ざりざりと不快なノイズが混じる。

 

 

目下の敵―――アライアンス・グラーバクのBBは片手間に戦えるほど易い相手ではない。

けれども、先程から思考の片隅を蛇のような何かが這いずり回る。

 

 

―――主はやての前の主を覚えているか?

 

 

その言葉がきっかけになっているのは間違いない。

 

自分達のメモリを消去できるのは原則として主のみ。

だが、メモリの消去は闇の書は記録を連綿と続けることを一つの目的としているデバイスにとっては、害にしかならない。

当然の帰結として、メモリの消去が行われているということはその当事者は主本人に他ならない。

 

一体何のために?

 

メリットなどまずないにも関わらず。

十一年前。その時の主は何を考えたのか?

 

 

 

追憶の先はノイズ。

 

 

 

何故か、そのノイズが無性にイラつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い。

 

その表現は様々な用いられ方をする。

BBに当てはめるのであれば、それは“喧嘩に強い”という表現になるだろうか。

 

非人格式装着型のグローブ型デバイス[タイラント]を嵌めた手は、巌のように硬質で魔力がなくともコンクリートを粉砕するほどの破壊力を秘めている。

しかし、その手が操るのは黒い球体。自在に形状とサイズを変える変幻自在の黒い球体はシグナムをして、苦戦を強いる。

 

 

黒い球体から切先が無数に伸びてシグナムを串刺しにせんと、迫る。

足捌きで回避するが、回避した側から直角に曲がり、再度追ってくる。厄介極まりない自動追尾能力にシグナムは防戦へ追い込まれていた。

 

切先を切り落とし、回避し、やり過ごす。

何度も繰り返されるその過程には寸毫の乱れもない。機械もかくやと言う精確さで行う様には、敵ながらBBも感嘆するばかり。

 

 

「【陣風】」

 

 

魔力が高まった直後シグナムが被弾覚悟で[レヴァンティン]を振るうと、魔力の刃とその余波に無数の切先の全てが薙ぎ払われた。

 

動きの空白が生じ、シグナムは無駄な逡巡を捨てて一気にBBへ肉薄する。

攻守の逆転が起きてもBBは動じるどころか不敵な笑みを貼り付けたまま間合いへの踏み込みを平然と許した。

それだけでシグナムは警戒を強める。袈裟斬りの斬撃を放ちながら、不意打ちまでを想定する。

 

 

 

ガァィィイン!!!

 

 

 

内臓をぶちまけさせるつもりの袈裟斬りを、盾の形状に変化した黒い球体が止めた。

シグナムの眉間に皺が刻まれ、瞬時にBBの視界から外れる。不敵な笑みを益々深めながら切先を飛ばす攻撃を至近距離から繰り出す。

 

 

「ハーーーッハハハッ!!!!」

 

 

後少しでも遅れれば袈裟斬りの直撃を受けていたにも関わらず、BBは歓喜の雄叫びをあげる。

 

 

「いいぞ、いいぞ!!それでこそ古代ベルカの騎士!こうでなくてはなぁっ!!!」

 

 

五月蠅い奴だと思いつつ、同時に厄介だとも思う。

歓喜の雄叫びすら計算づくでやっている。兎に角、隙が見当たらない。喰い破る隙ならとも思ったところで、それすら一つも見いだせない。

 

巧い。何より強い。

 

魔導士としての能力は現状、伍している。

後は戦うスキルの勝負になるが、悔しいことに戦術において敵の方が長けている。

他が勝っていても策で勝る相手に若干の分があることは否めない。

 

斬線の軌跡に沿って切先が全て切り落とされて行き、ついに追撃が止む。

それが敵の攻撃の射程範囲。断定するのは早計だが、シグナムの勘がそう告げている。無理をすればまだやれるのだろうが、この相手はキレているようで芯は常にクレバーだ。

 

この時代で初めて実力伯仲の敵。

 

 

「自身の魔力の大部分を外部出力しておく、【ホールディングスフィア】だったか?」

「流石というところか。もう使う魔導士は私の他に居ないだろうが」

 

 

BBの周囲を浮遊する黒い球体は膨大な魔力で構成されたスフィア。

なのはやテラが射撃魔法や砲撃魔法の魔力収束の手間を省くために待機させているものと基本が変わらないが、規格がまるで違う。射撃や砲撃のサイズに合わせて、又、自分が制御できる限界値に合わせて、スフィアを形成するのが普通のはずだが、【ホールディングスフィア】はその限界値を高め、自分の魔力全てをスフィア化させるまでに至る制御の頂の一つ。

 

 

「かつて、戦ったことがある」

「それは厄介な・・・だが、オリジナリティが皆無なわけではない」

「だろうな」

 

 

ここまでの柔軟性はかつて戦った相手にはなかったものだ。

自信に満ちたBBに、シグナムも相応の自信を漲らせて[レヴァンティン]を構える。

気圧されたら負ける。隙を窺うような甘い戦い方では到底倒せない。

 

 

「あ?」

 

 

BBが途端にマヌケな声をあげた。

誘いの隙かと思ったが、違うらしい。目線の動きはない。誰かと念話で会話しているらしい。

 

 

「な!?」

 

 

BBの後方。アストラと戦っていたフェイトに異変が起きたのを、シグナムの目は捉えていた。

傍目にもボロボロのフェイトの胸部から手が生えていた。それはシャマルがよくやる、転移魔法による干渉。リンカーコアを抜き取られたフェイトは苦しげに喘ぎ、アストラの[フォーマラウト]がその手の主を転移の反対側から引きずり出し、風獣の顎に喰らわせる。

 

 

「ちっ・・・予定が早まったか」

 

 

口に出して、流石に失敗したようにBBが毒づく。

 

 

「今日は、良い感じに地獄になりそうだ・・・大盤振る舞いと行こうか!」

 

 

【ホールディングスフィア】が更に肥大化する。

込められた魔力が増量していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは、よくないわね)

 

 

アースラで戦闘の推移を見守っているリンディは、状況が膠着しつつあることを冷静に捉えていた。

戦力的には五分。まだクロノやアルフをアースラ艦内に温存している意味では、こちらが有利にしても状況は膠着でしかない。

 

 

「離せ!!私はフェイトを助けに行くんだ!!」

「駄目だ!今行けば、君を犬死させるだけになる!」

「莫迦か!!フェイトが居なくなれば、どの道私も死ぬんだ!」

「それでもだ!!」

 

 

何者かに襲われたフェイトを助けに行こうとするアルフを、クロノが止めようとする。

当然の行いを邪魔され、アルフは怒りを剥き出しにする。

リンディは戦況を頭の中で組み立てていて、それが終わるまでは行かせるわけにはいかなかった。

 

さっきの仮面の男は何者か?

