『聖りりかる』
ある晴れた昼下がり。
「い〜ちーばーへつづーくみち〜♪」
「何をいきなり歌いだしておるのだノゾム?」
「いや、何となくだったんだけど…」
「馬鹿をやっておらんでしっかりとナノハを見ておれ。今日が実質の初陣だぞ?」
気の抜けた相棒からの返事に半眼になりながらレーメは望を睨む。しかし、続くレーメの言葉を受けると一転して表情は厳しい物となった。
「…そうだな。なのはちゃん、調子とかは大丈夫?」
「バッチリだよ!」
なのはは気負った風も無く、不敵に笑いながらレイジングハートを構えた。
ただし、その眼だけは完全に死んだ魚のそれだったが………。そんな虚ろながらも威勢がいいという矛盾した様相のなのはに、レーメは憐憫の眼差しを向け、望は頻りにしたり顔で頷いている。
そんな三人の目の前には、覚醒した直後に望の“オーラシールド”によって雁字搦めにされたばかりのジュエルシード……パーマネントウィルが魔力を放ちながら漂っていた。
第11章 〜真・初陣〜
事の始まりはいつでも唐突である。
「そろそろ実戦をしても良いとおもうの」
そう言った瞬間に望とレーメから同時に頭をハタかれた。
「ったぁー!」
望は呆れながら手元の本に視線を戻す。そんな望を余所に、涙目で転がり回るなのはをレーメが叱り付ける。
「講義と訓練を始めてまだ三日目だぞ! そんな簡単に実戦に出られる訳が無かろう!」
「ほら! やっぱり無理なんだってば!! なのはには早いって言ったろ!?」
先日レーメからのタレコミで実態が露見したユーノは最早誰も気にする事なく声を張り上げる。
場所は高町家のリビング。休日の午後という事で、翠屋で働いている士郎と桃子以外は自宅でゆっくりと羽根休めをしていた。
…そこになのはの「実戦」発言が出たのだ。
当然、訓練を始めて幾許も経たない内からそんな許可を出せる筈も無く、望たちはこの意見を突っぱねる。
しかし、望とレーメの二人に対し、意外な人物からなのはへの許可要請が出たのである。
「…望……その…俺からも…許可を頼みたいんだが……」
「キョウヤもだと!? 汝まで何を考えておるのだ!」
「いや………その……な…?」
詰め寄るレーメに後ずさりながらも、弱々しく言葉を返そうとする恭也。
望もコレは流石に看過出来ずに、本格的に事情を聞く為、読んでいた本を閉じて腰を浮かせた。
Prrrrrrr……Prrrrrrr……
そこへ示し合わせたかのように電話が着信を告げる。 距離的にも電話まで一番近い事もあって、望はその電話に出る事にした。
「はい、高町です……あ、桃子さん? ………え? はい……あぁ…分かりました…色々と……いえ、こっちの話です。じゃあ、失礼しますね」
深い溜息をひとつ、何処となく重い足取りでレーメ達の元に行く。
「モモコからだったらしいな………どうしたのだ?」
「…士郎さんが帰って来るそうだ」
「シロウが? まだ翠屋は営業時間ではないのか?」
最もな事を聞くが、望は頭を抱えてレーメの疑問を払拭した。
「『使い物にならないから強制送還』だってさ。コーヒー豆を挽かないままで袋に直接熱湯注いだらしい」
「何がしたいのだあ奴は!?」
「…なのはちゃん?」
それまでの会話を唐突に切り、なのはへ声をかける望。
「ぎくり」
“いかにも何かやりました”と如実に分かる反応を示す容疑者、高町なのは。そもそも口に出すってどうなん?
