それに、今回の事件では結局のところクロノはしてやられて終わった。

結果の被害ゼロは結果でしかなく、自分の働きが成したことではない。

 

自分の実力不足、事件を“解決”できなかった悔恨。

珍しいことだがこの二つによってクロノは年相応に苛立っている。

 

(まぁ・・・それだけじゃないしね・・・)

 

苛立ちは、別の方向性も含んでいる。

 

 

「もしかしてさ・・・」

「ん?」

 

最後の一口を放り込んだクロノは顔を向ける。

 

「ガルムに勝ち逃げされたーって、思ってるの?」

「・・・・・・」

 

図星とすぐに分かる。

 

「別に・・・死なれたら勝ち逃げも何もないだろう」

「理屈はね・・・要はクロノがどう思うかでしょ」

「・・・妙に絡むな」

「うん。だって面白いし♪」

「人事だと思って・・・」

 

ぼやくクロノに、やっぱりエイミィは楽しそうな笑みを浮かべる。

その笑みが意地悪なものになったのは、その直後、

 

「ねぇ、くろのー」

「今度はなんだ―――」

 

水を口に含んだクロノは、

 

「戻ったらデートしよっか♪」

「ぶーーーーーっ!!!!」

 

盛大に噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(カキカキ)・・・うーむ、今ひとつ捻りが足りないな」

「(カキカキ)・・・やっぱ、こういう時はもっとエロ成分がねーとな」

「(カキカキ)・・・色々コードが引っかかるから諦めろ」

「(カキカキ)・・・もっとエレガントにな」

 

アースラに急遽作られた医療用の個室では、オヴニルでも無事な四人がハイメロートのベッドに寄って集っていた

その手には“マッ○ー極太”とラベリングされたサインペンが握られ、微かなシンナー臭を漂わせる。

 

「・・・今更、貴方の部下にどうこう言うつもりないけれど・・・莫迦ね」

「はははは・・・ありがとう」

「褒めてないわよ・・・」

 

一時は命も危ぶまれていたハイメロートだが、驚異的な生命力で一命を取り留めている。

酸素吸入器も外され、状況説明と見舞いを兼ねて来たリンディと話せるまでになっている。

 

グランドチーフ達はサインペンで、大げさなギブスで固定され吊ってあるハイメロートの足に落書きをしている。

“こういう時のお約束”だからとノリノリで書き込み、くだらない内容からちょっと赤面するようなものでまでバッチリ書き込んである。

 

リンディも息子と同じで、不本意ながら鳴れてしまったことを内心嘆く。

 

「ガルムの遺体だけれど・・・」

「見つかったのか?」

「ええ。一応、規定どおり検死解剖も終えてはいるわ」

 

跳躍したはずの三人を探して見つけた森林公園には、三人の他に冷たくなったガルムが居た。

出血多量で絶命した姿は、無常を感じさせた。あれほどの強さを誇るガルムにすらこうして死が訪れるのかと。

特に何かしらの影響を受けたクロノにとってはショックだったらしい。

 

「そうか。死んだか・・・」

「ま、これでしばらくは平和だねぇ・・・」

 

感慨深そうなハイメロートへの相槌をノクターンが打つ。

 

「何だか含みがあるわね」

「まぁ、な・・・“ガルム”という名前は、私の“ハイメロート”と同じだ」

「・・・世襲ということなのね」

「奴の活動が確認されてから二度。死体が確認されている」

 

しかし、いずれも新たなガルムが現れた。

 

「クローンかどうかは分からんが、デバイスも技術も継承したほぼ同一のガルムだ。正直言って悪夢以外の何者でもないらしいが・・・大体、半年から一年は表に出てくることはない」

「くどいようだけど、ガルムが何者かは教えてもらえないの?」

「教えてやりたいのは山々だが、こちらも奴が何者かまでは知らんのだ」

 

その言葉に嘘はない。

ハイメロートも全てを知っているわけではない。

特に、今回の事件は何故ガルムやネロンが関係したかは謎のままなのだ。

 

「今回ばかりは骨折り損の草臥れ儲けだ。収穫らしいものと言われれば、偶然ながらガルムを一人殺せたことぐらいしかない」

 