守護騎士とは味方同士というわけでもない、僅かに見えたグラーバクの反応を見ても連中の一派ではなさそうだ。まだリンディも知らない別勢力を考えるのが妥当。

現状、一番の候補は先日管理局の次元航行船を撃沈したバーテックス。

 

 

「お前だって、母親が危険だったら飛び出すだろう!!?」

「それは・・・いや、僕はそれでも耐える!!」

 

 

聞こえた遣り取りにリンディは、はっとなる。

見た先で、アルフはようやく抵抗を止めていた。代わりに信じられないものを見るように、クロノとリンディを交互に見る。それは、任務に集中しようとしていたエイミィと同じだった。

 

 

「クロノ、それは・・・言っちゃ駄目だよ?」

 

 

エイミィが、最初は淀みながら、けれどもはっきりと強く言い切った。

 

 

「分かっている・・・だけど、僕は・・・」

 

 

言葉を継ごうとしたクロノは、本当に喉を鳴らして呑み込んだ。

 

沈黙が痛い。

リンディも、クロノも、アルフも、エイミィも、何も言えなかった。

他のブリッジに居たクルーも成り行きを見守るしかない。

 

 

幸いなのか、不幸なのか、誰も破るこのできない沈黙は感情もなければ空気も読めない機械が破ってくれた。膨らんだ風船を針で突いて破裂させる役割を自分が負わずに済んだことで胸を撫でおろし、次いでその理由に不幸を感じる。

 

同じ海域への巨大質量の転移を知らせるアラート。簡単に言えば、早期警戒網による接敵警報。

 

 

「提督、ベルニッツ隊長からの通信です!」

「ベルニッツ・・・隊長!?」

 

 

このタイミングで?

気まずい雰囲気から慌てて頭を仕事に切り替えるが、巧くいかない。我が子のことであれば尚更だ。

 

 

「警戒態勢から戦闘態勢へ移行を、武装は全て使用許可を出します。指示に従い適宜使用可能に。通信を回してちょうだい」

 

 

敵の襲来。そう滅多にあるわけではない、次元航行船同士の戦闘になるかもしれない。

今のクルーには艦対艦の戦闘はシミュレーションの演習しか経験がない。あたふたする様子は手に取るように分かるが、斟酌している余裕はない。

 

 

《“敵”の襲来だ、準備はよろしいか?》

「その状況で貴方は今どこにいるのかしら?」

《最悪の事態に備えてとだけお答えしておこう。ともあれ、アースラは注意を。そして今の世界で戦闘している彼女らも後退させた方がいいもしれんが》

 

 

侮るわけでもなく淡々と戦況を分析して促される忠告に、リンディは苛立ちと反発を覚える。それが息子と気まずい雰囲気に流され、任務に集中しきれていない指揮官失格の自分の八つ当たりであることを承知ぐらいしていても。

 

ベルニッツもリンディの動揺の理由は知らずとも心の揺らぎは気付いている。けれども、リンディが部下の動揺を斟酌しないのと同じように、きっぱりと無視する。

 

 

《バーテックスが来た以上、そこは地獄になる》

「・・・どういう意味かしら?」

 

 

バーテックスの活動は知っているが、それはあくまでテロ組織や陰謀を張り巡らせるタイプであって、今のような力が物を言う戦場ではないはずだ。

 

 

「嘘ッ―――」

《もう来たか・・・》

「説明を!」

 

 

そう言いながら、エイミィが出した空間モニターに視線を走らせる。この時はさっきの蟠りを捨ててクロノが駆け寄って、モニターを覗き込む。

 

 

《もう一度、早く撤退すること強く推奨する。部下に人死を出したくないのであれば》

 

 

モニターは二分割して映されていた。

一方は転移を驚異の速度で完成させ、その姿を現したバーテックスの戦艦。次元航行船は通常巡洋艦クラスでしかないが、これは正しく戦艦。間違っても他の表現は使えない。

もう一方は、まだ激戦の続く守護騎士となのは達の居る次元世界。砂漠の世界に忽然と姿を現した、人影。

 

モニター越しに見ただけで本能にまで刻みこまれた。

 

 

 

―――勝てない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身の毛穴が開いて、どっと冷や汗が出た。

指一本どころか呼吸する横隔膜の動きさえできなくなるほどの、威圧感。

[レイジングハート]がカタカタと音をたてる。それが自分の手が震えているからだということにも、なのは気付かない。

 

 

単純に、全身が竦んで動けなくなっていた。

 

 

それは、その場に居た全員に同じことが言えた。

歴戦の兵である守護騎士も、常軌を逸した思考回路を持つグラーバクも。

 

 

つい数秒前に転移してきた黒騎士によって、砂漠の世界は一変させられた。

 

 

 

 

 

「ふ、“フールフト・シュヴァルツリッター”・・・本物か」

 

 

 

 

1mもない距離でザフィーラにデバイスを突き付けたまま固まっていたテラがそう絞り出す。

口にしただけで顎先から冷や汗が滴り落ちている。

ミッドチルダの―――正確には、管理局の間に流れる都市伝説。

 

冥府魔道に堕ちたベルカ騎士が夜な夜なミッドチルダの魔導士を殺しに来る。

あまりに在り来たりで、捻りもない怪談の代名詞とも言える話。だが、その強さは本物で如何なる魔導士も抵抗すらできずに惨殺される。一般市民にとっては何が怖いのか幼稚な子供でも引っかかることはないが、逆に歴戦の勇士ほど骨身に沁みて恐怖を感じる。

 

何故って、歴戦の勇士であるほど“騎士”の称号を持つベルカ式を使う魔導士の強さを知っているから。

 

 

 

「我が名は、ディアルムド=ウア=ドゥヴネ。故あって、この場の全員に死んでもらう」

 

 

 

黒騎士が名乗りを上げ、そして、死の宣告を届ける。

それだけで誰もが戦意を喪失しかける。それは、なのは達だけではなく、ヴィータやシャマルも同じだった。至近距離からの【ディバインバスター】を受けてなお、戦っていた猛者とは思えないほどに。

 

 

(この人、何者なの?)

