『TRIANGLE HEART BEAT 〜三人目の『不破』の物語〜




第十九話 −MAKING ACTION T−

 

 

 

 

 

 

 

時間は午前11時、海鳴駅前。

日曜ということもあって普段以上に活気溢れるこの場所で、とても人目を引いている二人組の男たちが立っていた。

一人は思わず目を疑いそうになるくらい、綺麗という表現がぴったりとはまるほど、凛々しい、黒ずくめの男。

そしてもう一人は、そのとなりの男とは対照的にラフな感じの淡いブルーのジャケットを羽織り、頭も少々ラフにセットしている男。

いうまでもなく、高町恭也と吾妻玲二である。

彼らはもう30分も前からこうして同じ場所に立っているのだが、とにかく人目を引くことこの上ない。

三分に一組の間隔でもうすでに九組。

そして今まさに十組目と対峙している真っ最中なのだった。

 

「あの、お暇でしたら私たちとご一緒しませんか?」

 

「翠屋の...恭也さんでしたよね?さっきからずっとそうしてるようですし、いかがですか?」

 

初めの台詞は玲二に、次のは恭也にそれぞれ向けられたもの。

二人とも、心なしか疲れたような苦笑を浮かべると、

 

「いや、悪いんだけどここで待ち合わせしてるんで」

 

「すいません。俺たちが早くに着きすぎてしまっただけなので、連れもそろそろ来ると思うのですが...」

 

「でもそのお連れの方も男性なのでしたら...」

 

「そうです。その方もご一緒してもらえれば...」

 

女性二人がそういって食い下がってきたところで、恭也と玲二の耳に聞き覚えのある声がとどいた。

 

「美緒!早く早く!急がないと高町先輩のことだから早く来て女の人たちに声かけられてるに決まってるんだから!」

 

「そ、そんなこといったって...早苗が服選びであんなに粘らなければもっと早く来れたのに〜」

 

「もうっ!そんなこといってると玲二も高町先輩と一緒に連れて行かれちゃうわよ!?」

 

「そ、そんなこと...あ、玲二さん...」

 

「え!?あ、ほんとだ!高町センパーイ!!!」

 

そんな掛け合いを暫く苦笑を浮かべながら聞いていた恭也と玲二だったが、早苗に名前を呼ばれると恭也はそれに軽く手を振って答える。

そして目の前にいた女性たちに

 

「そういうわけですので、申し訳ありません。また、翠屋にご来店されたときにでも声をかけて下さい」

 

「そういうわけなんで、ごめんな」

 

そういって申し訳なさそうに二人が微笑むと、二人は顔を赤くしながら大慌てでその場を立ち去った。

気を悪くしたかと恭也が暫く心配そうに眺めていたが、やがて二人が

 

「また声かけてって言われちゃったー!」

 

「やったね〜♪」

 

などといった会話が聞こえてきたので、とりあえず気を悪くしたわけではなさそうだと安堵すると、自分たちのほうに歩いてくる二人に目を向けた。

 

「高町先輩、いったいいつからここにいたんですか?」

 

「ふむ、三十分くらい前からだったか?」

 

「そ、そんなに前から...玲二さんもですか?」

 

「ああ、途中であったから一緒にきた」

 

平然と言ってのける二人に、早苗と美緒は驚いたような表情で、

 

「なんでそんなに早くきてるんですか?」

 

「お、お待たせしてしまってすいませんでした」

 

と全く正反対の反応を示す。

恭也と玲二は顔を見合わせて肩を竦めると、

 

「いや、遅れてきてしまっては女性に恥をかかせてしまう、と教えられていたので...」

 

「俺はそう恭也先輩に言われたから...」

 

それを聞いた美緒は、少し嬉しそうな表情をみせたのだが、早苗のほうはそうもいかなかった。

 

「それで結局高町先輩がナンパにあってたら意味ないじゃないですか!いったい三十分間で何組に声かけられたんですか?」

 

