『side『KYOUYA』番外編ennaVer.』
戦艦『アキュート』提督執務室――――
その部屋の中央で、一人の女性が座っている。
彼女は、厳しい表情でモニターを見つめていた。
そのモニターではある倉庫の内部を写しており、そこでは多数の人間を取り押さえている姿が見える。
彼女はとある犯罪組織を追っており、綿密な捜査の上で漸く取引現場を突き止め、彼女はその場への突入を決断した。
その決断は功を奏し、組織の人間の大半を確保することが出来た。
しかし、その中の一人が逃亡、現在一人の捜査官がそれを追っている。
彼女は、その経過の報告を待っていた。
と、その時――
『……提督、「彼」から報告がありました。逃亡者を確保、指示を願うとのことです』
オペレーターから入ってきたその報告を聞いて、彼女は一つ安堵の溜め息をつくと、
「そう、わかったわ。『彼』には犯人搬送後、こちらに来るように告げてちょうだい」
とオペレーターに告げ、漸くその表情を和らげた。
『了解しました、レティ提督』
――彼女の名前は「レティ・ロウラン」。
時空管理局提督であり、同時に高町恭也、八神はやて両名の直接の上司にあたる人である――
side『KYOUYA』番外編・ennaVer.
〜日常編〜
『……レティ提督。特別捜査官補佐・高町恭也、参りました』
それから数分後――彼、高町恭也は執務室へとやって来た。
彼は軽いノックをした後、随分と堅苦しい挨拶を扉の前で述べている。
だが、その行動が余りにも彼女の予想通りの事だったので、彼女は思わず苦笑を漏らしながら彼に告げた。
「ご苦労様、入って来て下さい」
「……失礼します」
彼女のその言葉に彼は扉を開けて室内に入ると、
「……報告します。特別捜査官補佐・高町恭也、逃亡者を確保。任務完了しました」
と、敬礼しながら彼女に告げた。
「お疲れ様でした、高町特捜官補佐……無事に任務完遂出来て、何よりでした」
その敬礼に、彼女は笑みを浮かべて答える。
しかし、彼は納得していない様子で彼女に言葉を返す。
「いえ、確かに任務は結果として完了しましたが……逃走者が出てしまった時点で減点です。まだまだ精進が足りないみたいですね」
その言葉に、彼女は苦笑を浮かべた。相変わらず、彼は自分に厳しい。
――例え、その任務が無謀なものであったとしても、彼は自分を甘やかす事は決してしない――
そもそも、この任務は余りにも無謀だった。
彼女は捜査によって取引現場を突き止め、その現場への突入を決断。その許可を貰う為、本局へと連絡を入れたのだが――余りに無茶な返答を本局から返されたのだ。
本局からの通達はこうだ――
――現場への突入を許可する。ただし隠密性を高める為、突入する人員は高町恭也特別捜査官補佐のみとする――
――それは、普通から考えれば有り得ない返答だった。
こう言った突入戦の場合、複数のチームを作り、突入するチームやそれをバックアップするチーム、そしてそれを指揮するチームと分担して作業するのが普通なのだ。
それが、一人――しかも、名前まで指名してそれを行わせようとする――と言うのは、本局上層部の思惑を露骨に感じさせていた。いや、隠す気すらない、と言うのが正確な表現だろう。
上層部の思惑。
すなわちそれは――高町恭也の危険視。
たった一人で戦略(メガデス)級の魔法すら扱える彼の危険性を訴え、彼の永久封印、もしくはその存在の消去を主張する人間は、決して少なくは無かった。
そして今現在に於いても、彼を忌避・消去しようと主張する声は消えてはいない。
今回の指令も、そんな負の感情が形として現れたものだった。
当然、彼の上司たる彼女は強固に反対した。
一提督として、そして彼の上官として、部下の安全性を度外視した作戦は受け入れる事は出来ない、と。
だが……そんな押し問答の中、彼は彼女の肩に手を置いて、
『――こうやってこの連中を相手に無駄な時間を消費している訳には行きません。自分なら問題ありません、命令を』
と、彼は画面の向こうの者達を目で見据えながら、静かな声で彼女に告げた。
別段、声を荒げた訳でも無いのにモニターの向こうの相手は沈黙し……彼を憎悪の目で睨み付けた。まるで、その存在こそが悪である、と言わんばかりに。
だが、彼はそんな視線など全く気にした様子も見せずに、
「白姫、黒姫。状況は今聞いた通りだが……問題は無いな?」
ただ淡々と、己が双剣たるデバイスに語りかける。
『はい、マスター。全く問題ありません』
『主と我等の前に立ちはだかる者、全て駆逐します――その為の我等ですから』
そして白と黒の姫君は、主の問いに十全と答えた。
その答えに彼は一つ頷き、
「レティ提督、準備は完了しています――命令を」
と、改めて上官たる彼女に語りかけた。
結局、彼女は彼に対し突入を指示。
共にチームを組む筈だった八神はやてを始めとするベルカの騎士達をバックアップとして待機させる事にした。
これ位の事しか出来ない自分が不甲斐無く、同時にただ彼の消去を望む事しか考えない上層部の連中に苛立ちを感じていた。
自分にとって、そしてこの艦のクルーにとって、彼は掛け替えの無い仲間である。その仲間に対する負の感情を、彼女は許せなかった。それは自分への、そしてこの艦のクルー達への侮辱行為以外の何物でも無いのだから。
だから彼の無事が判明した時、彼女は笑みを浮かべたのだ。そんな馬鹿馬鹿しい負の感情に負けないでいてくれた、彼に対して。
「相変わらず厳しいのね。別に今回に関しては、自分を褒めてもいいんじゃない?」
苦笑を浮かべながらおどけたように言った彼女の問いに、彼は首を振って否定し、
「……いえ。今回の任務は、自分の些細なミスで仲間にも余計な手間を掛けさせてしまいました。それでは――」
そこまで言うと彼は彼女に顔を向け、
「――それでは、貴女が自分に対して掛けてくれた信頼に応えられていない」
彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら、彼はそう告げた。
「――――――っ!」
その言葉を聞いた彼女は顔を真っ赤に染め、何も言わずに俯いてしまった。
(そ、その言葉と表情は卑怯よっ……!)