 

 

呼吸するだけで一杯一杯になりそうだったなのはは、闖入者であるディアルムドを真正面から見据える。

 

死を宣告する暴挙の割に、ディアルムドからは狂気じみたものを感じ取れない。

むしろ、表情こそ硬く厳しそうだが、理性的で理不尽さとは懸け離れている。イメージとしては、直接見たことはないが悟りを開いた高僧のようだというが当て嵌まるのかもしれない。

 

 

(誰か分からないけれど、私じゃこの人には絶対に勝てない。多分、逃げることもできない・・・)

 

 

ヴィータは強い。シャマルは強い。ザフィーラは強い。

テラは強い。ドレットノートは強い。自分もそこそこ強い。

しかし、ディアルムドの強さは、その次元にない。

 

匂いが同じだった。フェイトの師となっている絢雪御雫祇と。

本当に瞬きの間にこの場に居る全員を殺せるほどの隔絶した強さの差。

騎士という言葉がしっくり来る騎士甲冑。右手に持った藤黄の長槍と、左に持った天鵞絨の長剣。

 

 

「あ・・・れ・・・?」

 

 

視線を移した先の長槍と長剣から、魔力は放散されている。

攻撃的ではないために気付きにくいが、少量ながら少しずつ。単に制御が甘いために漏れたというよりは、意図的に放っているような気がする。

 

 

「まさか・・・ッ!?」

「ザフィーラッ!!」

「分かっている!!」

 

 

気力を振り絞り、守護騎士達が一か所に集まる。

それを見たおかげか、プレッシャーに慣れてきたおかげか、なのはもまだ硬いものの動けるようにはなっていた。

 

 

「逃げるが勝ちだな!」

「むっ―――――」

「へっ!?」

 

 

動けるようになったのはテラとドレットノートも同じ。テラの言葉へ同意するように二人とも踵を返し、ドレットノートがなのは無造作に脇へ抱えると全速力でその場から離脱をかけた。

 

 

「え?え?」

「―――喋ると舌を噛むぞ」

「!?」

 

 

あまりに意外な言葉をかけられて混乱に拍車がかかる。

人を見た目で判断するわけではないが、化物じみた外見と普段の態度から冷血漢だと思っていたドレットノートから心配する言葉が出た。先入観があっても驚きを隠せない。

 

 

「超低気圧に巻き込まれて死にたくないから、この世界から離脱する」

 

 

極めて面倒そうにテラが説明を入れてくれるが何の話か分からない。

超低気圧?

気象用語を正しく理解できるほどの学力はないが、天気予報から得た知識として荒れた天気になる原因だったと思い出す。

 

 

「あ」

 

 

砂漠の空が一分の隙もなく、分厚い黒雲に覆われていた。

あの黒雲から何が派生するかが想像できないほど、なのはの頭の回転は鈍くない。

 

 

「いかん」

「わわ―――っ!」

 

 

二人は急ブレーキをかけて止まる。その理由はすぐに分かった。

目の前に聳え立つ風の壁。アストラの操る風とは桁違い。風と呼ぶよりも大気の大断層。

 

 

「触れたらミキサーの具だな」

 

 

やたらと冷静に評価しているテラを横目に、ドレットノートは地面にデバイスを突き立てると、

 

 

【スフィアプロテクション】

 

 

三人をギリギリ包むように防御結界を展開する。

 

 

「お嬢さん、色々と私達に含むところはあるだろうがお互い生き残るために協力してほしい」

「え、あ、はい・・・」

「おそらく、二人がかりの出力でも足りんだろうから、君にも魔力を提供してもらうしかない。この防御を強化するしか、生き残る道はない」

 

 

問答無用。すぐに理解し、魔力の提供を行う。

Sランク二人がかりと、AAAランク一人の防御。大砲の直撃にも耐えるように構築された要塞の城壁をイメージさせる堅固な魔力の壁に、なのはは少し安心する。

 

 

 

だが、忘れていた。

 

 

 

―――【ゾンマァ・ゲヴィッタァ】

 

 

 

“時の庭園”で、SSランクであるハイメロートでさえネロン―――カーマインの魔法を防御しきれずに、燃やされた。あの魔法が例外的に強力な破壊力を持っていたにしても、ランクの差があれば、それはただの魔法も必殺になりえる。

 

 

「がっ――――」

「く――――」

「あっ―――」

 

 

大気の大断層に巻き込まれ、酷く呆気ない幕切れ。

要塞の城壁のようだった魔力障壁は、細切れにされて消し飛んだ。

 

 

(え・・・何で?どうして?)