「汝はもう少し“お約束”を学ぶがよい」
…精進します。
「……なのはちゃん?…今なら、まだ、間に合う、かもよ?」
一節一節を区切り、一言ごとに一歩ずつなのはに近付く望。
既に背中を壁にぺったりと張り付けたなのはは、涙目で震える事しか出来ない。
元々反対派のレーメが冷たい目をするのは当然の事、ユーノも眉根を寄せるばかり。やはり心配が勝る恭也は正座したまま何も言わず、最後の砦な筈の美由希は、リビングの端で数珠を持ちながらなのはに手を合わせていた。
「…どこから持ち出したのだ?」
「細かい事は気にしない!」
「……まあ、とにかく。ユーノ! 何か事情を知ってるか?」
埒が明かないと、望はユーノに話題を振る。ユーノも反対派らしく、割とすんなり答えが出てきた。
「実は昨夜に…」
「ユーノくん! 私の事を売るの!?」
「昨夜に恭也さんと士郎さんに同じ話題を出しまして」
「わーっ! わーっ!」
「要約すると『一緒に賛同してくれないと家族としての触れ合いを封印する』と…」
「………なるほど………ね……」
「この前に望さんと一緒に寝る事を却下された腹いせも兼ねてるみたいです」
「…………」
比喩を抜きにしてリビングの温度が五度ほど下がる。その濃密な気に当てられて恭也は我知らずベルトに仕込んだ鋼糸へと手を伸ばし、美由希が数珠に偽装した指弾を何発か取り外す。目に見える場所では、ユーノが尻尾を倍以上に膨らませ、レーメの鈴から僅かな燐光が漏れ出している。ちなみに話題の主役であるなのははその一触即発な状況に全く気付いていない。
「の…ノゾム…?」
流石のレーメも冷汗を流し、恐る恐ると望に声をかける。その声にも望はなんら変化を見せず、能面の如きのっぺりとした笑顔をその顔に張り付けている。
「じゃあ次の奴が出たらそうしようか?」
「「「「!?」」」」
なのはは勿論、その場の全員が現実を疑う。その発信源である望は表情を崩さずに続けた。
「バックアップは俺とレーメでやる。対象は次に覚醒したジュエルシード。相手が悪いと判断したら即中断、俺とレーメで対処……それでいいな?」
「うんっ!!!」
満面の笑顔でなのはが頷く。嬉しさの余り、その場で踊りすら披露していた。
「ノゾム……良いのか?」
おずおずと尋ねるレーメに望はコクリと頷き、その口を開いた。
「ああ……だが代わりに」
「?」
「少し地獄を見てもらうさ」
「……………………!!」
あっさりと出てきたその言葉にレーメは顔を青ざめさせ、ガチガチと歯の根を鳴らす。
「実戦の前には“馴らし”が必要だろ?」
「あ、あぅぁ……」
ぎぢり、と音を立てて唇を笑みの形に歪めた望から、レーメは目を逸らせない。否、身体が頭の命令に背き動く事を拒否しているとでも言うのか。
「軽ーい“特訓”だよ。問題無いさ」
「…にゃー…………」
そんなやり取りなど聞こえていないのか、なのはのオンステージは小一時間続いた。
〜〜〜〜〜
「あ゛ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!」
〜〜〜〜〜
「さて、なのはちゃん。これから俺は手出しをしない……今から君の味方はユーノだけだからね?」
「了解なの!!」
「後は前に伝えた通りだから、頑張って」
「頑張るの!!」
軍隊式の敬礼を見事に披露したなのはは踵を返し、ジュエルシードへと向かって行った。
「…多少、幼児退行しておらんか…?」
「命の天秤には架けられないさ」
「…まあ、そうだが……」
口ごもりながらも引き下がる。 そしてすぐに、表情を厳しい物へと移した。
戦いが、始まる。
高町なのはという少女の、本当の意味での『初めての戦い』が。
〜〜〜〜〜
グルルルルルルゥ…………
ジュエルシードは初めて見たタイプのうごめく影の形を取っており、否が応にもなのはのトラウマを刺激する。
「…でもっ!」
なのははレイジングハートを握り直す。その手にはじっとりとした汗が染み出していた。
「負けられない!」
そうだ、負けられないのだ。
新しく出来た姉が見てくれている。
新しく出来た友達が見てくれている!
誰より愛しい男の子が見てくれている!!
何より―――
「あの地獄に比べたら!!!!」
気分一新、なのははジュエルシードへと果敢に突っ込んで行った。
〜〜〜〜〜
「ふっ!」
軽いバックステップを踏み、影から伸びる二本の槍を回避。
影は攻撃を回避されたと見るや、本体から更に五本の槍を展開。軽いブラフを交えつつ、本命を撃ち込まんと肉薄する。
しかしなのははそれに全く動じる事無く、上体を軽く捻り、膝を曲げるだけで全弾を回避した。
グゴァァ!
「!!」
回避したかに見えた瞬間、槍の一本が枝分かれし、なのはに襲い掛かる。目を見開くのも一瞬、咄嗟にレイジングハートの柄尻をあてがい、一気に振り抜く!
ギャリン!!!
