――夜も大分更けた頃。

 街外れの空き地の土管に一匹の白い猫が座っていた。

 風のない静かな夜だった。

 白い猫は微かに首を擡げ、剣のように細くなった月をその瞳に映している。

 揺れ動く赤い瞳の奥にはなぜか暗く沈んだ光があった。

 白い猫は全身に月光を吸い込むように伸びをして、そして一声だけ鳴いた。

 甲高い、どこかせつない声だった。

 不意に風が巻き起こる。

 猫の体が光っていた。

 風は狂ったように空き地を舞い、人の膝丈ほどに伸びた雑草を撫でつけて消える。

 そして、また静寂……。

 淡く注がれる月明かりの中で白い猫は一人の少女へとその姿を変えていた。

 草を踏む音がした。

 空き地の隅の闇の奥。そこから誰かがこちらを見ている。

 少女は興味を覚えたのか、少しだけそちらに顔を向けた。

 暗がりの奥に人影が見える。輪郭の定まらない黒い人影。

 人影はゆらりと傾き、そしてふっと霞んで見えなくなった。

 少女は何事もなかったかのように視線を戻す。

 細い月は空の高みにあって淡く鋭く地上を見下ろし続けている。

 その優美な姿を少女は夜が明けるまでずっと見つめていた。

 ―――――――

  第6話 日常の影に潜むもの

 ―――――――

 夏休みに入ってから数日が過ぎていた。

 日本では猛暑が続き、国民の多くが早くもバテるかクーラー病に掛かる始末。

 無論、草薙家の住人とて例外ではなかった。

 家の中では毎日のように節約を心掛ける優奈と暑さを我慢出来ない美里との間でエアコンのリモコンを巡って激しい争奪戦が繰り広げられていた。おかげで優斗は集中して勉強することが出来ず、ぎりぎりまで我慢しては二人を怒鳴りつけるというようなことを繰り返していた。結局は落ち込む彼女たちの姿を見兼ねてさり気なくエアコンのスイッチを入れてやるのだが、それが甘いとも思う。

 今日もそんなことがあって草薙家のリビングは午後からずっと二十四度に保たれている。

 優斗は小さく溜息を漏らすと、テーブルの上に広げた問題集を閉じた。

 気づけばもう夕方になっていた。

 立ち上がって伸びをする。あまり捗らなかったが、それ以上やる気にもなれなかった。

「優斗さん、ちょっとよろしいですか?」

 テーブルの上のものを片付けていると、キッチンのほうから優奈が顔を出した。

「どうした?」

「シチューを作ってたんですけど、牛乳が少し足りなくて。買ってきてもらえませんか?」

「ああ、いいよ。牛乳だけでいいのか?」

「ちょっと待って下さい……」

 優奈は冷蔵庫を開けてざっと中を見渡した。

「えっと、とりあえずそれだけで。後はお任せします」

 そう言って彼女は優斗に食費の入った財布を手渡した。

 受け取って中身を確認すると夏目漱石が三枚入っていた。

「買い物行くの?」

 二人のやり取りを聞いていたのか、マンガを読んでいた美里が顔を上げて尋ねてきた。

「ああ、ちょっとそこまでな」

「あたしも一緒に行く」

「別に構わないけど、あまり面白くないぞ」

「いいの。あたし、一緒に行きたいんだ」

 そう言うと、美里はマンガを閉じて立ち上がる。

 優斗は少々訝ったものの、特に追求することはしなかった。

 

 美里を連れて外に出ると途端にむせ返るような熱気が肌にまとわりついてきた。

 太陽が西に傾いたとはいえ、七月の夕方はまだまだ暑い。

 ずっとエアコンの効いた室内にいたせいか、余計にそれを感じているような気がする。

 顔を顰めつつ、優斗は美里を促して歩き出す。目指すは近所のスーパーだ。

 ちょうど安売りをしていたこともあり、帰る頃にはかご一杯に買い込んでいた。

「おまえを連れてきて正解だったな」

 両手に買い物袋を下げて歩きながら優斗が言った。

 独り暮らしでなくなって久しく忘れていたが、今日は週に一度の特売日だったのだ。

 何しろどの品物もお一人様一つ限りの特化セールである。

「あたし、役に立った?」

「ああ。おかげでかなり特したよ。ありがとな」

 軽い調子でそう言った優斗に、美里は珍しく照れたように頬を染めて微笑んだ。

「あれ、草薙君じゃない」

 十分ほどの道則を話しながら歩いていると、不意に横から声を掛けられた。

 立ち止まって振り返ると、そこに見覚えのある少女が立っていた。

 身長は160センチを少し超えたくらいだろうか。

 茶色の髪を肩口で切りそろえたその少女は優斗のクラスメイトだった。

「佐藤、さん?」

「かおりでいいよ」

 少女――佐藤かおりは愛想のいい笑みを浮かべてそう言った。

 そういう性格なのだろう。人当たりがよく、クラス内での人気も高い。

 優斗はあまり話したことはないが、目立つ存在なので記憶していた。

「珍しいね。君が城島さん以外の女の子と一緒にいるなんて」

「そ、そうかな」

「うん、珍しい。もしかして、彼女とか?」

「そんなんじゃないよ」

 興味津々といった様子で聞いてくるかおりに、優斗は慌てて否定した。ただでさえ蓉子とのことで誤解されているのだ。これ以上事をややこしくしては消える噂も消えなくなってしまう。

