――私には、大切なものがあった。
夫や娘、それに両親や義姉や弟――家族が私の一番大切なものだった。
ずっとずっとこの大切な人たちと笑い合える日々が続いていく。私はそう思っていた。
……けれど。その幸せな日々は一瞬で壊された。

――爆弾テロ。私たちの一族を邪魔に思った者達からの理不尽な暴力によって、私の幸せはあっという間に消えてなくなってしまった。
一瞬にして幸せが消えてしまった私は、これからどうやって生きたらいいのだろうか?

――この行為を許せるか?いや、決して許せない――

――私に力はあるか?当然だ、私たちの一族はその力があるために殺された――

――ならば、私のとるべき道はただひとつ――

――理不尽な力を振るったものに、復讐の刃を――

こうして、私は闇の道に足を踏み出した。その事に躊躇いは無い。たとえ、娘を捨てると言う事実がそこにあったとしても――

とらいあんぐるハート3SS鴉〜誕生(ウブゴエ)〜

「ぎゃあああああああ!!」

今日何度目になるか分からない悲鳴を私は何の感情もなしに聞いている。その男を見ると腕が切断され、切断面から大量の血が流れていた。おそらく放って置いてもすぐに死ぬと私は判断し、それきりその男から視線を外す。
その後、状況を判断するために何気なく辺りを見回した。

――辺りは、一面アカイセカイが広がっていた――

赤い、紅い、朱い、アカイ――
一面が真っ赤に染まったそのセカイには、動かなくなったヒトノカタマリが存在している。
それは私と対峙し、そして倒された――殺された――モノたちのカタマリだった。

「なんてやつだ……ヤツは本当に人間か!?」

まだ生き残っているモノの一人がそう呟くのを聞いて、私は思わず苦笑を漏らす。
――なるほど、人間(ヒト)というなら、私は確かにまだ人間(ヒト)ではある。
だが、今の私は人間(ヌケガラ)だ。幸せの全てを奪われ、復讐にしか生きる理由を求めることができなくなってしまった人間をおそらくはヒトとは呼べないだろう。

「ぐああああああ!!」

――また悲鳴が上がる。今度は背中から相手を斬り付けた。

――まだ致命傷には至っていないか――

そう判断した私は、そのまま刀を心臓めがけて突き立てる。男は一度痙攣し、そして動かなくなった。
ただのカタマリになったその男から刀を引き抜くと、勢い良く血が溢れ出る。

――また新しくアカイセカイが広がったな――

今の私はそんな感想しか持たない。既に私にとって、「ヒト」は「モノ」に変わっていた。
邪魔な「モノ」は「消して」しまえばいい。私は目的を果たすまで、止まる事は出来はしないのだから。

――「龍」。それが私たち一族を滅ぼそうとした者達が所属している組織の名前だった。私と同じように生き残った兄からの餞別代りの情報だ。

私たち御神の一族は、御神流という剣術を用いて、護る事と殺す事を生業にして生きてきた。だが、それ故に恨み、邪魔に思う者達が現れ……結果として爆弾テロという形で殺された。私の義姉……御神琴絵の結婚式という、本来ならば一番幸せな舞台であった筈の場所で。
私は復讐のために生きることを選択したが、兄は違う道――大切な物を守る刃となること――を選択した。
まだ大切なものが残っている兄だからこそ、私とは違う道を選択したのだろう。

それはそれでかまわない。いや、違う道を選んだ兄だからこそ、私は娘を兄に預ける事にしたのだ。その大切なものの中に、私の娘も入ることを信じて。

――復讐は何も生み出さないぞ――

娘を預け、去ろうとしたときに兄から言われた言葉。
おそらく、兄は止めたかったのだろう。自らの娘を捨ててまで復讐に歩もうとする私を。
だが、私はどうしても許すことが出来なかった。
大切な人達の命を無慈悲に奪った連中がいることが。
そしてその者達がまだのうのうと生き残っていることが。
だから私は闇の世界に入り込み、「龍」を潰す為に動くことを決意した。闇の世界の情報屋を探し、龍の本拠地を探るように依頼する。
しかし、多くの情報屋が「龍」の存在に恐れを抱いており、状況がなかなか好転しなかったのだが――ある時、ふらりとある男が現れ、私にこう言った。

「俺が持ってくる依頼をこなしていってくれるなら、龍の本拠地を探ってやってもいい」

黒いサングラスに黒の背広、という全身黒ずくめの男は私にそう持ちかけてきた。なんでも龍の本拠地を探るのはあまりにも危険が多いため、金銭的なものだけでは足りない、ということらしい。

男の言う「依頼」は、全て人の命を奪う類のものだった。つまり、私は私の目的のために「全く関係の無い他人」を「殺す」ことになる。
だが、それでも私は目的を果たしたかった。だから――私はその交換条件を飲んだのだ――

