第27話 李沙の決意

   *

 襲い来る幽魔たちを蹴散らしつつ、美姫は学園内を浩たちを探して走る。

 何だかんだ言っても彼女は彼の担当者である。

 こんな状況で怪我でもされたら、ただでさえ遅い原稿が更に遅れることになりかねない。

 そんなことになったら、あたしの首まで飛びかねないじゃない。

 彼の名誉のために言っておくが、決して彼の執筆速度が遅いわけではない。

 ただ、興味本位でいろいろなものに手を出すため、一つの作品に集中していられないだけだ。

 それでも結果的に原稿が遅れることに変わりはなく、担当者としては気が気ではない。

 気を利かせて二人きりにしたのがあだになったか。とにかく、今は探すしかない。

 幸い、既に周囲に一般人の姿はなく、美姫は最初から全力で愛刀を振り回すことが出来た。

 紅の剣姫の二つ名で呼ばれる彼女はとにかく自分の行く手を塞ぐものに対しては容赦がない。

 両手に握った刀を縦横無尽に振るい、目に付いた敵を片っ端から斬って捨てる。

 一陣の風のごとく彼女が駆け抜けた後にはただ、幽魔の残骸だけが残されていた。

 それもほどなくして黒い塵となって消える。

 どれだけの間そうしていただろうか。

 やがて昇降口の一つから外へと出ようとした彼女の前に一人の少女が姿を現した。

 一瞬、逃げ遅れた人がまだいたのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。

 両手に抜き身の刀を構えた美姫の姿を見て、少女は口元にニヤリと笑みを浮かべたのだ。

「あんた、何よ」

 美姫は思わずそう目の前の少女に尋ねていた。そう、『誰だ』ではなく、『何だ』と。

「へぇ、分かるんだ。そうだよね。でなきゃ、こんなところに一人でまだいたりしないよね」

「御託は良いわ。答える気がないんならそこ、どいてくれる?」

 そう言って彼女が少女の脇を通り抜けようとした瞬間、

 不意に金属同士がぶつかり合うような鋭い音があたりに響いた。

   *

 校舎の外へと出た優奈と美里は実行委員の誘導に従って他の人たちと一緒に避難していた。

 現在の場所は部活棟の地下に設置された緊急避難用シェルターの中である。

「でも、どうして私立学校の地下にこんな施設があるのかしら?」

 あたりの様子を見回しつつ、優奈は至極当然の疑問を口にした。

 シェルターといっても長期の避難にも対応した内装のそれに無骨な印象はどこにもない。

 避難民の不安を和らげる効果を狙ってか、色調も精神的に落ち着けるとされているものだ。

「道楽ですよ。うちの理事長の」

 不思議そうにしている優奈に対して、そう答えたのは銀縁メガネの青年だった。

「はぁ、ずいぶんと酔狂な人なんですね」

「っていうか、あなた誰?」

「おっと、申し送れました。わたしはこういうものです」

 青年はそう言ってブレザーのポケットから名刺を取り出す。

「へぇ、生徒会長さんなんだ?」

 優奈が受け取った名刺を美里が横から覗き込んで、感心したようにそう声を漏らす。

「ええ。今は学園祭の実行委員会長も兼任していますがね」

 メガネの会長はそう言って頷くと未だ立ったままの二人のために椅子を出してきた。

「済みません」

「いえいえ。こういうときのための設備ですからね。存分に使っていただいて構いませんよ」

 頭を下げて感謝の意を表す優奈に、彼は笑ってそう答える。

「では、わたしはまだやらねばならないことがありますのでこれで」

 そう言って彼が立ち去ろうとしたときだった。

 不意にシェルター全体を振動が襲った。

   *

 ――吹き荒れる破壊の嵐……。

 地面が抉られ、砂塵が舞い踊る。

 巻き込まれた木は目元近くから圧し折られ、ホラーハウスのテントも丸ごと吹き飛ばされた。

 すべてはエオリアの放ったたった一度の攻撃によるものだった。

 直撃を受けた雪那の結界は既に消失し、彼女自身もボロボロになっている。

 それでも倒れずに立っているのは、彼女の後ろに守るべき人がいるからだろう。

