――10月。秋も深まりつつあるこの時期に、高校では決して外せない行事がある。いわゆる、「文化祭」というやつだ。

 学校中が大いにハメを外して盛り上がり、皆の心の中に大切な思い出となって残る行事……のはずだったのだが。まさか……『あんなこと』が起こってしまうとは……。

 

とらいあんぐるハート3

文化祭地獄変――0:すべてのはじまり

 

「高町君、赤星君。ちょ〜っと、話があるんだけど……今、いい?」

 

 文化祭まであと1週間と迫ったこの日の放課後。そう言って俺達に話しかけてきたのは、クラスメートであり友人の一人でもある、月村忍だった。

 

「ああ、別にかまわないけど?どうしたの、月村さん?」

「別にかまわんが……何か急用か、忍?」

 

 俺こと高町恭也と、その友人である赤星勇吾は、そろって彼女に答える。

 

「うん、ちょっと……頼みたいことがあって、ね」

 

 彼女――忍――は、そう言うと、少し笑みを浮かべながら俺達の質問に答えた。

 

「……頼みたいこと?」

 

 赤星は、首をかしげながら彼女の言葉を繰り返す。かく言う俺も、言葉には出さなかったものの、その頼みたいことが一体何なのか、不思議に思いながら彼女の言葉を待っていた。

 

「うん。二人とも、うちのクラスの文化祭での出し物、覚えてる?」

 

 そんな事を彼女は言ってきた。もちろん、俺達二人はその内容を知っている。その俺の内心の言葉を肩代わりするように、赤星が彼女に向かって話しかけた。

 

「もちろん。喫茶店だろ?しかも、翠屋の協力付での出店」

 

 そう。今年のうちのクラスの文化祭の出し物は「喫茶店」と決まった。しかも、月村達女子生徒一同たっての希望により、「翠屋」の協力を得ての出店である。

 翠屋の協力を取り付けるのは難航するかとも思われたのだが(なにしろ、いつも忙しい店なのである。そうそう簡単に出張サービスもできないだろうと思っていた)……我が母、高町桃子の鶴の一声により、あっさりと決定した。かーさんは「息子の頼みを聞けない母親がどこにいますか!!」などと大層ありがたい言葉を言っておられたが……俺が見る限り、「自分も文化祭で楽しみた〜い!!」というのが本音であろうと思われる。

 まぁ、何はともあれちゃんと協力は取り付けることができたため、味の面では1歩どころか10歩ほど他のクラスよりもリードした感じがあるのだ。

 

「更に言うなら、女性だけが接客する『夢の空間』……だったか?」

 

 赤星の言葉に付け足すように、俺は言葉をつなげる。

 そうなのだ。これだけではインパクトが薄い!!と考えた一部の生徒たちが、どうせなら接客は「女子のみ」に限定しようという意見を出した。

 その意見には賛否両論いろいろ出たのだが……結局、「とある人物」のゴリ押しにより、全員が賛成に回った。……ちなみに、今俺達の目の前にいる髪の長い女性が、その「ゴリ押ししたとある人物」だったりするのだが。

 

「ふむふむ。二人ともちゃんと寝ずに参加してくれてたみたいだね、感心感心」

 

 彼女は本当に感心した、とでも言うように2回首を縦に振りながら答える。すると、赤星は心外だ、と言いたげな顔をしながらこう答えた。

 

「あのね、月村さん……。高町みたいにいつも寝てる奴ならともかく、俺は真面目に聞いてるよ」

「……赤星。それは酷というものだ。それに、俺もちゃんとそれくらいは知っている」

 

 赤星の言葉に、俺は憮然とした表情をしながら答える。すると、忍はおかしそうに笑いながら、話を進める。

 

「あはは。まぁ、それはそれとしてなんだけど。その喫茶店関係のことで、ちょっとね」

「なんだ?かーさんに頼みたいことでもあるのか?」

 

