『僕はプティスール!?』





   
 第六話「姉の気持ち 妹の気持ち」

 木村夏樹は、周りがどう言おうと自分は男だと思っている。
 だが本人には悪いがその容姿は、すらりとした身長と綺麗な髪、そして整った鼻筋という同性さえ見とれる美少女だ。
 この当人の思いと容姿のギャップを意識していない点が、ある意味彼の悲劇なのかもしれない。 
 転入当時、夏樹はできるだけ目立たないようにしようとしていたが、その容姿の故に無理だった。 
 それに加えて今回の『紅薔薇の蕾のスール宣言』。夏樹の名は全てのリリアン女学園関係者に広まったのだった。
 
 「ごきげんよう乃梨子ちゃん、夏樹ちゃん。」
 朝、マリア様の像の前で乃梨子と待ち合わせて一緒に祈った後、校舎に向かう夏樹に声を掛けてくる女生徒。
 渦中の人物の一人である紅薔薇の蕾こと福沢祐巳。にこやかな笑みを浮かべ二人を見る。
 「ごきげんよう祐巳様。」
 「ご、ごきげんよう、ゆ、祐巳様。」
 冷静に返す乃梨子に対し夏樹は動揺しまくりだった。なにしろあの翌日から毎日こうやって話しかけてくるのだ。
 しかもそれだけではなく彼女のこの後取るある行動もまた夏樹を困惑させていたのだ。
 祐巳は挨拶を済ませると夏樹の前に行き、さも当たり前の様に自分のカバンを持ってもらう。
 そして空いた両手を夏樹の胸に持ってゆくと、タイを結びなおすのだ。その動作は慣れており、まるで何時もやっている様だ。
 「きゃーーー」
 そのとたん周りから上がる黄色い声。集まる視線。最近見られようになったその光景。
 そんな周りの事にまったく動じない祐巳はタイを直し終わるとカバンを夏樹から受け取る。
 「それじゃ二人ともまた後でね。」
 そう言って歩き去って行く祐巳。残された夏樹は自分のタイをそっと触ると深いため息をつくのだった。
 
 「紅薔薇姉妹のタイ直しと言えばここでは知らない生徒はいないでしょうね。」
 初めて祐巳に自分のタイを直されて呆然としていた夏樹に乃梨子さんはそう教えてくれた。
 紅薔薇様と祐巳様が出会ったきっかけであり、姉妹になった後の二人の親密さを表す有名な話らしい。
 「それを夏樹さんにやってくるとは、祐巳様も侮れないわ。」
 そう言って乃梨子さんは感嘆とした表情を浮かべる。普段の祐巳様からは考え付かないその行動に。
 「もっとも意識してやっているわけでもないでしょうけど。」
 あの方は私達には思いも付かない行動取るからと、乃梨子さんは付け加えることを忘れなかったが。

 強まった視線に胃が痛む思いを感じながら、夏樹は乃梨子さんと共に玄関に向かうのだった。

 「祐巳様も毎日よくおやりになるわ。」
 座席に着いたとたん机に突っ伏してしまった夏樹に乃梨子さんが言う。
 宣言されたから毎日ああやって声を掛けられ、タイを直されていた。その行動力には感嘆するものがある。
 だが夏樹にとっては、毎日寿命の縮む思いだ。自分に対する好奇と羨望の視線は強まる一方なのだから。
 ただ、この問題はリリアン瓦版が責任を持ってお伝えするという新聞部の山口真美様の言葉で、表面的には平静を保っている。
 この辺は祐巳様が友人である真美様に頼み込んだらしい。その事を乃梨子さんは姉の白薔薇様から聞かされたと教えてくれた。 
 さすがに山百合会関係の話題がどんな騒ぎを巻き起こすかを祐巳様もご存知らしい。
 でもそう思っているのなら毎朝あんなことしないで欲しいと夏樹は思うのだが。あれでは火に油を注いでいるようなものだ。
 「何で祐巳様はこうも自分を妹にしたがるのかな。」
 一度ははっきり断っているのだ、自分はふさわしくないからと。だが祐巳様は納得はしてくれなかった。
 『私は夏樹ちゃんのグランスールになってみせる。』
 それどころか祐巳様は必ず夏樹の姉になって見せるとまで言い切ったのだ。その根拠は一体どこからくるのか。
 「それは私にも分からないわ。というか誰も分からないんじゃないかしら。」
 乃梨子さんをはじめ山百合会メンバーにとって今回のことは余りにも唐突なことだったらしい。
 「夏樹さんは本当に祐巳様の妹になる気はないのかしら?」
 「へ?」
 しばしの沈黙後ふと乃梨子さんがそんな事を聞いてきたので、夏樹は驚いて彼女の顔を見る。
 「私は・・・そうなってくれると嬉しいって思うの、夏樹さんは不本意だろうけど。」
 山百合会では彼女はただ一人の一年生だったと夏樹は思い出した。同学年の人間が居ないのは確かに寂しいものがあるのだろう。
 「ごめんなさい、それは私の我侭。夏樹さんは自分の意思を通すべきよ。」
 寂しそうな笑みを浮かべる乃梨子さん。夏樹は何か声を掛けるべきか迷ったが、そうしているうちにチャイムが鳴る。
 乃梨子さんは自分の席に戻っていった。そして一時間目の授業が始まる。