「いや、ナンパというほど大げさなものではないだろう。翠屋で顔を知ってる人たちが気を利かせてくれただけなのだから」

 

「「「.........」」」

 

「むしろ翠屋で働いたりしているわけでもないのに声をかけられていた玲二のほうの事をナンパというのではないか?」

 

「な、なにいってるんですか!?俺は恭也先輩のおまけですよ!...まったく、将を射んとすれば...ってやつですよ」

 

玲二のその言葉にほっとしたような表情を浮かべる美緒を、早苗は面白そうにみると、

 

「そ・れ・よ・り、全員そろってるのにいつまでもここにいる理由もないんじゃない?ねえ、美緒?」

 

と美緒にいきなり話題をふる。

案の定、美緒はいきなりのことに動揺して、

 

「え!?あ!へ?あ、うん」

 

と明らかに挙動不審な態度でおろおろとなんとか答えを返す。

そんな美緒と、笑いを堪えた表情の早苗を訝しげに見ながら、

 

「じゃあ早く行こうぜ?恭也先輩がなんか持ってるみたいだから」

 

と玲二が美緒に助け舟を出す。

 

「ああ、出掛けにイチが色々渡してくれたんだ...映画のチケット、食事の割引券、それに...ん?」

 

恭也がイチに渡されたという袋をもう一度確認していると、一瞬なにかおかしなものを見つけたのか首をかしげる。

しかしすぐに思い直したように顔を上げると、

 

「時間的には少し余裕があるので、とりあえずは昼まで久保田さんたちにお任せします」

 

と早苗に話をふる。

恭也からふられた話を早苗が笑いのためにはぐらかすようなことをするはずもなく、それではと美緒を玲二のほうに押しやって商店街のほうへと歩き出す。

玲二に肩を抱かれる形になった美緒は少し頬を染めていたが、やがて赤い顔のまま玲二に微笑みかけると手をとって早苗の後を追い、恭也もまた、早苗に恥をかかせまいととなりに並ぶべく歩みを速めるのだった。

 

 

 

 

 

 

結局昼時まであれでもないこれでもないと女性のショッピングで時間を潰した四人は、その後イチから授かった人気店の割引券を使って食事を済ませ、その後すぐに映画館へと向かった。

上映中の映画は有名香港俳優のアクション物と、前作が大人気だったホラー物の続編、少々下品なパロディー映画とハリウッド作品のアクションラブロマンスの四本。

四人は満場一致でパロディー映画を却下したあと、公正なる話し合い(早苗の独断場)の結果、ハリウッド作品に決定した。

玲二もこの作品に出ている女優にはなにか特別な思い入れがあるらしく、早苗の強引な決定に珍しく意義を唱えなかった。

美緒はもともとホラーが苦手なこともあり、この作品を第一候補とひそかに胸のうちで思っていたし、恭也も、口にはしなかったがこの女優とは面識もあり、感想をあとで話す意味でもいい機会だと早苗の決定に賛同した。

そして中央付近の席に女の子二人を間に挟むようにして玲二と恭也が座り、二人ともそんな細やかな気配りに嬉しそうな表情を浮かべつつ映画を楽しんだ。

 

「それにしてもさすがはエレン・コナーズ、いい役者よねぇ〜」

 

映画館を出たとたんに早苗がしみじみと語りだした。

 

「歌も歌えて、演技もトップレベル、それにアクションもこなせて四ヶ国語も喋れるのよ?なんか世の中不公平な感じしません?高町先輩」

 

突然知り合いの話をふられて恭也は一瞬答えに詰まったが、

 

「そうですね。でもああいう人に限って、私生活は結構だらしなかったりするものじゃないですか」

 

とあくまでも予測、といった感じで事実を述べる。

心の中でエレンに謝罪する恭也のそんな言葉に早苗は少し気を良くしたのか、

 

「そうですよね。それで私生活も完璧だったらそれこそ世の中不公平すぎる。あんたらもそう思わない?」

 

といって話題を膨らませるように隣同士で後をついてきている玲二と美緒にも話題をふる。

 

