TRIANGLE HEART BEAT Before the Heart Start Beating

 

 

 

 

 

 

 

 

シドニー郊外にある林の中。そこに自然と一体化したようにたつ小さなプレハブ小屋のような無数の建物と、その中心に建つ概観を損ねることの無い赤レンガ造りの建物。これらは実はすべて学校の校舎であり、今現在その学校にはそんな概観や、そこからもたらされる情緒のようなものをすべて吹き飛ばしてしまうかのような話が飛び回っていた。

 

「ねぇ聞いた? 今度の学園祭、いつもとはちょっと違ったスペシャルゲストがくるらしいわよ?」

 

「えー、本当に? いつも偉い学者さんとかで話はためになるんだろうけど、学園祭は盛り上がらないんだよねぇ」

 

「今度はスポーツ選手とか映画俳優とかがいいなぁ」

 

学園祭を控えたこの学園。

これまでのゲストは社会的に認められた人たちであり、その人達の公演はとてもためになるものではあったがそれでもその相手はまだ学生。

翌年には社会に出る卒業を控えた生徒達や、将来の明確なビジョンがある生徒たち以外には退屈なものでしかなかったのだ。

しかし今回はどうやら違うらしい。いつもがいつもだけにその噂は瞬く間に学校中に広まり、生徒達はその日を心待ちにしながら中途半端なものは見せられないと学園祭の準備にも余念がなかった。

しかしそんな中、

 

「皆気合入ってるねぇ」

 

とメインの校舎の屋上から木々に囲まれた学校の敷地内を駆け回る生徒達を見下ろす少年が一人。

 

「そこまでしなくてもあるがままでいいんじゃないかなぁ?」

 

一人で呟きながら寝そべって本を読みながら、のん気に鼻歌を歌う彼の名は狼村一太郎。

しばらくするとイチは本を自分の胸の上に置き、そのままの格好で空を流れる雲を眺め始める。

 

「手伝うにしたって劇じゃ僕には何も出来ないしねぇ」

 

いまだに英語があまり得意ではないふりをしてクラスの準備からまんまと逃げたイチ。

学園祭といっても欧米のものはクラスごとに店を出したりなどということは無く、外でカーニバルの子供用の遊びを用意する以外は殆どが劇やステージでの出し物と相場が決まっている。言ってみれば日本でいう文化祭や学芸会により近いものなのだ。イチのクラスは英国古典の劇をやることになっているので、日本人であるイチは古典英語にはついていけないだろうとの判断から役を与えられずに済み、そして結局台詞あわせなどをやる日はなにもやることがなくなってしまうのだ。かといって学校の敷地から外に出ることも出来ず、しかたなくこうして屋上で暇を潰しているというわけだ。

しばらく一人でのんびり雲を眺めていたイチだったが、やがて足音に反応して起き上がる。

近づいてきた足音は止まることなくまっすぐに屋上のドアの前まで一気に駆け上がり、そして、

 

Hi、イチ♪ やっぱりここでしたです♪」

 

天真爛漫な笑顔でドアを開けて顔を見せる少女が一人。

 

「やぁ、ブリジット。おかしいね? 君は学園祭の準備中のはずなんだけど」

 

そう言って首を傾げるイチのとなりにそんなことはお構いなしといった感じで腰を下ろしたのはブリジット・クローウェル。オーストラリア国内では間違いなくナンバーワン、世界でも十指には入るであろう企業、クローウェル・エンタープライズのオーナー令嬢であり、一度誘拐されかけたところをイチに助けられて以来すっかりイチに懐いてしまった少女である。

 

「ボクもクラスの出し物からあぶれちゃったです」

 

少し寂しそうにそう言ったブリジットは、クラスで出し物の相談したときの話をイチに聞かせた。

 

「ふーん。まぁブリジットの素性知ってたらそう簡単に舞台でちょい役はやらせられないよねぇ。でもどうするの? おじさん達も見に来るんでしょ?」

 