 

 

単純に相手の魔力総量が上回った故の現象。

けれども、その桁が違い過ぎて認識が追い着かない。

 

この世には何をどうやっても覆せない絶対的な力の差が存在し、人はそれに屈服せざるを得ないことを、途切れ、黒く塗りつぶされる意識の中で、なのはは認めたくなかった。

 

 

何秒、何分、何十分経ったのか時間感覚が麻痺した状態でなのはの意識は表層に浮かび上がった。

世界を焦がすほどの太陽の光が射していた砂漠の世界は空を黒雲に支配され、年何回もない豪雨に見舞われている。気圧の変化で強風が吹くものの、湿った砂を巻き上げることはなく、代わりに雨粒を叩きつけてくれる。

 

降り注ぐ雨粒に文字通り叩き起こされたなのはが見たのは、覆い被さる影。

 

 

「―――目を・・・覚ましたな」

 

 

怪物じみた容貌のドレットノートが呟く、のっそりと覆う位置から動いた。

外見で人を判断するわけではないが怯えが先に立つ。彼の姿は全身砂まみれ。それ以上に全身傷だらけで、出血も酷い。顔も元々が醜い古傷があるため目立ちにくいが、新しい傷から血を流している。そして、なのはの位置からは見えないが、背中は切れ味の悪い鋸で滅多切りにされたかのように裂けていた。

 

呼吸にすら苦痛を伴う重傷。その姿に痛ましさを感じながら、なのははようやく自分がほとんど無傷であることに気付いた。砂まみれは同じでも傷らしい傷もなければ、ダメージらしいダメージもない。

 

 

(・・・庇って・・・くれたの?)

 

 

ドレットノートを見返すが答えは返ってこない。

当然の帰結として、自分が受けるはずだったダメージも覆い被さることで代わりに受けたことになる。

すぐには結びつかない。それは外見のせいも多少はあったが、御雫祇やリンディが話すアライアンス・グラーバクの隊員と懸け離れていたせいだ。

 

アライアンス・オヴニルのようにチームワークを高めた部隊とは違う。

 

隊員は合法的に殺人を許される“殺しのライセンス”を欲して集まった。BBのように勝つための手段は選ばないが闘争に不純物を入れることを病的に嫌う異常者も居れば、テラのように自分の魔法理論の実践による証明を行うためという研究者も居る。

手段としての殺人を積極的に肯定し、その場として提供されるならば汚れ役をまるで厭わない。敵対するものの事情など斟酌しない。およそ人としての倫理を欠いた者達の集まり。所詮は毒を以って毒を制するための、荒療治。

 

彼らは悪人。ドレットノートとて例外ではない。

その悪人が自分を庇って重傷を負った。事実として受け止めたくても、中々できない。

 

 

「どうし――――」

 

 

庇ってくれたことを聞くよりも先に、その庇った理由を尋ねようとして吹っ飛んできたザフィーラによってそれは中断させられた。

 

 

「がはっ、がはっ、がはっ――――!!」

 

 

異常な咳。なのははには分からないが、折れた肋骨が臓器に刺さって出血し、気道を満たした時に起こる咳。呼吸を妨げる血を吐きだそうとしているが、その量と血液の粘性で上手くできていない。

なのはは咄嗟に助けるために駆け寄ろうとしたが、ドレットノートに襟首を掴まれ、思いっきり引っ張られる。

 

 

「離して下さい!」

「近づけば・・・殺される・・・ぞ」

 

 

傷が痛むのか苦しそうに言いながら、顎でザフィーラの右手を示す。その手は拳を固め、接近したものを容赦なく襲う準備をしていた。酷い重傷を負いながらでも、追い討ちへの備えを寸毫たりとも怠っていない。

 

ぞっとした。一体何だ。死にそうな怪我を負っても闘争のために体が動き、一方で死にそうな相手を冷静に観察して危険を探り当てる眼力。どちらもおかしい。どこか、何かが狂っている。

異常過ぎる光景の連続と、ディアルムドの圧倒的な破壊になのは自身の理性が磨り減っていく。

 

緊張から来る心臓の鼓動さえ煩わしい。考えることが煩わしい。

どうせ皆狂っているんだ。死にそうになっても殺そうとし、死にそうな相手を平然と見捨てる。ここではそれが常識なのだ。そうならなければならない。

 

そうならなければ。

そうならなケレバ。

そうナラナケレバ。

ソウナラナケレバ――――。

 

思考が狂気に呑まれる。

その寸前に、青白くなっていた頬が張られて赤くなる。

 

 

やられて、見上げて、それもドレットノートがやったことだと知る。

背を向けてしまったせいで―――元々表情を読めないほどの容貌だが―――何を思っての行動かは分からない。ズタズタのボロボロになっている背中は痛々しさだけで、想いを読み取らせてはくれない。

 

 

「ドレットノート」

 

 

なのはを無視するように、テラを従えたBBが声をかける。

テラも無傷ではないがドレットノートほどのダメージはない。さっきまで周辺にいなかったBBは無傷だが、苦虫を噛み潰したような表情は痛みに耐えているようでもある。

 

声をかけてからの進展がない。そこで三人が念話で会話していることに気付いた。

チャンネルが分からなければ聞き耳をたてることもできない。

そもそも、真紅の騎士達と戦っていたはずのBBが何故ここにいるのか。

 

視線を転じると、そこではまだ絶望的な光景が続いていた。

さっきまで戦っていた守護騎士達が、児戯に等しくあしらわれていた。

 

 

 

 

低気圧と呼ぶにはあまりな規模の気象魔法を凌いだまでは良かった。

なのはのディバインバスターの直撃すら凌ぎ切るヴィータの防御力と、戦闘能力を底上げするシャマルの補助魔法、そして二つ名である“盾”の名に恥じぬ堅牢な防御結界は、なのは達が破られたのに対して見事に耐えきった。

 

だが、名乗りを上げた“恐怖の黒騎士”ディアルムド=ウア=ドゥヴネはそれを当然のものと、大気の大断層と雷鳴の渦が過ぎ去ったあとに悠然と距離を詰めていた。

三人共同時に動き、機先を制したはずだった。相手の実力が遥か高みにあることはすぐに分かったが、それと戦いをどうするかは別物。

 

けれども、幾ら不意を打っても、機先を制してもまるで無駄。

 

天鵞絨の長剣が[グラーフアイゼン]と噛み合い、受け止めるどころか見た目通りの体重しかないヴィータを磁力の反発のように弾き飛ばした。

そこへ背後からザフィーラの放った拳撃が襲い掛かるが、藤黄の槍がどんな力学的作用なのか一直線に横隔膜を突き上げ、肋骨を圧し折るほどの力で石突を打ち込んだ。

 