 俺は思わずそう彼女に尋ねる。既にメニューなどは翠屋に赴いて行った数回の打ち合わせで決まっているはずだ。何らかの事情により、メニューの変更を余儀なくされたのだろうか?それならば、急ぎ連絡をしなければ大変なことになってしまう。

 だが、彼女は首を横に振ると、苦笑を浮かべながらこう言った。

 

「ああ、違う違う。桃子さんに連絡があるわけじゃなくて、あくまで高町君と赤星君に頼みがあるんだよ」

「俺達……に?」

「一体、何を頼むというんだ?」

 

 俺達は、訝しげな表情を浮かべながら彼女の言葉に答える。というのも、自分達二人に何か用件があるとはさすがに思わなかったからだ。

 すると彼女は、一旦深呼吸をした後、俺達に要件を告げた。

 

「え〜っと、ね。実は……二人に接客を頼みたいんだよ」

「「?」」

 

 俺達はその言葉に疑問を持った。確か、クラス全体で「接客をするのは女子のみ」と言う風に決まったはずだ。にもかかわらず、「俺達に接客に回ってほしい」とは……。しかも、その意見を押したのは他ならぬ忍ではなかったのか?

 俺はその疑問を彼女にぶつけてみる。

 

「忍。確か、うちの喫茶店では接客は女性限定だったような気がするのだが……?」

 

 すると、その言葉を待っていたかのように、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

 いや……それを「ただの笑み」と言っていいのだろうか。なんとなくではあったが、その笑みを見たとき、俺は「いやな予感」を感じてしまった。「ここから先の言葉は、聞いてはいけない」ような感じを。

 そして……俺の直感は、見事に当たることになる。

 

「……別に、『そのままの姿』で接客してくれ、とは誰も言ってないはずだけど?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中に嫌なイメージが浮かんだ。「まさか、そんなことは……?」と内心思っているのだが、それ以上に膨らんでいくこの思いを抑えることができない。顔色を変えた俺を見て、妙だと思ったのか、赤星は彼女に疑問をぶつけていた。

 

「……え〜と。それって、どういう……?」

 

 赤星にはまだ正確な意味合いが分かっていないらしい。いや、ひょっとしたら分かっていながらも、祈るような思いで必死に否定しているのかもしれないが……。

 それに対して、彼女はため息をつきながらこう通告してきた。

 

「……ふぅ。だからね?――君達に、『女装』してもらいたい、って言ってるんだよ♪」

「「……………………」」

 

沈黙。そこに、沈黙だけが訪れた。いや、沈黙しか、俺達にできる術が無かった、と言うべきだろうか。10秒ほどの沈黙の後、ようやく口を開いたのは赤星だった。

 

「……え〜と……。『って言ってるんだよ♪』じゃなくって……月村さん?」

「おお、赤星君、声マネ上手だね〜♪」

「ああ、ありがと……ってそうじゃなくて!!」

「……ちっ、勘付かれたか」

 

 本当に残念そうに彼女は舌打ちをする。普段ならその軽口に俺たちも乗ってやる所なのだが……残念ながら、事態は切迫している。俺はそれ以上彼女に軽口を言わせないために、口を開いた。

 

「忍。……今言ったことは、冗談ではないのか?」

 

俺のその言葉に、彼女は呆れたように片手を額に当てながら答える。

 

「わざわざ文化祭開催一週間前のこの修羅場にこんな冗談言うほど、私が暇してると……高町君は思うわけ?」

「……できればそうだと思いたいんだが?」

「それは残念ね。確かに私は冗談を言うのが好きだけど、わざわざ今の時期に冗談を言うほど暇人でもないつもりよ」

 

ほんのわずかな希望を探るつもりで……彼女特有の冗談だというわずかな望みにかけた俺の言葉。しかし、彼女はその言葉すら木っ端微塵に打ち砕いた。

 

「「……………………」」

 

 再び沈黙が訪れる。痛すぎる沈黙を打破すべく、俺は再び彼女に話しかけた。

 