「うん。玲二さんもああいった感じの人、好きですか?」

 

と美緒がなんとか話を盛り上げようと、しかし半ば本気な胸のうちを玲二にぶつけてみる。

肯定の返事を予測し、それでも本当に肯定されてしまったら自分はああなれるのか本気で考えてしまっている美緒を、突然の質問に驚きながら見つめる玲二。

見つめられて赤くなっている美緒を見て、玲二は慌てて視線をそらすと、

 

「あ、ああ、実はエレン・コナーズにはちょっと縁があってね。実はアメリカ留学を決心した理由がエレン・コナーズの映画だったんだ」

 

と少し恥ずかしそうな顔を作って照れ笑いを浮かべる。

 

「タイトルはもう忘れたけど、その映画で見たアメリカの町並みが凄くかっこよく見えてな」

 

実際のところ、渡米の理由はまさにそのとおりだった。

エレン・コナーズの出ていた映画をみて憧れ、そして卒業旅行に単身アメリカ旅行を決意。

しかし、よもやそこで事件に巻き込まれて暗殺者として生きることになるとは、その時は夢にも思ってなどいなかった。

一方で、アインに新しい名前としてその女優の名前をつけた自分の単純さを笑い、しかしもう一方で、もしかするとあの映画を見ていなかったら自分はこんな生活を普通の事として送れていたのかもしれないなどと思っている玲二の横顔は、美緒の言う、すべてを愛しむような表情だった。

美緒はそんな物思いに耽っている玲二の横顔を歩きながら見つめていたが、やはりというべきか、前から歩いてきた女性にぶつかってしまう。

 

「ごめんなさい...あら?翠屋の恭也さん」

 

ぶつかってしまった女性に美緒が謝ろうとしていると、それよりも先にその女性が恭也に声をかける。

 

「まさかガールフレンドがいらっしゃったとは...ちょっとショックですね」

 

冗談めいた口調でそういった女性に恭也は慌てたそぶりで、

 

「いえ、俺に彼女なんているわけがないじゃないですか。今日は友人たちと遊びに出てきただけですよ。それよりもお怪我はありませんか?」

 

「いえ、大丈夫です。私の不注意ですし...あなたは大丈夫ですか?」

 

「え、ええ。こちらこそボーっとしてしまって...すみませんでした」

 

「いえ、いいんですよ。おかげで恭也さんとお話出来ましたし♪」

 

そういって美緒に微笑みかける女性。

 

「それでは、楽しんできてください。また翠屋によらせていただきますね♪」

 

そう悪戯っぽく微笑む女性に、律儀に翠屋店員として対応する恭也。

そんな恭也をみると、女性は微笑みながら軽く手をふってその場から去っていった。

女性が去った後、早苗の執拗な事情説明要求に晒された恭也は、

 

「いや、たぶん翠屋の常連さんだろう。記憶にはないのだが、俺の顔を覚えているほど何度も着ていただいているのなら、失礼があってはまずいしな」

 

といつもどおりの朴念仁ぶりを発揮する。

となりから玲二が、

 

「いや、あの人間違いなく恭也先輩のファンの人だろ。しかも結構優しそうな美人で、恭也先輩もまんざらでもなさそうだったじゃないですか」

 

とこれ見よがしに耳打ちするような仕草で二人に伝える。

あまりの接近に顔を赤くして緊張気味な美緒と、完全に悪ノリしている早苗を含めた三人を、少し恨めしそうに見ながら、

 

「いや、そうではなくてだな...なんかあの人誰かに似ている気がするんだ。それでな」

 

といいながら何とか思い出そうとしているようだった。

そんな恭也をみていいわけではなさそうだと判断した三人だったが、それに関して何か出来るわけではないので、

 

「それよりもさ、遊び詰めだったし、臨海公園でもいって一休みしよう」

 

「そうですね。私も少しのんびりしたいです」

 

「賛成!高町先輩も、はやく行きましょう!」

 

