『僕はプティスール!?』




  
第三話「山百合会」                                 
 
「そういえば祐巳様はどうして一人で荷物運びを?」
 荷物を抱え薔薇の館に向かいながら夏樹は祐巳に聞いてくる。
 「お姉さまに頼まれてね。でもこれなら誰かに手伝ってもらった方がよかったんだろうけど。」
 同じく荷物を抱えて夏樹の隣を歩く祐巳が答える。
 「お姉さまに言われちゃって張り切りすぎたみたい。みっともないね。」
 自嘲的な笑みを浮かべ祐巳は落ち込んでいる。
 「みっともないなんて。」
 夏樹は祐巳を真剣な表情で見て言う。
 「祐巳様はそのお姉様の為にと頑張ったのですから。卑下することはないと思います。」
 その姿がみっともないということはない。むしろ好ましいと夏樹は思う。
 「そっか、ありがと。」
 祐巳は照れた表情を浮かべる。こんな風に見てくれたのかと思うと何故か心が温かくなる。
 やがて前方に建物が見えてくる。
 「あれが薔薇の館よ。」 
 祐巳の言葉に夏樹はその建物を改めて見る。それほど大きいわけではないが、趣のある建物だ。
 そして他の場所とは違った空気が感じられる。
 考えてみれば、ここはリリアン女学園を象徴する山百合会の3薔薇様達がいらっしゃるところ。
 夏樹にとっては別世界に迷い込んだ気分だ。
 「緊張する?」
 祐巳はそんな夏樹の心情に気付き微笑みながら聞いてくる。
 「は、はい。」
 「初めて訪れる人は皆そうよ。まあ、私も最初に来たときはそうだったし。」
 話しながらその訪れた時のことを思い出す祐巳。そしてその後に起こった様々な出来事。
 悲しい思い出、嬉しい思い出。困惑したこと。もしその一連のことがなかったら?
 平凡なリリアンの一女生徒として学園生活を送っていたのだろうか?
 「あの、祐巳様?」
 遠慮がちな声が取り留めの無い思いに沈んでいた祐巳を引き戻す。
 気が付けば、館のドアの前に二人して荷物を抱えたまま突っ立っているではないか。
 「あ、ごめんなさい。」 
 自らの行為に恥ずかしくなり祐巳は顔を赤くする。夏樹の表情からまた百面相を演じていたことが分かる。
 「いえ、気にしてませんよ。」
 夏樹はそう言って微笑む。むしろ年上なのにとても可愛いと思ったくらいだった。
 「表情が豊かで素晴らしいことだと思います。」
 そんな夏樹の言葉に祐巳は別の意味で更に顔を赤くする。
 「と、とにかく入りましょう。」
 祐巳はそれを誤魔化すようにそう言うと、荷物を片手で持ってドアノブに手を伸ばす。
 だが次の瞬間手を滑らして荷物を落としてしまう。
 「あ・・・」
 最悪の瞬間を想像して青くなる祐巳。しかし、地面に落下寸前に咄嗟に夏樹が自分の荷物を片手で持ち、
 空いた片手で祐巳が落した荷物をキャッチする。
 「大丈夫ですか?」
 両手で二つの荷物をバランスをとって持つ夏樹は、心配そうに祐巳を見る。
 「ありがとう。」
 ほっと胸をなでおろす祐巳。
 「いえ、どういたしまして。それじゃドアお願いします。」
 祐巳は頷くとドアを開け、夏樹を館内に招く。
 「失礼します。」
 そう言って夏樹は中に入り、周りを見渡す。中は静かだった。
 前方に階段があり2階に続いている。あとは倉庫らしい部屋のドアがある。
 「それじゃこっちへ。」
 階段を祐巳が登る、夏樹もその後を追って登って行くと四角いドアがあった。
 祐巳はドアノブに手を掛けると、後ろにいる夏樹に振り向き、茶目っ気たっぷりに言う。
 「ようこそ、山百合会へ。」
 そう言ってドアを開け部屋に入ってる祐巳。夏樹もそれに続く。
 「ただいま戻りました。」
 祐巳はそう言って部屋に入る。
 椅子に座り何かの書類を見ていた数人の女生徒が顔を上げて祐巳達を見る。
 「お帰り祐巳さん。」
 由乃がそう言ってから祐巳の後ろにいる夏樹に気付く。
 「あれ、お客さん?」
 同じように机に着いていた志摩子や令も、荷物を両手に持って立っている夏樹を見る。
 「荷物を持ってくるの手伝ってもらった、一年生の夏樹ちゃんです。」
 「ご、ごきげんよう、1年椿組木村夏樹と、も、申します。」
 荷物を机の上に置き、軽く会釈しながら慣れない挨拶をする夏樹。
 由乃と志摩子、令の三人はその名前を聞き、興味深げに夏樹を見る。
 (あれが祐巳さんと噂になった一年生ってわけね。)
 (とても綺麗な髪と目をしているわね。)