「……忍。一つ聞きたいのだが……何故、俺達の女装などという言葉が出てこなければならない?」

「……というと?」

「俺達のクラスでは、『喫茶店』の出し物をすることは決まっていても、『女装をする』と言うことなどは決まっていなかったはずだ。少なくとも、俺が知っている間にはそんな話は議題にも出ていなかった」

「ああ、そういうこと」

 

 俺の疑問に、彼女はそんなことか、と言うような顔をしながら話を続ける。

 

「それは当然よ。だって……あなたたち『二人』の前でこの話をするの、今回が初めてだもの」

「あなたたち『二人』の前で……だと?どういう意味だ」

 

 俺のその言葉に、彼女は少し笑みを浮かべながら答えた。

 

「だからね?……『二人』の前では初めて言ったけど……あなたたち二人を除いた『クラスのみんな』の前では既に発表・賛成多数で可決済み、ってこと」

「「なっ!!」」

 

 彼女のその返答に、さすがに絶句するしかない俺達二人。そんな俺達を尻目に、更に彼女は追い討ちの言葉をかける。

 

「あ、ちなみに……当然のことながら『二人の関係者各位』にもちゃんと承認を頂いておりますので、悪しからず」

 

 そう言いながら、にこやかに笑う。俺は、思わずこう尋ねずにはいられなかった。

 

「ちなみに聞くが……関係者各位、とは誰のことだ?」

 

 俺のその言葉を待っていたかのように、彼女の笑みはさらににこやかになっていく。

 そして、彼女は「関係者」の名前を挙げだした。

 

「え〜とね。まずは赤星君の両親でしょ。それに、桃子さん、美由希ちゃん、なのはちゃん。ま、ここら辺は当然よね。家族だし」

「ちょっと待て。……ここら辺、だと?まさか、まだいるのか?」

「当たり前じゃない。ここら辺の人だけなら、わざわざ『関係者』なんて言葉、使うはずないでしょ?」

 

 確かにそうだ。そうなのだが……これで終わっていてほしかったと、切に思う。

 だが、そんな俺の思いとは裏腹に、彼女は更に「関係者」の名前を挙げていく。

 

「次に、赤星君関係で言うなら藤代さんから剣道部員全員に伝わってるでしょ?高町君関係で言えば当然フィアッセさん、レンちゃん、晶ちゃん。あと、フィリス先生に那美ちゃん、リスティさん達さざなみ寮の面々、レンちゃんから鷹城先生に、私からさくらに伝わって……。あ、あと桃子さんとフィアッセさんからCSSのほうにも連絡が行ったみたいだよ?」

「……忍。それは承認というよりは、集客という名目の連絡伝達じゃないのか?」

「あはは♪そうとも言うね♪」

 

 俺のその指摘に、彼女は微笑みながら答える。その微笑みはさざなみ寮にいる「某人物二人」によく似た笑みで……俺は思わずめまいを感じ、倒れそうになる。あわてて赤星が俺の体を支え、俺に話しかけてきた。

 

「高町……大丈夫か?」

「赤星……あまり俺は大丈夫じゃない」

「……実は、俺もあまり大丈夫じゃないよ」

 

 お互い顔を見合わせて苦笑しあう。

 そんな俺達を見て、彼女は苦笑を浮かべた後話しかけてきた。

 

「お〜い、そこのお二人さん。黄昏るのはいいんだけどさ、こっちにも『お仕事』があるんだよ。だからちゃっちゃとお手伝いしてくれると、と〜っても、嬉しいんだけどな〜?」

 

 その彼女の言葉に、俺達は一瞬固まる。「お仕事」という単語が、妙に引っかかったからだ。恐る恐るといった感じで、赤星が彼女に向かって質問を投げかける。

 

「え〜と、月村さん?その……お仕事って、いったい何のことかな?」

「……わかりきったこと聞くんだね?まぁ、否定したい気持ちもわかんないわけでもないけどね」

 

 そう言うと、彼女はこう言った。

 