金属のこすれ合う不快な音を残し、両者の意識がお互いを捉える。己が奇襲に失敗した事を悟ると、影は一気に距離を置いた。
〜〜〜〜〜
「…なかなかに」
「悪くは無い……が」
意外そうに呟く望とレーメ。 少しなのはの評価を上方修正しなければ、と二人は肝に銘じる。
「レーメ…お前はなのはちゃんの実力、どう見る?」
「そうだな……」
顎に手を遣り、それでも視線はなのはから外さない。
「空間認識が異常なまでに手慣れておる。最少の動きだけで回避、直撃だけを見極める観察力………今はまだ生存本能に支配された動きが見受けられるが……物に出来れば化けるであろうな」
レーメが中々の評価を下す。 望は黙って言葉の先を待つ。
「やはり運動オンチが致命的か……吾の座学には終わりがあるからな。 余裕が出てくれば模擬戦の量も増やせるぞ」
そこまで言って、レーメはふと気付いた様に目を見開き、望に問い掛けた。
「そういう望はどうなのだ?」
「概ね同意見だな。だがレーメ、ひとつ読み間違えてるぞ」
「ぬ?」
レーメの疑問に、望は軽く顎をしゃくる。視線の先では、なのはが崩れた姿勢をウインドミルの要領で立て直し、地面からの急襲を魔力コーティングされた靴で蹴り弾いていた。
「……どういう事だ? 体捌きがまるで別人ではないか」
「正確に表現するなら、あの娘は身体の動かし方を知らなかったというのが正解だ。士郎さんの鍛え方とは対極の伸び代だったんだよ」
「ますます汝に似ておるな。ここまでだと流石に笑えぬわ」
「はは……まあとにかく、なのはちゃんには大幅なプランの変更が必要だね」
「?」
「恭也さんと士郎さんの特訓を変える。具体的には相手との距離の置き方と防御面を特化」
「なるほど……“待の先”を叩き込む訳だな?」
スラスラとなのはの育成内容を決める。当の本人は相棒と共に、バインドで相手を雁字絡めにしていた。
「今の体力作りは続行か?」
「それは勿論だ。その後にしている模擬戦の毛色を変える」
「了解だ。帰ったらシロウ達に報告だな」
「ああ………っと、そろそろ決着みたいだぞ」
言い終わらない内に、なのはが掲げた杖から光が溢れ、影に絡み付く。先日のそれとは、更に一線を画した力強さを持った光だった。
「うむ。及第点はあるだろう」
「ああ、悪くない」
満足げに微笑む二人の前で、なのはは誇らしげにVサインを掲げている。
ここに高町なのはの初陣は終結したのである。
〜〜〜〜〜
「望くん!!見ててくれた!?」
ブンブンと尻尾を振りながら(幻覚ではない)、なのはが望に駆け寄る。
「ああ、見てたよ。よく頑張ったね!」
そんななのはの頭をぐりぐりと撫でる望。自分だけに向けられた優しい笑顔と頭ナデナデになのはは最早とろける寸前である。
「………………」
ジト目になっているレーメは今は放置が吉だろう。
「これっ!」
なのはが何かを差し出す。見るとそれは表面にXVIIの字が浮かび上がったジュエルシードだった。
「?」
望は訳も分からずに首を傾げる。
「あげるの!!」
「「「!?」」」
いきなり何を、と他三人(二人と一匹?)が慌てる。特にユーノの狼狽ぶりが凄まじかった。
「な、なのは!? それは元々…!」
「でも望くんの方が強くて頼れるよね?」
イタチ、轟沈。
そんなユーノを尻目に、望はやんわりとなのはの説得にかかる。
「だから望くんにあげるの!」
「なのはちゃん? 気持ちは嬉しいけど、それは君が頑張った証だから……」
すると、なのはは悪戯っ子のような笑い方をして望に顔を近付けた。
「でもタダじゃないよ」
「え?」
「明日一日、ずーっと甘えさせてくれるならコレあげる!」
……結局、なのはの説得は失敗し、高町家に新たな修羅伝説が誕生する事は回避できなかった。ただ、いつもと違ったのは修羅が一人増えていた事だろう。
〜〜〜〜〜
「…………で、どうだった?」
「うむ、間違いなく吾らは持っていない……新しいパーマネントウィルだ」
「…名前と効果は?」
「銘は『バルハの竜骨』、アタックスキルのようだが……詳しくは分からん」
「吸収してのお楽しみ……か」
「そうなるな。まあ、マイナスにはならぬ。そこは安心しておけ」
「そうだな……おやすみ、レーメ」
「うむ。おやすみなのだ、ノゾム」
なのはの初陣。
美姫 「こちらは望の特訓によってどうにか無事に乗り切れたみたいね」
一体、どんな特訓をしたのやら。
美姫 「その仕返しって訳じゃないけれど、なのはの反撃も見事ね」
まあ、望もそれによってスキルを得るみたいだから悪くはないか。
美姫 「それに反撃といっても、ただ甘えられるだけだしね」
望本人はそう損もないと。
美姫 「まあ、周囲の視線なんかはあれだけれどね」
何はともあれ、無事に回収できて良かった良かった。
美姫 「そうね。次はどんな話になるのか楽しみだわ」
次回も待ってます。