『僕はプティスール!?』





  
  第四話「姉妹宣言」


 教室に入ったとたん夏樹は再び女生徒達に囲まれる。しかも前より大人数に。
 「えっと。」
 何か言おうとするが、囲む女生徒達の発する雰囲気に飲まれ言葉に詰まる。
 「ごきげんよう夏樹さん、お聞きになりたいことがあります。」
 静かだが逆らいがたい口調で女生徒の一人が話し掛けてくる。
 (これって・・・・)
 数日前にも経験したような場面に夏樹は嫌な予感を覚える。
 あの時のように祐巳様関係のことだろうか。すると一昨日の階段でのことだろうか。
 (するとまた、抱き合っていたとかいう話じゃないだろうな。)
 その後の展開を想像して夏樹はため息をつく。とにかく弁解しないと。あれは助けようとして・・・
 「夏樹さん、お聞きになっていらっしゃいますか?」
 女生徒の言葉に我に返った夏樹は慌てて答える。
 「は、はい。あれは助ける為で他意はなくて。」
 「? 何のことですか。私達がお聞きしているのは貴方が・・・・」
 続いて発せられた女生徒の言葉に思考がフリーズする夏樹。
 「紅薔薇の蕾の妹候補というのは本当ですかと。」
 (妹候補? 紅薔薇の蕾って祐巳様の? 自分が?え、何で?どうして?)
 「な、何でそうなるんだ!!!」
 夏樹の絶叫が朝の椿組から響いた。

 「私に妹候補って?何でそんな話が。」
 同じ頃、祐巳もまた困惑していた。なにしろ朝来たら蔦子さんに突然そんな話を聞かされたのだから。
 「写真部の後輩の子が言っていたんだけどね。祐巳さんに妹候補出来たって。」
 蔦子さんはそう言うと、空いていた前席に座る。
 その噂は一年生を中心に広まっていると、蔦子さんは教えてくれた。
 「先週の終わり頃かららしいけど、心当たりはないの?」
 「と言われても・・・特に思い当たることは無いんだけど。」
 先週の出来事を思い出しながら祐巳は答える。
 「ということはまた誤報?でも今までとは違うみたいだけど。」
 座席の背もたれに顎を乗せ、蔦子さんはつぶやく。
 「そうね今回、名前が具体的に挙がっているからね。」
 突然二人の横からそんな声が掛けられる。
 顔を向けた祐巳と蔦子は、何時の間にか傍に来ていたクラスメイトであり、新聞部の山口真美に気付く。
 「ごきげんよう、祐巳さん、蔦子さん。」
 「ごきげんよう、真美さん。」
 「ご、ごきげんよう。」
 真美の挨拶に祐巳と蔦子も返事を返す。もっとも祐巳のほうは引き気味だったが。
 何しろ新聞部は山百合会にとって天敵(?)のようなものだから。
 「祐巳さん、何も今すぐどうこうするわけじゃないから安心して。」
 まあ今までが今までなのだからしょうがないかと苦笑いしながら真美がいう。
 「だけど、新聞部としては今回は注目せざるをえないというところかしら。」
 そんな祐巳を見ながら蔦子は真美に聞く。
 「そうね、今までの噂と違い、名前が取りざたされているからね。」
 真美はそう言って腕を組み頷く。
 祐巳はそんな2人のやり取りを聞いているうちに、あることに今さながら気付く。
 「あの、名前が挙がっているって?」
 蔦子は「うーん。」と言って額に指を当てて唸る。言って良いかどうか悩んでいるようだ。
 「聞きたいの?」
 真美は悩んでいる蔦子を横目で見ながら聞いてくる。
 「そりゃ気になるよ。場合によってはその子に迷惑掛けているかもしれないし。」
 当人にその意思が無いのにそんな噂を立てられたら、その一年生も困るだろう。
 いかにも祐巳らしい考え方だった。逆に選ばれて喜んでいるとは思いつかないらしい。
 「今の一年生の中で、紅薔薇の蕾の妹って噂されて喜ばない子はいないと思うけど。」
 真美は半ば呆れた顔をして呟く。蔦子も同じ気持ちなのか苦笑いして祐巳を見ている。
 「まあそれが祐巳さんだからね。」
 蔦子はそう言って真美と顔を見合わせて笑う。
 「何か気になるけど・・・取り合えずその子の名前教えてよ、蔦子さん。」
 2人の言動に釈然としないが、肝心なことを聞かねばならないと祐巳は蔦子に聞く。
  「ま、それほど言うなら。」
 蔦子は肩を竦め、祐巳にその名を告げる。
 「1年椿組の木村夏樹、よ。」
 