「寸法あわせ。あ、『誰の?』とか、『何のために?』とかなんて質問は受け付けないから。説明しなくてももうわかってると思うし……第一、面倒でしょ?」

「え〜と……その件に関して、俺達に拒否権は?」

「……そんなもの、あると思ってるほうがおかしいと思わない?」

「「…………」」

 

 赤星の、かろうじて口に出した言葉を、彼女はあっさりと斬り捨てる。もはや、黙り込むしかない俺達。すると、彼女はその沈黙を了承と取ったのか、

 

「じゃ、今からその準備してくるから、そこで待っててね。――逃げちゃ、だめだよ?」

 

 とにこやかな笑顔と共に俺達にそう告げた後、数人のクラスメート達を連れ立って教室を出て行った。

 

「お、おい、高町!!どうするんだよ、このままだと俺達は……!!」

 

 彼女達が教室から出て行ったのを確認した後、赤星はかなり慌てた口調で俺に話しかけてくる。それもまた当然だろう、自分達の意思などまったく無視された状態で見世物(笑いもの、とも言えるのだが)にされてしまうことがほぼ決まってしまっているのだから。

 

「落ち着け。こういった場合、まず自分が何よりも冷静になっていなければ話にならんぞ、赤星」

 

 それに対し、俺はできるだけ赤星を落ち着けさせようと諭すように答えた。実際、慌てふためいていても事態は何も解決しない。いや、悪くなりこそすれ、良い方向へは決して進まないものだ。

 

「そ、それは確かにそうだが……。よくお前、この状況で落ち着いていられるな?」

「……まぁ、なんだ。俺は多少なりともお前よりはこういった事態に慣れているからな。……あまり慣れたくはないんだが」

 

 呆れたように言ってくる赤星に対し、俺はため息を吐きながらそう答える。実際のところ、ティオレさんの「いたずら」やうちのかーさんの「お茶目」、リスティさんや真雪さんの「悪巧み」など……俺の周りでは、こういう話題に事欠かない。そのため、それなりに慣れてしまったという感じが否めない。……いや、本当に慣れたくはないのだが。

 一瞬、自分の不幸を呪いそうになった俺だが、今はその時ではないと気持ちを切り替え、赤星に向かって話しかける。

 

「赤星。お前は今の状況のまま、流されるつもりでいるのか?」

「そ、そんなつもり、ないに決まっているだろう!!」

 

 俺の質問に、少々激昂した感じで答える赤星。まだうまく自分を冷静にしきれていないようだ。

 

「わかっている。とりあえずの確認のために聞いたに過ぎん。なら、俺達のやることはただ一つしかあるまい?」

「――脱走、か?」

 

 赤星のその言葉に俺は一つ頷くと、

 

「その通りだ。……だが、状況は困難だ、と言えるだろう。何しろ、クラスの連中はもちろんのこと、家族や関係者一同まで手を回されているとあってはな」

 

 と答える。

 

「つまり……今回は周りすべてが敵だ、ということか」

「そうだ。今回に限ってだけ言えば、ここを脱走しても安全ではない、ということだ。下手をすれば自宅で捕獲されて、そのまま忍の家へ直行、文化祭当日まで監禁……ということにもなりかねん」

 

 俺のその言葉に、赤星は顔を青ざめさせる。

 

「そんな……じゃあ、俺達に打つ手はないじゃないか!!」

「いや、そうでもない」

「ほ、本当か!?」

 

 俺のその言葉に、赤星は目を輝かせながら話しかける。

 

「ああ。ただし……最悪の場合は、文化祭終了まで山に篭って生活しなければならなくなるが」

「かまわないさ!笑いものにされるくらいなら、山に篭ってしまう方が遥かにましだ!!」

 

 赤星はそう断言する。無論、俺も笑いものになどされたくはないので、その言葉に同意する。

 

「確かにな。……では、逃げ出す算段を相談しようか……」

 

 こう俺が告げると赤星は頷き、俺達は小声で相談をし始めた……。

 

 

 

 

