「次が来たな」

 

 

八岐徹は、冬の冷気を纏いながら柳洞寺の山門の屋根に立つ。

寒気に体を蝕まれ、体が硬くなっているかと思いきや何事もないように柔軟な動き。

 

それを聞いたキャスターは相変わらず出鱈目な男だと溜息を吐く。

尋常ではない。気配を読むというレベルではなく、気配を知っている。

 

 

「迎撃は任せろ・・・お前は、予定通りに」

「御意に」

 

 

溜息も聞こえているだろうに、この余裕。

フードに隠れた美貌を歪めようとして、逆に笑みが浮かぶ。

何と出鱈目で、しかし自分の知る如何なる英雄さえも及ばぬ安心感を与える主。

 

信頼ではない。信仰だ。

王の子供――すなわち、王女として生まれたキャスターには理解できなかった、“主を得る”という実感に充足感すらあった。

 

 

徹はキャスターの心の機微には気づかず、山門から飛び降りる。

石畳の上に着地し、月明かりが薄く照らす石段を見下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

招いたわけではない客―――セイバーは、石段の中途で徹の姿を見止め、足を地につけたままとなる。

そこにある。存在感が強いわけではない。気配を隠さずに存在を明かしている。

しかし、その気配は明確に一つの事実を示す。自分と同じ英霊を召喚したサーヴァントではなく、ただの生身の人間であることを。

 

擬態を疑うが、そうは見えない。解らないように巧妙な擬態であっても、食い破る自信はある。

姿も他のサーヴァントと異なり、戦闘に至るである状況であってもまだ現代のやや凝った服装のまま。

ただの一般人でしかない。いや、この場に立ち、自分と正対してもなお平静を保っている以上は“ただの”という形容は正しくない。

 

だが。

しかし。

セイバーの持つ、未来予知じみた直観は告げる。

この相手はダメだと。

 

 

 

「なるほど、これでようやく全てか・・・一番遅れての登場とは粋だな、セイバー」

「!!―――何故、私のクラスがセイバーだと?」

「他のサーヴァントとは一通り接触したのでな」

「・・・・・・」

 

 

徹の何気ない言葉に、セイバーは内心で驚愕する。

どれほど力があるにせよ、一騎当千のサーヴァントを相手どり、クラスが判別できるほどの接触を果たしてなおこの男は生きているというのか?

やはり、擬態か?であれば、隠密行動に優れるサーヴァント―――アサシンと考えるべきだろう。人間に擬態して不意を突こうとでもしたのか。

 

 

「さて・・・ここに来た以上、目的は一つだろう」

 

 

セイバーの思考と動揺に構わず徹は話を進める。

 

 

「キャスターはこの奥に居るが、無粋な闖入者は門前払いが慣わしだ」

「どかぬと?」

「どく理由はないな。無論、そちらも退く理由はなかろうから、取るべき道は一つになるが」

 

 

淀みなく徹は答える。

その間にもセイバーは一つでも自分が有利になる要素を探そうと、徹を分析する。

見れば見るほど、人間にしか感じられない。気配を誤魔化しても所詮はアサシン。セイバーである自分と正面で戦って勝てるようにはなっていない。

徹からは自殺志願とも思えない自信も感じられる。ハッタリではあり得ない。そこまで自分の人を見る目は節穴ではない。

 

 

「通りたければ、押し通るが良い、騎士よ。力ある者が力無き者を糧にする。それが聖杯戦争のルールなのだろう?」

 

 

揶揄するでもなく、平然と口にしてから徹は軽く手を合わせてから離す。

その手にはどういうカラクリか、大太刀が現出。鞘から抜かずに腰に佩く。

 

魔術なのか?奇術なのか?

判然としないが、理由もなく敵が武器を持つまで待ってしまった。

だが、それは正しい。

 

 

「合図が要るならば・・・・始めようか、セイバー」

 

 

その手にはいつの間にか、弓が握られていた。

 

 

「しまっ―――!?」

「嚆矢だ、存分に受けよ」

 

 

声を発し、体幹の動きを合わせた時には矢は放たれていた。

 

 

――――――――

 

 

矢独特の風切音がしない。

無音。神憑ったセイバーの直感は、肩当てを掠らせる程度に留めた。

 

 

が―――それでも。それでもなお、セイバーは無様に吹き飛んだ。

肩当てに掠った瞬間の安堵は愚かに過ぎた。

衝撃はセイバーの小さな体躯を錐揉みさせ、石畳を転げ落ちていく。

 