「ヒッ――」

そんなことを考えているうちに、どうやら邪魔な「モノ」たちはあらかた片付いたようだ。残っているのは今回の標的と数人の護衛のみ。

「全く……ずいぶんと手間をかけさせてくれるものだね?」

思わずそんな言葉を呟いてしまう。実際、護衛の人数「だけ」は多かったのだ。護衛の腕はたいしたことは無かったが、それでも時間がかかったのは確かである。

「さて……覚悟は済ませたかい?今まで手間がかかった分、さっさと済ませてしまいたいのでね――?」

私は相手にそう告げると、散歩でもするかのように歩き始めた。標的までの距離は後――30歩。

「な、何をしている!さっさとあのバケモノを殺してしまえ!!」

標的の男がそうがなり散らすと、護衛の者達は慌てて武器を構える。その様子があまりにも滑稽で、思わず私は笑みを浮かべる。

――ああ、なんて無様な連中だ――

私は脳内のスイッチを入れる。瞬間、世界がモノクロに染まっていく。慌てて武器を構えているはずの護衛の連中の姿が、スローな動きとして私に捉えられる……。
次の瞬間、私は走り出し……そしてすれ違いざまに護衛の連中の首筋をめがけて刀を振るった。

「――――!!」

モノクロの世界が解けたとき、護衛達の首から血が噴出し……声なき悲鳴を上げて倒れこんだ。

――これが、御神流の奥義の歩法「神速」。極度の集中から生まれる時間の引き延ばし……そしてそれに対応する圧倒的なスピード。きっと、彼らは何が起こったかすら分からないままに死んだに違いない。

「なっ……!!?」

標的は何が起こったのか分からずに混乱している。当然だろう、自分を護る者達が一斉に倒れ……そして死んでいるのだから。

「やれやれ……ずいぶん手間をかけさせてくれるものだね?だがまぁ――それもこれで終わりだが」

呆然としている標的に、私はそう声をかけた。あとは、この男を「消せ」ばこの依頼は終了だ。私は、目的に一歩近付く事になる。

「キ、キサマ……いったい何者だ!?」

標的は震える声で私に問いかける。
私はこの標的のこの言葉があまりにもおかしくて――

「クックック……あっはっはっはっはっはっは!!」

「なっ……!!?」

思わず、声を上げて笑ってしまった。標的は突然笑い出した私に呆然としている。

――ああ、この「モノ」は本当に無様だ。何故なら――

「お前に名乗る名などないよ。これから死んでいこうとする『モノ』に、わざわざ名乗ってやる必要など……どこにもないだろう?」

――この標的は、自分がまだ死なないとでも思っているのだろうか?

――今まで、数多くの「モノ」たちが自分の目の前で「タダノカタマリ」になっているのを見ているというのに――

「く、来るな……!!」

その言葉で我に返った標的は銃を構えようとあわてて右手を動かす。 私と標的との距離は、後――6歩。
ああ、なんて滑稽で……そして悲しいイキモノなのだろう。
たった6歩の距離なんて、私にはあってないようなものだ。ましてや、「コレ」を使ったなら……

「…………」

私は、その右手に向かって無言で手を振るった。

――標的の右手は音も無く地面に落ち、右腕からは血が溢れ出す――

「ぎゃあああああああ!!」

――随分と醜い悲鳴が聞こえたと思えば、標的は地面をのた打ち回っていた。
私は鋼糸を使い、標的の右腕を切り落としたのだ。さすがに0番の鋼糸は良く切れる。
腕を切断され、未だ汚い悲鳴を上げている標的に私はゆっくりと近付き……そして、標的の目の前にやってきた。

「……これで終わりだ。私の目的の為に……その命、貰い受ける――」

そう呟くと、もう一度私の手が振るわれた。
0番の鋼糸は首に巻きつき……そして、あっけなく首を切断した。噴水のように血が上がり、アカイセカイはまた広がる。

「依頼完了……。待っていろ、『龍』……必ず貴様達は潰す……!!」

この日。とある組織がほぼ全滅するという大惨事が起こった。その組織のトップであるものをはじめ、幹部から構成員に至るまで……圧倒的な戦力差で惨殺されていた。
かろうじて息のあったものは、息絶える前にこう呟いた。

「鴉だ……人を喰らう、悪魔のような鴉が……!!」

こうして、彼女は「人喰い鴉」と闇の者に呼ばれるようになる。恐怖の代名詞を背負ったまま、彼女は走り続ける。
恐らくは、「龍」を潰すその時まで走ることを止めようとはしないだろう。

――走り続けている道が、すでに間違っていることにすら気付かぬままに――





悲しき復讐者。
美姫 「自身の思いを利用されている事にも気付かずに、ただ目的へと近付くために」
まさに、人喰い鴉の誕生の瞬間だね。
美姫 「これから何年もの間、美沙斗は…」
だね。
美姫 「そんな彼女にも、最後には幸せな記憶を」
いや、それ違う作品だから。
美姫 「それじゃあ、また」
ではでは。



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