骨折や火傷は治療可能らしいが、左目だけは眼球そのものが半分砕けているため治療できなかった。

眼球の裂傷は、間一髪で脳の中枢へ届いていない。もしこれが脳に届いていたら脳幹にダメージを受けて、呼吸不全で死んでいた。

 

「ガルムが世襲なら、捜査はどうするの?」

「・・・奴の正体が高町なのは、という少女の兄という話だったがどうだったんだ?」

 

質問に質問で返される。リンディはそのことを言い忘れていたと思い出す。

リンディ、ハイメロート共にクロノとユーノの二人からガルムが高町恭也と同一人物となのはが言っていたという話を聞かされて、当然ながら調べた。

 

「発見されたガルムは高町恭也とは別人だったわ」

「別人?」

「ええ。顔にも裂傷があったから絶対とは言えないけれど、そこそこ似ている他人・・・かしらね」

 

高町家へ挨拶に行ったときの恭也の顔を思い出す。

只者ではない雰囲気の青年で、あまりに整った容貌にはハッとさせられたのでよく覚えている。

回収された遺体の検分はリンディも行ったが、似ている別人だった。一瞬だけパッと見れば間違えることもだろうというレベルで、瓜二つではなかった。

 

「・・・遺体が偽者で、その兄が本物という可能性は?」

「私もその可能性を考えたけれど、事件当時の彼は仕事中で10分以上一人になることはまずないわ」

 

所謂、アリバイが完璧なのだ。

幻覚によってそこへ居るように錯覚させることはできるが、人間と同じように受けた答えや行動を可能とし、実体を伴うような魔法は存在しない。そもそも、それは魔法ではない。

 

「当人達は何と言ってる」

「なのはちゃんは、見間違えだったと言ってるわ。アルフの方はそう聞いただけだから本当かどうかは分からないと」

「疑わしくもあるが、白黒つかないグレーなわけだな」

「私も本人に会ったことはあるけれど、只者ではないものの魔導士という感じは受けなかったわ」

 

魔導士には独特の雰囲気がある。恭也からはその魔導士っぽさがまるで感じられなかった。

それに第92管理外世界は魔法が存在しない世界だ。

それらしい能力はあるらしいが、ミッドなどのような魔法文明と呼べるものが存在しない。

そこにガルムの後継者として高町恭也が・・・というのは不自然だ。

 

「ガルムが代替わりしたのはいつごろ?」

「・・・先代がネロンに殺される前だから、十年以上前だな」

「今の彼は二十代になったばかりの若者よ?少し無理があるわね」

「そうだな・・・」

「遺体偽者説は面白かったけれど」

「どうも」

 

ハイメロートが苦笑を浮かべると、リンディもつられて笑う。

 

「納得いく、いかないとして事件は終わったわけだが・・・事後処理はどうする?」

 

戦いは終わったが、責任者のリンディには事後処理という大仕事が残っている。

万事において片付け仕事は面倒かつ煩雑というのがお決まりだ。

 

「報告書の作成と、事件の実行犯であるフェイト=テスタロッサの裁判対策―――“今は”それに集中するつもりよ・・・後は、なのはちゃんのスカウトぐらいかしら?」

 

冗談っぽく言ってみるが、内心は本気も本気。マジと書いて真剣だ。

短い間だったが、その間になのはが示したポテンシャルは驚異の一言に尽きる。

管理外世界の人間ということで色々と制約は大きいが、それを補って余りある。

本人の意思次第だが、その正義感や粘り強さはリンディの考える管理局実務に有効だ。ぜひとも魔導士として管理局に入って欲しいと思っている。

 

「そうか―――あまり、余計なことには首を突っ込むなよ?」

 

視界の外から飛来したパンチのように、リンディはギクリとした。

顔に出さなかったのは長年の腹芸の賜物だろう。

 

「何のことかしら?」

「分からんならいいが・・・」

 

たっぷりと含みを持たせた語尾。

 

リンディも分かっている。プレシアの語った管理局の暗部については黙認するしかない。

下手に藪を突けば、確実にフェイトの裁判へと跳ね返ってくる。

それは望ましくない。

フェイトを救うことはアルフとの約束でもある。個人的にもフェイトのような少女を助けたいと思う。

あれほどの魔導士を、という損得勘定がないわけでもないが、それを差し引いてもだ。

 