 荒い息を吐きながら、雪那は後ろを振り返って娘の無事を確かめる。

 そんな彼女を見てエオリアが簡単の声を漏らした。

「へぇ……、あれを受けてまだ立ってられるんだ」

「さすがは四天宝刀、と言ったところかしらね」

 そんなエオリアの隣に並んでコートの女も微かに表情を歪める。

「違うよ。あれはもっと原理的な強さ。何かを守りたいっていう思いの強さってとこかな」

「目障りだわ」

「あはは、あなたにはないものね」

「……殺すわよ」

「そんなの無理無理。分かってるでしょ。あなたとあたしは違うんだってことくらい」

「…………」

 あっさりとそう言うエオリアに、女は忌々しげに奥歯を鳴らす。

 夢魔であるエオリアに死という概念は存在しない。

 彼女を滅する方法があるとすれば、世界の誰もが彼女の存在を否定することくらいだろう。

「まあ、生かしておいても障害になるだけだろうし、ここで消しちゃおうか」

 そう言って、雪那へと近づくエオリア。

 それを睨む雪那の目は未だ死んでいないものの、身体のほうがついてきていないようで動くことが出来ない。

「このっ、来るな!」

 雪那の前に立ち、牽制のナイフを投げる李沙。

 効かないと分かっていても、それでも、ただ黙って大切な人が殺されるのを見ているなんて出来ないから。

 だが、そんな彼女を嘲笑うかのようにエオリアは飛来したナイフを腕の一振りで叩き落とす。

「つまんない。どうせならもっとちゃんと抵抗してみせてよね」

「……っ!」

 本当につまらなそうにそう言うエオリアに、李沙の残ったナイフを握る手に力が篭もる。

 圧倒的だった。

 雪那が万全で、自分が精霊力の加護を受けられる状態でもこの相手には勝てる気がしない。

 ……こんなとき、あいつならどうするのかな。

 ふと、そんな考えが脳裏を過ぎる。

 戦っているところを見たことはないが、きっと自分などよりよほど強いと気配で分かる。

 あいつなら、きっと大切な人を守って自分も生き残ってみせるんだろうな。

 根拠なんてないけれど、あの青い瞳の青年ならきっとそう言うと思うから。

 けど、あたしは……。

 あたしはあいつほど強くないから、同じようには出来ない。けど、せめて、雪那だけは。

 そう思って一歩前へと踏み出そうとした瞬間、不意に何かが宙を切った。

 見れば、李沙たちとエオリアとの間の地面に一本の小刀が突き刺さっていた。

「まったく、そいつの言う通りだな」

 聞こえたのは李沙の知らない声だった。

 風に靡く真紅の髪。

 野生の猫を思わせるやや吊り気味の目に強い輝きを宿してその人物はそこにいた。

「何物!?

 突然の乱入者に、それまで悠然と構えていたコートの女が声を飛ばす。

「名乗る義理はないと思うが。まあ、あえて名乗るとすれば通りすがりのお節介焼きといったところか」

「自分でそう思うんなら、首を突っ込まないことね。こんなところで死にたくないでしょ?」

 ふざけているとも取れる乱入者の態度に、女は眉を片方だけ上げてそう言った。

「死ぬつもりはないさ。かと言って、このまま立ち去るつもりもないが」

 そう言うとその人物、赤い髪の少女は手にしていた小刀を無造作に李沙へと投げた。

 投げられた李沙は反射的に空いているほうの手でそれを受け取る。

「使うと良い。特殊錬金製だからその化け物にも通用するはずだ」

「え?」

「簡単に諦めるな。何かを守りたいなら、例えどんなに無様でも最後の瞬間まで足掻き通してみせろ」

 言われて李沙はハッとした。

 例え雪那が助かったとしても、自分が死んでしまったら彼女はどう思うだろうか。

 悲しんで、涙を流してくれるだろうか。

 怒りに身を焦がし、復讐の鬼と化してしまうのだろうか。

 ……あたしは、どっちの雪那も見たくない。

 右手に使い込んだナイフを、左手には今し方渡された小刀を構え、李沙はもう一度目の前の敵を見据える。そこに先程までの悲壮な覚悟はなく、代わりに何が何でも生き延びてみせるという強い決意の輝きがあった。