 「まったくなんだっていうんだろう。」
 机に突っ伏した夏樹がぼやく。危うく吊るし上げ寸前のところを乃梨子にまた助けられたのだ。
 「山百合会ではそんな話は出ませんでした。お姉さまも何も言ってませんでしたし。」
 白薔薇様の妹であり、山百合会関係者の乃梨子の言葉でその場は一応収まった。
 ただし一時的なものではあったが。現に数人の女生徒達は何か話しながら夏樹を見ている。
 一時間目の準備をしていた乃梨子はその手を止めると夏樹を見て言う。
 「兎に角、噂が収まるのを待つしか無いでしょう。そのうち祐巳様が否定するでしょうし。」
 そうなれば収まるからと乃梨子は夏樹に言ってくれたのだが、本当にそれで収まるのか夏樹は不安でたまらなかった。
 結局一日中、夏樹は針のムシロの上にいる状態で過ごす羽目に陥ったのだった。
 
 昼休み。ミルクホール。
 紅薔薇の蕾である祐巳は難しい顔をして、一人考え込んでいた。

 「夏樹ちゃん?」
 蔦子から自分の妹候補と噂される女生徒のことを聞いた祐巳は、一瞬困惑した声を上げる。
 「既に山百合会メンバーにも紹介済みって話もあるわよ。」
 真美が噂の続きを教えてくれる。
 「何でそんな話になってるの?そりゃ確かに何日か前に、夏樹ちゃんと薔薇の館に一緒に行ったけど。」
 それだけで何で妹候補という話になるのだろう?祐巳は訳が分からなくなってしまう。
 「なるほど、それを見た生徒がいたんだろね。祐巳さんが一年生の子と薔薇の館へ行くなんて初めてじゃない。」
 祐巳の話を聞いた蔦子は、腕を組むとそんなことを言ってくる。
 「そう言われればそうなんだけど・・・・」
 考えてみれば、祐巳が一年生の子を薔薇の館へ連れて行ったことはあの時初めてかもしれない。
 「そしてその一年生が、前に噂になった子だった。これはやっぱりってことで、一気に妹候補という話になった。」
 考え込んでいる祐巳を見ながら真美は自分の考えを言う。
 「まあ、そんなところでしょうね。噂なんて発端は些細なことから始まるものだし。」
 「・・・・・・・」
 何事か考え込んでしまっている祐巳。そんな彼女を見て蔦子と真美は顔を見合わせる。
 祐巳の内心を雄弁に物語ってくれる百面相は今回は何も語ってくれそうもない。
 祐巳のそんな表情に蔦子と真美は予感めいたものを感じていた。
 (もしかして祐巳さん・・・?)
 (今回はただの噂で終わらないかもしれないわね。)
 その後昼休みになるまで祐巳は一心不乱に考えこんでいたのだった。

 (妹か・・・今まで真剣に考えてこなかったなあ。)
 テーブルに置かれた紙コップを見つめながら祐巳は考え込んでいた。
 紅薔薇の蕾として認められることに夢中で、妹を作ることなど思いもしなかった。
 第一、半人前の自分が妹を持つことなど恐れ多いではないか?
 紅薔薇の蕾として誰からも認められた時こそ、選ぶべきではないか?
 でも・・・・
 祐巳は夏樹と出会ってからのことを思い出す。彼女と一緒に過ごした時間などほんの僅かの筈だ。
 なのに、これほど印象に残った時間もなかった気もする。
 廊下での、かってのお姉さまとの出会いを思い出させるような初めての邂逅。
 階段での、自分の危機を救ってくれた再会劇。そして薔薇の館に向かう途中での交わした何気ない会話。
 山百合会のメンバーへの紹介とお茶会での夏樹との短くとも充実した語らい。
 さりげなく祐巳を支えてくれ、気持ちを通じ合える下級生。そんな存在は初めてだった。
 『確かに私を慕ってくれる下級生は一杯いたが、みな私の事を過大評価しているんじゃないだろうか。』
 常々祐巳はそう思っている。実は周りにとっては過大評価でもなんでもないのだが、自分のことになるとこんなものである。
 まあそれが祐巳の美点の一つなのだが。
 (夏樹ちゃんか・・・・)
 今朝の出来事が祐巳に夏樹の存在を改めて考えさせることになったのは確かだった。
 だが、自分が妹を持ったとして、果たして導けるだろうか?
 『姉が妹を導いていく』というスールの意味を考えると、祐巳には自信がない。
 だが一方で、夏樹となら良い姉妹関係を結べるのではないかと思っているのも事実だった。
 「よし!」
 何かを決意した様に声を上げると立ち上がる祐巳。力強い足取りでミルクホールを出て行く。
 