管理局の法制度ではフェイトを無罪にしてやることができるものの、余計なことを調べて圧力を掛けられるのは避けたい。裁判も二年〜三年と長期化させるわけにもいかない。

とりあえず、“今は”暗部についての追及は諦めるしかない。

 

 

 

 

 

報告を終えたリンディが退室してから、ハイメロートは軽く伸びをした。

あっちこっちの傷が痛むものの、身体を伸ばす心地よさもある。

 

「まぁ、我々の任務は達せられたわけだが・・・」

 

ハイメロートは苦笑を漏らす。

 

「高町恭也への監視体制は・・・」

「やっても構わんが、無駄だろう。仮に本物だとしても、監視に備えて正体を明かすような莫迦をするとも思えん」

 

それに、と付け加える

 

「我々の本来の任務は達成した。余計な仕事までやらずに、それは他に任せろ」

「了解しました」

 

本来の任務。それを考えて、ハイメロートは莫迦々々しくなってきた。

そんなことにどれほど価値があるのか。今の我々の戦力だけでも十分だろうに。

 

ガルム討伐は口実に過ぎない。

本来の任務は―――アルハザードの座標確認。

そのためにわざわざ輸送中の事故を起こしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――六日前の逢魔ヶ刻

 

「―――これが、私の知る事件の真相の全てです」

 

それを語ったのは、ガルムの死後に転移してきたリニス。

恭也の使い魔として事件を見守っていた、見守ることしかしなかったフェイトの元・教師として。

なのはは軽く驚いていたが、恭也も魔導士ならそういうこともあるのだと気付かされる。

 

「全部・・・私のせい・・・なの?」

 

ガルムの事切れた体に縋り付き、顔を埋めながらフェイトが呟く。

 

「・・・そうだ、と言えば・・・満足ですか?」

「・・・・・・」

「私のマスターは・・・貴女のガルムは、プレシアと貴女への贖罪のためだけに命をも投げ出しました。誰のせいでもなく、貴女がそうやって自分を責めることを望む人でもありません」

 

顔を上げないフェイトにリニスはなおも続ける。

 

「マスターは、何もせずに生きることもできました。妹弟子を鍛え、家を手伝い、気の会う友人と学業に勤しみ・・・そして、幸せな家族に囲まれる生活を。その生活を失うかもしれな危険を冒し、分身とは言え自分を殺してまで願った―――未来をどうか捨てないで」

 

―――ヘルガルムの望みはフェイト様の幸福。いつか、いつの日にか、フェイト様の望む幸福が手にできるようにすることがヘルガルムの存在意義でさえあります。

 

かつて、同じようなことを明星が言った。

 

「でも・・私の幸せは・・・」

 

アルフやプレシア、そしてガルムと共にあった。

存在を否定され、プレシアは去り、ガルムも絶命した。

いくら望まれても、その何処に幸せがあると言うのだろう。

残されたもの悲しみが呪いのように鎮座しただけだ。

 

「未来と天秤に掛けても、私は・・・私は・・・!」

 

その沈鬱な姿を見るのさえも辛い。

なのはは掛けるべき声が見つからない。慰めなど、何の効果もないほどフェイトは傷ついている。

まだ自分には恭也というオリジナルが戻れば居てくれるのだ。その自分が何かを言う資格があるのか。

 

(おにーちゃん・・・どうして・・・)

 

ガルムが違うと言うけれど・・・やはり、アバターだと言うのなら恭也も同じことを考えた。

この結末でフェイトが苦しみ、悲しみの海に沈んでしまうと分かっていたはずなのに。

“護る”はずの恭也の戦いが、どうしてこんなことになってしまうのか聞きたかった。

 

そして、フェイトのこと大事に思っているように見えるリニスにも。

視線をリニスへ巡らせると、ちょうどリニスが人型へ変身していた。

麻色の髪をショートヘアにした理知と母性を兼ね備えた大人の姿のリニスは、フェイトの華奢な肩をそっと抱く。

 