 午前中の授業を何とかこなし(体育の授業があったので冷や汗ものだったが)、昼休みになる。
 夏樹は騒ぎが酷くなるまでは教室で乃梨子さんと一緒に食べていたが、ここ最近は外で食べるようになった。
 その場所は、かつて乃梨子さんのお姉さまである志摩子様が祐巳様と一緒に食事を取った所だった。
 状況も場所もそっくりな事を最初にここに案内された時に夏樹は聞かされた。
 「言わば『白薔薇の隠れ家』というところかしら。」
 乃梨子さんはそんなことを言って笑っていたが、夏樹は複雑な気持ちだった。
 この騒動の渦中で聞かされた紅薔薇様と祐巳様のエピソードを今の自分達がなぞっている様な気がしたからだ。
 もっとも紅薔薇様が祐巳様に『スール宣言』されたのは『シンデレラ』にまつわる出来事があったという違いがあるが。
 夏樹は別に祐巳様と賭けをしているわけではないし、山百合会の仕事を手伝わされているわけでもない。
 二人の接触は今の所、朝の挨拶とタイ直しの儀式(?)や放課後の薔薇の館へのお誘いくらいである。
 ただこれだけでも夏樹への風当たりは相当なものだが、祐巳様に悪気が無いだけに夏樹も強く出れないのだ。
 「乃梨子さん、山百合会の方は大丈夫なのかな?」
 そうこれも夏樹が気にしている事だった。結果的に彼女に山百合会の活動をさぼらせているのだ。
 しかも自分に付きっきりの為にお姉さまである白薔薇様と一緒にいる機会さえ奪ってしまっている。
 「心配しなくても良いわ。志摩子さん、お姉さまも分かってくれているし。」
 何でも無いように言う乃梨子さんだが、やはり夏樹は気が重い。しかし彼女は頑として自分の傍から離れようとはしないのだ。
 (できるだけ早く何とかしないと・・・・・・)
 夏樹はそう思うのだが、妙案はまったく浮かばない。一番良いのは祐巳様が諦めてくれることなのだが・・・
 今のところその兆しはない。かと言って妹になるというのも自分の正体(?)を考えると選択できない。
 重い気分のまま夏樹は昼休みを終えるのだった。

 重い気分を引きずったまま夏樹は午後の授業を終えた。だがこの後の事を考えるとさらに気が重くなる。
 当然祐巳様は夏樹の帰りを待ち構えているだろう。自分を薔薇の館へ誘おうとして。
 もちろん夏樹は断るつもりだが、その時の祐巳様の表情を考えると非常に罪悪感を感じてしまう。
 同行する乃梨子さんはこの時は、二人から離れて口を一切挟まないようにしてくれる。
 「あくまでお二人の問題だし。私は夏樹さんの選択に従うわ。」
 彼女はそう言って夏樹を励ましてくれる。今の自分にとってはそれはありがたかった。
 だがこの日、夏樹を待っていたのは祐巳様では無かったのだ。だが決して意外な人物でもなかった。
 「ごきげんよう乃梨子ちゃん、夏樹ちゃん。」
 「「!?」」
 何時もの場所で二人を待っていた人物。それは祐巳様のお姉さまであり、山百合会の薔薇様の一人である。
 
