第21話 暗い夜道は危険なのです

   *

「ただいま」

 かおりは玄関のドアを開けると、いつものようにそう言って靴を脱いだ。

 先に帰っているはずの同居人から返事はない。しかし、玄関に靴があるのでいるのだろう。

 奥のほうで動いている気配もある。

「誰か一緒に住んでるんですか?」

「あ、うん。でも、気にしないで。彼女は寧ろ、そういうの喜ぶほうだから」

 少しまずかったかな、という顔をする坂上に、かおりは軽く手を振ってそう言うと、彼女を中へと招き入れる。

「おじゃまします」

 案内するという程の広さもない3LDKのマンションの一室である。

 かおりは後輩をリビングへと通すと、自分はお茶を入れるためにキッチンへと行く。

 普段ほとんどファミリアに任せているため、上手く淹れられるか怪しいところではあるが。

 彼女は現在入浴中らしく、浴室のほうから水音が聞こえている。

 かおりがポットに水を注いでお湯を沸かしていると、ファミリアが上がったのかリビングのほうで話し声がし出した。

「二人とも紅茶でよかったかしら」

 ソファに腰掛けて談笑している二人に、かおりがそう言ってカップを渡す。

「あ、はい。あるがとうございます」

 坂上はそう言ってカップを受け取ると、砂糖とミルクを多めに入れてスプーンで掻き混ぜる。

 ファミリアは少し申し訳なさそうにかおりのほうを見ている。

「済みません。本当なら、わたしがしないといけないのに」

「気にしないで。それより、ちゃんと紹介したほうが良いわよね」

 そう言って自分も席に座ると、かおりはチラリと坂上のほうを見た。

 彼女はスプーンで掻き混ぜていた手を止めると、お願いしますというふうに軽く会釈する。

「えっと、この娘はわたしの一個下の後輩で今は学園祭実行委員会を手伝ってくれているの」

「坂上友子です。改めてよろしくお願いします」

 そう言って友子はぺこりとお辞儀をした。

「ファミリアレインハルトです。こちらこそ、かおりちゃんがお世話になっているみたいで」

「い、いえ、わたしのほうがおっちょこちょいで、いつも助けてもらってばかりなんですから」

 慌てて手を振る友子に、ファミリアはにこにこと笑顔を浮かべている。

「ファミリア、今日は坂上さんを家に泊めようと思うんだけどいいわよね」

「ええ、もちろん大歓迎です。お夕飯も人が多いほうが美味しいでしょうし」

 そう言って立ち上がると、ファミリアはそのまま夕食の支度をするためにキッチンへと入る。

「そういえば、鍋かけっぱなしだったわね。あれ、中身は何?」

「何だと思います?」

「そうね……。分からないわ」

「うふふ、かおりちゃんの好きなものですよ」

 楽しそうにそう言うファミリアに、かおりは思わず口元を緩ませた。

「もしかして、クリームシチューかしら」

「正解です。待っててくださいね。今、仕上げちゃいますから」

 そう言うと、ファミリアは鍋に手製のルーと牛乳、生クリームを注いで味を調えていく。

 ほどなく立ち上りだした匂いに、リビングで待っていた二人はたちまち食欲を刺激される。

「美味しそうですね」

「美味しいわよ。ファミリアの作るシチューはそこらのレストランには負けないんだから」

「楽しみです」

 嬉しそうにそう語るかおりに、友子も自然と笑顔になる。

 それから15分くらいで夕飯となった。

 テーブルにはクリームシチューと白身魚のチーズフライ、生野菜のサラダとご飯である。

「ソースは普通のとタルタルと両方ありますから、お好みで掛けて食べてくださいね」

 そう言って真中に置かれた二つの瓶は彼女の手作りらしく、ラベルに手書きで『ソース』と書かれている。

「いただきます」

 三人で席について、手を合わせる。

「それにしても、準備なかなか終わりませんね」

 魚のフライを齧りながらふと友子がそう言った。

「そうね。でも、もう少しだから頑張りましょう」

「大変なようでしたら、わたしもお手伝いしましょうか」

 少し疲れたような友子にかおりが励ますようにそう言い、ファミリアが手伝いを申し出る。

「はい。ファミリア先輩も、ありがとうございます」

「わたしもまだ2週間ですが、聖流学園の生徒ですから。一緒に作業というのも楽しそうです」

 そう言って楽しそうに笑うファミリアに、友子が少し不思議そうな顔をする。

「ファミリアは少し特別な事情があってね。普通のことをあまり知らないの」

「え?」

「だからね。学校でのことも一つ一つが新鮮で、楽しいのよね」

「はい。わたしはまだまだ知らないことのほうが多いですから。いろいろ教えてくださいね」

 そう言って屈託なく笑うファミリアを見て、友子は心の中で彼女に謝った。