「・・・それが・・・狂ってしまい、貴女へ酷い仕打ちをしたプレシアと同じ選択と分かっていても?」

「!!?」

「失ったモノを追い求める悲劇を、見たばかりでしょう。過去は戻らないから過去・・・マスターは取り返せない過去に追い込んでしまったことを、プレシアは取り返せない過去の痛みを知るから、それぞれのできる限りの贖いとして、貴女に未来を・・・分かってあげてください」

 

プレシアと同じ間違えをしないように。

みんなフェイトへ未来の大事さを伝えるために。未来を残すために戦ったのだから。

 

「勝手な願いと分かっていて、言うわ・・・どうか、あの人たちの想いを無駄にしないように報いてあげて」

 

それがこの喜劇と悲劇の綯い交ぜとなった物語に、残されたハッピーと呼べる幕引きになりえるから。

 

 

 

 

 

 

―――現在

 

フェイトとアルフは、ガルムが息絶えた場所に来ていた。

日が中天に差し掛かっても木々の合間から零れる僅かな光しかないため、薄暗い。まだ冷たい初夏の風が木立を抜けてフェイトの金髪を揺らす。

 

手にはさっきなのはから貰ったリボンが握られている。

リンディにお願いをして、改めてなのはと会える許可を貰い、臨海公園で会ってきたばかり。

お互いに、色んな辛いことがあって、その後だったからうまく言葉が出てこなったけど。

 

「ガルムさん・・・さっき、なのはと会ってきました」

 

少し照れ臭そうに、ハニカミを含んでフェイトはなのはの名前を発音する。

 

「“友達になりたい”・・・そう言われた返事をするために。でも、私は友達の成り方を知らないからどうしたら良いのか、聞きました」

 

初めてのことで、そしてとても難しいことにフェイトは思えた。

アルフと初めて仲良くなったときは無我夢中で良く覚えていなかったから。

人は可笑しいと思うだろうけれども、フェイトにとっては至って真剣な問題だった。

そして、誰もが聞かれて絶句する問いに、なのはは簡単だと言った。

 

「“名前を呼んで”・・・それだけだって。そこから始まるんだって」

 

相手の目を見て、はっきり名前を呼ぶこと。

名前はその人を認める大事なもの。世界で自分と認める名前。

誰かが名前を呼んでくれる。それが人の繋がりの大切な一歩。

 

「私・・・何度も、何度も、“なのは”って呼びました・・・」

 

プレシアとアルフだけの狭くて小さい世界に、新しく手を差し伸べてくれた子の名前を。

生まれて初めて“友達になりたい”と言ってくれた子の名前を。

人の苦しみのために自分より強大な相手へ挑んでくれる子の名前を。

そして、絶望の中でも一緒に居てくれた子の名前を。

 

呼べば呼ぶほど、胸の奥がじんわりと暖かくなって―――幸せだと感じられた。

 

「なのはも何度も何度も返事をしてくれて・・・その内、二人とも泣き出して・・・友達ってこういうものなんだ、って何となく分かりました・・・」

 

相手の苦しみは自分の苦しみ。

相手の喜びは自分の喜び。

雨が降っていて濡れるなら一緒に濡れよう。

傘があるなら一緒に入って雨を避けよう。

 

全てを分かち合える存在。フェイトにとって欠けていたものが現れた。

 

「それから、約束もしました。私はこれから管理局で裁判があるけれど、それが終わったらどれだけ時間が経っても、また会おうって。約束の証に、リボンも貰いました」

 

風に吹かれて飛んでいかないように気を遣いながら、掌のリボンを広げて見せる。

 

しばらく、フェイトはそのままで居た。

側に居るアルフは何も言わない。動きもしない。じっとフェイトを待っている。

 

 

「・・・まだ、眠る前は泣きます・・・辛くて、悲しくて、どうしてなんだろうって。“こんなはずじゃなかった”ってやっぱり思っちゃいます」

 

どうして、プレシアが居て、リニスが居て、アルフが居て、ガルムが居て、カーマインが居て・・・誰も欠けることなく揃う未来が自分にはないのだろう。思ってしまうのだ。

 

「・・・だけど、なのはとの未来は・・・未来は、ガルムさんが命を掛けて私に残してくれたものだから・・・」

 