 

その二つの動きで、受けたヴィータとザフィーラ、そして最後となったシャマルは断定した。

ディアルムドが使っているのは紛うことなき、ベルカ影流。しかも、シグナムやアストラがそれぞれ剣術・槍術の一つずつしか究められなかった術を二つとも究めている。その認識が正しく、けれどもまだ不足していたことをシャマルは理解させられた。

 

両手を動かし、隙のある状態へ追い込まれたディアルムド。そう仕向けたからこそ容赦なく持てる全力を注いで防御無視の掌底を撃つ。降りしきる雨粒をVFXの映像のように突き抜けていく。目掛けた先の黒騎士を鎧徹しの矢は魔力を鏃に撃ち貫かん。

 

 

当たれば。

当たれば撃ち貫かん。

 

 

その動きは奇怪極まる。鏃が貫くよりも早く疾く、ディアルムドは身を前へ沈め、左足を後ろへ跳ね上げた。

 

ジャングルの蛇は木から木へ移る際に、飛び移ることがある。身をくねらせ、着地先の枝に巻きつける。ディアルムドの動きもそれと酷似していた。完全に避けられた掌底。伸ばされた腕に左足が絡みつく。関節が伸びに応じてロックされる絶妙の機。絡みついた足の爪先が脇に食い込むと痛みを訴えるよりも早く、天地が逆転し、水を吸って粒子の細かい泥になりかけている地面へ叩き伏せられた。

爪先が脇へ食い込むと槍と長剣を持った状態で体を縦に回転させて、シャマルを足の力だけで持ち上げて反対側の地面へ叩きつける。

 

物理的に無茶苦茶だが、目で追える速度を超えて行われた分、破壊力はシャマルから継戦能力を奪うには十分過ぎる。

 

 

 

 

(強ぇ・・・・いや、強ぇなんて次元じゃねぇ・・・)

 

 

 

一人だけ弾き飛ばされるに留まったヴィータの胃に重たく冷たいものが居座る。

その名を恐怖と呼ばれるもの。間違いなく、以前がいつだったか分からないほどに時間を超えてヴィータは恐怖に支配されつつあった。

太刀筋がまるで見えなかった。そして、自慢の鉄槌の威力を長剣に上回られた。積み上げた強さを否定されるだけでも十分に堪えるが、相対して解る勝てぬという事実。

 

 

―――【飛竜一閃】

 

 

火焔の竜がヴィータとディアルムドの間へ割って入ると、鋼をも融解させる熱と発散する圧力を押しつけるようにして、ディアルムドを呑み込む。

 

 

「呆けるなヴィータ!!」

「―――ちっ!」

 

 

仲間の叱咤に我を取り戻し、舌打ちしてからその場を離脱する。その横には一息で潰されたシャマルとザフィーラを抱えたアストラが並び、発射元のシグナムの隣に着地する。

 

 

「どうする?」

 

 

やったかとは聞かず、自分でも珍しいと自覚するほど次の行動を考えあぐねていた。

シグナムの【飛竜一閃】で倒せるのならば最初から苦労はない。手応えの無さに苦虫を噛みつぶすシグナムは、普段の彼女なら表さないその態度だけで焦りがありありと伝わる。

 

 

退くぞ、と将であるシグナムは言えなかった。

自分達を遥かに凌駕するディアルムドを前に、戦力的にはほぼ互角の管理局が後ろに居る。比喩でも何でもなく前門の虎、後門の狼。退く動きを見せればディアルムドはこちらを一瞬で殲滅する。立ち向かっても、悔しいが一合と持たずに屠られる。

 

 

状況は詰んだ。彼我の戦力では覆せない。

 

 

ギリッ、と奥歯が鳴る。ここで死ぬわけにはいかない。

自分達には、主であるはやてを、八神家を救うという使命がある。勝手に科したものであっても、槍と通さなければ失ってしまう。初めて得たあの暖かい、帰ることのできる場所を。

 

出力が足りない。もどかしい。

かつての自分であれば、ここまでの差は・・・

 

 

「シグナム」

「アストラ?」

 

 

どれほど思考の坩堝に嵌っていたのか解らないが、完全なる不覚だ。

しかし、その不覚をディアルムドは衝かなかった。下手に動けば自分達が標的にされかねない管理局も同じで、まるで動いていなかった。

 

 

「絢雪御雫祇・・・やはり、現れたか」

 

 

ディアルムドの視線の先。シグナム達の後方、管理局が集まっている場所に注がれている。

そこにはさっきまで居なかった、漆黒の長髪を揺らしながら優しく抱えていたフェイトをなのはへ預けている御雫祇が居た。

 

 

「フェイトちゃん!」

「大丈夫、気を失っているだけです。私は少し、あの方に用がありますので後をお願いします」

 

 

言い置いて、御雫祇は歩を進めてディアルムドの一足の間合いの外で立ち止まる。

 

 

「次に現れた際には、私がお相手しますと申し上げたはずです」

「覚えている。だが、それでは私も困る。負けるとは言わないが、互いの実力を鑑みれば千日手になりかねず、それは私の望むところではない」

 

 

緊張は高まる。見ているだけで生唾を飲み込むほどに。

シグナムにとっては初見となるが、剣士としての本能が察した。彼女こそがフェイトの師であると。

 

 

袍に似た下半身の自由度が確保されたロングコート仕様のバリアジャケットだけではなく、靴から手袋、スラックスに至る全てが白で統一された白尽くめ。色が違うのは露出した顔と首、そして紅朱色に染められたバリアジャケットの左肩と、羽織っている陣羽織。

 

その特徴的なバリアジャケットの構成は広い次元世界にたった一人しか存在しない。

 

 

(・・・・・・次元世界の守護者、絢雪御雫祇)

 

 

代々の絢雪御雫祇が受け継いできたバリアジャケットの姿形は、シグナムの記憶にもあった。

そして、その強さが次元世界屈指であることも。

評判をそのまま鵜呑みにするわけではないが、相対すればシグナムには解る。絢雪御雫祇の評に嘘偽りはないと。

 

 

(シグナム)

(解っている)

 

 

アストラもヴィータも、絢雪御雫祇のことはデータにあった。当代がまだ若い女性であるという情報まではなかったが、年齢や性別は関係ない。性別を言えば、自分達も同じだ。年齢を言えば、十代で達人の域に達した者もいないこともない。

 

 

(殿は僕が務める)

(おい、アストラッ!)