イチのクラスと同じく舞台をやることになったブリジットのクラスだったが、男が主役の話であり、そしてその主役の男子生徒がヒロイン役に自分の恋人を指名。担任はブリジットをヒロインに指名するつもりだったのだが、その男子生徒がどうしてもと聞かず、またブリジットも乗り気ではなかったためこの話は流れる。しかしそうなると天下のクローウェル会長が見に来るというのにブリジットが脇役では格好がつかないし、第一何を言われるか分かったものではない。そんな空気が教室内に流れ始めたのを感じ取ったブリジットは、自分は演技が苦手だから役はいらないと自ら申し出た、というわけだ。

 

「そうなんです〜。ボクが言うのもなんだけど、うちのダディはものすごく親バカだから」

 

どうやら申し出たときはそのことは全く頭になかったらしい。

今になって頭を抱えて唸っているブリジットをイチは少し楽しそうに眺める。しかし、

 

「せっかくクラスの皆に迷惑かけないようにしたつもりなのに、これじゃ余計迷惑かけちゃうです〜」

 

そんな呟きを聞いてしまったイチ。さっきまでの楽しそうな笑顔とはうって変わった寂しげな表情がその顔に浮かぶ。

しかしブリジットの頭が自分のほうへ顔を向けようとしているのを感じ取ったイチは慌ててその表情を引っ込めると、

 

「ん? どしたの?」

 

と先ほどまでの笑顔を何か言いたそうな表情で見つめるブリジットに向けた。

それを真正面から見てしまって顔を赤くしてしまったブリジットだったが、一つ咳払いをして自分を落ち着かせると、

 

「イチ、なんとか全部丸く収まらないです?」

 

と縋る様な視線をイチに向けた。

それを受けたイチはしばらく考え込むように顎に手をやっていたが、

 

「ふむ」

 

とやがて人差し指を立てて唇に当てた。そして先ほどの縋るような視線を向け続けるブリジットに、

 

「ねぇ。今晩遊びにいってもいいかな?」

 

と突然言い出した。

 

「え? 遊びにって……家に、です?」

 

「うん」

 

「な、なんでです?」

 

「なんでって、……今日はブリジットといつもより長く一緒にいたいと思ったんだけど。ダメかな?」

 

好きな人にそんなことを言われてしまっては断れるはずなどない。

イチが無自覚に女性に思わせぶりなことを口走ることをもう知っているブリジットだったが、たとえそれがどんな意味であれブリジットとしてもイチと長く一緒にいられるということ自体は大歓迎なのだ。

したがってブリジットの返した返事は、

 

「だ、ダメじゃないです! ぜひです! いつまでも家にいてくださいです!」

 

少々先走り気味で暴走気味だが、紛れもなく承諾の返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、イチじゃないか! 今日こそブリジットを貰いに来たか?」

 

学校も終わり、ブリジットの家に足を踏み入れたイチを出迎えた第一声。それはブリジットの父親であり、若くしてクローウェル・エンタープライズの現会長でもあるアイザック・クローウェルのものだった。ちなみに今日ケイトはケイと一緒に学園祭の準備で居残り。妙に嬉しそうにブリジットをイチに任せていった。

 

「いえ、それはまたいずれ。今日はただ貴方とマリアさんに会いに来たんですが……お客様ですか?」

 

ともあれ、アイザックの半ば本気の第一声に対してそれを軽くいなすような返事を返したイチは、アイザックが帰宅しているという事実と少々慌しい屋敷内の様子からそう推測する。

 

「お? よく分かるな。今日はちょっと特別なお客様なんだ。家でディナーを一緒にとご招待したんだが……そうだ! イチもちょっと料理を手伝ってくれるか? 実はその人達も私と一緒で日本贔屓らしくてな、日本に二つ目の家族があるというくらい親しい友人までいらっしゃるらしいんだ」

 

「……それでどうせなら和食も出したいけどこの家にはまともに日本の家庭料理を出せる人がいないって事ですね?」

 

「そう! そうなんだよ! マリアとコーデリアにも手伝わせるから! だから頼む、な?」

 

「まぁいいですけど……。食材は勝手に使いますよ?」

 