ガルムだけではない。プレシアもだ。

きっと、“愛してる”と言いたくても言えなかった母親を想う。

歯車の狂ってしまった人生をやり直すために自分も連れて行けないから。

犯罪者であるガルムと共に居れば逃亡生活という裏街道を歩まなくてはならないから。

 

そのどちらの未来も、フェイトにはなのはは言うに及ばず、友達を作る時間も機会も与えられない。

 

「私には・・・正しいとか、間違ってるとか、まだ分かりません」

 

プレシアやガルムとの未来となのはと迎えることになるだろう未来。

そのどちらも幸せで光のあるものだとフェイトは信じている。そこに優劣はない。

 

「でも、私は必ず幸せになります・・・お母さんの苦悩も、ガルムさんの犠牲も、カーマインさんの献身も無駄にしないために・・・私はクローンだけれど、私のために多くの人が幸せを願ってくれていたから・・・」

 

アリシアではない。

フェイト=テスタロッサだけの、モノ。

 

「見守っていてください、ガルムさん。私は必ず幸せになります。胸を張って、お母さんやガルムさん達に“ありがとう”って言えるようになるために・・・ガルムさんがアバターで、そのサブであって、なのはのお兄さんとは別の存在でも、ガルムさんだけが私にとっての本物だから」

 

フェイトは、深くお辞儀をしてすぐには顔を上げない。

深奥から湧き起こる万感の感謝をガルムへ捧げるために。

そして、顔を上げたフェイトの顔には、精一杯の笑顔があった。

 

「行こうか、アルフ」

「うん」

 

言葉数少なに、二人は森を後にしようと歩を進めだす。

 

 

「必ず、また来ます・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高町家の縁側では、今日も今日とて恭也が茶をしばいていた。

これでもかと似合う甚兵衛姿で盆栽に一通りの手入れを施して一服をついているところだ。

ローウェル家の護衛テストは内々に合格を貰っているが、正式な内定の準備のためにエリスはイギリスへ帰国している。その間の恭也は大学の前期を終わらせて編入の準備があるため割と忙しかったりするが、本人に慌てた様子はない。

 

日に日に気温が上がることを肌で実感する日本人の嗜みを満喫していた。

 

なのはも戻った高町家は平和そのものだった。

意外なことに、なのはが何も聞いてこないことが多少引っかかるが。

 

 

(これで、良かったのでしょうか?)

 

恭也に膝枕をしてもらっているリニスが尋ねる。

 

(・・・それは、誰にも分からない。何が最善だったのかもな。人生の答えはそういうものだ。俺は最善だと考えて行動しても、それが最善ではなかったことを何度も経験してきた)

 

例えば、フェイトの前に今のオリジナルである自分が姿を現し、高町家に誘うことだってできる。

けれども、フェイトにとってガルムはガルム。高町恭也は高町恭也なのだ。いずれ変わるかもしれないが、今はそれがフェイトにとっての真実なら殊更に邪魔をするものでもない。

 

(多くの人間が良かれと、悪かれと思って行動し、それらが織り成すものを俺達は運命と呼ぶ)

(運命を信じているのですか?)

(人並み以上に信じているが、妄信もしていない。運命というのは結果だ。結果を信じるというのも可笑しな話だろう・・・なのはがフェイトに勝ってしまったこともな)

 

リニスは今もなのはの手首に嵌められたままの天青石の腕輪を思い出す。微量の金を含み菫青色の腕輪の美しさは際立っていた。

 

(昔、プレシアから貰ったあの腕輪に【ロケーション】を掛けて渡したが・・・まさか、本当に御守だったとはな・・・気付かなかった)

 

なのはが旅立つ日に渡した腕輪は、御守代わりと同時に万が一のためになのはの現在位置が分かるようにする【ロケーション】の魔法を掛けていた。

腕輪そのものは、かつて一緒に暮らしていた頃にカーマインとお揃いでプレシアからプレゼントされたものだった。

 

けれども、腕輪には思わぬ効果があった。

 

(緊急用の自動展開防御魔法・・・)

(そうだ・・・それが結果的に、フェイトの【フォトンランサー・ファランクスシフト】を凌がせた)

 