(一人では無理だろう!)

(一人じゃないと意味がないでしょ?)

 

 

ヴィータは怒りながら、シグナムは努めて冷静に窘めるがアストラは殊更に軽く返す。

殿が多いことに意味がないなど、戦闘における鉄則だ。死を前提に組まれるのが、殿であれば一人は必定。

当たり前であるはずのことに疑義を差し挟む二人に、アストラは逆にショックを受けていた。

 

 

(おいおい、何時から僕らは仲良しこ良しのアマちゃん集団になったのさ?)

(テメぇ―――)

(ヴィータ、僕らはベルカの騎士なんだよ?それぞれに役割分担があって、今の僕らで最善の動きをする。それを各々が弁えて戦う。主との生活に現を抜かして、そんな基本的なことさえ忘れたの?)

((――――ッ!))

 

 

辛辣な言葉に息を呑む。

 

 

(だったら、尚更僕が殿を務める。そんな腑抜けにやってもらっても、僕自身の生存率は上がらない。理解してもらえないかな?はやてとの生活は僕も大事だけれど、その一つ一つにまで固執して戦いの真髄まで忘れるなら、それは巡り巡って、はやてを殺すよ?)

 

 

繰り返し、騎士であると付け加える。

根幹にあるべきそれを忘れてしまえば、存在意義すら失う。

以前までのシグナムやヴィータならば殿を務めることに無言で同意し、無駄な押し問答を省いて遅滞なく行動に移していた。

 

 

(すまん、アストラ)

(ちっ、格好つけやがって・・・)

(・・・たまには、お姉さんらしいこともさせてちょうだいな)

 

 

晒した無様さに歯噛みし、舌打ちし、堕した意識を引き上げる。

自分達は騎士なのだ。どこまで行っても騎士であることが根幹なのだ。

八神家という居心地の良い楽園によって忘れかけていたが、根幹を忘れるわけにはいかない。

 

戦い方でも、名乗りでもない。

騎士とは騎士であることの覚悟を持つことを指す。

 

雲の上の実力者が現出した以上、戦闘は回避する。

幸い、その実力者は一騎打ちとなり、実力伯仲であれば手を回すこともできまい。

残るは自分達にとって実力伯仲ではあるが、不意を衝くことがまだ可能な者達。ならば選ぶべきは、決まっている。

 

 

詳しく示し合わせない。それがなくとも最善の一手に至る過程は枝葉の違いはあっても、幹は変わらない。

 

 

「―――退くかっ!」

「―――動きましたか」

 

 

気配だけで撤退を察知したディアルムドには脱帽するしかないが、それぐらいはやってのけると思っている。それでも、御雫祇を前にして無謀な追撃をかけることはできないと踏んでいる。

シャマルとザフィーラをシグナムが両手で抱え、ヴィータがその支援には入る。そして、殿のアストラが可能な限りの早さで魔力を収束させ、迎撃の構えをとる。

 

 

「そうこなくてはな、守護騎士よぉっ!!」

「面倒な動きをっ!!」

 

 

絶妙の動きに敵ながら天晴れ、ありがとうとばかりに吼えるBBは【ホールディングスフィア】を形成すると自分自身も突貫しての追撃をかける。無論、そこにはアストラの迎撃が待っていると百も承知。

テラは狂人じみた行動に嘆息しながら、有効性を認めざるを得ない。追撃戦で敵が最も嫌がるセオリーの危険を、快楽のスパイス程度にしか考えずにやってのけるBBに悪態を吐くぐらいしかできない。

 

なのははフェイトを抱いているため動けない。それに目まぐるしい狂気の戦場に、戦意が萎えかけていた。戦うために動く意思があるにも関わらず、気絶しているフェイトの手を握っていることしかできない。

訳もなく荒くなり、肩で息をしているとそこへそっと手を置かれた。

 

 

「セーラ、さん?」

「退くよ」

 

 

アースラにも、戦場にも現れなかった彼女が唐突に言ったことが理解できない。

戦意は萎えかけていてもここで退くことを拙い矜持が許せない。なのは首を横にしようとしたが、読んでいたかのようにセーラは言葉を被せた。

 

 

「駄目、“魔神憑き”が来る」

 

 

死刑宣告と同義だ、と言われた気がした。

セーラは有無を言わせず、なのはの襟首を引っ掴む。

 

 

「にゃにゃっ!?」

「逃げないと・・・フェイトもろとも・・・死ぬ」

「あ―――ッ!」

 

 

人の事は言えないが、細身で小さい体にどれだけの馬力があるのか。セーラはフェイトを小脇に抱えると、襟首を掴んだまま、なのはを含めた三人を対象に転移魔法を発動させる。

 

 

「来た」

「――――ィッ!?」

 

 

転移の寸前、確かになのはは見た。

 

空がそのまま下がってきたかのような空色の鬼火が、妙な表現になるが空から降ってくるのを。

 

―――あれは良くないものだ

―――人の皮を被った化物だ

 

転移が終わるまで、なのはの第六感が警鐘を鳴らし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

セーラによってフェイトとなのはが転移による退避を果たしてからの十秒間。

単純に時間で表現すればそれだけの時間で、戦闘の決着は完全に着いた。ライブ映像で見ていたリンディ達は、それでも何が起こったのか把握できないほどの戦闘。

 

 

 

「“魔神招来”」

「―――ッ!」

 

 

新手の出現に御雫祇は[斬鉄椒林正宗]を抜き打ちで放ち、一人一刀で仕留めにかかる。

ディアルムドは防御する素振りさえ見せず、直撃しても構わないというように御雫祇の横を通り抜けようとする。迫る白刃の魔力斬撃は防御しなければバリアジャケットごと体を両断するに十分。

