『僕はプティスール!?』





  
  第七話「そして舞台は変わる」

 「夏樹ちゃん!?」 
 夏樹は、薔薇の館に自分が来たことに祐巳様が驚いた声と表情をするのを見ながら、数十分前の出来事を思い出していた。
 
 数十分前─
 話があると言われ、紅薔薇様の後に付いて夏樹と乃梨子さんは人気の無い所まで歩いていった。
 実を言えば紅薔薇様が話をしたかったのは夏樹だけだったので、乃梨子さんは付いてゆく必要はなかったのだが。
 彼女は夏樹の傍を離れるつもりは無いようだったので、紅薔薇様もあえて何も言わなかった。
 だが目的地に着くと紅薔薇様は乃梨子さんを見て言う。
 「乃梨子ちゃん、話は二人だけでさせてほしいの。」
 乃梨子さんは暫く紅薔薇様の顔を見つめていたが、頷くと二人から離れた。ただしこの場からは去ろうとはしなかった。
 それを見て紅薔薇様は苦笑いを浮かべるが、すぐに表情を戻すと夏樹を見つめて話し始める。
 「突然でごめんなさいね、でも貴女と是非話をしたかったの。」
 やはり紅薔薇様の妹である祐巳様のスールについてだろうか、夏樹は誤解を解かねばと思い何とか口を開く。
 「あの、スールの件でしたら・・・・・」
 「ちょっと待ってくれるかしら。」
 だが紅薔薇様は夏樹の言葉を遮る。
 「誤解無いように言っておくけど、祐巳のスールについては貴方達の間の問題よ。私は介入するつもりは無いわ。」
 髪に手をやりそれをすっと後ろに流して紅薔薇様は夏樹を見つめて言う。
 「えっと・・・それで良いのですか?」
 夏樹はいともあっさりに片付けられてしまった事に困惑する。
 「祐巳が誰を妹にしたとしても、あの子の決めた事なら何も言えないわ、例え姉である私でもね。」
 「・・・でもそれでは紅薔薇様が、それに山百合会の為にも・・・・」
 「それも誤解しているわね。」
 またしても夏樹の言葉は紅薔薇様にすぱっと遮られる。
 「薔薇の称号は確かに重要だけど、それとスールになる事とは関係ないわ。」
 もはや夏樹は言葉を挟む事が出来ず紅薔薇様に圧倒されていた。
 「あの子が『紅薔薇の蕾』なのは、私がたまたま紅薔薇の称号を持っていたから。祐巳自身とは関係のない事よ。」
 格が違いすぎた。彼女はここリリアンを統べる山百合会の紅薔薇様なのだ。
 「もし貴女が祐巳の事をそんなものを通して見てるとしたら、あの子は悲しむわ。」
 「え・・・・」
 紅薔薇様の言葉が穏やかになってきたことに夏樹は気付き顔をあげる。
 そこには慈愛に満ちた『姉』の顔があった。
 「祐巳を紅薔薇の蕾という称号で見ないであげて。あの子の本当の姿を見て欲しいの。」
 今夏樹の前に居るのは紅薔薇様ではなく、祐巳様の姉である『小笠原祥子様』だった。
 「祐巳のスールになるかどうかは、称号抜きの彼女の姿を見てから判断してあげて。」
 ああこの人は本当に祐巳様のお姉さまなんだ、彼女を心の底から思っていらっしゃるのだ。
 「はい分かりました。」
 祥子様の顔を見つめ、夏樹ははっきりと返事を返す。それに満足そうな笑みを返してくれる祥子様だった。
 それから乃梨子さんを見て話しかける。彼女も紅薔薇様の迫力に圧倒されてただ見ていることしか出来ないでいた。
 「乃梨子ちゃん、夏樹ちゃんを今までよく守ってくれたわね。これからも力になってあげなさい。」
 「は、はいわかりました。」
 乃梨子さんもそんな紅薔薇様の言葉に微笑を浮かべ答える。
 「それでは行きましょうか。」
 夏樹と乃梨子さんに紅薔薇様は声を掛ける。
 「どちらにですか紅薔薇様?」
 聞いてくる乃梨子さんに紅薔薇様に事もなく言う。
 「もちろん薔薇の館よ。」