 (へー、この子がね。祥子が会ったらどんな反応を見せるかな。)
 三人はそんなことを考えながら夏樹に自己紹介する。
 「私は島津由乃。黄薔薇の蕾よ。」
 「藤堂志摩子です。白薔薇をやっています。」
 「私は支倉令。黄薔薇です。はじめまして夏樹ちゃん。」
 「あとは私のお姉さまである紅薔薇様と白薔薇の蕾の乃梨子ちゃんがいるんだけど」
 三人の紹介に祐巳が補足した後、部屋を見渡す。
 「まだ二人とも来ていないみたいね。」
 「え、乃梨子ちゃんて二条乃梨子さんですか?」
 その補足事項の中に聞き覚えのある名前を見つけ夏樹が聞いてくる。
 「うんそうよ、白薔薇様である志摩子さんの妹で白薔薇の蕾よ。」
 祐巳が夏樹の質問に答えると、志摩子も何か思い出したように聞いてくる。
 「そういえば、夏樹ちゃんは乃梨子と同じクラスだったわね。」
 「はい。色々と助けてもらってます。」
 志摩子の言葉に夏樹が答える。転入直後からリリアンのしきたりや勉強の面でフォローしてもらっている。
 「あの子もリリアンは高等部からだから、夏樹ちゃんとある意味同じ境遇だものね。」
 志摩子は微笑みながら乃梨子のことを話している。
 「ごきげんよう皆様方。」
 その直後、当の本人・乃梨子が扉を開いて入ってくる。
 「ごきげんよう乃梨子。」
 微笑をたたえながら志摩子が答え、他のメンバーも返事を返す。
 「って夏樹さん?」
 何時ものメンバーの中にクラスメイトの姿を見つけ乃梨子が驚いた声をあげる。
 「あ、ごきげんよう、乃梨子さん。」
 夏樹も本当だったのかと驚いた面持ちながら挨拶する。
 「どうしたの夏樹さん?まさか・・・」
 「いや、祐巳様の荷物運びを手伝っただけだから。」
 乃梨子が例の噂で呼び出されたのではないかと思った様なので夏樹は慌ててここにいる訳を説明する。
 「ははは、いくらなんでもそんな根も葉もないことで呼び出さないって。」
 状況を理解した黄薔薇様である令が苦笑いしながら言う。
 「申し訳ありません。そんなつもりはなかったんですが。」
 乃梨子もそんなことを考えてしまったことを恥じるように頭を下げる。
 「乃梨子は友達のことを心配したのでしょう。気にしなくていいわ。」
 彼女の姉である白薔薇の志摩子が妹をフォローする。
 「まあ、祥子様だったらありえるかも。」
 「由乃。」
 悪戯っぽい顔をして言う由乃を令がたしなめる。彼女はそっぽを向いて涼しい顔をしている。
 「いくら祥子だってそんなことを・・・・」
 「私がどうかしたのかしら令。」
 そんな声が突然令の背後から掛けられる。何時の間にか扉を開け一人の女生徒が立っている。
 「えっと、ごきげんよう祥子。」
 何故か汗じとになりながら令があいさつをする。
 「ごきげんよう、お姉さま。」
 「ごきげんよう、祥子様。」
 「ごきげんよう。」
 令に続き祐巳や志摩子、由乃があいさつする。
 一方夏樹はその女生徒を見て一瞬息が止まる。
 なにしろ美しい黒髪に整った鼻筋、そして凛とした態度。
 正にお嬢様という表現がぴったりな女生徒だったからだ。
 「遅くなってごめんなさいね。」
 そう言ってからその女生徒は祐巳の隣に立つ夏樹に目を向ける。
 「祐巳、そちらの方は?」
 「私を手伝ってくれた、一年生の木村夏樹ちゃんです。」
 祐巳はそう言って夏樹をその女生徒に紹介し、次にその女生徒を夏樹に紹介する。
 「私のお姉さまで紅薔薇の小笠原祥子様。」
 (この人があの紅薔薇様・・・・)
 転入して2週間程度の夏樹も彼女のことはクラスメイトからある程度は聞いていた。
 曰く美しく気高い生粋のお嬢様。(話してくれたクラスメイトは頬を染めて言っていた・・・)
 今本人を前にしてそれがオーバーな表現ではないことを実感せざるをえなかった。
 「ご、ごきげんよう、1年椿組の木村夏樹です。」
 つっかえながらも自己紹介をする夏樹。
 「ごきげんよう、祐巳がお世話になったようね。私からもお礼を言うわ。」
 紅薔薇様・祥子様はそう言って穏やかに微笑む。その微笑は上品で洗練されている。
「い、いえ、そんな・・・・」
 そんな紅薔薇様の言動に思わず恐縮してしまう夏樹。
 (あ、そういえば祐巳様との噂のこと紅薔薇様は聞いているのかな?)
 ふと夏樹はそんなことを考える。なにしろ彼女は祐巳様の姉だと聞いている。伝わっていても不思議でない。
 ただ紅薔薇様は夏樹の名前を聞いても他のメンバーのように表情は変えなかった。