 

けれども、それは自分も一刀を向けられた新手によって、弾かれた。

手の甲で斬撃を弾いた空色の魔力光を放つ新手は、そのまま徒手空拳で御雫祇へ襲い掛かる。

 

驚きはしても動揺はせず、機械的に動作する御雫祇は剣戟を繰り出す。

戦闘の必須技能である相手の能力を計ることにかければ、この新手がディアルムドに匹敵する手練れ―――つまり、SSSランクの化物であると断じることができた。

加減などしないし、できない。フェイトとの鍛錬では片鱗さえ覗かせなかった、超高速の斬撃と絶妙な位置取りを可能とする歩法。惜しみなく使い、詰め将棋に入る。

 

精妙極まる動きは達者に相応しい。だが、そこに舞うような美はない。

機械的に、只管に、相手を殺傷せしめるための機能美のみがそこにある。武骨に、愚直に、絢雪の家が数千年の練磨を続けた技が死の圧力となって押し寄せる。

 

 

(これは―――)

 

 

手練れと知りながら、その技量の高さには素直に感服するしかない。

おそらく世界でも両手で数えるほどしかいない、御雫祇の剣術を捌けるほどの達者。

眼前の新手―――体つきは幼く、容貌も幼く、女の子と見間違えてしまいそう男の子―――ユアン=オンリーはそれらを白刃に徒手空拳で抗し得ることで成していた。

 

御雫祇の域に達すれば、魔力による防御はその種類の如何を問わず切り裂ける。手甲を嵌め、魔力で保護していても翳して防御すれば腕ごと切断する。しかし、ユアンはそれを知っていて、最も危険な方法で捌いていた。

 

 

斬撃が到達する前にその側面を打って弾く!

 

 

文字通り寸分の狂いも許されない。その性質上、わざと斬撃に身を曝すことになる。

故に、狂えば問答無用で体が二つに分かれる。おそらくは今のシグナムでさえ見切れないほどの高速斬撃を、それも連続で放たれながら、全てを弾き続けることの異常さ。

手の甲、掌底、下腕、上腕、肩、時には脛や腿、背中さえ駆使する。

その勇気、その技量、その度胸を、感服せずにはいられない。同時に、己の術を凌がれることは一介の剣士としては屈辱でしかない。

 

何より、時間稼ぎの当て馬を宛がわれたことは表面にこそ出さないが、激して余りある辱め。

 

 

だが、それで本筋を見落とすほど御雫祇は未熟ではなかった。

かつて未熟さを衝かれ、父を失ったことを忘れていない。

ディアルムドの目的は“闇の書”であることは百も承知だが、それは余りに意外な目的のためとしか思えなくなっている。即ち、守護騎士プログラムの破壊と、本体である“闇の書”の消滅。

 

手に入れるためならばまだ解るが、破壊と消滅ではメリットが生じえない。知らない要素があるにしても、一般的にはその恩恵があるとは考え難い。不明点こそが、事件の謎を解く鍵の可能性が高い。

目的と手段に分けられるとして、“一般的”であれば“闇の書”の周りを蠢動するのはそれが目的のための手段足り得るからだ。しかし、その破壊と消滅に動くというのはそれ自体が目的であると言って良い。仮に、何者かの意図を挫くためであるとしても、ディアルムドとユアンという共に次元世界屈指の存在が正面から挑んで打倒できない存在など、まずいないのだ。回りくどい真似などせずに叩き潰せばいい。

 

 

結論は出た。

“闇の書”の破壊と消滅が目的として成立する。

人間がそのような行動をとるのは主に、一つの理由に帰結する。

 

 

これは、ディアルムド=ウア=ドゥヴネによる“闇の書”への復讐と制裁なのだ。

 

 

 

 

 

―――この間、二秒弱

 

 

 

 

 

「―――其は嵐と昂揚する衝動」

 

 

短い祈りのような詠唱。

終えて、[フォーマラウト]に右転する風が纏いつく。

 

 

シグナムとヴィータでは転移魔法を単体で発動するまで時間がかかる。

普段はシャマルが遠隔操作で転移するという高位の魔法を使っているおかげでかからない手間も、こうなると惜しい。転移魔法の完成まで数秒というところだが、それまでは追撃してくる鬱陶しい管理局を足止めしなくてはならない。

 

(はやまったかな・・・?)

 

柄にもなく、思ってもいない後悔で自分を虐めてみるが存外楽しくない。

 

 

黒い球体が高速で迫り、その操縦者であるBBが昏い愉悦に口の端を歪に持ち上げている。

正直言ってこの手の変態は嫌いだし、対応も苦手だ。手っ取り早くぶっ飛ばして、消えてもらうしかない。けれども、今の自分では精々が一時的に追い払う程度しかできない。

 

 

苦笑しながらフォーマラウトを腰溜めに構え直し、発動させる。

 

 

捻転。

円運動。

生じる力。

引き絞られる魔力。

 

 

風の魔力属性変換と槍術はベルカ式でも相性が悪いとされていた。

けれども、アストラは低気圧から生じる風災が、風が渦を巻く回転によって強力な破壊を生み出すことを模倣し、風を高速回転させ、また槍最大の攻撃である刺突の加速に用いることで最大限に活かすことを可能とした。

 

 

槍の穂先が突き出され、周囲の雨粒が全て払われる。

 

 

―――【ヴィントアルミヒ】

 

 

 

「フハハハハハハッ!!!」

 

 

陳腐な言い方をすれば風によるドリル。

されども、ただのドリルにあらず。触れれば千切り、触れずとも千切る。

 

実体のない風の螺旋刺突がBBの[ホールディングスフィア]と克ち合う。

哄笑を上げるBBは黒い球体を抉られ、千切られ、崩されていても笑うことをやめない。より魔力を集約させ、固め、むしろ螺旋の渦を止めてみせようとする。汚らしく黒い魔力が飛び散り、細かな弾丸となって周囲を破壊する。