「ああ! 助かるよ。じゃあブリジットは私とお客様のお相手しないとね? ……ん? どうした?」

 

「……またいずれ……また今度? ってことはイチも……」

 

そこにいたのは最初のイチの台詞を本気で捉えてしまって一人で顔を真っ赤にしてにやけながら体をくねらせているブリジットだった。

そしてなんとかアイザックが復活させてお客様のもとへと連れて行かれるブリジットの後姿を見送ったイチは、もう何度となく足を踏み入れたクローウェル家のキッチンへと足を運んだ。

 

「イッチ〜♪ 待ってたよ〜」

 

「本当に助かりますわ、イチ」

 

顔を出して早々まるでイチが初めからここに手伝いに来るのが決まっていたかのような挨拶で出迎えたのはブリジットの母親マリアと姉コーデリア。

間違いなくその性格はブリジットに色濃く受け継がれていると誰もがいうほど元気で明るく子供っぽい年齢不詳なお母さんと、ぱっと見では伝わらない芯の強さを持つ基本的にはのんびり屋なイチの一つ上のお姉さんである。

 

「アイザックったらお客さんが日本贔屓だってわかったとたんに日本食をディナーをなんて言うんだもん。お母さん途方に暮れちゃったわ」

 

「本当ですわ。私たちは二人とも日本食まともに創れませんのに……。イチがいなかったらお父様どうするつもりだったのかしら?」

 

「あの……そう言いながら後ろから抱きつくのやめてもらえますか? マリア。コーデリアも、腕とられてたら僕料理出来ないんだけど?」

 

「だって、いずれは私の息子って事にもなるんだからいいじゃない♪」

 

「私だってこういうときに少しでも私を好きになってもらわないと本当にイチをブリジットに取られてしまいます。いくらブリジットのほうが先に出会っていたとはいえ、こればっかりはそう簡単には譲れませんわ♪」

 

そう言って抱きつく力を強める二人。

イチはそれをからかっているものだと苦笑を零しながら、

 

「それよりもお客様を待たせているのでしょう? コーデリア、料理の進み具合とか教えて」

 

とかろうじて顔を見ることが出来るコーデリアのほうに首を向けて確認する。

そして彼女と、途中で仲間はずれにされたように感じて慌てて話に加わってきたマリアから大体の進み具合を聞いたイチは、

 

「もう大体出来てるんですね。じゃあ後は僕の和食待ちって事ですか?」

 

「そうよ。あ、残念だけどもうそろそろいい時間だし、私も向こうにご挨拶に行かないと」

 

「そうですわねぇ。さすがに主の妻がご挨拶もせずというのはまずいですわ」

 

「あら、それを言ったら貴方もよ」

 

「でも私はあくまで娘ですし、日本食の作り方だって覚えたいですし」

 

「私だってイチに教えてもらいたいよ〜」

 

「でも、イチ一人にお料理させるのも……」

 

「いいよ。料理は一人で出来るし、出来たら誰かに持っていってもらうから」

 

娘も一緒にキッチンから出そうとするマリアと、なんとかイチと二人で料理をしようと残ろうとする母娘の言い合いに、イチはそう言って笑顔で割って入った。

 

「コーデリア。お料理はまた今度ね? 今日は君のお父さんの顔を立ててあげてよ。お食事始まるまでご挨拶もないなんて、いくらなんでも失礼だと思うよ?」

 

イチに笑顔でそういわれては、コーデリアとて従わないわけにはいかない。いいものを見たとホクホク顔のマリアの後ろを名残惜しそうに何度も振り返りながらついていった。

そんなコーデリアに軽く微笑んで「頑張って」と手を振ったイチは、

 

「さって、やりますか♪」

 

と楽しそうに冷蔵庫を開け、調味料の確認をしながら出来るものを一つ、また一つと仕上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでお料理は以上だそうです」

 

メイドがそういいながら最後の皿をテーブルに置くと、アイザックは一つ頷いてお客様であるティオレ・クリステラにその皿を勧める。

 