 特別な事情と聞いて、咄嗟に何か辛い体験をしてきたのではないかと思った友子は同情的な目で彼女を見てしまったのだ。

「あ、あの、良かったらわたしのこと、その、友ちゃんって呼んでもらえませんか」

「はい?」

「仲の良い友達は皆そう呼ぶんです。わたし、ファミリアさんとは仲良くなりたいから」

「わかりました。友ちゃんですね」

 そう言って笑うファミリアは本当に嬉しそうだ。

「でも、友ちゃんか。かわいいわね。わたしもそう呼んでも良いかしら?」

「良いですよ。その代わり、先輩のこと、お姉さまって呼ばせてくださいね」

 にこにこ笑顔でそう言った友子に、かおりは思わず椅子からずり落ちそうになった。

「な、何で、そうなるのよ……」

「憧れてたんです。わたし、一人っ子だから、先輩みたいなお姉さんがいたらって」

「だ、だからって、何故お姉さま……」

「それはほら、お約束というものです」

 にっこりと笑顔でそう言い切る友子にかおりはどっと疲れが沸いてくるのを感じるのだった。

   *

 ――午後7時30分。

 アルバイトを終えた雪那は自分を待っていた美姫と浩を連れて駅前の喫茶店へと来ていた。

「済みません。大分待たせてしまったようで」

 席につき、まずはそう言って謝る雪那。

「良いわよ。別に約束していたわけでもないしね」

「おっ、おまえにしては寛容じゃないか」

「あんたは少し黙ってなさい」

「うげっ」

 横からチャチャを入れた浩を美姫が紅蓮の峰で叩いて黙らせる。

「それであんた、どうしてあんなところでバイトしてたのよ」

「おい、彼女がどこで働いてようとそれは彼女の自由だろ」

「一々煩いわね。この人の場合は本来、そんな必要ないの。それが不思議だって言ってるのよ」

「わ、分かったから、その物騒な刃を退けてくれ。さ、刺さる。刺さるって」

 冷や汗をだらだら流しながらあたふたする浩。美姫はそれを見て仕方なさそうに蒼炎を下げた。

「それで、どうしてなの?」

 改めてそう尋ねる美姫に、雪那は少し表情を引き攣らせながら答えた。

「この街には娘の付き添いで来たのですが、その娘が旅費を食い潰してしまいまして」

「ちょっと待って。あんたに娘なんていたかしら?」

「ええ。養女ですけど、ほぼ実の娘のようなものですね」

「知らなかったわ」

「言ってませんでしたから。その必要もありませんでしたし」

 そう言うと、雪那は目の前に置かれた水のグラスを取って一口飲んだ。

「まあいいわ。それで、ここからが本題なんだけど……」

 言いかけて途中で口を噤むと、美姫は隣でやや怯えた気配を放っている浩へと目を向けた。

「あんた、まだいたの?」

「お、おい、いくらなんでもそれは酷いんじゃないか」

「あー、はいはい。わたしはこの人とちょっと話があるから、あんたは先に帰ってて良いわよ」

「……分かったよ。けど、あんまり遅くなるなよ」

 いつもの雰囲気の中に緊張したものを見て取った浩は、それだけ言うと店を後にした。

「ごめんなさいね」

「いいえ。お考えになられていることは分からないではありませんから」

「ま、さすがに巻き込めないでしょ。わたしたちの業界っていうか、そういうのに関係してることだから」

 雪那の言葉に美姫は頷いてふっ、と笑みを浮かべる。

「それで、本当はどうしてこの町に来たのかしら?」

 周囲から気配が消えたのを確かめると、美姫は改めて雪那にそう尋ねる。

 二人がいるのは店の一番奥まったところにあるテーブル席だ。

 念のために、雪那が精霊結界を張って音が漏れないようにもしてある。

 その上で彼女は美姫の問いに答えていた。

「娘と旅行というのは本当ですよ。ただ、ついでにこちらの様子を見てはおくつもりですけど」

「ふーん。やっぱり、あんたも気づいたか」

「ここはいろいろと集まる土地柄のようですから。以前から気に掛けてはいたのです」

「それでも、一ヶ月前のときは動かなかったじゃない。まあ、わたしもそうだけど」

 そう言うと美姫も水のグラスに口をつけた。

「ここの保安局が動いていましたから。わたくしが直々に手を下す必要もないかと」

「まあ、あの程度の相手ならね。ただ、一部で未確認の勢力が動いていたっていうのは」

「フリーハンターの方々ではないのですか?ここには青の絶対者もいることですし」

「ああ、蒼牙の。あの子、継承式以来会ってないけど、元気にしてるのかしら」

 少し遠い目をしてそう言う美姫。

 雪那はそのことについてはあえて何も言わなかった。

「それで、これからのことなのですが……」

   *

 夜のサスペンスドラマが始まってから少しして、ファミリアが席を立った。

「すみません。ちょっと買い忘れたものがあって、コンビにまで行ってきますね」