 ――数分後。俺達は一つの脱出プランを考え付いていた。具体的にはこうだ。

 まず、忍達が教室まで帰ってくるまで待つ。これはかなり危険な賭けなのだが、捕獲要員が一箇所に集まっているほうが逆にそこから逃げ出した際、今度は捕まりにくくなる、という考えからだ。

 次に、俺達は二手に分かれる。これも同じように追手を分散化させ、少しでも捕獲される率を少なくするための措置だ。

 そして、運良く学校から脱出できた場合……まずは明心館の巻島館長の元へと行き、かくまってもらうように頼む。それすらもだめだった場合は、いつも修行に使っている山まで行き、そこで文化祭終了まで篭る……というものである。

 かなりリスクの高いプランとなってしまったが、それでもやらないで女装するよりは遥かにましである、という二人の結論があったため、実行に移すことにした。

 

「……作戦は以上だが……。何か質問はあるか?」

「……もし、片方が捕まったという事がわかった場合、もう片方はどう行動する?」

 

 その赤星の質問に、俺は一つ深呼吸をした後、こう答える。

 

「――捨て置け」

「しかし……!!」

 

 その俺の答えに、赤星は反論しようとする。しかし、その反論を俺は手で制し、

 

「よく考えろ。俺達は二人、敵は不特定多数だ。捕まった者の心配をするより、まずは自分が生き残ることを考えろ」

 

 と言った。赤星は納得しきれない様子ではあったが、俺の言いたいことは分かったのか一つ頷くと、

 

「……わかった。まずは自分の生存を優先、だな」

 

 と答える。そこまで話し合ったとき、ちょうど忍達が教室に戻ってきた。

 

「お、感心感心。ちゃ〜んと教室に残っててくれてるじゃないの。てっきり、逃げ出してるかと思ったわ」

 

 彼女の言葉に、頷く一同。……だったら、もう少し監視の目を光らせておいたほうがいいんじゃないのか?と声には出さないものの疑問に思う。

 

「さて、それじゃあまり時間もないことだし、さっさと寸法合わせてしまいましょうか!!」

 

 そう言いながら、近付いて来る忍達。今の間合いはお互いの歩幅にして約20歩程度。これ以上接近されると、捕獲される確立は格段にあがる……。俺は今が好機と、赤星に向かって叫んだ!!

 

「行くぞ、赤星!!」

「応!!」

「えっ!!?」

 

 俺の言葉に答える赤星。対して、忍達は何が起こったのかわからず、混乱している。……とりあえず、ここまでは赤星と話した計画通りだ。――そう、「ここまで」は。

 赤星は今から駆け出そうと、まさに立ち上がって走るための第一歩を踏み出そうとしているところだった。俺はそれを冷静に見つめながら……その赤星の踏み降ろそうとしていた足をきれいに払う。当然、赤星の体は横に傾く。そこにさらに持っていた鋼糸を放ち、赤星の体に巻きつかせ、引き倒す。……結果として、赤星は無様に転んだ。

 

「た、高町、何のつもりだ!!?」

 

 赤星は驚愕の表情を浮かべながら、俺に問いかける。まぁ当然だろう、当初の計画通りではないことを俺がやっているのだから。だが「計画通り」の俺は、すました表情で赤星の問いに答える。

 

「赤星。――二人が同時に逃げ出すのと、一人を犠牲にして時間稼ぎしてもらい、もう一人が逃げ出すのと……どちらがより効果的だろうな?」

「な、お前、まさか……」

「昔の人はいいことを言ったものだ、『死して屍拾う者なし』とはな」

「殺す人間が言う言葉か、それは!!?」

「……さて、ここで長々としゃべっている時間もない。いつまでも忍達が放っておいてくれるわけでもないのでな」

 

 赤星の抗議を、俺はさらりと聞き流す。そして駆け出す前に赤星に顔を向けると、こう告げる。

 

