『聖りりかる』




第18章 〜接触、覚悟とココロ〜











 …………

 ………

 ……

 …

「なのはちゃん?」

「ん?」

「それは…ちょっと無理、かな」

 首筋に滲む冷汗を悟られない様に、ポーカーフェイスを心掛けながら慎重に言葉を選ぶ。だがそんな努力も虚しく、しかし当然になのはは爆発した。

「なんで! なんでさ!?」

 ずいっと強気に顔を寄せるなのはに首を竦めながらも、望は一線を譲らない。

「それは仕方ないよ。俺だけならまだしも、今日は皆…高町家だけじゃない。なのはちゃんの友達や、ナルカナだって来てるんだ。流石に異性の裸なんて見られたくないだろうし、見たくもないだろうからね」

 なまじ話の筋が通っているだけに、なのはには返す言葉が見つからない。不満げに唸りながら抗議の視線を向ける事が少女の出来る責めてもの抵抗だった。


「あら、私は気にしないわよ?」


「「!?」」

 この場にいない筈の声が後ろから聞こえる。なのはが勢いよく振り向くと、いつの間にか温泉に行った筈のナルカナがにんまりとしながら望を見ていた。

「……そりゃお前は気にしないだろうよ」

 そこにいた事に最初から気付いていた望は特に気にした風もなく、ナルカナにポツリと漏らす。

「でも、私は気になるなぁー?」

 不敵な笑いを浮かべ、手をワキワキと動かしながらナルカナが望へと近付く。

 しかし、その歩みはなのはによって遮られた。

「ナルカナさん……だっけ? …残念ながら今回は私に優先権があるの」

 ナルカナに負けていない不敵さで、なのはがナルカナを見遣る。ナルカナは一瞬だけ眉をしかめると、なのはへと問い質した。

「あら、随分な自信ね……何かしらの根拠でもあるのかしら?」

 瞬間、『その問いを待っていた』と言わんばかりになのはがポケットからレイジングハートを取り出し、映像を再生させる。内容は先日の望がなのはの我が儘を聞くと言った旨の会話。『……ちゃんと聞くからね』と、映像の望が締め括って映像は途切れていた。




 ……いつの間に録ったんだ…………




「とまあ、この権利を今使おうと「他人様に迷惑だから却下!!」

 なのはが言い切る前に望がカウンター気味に返す。

「むぅぅぅぅ?…」

 なのはが拗ねているが、望としてもこればかりは認可できない。望のガードの硬さを理解しているナルカナは、お手上げのポーズを取りながら今度こそ温泉へと足を運ぶ為に部屋を後にした。

「他人様に迷惑掛からないならちゃんと聞くから、なのはちゃんもその辺考えよう」

「……わかったの」

 渋々と頷き、なのはも部屋から退出。後に残された望は大きく溜息をつき、ぼんやりと虚空を眺めながら、誰にともなく呟いた。



「……何処で何を間違えたんだ…?」








〜〜〜〜〜






 高町、月村両家の面子、そこにアリサを加えた女子オンリーの構成で温泉へと向かう。その中でなのはから黒き波動が漏れ出しているが、まだ安全域なので未体験のファリン以外は誰も気にしていない。

