第18話 学園祭、クラスでの出し物は?
* * * * *
――昼休み。
ようやく陽射しの和らぎ始めた中庭で、優斗たちはファミリアも交えて4人で昼食を取っていた。
「それにしても驚いたよ。まさか、ファミリアが転校生としてうちに来るなんてな」
今日も優奈の作ってくれた弁当に箸を伸ばしながら、心底驚いたというふうに優斗が言う。
「姉さんが教習を受けている間、わたしも一度基礎から勉強し直しておこうと思いまして」
「なるほど。しかし、蓉子やかおりはそのことを知ってたんだよな」
そう言って優斗が二人を見ると、かおりと蓉子は昼食を食べる手を止めて顔を見合わせた。
「えっと、草薙君をびっくりさせようと思って黙ってたんだけど……」
「大成功っていうか、ちょっとやり過ぎたっていうか……」
視線を泳がせつつ、言い訳めいたことを言う二人に優斗の目が珍しく細められる。
「二人とも顔が笑っているんだが、そんなに面白かったのか?」
「だって、ねえ……」
再び顔を見合わせて頷き合う二人に、優斗の米神が僅かに引き攣る。
しかし、かおりに言わせればファミリアの制服姿を目にしたときの彼の顔は実に傑作だった。
戦場では常に冷静沈着、普段でもあまり感情を表に出さない優斗である。
そんな彼がまるで鳩が豆鉄砲を食らったように、ぽかんとした表情を浮かべていたのだから。
かおりはすかさずその表情をカメラに収め、それを見た蓉子は堪らず大笑いしてしまった。
「しょうがないだろ。ファミリアにこの制服は反則だ。可愛すぎる」
「あ、あの、あまりそういうことを面と向かって言われると恥ずかしいのですけれど……」
憮然とした態度でそう言う優斗に、ファミリアが少し頬を染めて俯いている。
「まあでも、無事に転入出来てよかったじゃない。書類とか偽造も多かったんでしょ」
「え、ええ、まあ……」
急に声を潜めてそう言う蓉子に、ファミリアは困ったような笑みを浮かべてかおりを見る。
「わたしは連盟の生活保障センターに書類を出しただけよ」
「本当にそれだけか?」
「公的な保障制度があるのにわざわざ危ない橋を渡る必要もないでしょ」
途端に疑惑の目を向けてくる優斗に、かおりは少し鬱陶しそうに手を振ってそう答える。
「あ、あの、お二人とも喧嘩しないでください。せっかく一緒にお昼を食べているんですから」
「ん、ああ、別にこれはそういうんじゃないって」
「そうそう。何ていうか、わたしたちはいつもこんな感じよね」
「はぁ、そうなんですか?」
別段対立しているわけではないと聞かされ、ファミリアは少しほっとしたようだった。
「さて、お昼も食べたことだし、もう一頑張りしますか」
ランチボックスをしまって軽く伸びをすると、蓉子は腰掛けていたベンチから立ち上がる。
「かおりちゃん、午後からは何がありますか?」
「えっと、うちは現国とホームルームね」
「げんこく?」
「現代国語の略だよ。うちの担任の授業だな。まあ、あまり実用的な科目じゃないんだが」
耳慣れない単語にファミリアが不思議そうにしているのを見て、優斗がそう説明した。
「草薙君はそう言って現国の時間はいつも寝てるのよね」
「とりあえず、席に座ってれば欠席扱いにはならないからな」
そう言うと、優斗もランチボックスをしまって立ち上がる。
「まあ、偶に真面目にやっとかないとテストで血の色を見ることになるんだけどな」
「そうなったら優斗は優奈にこってり絞られることになるのよね」
「それはおまえが彼女にそれとなくテストがあったことを仄めかすからだろうが」
「そんなことしたっけ?まあ、優奈は鋭いからあたしが言わなくても気づくと思うけど」
* * * * *
「……というわけで、そろそろうちも学園祭で何をするか決めなきゃいけないんだけど」
簡単に現在の状況を説明して、かおりはぐるりと教室内を見回した。
今は6時間目で、学園祭におけるクラスでの出し物を話し合っている最中である。
このクラスは女子のほうが多いため、何か接客系の模擬店をということで案が出されていた。
中でも圧倒的に多いのが喫茶店で、どうやら今年の出し物はこれで決まりのようだった。
去年それなりに盛況だったこともあり、今年もそうなるだろうと予想はしていた。
結果は正にその通りで、ほとんどもめずに決まったことにかおりは一先ず安堵する。
だが、この後の話し合いで彼女は予想もしていなかった危機に直面することになるのだった。
* * * * *
街を一望出来る高台の上に、一人の少年が立っていた。
染めているのではない青い髪とコバルトブルーの深い瞳が印象的な美少年である。
だが、今はその顔の半分を包帯で隠し、瞳はただ虚ろに空を彷徨うばかりだった。
名も無い彼が自らの最も信頼する風を従えて狩りに出向いたのは今から二日前のこと。
後一歩のところまで獲物を追い詰めた彼はたった一人の人間の女によって敗退させられた。
風に靡く長い黒髪を鬱陶しそうに抑えつけながらも余裕の笑みでこちらを見返してくる瞳。
笑みを形作る妖艶な唇はどこか狂気じみていて、背筋に冷たいものが走ったのを覚えている。
何より絶対の自信を持って放った自分の疾風を打ち破って迫る鮮烈な赤、赤、赤……。
圧倒的だった。
ずっと下等な存在だと嘲笑っていた人間に敗れたというのに屈辱感さえ湧いてこない。
それこそ何の言い訳も許されないほどに、それは明白な敗北だったから。
「でも、それでも、……立ち止まるわけにはいかないんだよね。僕らは……」
自分を奮い立たせるようにそう口に出して呟くと、少年は立ち上がった。
* * * * *
――放課後の私立・聖流学園。