――内心では、十二分に混乱していたが。
《マスター……またですか、またなんですかっ!!》
《し、白姫……気持ちはわかるが、落ち着け!!》
彼の相棒たる白と黒のデバイスは、またもや炸裂した恭也特製無自覚フェロモン爆弾に大騒ぎしている。
「……?」
だが、彼は全くそんな彼女達の内心など気付いてもいない。
――――管理局特別捜査官補佐・高町恭也。彼の鈍感さは相変わらずであった。
「そう言えば……はやて達は、まだ……?」
この場の微妙な雰囲気など気にした様子もなく、彼は上官たる彼女に問い掛ける。
彼としては、自分のミスのサポートに当たったはやて達の様子がやはり気になるのだろう。
「コホン――ええ、彼女達なら……」
一つ咳払いをして漸く落ち着いた――まだ顔は幾分赤いが――レティ提督が、その問いに答えようとした時、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえる。
その足音は段々とこちらに近付いて来ており、話し声も微かにだが聞こえて来た。
『――、廊下は走ったらアカンって言うてるやろ?』
『ごめんなさい、はやてちゃん。でも今は、早くとーさまに会いたいんです!』
『リア、気持ちはわからない訳でも無いが、規則は規則だ。大人しく歩くんだ』
『あぅ、離してください、リィンー』
『駄目だ。大体、私だって……』
『……ふーん、リィンフォース。私やって……何なん?うち、是非とも聞いておきたいんやけど?』
『あ、あああ主はやて?何か目が据わっていて非常に恐いのですが!?』
『あはは、いややなー、気のせいやって、気のせい……で、どーなん?』
『あ、あうううぅ……』
『隙あり、です!』
『あ……』
『……しもーたなぁ、リアが恭也さんの事に関してだけは暴走するの忘れてたわ……。リーアー!』
「「…………」」
廊下に響くその声に、お互い顔を見合わせて苦笑する。
と、執務室の扉が開き――
「とーさまっ!!」
「っ、と……」
明るく弾けるような声と同時に、勢いよく彼に向かって少女が飛び込んで来る。
彼はその勢いを上手く殺しながら、少女を優しく抱き留めた。
「とーさま、お怪我はしてませんか!?痛いところはないですか!?」
「大丈夫だ、何処も怪我はしていない……ありがとうな、リア」
心配そうにこちらを見つめてくる少女――リア――に向かって優しくそう言うと、彼は少女の頭をそっと撫でた。
「あ……えへへ」
撫でられたリアは照れ臭くも嬉しいようで、満面の笑みを彼に向ける。
「しかしあなた達、そうやってると本当に親子みたいね」
その様子を見ていたレティ提督は、にこやかに笑みを浮かべながら二人に語りかけた。
「はい!だってとーさまは、とーさまですから!!」
そのレティ提督の語り掛けに、リアは答えになっているようでなっていない答えを返し、恭也に甘えるように彼を抱きしめる。
そのリアの行動に苦笑しながらも、彼は腰を少し屈めて目線をリアと同じ位にしてリアに微笑み、もう一度優しく頭を撫でた。
そんな暖かな雰囲気が流れていた、そんな時――
「あー!リア、ええなー」
「あ、主はやて……恭也に迷惑が掛かりますから……」
「そんな事言うて……ホンマはリィンかて、やって貰いたいんちやうの?」
「な、なななななな!?主はやて、そんなことは!!?」
「あははー、リィンが焦っとるー」
……何とも賑やかな嵐が訪れた。
恭也はその二人の騒ぎに苦笑し、リアの頭に手を置きながら立ち上がると、
「はやて、リィン。ここは執務室だ……入る前に言う事があるのではないか?」
その嵐の渦中の二人に静かに語りかけた。
「っとと、そうやった。それじゃ改めまして、っと……」
彼の指摘にはやては表情を改めると、
「レティ提督、報告します。特別捜査官・八神はやて、並びにシグナム、ヴィータ、ザフィーラ、リィンフォースの各員、倉庫内の犯人の確保を完了しました」
と敬礼をしながらレティ提督に報告した。
「ご苦労様はやてちゃん、それにリィンフォース……シグナムさん達は?」
彼女も敬礼をしながら労いの言葉を掛け、姿が見えないシグナム達ベルカの騎士の行き先を問う。
「シグナム達なら、確保した犯人の搬送作業の手伝いを。恭也さんが大半を無力化したんですけど、まだ抵抗しようとした連中もおりましたんで、そのサポートにまわってます」
「そうか、迷惑を掛けるな……恩に着る」