その時には、矢に追いついた音と風が大音声さながらの狂乱となって、当たり一面を蹴散らしていた。着弾した矢は運動エネルギーに耐えかねて木端微塵になっている。

 

 

 

「ぐっ・・・」

 

 

錐揉みから着地したセイバーは乱された三半規管に上げそうになった呻きを呑みこむ。

手には不可視の剣を持ったままであり、ここは戦場で、戦闘は始まっており、機先を制されたのだと整理する。

 

 

「失望させてくれるな、セイバー」

 

 

接近に気付かなかった。

 

 

咄嗟に動いた軌道に徹の大太刀が滑り込む。

 

 

 

ガアァァン!!!

 

 

 

「むっ・・・」

「なっ・・・!?」

 

 

何が起こったのか、セイバーは理解できた。

理解できた上で思わずあり得ないと否定した。

 

撃ち合いによって弾かれた徹は、何段か上の石段に着地する。

刀は刃毀れ一つなく、またその身も全くの無傷。

ジェット噴射にも例えられる魔力の補助を受けたセイバーの一撃を受けても、無傷。

 

ただのアサシンにしては、おかしすぎる。

まさか、これが相手の宝具の能力なのかと疑うが、そんな宝具は聞いたこともない。

しかも、さっきの矢の一撃。先日共闘した本職であるアーチャーも見事な弓兵だったが、破壊力では彼の一矢を軽く凌いでいる。

 

 

「長さ6尺余、幅4寸か・・・ブロードソードに分類される両刃両手剣」

「今の一合でそこまで計ったのですか・・・」

「打点や体捌きからな。なるほど、今のでよく解った」

 

徹は一段、二段とステップで石段を上がり、一定の間合いを取る。

 

「宝具さえ使わせねば、俺の敵ではない」

「私を侮るつもりか!!」

「純粋なひょ―――」

 

 

 

ゴオォォン!!!

 

 

 

セイバーの剣が魔力のジェット噴射を受け、石段を直撃。

徹の口上を阻み、翻して二撃目を放つ。

更に三撃目を叩きつけるように打ち込みにかかる。

 

高速の三連撃。

しかし、徹には掠りもしない。

それどころか、刀で受けることもせず全てを最小限の動きで避けている。

 

四撃目。

五撃目。

六撃目。

七撃目。

八撃目。

九撃目。

十撃目。

 

延々と、高速と炸裂を兼ね合わせた斬撃が繰り出される。

延々と、高速と炸裂を兼ね合わせた斬撃を見切る。

まるで単純作業のように、演武のように二人の動きは重なる。

一撃ごとに、徹は石段を一つ上がり、セイバーもそれを追って石段を一つ上がる。

 

 

そして、石段は終わり、山門の門前まで上がる。

徹とセイバーはようやくその位置で動きを止めた。

石段の数と同じだけの斬撃を放ってもなお、セイバーの息は一つも乱れない。乱れないが、形相は苦虫を潰すように歪んでいた。

 

石段による高低差だけではない。

目の前の男は、完全に自分の一挙手一投足を見切っている。

カラクリなど解らないが、もはやこの男は刀で受けに回る必要などないのだろう。

 

 

「・・・貴方への評価を改めましょう」

「今更なんだ?」

「私の方こそ貴方を侮っていた。気配を見せず、不意打ち、闇討ちに徹する卑劣なアサシンであるとの思い込みが、今の私を招いています。これを今後の戒めとさせていただき・・・貴公を打倒させていだこう」

 

 

セイバーの気配が変わる。

抑え気味だった魔力が総身を満たし、桁を上げる。

 

 

「それが全力か」

「万全ではありませんが、貴公を相手に出し惜しみはできません」

「結構だ。俺もそれほどまでの魔力のブーストを受けた者を相手取る機会など中々なくてな・・・」

 

 

気配が変わったわけでも、構えを取ったわけでもない。

剣氣が昂るわけでもなく、圧力が増したわけでもない。

変わらない。存在はするが人と察するのは難しい異質さ。

 

 

「良いな・・・実に良い。これでこそ、聖杯戦争だろう。森の一人一殺の残存物があると聞いて来たが・・・こちらのほうがよほど、良い」

 

 

感情の揺れのない、歓喜の言葉。

それでようやくセイバーは、ある可能性に行き当たった。

 