「ありがとう。それにしても前菜は洋風だったのにいきなり和風で家庭的なテーブルになっちゃったわね」

 

そう言うティオレをはじめとしたテーブルに付いているメンバーの前には茶碗に盛られた白いご飯を初めとし、味噌汁や煮物など純和風の食事が並んでいる。テーブルの上よりもちゃぶ台の上に並んでいるほうがよりしっくりくる感じである。

そんなティオレの言葉に料理を作った人間がすぐに分かったブリジットは不安そうに、

 

「あの……お気に召しませんです?」

 

とティオレに尋ねた。

 

「いえ、とても美味しいわよ。フィアッセもこちらに来れたら喜んだでしょうに」

 

「お嬢さんはたしか今日は……」

 

「ええ。連れてきたかったんですけど、どうしてもお土産を買って返りたい人達がいるって。まぁ、人達っていうより人、なんですけどね♪」

 

そう言っていたずらそうに笑うティオレ。どうやら娘が本当にお土産を買いたい相手というのも分かっているらしい。

 

「で? これを作ったのはブリジットの大切な人なの?」

 

「……………………え?」

 

「だ・か・ら♪ これはブリジットの大切な人が作ったの?」

 

突然の事に言葉もなく真っ赤になって口をただパクパクとさせるブリジット。

横ではコーデリアがそんな妹に少々引きつった笑みを向けている。

 

「そうなんですよ、ティオレさん! まぁ正確にはブリジットだけじゃないんですけど♪」

 

そんな娘達の気持ちを知ってか知らずか、二人の母親であるマリアがノリノリで身を乗り出す。

そんなマリアにつられたのかアイザックも、

 

「ブリジットがいきなり恋人だといって連れてきたときはさすがに驚きましたがね。結局それはコイツの嘘だったんですが、話してみるとかなりの好青年だし、聞いてみればブリジットが攫われそうになったとき自分の知られたくない秘密も顧みずに助けてくれたらしいんですよ。結局つれてきたことでコーデリアのほうも彼に夢中になってしまったんですが、彼なら娘を託してもいいと、私も思っています」

 

とかなり饒舌に熱く語る。

 

「あらまぁ♪ それはぜひともお会いしたいわね。呼んでいただけるのかしら?」

 

「それはもうぜひ! 実は料理が出揃ったら彼も呼ぼうかと思ってましたので。……ああ、すまんがイチを呼んできてくれ」

 

アイザックがそばにいたメイドにそう声をかけると、そのメイドは嬉しそうに返事をして足早にキッチンのほうへと足を向けた。

 

「なんだかお屋敷のメイドさん達もその方、イチですか? ずいぶん気に入っているみたいですね」

 

「ええ。先ほどの話から結局こちらからお願いしたこともあって何度か顔を出してくれるようになったので、もう家のメイド達の間ではすっかり可愛い弟分ですよ」

 

「まぁ身の程知らずにもブリジットやコーデリアに対抗しようとしているのも結構多いらしいですけど♪」

 

マリアの一言にその場に控えていたメイド達数名がビクッと顔を引きつらせる。

反応したメイド達を確認していたマリアを初めとしたクローウェル家の女性達だったが、ティオレはそれよりも気になることがあったようでその場を見回すと、これまでで一言も発さずに美味しそうに料理を頬張っている唯一まともに話せそうな少年に目を向けた。クローウェル家長男の末っ子、ライアン・クローウェル、9歳である。

 

「ねぇライアン。さっき話してたイチって何歳か知ってる?」

 

優しいおばあちゃんの表情でそう尋ねるティオレにきょとんとした表情を向けたライアンは、少ししてその質問の意味を理解すると、

 

「うんとね、ブリジットの二つ上って言ってたから……あ、イチだ!」

 

答えようとしたライアンが視線を向けた先に、銀色の混じる髪の毛を後ろに撫で付けながら歩いてくるイチの姿があった。

ライバル達を牽制していたブリジット達もライアンの声に反応して顔をむけていたし、もちろんアイザック達や控えているメイド達がその声に気づいていないはずもない。結果としてイチはダイニングに入って早々その場にいた全員の視線を受けることになってしまった。

