「――あ、あああ……」

今日――彼は、絶望する。

「あああ、ああああああ……」

――何に?

――それは、セカイに。

――それは、セイギに。

――それは、カミサマに。

「ああああああああああ……」

――セカイは、こんなにも不条理で。

――セイギなんて、どこにもなくて。

――カミサマなんて、ただの嘘っぱちで。

「あああああ、ぁああああぁああああ――!!」

だから、彼は絶望する。
こんなにも優しくないこの世の中を、嘆くように――


〜dancing in the illogical world〜

彼は、ただの高校生である。
その日も、部活の剣道部の練習に精を出し、自宅に帰ってきたところだった。

「ただい――」

ドアを開け、挨拶をしようとした時に感じたのは――異臭。
しかも、かなり強烈な匂いだ。

「なんだろ、この匂い……?」

疑問に思いながらも、居間へと足を進める。
そして居間の扉を開けた、その時――彼の日常は、いとも簡単に崩れ去った。

床は、紅一色に染まっていた。そこに横たわっている――両親らしき姿。

「らしき」と付けたのには理由がある。何故なら――

――そのカラダには、首が無い――

「な、な……」

彼が恐怖と驚愕で言葉を紡げなかった時、

「――へぇ、生き残りがまだいたんだ?」

唐突に、そんな若い女の声がした。

「……なっ!?」

その声に驚き、振り返ると……

「どうも、こんばんわ――いい夜ね?」

――闇と同化した、女がいた。

「一体アンタ、何者だ!?何でウチに……!」

……ひどく頭が混乱している。
――無理もない。帰宅してみれば自分の親が殺されていて、それに驚く暇も無く、一人の女に出会うのだから。

改めて、女を見る。
歳の頃は自分と同じか、少し上。全体を眺めて見れば――全てが黒。
髪から、服装から――全てが黒に統一されていた。
そして、その整った顔立ちには……今は、からかいの表情が浮かんでいる。

「何で、ねぇ……?随分と分かり切った事を聴くのね、貴方?」

そう言って、クスクスと笑う。その笑い声は、鈴の音のように綺麗に響いて――それが一層、この空間に違和感を与えた。

「大方の予想はついてるんじゃないの?――私が一体何者か、なんて」

「…………」

その問いには、無言で答える。
その無言こそが肯定であると……如実に、語っていた。

「……えぇ、貴方が想像している通りよ。そこのお二人は――」

――私がこの手で、殺したわ。

彼女はそう言いながら、彼に両手を見せるように大きく腕を広げた。
それはまるで、その手に未だ血に染まっているのを誇示するかのようで――彼の背筋に、寒気が走る。

「何でだ!?何で、俺の両親を……!?」

彼はその寒気を振り払うかのように、彼女に叫ぶように問い掛ける。
それに対して、彼女は顎に人差し指を添えつつ、軽く首を傾げながらしばらく考えた後、平然と――

「……別に、理由なんて無いわよ?」

――なんて、そんな答えを返した。

「な、に……?」

彼はその答えを聞いて絶句する。
当たり前だ。自らの両親の殺された理由が、よりによって無いなどと……一体、誰が信じるだろう?
けれど、彼女は淡々と語る。

「だから……理由なんて無いのよ、実際。そもそも――人を殺すのに、理由なんて必要なの?」

そして、不思議そうに逆に問い返す。

「な――」

その問いに返す答えは、絶句。
一体この女は、何を言っている――?

「まあ、どうしても何か理由がいるって言うのなら……そうねえ……」

そんな彼の様子など全く気にした様子もなく、彼女はまたひとしきり考えると、

「――敢えて言うなら、娯楽、かしらね?」

無邪気な微笑みを浮かべながら、ソンナコトを言ってきた。

「娯……楽……?」

彼はその言葉に茫然としながら呟く。今言った言葉を信じたくはない、とでも言うように。

「そ、娯楽。だって、そうでしょ?偶然目についた家に入ってみたら、運良く――あぁ、君にとっては運悪く、かしら。どちらにせよ、私の『暇潰し』になる『玩具』がそこに居た訳で。当たり前のように、そこで『遊んだ』。ほら――」

――娯楽と一体、どこが違うと言うのかしら?