 

 

「曲げられる!?」

 

 

テラの射撃魔法が遠距離からシグナム達を狙っていたが、【ヴィントアルミヒ】の致死量の風圧と、魔力の破片によって弾道が曲げられ、あるいは破片に阻まれる。

破裂する魔力光が幾重にも瞬き、小さな光が集まって眩しいほどの光の量となる。

 

 

「守護騎士を―――」

「―――いやいや、舐めてはおらんよ?」

 

 

徐々に押されているはずのBBが、笑いながら冷静に返す。

 

 

「―――見えざる猛獣の咆哮となりて貫け」

 

 

目晦ましとなっているはずの光の中から、満身創痍のドレットノートがもがき出た。

既に重傷だった。動くことな埒外の体を引き摺ることなく、痛覚が存在しないかのように、けれども表情は憤怒で仁王像の顔面を貼り付けたように醜く歪む。

 

致死量の風圧に耐えた体はバリアジャケットを申し訳程度に残し、全身を朱に染めているが、ずたずたに裂けた唇は詠唱の結句となるコマンドを紡ぐ。

 

 

 

 

「【ロオォォォォケェェット・ダアァァァァィヴゥァァァアアア】!!!」

 

 

 

 

有り得ざることに、ドレットノートは手に持っていた金砕棒型デバイス[Mk−9999]を逆手に持ちかえるとシグナムとヴィータめがけて投擲した。獣じみた結句の咆哮が後押しすると、物質加速型魔法の連続発生による質量兵器と化して飛翔する。

 

 

「任せろ!」

 

 

二人を抱えているため自由の利かないシグナムに代わって、ヴィータが[グラーフアイゼン]を振りかぶる。力押しの攻撃ならば負けない。

 

 

 

 

「【ラケェェェテェェェンハァァァンマアァァァァァァ】!!!」

 

 

 

 

カートリッジがリロードされ、空薬莢が飛び出す。

高密度の魔力が[グラーフアイゼン]の打突面に収斂し、余剰の魔力でヴィータの体も一気に加速する。

 

 

横薙ぎの一撃が、金砕棒を迎え撃つ。

 

 

 

 

ィィィィイン!!!

 

 

 

 

激突の音は耳の奥を刺すような高音。

 

 

 

「ンンアァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

魔力の収斂を高め、戦意を高め、相手を上回らんと口から雄叫びが迸る。

冷静な芯の部分が、勝てると弾きだした。単純にカートリッジの補助を受けた自分の方が魔力の収斂と総量が大きい。

 

 

 

けれども、とドレットノートにも補足があった。

 

 

 

「血飛沫け守護騎士」

OK Let’s go!》

 

 

 

追加コマンドを【Mk−9999】が受諾する。

 

 

ジャコン!

ジャコン!

ジャコン!

ジャコン!

ジャコン!

ジャコン!

 

 

「んなっ、畜生がぁぁ!?」

 

 

 

コマンドに従って[Mk−9999]は、六連装カートリッジの全弾をリロードし、一瞬にしてヴィータの放っている魔力総量の十数倍にまで達した。

 

 

死ねる。問答無用で死ねる。

今からのリロードでは間に合わない。

[グラーフアイゼン]が、堅牢さでは守護騎士随一のデバイスがすぐに悲鳴をあげた。

 

 

油断?

違う、と信じる。

自分達は詰まれたのだ。

 

 

 

 

―――僕らはベルカの騎士なんだよ

 

 

 

 

確かに、アストラの言う通りだ。

ヴィータは躊躇なく、他に被害が及ばないように全力で押し留めにかかる。

[グラーフアイゼン]も主の心意気を感じ取り、悲鳴を食い縛って封じ込めるように耐えていた。

 

ここで死ぬつもりはない。それに、死ねない。

はやての待つ家に帰り、はやてを救わないと。

失うわけにはいかない。手放すことはもっと嫌だ。

何糞死ぬものか。

でも、もしもそうなるのであればせめて他の仲間は――――

 

 

(おいおい、クソッタレ!!)

 

 

背後のシグナムには、もっと最悪が迫っていた。

ユアンに御雫祇を抑えさせたディアルムドが、一分の隙もなく当然の事象の如くシグナムの命を刈り取りにかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詰んだ

 

 


あとがき

 

あけましておめでとうございます。

帰省ラッシュ中の新幹線の中で書いています。

でも、投稿する頃には一月も終わりかけていると思いますが。

 

 

色々と説明しなくてはいけないはずなのに、あえてすっ飛ばして戦闘ばかりの話になってしまいました。

これは反省材料にします。緩急のリズムがないと、読んでいてだれてしまうでしょうから。

 

 

ディアルムドとユアンが参戦したことで、ようやく話しが終盤に入れます。

謎をとっちらかしたままなのでいそいそと回収していくことなります。

ただ、過去の事件をクローズアップしながらその全体像を隠していく難しさで今回は思いっきり苦労をさせられています。ずっと作中で出ている十一年前のヨートゥン事件のことなんですけどね。

 

このペースですと、アールズ22で完結しそうです。

今、アールズ19まで書いているんですけど、終わる目途が立つとうれしいですねぇ、やっぱり。

 

ただ、綾斗は現在「Dies irae」をプレイ中のため、執筆速度はガタ落ちです。

元々、その能力に関しては尊敬すらしているラインハルト=ハイドリヒがラスボスともなれば、嫌が応にも期待は高まる、高まる。れッつ、ツンデレ、素直クールキャラ攻略(壊れてます)

 

 

 

それでは次回、またお会いしましょう。




管理局と騎士たちの間に現れたのは!?
美姫 「何とも熱い展開ね」
ああ。流石のなのはもちょっと雰囲気に呑まれてしまった感は否めないな。
美姫 「仕方ないわよ。で、アースラ側は脱出できたみたいだけれど」
シグナムたちは完全にピンチだな。ああ、もう本当に良い所、気になる所で次回に行っちゃってる。
美姫 「早く続きが読みたいわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待っていますね〜」



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