 

「あの……呼ばれて来たんですけど? およ? お客様って……」

 

「い、イチ! こっちこっち!」

 

とりあえずブリジットに促されて隣に腰掛けたイチは、

 

「あの、ティオレ・クリステラさんですよね? お料理はお口に合いましたか?」

 

と少し驚いたような表情で自分を見つめているティオレに声をかける。

そのイチの声でハッと我にかえったように改めて目の焦点をイチに合わせたティオレは、

 

「とても美味しかったわ。そう、まさかそんなに若いなんて思ってなかったわ。それに貴方日本人よね?今幾つ?」

 

と、とたんに態度を変えてきた。

 

「今15歳です。こんな髪の色してますけどれっきとした日本人のはずですよ?」

 

「まぁ! まだ15歳!? それなのにこの料理の腕は立派なものだわ! って、はず?」

 

「ええ。孤児のようなものですから、本当の親の記憶はちょっと曖昧なんですよ。もしかしたら何処かヨーロッパ系の血が混じってるかもしれませんね?」

 

そう言って柔らかく微笑んでみせるイチ。包み隠さず話したのはアイザックが食事に招待して家族全員をその場に揃えるくらいの人ならばティオレは信用できると解釈したのだろう。しかしすべてを話してはいないとはいえ、決して楽しい記憶ではないはずのものを優しく微笑みながら話すイチを見て、ティオレはなぜアイザック達がイチを気に入っているのかが分かってきた。

すっかりイチを気に入ったティオレはその後しばらくイチにCSSの娘達を進めてブリジット達に恨めしげな視線を送られていたが、やがて話が今回ティオレがここに来た理由の話になる。

 

「実は今回はアイザックに誘われたのもあるんだけど……それよりも貴方達の学校を見に行ったうちのスカウトから面白い話を聞いたのよ」

 

「面白い話、です?」

 

「実はうちでスカウトする価値のありそうな歌手がいるらしいの。でも神出鬼没で正体不明。分かっているのはその子にはパートナーがいて、ピアノやヴァイオリンで曲をつけているってことだけらしいわ。ブリジットとイチは何か知らない?」

 

その話を聞いてブリジットは明らかに動揺を示す。というのも実はこの噂の張本人がブリジットとイチなのである。

知り合ったばかりのとき、たまたま屋上でイチが歌っているところにブリジットが飛び込み、そしてその歌声を気に入って、以来自分でヴァイオリンを用意したり、ピアノのある場所にイチを連れて行ったりしては自分の楽器の練習に付き合ってもらうという名目で二人だけのコンサートをたまに行っていたのである。

あまり目立つことを好まないイチのために絶対に正体をばらさないようにしているブリジットは、同時に自分がすぐ考えていることを顔に出してしまうことを知っているのでワタワタと手を上下に振り出す。

それを見たティオレは何か知っているのかとブリジットに問いただそうと口を開きかけたが、

 

「ティオレさんは学園祭では何か歌っていただけるんですか?」

 

とイチが絶妙なタイミングで口を挟む。

 

「あら? なんでわかったの? 私が貴方達の学園祭にお邪魔するって」

 

心底驚いたという表情を見せたティオレにイチは、

 

「え? だってアイザックの誘いってそれのことですよね?アイザックはブリジットが入って以来なにかと学校行事に協力してくれてますし。それにティオレさんも学校の噂も知ってるし、学校でも誰か特別な人が来るってくらいの噂にはなってる。それになによりティオレさんは意外と学園祭とか人が集まるのが好きって……いえ、とにかく色々タイミングが良すぎなんですよ」

 

とすらすらと自分の考えを述べる。

 

「正解よ。ただし学園祭では私じゃなくて娘のフィアッセがメインだけどね。非公式ながら親子競演よ♪」

 

そう嬉しそうに言うティオレの正面で、アイザックが少し疲れたような表情を見せる。

 

「いくら私が頼んだこととはいえ、今回の情報操作には骨が折れたよ」

 