「そっちこそこんなとこで何してんだよ」

「わたしは家に帰るとこ」

「どこかへ行ってたのか?」

「うん。ちょっとね」

 曖昧に答えてから、かおりは急にあたりを憚るように声をひそめた。

「ねえ、草薙君は幽霊って信じる?」

「幽霊?」

「そこの路地にね、出るらしいのよ」

 そう言ってかおりは脇の細い道を指差した。

 なるほど、確かに何か出そうな路地だった。

 計画的に造られた道というよりは何かのついでに出来た脇道といった感じである。

 照明も少し離れたところに古びた街灯が一本立っているだけだった。

「その話、本当なのか?」

 優斗はさも恐ろしげに表情を強張らせて尋ねた。

「そういう噂があるってだけなんだけどね」

 呆れとも取れる苦笑を浮かべてかおりはそう言った。

「つまり、君はその噂の真相を確かめに来たわけだ」

「そういうこと」

「でも、まだ夕方だろ。幽霊が出るのはもっと暗くなってからなんじゃないのか?」

 尤もらしい疑問を口にする優斗。

「それくらいわかってるわ」

「じゃあどうして?」

 尋ねたのは美里だった。

 かおりのことを警戒しているのか、半分優斗の後ろに隠れるように立っている。

 彼女はそれを気にしたふうもなく、聞かれたことに返事をする。

「現場を下見しておこうと思って。地形を把握していればいろいろと有利になるからね」

「なるほどな」

 優斗は納得して頷いた。

「けど、あんまり深追いしない方がいいぞ。本当に幽霊だったらシャレにならないからな」

「ありがと。それじゃ、またね」

 軽く手を挙げ、かおりは去っていった。

 優斗はしばらく路地のほうを注視していたが、美里に促されて歩き出す。

 彼は気づいていた。

 路地の奥の暗がりの中。そこに微かにたゆたう邪気があったことに……。




 ―――あとがき。

龍一「どうも安藤龍一です。第6話いかがだったでしょうか?」

蓉子「お読みいただいた方、ありがとうございます」

龍一「ございます」

蓉子「でも、本当にいるのかな。こんなの読んでくれてる人なんて」

龍一「た、たぶん。ほら、掲示板の方に感想書き込んでくれてたし」

蓉子「だったら、もっと精進しなさいよ」

龍一「一応、そのときの全力は出し切っているんだけどな……」

蓉子「後、ううん。寧ろ、こっちの方が問題よね」

龍一「何だ?」

蓉子「またあたしが出てない」

龍一「うっ、それはその、話の流れ上、仕方ないかと」

蓉子「つべこべ言わない。狐流妖術奥義之六・幻炎焼火!」

ごおおおおおおおおおおおお……。

龍一「うぎゃぁぁぁぁぁぁ。あ、熱い、体が、心が、燃えてゆくぅぅぅぅぅぅ!」

蓉子「ちっ、なかなかしぶといわね。それじゃ、もう一つ。狐流妖術奥義之四・昇天凍結!」

大気が白く輝く……。

龍一「……………」

蓉子「さて、おしおきも完了したところで今回はこのあたりで。また次回でお会いしましょう」

 




少しシリアスな展開に!?
美姫 「果たして、路地の奥に漂う邪気とは一体……」
それにしても、蓉子は炎に凍結と多彩な技を持ってるな〜」
美姫 「本当よね〜。剣で闘うだけの私とは大違いね」
…………いや、剣技に爆発、炎、風に雷を纏わせてるお前が言う台詞じゃないよな。
おまけに、時空間まで歪めるし……。
美姫 「何か言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさないよね」
あ、あははは。えっと、え〜っと。
美姫 「2、1、はい、時間切れ〜」
はやっ!2秒も待ってないじゃん!
美姫 「問答無用。浩は塵に、浩は灰に還れ!」
そ、そんなバカな〜〜。
美姫 「煉獄天衝!!」
ぬぐおぉぉぉぉ〜〜〜〜!!
…………サラサラサラサラ。
美姫 「ヴィクトリィ〜」



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