と話題の転換を図る。

暫く考えていた恭也は、やがて何にも思い当たらなかったのか、

 

「...そうだな、あそこならのんびり出来るだろう」

 

と呟き、早苗の横に戻って四人で臨海公園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

公園に到着した四人は、すぐに開いていた大きめのベンチに映画の時と同じ並びで座った。

しばらく何をするでもなく海を眺めていた四人だったが、ふと玲二が

 

「飲み物でも買ってくるよ。藤枝さん、何にする?」

 

とベンチから立ち上がった。

ついてこようとする美緒を笑顔で留めると、かわりに恭也に声をかけて二人して席を立つ。

 

「今のところは何の動きもないな」

 

となりに並んで早々、今までとはうって変わって事務的な口調になる玲二。

そんな玲二を恭也は一瞥すると、少し非難するような口調で、

 

「真面目なのはいいがな、そんなに態度をいちいち変えてると感づかれるぞ?それに突然誰かに見られたときなどは対応も遅れる」

 

と言い、少し顔をしかめる。

 

「そ、そうだな...どうも昔の癖が染み付いてしまって」

 

そういって申し訳なさそうに少し肩の力を抜く玲二。

それを見て恭也は薄く微笑むと自販機で頼まれた飲み物を購入する。

 

「確かに動きはないようだが、お前の前に出てきたという昔の知り合いは単独行動をとっていると見たほうがいいからな。油断はしないほうがいいだろう」

 

「ああ、そうだな。俺たちはともかく、藤枝さんと早苗には危害のないように...」

 

途中までいって玲二は黙ってしまう。

どうしたのかと恭也が振り返ると、玲二は一点を見つめたまま硬直していた。

恭也が玲二の見ている方向に目を向けると、その視線の先には美緒がいた。

ベンチに座っていたはずの美緒と早苗が、楽しそうに笑いながら潮風に吹かれていた。

その美緒の笑顔となびく長い髪が、玲二の目にはまるで一枚の絵のような神聖なものに見えていた。

 

「恭也...俺はやはり彼女を巻き込みたくない」

 

玲二がもどかしげに口を開く。

 

「俺は彼女のあの笑顔は誰にも奪わせたくない。心の底から、あの笑顔を護りたいんだ」

 

力強く、決意を表明するかのようにきっぱりと言い切る玲二をみて、恭也は心の底から微笑む。

 

「その気持ちが...お前が奪う者ではなく、護る者である証拠だ」

 

そう言って美緒と早苗のほうに目を向ける恭也だったが、なぜかそちらのほうを向いたまま硬直する。

不自然なその行動に玲二も何事かと視線を向け、そして愕然とする。

美緒と早苗に、なんと金髪にライダースーツの女が接触していた。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、お嬢ちゃん、またあったな。それとそっちの眼鏡は始めましてだな」

 

突然後ろから声をかけられ驚いて二人が振り向くと、そこには金髪にライダースーツの、明らかに日本人ではない少女が立っていた。

美緒はすぐにその少女が告白したその日の放課後にあったバイクの少女だとわかって混乱し、早苗は外人だということと、美緒とわかって声をかけてきたとわかって少々警戒した視線を彼女にむける。

その視線を受けて少女は、ニヤッ、と口元を歪めると、

 

「そんなに警戒しないでくれよ。ちょっと見かけたんで話しておきたいことがあったんでな」

 

「...話したいこと、ですか?」

 

「こらっ!美緒!?何まともに相手してんのよ!?」

 

わめき散らす早苗を五月蝿そうに一瞥すると、

 

「あんたは別にいいよ。それより玲二を呼んできてくれないか?」

 

と厄介払いでもするかのようにいう。

また噛み付こうとする早苗を、美緒はどうにか宥めると、玲二たちを呼んでくるように改めて頼む。

美緒の頼みでは、としぶしぶ早苗がその場を離れると、

 

「それで、話というのは玲二さんについてですか?」

 