けれど、彼女はその無邪気な笑顔のまま、残酷で無慈悲な答えを返す。

「それじゃあ……何か?俺の両親は――」

俯き、両の拳を握り締めながら彼は震える声で問い掛けた。

「ええ、貴方にとっては不運な事だけれど。貴方のご両親が死んだのは――」

――ただの、私の気紛れよ――

……なんだ、それは。
俺の両親を殺した理由が、よりにもよってただの『気紛れ』だと……?
何故、そんな理由で殺されなければならない!?
俺の両親が、一体何をした!!?
ふざけるな。

……フザケルナ。

「…………巫っ山戯るなあぁぁぁぁぁ!!!」

――この時。彼の中にあった感情は……怒りと、憎しみ。

――怒りは、理不尽なこの状態に。

――憎しみは、何よりもこの事態を産み出した、この女に!!

故に――彼は、駆け出した。

逃げるのではなく、立ち向かうために。

許せない事を許せないと、この女に教えるために――!

「あらら……キレちゃった?」

対して彼女は「失敗したなぁ」とでも言うように、片手で頭を掻いた。
けれど……彼女の目に、焦りなど浮かばない。
いや、むしろ――

「ま、いいんだけどさ……世の中って――」

彼が顔面目がけて殴りかかってくる。
彼女はそれを、あっさりかわし――

「――そんなに、優しくはないわよ?」

――投げた。
彼は、背中を床にしたたかに打ち付ける。
が、それとほぼ同時に――

「あ、よいしょ♪」

腹部に向かって、足が飛んできた。
彼の腹部が、めり込むような勢いで踏み付けられる。

「がっ、ゴハっ……!」

――彼女の表情は、ひどく嬉しそうだった――

「ぐ……こ……の……!」

なんとか意識がある彼を見て、彼女は嬉しそうな表情を彼に見せる。

「へえ、たいしたもんじゃない。てっきり私は、気絶するものとばかり思ってたわ」

そして、明るい声で彼に話し掛けた。

「そう、そう……簡単に……気絶なんか……してやるかよ……!」

朦朧とする意識のなか、それでも怒りと憎しみは消えず。

――気付けば、そんな言葉を口にしていた。
自分の命の危険など、全く考えもせずに。

「ククッ――」

そんな彼の態度に対し、彼女は――

「ハハ、ハハハハ、アハハハハハッ――!」

――本当に楽しそうに、声を上げて笑った。

「何が……可笑しい?」

その笑い声は、今までと変わらない鈴の音。
けれど、今の彼には……どうしようもなく、苛立ちを覚える音だった。

「――あぁ、ごめんなさい。別に、貴方をバカにしている訳じゃないのよ?」

未だ収まらない笑みを堪えながら、彼女はそう言った。

「ただ――新鮮なだけよ。こんなにも純粋な、憎悪と憤怒が、ね」

――本当に嬉しそうに。
彼女は嬉々として語り掛ける。

そして、彼女はふと気付いたように、彼に問い掛けた。

「……ねぇ。貴方の名前は何て言うの?」

何故、いきなりそんなことを問い掛けられたのか。彼はさっぱりわからないながらも、彼女の問いに答える。

「昴司――紫賀 昴司(シガ コウジ)だ」

彼のその答えに彼女は一つ頷くと、未だおさまらぬ笑みをたたえたまま、彼に語り掛ける。

「なるほど、昴司君、ね。じゃあ昴司君……よく聞きなさい。私は貴方を――」

――生かしておいて上げるわ。『今は』、ね。

「『今は』……だと?」

その勿体ぶった言い方に、思わず疑問を投げ掛ける。

「そ、『今は』よ。どうせ貴方の事だから……私を倒したいのでしょう?そうじゃなきゃ、あんな台詞と、あんな眼はしないもの」

「…………」

彼の沈黙を肯定と取り、彼女は話を進める。

「やっぱりね。だから、私は貴方を生かしておいて上げるのよ……今は、ね」

そこまで言った後、彼女はからかいを含んだ笑みを浮かべ、更に言葉を続ける。