はやてのその答えに、恭也は深々と頭を下げた。自分の判断を誤りだとは思っていないが、それでも彼女達に余計な負担を掛けてしまったのは事実だ。まだまだ自分は努力が足りない、と自分を戒める。
『マスターと同じく御礼を言わせて戴きます、はやてちゃん、リィンフォース。バックに貴女達がいるから、私達は信じて進むことが出来ました』
『同じく、私からも言わせて戴きます。貴女方がいたからこそ、私達は前だけを見て進めました。その信頼に応えてくれた事に、心からの感謝を』
主たる恭也の思いに呼応するように、彼の相棒たるデバイスの白姫・黒姫からも感謝の言葉が投げ掛けられた。
「そ、そんなに畏まってお礼とか言わんといてや。何や恥ずかしゅうて、こそばゆいわ」
その三人からの感謝の言葉に、はやては慌てたように両手と首を振り、顔を赤くして照れながら答える。
その様子を、恭也やレティ提督は微笑ましく見つめていた。
だが――しばらくして、レティ提督は表情を真剣なものにし、皆に話し掛ける。
「取り敢えずは、今回の逮捕で漸く私達が追っている本命の組織の一角を崩せたってところかしらね」
「ええ……ですが、今回の相手はあくまで運び屋。組織の一端は確実に担っているでしょうが、真相まで辿り着けるかどうかの確率は……低いでしょうね、やはり」
レティ提督のその言葉に恭也は賛同する。その顔には厳しい表情が浮かんでいた。
今回の突入では幸いにして倉庫内にいた全ての犯人を確保する事が出来たが、恭也達の追い掛けている相手は、残念ながら彼等で全てでは無い。
彼等の本命は犯人達の大元――ひとつの犯罪組織の壊滅。それが、彼等の本来の任務である。
組織が請け負っていたのは密輸だけでは無い。その一端を捉えたとはいえ、まだまだ彼等との闘いは続くのだ。
「けど、よーやく尻尾は掴めたんです。地道に一つずつ、確実に追い詰めては行けてると思います」
同じく真剣な表情を浮かべるはやてが、励ますように意見を述べる。
「そうだな。俺達は確実に、彼等の戦力を削っている。長期戦になるのは確実だろうが――負ける訳には行かない」
決意を込めた瞳で、恭也はまるで誓いの言葉のように皆に語り掛ける。
――今ここにある平穏を護る為に、この力を振るう――
それが彼が管理局に入り、自らが成すべき事とした理念。
御神の理念たる「護る為の剣」を、彼は忠実に守っていた。
「そうね。私達は負ける訳には行かないわ……力無き人を守るために私達は此処に居る。その証を見せるためにも……皆、力を貸して頂戴ね」
レティ提督は恭也の言葉に頷きながら答える。そして、組織の完全な壊滅のために力を貸して貰うよう、改めて皆に語りかけた。
「「「「了解(です)!」」」」
その彼女の語りかけに、恭也達は敬礼をもって力強く返答した。
――高町恭也特別捜査官の日常は、酷く慌ただしい。
それは、彼が『護る』理念を貫いているため。
理不尽を理不尽として許さず、平穏を乱す者に容赦せず、牙を持たざる者の牙として力を振るう。
この物語は、そんな彼の日常のワンシーンを切り取ったものである――
後書き
はい、というわけでこん〇〇わ、ennaです。
今回は日常編をお送り致しました……が!
雰囲気にシリアスが混じっているのは御勘弁ください。どーやらそこまでが、私のギリギリみたいですw
やっぱり私にはほのぼの成分が足りない……っ!(マテ
しかしまあ、何とか一段落でホッとしております。
次はまた鴉にて、会うことになるでしょう……その時をお楽しみに。
では、最後はクレさんからのコメントで締めたいと思います。
クレさん、ありがとうございました!
ではでは、これにて失礼を。
クレさんのコメント。
どうも、クレです。
今回は日常編ということでしたが、戦いの余韻が残っているので休息編といった感じ
がしました。
私が書くと完全に二極化してしまうのでこういった中間のもいいですね。
何よりレティ提督が最高でした(ぁ)
あーいやそのリアとかリインとかはやてもヨカッタデスヨ?
ともあれ、こんなに書いていただいて感謝してもしたりません。
本当に有り難う御座いました。
第二弾、日常編。
美姫 「流れ的には前回の続きみたいな感じよね」
だな。にしても、リアが可愛いな〜。
美姫 「本当よね〜」
いや、もうこれだけで和みます。
美姫 「投稿ありがとうございました」
ました〜。