といつになく毅然とした態度で少女と向かい合う。

その態度に少女は一瞬目を見張って感心したように口笛を短く鳴らすと、

 

「あんた結構度胸がすわってるね。踏みにじってやりたくなるよ」

 

と挑戦的な笑みでそれに応じる。

 

「そう、話したいことってのは玲二の事。正確には玲二があたしに何をしたかってことさ」

 

「玲二さんが、あなたに?」

 

「そう、玲二は...あの男は、あたしを見捨てて逃げたんだよ!」

 

「...見捨てて、逃げた?」

 

言葉の意味が理解しきれずに、美緒はオウム返しに聞き返す。

その反応を期待していたのか、少女は邪悪な笑みを浮かべて話を続ける。

 

「そう、あいつはあたしと一緒に生きたい。何があっても絶対にあたしの所に帰ってくるって約束した。それなのに...」

 

そこまで言って一度憎憎しげに顔を歪めると、

 

「それなのにあいつはあたしを見捨てて、他の女と逃げたんだ!」

 

と最後は怒鳴り散らすように叫ぶ。

 

「そしてようやく見つけたと思ったら今度はあんただ。あいつは女と見ればすぐに...」

 

そこまで言って気配を感じたのか、少女は後ろを振り返った。

美緒もつられてそちらを向くと、そこには玲二が呆然と立っていた。

 

「......キャル...なのか?」

 

心ここにあらずといった感じの虚ろな目を向けて美緒とキャルと呼んだ少女のほうへと歩き出す玲二。

後ろから早苗と恭也もついてくる。

 

「本当に...キャル、なんだな?」

 

そういって正面にたった玲二を、キャルはいきなり殴りつけた。

有無も言わさないいきなりの攻撃に、なすすべもなく殴り飛ばされた玲二。

恭也に支えられた玲二は、それでも直呆然自失といった感じだ。

 

「いきなり殴りつけるとは穏やかではないな」

 

恭也が声をかけると、キャルは邪悪な笑みを恭也にむける。

 

「あんたが高町恭也だね。ご高名はかねがね、ってこの国じゃいうんだったよな?」

 

「玲二の知り合いがなぜ俺のことまで知っているのか知らんが、ここでこれ以上の騒ぎを起こそうというのなら俺も男だ。全力で阻止するぞ」

 

「キャル、お前が俺のことを恨んでいるのはわかる。だが他の人間にまで危害を加えるというのなら俺もお前を止めるしかない」

 

幾分か意思のこもった視線をキャルにぶつける玲二。

まったく話の見えない早苗と、ある程度しかわかっていない美緒が混乱する中、キャルも口の端を吊り上げるようにして笑みを浮かべると、恭也たちにははっきりとわかるほど臨戦態勢にはいる。

緊迫した空気の中、まさに一触即発といったその状況を壊したのは、まったく予期していない声だった。

 

「あら、恭也さんじゃないですか。またお会いしましたね」

 

優しげな響きのその声に、おもわず脱力した恭也がその声のほうに視線を向けると、そこには映画館を出たときにあった女性が不思議そうに立っていた。

 

「あら?一人増えてますね。外人さんかしら?綺麗な子ですね」

 

まったく状況が見えていないと言った感じで首を傾げている女性。

そんな女性に、キャルは苛立たしげな一瞥をくれると、

 

「邪魔が入ったね。今回はこの辺で引くとするよ」

 

と呟き、早足でその場を立ち去る。

恭也も玲二も、あとを追おうともせずにその後姿を見送ると二人で顔を見合わせて即座に意思疎通を交わす。

 

(ここはこの女性には申し訳ないが...)