あくまで非公式でお忍びのティオレとフィアッセの居所が知られるわけにはいかなかったらしい。

本当に苦労したといわんばかりなアイザックは、ふと思い出したようにブリジットに優しげな視線を向けると、

 

「そういえばブリジットのクラスは何をやるんだ?」

 

と、尋ねた。

その話題に触れてほしくなかったブリジットはまたワタワタと動揺し、

 

「え、えとその…あの…」

 

と何か言わなければと口を動かすが、動揺してしまっていて出てくる声が全く意味を成した文章にならない。

またしても、今度はその場に居合わせた全員のいぶかしげな視線がブリジットに集中しそうになったとき、またしてもイチが助け舟を出した。

 

「ブリジットはクラスの出し物には出ないんですよ。僕が自分のクラスのに出れないんで二人で何かやろうってわざわざ……。たぶんティオレさんたちの次になると思うんですが、実はそれに関してティオレさんにお願いしたいことがあるんです」

 

「ん? なにかしら?」

 

「僕らが何をしてもお気を悪くなさらないでください」

 

「……何をするのかはお楽しみなのね?……いいわ。面白そうだし♪」

 

「おお! 私も楽しみにさせてもらうよ? なんたってイチとブリジットの初めての共同作業なのだから」

 

「私も見に行くわよ〜♪」

 

「ブリジット……先を越されたわぁ」

 

こうしていつの間にかとんとん拍子に話をごまかしつつ学園祭に二人で出し物をすることまで予告してしまったイチ。

そして盛り上がるティオレ、クローウェル夫婦とライアン、そして悔しそうなコーデリアをよそに一人何がなんだか分からずにいたブリジット。

 

「さて、これで後戻りは出来ないよ。何をやるかは僕に考えがあるから、ブリジットは先生達に根回ししてちゃんとティオレさん達の後に僕ら二人が出れるようにたのんだよ?」

 

耳元で誰にも気づかれないようにささやいたイチに、顔を真っ赤にしながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして文化祭当日。

その後も何度か食事に来たティオレとフィアッセとも打ち解けたイチとブリジットは、フィアッセにもティオレと全く同じ事を頼み、そして了解を得た。

 

「ティオレ・クリステラの娘だけあってさすが綺麗な声だったわねぇ」

 

「それにすげぇ美人だったな」

 

「やっぱり将来は歌手デビューするのかしらね?」

 

「当然だろ? それよりも俺達すげぇもん見ちまったんだぜ!?」

 

「ああ! なんたってクリステラ親子の競演! しかも娘はデビュー前だぜ!?」

 

といった具合にクリステラ親子のステージは大成功。

一時は声が出なくなってしまったフィアッセのリハビリの意味もあったこのステージは、とりあえずフィアッセの素質を垣間見るには十分なものとなった。

 

「ねぇママ。次はイチとブリジットが何かやってくれるんでしょ?」

 

歌い終えてステージ脇に下がったフィアッセがティオレに確認する。

 

「何が起きても気を悪くしないでくれって言われたんだけど……何か知ってる?」

 

「さぁ? 私も同じこと言われただけなのよ。あ、でも……」

 

フィアッセの問いかけに困ったように首を傾げたティオレだったが、ふと何かを思い出したように両手を軽く合わせる。

それからしばらくその状態で黙ったままだったティオレだったが、娘のいぶかしげな視線に気付くと取り繕うように微笑んだ。

 

「実はね、今日歌う曲を教えてくれって言われたのよ。なんだったのかしらね?」

 

「それで、ママは教えたの?」

 

フィアッセがそう聞いた時、ステージのほうがにわかにざわめき始めた。

何事かと二人がステージを見ると、そこには水色のワンピースを着た長いストレートの赤毛の少女と、備え付けられたグランドピアノの前に座る軽くウェーブのかかった金髪の少女の二人。

イチとブリジットが出てくるはずのステージに現れた二人の少女に驚いたティオレとフィアッセだったが、ふと金髪の少女のほうがステージ脇にいた二人に向かって軽くウインクして見せた。