 小笠原祥子様その人だった。
 
 
 「ふう・・・・・」
 薔薇の館の一室で祐巳は目の前に置かれたお茶の前で深いため息を付く。
 「これは重症だね祐巳さん。」
 そんな私を見て由乃さんが苦笑いしながら話しかけてくる。そんな彼女の横には志摩子さんが居る。
 「お姉さまの言いつけじゃしょうがないだけど。」
 放課後何時もどおりに夏樹ちゃん達に会いに行こうとした私は、教室を出たところでお姉さまに声を掛けられた。
 「ごきげんよう祐巳。」
 これにはとても驚かされた。だってお姉さまが私の教室まで来れるなんて非常に珍しいからだ。
 「祐巳、悪いんだけど薔薇の館に先に行ってくれないかしら。私が少し遅れると皆に伝えてほしいの。」
 「え、でも・・・・・」
 そういう事なら何時もは令様、黄薔薇様に頼むのに何故?
 目まぐるしく変わる私の表情に苦笑いしたお姉さまは続けて言う。
 「令はクラブの方の用事で先に行っちゃったのよ。」
 「はあ、そういうことなら。」
 夏樹ちゃんに会えないのは残念だけどお姉さまの用事とあればしょうがない。私は気持ちを切り替える。
 「ではその様に伝えておきますお姉さま。」
 「ええ、お願いね祐巳。」
 お姉さまはそう言って私のタイを直してくれる。恥ずかしいけど至福の時だ。
 「それではごきげんようお姉さま。」
 私はそう言って薔薇の館へ向かったのだった。着いた館には由乃さんと志摩子さんが先に来ていた。
 令様はクラブからまだ戻って来ていないみたいだった。私はしばらく二人と話していたのだったが。
 今日こそはとはりきっていただけに何だか気が抜けてしまったみたいだった。まあまた返り討ちに遭う確率が高かったけど。
 「今日は誘いに行けなかったのは残念ね。」
 志摩子さんがそんな私の姿を見てにこやかな笑みを浮かべ励ましてくれる。
 「うんまあね。あ、そうだ。志摩子さんには乃梨子ちゃんのことで迷惑かけるね。」
 妹の乃梨子ちゃんを私のせいで志摩子さんから引き離す事になってしまっているのだ。
 「気にしないで祐巳さん。あの子も好きでやっているんだから。それに・・・」
 笑みをさらに深くして志摩子さんは答える。
 「少し位離れていても私達の絆は変わらないし。」
 これには私も由乃さんもただこう言うしかなかった。
 「「ご馳走様です志摩子さん。」」
 部屋に私達の笑い声が響く。
 「それにしてもあの祐巳さんの誘いを断り続ける一年生か、なかなかやるわね。」
 ひとしきり笑った後に由乃さんが言ってくる。
 「やっぱり紅薔薇の蕾の妹というのは大きいのでしょうね。」
 志摩子さんは遠い目をしながら言う。それは私にも分かる。自分だってお姉さまから妹にと言われた時は・・・・
 「やっぱり躊躇するのはそれが原因かな。」
 「というか『祐巳さんの』というのが有ると思うけどね。」
 私のボヤキに由乃さんが突っ込みを入れてくる。でもそれを言われると・・・困ってしまうのだけど。
 大体皆が言うほど私はりっぱな人間だとは思っていない。未だにお姉さまの足を引っ張ることも多々あるのに。
 「でも肩書きなんかスールには意味の無いことだと思うわ。大事なのは両方の気持ち。」
 志摩子さんが静かに、だがはっきり確信を持った声で話す。私は由乃さんとそんな彼女を見つめる。
 「祥子様も令様もそんな物に関係なくお二人を選んだはず。」
 両手を胸の前で組み、慈悲溢れる笑みを浮かべ志摩子さんは話す。
 「そして祐巳さんも由乃さんもそんなものがあったから妹になったわけではないのでしょ。」
 まさにマリア様だ。何時もながらそんな志摩子さんに私は声が出せない。由乃さんも同じらしい。
 確かにそうだ。私だって夏樹ちゃんを妹にしたいと思ったのは自分が紅薔薇の蕾だからではなかった。
 もちろん山百合会の将来の為に後継者を育てるというのもあるかもしれない。でもスールというのはそんなものじゃない。
 お姉さまとスールになって私はそんなことを学んだ。志摩子さんや令様から、由乃さんや乃梨子ちゃんから・・・・
 しばし沈黙の続く部屋に階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
 「あれ令ちゃんかな、でも少し早いけど。」
 由乃さんがその足音を聞いて考え込む。彼女の話では令様の用事はかなり時間が掛かるということだったからだ。
 「それじゃお姉さまかな?」
 言っていた用事を終えられてこちらに来たのかもしれない。志摩子さんも由乃さんも納得した顔をする。
 だが私はこの時、次の瞬間目にすることになる状況をまったく想像していなかった。
 ギィ・・・
 扉が開き入って来たその人は・・・・思った通り私のお姉さまである紅薔薇様。だが一人ではなかった。
 「乃梨子?」
 お姉さまに続いて入って来た乃梨子ちゃんに志摩子さんが戸惑った声を掛ける。彼女は確か夏樹ちゃんと一緒の筈で・・・
 「ごきげんよう、遅くなってごめんなさいね。」
 「ごきげんよう、お姉さま、祐巳様、由乃様。」
 お姉さまは普段と変わらない様だったが乃梨子ちゃんは緊張した表情を浮かべ挨拶する。
 「ごきげんよう紅薔薇様、乃梨子。」
 「ごきげんよう祥子様、乃梨子ちゃん。」
 「ごきげんようお姉さま、乃梨子ちゃん・・・」
 挨拶を返しながら私は何故乃梨子ちゃんが来たのだろうと思った。彼女は暫く休むと言っていた。
 他でもない夏樹ちゃんを一人にしない為にだ。乃梨子ちゃんはそれを放棄する子じゃない。だとすると?
 「ああ、今日はお客様がいるの、さあ入っていらっしゃい。」
 お姉さまはそう言って後ろにいた人物を招き入れる。私はその人物を見た瞬間声を上げて立ち上がってしまった。
 「夏樹ちゃん!?」
 そうお姉さまと乃梨子ちゃんの後ろから出て来たのは・・・・・夏樹ちゃんだったのだ。