「ふざけるのもそのくらいになさい。エオリア、皆殺しにするわよ!」

 忌々しげにそう叫んで駆け出す女に、赤い髪の少女はやれやれというふうに肩を竦める。

「おまえはその女を守ることだけ考えろ。こいつらの相手はわたしがしてやる」

「分かった」

 掛けられた言葉に、李沙はただ頷く。実際、守りに徹しなければ自分の実力では危険だろう。

「大した自信じゃない。たった一人でわたしたちをどうにか出来ると思っているの?」

 見え透いた挑発だった。

 赤髪の少女はそれに乗るでもなく、ただ自分へと向かってくる女の攻撃を避ける。

「戦い方がなっちゃいないな。これではいずれ大きすぎる力に引きずられることになるか」

「知ったふうなことを!」

 女の回し蹴りが少女の脇腹を掠める。

 一方の李沙も休む間もなく繰り出されるエオリアの攻撃を両手のナイフで必死に捌いていた。

「やるじゃない。とてもさっきまで玉砕覚悟で突っ込んでこようとしてたとは思えないよ」

「護るって決めたから。あたしだって、負けられないんだ!」

 言ってエオリアを弾き飛ばす。

 純粋なパワーはともかく、体格では李沙のほうが有利だった。

 加えて赤髪の少女から渡された小刀は彼女の能力を十二分に引き出してくれる。

 戦いはそれまでの一方的な展開から徐々に白昼したものに変わっていった。

   *

 すれ違い様に切りつけてきた少女の剣を美姫は反射的に紅蓮で受け止めていた。

「何の真似よ」

 刃を合わせたまま、少女へと鋭い視線を向けて問う。

「困るんだよね。あなたみたいなのにうろうろされると。こっちは今大事な仕事中なんだから」

 少女は臆することなくそう答えると、すぐさま剣を引いて二撃目を放った。

 放たれた突きを紅蓮で打ち払いながら、美姫は少女の左の脇腹を狙って蒼炎で切りつける。

 少女は軽く身を捻ってそれをかわすと、突きから薙ぎへと転じてその場で壱回転。

 その動作によって水平に構えられた刃が円を描き、続いて放たれた美姫の剣を打ち払った。

 ならばと返す刃で少女の伸ばされた腕を狙うも、回転途中で上げた少女の脚が勢いに乗って迫るのを見て小さく舌打ちした。

 仕方なく一度身を引いて回し蹴りをやり過ごす。

 その隙に正面を向いた少女が空高く跳び上がり、頭上から美姫に向かって剣を振り下ろした。

 不意を衝いたその動きに美姫は一瞬反応が遅れるも、すぐさま二刀を重ねて受け止める。

 でたらめな跳躍力。いえ、非常識なくらいに軽いその体だから成せる業かしら。

 一瞬の交差でそう看破すると、美姫は口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 ……面白いじゃない。このわたしとここまで打ち合えるなんて。

 久しく感じることのなかった高揚感に心躍らせつつ、彼女は目の前の少女へと視線を向ける。

 見れば前方に着地した彼女もまた、同じ種類の笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 ……なら、せいぜい楽しませてもらおうじゃないの。

 その表情に一層笑みを深めると、美姫は両手の愛刀を握り締めて駆け出した。




   *

  あとがき

龍一「前回から大分時間が開いてしまいましたが、27話をお届けします」

蓉子「2週間も投稿サボって何やってたわけ?」

龍一「いや、別にサボってたわけじゃないんだけど」

蓉子「予告とタイトル違ってるし」

龍一「それはほら、内容を考えるとこっちのほうが良いかなと思ってだな」

蓉子「そもそもあたしはどうなったのよ?」

龍一「エオリアの爆撃に巻き込まれて現在生き埋め中」

蓉子「…………」

龍一「おわっ、無言で背後に立つな。って、うぎゃぁぁぁぁっ!?

蓉子「ふっ、おろかな」

作者が燃えてしまったので今回はここまでです。

次回は敵の目的が明らかに……なると良いな(汗)。

   *

     




校内のあちこちで始まるバトル、バトル、バトル!
美姫 「新たに姿を見せた赤髪の少女とは!?」
一体、どうなるのかな。
美姫 「続きが気になるわね」
うんうん。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
楽しみにしてます〜。




頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ



          


inserted by FC2 system