『聖りりかる』




第6章 〜或る少女の目醒め〜





「行ってきます!! うわーん!!!」



 あの後、いつもより格段に遅い時間になってしまったなのはだが、家族の誰もが驚愕する速度で顔を真っ赤にして泣きながら走って出ていってしまった。

 あの速さなら間違いなく間に合うだろう、とやや呆然としながらなのはを見送り、高町家は普段の穏やかさを取り戻す。





〜〜〜〜〜





「翠屋?」

「ええ、私達が経営してるの。だから家の中には誰もいなくなるから…出来れば一緒に来て欲しいんだけど…」

 言いにくそうに桃子が望へと相談する。

「俺は別に構いませんよ。レーメは?」

「うむ、吾も随行させてもらおう」

 それならばと、士郎が提案する。

「だったら、午前中はまだ客足も少ない。その間に昨夜話してくれたアレについて、もう少し詳しく教えてくれないか?」

「……そうですね。ですが、これだけは約束して下さい。それらしい物を見かけたら、絶対に手を出さずに俺に教える事。あれはヒトの手に負える物じゃない」

「…分かった。善処しよう」

「善処ではありません。『絶対』です」

 やや語気を強めて望は念を押す。士郎はそれに気圧されながらも了解の意を示した。

「いやわかった。約束しよう」

 その返事を聞き、望は威圧を解く。その間に桃子の準備が終わったらしく、士郎達を呼ぶ声が聞こえていた。

「詳しい話は行ってからにしましょう」

 望はそう言うと、レーメを呼んだ。

 先の望の外見にそぐわない迫力に、内心冷汗をかいていた士郎は思わず一息つく。

 そんな士郎を尻目に、望は小さくレーメに耳打ちした。

「アレの詳しい説明をする。現物があるに越した事は無いから、一応一緒に持って行ってくれ」

「吾は構わんが……下手に共鳴するとどうなるか分からんぞ?」

 レーメは士郎達を見遣る。その目は少し胡乱気だ。

「少なくとも因子は小康状態……システムが確立してるみたいだし、何よりも神獣が顕現する兆候が無い。確実にこの均衡状態が安定期に入ってるのは間違いない筈だ。何が起こるか分からないなら、どっちにしろ必要になる」

「…分かった」

 渋々ながらも頷き、桃子が先導となり皆で翠屋へと向かう。



 今日も今日とて、一日が始まる。




〜〜〜〜〜




『……これで粗方の説明は終わりですね。 何か質問は?』

『…特には無いな』

 昼も過ぎ、店の中の盛況ぶりも随分と落ち着いた翠屋で、望は話の内容を鑑みて士郎と筆談で会話をしていた。

 ここからは核心には触れないので、士郎は普通に声を出す。

「…しかし、俄には信じられんな」

「…得てして未知との邂逅ってのはそんな物ですよ」

 苦笑しながら返された望の言葉に、それもそうかと相槌を打つ。その脳裏には、己が息子が懇意にしている『とある一家』が思い起こされていた。

「……にしても」

 傍らにあったコーヒーカップを手に取り、店内を睥睨する。昼の書き入れ時を通過したとはいえ、これからはアフタヌーンティーの時間帯……現に何組かの奥方がテーブルに陣取り、その会話に花を咲かせている。

「俺達のこの見た目で何も言われないのが少し気に掛かるんですが……」

 本来であれば義務教育の只中であって然るべき外見の自分達。それを誰も気に留めない事がどうも不審に感じられる。疑問を露呈させた望に返されたのは、至極あっさりとした士郎の回答だった。

「ああ、この街は国際交流に力を入れているのさ」

「「?」」

「ジュニアスクールの段階で交換留学をする程でね。他にも海外企業からの申し立てで、親の赴任に付き合う子供の為に通信教育も確立させている」

 そこで言葉を一旦切り、レーメにロールケーキを差し出す。早速嬉々としてフォークを突き立てるレーメを横目に、望は軽く頷いていた。

「レーメの外見が正にそれだったと」

「その分、街の警備には細心の注意を払っている………ココだけの話だが、警察機関だけでなく裏側もそれなりに動員させているのさ」

「だからこその今回の騒動……」

「我々とて面子があるのだが……ね」

 力無くそう呟き、小さく肩を落とす。心中は察しようとも、声を掛けるのは躊躇われた。

「まあ、よく言うであろう。野良犬か天災にでも遭遇したと考えるのが楽ではないか?」

 レモンの薄切りだけ残ったティーカップを静かに置き、それまで沈黙を保っていたレーメが口を開く。身も蓋も無い言い方だと思いもしたが、なまじ的を射ているだけに始末に負えない。眼光の鋭さを上げ、威嚇とも取れる静けさで畳みかける。

「己が知らないだけの世界などいくらでも存在する。たまたま今回はその一端を垣間見ただけの話だ……汝とて分かっておろう。そんな世界を見た時の対処法など、な」



 アンタッチャブル。



 レーメは言外にそう告げていた。

「そう……か…」

 やや肩を落としながら士郎は呻く。裏の世界でその名を轟かせた『不破 士郎』が、自分の無力を久々に突き付けられたのだ。その悔しさは計り知れない。

「ならば……やはり君に託す他に手は無いのか」

「………ええ、元よりそのつも…ッ!!」



…キィン…!……



 昨夜のあの感覚が再び訪れる。跳ね上がる様に立ち上がった望は己の相棒を見る。

「レーメ、行くぞ!」

「うむ!」

 弾かれた様に飛び出した二人を眺める事しかできない士郎は、静かにその拳を握り締めた。




〜〜〜〜〜




グルルルルル………

 少女が昨夜の悪夢を思い起こす。

「あ、あぅ…」

「なのは!気をしっかり保って!!」

 ユーノが檄を飛ばしてもなのはは呆然と突っ立ったまま、小刻みに震える事しか出来なかった。



ゴォァァァアアァアア!!!



