――――殺す。ころす。コロス。

彼女は数多の命を奪う。

いつもは情報屋からの依頼を受けて、全ての感情を掻き消して任務をこなす彼女だが、今回の惨劇は依頼ではなかった。

――それは、己の憎しみと怒り。

だからこそ、彼女は今まで出会った全ての者に対して、等しく死を与えて来た。

今から、そのほんの一例を挙げてみよう。

――ある者は、彼女の右の刀で自らの右腕を切られ、痛みに喘いでいるところを左の刀で喉を掻き切られた。

――ある者は、自らの左肩に刀を突き立てられ、刀を引き抜かれた時に自らも体勢を崩し、前のめりになったところを心臓を一突きされて息絶えた。

――ある者は首に綱糸を巻き付けられて首を切断され。

――ある者は飛針で眼を狙われ、何も見えなくなって辺り構わず銃を乱射し、最後には味方に殺された。



彼女は数多の死を与える。何故ならそれは、彼女の悲願の一つだから。

「『龍』という組織の殲滅」。

この惨劇は、それに繋がる末端の一。
例えそれが本命である拠点でなくとも、その場所が『龍』の一欠けらであるのなら、彼女は決してそれを躊躇う事は無い。

――それが、自らの愛した人達へ供える「華」であると信じているが故に。



彼女の名は、鴉。
「龍」に全てを奪われ、「龍」に復讐を果たさんとする、一人の暗殺者である。



とらいあんぐるハート3SS

鴉・『断罪(サバキ)』



――――赤、紅、朱、アカ。

無数のアカが混じり合い、凄惨な光景を生み出している。

そのアカの元には、累々たる屍。
そして、更にその先には……舞を舞う、漆黒がいた。
その漆黒の両手には、アカく染まった日本刀。
見るものが見れば、その刀は「小太刀」と呼ばれるものである、とわかっただろう。

その舞に群がる、愚者の群れ。
時に近付き、時に遠ざかり、時に舞手に接近され。

その後に共通して起こった事は、舞手が去った後には物言わぬ屍と、アカの奔流が増えた事のみ。

愚者の群れは、誰ひとり、何一つとして、かの舞手には触れる事すら出来ていなかった。

舞手は、華麗にして凶悪。
故に、いかに彼の「龍」の構成員と言えども、舞手たる鴉にとある感情を植え付けられても仕方ないと言えるだろう。

その感情の名は――――恐怖。

その感情に従い、不様に奇声を上げながら突撃して来る者や、攻撃する事自体を躊躇うようになる者まで現れて来た。

そんな彼等の様子を見て、鴉は思う。

――――余りにも他愛なさ過ぎる、と。

確かにこのアジトは、「龍」という組織のほんの一端なのかもしれない。だが。

だが、それでもこれでは死んで行った愛する人達に供える「華」の一つにもなりはしないではないか…………!

今の鴉の胸の内にある感情は、怒りでもなく、憎しみでもなく――ただの苛立ちだった。

その苛立ちによって更に構成員達の恐怖は増幅され、その臨界を今まさに突破しようとしていた。
このまま行けば、圧倒的なその恐怖の前に、彼等は恥も外聞も無く逃げ出すことだろう。

今の鴉の心情的には、それでも別に構わないと言うものに変わりつつあった――それだけ、彼等の不甲斐なさがどうしようもなくショックだったのだろう――が、それでも鴉は前へと一歩踏み出した。
それを機に、彼等の恐怖心は限界を超えようとする。

そんな時だ――

「落ち着きなさい!全員、武器を構えて彼女を包囲!何時でも私の号令で一斉射撃出来るように備えなさい!」

――ある一人の女が現れた事により、戦況を何とか押し止めれたのは。

その女の号令が発せられた事により、恐慌状態に移行しようとしていた構成員達は何とかその号令に従い、無造作に広がっていた状態から鴉を包囲する陣形を形成。
鴉はその間全く微動だにせず、包囲網はかくして完成する。

後は、自分が一つ号令をすれば、この驚異ではあったが愚かな襲撃者の命は呆気なく消えてなくなるだろう。
これで、完全に詰み(チェック・メイト)の筈だ。

「――ねぇ、貴女。こう言っては何だけど、自殺願望でもあるわけ?」

だが、こんな状況になるまで一つも動かなかった目の前の襲撃者に、思わず彼女は問い掛けた。
明らかに絶体絶命である筈なのに、それでも尚無表情を貫いている様が気になったからかもしれない。

「…………ふむ。何故、私が自殺願望者だと思う、君は?」

その問い掛けに、目の前の女は疑問で返した。こんな状況下でありながら、余りにも無感情な声で返された事実が、彼女の心を苛立たせる。

「何故、ですって?――ハ、考えてご覧なさいな。貴女の周囲には銃を所持した私の部下がいる。そして、私の号令一つで、貴女を蜂の巣にする事が出来る……!」

そこまで言うと、女は肩を竦めながら更に言葉を続ける。

「にもかかわらず、貴女はその行為を黙って見続けた。まるで、どうぞ自分を殺してください、とでも言うようにね……これが自殺願望でなくて、何だと言うのかしら?」

そこまで言うと、女は襲撃者たる彼女に指を突き付ける。明確な答えが欲しい訳でも無かったが、この生意気な襲撃者に一泡吹かせてやりたい、と言う気持ちが生まれ出していたのも確かだった。