「だから今は殺さない。私に久しぶりに『楽しみ』をくれた貴方への――そして、私自身に対するご褒美、ってところかしらね?」

「ご褒美……だと?」

彼女のその言葉は、彼の感情を大いに逆撫でした。
この巫山戯た言い方に、思わず彼女を睨み付ける。
その視線で、彼女が死ねばいいと――決して叶わない望みすら抱いて。

「――そう、その視線よ。本当に、たまらなくいいわ。だけど――」

――今の貴方では、決して私に届かない――

――判っているのでしょう?私と貴方の力の差、くらいは――

「…………」

その指摘に、何も言えなくなる。
彼女に言われなくとも判っているのだ。途方も無い実力差など。

――もし、実力差が無ければ。自分は既に、この女を殺しに向かっている。

それ程の想いを、今の彼は抱いていた。

「でもね。そんな判り切った勝負なんて――」

――退屈で、しょうもなくて、くだらないの――

「だから、見逃すの。悔しければ、実力を付けて私を追い掛けてきなさいな。もし、私を見付る事が出来たなら――」

――その時こそ、私がきっちり殺して上げるわ――

今まで浮かべていた笑みを怜悧なものに変えて。それでも彼女は微笑んでいた。
しかし、彼にはそんな表情など見えはしない。何故なら――

――今この時に、誓いが為されたからだ。

今ではない、いつか。けれど、確実に至る未来。

――自分は其処で、彼女を「裁く」事が出来るのだ――!

「……待ってろ。今はまだ届かない。けれど、必ず其処に至って――」

――俺が、オマエを殺してやる――!

まるで呪咀のように、彼は誓う。

――それは、自らを縛る誓い。それは、全てを呪う願い。

ありとあらゆる負の感情を撒き散らし、彼は叫ぶように語った。

「クス……えぇ、楽しみに待ってるわ、紫賀 昴司君」

その叫びを心地好く受けながら、彼女はそう答えた。そして、何かを思い出したかのように彼に話し掛ける。

「ああ、そう言えば……私の名前を教え忘れてたわね。覚えておきなさい、私の名は――」

――死剣の舞い手(デスブレード・ダンサー)。それが私の名前よ――

その言葉を最後に、彼女の姿は掻き消えた。まるで――今までのことが夢であるかのように。
けれど、全ては現実。
両親が生き返ることなど……決して、無い。
倒された体を何とか起こし、家を見渡す。
昨日までは、平穏な日常だった。家族が笑い合う事が出来る、ただ平穏な日常だった。
けれど――その日常は、もう来ない。来る筈が、無い。
何故って……他ならぬ彼自身が、その日常から別れを告げた。あの女――死剣の舞い手を追うと、必ず裁くと。彼は、決めたのだ。

「――あ、あああ……」

今日――彼は、絶望する。

「あああ、ああああああ……」

――何に?

――それは、セカイに。

――それは、セイギに。

――それは、カミサマに。

「ああああああああああ……」

――セカイは、こんなにも不条理で。

――セイギなんて、どこにもなくて。

――カミサマなんて、ただの嘘っぱちで。

「あああああ、ぁああああぁああああ――!!」

だから、彼は絶望する。
こんなにも優しくないこの世の中を、嘆くように――





うわー、ダーックっぽい感じの作品。
美姫 「オリジナルの作品を頂きました〜」
うぅ、絶望からくる慟哭。
美姫 「理由無き暴力ね」
これはちょっと悲しすぎるな。
美姫 「確かにね」
おお、こっちまで暗くなってどうする。
美姫 「はいはい。アンタのバカは変わらないって事で」
嫌な結論だな。
美姫 「投稿ありがとうございました〜」
ございました!



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