 まあ触れないならその方が夏樹にとっても都合がいいのだが。
 ちなみに噂についての説明は、祐巳がその日のうちに済ませていたのでまったくの杞憂だったのだが。
 「それでは祐巳様失礼します。」
 夏樹は白百合会のメンバーが揃ったこともあって早々に退出した方が良いと判断した。
 が、そんな夏樹を薔薇様が呼び止める。
 「お待ちなさい。せっかく来てくださったのだからお茶でも飲んでいってはいかが。」 
 「え、でもお邪魔になるのでは?」
 夏樹はそう言ったが、紅薔薇様は首を振って答える。
 「しばらくは問題ないでしょ。ねえ令?」
 「ああ、問題はないよ。むしろそうさせてほしいな。」
 令が祥子の言葉を引き継いで夏樹に気にしなくて良いと言ってくる。
 「そうしてくれるかな、手伝った御礼したいし。」
 祐巳が夏樹の両手を掴んで、顔を下から覗き込んでくる。
 こうされては断るのは悪いと思い夏樹はお茶をご馳走になることにした。
 「それでは用意しますね。」
 そう言って乃梨子がキッチンに向かい紅茶葉などを取り出し始める。
 「乃梨子ちゃん私も手伝うよ。」
 祐巳はそう言って乃梨子の元に向かう。それを見て夏樹も手伝おうと申し出たのだが。
 「お礼に入れてあげるんだから座っていて。」
 と祐巳に言われ大人しく座っていることにした。
 やがて祐巳と乃梨子がお茶を全員に配り、山百合会のお茶会が始まる。
 そこでの話題の中心はやはり夏樹と祐巳のことだった。
 噂の原因になった二人の出会いについて事細やかに聞かれ、ついには先ほどの階段での出来事まで自白させられた。 
ここでの主な質問者はもちろん由乃さん。その姿はまさに芸能レポーターだった。
 その彼女の情け容赦のない追求に祐巳と夏樹は二人揃って赤くなりながら必死に弁明する羽目になった。
 ちなみに他のメンバーはというと、令は苦笑いしながらも止める気はなく、志摩子は微笑んで、乃梨子は
 興味深げに聞いている。その中、祥子だけは何かを考えているのかずっと沈黙している。
 「まあそういうことにしておきますか。」
 といって由乃が追求をようやく止めると、祐巳と夏樹は揃って安堵のため息を付く。
 「由乃さん過激すぎだよ。」
 「まったくですね。直ぐにもここから逃げ出したくなりました。」
 二人はそう言って顔を見合わせて笑う。すると由乃が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 「そんなこと言うんだ2人とも。まだ追求が足りないみたいね?」
 そんな由乃の言葉に祐巳と夏樹は必死に首を振って許しを請う。そんな姿に皆の笑い声が上がる。
 「そういえば夏樹ちゃんはリリアンにも慣れた?」
 これ以上の由乃の追求を逃れようと祐巳は夏樹に話し掛ける。
 『誤魔化したわね。』という由乃の視線はこの際無視した。
 「それが・・・・まだ、戸惑うことが多くて。」
 一方の夏樹もそんなは祐巳のそんな意図を察して答える。
 「まあ、途中転入だからしょうがないよね。でもどうして転入を?」
 祐巳が何気なくしたその質問に夏樹が固まる。
 「?」
 不思議そうな顔をする祐巳に引きつった顔を向けて夏樹が答える。
 「えっと・・・それは聞かないで下さい。」
 周りの人達に性別を強制的に変更させられたうえ、リリアンに放り込まれたとはとても言えなかった(笑)。
 「う、うん。分かった聞かない。」
 その表情から何かあると思ったが祐巳は聞かないことにした。というかそんな顔を見たら出来なかった。
 由乃は聞きたそうな顔をしていたようだが。
 「そういえば夏樹ちゃんの家ってどの辺になるの?」
 由乃にそれ以上追求されない様にと祐巳は話題を変える。
 「ここからだとK駅で乗り換えて・・・・」
 夏樹はそんな祐巳に感謝の視線を返しながら会話を続ける。
 それから暫く2人は様々な話題で会話の花を咲かせていた。
 そんな2人を興味深げに見る山百合会のメンバー達。
 しばらくして夏樹は、「これ以上お邪魔すると悪いですから。」と言って薔薇の館を辞する。
 名残そうに見送る祐巳はふと、自分を見ているお姉さまに気付く。
 「あのお姉様何か?」
 お姉さま、祥子は「ふう。」と溜息をついて答える。
 「何でもないわ祐巳。」
 そう言って手元の書類をチェックし始める。
 「?」
 不思議に思ったが、お姉様が何でもないというなら良いだろうと思い書類をめくり始める祐巳。
  