 今日最後の授業が終わり、担当教師が出て行くと夏樹は力尽きるように机に突っ伏してしまう。
 むろんそれは例の噂のせいだが、少なくても授業を受けている時はそれから逃れられると思ったのだが。
 何故か夏樹は教師陣からも注目されていた様で、皆夏樹の名前を見ると「ああ、この子が。」という顔をするのだ。
 さすがに生徒達の様に聞いてくることは無いのだが、会う教師皆そんな感じで夏樹は一日中落ち着かなかった。
 紅薔薇の蕾が生徒だけではなく、教師達にまで注目される人物だったとは。今さながら夏樹は思い知らされていた。
 「大丈夫?夏樹さん。」
 夏樹の唯一の味方である乃梨子が聞いてくる。彼女は今日一日中傍にいてくれたのだ。
 お陰でどれほど助かったことか。感謝しても感謝しきれない。
 「うん、ありがとう乃梨子さん。それじゃごきげんよう。」
 何とか立ち上がり夏樹は教科書や筆記用具をカバンに入れると教室を出ようとする。
 「あ、待って夏樹さん。」
 同じ様に帰り支度をした乃梨子が、夏樹を呼び止める。
 「一緒に帰りましょう。」
 「え、でも山百合会の方は?」
 夏樹は乃梨子の方を振り向いて聞く。
 「かまわないわ。ただ志・・お姉さまに断っていかないといけないけど。」
 カバンを持ち夏樹の隣に立って乃梨子は答える。せめてリリアンを出るまでは一緒にいた方がいいだろうと思ったのだ。
 「それは乃梨子さんに悪いよ、自分だったら大丈夫だから。」
 「気にしなくてもいいわ、お姉さまなら分かってくれるだろうし。」
 どうやら是が非でも一緒に帰るつもりらしい。結局夏樹は乃梨子の好意に甘えることにした。
 二人は乃梨子のお姉さまであり、白薔薇である志摩子の教室へ向かう。幸い彼女はまだ教室にいた。
 乃梨子が事情を説明すると、「ええ、わかりました。」と言って承諾してくれた。
 「あ、ありがとうございます白薔薇様。」
 礼を言う夏樹に、白薔薇様は笑って答える。
 「私は礼を言われるほどのことではないわ、気になさらないでくださいね。」
 「それではごきげんようお姉さま。」
 「ごきげんよう白薔薇様。」
 白薔薇様の微笑みに送られて夏樹と乃梨子は下駄箱に向かう。
 ちなみにその間、廊下や教室にいた生徒達の視線が三人、いや夏樹に集中していた。
 どうやらあの噂は二年生の間でも広まっているらしく、夏樹は頭が痛くなるのだった。
 靴を履き替え、外に出る夏樹と乃梨子。ここでも視線が集まってくるのが分かる。
 (こんなこと何時まで続くんだろう。)
 深いため息を付きつつ二人はマリア様の像の前まで来ると、お祈りをあげる。
 (どうかこんなことが早く終わりますように。そして平和な生活が戻りますように。)
 めったに祈ることのない夏樹だったが、今日に限っては真剣に祈るのだった。
 ただしその祈りは残念ながら叶えられそうもなかった。
 「ちょっと待って夏樹ちゃん。」
 二人の背後から聞こえてきた声によって・・・・
 「「ゆ、祐巳様?」」
 思いかけない人物の登場に夏樹と乃梨子は驚きの声を上げる。
 「ごきげんよう、良かった、まだ帰ってなかったんだ。」
 ほっとした表情を浮かべ祐巳は二人に笑いかけてくる。
 「ご、ごきげんよう、祐巳様どうかなされましたか?」
 固まってしまった夏樹の代わりに乃梨子が聞いてくる。
 「うん、ちょっと夏樹ちゃんに話があってね。いいかな夏樹ちゃん?」
 「え、あ、いやそれは・・・・」
 夏樹は困惑した表情を浮かべ、隣の乃梨子と正面の祐巳を交互に見る。
 「祐巳様、夏樹さんは今噂のことで微妙な立場にいます。それを分かったうえでのことですか?」
 乃梨子はそう言って祐巳を見る。もしそれを分かっていながら夏樹と接触を図るというなら、それにはどういう意味があるのか。