軽いノックの音に続いて、普段は人が来ることの少ない生徒会室の扉が開かれた。
「佐藤かおり、出頭いたしました」
そう言って入ってきたのはかおりだった。
「出頭って、軍隊じゃないんだからもっと普通に入れよ」
「あら、状況を考えればこのほうが適切じゃない?ねえ、小早川会長閣下」
苦笑する優斗にそう返しながら、かおりは室内の人物へと声を掛ける。
「はっはっは、かおり君には叶わないな。まあ、二人とも掛け給え。立ち話も何だからね」
そう言って二人に席を勧める生徒会長。
小早川博信は長身で銀縁メガネの似合うインテリふうの男だった。
「で、今日はどのような用件でここに来たのかな?」
自分のデスクの椅子に腰掛けて悠然とした態度でそう尋ねる小早川に、かおりは一つ頷くと一枚の書類を差し出した。
「ふむ、これは学園祭関係の書類だね。ほう、これは中々興味深い」
「食べ物を扱うので保健所に許可を取らなければいけないのですが」
「なるほど。では、その手続きはこちらでやっておくとしよう」
小早川はそう言って書類を受け取ると、それをデスクの引き出しにしまった。
「それで、今日君たちが来たのはこれだけのためではないんだろう?」
「ええ、今回の学園祭実行委員会の構成について少々お伺いしたくて」
促されるままに返したかおりのその答えに、小早川は僅かに目を細めた。
通常、この手のイベントは生徒会が中心となって行なうものである。
今年はそれに補佐役として各クラスから一名ずつが選出され、かなりの大所帯となっていた。
別段それ自体はどうということもないのだが、問題なのはその面子だった。
「このメンバーはどういうことなんですか?」
かおりはそう言って実行委員の名簿を取り出すと、それを小早川に見せた。
「何か不審な点でもあったかな」
「大有りです。どうして全員が全員、うちの関係者なんですか!?」
かおりのいう『うち』とは、彼女の稼業のことだ。
小早川は合点がいったのか、一つ頷くと、かおりに簡単にその事情を説明した。
「君もここ最近の治安の悪さは耳にしているだろう」
「ええ、まあ」
重々しい口調でそう言った小早川の言葉に頷きつつ、かおりは凡その事情を察していた。
ただでさえ、この頃は何かと物騒だからと教師人に口喧しく言われているのだ。
この上準備で遅くまで残っていて、その生徒が何か事件にでも巻き込まれた日には生徒会の活動を自粛させられかねない。
「それで大方の事には対応出来そうな人ばかりを候補者にしていたというわけね」
「まあ、そういうことだ。分かってくれたかな」
かおりの言葉に小早川は満足そうに頷くと、席を立って窓の外へと視線を向けた。
運動系の部活動をしている生徒たちが何やら資材を抱えて走り回っているのが見える。
「事情は分かりましたけど、大丈夫なんですか?そんな裏工作みたいなことして」
「みたいなことじゃなくて、裏工作そのものだな。まったく、あなたという人は」
おどけた調子でそう言うかおりに、優斗が突っ込みを入れつつ呆れたように溜息を漏らす。
「徒に一般の生徒を危険に曝すよりは遥かにマシだとわたしは思うがね」
「まあ、あなたのことだから根回しはきちんとしているでしょうし」
「無論だ。生徒のための生徒会が生徒に迷惑を掛けていたのでは本末転倒だからな」
そう言って笑う小早川に、優斗は一つ頷くと席を立った。
「では、そちらはお願いします。俺は俺でやらなくてはいけませんので」
「分かっている。くれぐれも無理をしないようにな」
「……失礼します」
優斗は一礼するとその場にかおりを残して生徒会室を出ていった。
「会長、彼は何をしようとしているのかしら」
「さあな。ただ、彼は大したことではないと言っていたよ」
「それにしてはずいぶんと熱心に頼み込んでいたようだけど?」
「彼もまたこの学園を、そこで共に学ぶものたちを大切に思っているということだよ」
背中を向けたままでそう言う小早川の表情はかおりには見えなかった。
元々、何を考えているのか読みにくい男ではある。
だが、かおりはこのときの彼の背中に悪意や害意といったものを感じることはなかった。
まあ、教えてくれないのなら調べるまでだ。今までだってずっとそうしてきたのだから。
「それじゃ、わたしも準備があるからこれで失礼するわね」
そう言うと、かおりはリストをしまって席を立った。
それに答えるでもなく、小早川はじっと窓辺に立って夕日に染まっていく景色を眺めていた。
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あとがき
龍一「日常に忍び寄る影」
美里「生徒たちが学園祭に向けて動き出す中、物語は新たな局面へと向かう」
龍一「新キャラも登場で、ますます盛り上がる?」
優奈「どうしてそこで疑問系なんですか」
龍一「いや、予定は未定ってことで」
美里「それって物書きとしてはダメダメなんじゃないの?」
優奈「そもそもわたしたちの出番って少なくありませんか?」
龍一「うっ、で、では、次回、愛憎のファミリア2 第19話 出会いは幻想の中ででお会いしましょう」
美里「あ、逃げた」
* * * * *
学園祭へと向けて加速していく中、怪しげな影が…。
美姫 「無事に学園祭は済むのかしら」
それとも、何かが起こるのか!?
美姫 「一体、全体どうなるのかしら」
本当に次回が待ち遠しい!
美姫 「早く続きが読みたいわね」
うんうん。という訳で、次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃあ、またね〜」