 

「貴公、まさか・・・・」

「ああ、何か勘違いをしているようだが――――」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

知覚の外から何かが来る。

セイバーをセイバーたらしめる二本柱。

攻撃・防御・移動にまで用いることで少女の身ながら破格の英雄たるヘラクレスとも同等の打ち合いを可能とする、魔力放出のスキル。

もう一つの柱である、生まれ持った天性の才能が齎す、未来予知にも匹敵しようかという直感。

 

直感が知覚の外から来る何かを察知。

魔力放出を全て防御に回し、かろうじて備える。

 

 

音にするなら機械工具のカッターが金属を削る音が一番近い。

最大限まで高められているはずの防御。構成する魔力が見る見るうちに失われていく。

ゲージで見ることができたら、レバーを引くように急速に減っていく魔力を確認できただろう。

 

 

「!!???」

 

 

ついに、ゼロとなった防御が抜かれる。

 

 

 

(斬撃!?)

 

 

 

時間に換算すれば一秒も経過していない。

していないが、セイバーを以てしても受けて初めて斬撃と知覚することができた。

それでもなおセイバーは後方へ飛ぶことで致命傷を避けていた。

 

代償として、セイバーの体は宙を舞う。

石段の参道を覆う、夜闇に紛れて濃さを増す山林から弾き出される様は、コメディの域に達していた。

 

 

眼下の端には、死角のない残心を取り、余裕でセイバーの飛行を見上げる徹がいる。

 

 

 

「――――俺はアサシンのサーヴァント(英霊)ではなく、キャスターのマスター(人間)

 

 

 

言葉が聞き取れずとも、セイバーは知った。

そして、驚きを通り越して納得させられた。

 

 

彼は、既に理の外に身を置いているのだと。

過去の英霊である自分や他のサーヴァント達とは決定的に異なる。

 

 

いつでも世界理法に迎えられ、英霊の座に迎えられてもおかしくない現代の奇跡。

神秘の減少により劣化し続ける世界がそれでも結実した、生ける宝具と言っても過言ではない英霊。

あり得ないように思えるが、彼は生きた英霊なのだ。

 

 

 

「ぐぅっ・・・!!」

 

 

着地と同時に、口から鮮血が溢れる。

肉体を持つがゆえに、内臓にまでダメージが達してしまえば吐血する。

 

 

 

「セイバー!!」

「・・シ・・・シロ・・ウ・・・」

 

 

途切れそうになる意識を繋ぎ止め、セイバーは倒れ込みそうな体を気力が保たせる。

 

 

(負けだ・・・・)

 

 

徹の言うように、宝具を使わねば倒せない。

そして、不意打ちでもない限り宝具を使う機会を与えるような相手ではない。

場合によってはバーサーカーであるヘラクレスを凌ぐ強敵。

 

キャスターというサーヴァントを有しながら、自身もサーヴァントと同等かそれ以上のマスター。

単純に言えば柳洞寺に陣地を構える彼らは圧倒的な地の利を有した上で、サーヴァント二体で迎撃態勢を取る無敵の存在。

 

 

悔しいが認めなければならない。

 

 

いかに最強のサーヴァントであるという自負はあっても、一人で攻略できるものではないと。

 

 

 

 


あとがき(多分)

 

八岐徹で一本書いてみたくなって試しにFateのマスターとして出してみるの巻。

いわゆるチート的な強さの彼がFateの世界に出ると、こんな感じです。

宝具を駆使しない戦闘であればセイバーですら及ばない。ヘラクレスのゴッドハンドによる防御でもなければ止められませんが、それも徹の持つスキルの前には十二回命を保たせることができるだけ。

なんだこいつは。常時神速状態は伊達ではないという奴でしょうけど、我ながら物凄く頭の悪いキャラを作ったな、と。

 

宝具は持たず『幻想必滅』と『不攻の攻』の二つのスキルが宝具に匹敵する。

 

なお、原作の八岐徹は“戦闘に必要と思った場合に世界のルールを強制的に改変させる”能力を持つ、文字通りの魔人でした。




セイバーと互角以上に戦う八岐。
美姫 「流石にセイバーも驚いていたわよね」
だな。不意に思いついたネタでお遊び的なSSとの事でしたが、面白いですよ。
美姫 「本当よね」
うんうん。投稿してくださり、ありがとうございます。
美姫 「ありがとうございます〜」



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