 

(話をそらすために使わせてもらおう)

 

「またお会いしましたね。すみません、お名前をお聞きした覚えがないのですが?」

 

「あ、私、氷月弥生といいます。翠屋ではお話したことがなかったので」

 

「ああ、良かった。俺が忘れてしまっているのかと思って少し不安になりましたよ」

 

「そうですね。名乗っていて忘れられていたらショックでしょうね」

 

そういってコロコロと笑う女性に、完全に緊迫した空気をぶち壊されて早苗と美緒も復活する。

 

「それにしても玲二!さっきのあの子はいったいなんだったのよ!?」

 

人前だということを気にも留めずに怒鳴りつける早苗。

怒鳴り返してやろうかと思い早苗を睨みつけると、その後ろで美緒も話を聞きたそうに玲二を見つめている。

しかたないといったふうにため息をつくと、

 

「キャルはな、向こうで付き合っていた相手だったんだがな、色々と誤解やすれ違いが生じて結果的に裏切る形になってしまった」

 

と少々辛そうに、当たり障りのない程度の話をする。

色々と聞きたいことは他にもあるだろうが、玲二のいつになく真面目な表情に早苗もこれ以上つっこむ気は起こらないらしく、むしろ少しばつが悪そうな表情をしている。

それをみた玲二は、少し嬉しそうに微笑みながら、

 

「いや、完全に俺が悪かったんだ。彼女に恨まれるのも当然だと思ってるし、ヘタな言い訳をする気もない。多少過激なところもあるが、根はいいやつなんだ。今回の件は勘弁してやってくれ」

 

「玲二さん...無理はしないでくださいね」

 

「そこまでいうならしょうがないか」

 

二人が渋々納得したところで玲二は今まで恭也と話していた氷月弥生にも謝罪する。

 

「えーっと、氷月さんもすいませんでした。昔の友人が失礼な態度を...」

 

「気にしないでいいです。それよりも誤解はなるべく解いたほうがいいですよ?あの子、なんだかつらそうでしたから」

 

そういって優しげに微笑むと、

 

「あら、そろそろ時間だわ。それでは失礼しますね、皆さん」

 

とペコリとお辞儀をしてその場を去っていった。

その後ろ姿を四人で見送ると、もう空がオレンジ色に染まっていた。

 

「はぁー、色々あったけど楽しかったわ。高町先輩、今日はわざわざ付き合ってくださってありがとうございました」

 

「いや、久保田さんこそ色々とご苦労様。大変だっただろう」

 

「いーえ、理由はどうあれ高町先輩とデートできたんだからオールOKです♪」

 

「恭也先輩とデートなんて月村先輩とかくらいだもんな、気軽に誘ってるの」

 

「そうですね、他の子達は大体まわりでみてるだけですから」

 

「む、忍は気の合う友人だ。俺とデートなんて、冗談以外でするはずがないだろう」

 

「「「...はぁー」」」

 

早苗と玲二のアイコンタクトで重苦しくなりかけた空気を和ませる。

被害をこうむった恭也は少々納得がいっていないようだったが、それでも意図がわかっているから何も言わずにいる。

そんなこんなで何とか和んだ空気のまま解散となり、玲二は美緒、恭也は早苗をそれぞれ家の近くまで送り、そのまま一度公園で落ち合う。

 

「玲二、エレンさんとは連絡取れたか?」

 

「ああ、どうやら二人、しかもかなりの実力者がついていたらしい。こっちのほうは?」

 

「帰ってイチに確認する。むこうからの連絡を待たないと、偵察行動中は命取りになりかねんからな」

 

「...そうだな。とりあえずエレンに二人、俺たちにキャルの三人は確認済みってことだな」

 

「ああ、あとはイチ任せだが...たぶんぬかりはないだろう」

 

「恭也がそういうんなら間違いないだろう。俺はイチ先輩の実力は見てないからなんともいえないけど」

 

「ああ、期待以上の結果をなんなく持ってくる男だ、あいつは」

 

「それじゃあ今日のところはねぐらに戻らないとな。また明日、エレンと一緒に詳しい話を聞かせてくれ」

 

そういって自分たちの家へ向かう玲二に背を向けて、恭也も高町家へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

短く告げて部屋に入ると、リビングからなにやら不穏な空気が流れてくる。

何事かと思いあたりを見渡すと、自分が靴を脱いだそのすぐ横に、なにやら女性物の白いパンプスが綺麗にそろえておいてあった。

 