 

「あ、あれって……」

 

「たしかにブリジットだったわね」

 

「「……ってことはあっちの赤毛の子は……誰(かしら)?」」

 

そう言って二人で顔を見合わせたが、やはり結論は出てこなかった。

クリステラ親子がそんなこんなしている間にグランドピアノが曲を奏で始める。

それは先ほど二人が歌った『君よ優しい風になれ』と同じくティオレが作った曲、『My Gentle Days』だった。

 

日差しの中で手を振る君 静かな朝の風景 教会の鐘の鳴る音響けば 今日も始まるslowly days

 

それは紛れもなく女性の声だった。

すでに客席の殆どはステージ上の謎の少女達の正体よりもその歌声のほうに完全に惹かれてしまっている。それくらいインパクトのある美声だった。

しかしクリステラ親子は他の客達とはまったく別の理由で絶句してしまっていた。

 

「この声……私だよね?」

 

そう。ステージ上で歌う少女の歌声は、曲こそ違えど先ほどステージ上で歌っていたフィアッセ・クリステラと全くといっていいほど同じものだった。

 

「ちょっとした癖とかがまったく同じだわ。これじゃ同じ曲をソロ同士で歌っていたらどっちが本物かわからなくなるわね」

 

そういいつつも目はすっかりCSSのスカウトの目になってしまっているティオレ。

そんな二人をよそに歌は終わりを向かえ、ステージ上にいた二人は軽く手を振りながらティオレたちのいるほうの舞台袖に引っ込んでくる。

そして金髪の少女、明らかにブリジットだと分かるほうが、

 

「どうでした? ボク達のステージ」

 

と髪の毛をリボンで纏めながら尋ねた。

しかしクリステラ親子にとってはそれよりも聞きたい、大事なことがあった。

 

「それよりもブリジット! この子誰?!」

 

「この子が噂の謎の歌手でしょ? さすがにうちのスカウトが目をつけただけのことはあるわ!」

 

「本当よ! まさか私のステージのすぐ後に私の声で歌われちゃうなんて思っても見なかったわよ!」

 

こんな感じでブリジットを質問攻めにするクリステラ親子。

困ったような顔でたびたびもう一人の少女を見ながら質問に答えていいものかどうかを確認しながら答えていくブリジットを見て、もう一人のボーカルの少女が一歩前に踏み出した。そしてここぞとばかりに直接質問攻めにする二人とブリジットの間に割ってはいると、

 

「お褒めに預かり光栄ですわ、ティオレさん、フィアッセさん」

 

と軽くお辞儀をして見せた。フィアッセの声で。

唖然としてただ目の前の少女を見つめる二人にしばらくただ微笑みかけていた少女だったが、反応が返ってこないのを見ると、

 

「分かりませんか? 僕ですよ、僕」

 

と声の調子を全く変えて再び呼びかけた。二人にとってもこの一週間なにかと聞くことの多かったある少年の声で。

その声に二人は信じられないとばかりに顔を見合わせ、そして一つの結論に達した。

 

「まさか……イチ?」

 

信じられない、まさかといった表情で恐る恐る確認するフィアッセに、ブリジットが少女の髪の毛を掴んで軽く引っ張ってみせる。すると、

 

「ども♪ 余興はお気に召していただけましたか?」

 

と水色のワンピースと着たイチが微笑んでいた。

 

「……あらあら♪」

 

「……嘘でしょ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなこともあったねぇ」

 

翌年の春。

イチは日本での高校進学のため帰国することとなり、ブリジットと空港で思い出話に花を咲かせている。といってもぽつぽつと俯きながら話すブリジットに、イチが懐かしそうに相槌をうっている状態が一時間ほど続いているだけなのだが。

イチの母親が気を利かせて二人きりとなったのだが、その時間もフライトを知らせるアナウンスが終わりを告げる。

 

「……さて、そろそろ行かないと」

 