 引き戸をカラカラと開け、脱衣所へと入る。最後にレーメが引き戸を閉めて、小走りに脱衣篭へと近寄った。

「ふぃー、やっとこ入れるのだ」

「あ、レーメちゃんも楽しみにしてたんだ。見た目が欧風だからシャワー文化だと思ってたよ」

 美由希が不意に呟く。その言葉への返答が横合いから入った。

「温泉は素晴らしいですよ。二人して楽しみにしてました」

「あらあら、イルカナちゃんにも言って貰えるなんて何だか嬉しくなるわね」

 さりげない一言に桃子が顔を綻ばせる。そのままイルカナは桃子、美由希との雑談になり、レーメはアリサから質問をされていた。

「で、このイルカナをそのまま成長させた様な人は誰なのかしら?」

「あ、それ私も気になってた。なのはちゃん、その方はどちら様?」

 すずかも好奇心を隠し切れない様に、その話題に便乗する。

「ナルカナさんって言うんだって」

 なのはとしてもそれ以上の事が分からないので、他に言いようが無い。少し困った様に眉根を寄せるなのはに、これまたイルカナのフォローが入った。

「私の姉に当たる人ですよ。ほら、姉さんもご挨拶して下さい」

「ん? …あぁ、自己紹介ね。私はナルカナ、人々は私を敬意と尊敬と畏敬の念で以って『ナルカナ様』と呼ぶわ」

「根無しの旅してるってのに何処の人々が呼ぶのよ」

「敬意も尊敬も畏敬も本質的な意味は同じよね?」

 美由希と忍が衣服を畳みながら冷静にナルカナの言葉を分析する。

「外野うるさい! ま、敬意云々はともかくとして、目上を敬う気持ちっては今の内に育てときなさい。あんた達は私を呼ぶ時に『さん付け』を忘れない事! わかった?」

「「「はーい」」」

そんな様子を見ながら、レーメが軽く頭を振った。

「ノゾム達と出会った当初からは想像もつかん変わりっぷりだな……」

 その声は誰の耳にも届く事は無く、かといってレーメ本人も気にした風もなく身に纏った衣服、その最後の一枚へと手を伸ばした。






〜〜〜〜〜






 女性陣が風呂へと向かい、手持ち無沙汰になった望は何をする訳でもなく旅館に設えられた茶を飲んでいた。




 と、




「………望さーん、僕にも一杯頂けないですかね…」



 息も絶え絶えにユーノが押し入れからにゅるりと這い出してくる。

「あれ? 風呂に行かなかったのか?」

 以外そうに言いながら、取り敢えずユーノの為に緑茶パックを出して湯を注ぐ。

「…今のままだと女湯に連行される事が目に見えてるんで」

 自分の緑茶を啜りながら、望は先行していた車内を思い起こした。

「……お前、完全にファービー扱いだったもんなぁ」

「…どーも最近、僕が生き物であるという事が忘れられてる気が………」

 しみじみと呟きながら、後ろ脚だけで器用に立ち、前足でこれまた器用に湯呑みを抱え、緑茶を事もなげに啜って一息つく。

 その佇まいは、正しく人が正座で茶を嗜むそれに酷似していた。




 その様子を目の当たりにした望の疑念からの反応は、至極当然と言えるだろう。




「…なぁ、ユーノ」

「はい?」

「お前、もしかして人間か?」






〜〜〜〜〜






注:女湯という場所の都合上、音声と『効果音』(←ココ重要)のみでお楽しみ下さい。



「わぁ…ナルカナさんの、凄く大きいですね……」ぺたーん


「妹だからってこれだけの戦力差は悪意を感じますね。姉さん、半分要求します」ほんのり


「イルカナ! あんたには聞きたい事があったけど納得したから不問にするわ! そのかわり罰として永劫そのサイズだからね!!」ぼるんっ!


「前半自己解決!? イルカナちゃん、何したの!?」つるーん


「ふふっ、なのはさんはまだ知らなくて良い事ですよ」ほんのり


「後半の言葉の不自然さはノータッチなんだ……」ぺたーん


「くっ! このサイズ差は埋められないのかしら!?」ぺたこーん


「下の毛すら生えてないガキがナマ言うんじゃないわよ!!」ばよんっ


「私は……はぁ…」ぷりんっ


「美由希ちゃん、最後の伸びに期待よ!!」ぷるっ


「忍さん…!」ひしっ!むにゅうぅぅ


「…美由希はサイズよりバランス重視よ? そういう育て方だったんだから」ぽよっ


「……モモコは本当に出産経験があるのか? そのツヤと張り具合は有り得ぬだろう」つんつん


「…最近ちょっと気をつけないとダメになりだしたのよねぇ……」ほよほよ


「母さん、それじゅーぶん世間様に喧嘩売ってるよ」ぷりんっ


「桃子さん…羨ましいなぁ……」ぷるっ


「ふふっ、美由希も忍ちゃんも大丈夫よ。何てったって、私の娘なんだから!………あら? …なのはは何処に行ったのかしら?」きょろきょろ


「ふんっ! ふんっ!」がしっ! ぴょこっ


「…って、なのは!?」ぷりんっ


「男湯覗く女子小学生ってビジュアル的にもどうなのよ?」ぺたこーん


「諦めないの!」がしっ! がしっ!