「女性の客...こんな時間に、か?」

 

そう呟いて慎重にリビングへと足を進める恭也。

細心の注意をはらってリビングを覗き込むと、そこに静々と座っている女性が目に入った。

 

「氷月、弥生さん...でしたよね?」

 

リビングに入りながら声をかける恭也。

その声で初めて気付いたように、その場にいた高町家の女性たちの視線が一気に恭也のほうへと視線を向ける。

少々殺気もこもっている幾重もの視線に晒されてたじろぎながらも、恭也はなんとか今日町で二回あっただけの翠屋の常連に視線をむけ、

 

「あの、俺になにか御用ですか?」

 

と細心の注意をはらって言葉を発する。

しかし、その質問を聞いて美由希とフィアッセ、そして桃子がもう我慢できないとばかりに口を開く。

 

「なにか御用ですか?じゃないよ、恭ちゃん!」

 

「そうだよ、恭也!この人とっても大事な用があるっていってたずねてきたんだからね!」

 

「そうよ〜、恭也♪いつの間にこんなお嬢さん捕まえたの?」

 

なにやら殺気立つ二人と楽しそうにしている桃子をみて頭を抱えていると、恭也はふとあることに気付いて顔を上げ、氷月弥生に目を向けた。

視線の先で、先ほどまでと同じように優しげな微笑を浮かべている彼女を、恭也は愕然として見つめる。

いつの間にか、傍から見ると見詰め合っているようにみえる二人を美由希とフィアッセがジト目で見つめながら恭也ににじり寄る。

桃子や晶、レンは、なにやら楽しげな表情を浮かべているし、なのははそわそわと玄関を気にしている。

いい加減視線に晒されるのが嫌になった恭也は、それでもまだ信じられないといった口調だったが、はっきりと告げる。

 

「...まさか、イチか?」

 

恭也のその言葉を聞いた一同は、一瞬ぽかんとした表情を浮かべて恭也と氷月弥生をみる。

そんな膠着状態をやぶったのは、高町家最年少の少女だった。

 

「???え?イチおにいちゃん、どこ?」

 

恭也の言葉を唯一理解していなかったのだろう。といっても他の皆も理解はしても納得はしていないが。

しかし、そんななのはの声に、なぜか答えるものがいた。

 

「ここだよ、なのはちゃん」

 

「??え?」

 

声がしたのであたりを見回すなのは、晶とレン。

しかしイチらしい人影はどこにもない。

視線を元に戻すと、他の全員がある一人の人物を驚いたような顔で見ているのに気がつく。

恭也に視線を送ってみると、なにやら疲れたような表情で頭を抱え込んでいる。

もう一度三人が視線をその人物、氷月弥生に目を向けると、彼女が微笑んだ。

 

「そうですよ。私、氷月弥生が...」

 

そしてもうすっかりなじんだ声を響かせる。

 

「僕だよ、狼村一太郎」

 

そしてその夜、高町家からいまだかつてないほどの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

サボっていたわけではありません、アインです。

イエ、ホントウデスヨ?ウソヂャナイデス

本来なら美緒とキャル、そして玲二の三人だけのシーンにいかに後二人足すかを試行錯誤してました

それに前に引いた伏線つかったりして...とかやってたら時間が経ってしまいました

というわけで頑張りました。結果がついてきてるかどうかは解りませんが...

つぎの話の前半も今回と同じ日の話を誰かさん視点で進めます

ので四番から九番までの子達は次回登場ってことで...名前は出てこないかもしれませんけど...

というわけで呼んでくださってる方、また次回でお会いしましょ〜♪

 

 

 

 

 





まさか、まさかのイチの登場。
美姫 「予想外な出方だったわね」
さて、玲二とキャルが早くも接触をした訳だが。
美姫 「一体、どうなっていくのかしら」
うーん、楽しみだな。
美姫 「次回も待ってますね〜」



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