荷物を掴んで立ち上がり、ゲートに向かうイチの後ろをただくっついて歩くブリジット。

もうイチの母親と弟はブリジットの家族と挨拶を済ませており、少しだけ寂しそうな表情をしているケイトがケイに何か包みを渡していた。

イチもブリジットの両親に挨拶を済ませ、そしてそろそろゲートをくぐろうかという時間。

しかし一言も発さずに何かに耐えるように俯いたままのブリジットを見ると、

 

「さて、じゃあ私達は先にいってるから」

 

とイチの母親がケイと連れてゲートをくぐっていく。

それを見たアイザックとマリアも、

 

「む、電話だ。すまないが先に行っていてくれ。ケイト、メモとペンを持ってきてくれ」

 

「そうね。じゃあ私達は車の準備をしておきましょうか? コーデリア、ライアン、いきましょ♪」

 

「え? ちょ、ちょっとお母様? 私もイチに……」

 

とそれぞれケイトとコーデリア、ライアンをつれて去っていく。

そしてまた二人きりで残されたイチとブリジット。

困ったように微笑んでいるイチに、今までずっと俯いたままだったブリジットが顔を上げた。その瞳にいっぱいの涙を溜めて。

 

「……いかないで、くださいです」

 

小さくそう言ってイチの胸に飛び込んだブリジット。胸元で何度も同じ言葉を繰り返す。いかないで、と。

 

「ありがとう、ブリジット」

 

しばらくあやすように背中を撫でていたイチはやがて優しくそう耳元に囁いた。

 

「ありがとう。僕を必要としてくれて。ありがとう。僕を想ってくれて」

 

そしてイチは優しくブリジットの肩を押して涙をいっぱいに溜めた瞳をまっすぐに見つめる。

 

「僕も寂しいよ。出来ればもっと君と一緒にいたいと思ってる。でも僕もそろそろ日本でやらないといけないことがあるんだ。だから……」

 

「……?」

 

「だからいつかまた一緒にいられるようになる日まで、一緒に我慢しよう? 約束するよ。君に何かあったら僕が必ず助けに来るから」

 

そう言って微笑んだイチを、ブリジットは唖然として見つめる。

彼は自分と別れるのを寂しいと言ってくれたのだ。何かあったら必ず助けに来てくれると言ったのだ。それは今までの飄々としたイチからは考えられないほど真剣で真摯な言葉だった。

 

「……分かったです……」

 

しばらくの沈黙の後、ブリジットが静かに口を開く。

 

「イチも我慢、ボクも我慢です。でも一つだけ、お願いがあるです」

 

「なにかな?」

 

「今度はボクがイチに会いに行っても、いいです?」

 

両手を胸の位置で組んでそうお願いするブリジットに、イチは柔らかく微笑んで頷いてみせた。

 

「いつでも遊びにおいで。待ってるから」

 

そしてそれから二年後、ブリジットは宣言どおり自分から日本にイチに会いに行き、そしてそのまま高校を卒業した後は日本に拠点をおいてイチと二人で探偵事務所を開いているが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

先日うちのHP20HITを達成したこともあり、連載当初に言われた番外編を書き下ろしてみました。

イチとブリジットがクリステラ親子と知り合うところ。そしてイチに実は女装癖があるのでは? と疑わせるような今回の番外でしたが、まぁ久々になかなか充実した量をかけたことだけがとりあえず満足いけるところかな?

それでは、二人の不器用で愛情の形をお楽しみください。

 

 

 

 





20万Hitおめでとうございます。
美姫 「おめでと〜。と言うか、おめでたいのにアンタが貰ってどうするのよ」
……あははは。まあまあ。今回は番外という事で、イチとブリジットのお話だったね〜。
美姫 「……はぁぁ。まあ、良いわ。うんうん。しかし、これで益々イチに女装癖の疑惑が」
ま、まあ、忍だから変装は大事なんだよ、うん。
美姫 「しおらしいブリジットも良いわよね」
確かにな。だが、連載している方の元気なのがやっぱり彼女らしいかも。
美姫 「アインさん、投稿ありがとうございます」
ありがと〜。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で〜」
ではでは。



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