 
 「ごきげんよう祐巳様、由乃様、志摩子様。」
 お姉さまの後ろから出てきた夏樹ちゃんは、多少ぎごちないが私達にきちんと挨拶してくれる。
 今までだったら私に目を合わせようとせず逃げ腰だったのに、今は真正面から見てくれる。
 「さあ、言うことがあるのでしょ。」
 お姉さまはそう言って夏樹ちゃんの背をそっと押す。一旦視線を落とした彼女は真剣な表情を浮かべ話し始める。
 「祐巳様、自分は祐巳様のスールに本当に相応しいのかずっと悩んでいました。」
 部屋の中に夏樹ちゃんの声だけが響く。私もお姉さまも、由乃さんも志摩子さんも、そして乃梨子ちゃんも静かに聴いている。
 「でもそれは祐巳様の『紅薔薇の蕾』という称号に対してで、祐巳様本人に対してではありませんでした。」
 夏樹ちゃんの言葉は先ほど志摩子さん達と話していたことだった。そう彼女も『称号』に囚われていたんだ。
 「だから自分は称号とは関係なく祐巳様のスールになれるか考えてみることにしました。」
 再び視線を落とし夏樹ちゃんは沈黙する。しばし静寂に包まれる室内。誰も動こうとはしない。
 「ですから勝手なお願いなんですけど、時間を下さい。もう決して逃げるつもりはありませんから。」
 手を握り締め夏樹ちゃんは自分の思いを話してくれている。それが私にはとても嬉しかった。
 ふと夏樹ちゃんの後ろに立っていたお姉さまと視線が合う。『貴女はどう答えてあげるの?』そう言っている気がした。
 横にいる由乃さんと志摩子さん、夏樹ちゃんの傍に立つ乃梨子ちゃんも同じように見つめてくる。
 だから私は俯いている夏樹ちゃんの前に行き、彼女の肩に両手を置いて答える。
 「もちろんよ夏樹ちゃん。こちらこそお願いするわ。」
 顔を上げた夏樹ちゃんに微笑みながら。そして後ろに立っているお姉さまを見る。
 お姉さまも微笑を浮かべながら私達を見ていてくれる。『がんばりなさい。』と言うように。
 由乃さんと志摩子さん、それに乃梨子ちゃん達も暖かい目で見ていてくれる。
 (こうなったら絶対妹になってもらわないとね。その為には・・・・・・・)
 「それじゃさっそくだけど夏樹ちゃん、今日から山百合会の仕事手伝ってもらうからね。」
 「え?」
 驚いた声を上げる夏樹ちゃん。
 そうと分かったら貴女を逃がさないわ、トコトン付き合ってもらって私を知ってくれないと。
 「さあさあ、こっちこっち。」
 「ちょっと待って下さい、ゆ、祐巳様?」
 私は夏樹ちゃんの後ろに回りこむと机の方へ押して行く。
 「あはは、祐巳さんらしいね。」
 由乃さんが苦笑いしながらその光景を見ている。
 「それでこそ祐巳さんね。」
 志摩子さんも微笑ましそうに由乃さんの言葉に頷いている。
 「ごきげんよう皆。何だか賑やかだけど・・あれ?夏樹ちゃん?」
 入って来た黄薔薇様は状況が分からず周りを見渡し、私に捕まった(笑)夏樹ちゃんに気付く。
 「あ!令ちゃん、今日から私達を手伝ってくれるんだって。」
 既に決定事項の様に言う由乃さん。
 「へーそれはそれは。とりあえずよろしく夏樹ちゃん。」
 それをいとも簡単に納得して受け入れてくれる黄薔薇様。 
 「・・・いいんでしょうかこれで?」
 「そうね・・・まあいいじゃないかしら。」
 「そうですね。」
 紅薔薇様も乃梨子ちゃんも納得してくれてるしね。

 
 (何でこうなるんだ?)
 状況の変化についていけない。祐巳様に背を押されて行きながら混乱状態になる。
 確かにスールになることを考えると言ったけど、それは少し距離を置いて考えさせてくれという意味で言ったつもりだった。
 それなのに祐巳様は何時の間にか山百合会を手伝わせようとしているし、他の人達もそれを認めているみたいだ。
 「これからどうなるんだろう・・?」
 僕のそんな問いに答えてくれそうな人はここには居そうもなかった・・・・
  
 
 とりあえず舞台は進む。それがどんな舞台になるかは、マリア様だけが知っているのかもしれない。



あとがき

 すいません。結局、シリアスは長続きしませんでした。最後の最後でおちゃらけになってしまいました。
 まあ本編の方も似たような状況なので、これが夏樹の運命だということで(笑)。状況に流され自爆するタイプなんです夏樹は。
 あと、美姫様。お答えありがとうございました。改めて凄さを感じますね。あ、それを食らっても無事な浩さんも(笑)。
 さらに極まれるよう応援いたします。ただその技を浩さんに・・・まあその、幸運を祈ってます浩さん。
 それでは次回のお話で。


祥子によるてこ入れ〜。
美姫 「いや、ちょっと違うと思うけれど」
???
美姫 「ったく、このバカは、もう」
ぐげっ! だぁ〜〜。
……きゃっきゃっきゃっ♪
美姫 「……ちょと強く叩きすぎたかしら?」
にはははは〜。
美姫 「えっと、こういう場合は右45°の角度で、強く叩けば元に戻るんだったわよね」
…………。
美姫 「よし、それじゃあ、行くわよ!」
待て待て待て! 俺は写りの悪いテレビか!
美姫 「ううん、それ以下」
がぁぁぁん。
美姫 「それよりも、どういうつもりかしら?」
し、しまったぁぁ!
美姫 「ふふふ」
あ、あははは。
美姫 「お仕置き、決定ね♪」
う、うわぁぁぁぁぁ!



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