「全裸でウォールクライミングとかいう果敢な挑戦ご苦労様なんだけど」ふるふる


「なあに、お姉ちゃん!?」がっ!


「奥の露天風呂は混浴で繋がってるよ?」ちゃぷ、つんっ


「がっでむ!!」つるっ! ぼちゃーん!!


「……何がなのはをこれほどまでに狂わせたのだ…?」ほわっ


「不屈の心はこの胸に! なの!!」ぷかっ、だっ!!


「完全無欠に下心よね。ちなみに望って風呂は夜にならないと入らないタイプよ?」ばしゃっ、ぼるんっ





「ジィィィザァス!!!」







〜〜〜〜〜








「………言ってませんでした?」

「初耳だよ」








〜〜〜〜〜






 温泉も堪能し、頬をほんのりと染め上げた三人娘+ナルカナが廊下をのたくたと歩いていた。他のメンバーは脱衣所のマッサージチェアで「う゛い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と唸っている。

「……だから風呂上がりはコーヒー牛乳なの! ほてった身体をクールダウンさせて、コーヒーの苦味で頭もスッキリさせるんだよ!!」

「はん! 風呂で頭がぼんやりするなんてお子ちゃまの証明じゃない!! イイ女だったらフルーツ牛乳で瑞々しさをアピールよ!!」

「なんでそこでイチゴ牛乳が出ないの? バカなの? ○ぬの? あの優しい口当たりが一番なんじゃない!」

「ストレートを提言しないアンタ達に脱帽よ。やっぱりまだまだ早いのかしら?」

 ……かなり白熱した議論を展開させている。特にすずかは普段の気弱さが信じられない程の過激な発言をしていた。

 白熱しながらも栓無い議論を繰り広げる。ヒートアップしているせいで、なのは達は廊下の向こう側から来る人影に気付いていなかった。

「おっと」

「あ、ごめんなさい」

 先頭を歩いていたなのはが女性にぶつかる。初見の印象ならば歳の頃はナルカナよりも少し下といった所だろうか、八重歯が特徴的な赤い髪の女性だった。



「……………」

「…っ?」



 その女性は何も言わずになのはを見続けている。アリサとすずかは訳が分からなかったが、ナルカナとなのははその視線に殺気が篭っている事に気付いていた。

「……随分と無粋な殺気(モノ)、向けてくれるじゃない?」

 殺気を向けられているなのはを庇う様に間に割って入るナルカナ。無言の牽制はまだ続く。






〜〜〜〜〜








「へぇ…そんな姿だったんだ」

「…知りませんでした?」

「知らねぇよ」

「あっちの身体の方が燃費良いんですよ」

「その為にお前はペットフードを躊躇い無く口にするのか…」

「意外と美味しいよ?」

「だからって人間の状態でバリボリ喰うな。何処から出したんだよソレ」

「デバイスの応用」

「あぁそう」








〜〜〜〜〜






「そっちのお嬢ちゃん達は先に行きな。私はそのコに用があるからね」

 徐に女性がそんな事を言う。元が強気なアリサとしては当然、命令同然のそれを認可出来る道理はない。

「んなっ! なのは、アンタの反応見る限り知り合いじゃないんでしょ!? だったら…」

「いいの! アリサちゃん。すずかちゃんと一緒に先に行ってて」

 噛み付こうとするアリサをなのはが遮り、この場から退く事を促す。それを受けたアリサは渋々ながらも矛を納め、

「早く来なさいよ!!」

 と檄を飛ばしながらすずかの腕を引き、この場から去って行った。すずかはまだ心配なのか、頻りにこちらを振り返っていた。

「ふん……で、アンタは一体『何』なのかしら?」

「?」

 ナルカナの発言になのはは首を傾げる。一方、質問の意図を理解した相手の女性は片眉をぴくりと動かした。

「へぇ……よく分かったね。アタシは使い魔のアルフ、魔法生命体さ」

 その言葉を受け、ナルカナも眼を細める。

「ほっほーぅ、『使い魔』って事はアンタを使う主がいるって事よね?」

「ご名答。それについてはそっちのおチビちゃんが良ぉーく知ってる…わ!」