「ひっ!!」

 黒い獣の咆哮に、なのはの身がすくむ。

 昨日のソレよりも更に具体的な形を以ってなのはに迫る異形は、無理矢理例えるのであれば犬に似ていた。

 その獰猛なる牙は目の前の存在を噛み砕かんと、なのはへ迫る。


「…………けて………」


「なのはッ!!」

「…たす…けて……っ!」

 そして、恐怖に身を侵され切った彼女の胸に去来するのは昨日の光景。

 さらに恐怖へ割り込んで来るのは、死に瀕しているにも関わらず、己の芯を甘く痺れさせる切ないナニカ。



 でも、


 それでも、


 怖い物は、怖い。



 つい昨夜に寄り掛かった、その背中を求めてしまう。だがそれは仕方ない。



 どれだけ背伸びをしようが、



 どれだけ気丈に振る舞おうが、






 まだ私は十年すら生きていない一人の小娘なのだから。






 だから、今はまだごめんなさい。



ゴギィン!!



 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん……………




「…昨日に続いて二度目だね。 大丈夫かい?」






 なのははもうちょっとだけ、ワガママです。







〜〜〜〜〜





「レーメ、なのはちゃんに“オーラシールド”を張りながら下がっててくれ」

 望の指示にレーメは首を傾げる。

「む? そんな回りくどい事をせずとも…」

「俺達はまだコイツの原因を全くと言って良い程に知らないんだ。折角だから少し探りを入れてみたい」

「そういう事なら了解だ。周辺は結界が働いておるから心配するな」

 得心の行ったレーメはなのはとユーノを連れて、望の邪魔にならない場所まで下がる。

 それを見届けた望は正面に向き直ると、その手に掲げた黎明を軽く振って黒い獣を弾き飛ばした。

「さて……ある程度解析するまではマラソンマッチか……まずは手加減の基準からだな」

グゥルルル……

 先の振り払いを受けた獣が警戒の姿勢を見せる。

「ノゾム、そやつ…ある程度知性があるらしいぞ」

「ああ、多分外見の影響が出てるんだろう。昨夜と形が違う」

 レーメと言葉を交わしながらも、その身に一切の隙は無い。

 そんな中、ユーノが望へと忠告する。

「望さん、気をつけて下さい! そのジュエルシードはこの星の原生生物を取り込んでいます!」

「ゆ、ユーノくん!? 喋っちゃっていいの!?」

「なのはが気絶してる間にね、だから大丈夫だよ」

「うむ、だからニャノヒャはなんの心配もせずとも良い」

「にゃのひゃじゃなくてな・の・は!! ちゃんと呼んでなの!」

 半笑いになっているレーメに顔を赤くしながらなのはが詰め寄る。

「うむうむ、程よく緊張は解れたな。改めて、大丈夫か?ナノハ」

「え?……あ…」

 レーメに言われて、気付く。

 先程の恐怖は、既にない。

「…うん、大丈夫なの…ありがとう、レーメちゃん」

 小さく、零すようにか細い声。 やはり面と向かわれると恥ずかしい物があるのだろう。

「うむ、吾はこれからノゾムのサポートをせねばならん。吾の後ろに居ればあやつの脅威は届かぬから、そこを動くでないぞ」

 その言葉を聞いて、なのはは安心すると同時に、何か言い知れぬ蟠りを感じた。だが、今はそんな時ではないと違和感もそこそこに、戦っている望を見る。

 そこでは、己にとって異次元の戦いが繰り広げられていた。
 




〜〜〜〜〜




ズダァン!!



 獣が石畳に叩き付けられ、のたうち回る。

 その様子を見ながら望は冷静に戦いから得た情報を整理する。

(…形態から考えた限り、取り込んだ動物は……おそらくは犬。実体を持ったが故に瞬発性とパワーを得たが、生物特有の痛みもキッチリ反映されるらしいな)


ドゴォッ!!


 体内の情報が不鮮明な以上、明確な軸となる骨に対して拳を繰り出し痛打を飛ばす。今、望の手に黎明は握られてはいない。この程度なら黎明は必要ナシだろうと既に鞘へと収めていた。今は相手のデータ採りの為に、軽く仕掛けながら相手が来た時に柔術でのカウンターを繰り返している。

 流石に獣だけあってフットワークは軽いが、無形生物と違い、明確な関節がある為にその動きは至極読み易い。


バチィン!


 不用意に出された爪を横凪ぎで叩き割り、大きく距離を開ける。睨みあいの均衡が続く中、ついにレーメから声が掛けられた。

「ノゾム! 判明したぞ、そやつが内包しておるのは『星の導』だ!!」

「了解! こっちもだいたい知りたい事は判った。そろそろ止めだ!」

 得たい情報は大まかではあるが入手した。

 後は無力化だけだ。

 望がそう思いながら黎明を引き抜こうとした瞬間、



「リリカル・マジカル!!」



 ―――謎の掛け声が、響いた。



明けて翌日、士郎への説明だな。
美姫 「それが終わった所で早速ジュエルシードの発動ね」
望たちは解析を行う為に闘っていたみたいだけれど。
美姫 「これまた終わった所で声が響いてきたわね」
特に問題はないと思うけれど。
美姫 「これからどうなるのか楽しみね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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