「ではな、赤星。おとなしく『俺のために』尊い犠牲になってくれ」

「た、高町いいいいいぃぃぃぃ!!!この裏切り者が〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

 赤星の恨みの言葉を背に受けながら、いまだ呆然としているクラスの連中の間を潜り抜け、俺は教室からの脱出に見事に成功した。

 だが、油断はまだ禁物だ。この校舎から脱出しない限り、俺に「勝利」の二文字は輝かない。そう自分に言い聞かせ、俺は出口に向かって走り出した。

 

 

 

 

「ふぅ、さすがに高町君だね。……まさかあんな方法で逃げおおせてしまうなんて」

 

 私こと月村忍は、ため息をつきながら今まさに高町君が出て行った扉を見つめていた。確かに、この二人が素直に女装してくれるなんてことはないと思っていたのだが……まさか、赤星君を自分の手で犠牲にしたうえで逃亡するなんてことは想像もつかなかったのだ。

 しかし、その成果は確実に上がっている。彼の思いもかけない行動により、私を含めて誰も動くことができなかった。……これだけの人数――15人程度――がいたにもかかわらず、である。

 これにより、少なくとも私達と彼の距離は相当に離れたものと思われる。つまり……優れた剣士である彼の追跡が、こちらからはほぼ不可能になった、ということだ。何しろ、彼は赤星君を犠牲にすることによって「より確実な脱出」を狙ったはずだ。そこまでやった彼が、そう簡単に捕まる訳がない。「普通に」やったなら、ではあるが。

 

「でも甘いなぁ、高町君。この忍ちゃんが、こうなる可能性を考えないとでも思ったわけ?」

 

 そう言ってにこやかに笑うと、私はおもむろに携帯電話を取り出してボタンをプッシュする。

 しばらくすると、聞きなれた声が私の耳に入ってきた。

 

「……お嬢様、何か御用でしょうか?」

「あ、ノエル。うん、急用ができたの、頼めるかな?」

「はい……。何をすればよろしいのでしょうか?」

 

 私はノエルの言葉に一つ頷くと、

 

「予想通り高町君が逃亡したの。追跡者(ハンター)達に高町君の現在位置の情報、及び暗号文を送信して。内容は……」

 

 そこまで言うと、私はいったん言葉を止める。実は高町君の制服には、桃子さんの協力により発信機がつけられている。それによって高町君の現在位置は把握が可能だ。これから始まる追跡劇は大きな盛り上がりを見せるはずだ。それはきっと、文化祭当日に対する大きな話題になる。その期待に胸を膨らませながら、私は全てを始める暗号文を読みあげた。

 

「内容は、『狩りは、始まった』よ」

「……『狩りは、始まった』ですね?」

「そう。追跡者にはそう全員に伝えておいて。これから、忙しくなるよ?ノエル」

「了解しました。では、これからそちらに向かいます」

「うん、お願い。じゃ、またあとでね」

 

 ノエルとの会話を終了した後、電話を切る。さぁ、これからが本番だ。

……盛大な前夜祭の始まりだよ?高町君。そう思った瞬間、私の顔に思わず笑みがこぼれた。

 

 

 


あとがき

 

 はい、皆様初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、enna(エンナ)と申します。

 約一年ぶりくらいのとらハSSなんですが……な、長い(笑。まだ序章なのに、こんな長さの文章書いてどうするんだ、私。

 ま、まぁとりあえず……次からはこんなに長くならないと思います、ってか短くなりすぎるかもしれません(ぇ。

 つたない文章のところはどうかご容赦のほどを。んで、感想もらえるとうれしいです。

 ではでは、また次回にて。


恭也は無事に逃げ出せるのか!?
美姫 「そして、早々に捕まってしまった赤星の運命は如何に?」
いや、赤星は寸法あわせが待っているんだろうけどね。
美姫 「序章では、見事に逃げたわね」
うんうん。この後、どうなるのか楽しみだね。
美姫 「文化祭終了まで逃げ切るのか、それとも……」
捕まってしまうのか。
ennaさん、続きを楽しみにしてますね。
美姫 「それじゃあ、また次回を待ってます〜」





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