 とにもかくも夏樹は山百合会のメンバーと対面を遂げたのだった。
 そしてこれを転機に事態は急速に動き始める。



 あとがき

  今度は前回ほど間を空けずお送りでき、ひとまずほっとしてます。まあ、拙い文章で申し訳ないですが。
  次回以降、祐巳の夏樹へのアタック(?)が始まる予定です。まあ予定は未定などでどうなるか。
  ・・・・って怒らないで下さいね、特に美姫様(何故か卑屈)。

  それでは、背後だけでなく正面も気になり始めたh.hiroyukiでした。



次回から、祐巳ちゃんのアッタクが始まるんですね。
どんな感じになるんだろう。
美姫 「ブス〜〜」
何を拗ねてるんだ?
美姫 「だって、皆して私を怖がるんだもん」
自業自得。
美姫 「なんですって〜〜」
だ、だから、それが悪いんじゃないか。
美姫 「うるさい、うるさい、うるさーーーい」
うぎゃぁ〜〜。剣を振り回すなーー!
美姫 「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」
……仕方がない。これだけは使いたくなかったが。
大丈夫だって。美姫が可愛い事はちゃんと知ってるから。
美姫 「えっ!そう?」
うんうん。だから、少しだけ大人しくしててね〜。
美姫 「うんうん♪」
そういう訳で、ではでは。
次回も楽しみにしてます。



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