あの時、遅延魔法と組み合わせて多重展開された【プロテクション】は全て撃ち破られていた。

残り50発以上の雷槍をバリアジャケットだけで受け止められるはずもない。

腕輪が自動で作動し、有り得なかった最後の防御魔法が展開。ギリギリまで受け止めた。

おそらくなのはは気付いていないだろう。

 

(もし、あの時に腕輪が存在せず、フェイトが勝っていればプレシアは一緒にアルハザードへ連れて行っただろう・・・フェイトの勝利の執念―――親子の絆への執着に心動かされて)

(けれども・・・それが、運命だったんですね)

(ああ。ごく些細な、腕輪の有無・・いや、俺がその機能に気付かなかった。それだけの差のこと。運命とは兎角、無常なものだ)

 

そうなればガルムも死ぬ以外の選択肢だってあった。プレシアと一緒に居られた。

フェイトの望んでいた絆が戻ってきた。

 

今となっては、仕方ないと思うしかない。

 

 

(俺は・・・なのはにも、フェイトにも、もう魔法に関わって欲しくないと思っている・・・無理だろうがな)

 

なのはの性格も、フェイトの性格もきっちり踏まえている。

魔法も悪い力ではない。

管理局も全てが悪ではない。

二人が魔法による危険を知り、危険を無くすために戦う姿は容易に浮かぶ。

 

だが、戦いとはそんなに単純なものではない。

恭也は嫌というほどにそれを思い知らされてきた。

いつか、自分が歩んできた泥沼の世界を二人には味わって欲しくないというのが偽らざる兄として、父としての気持ち。

 

リニスは恭也の諦念が、空しかった。

それは遠くない未来に恭也という存在が戦いの日々に戻り、そして二人と敵対する立場になることを意味しているはずだから。

 

 

 

「ただいまー!」

 

玄関の引き戸が開かれる音共になのはの声が高町家に響く。

 

「帰ったか・・・」

 

リニスの頭を下ろし、恭也は立ち上がる。

今日も病院に親子で行っている美沙斗と美由希も帰ってくる。

お昼の準備をしなくてはならない。暇な人間が家事をするのが高町家の不文律。

 

(マスター・・・貴方は、これで良いのですか?)

 

リニスが似たような問いを再び尋ねる。

息絶えたガルムの遺体は消えては困るため、わざわざ残るように処理を施し、顔や体形などを“似ている別人”に作り変えたリニスは、気になっていた。そこまでリスクを冒して高町恭也にこだわる必要があるのかも。

 

(“俺”という存在は、“高町恭也である”というアイデンティティなしには生きていけない。ガルムも、八神の“俺”も、他の多くの“俺”は“高町恭也である自分を成立するためだけに生きている”・・・だから、今のこの暮らしは俺にとって無上のものなんだ)

 

何と表現したら良いのだろう。

“自分”を求め続けなくては、精神を病んでしまうしかない恭也の、断末魔で喜びの声。

儚過ぎる。何故、この人にとって生きることはこんなにも難しいものなのだろうと思わずには居られない。

 

その恭也は居間に入ったところで、なのはを出迎えた。

 

 

「おかえり、なのは」

 

「おにーちゃん・・・」

 

 

少しだけなのはの表情は曇ったが、すぐに今日のお日様のように満面の笑みで応えた。

 

 

「ただいま!」

 

 

 

 


あとがき(?)

 

「リリカルなのはリバース」はこのリバース16で本編終了となります。

後はエピローグが残っていますが、リバースの本筋というよりもこれから続く話の伏線なので。

今回、あえて原作13話の核心であるフェイトとなのはの会話を書きませんでした。

私は見たことがありませんが、あのシーンだけは同じものをなぞることしかできないと感じたからです。

その代わりにリバースの独自色が強いものにしました。

 

繰り返しますが、詳しくはエピローグの最後で作品の総括をします。

 

しかし・・・・ユーノが出ていないなー・・・ま、いいか(ぇ





とりあえずの結末を迎えちゃいました。
美姫 「うーん、しみじみ」
フェイトの悲しみは、いつか癒えるかな。
美姫 「とりあえず、事件は幕を閉じた訳だけれど」
まだエピローグが残っているから、それを楽しみに待つぞ〜。
美姫 「一体、どんな事が語られるのかしら」
次回も楽しみに待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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