 最後の一言に思い切り殺気を込め、なのはを睨みつける。ひぅっと軽く悲鳴を上げ、ナルカナの後ろに隠れたなのはは、軽く震えていた。

「はいはい。アンタ……アルフだっけ? さっきから見てりゃ、随分とこの子にご執心みたいじゃない?」

 その言葉が引き金になったらしい。余裕の笑みを引っ込め、アルフが激昂した。

「当たり前じゃないか!! アタシのご主人はソイツにアバラをヤられてんだよ!?」

 その言葉になのはが震えを止める。先の怯えが嘘の様に、逆にアルフに詰め寄る。

「あの娘の事、知ってるの!? 教えて! なんであの娘もジュエルシードを狙ってるの!?」

「アンタには分からないだろうさ!! そもそもアバラを折った事への謝罪は無しかい!?」

「戦った相手には謝らない!! 戦った以上はぶつかり合う何かがあるから、だから謝る事は相手に失礼だって教えて貰ったの!」

 そう啖呵を切り、さらに言葉を続ける。

「でも! 私はそれだけじゃ寂しいと思うの! だから分かり合いたいと思う。分かり合えたら、その時に謝りたいと思う!!」

 きっと望の教えであろうその言葉を、さらに昇華させたなのはの言葉。その無邪気さに、その希望に満ちているであろう瞳に、ナルカナは眩しい物を見るかの様な視線をなのはに向ける。

「生意気だねぇ…!!」

 ギリギリと歯を軋り、先程以上の殺気でなのはを睨みつける。しかし決意を持ったなのははもはや動じず、それがまたアルフの神経を逆撫でする。

「取り敢えず舌戦はこの子の勝ちみたいね。両方ともその辺りにしときなさい」

 そう言ってナルカナはなのはの頭に手を置き、空いた手で背後を指さす。視線を移すとそこには桃子達が何やら話し合いながらこちらに向かっている様子が確認できた。



「っち!」



 大きく舌打ちをすると、そのまま温泉に向かう。離れる間際に念話で、

『痛い目見ない内に手を引きな!!』

 と捨て台詞を残して。

「「……」」

 二人は無言でアルフを見送る。いずれぶつかる存在を。

 入れ代わりに桃子達が近付いて来るが、こちらに気付いた様子は無い。何かを語り合っている様だ。




「………だからコーヒー牛乳だってば!! なんで母さんも忍さんも分かんないかなー」

「美由希ちゃん、私は断然イチゴと思うのよ。ちょっと普段飲まないなーってトコに惹かれるでしょ!?」

「美由希も忍ちゃんも、どうしてフルーツ牛乳の良さが分からないのかしら?」

「汝らにストレートの意見は無いのか!!」

「「……………………」」









〜〜〜〜〜









「望さん」

「望でいいよ。タメ口のが気楽だ」

「ありがと、望」

「てか戻ったのか」

「気楽だからね」

「それもう人としてどうよ?」








〜〜〜〜〜






「望ー!」

「あ、ナルカナ。皆も戻ったんだ」

 すずかとアリサは自販機前でなのはを待っていたらしい。結局女性陣は全員が一緒に戻って来ていた。

「ノゾム!」

 ずん、とレーメが望に詰め寄る。望は少したじろぎながらもレーメに先を促した。

「風呂上がりの牛乳は何派だ!!」





「メロン」





 その回答に女性陣全員がずっこける。訳が分からない望とユーノは互いに顔を見合わせた。



どうにか災難は回避したみたいだけれど。
美姫 「なのはの性格がかなり変わってきてるわね」
あははは。まあ、今回は概ね平和だったかな。
美姫 「アルフの登場で少し険悪だったけれどね」
でも、メロン牛乳なんてあるの?
美姫 「私も知らないけれど。まあ、広い世界だもの、あるんじゃないの」
そうなのか。って、牛乳の論争はおいておいて。
美姫 「アルフが居るという事は近くにフェイトも居る可能性があるわね」
だな。再びなのはと会う事になるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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