だが、襲撃者たる彼女の発した答えは、女の想像を越えたものだった。

「やれやれ……一体どんな理由から他人を自殺願望者と決め付けるのかと思えば――そんな程度の答え、だとはね?」

「なん、ですって……?」

嘲りの感情すら込めたその返答に、女は呻くような声を上げるのがやっとだった。
そんな女の様子など全く気に止めた様子も無く、襲撃者は続けて言葉を発する。

「……では答えよう。君達の行動を前に、私が全く動かなかった理由。それはね――――」

――君達が余りに脆弱だからさ、未熟者――

まるで、女達を断罪するかのように彼女は告げる。
ソレではとても足りないと。あの人達に供える「華」にすらなりえないと。

女には、彼女が自分や手下達の未熟さに怒っているかのように見えた。

当然、何故そんな事に怒りを覚えるのかはわからないし、ソレを尋ねたいという興味も生まれた。

だが、しかし。

それよりも何よりも、一番表層に浮かび上がって来たのは屈辱による怒り。

このアジトの長として君臨している自分を、無能呼ばわりされているのだ。怒りが浮かばないわけがない。

衝動的に、女は彼女に叫ぶように話しかけた。

――その言葉が、彼女の雰囲気を一変させる事に気付かぬまま――

「未熟……未熟ですって?冗談じゃないわ!私の名は『黒龍』!あの【御神】のテロを始めとして、様々な件で『龍』に貢献したが故にこの名を賜ったのよ!その私が、未熟などと――」

女――いや、これからは黒龍と呼ぶとしよう――は、激昂してまくし立てながらも、ふと、違和感を感じた。

(……あれ?私は、どうして――)

どうして、【御神のテロ】などという情報を、あの女に教えたのだ?

いや、御神のテロに関わったのは事実なのだ、それは構わない。
だが――何故「今」言う必要がある?

そもそも、あのテロは既に数年前に起こった事であり、今更言うべき事でも無い筈だ。

にもかかわらず、自分は気付けばあのテロの事を語っていた。

――まるで、何かに命令されたかのように。

その理由を黒龍は知りたかったのだろうが――残念ながら、彼女がその理由を知る事は、無い。




何故なら、既にそこには今までとは違う雰囲気を纏う彼女――鴉――がいるからだ。

鴉は、今までとはまるで違う様子で佇んでいる。
仮に、今までの鴉が相手に対する怒りや嘲りの感情で存在していたと言うのなら、今の鴉は全ての感情が消えている、機械のような存在だ。

今までのような圧倒的な気配すら影を潜め、不気味な程に静まり返っている。

――そんな彼女が、ゆっくりと口を開き、黒龍に問い掛けた。

「……ひとつ、聞く。黒龍。貴様は御神のテロに関与した実行犯の一人。間違い、ないな?」

その声は、酷く機械的で。
だからこそ、どうしようもなく圧倒的な恐怖感が黒龍の全身を襲った。

「え、ええ。確かに、私はそのテロに参加したメンバーの一人よ」

それでも辛うじて返答できたのは、自らが選ばれた者である、と言う誇りからなのか。震える声ではあったが、それでも何とか言い切った。

「けれど、一体それが貴女に何の――」

――関係が、と言おうとして身体が固まった。
希薄になっていた筈の気配が、また圧倒的なまでに膨れ上がったのだ。
その余りにも絶大な気配に、完全に竦み上がってしまう。

「ひ、ぁ…………!」

黒龍に出来た事は、そんな言葉を呟く事くらいである。

「……………………」

――しかし、鴉は動かない。

否。

彼女は、黒龍を見てすらいない。
彼女は俯き、小さく何かを呟いていた。

「そう、か……そう言う事、か」

そんな言葉が、微かに聞こえた。
そして、その呟きの後……彼女の肩が、小さく震える。

「――――ッ、ク」

泣き声とも、笑い声とも取れる、その声。
だがその声をきっかけに、小さく震えていた肩の動きは段々と全身へと伝わり――

「ククククク、ハハハハハハ――」

――遂には、辺りを震わせるほどの狂った笑いへと変化した。

「ハハハハ、ハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ――――!」

それは、歓喜の笑い声。
どうしようもなく退屈な、華にすらなる資格が無いモノ達との戯れにしかならないと思っていたが……情報屋のあの男も、中々に味な事をする。

成る程、確かに。

――確かに、あの女は我等が「華」に相応しい。

故に。今こそ我はその名を名乗ろう。
愛すべきあの人達に、僅かなりとも華を供えるために。

「黒龍、と言ったな。わざわざの名乗り、痛み入る。こちらも返礼として、我が名を名乗ろう。心して聞かれよ」

凄惨な笑みと、暴風のような殺気を撒き散らせながら、彼女は静かに名乗りを挙げた。

「我が名は、鴉。人として在った頃の名は――――」



――御神、美沙斗――



それは、鴉が告げた裁きの始まりの合図。
もはや、黒龍たる彼女に逃げる術など無い。

新たなる血の宴。その開始の鐘が今――――鳴った。





鴉は狂ったように見えるけれど、どうなんだろう。
美姫 「自分でも分かってないのかもね」
しかし、黒龍は何故、御神のテロについて話したのかな。
美姫 「鴉を繋ぎとめておくための餌として、暗示とか?」
どうなんだろうか。
美姫 「投稿ありがとうございました」
今回はこの辺で〜。



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