「えっ、こんな時間にですか?」

 友子が驚いたようにファミリアを見る。

 自分が夜道を歩く危険を避けるために泊めてもらっていることを考えると不安なのだろう。

 既に外は暗く、少女が一人で出歩くような時間ではなくなっているのだから。

「大丈夫ですよ。すぐそこですから」

「でも……」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですから」

 ファミリアはそう言って友子の頭を撫でると、かおりのほうを見た。

 彼女はファミリアと目を合わせると、頷いて一言。

「気をつけてね」

「行ってきます」

   *

 美姫と別れた浩が帰路に着いたのはそれから大分時間が経ってからだった。

 美姫に監視されていないこともあり、久しぶりに一人で飲んだのである。

 見た目にそれと分かる雰囲気で、頬も赤く、足元が少しふらふらしている。

 だが、気分が悪いかといえばそうでもなく、寧ろほろ酔い気分で機嫌も良い。

 美姫のおしおきのせいもあってだらしなさが目立つ彼だが、節度はきちんと弁えているのだ。

 そんな彼がとあるコンビにの近くを通ったときだった。

 見知った後ろ姿が路地に入っていくのを見つけ、浩は足を止めた。

「あれは、ファミリアさんじゃないか。どうしたんだろうな。こんな夜中に」

 怪訝に思った浩は好奇心も手伝ってふらふらと後をついていった。

   *

「わたしに何か御用ですか?」

 コンビにの裏で足を止めたファミリアは路地の奥へと向かってそう声を投げた。

「……ファミリアレインハルトだな」

「ええ、そうですけど。あの、どうしてわたしの名前を?」

 不思議に思って尋ねるファミリアにだが、声の主は答えず、いきなり彼女に飛び掛ってきた。

「きゃっ!?

 とっさに身を捻って避けると、ファミリアは右手に魔力を集束させた。

「何物です。なぜ、わたしを」

 相手の手にしたナイフをこちらもナイフを抜いて受け止めつつ、そう叫ぶファミリア。

 だが、相手はそれに答えるつもりがないのか、無言で攻撃を続けてくる。

 ファミリアは必死にそれを捌きながら、相手の技量に驚嘆していた。

 相手は攻撃が受け止められたと見るや、すぐさま腕を引いて次の一撃を打ってくる。

 その判断力。そして、速さは並みの人間ではあり得ないものだった。

 仕方なくファミリアは霊気を解放すると、先の魔力と合わせて敵へと放った。

 霊気の光に、一瞬相手の姿が浮かび上がる。

 赤いローブに包まれた細身の体。フードの下から覗く白い素肌は女性のものだった。

 女性が眩しさに目を細めながらも反撃に何かを放ってくる。

 それは糸のように細い、真紅の光線だった。

 続けて放たれたそれは幾つかがファミリアの脇を掠め、強力な熱波が彼女を襲う。

 それに顔を顰めつつ、距離を詰めるために駆け出すファミリア。

 この威力なら近距離では使えないと踏んだのだが、さすがに相手もそれが分かっているのか避けにくい軌道ばかりを狙って紅線を撃ってくる。

 それをファミリアは霊気の壁を前面に展開して強引に押し通した。

 暗闇の中、二つの赤い影が交錯する。

 そして、倒れたのは……。




   *

  あとがき

龍一「予告とは少し違ってますが、21話です」

優奈「ヒロインであるわたしの出番がまったくないというのはどういうことでしょうか」

龍一「君は日常の象徴みたいなものなんだから戦闘メインの回には出し辛いんだよ」

蓉子「あたしの出番もないんだけど」

龍一「ああ、二人とも次には出番あるから、もう少し待って」

優奈「仕方ありませんね」

蓉子「ま龍一だしね」

龍一「うう、言葉が痛いです」

蓉子「ほらほら、落ち込んでる暇があるんなら次を書きましょうね〜」

優奈「そうですよ。読者の方々を待たせるものじゃありません」

龍一「俺、リアルに忙しいんだけど」

優奈「問答無用です。あなたにはクリスマスもお正月もないんですから」

龍一「そんな、酷い」

蓉子「まあ、それはともかく、ここまで読んでくれた人、ありがとうございます」

優奈「次回もなるべく早く書かせますのでよければお待ちください」

一同「ではでは」

   *

 





果たして、どうなってしまったのか!?
美姫 「倒れたのは!?」
次回が益々気になってしまう、今日この頃。
美姫 「一体、次回はどうなるのかしら」
次回も期待して待っています!
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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