 あとがき

 果たして物語は動いているのでしょうか? どうもh.hiroyukiです。
 前回は祐巳と夏樹以外の視点だったので今回はその二人の視点から書いてみました。どうでしょうか?
 ところで作中で書いたスールについてですが、自分が「マリみて」を読んで思ったことなのですが、
 浩さんや美姫様はどう思われるでしょうか。
 巷では百合の温床(爆)と言われるスールですが、突き詰めると人と人の結びつきの一つでないかと思うのですが。
 何か偉そうなことを書いてしまいましたが(笑)。
 では次のお話で。

 追伸

 美姫様は様々な剣技をお持ちのようですが、一番お得意なのはどんな技なんでしょうか?
 良かったら教えて下さい。


うんうん。
美姫 「スールの形は絆よね」
所で、質問だぞ。
美姫 「うーん、私の得意な技ね〜。全部、得意なんだけどな」
やっぱり、アレじゃないのか?
離空紅流の長い歴史においても、使い手が過去にも誰もおらず、技のみが伝わっている秘奥義。
美姫 「ああ、天獄鳴哭斬 (てんごくめいこくざん)ね。確かに、これがあったわね」
他にも、過去に2、3人しか使い手が出なかった秘奥義が二つほどあったよな。
斬魔閃竜檄 (ざんませんりゅうげき)と夢幻桜華の舞 (むげんおうかのまい)だったかな。
美姫 「うん。でも、どちらかと言うと、煉獄天衝 (れんごくてんしょう)の方が好きかも」
確かに、美姫のよく使う技の一つだよな。
アレは避け難いからな。
打ち下ろした剣より、天にも届かんばかりの火柱を顕現させ、対象者を焼き尽くす上に、斬られた傷口が炭化し、出血こそ起こらないものの、
その部分は細胞が壊死するため、実質治療が不可能だもんな。
何とか斬撃を避けても、続く火柱での攻撃があるため、二段攻撃となってるし。
この火柱は防御も兼ね備えていて、打ち下ろした後の僅かな隙も付かれる事がない。
まさに攻守に優れた技だもんな。
美姫 「私の場合は、アレンジも入ってるしね」
だよな。普通は打ち下ろしなのに、お前と来たら、横からは来るは、下からの斬り上げもあるは…。
美姫 「でも、これを喰らって何ともないアンタが一番、可笑しいんだけどね」
あははは〜。それはそれ〜、これはこれ〜。
美姫 「はいはい。っと、こんな感じで良いかしら?」
美姫の得意技は秘奥義と紅蓮天衝という事で。
美姫 「秘奥義の中では、最も威力のある天獄鳴哭斬が得意かな?」
これは恐ろしい技だからな。
美姫 「詳細は秘密よ♪ そう簡単に手の内を明かすわけにはいかないもの」
まあ、大体、こんな感じという事で。
美姫 「それじゃあ、次回の投稿も楽しみにしてます〜」
ではでは〜。



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