 夏樹のやや前に出て庇う形になりながら乃梨子は祐巳そう問う。
 「もちろん分かっているつもり。その上で話があるの。」
 祐巳も乃梨子が友人である夏樹の立場を心配していることが分かったのではっきりとそう答える。
 「わかりました。それではごきげんよう祐巳様、夏樹さん。」
 会釈をすると乃梨子はその場を離れてゆく。
 「あの乃梨子さん?」
 「大丈夫よ夏樹さん、祐巳様の話を聞いてあげて。」
 不安げに問う夏樹に乃梨子が答える。
 「・・・・・・・・」
 「祐巳様、夏樹さんをお願いします。」
 なんとも言えず突っ立っている夏樹を見ながら乃梨子は祐巳に言って歩き去ってゆく。
 しばし呆然としている夏樹に祐巳が声を掛けてくる。
 「ごめんなさいね、帰るとこ引き止めちゃって。でも貴女と話したいことがあって。」
 「それは構わないですが、お話って・・・・」
 「・・・・・・・・」
 それが例の『祐巳の妹候補』についてなのは夏樹には容易に分かる。だが噂話を否定するだけなら会いに来る必要はないはずだ。
 (だとしたらやっぱり?)
 黙ってしまった祐巳を見ながら、夏樹はある予感を感じ緊張する。
 暫く二人の間に沈黙が落ちる。ややあって祐巳は夏樹の目を見つめて口を開く。
 「夏樹ちゃん、私の妹になってくれない?」
 夏樹はそれ程驚かなかった。やはりという思いがあったからだった。乃梨子もそう思っていたからこそ二人だけにしてくれたのだろう。
 「すいませんけどそれはできません。」
 夏樹は祐巳のことは嫌いではない、むしろ好意を抱き始めているといってもよい。
 だが夏樹は外見は兎も角、内面は男のつもりだ。そんな自分が祐巳の妹などになれるはずは無い。
 そして、それは祐巳を欺くことになる。夏樹はこの可愛い先輩を騙すのは忍びなかった。だから受け入れられない。
 「理由を教えてくれるかな?」
 断られた祐巳もそんな答えを予想していたのか、ショックを受けた様子もなく淡々と聞いてくる。
 「自分は祐巳様の妹には相応しくありません。それが理由です。」
 そう自分は数多の人を引き付けるこの素晴らしい女性の傍にいる資格はない、きっと他に相応しい人がいるはずだ。
 「そう、分かったわ。」
 「分かって頂け・・」「でも!」
 納得してくれたと夏樹が思った瞬間、その言葉を遮るように祐巳は宣言する。
 「私はそんなことじゃ納得できないから・・・・」
 そう今なら祐巳には分かる、この出会いは偶然じゃない。あの時自分がお姉さまと出会ったことがそうだった様に。
 「私は夏樹ちゃんのグランスールになってみせる。絶対にね。」
 唖然とする夏樹に微笑みかけると祐巳は「ごきげんよう。」と言って校舎に戻って行く。
 夏樹はそれをただ見送ることしか出来なかった。

 後に夏樹は、祐巳と紅薔薇様との間にも同じ様な事があったことを知ることになる。
 紅薔薇様と祐巳がスールとなるまでのあの一連の出来事と共に。



 あとがき

 今回は少し長くなったかもしれません。作者のh.hiroyukiです。
 というか心理描写を描くのって難しいですね。他の方はどうしているんでしょう?
 
 話はいよいよ佳境に入ってきました。夏樹は祐巳の思いをどう受け入れていくか。
 ちゃんと書けるか心配ですが(笑)。
 それでは。



遂に妹になってと言いましたか。
美姫 「一度断わられたのに…」
祐巳ちゃんも強くなったな〜。
美姫 「本当ね。果たして、これからどんな風に二人が姉妹になるのかとても気になるわ」
次回を楽しみにしてます。
美姫 「野菜不足を嘆きつつ、肉を喰らいて待て!」



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