愛憎のファミリア2 番外編

  IF〜ファミリアのメイドな1日 お花見編〜

   *

 そこは深夜の氷瀬邸。

 プレートに執務室と書かれた扉の向こうから何やら男の唸り声が聞こえてくる。

 室内には様々な書物や図鑑、印刷物を綴じたファイルなどが雑把に並ぶ書棚。

 奥にはスタンドなどが置かれたデスクがあり、一人の男がパソコンを前に腕組みをして宙を睨んでいた。

 どれくらいそうしていただろう。

 彼は唐突にくわっ、と目を見開くと猛然とキーボードを叩き出した。

 左から右へと高速で文字がディスプレイを埋めていき、数行行ったところでぴたりと止まる。

「あぁぁぁっ、ダメだダメだダメだぁっ!!

 叫びながらがしがしと頭を掻き毟る。

 その後にたった今作成した文章をすべて破棄、もう一度最初からやり直す。

 同じことをもう何度繰り返しただろう。

 彼、氷瀬浩はブランクに陥っていた。

 新連載の話を貰ってから早2週間、幾度か試行錯誤を繰り返すも未だ形が見えてこない。

 担当の紅美姫は迫る締め切りに苛立ちを隠さず、毎夜氷瀬邸に浩の悲鳴が響き渡る始末。

 今も背筋に切っ先を突きつけられながら、必死になって頭を回転させていたりする。

「ほらほら、早く書きなさいよ。でないと……分かってるわよね」

「だああ、分かってるよ。俺だって必死なんだ」

 美姫の理不尽な脅迫に喚き散らす浩。

 ――しかし、そんな状況で筆が進む訳もなく、

 結局、その日も明け方までいつものやり取りを繰り返すことに……。

   *

「眠い……」

 朝食の支度をするファミリアの背中を眺めながら、ほとんど開いていない目を擦る浩。

 それでも視線はしっかりと彼女のメイド姿を捉えているのだから、大したものである。

「その執念を少しでも執筆に向けられないものかしら」

 そんな浩を見て、美姫は呆れ顔で溜息を漏らしている。

 これもいつものことである。

「でも、浩様は今まで締め切りを破られたことはないんですよね」

 ベーコンエッグの皿を二人の前に置きながら、ファミリアが話に加わる。

「そこなのよね。こいつ、のらりくらりしてるくせに締め切りだけはきっちり守るんだから」

 まったく理解出来ないという顔で浩を指差す。

「はい、ご主人様。起きてくださ〜い……」

 寝ぼけてトーストに佃煮海苔を塗ろうとする浩の耳元にファミリアがそっと囁く。

「はっ、俺は何を……」

 途端に目を見開き、きょろきょろとあたりを見回す浩。

「おはようございます。もう朝ですよ」

「そ、そうか……」

 くすくすと笑いながらそう言われて、浩は少々気まずそうに居住まいを正す。

「ったく、春だからってぼーっとしてるんじゃないわよ。これだからあんたは」

「まあまあ。それで、何の話をしてたんだっけ?」

「あんたが締め切りだけは守るって話よ。普段ぐーたらのくせに、どうしてかって」

「そりゃ、一応これでもプロだからね。信用を失くすようなことはしないさ」

「ふーん。信用ねぇ」

 途端に白い目を向けられ、たじろぐ浩。

「な、何だよ」

「別に。ただ、わたしは日頃随分あんたに裏切られてるような気がしてね」

 そう言ってベーコンエッグを口に運びながら、組んでいた足を組み替える美姫。

「い、いやだな。この俺がいつ美姫を裏切ったって言うんだよ」

 トーストにオレンジのジャムを塗りながら、浩は渇いた笑みを浮かべてそう答える。

「まあ良いわ。わたしとしては締め切りさえ守ってくれれば問題ないんだから」

「あ、あははは……」

   *

「はぁ……」

 再び戻った執務室にて、浩はディスプレイを眺めて大きな溜息を吐いた。

「幾らなんでも外出禁止はないんじゃないか」

 食後に下された美姫の命令に、浩は全身で落胆を表現する。

「美姫様も必死なんですよ。お聞きしましたけれど、本当にもう時間がないんでしょう?」

「それはまあ、そうなんだが……」

「はい、コーヒーです」

「ありがとう」

 差し出されたカップを受け取ったものの、やはり浩には元気がない。

 見兼ねたファミリアは何かないかと思案し、やがて一つの案を思いついて手を打った。

「分かりました」

「何が?」

 妙案だとばかりに満面の笑みを浮かべてそう言う彼女に、浩は何事かと首を捻る。

「ご主人様。わたしとデートしてくださいませんか?」

「で、でぇぇぇぇっ!?

 驚きに声を上げる浩の口をファミリアが慌てて押さえる。

「しっ、お静かに。美姫様に聞こえてしまいます」

「で、でも、デートって……。それに俺、今外出禁止中だし」

「大丈夫です。わたしに任せてください」

 そう言ってにっこり微笑むファミリアに、浩は思わず見惚れてしまった。

   *

 その日の午後。

 氷瀬邸を抜け出した二人は町を一望出来る高台に来ていた。

 麓から続く満開の桜並木を見上げながら、手を繋いで歩く。

「これは、すごいな……」

「穴場なんですよ。正規の遊歩道から外れていますから、あまり人が来ないんです」

 感嘆の声を漏らす浩に、ファミリアがそう説明する。

「少し、寄り道していっても良いですか?」

「ん、ああ、別に構わないけれど」

「こっちです」

 どこへ、という浩の腕を引っ張って彼女は一本の桜の木の前に立つ。

 そこには誰が作ったのか、簡素な墓標が立っていた。

 墓標に名前はない。名も無き誰かということなのだろうか。

 墓前に跪き、手を合わせる彼女の表情は酷く深いものだった。

「済みません。お墓参りなんかにつき合わせてしまって」

 立ち上がって振り向いた彼女はいつもの笑顔に戻っていた。

「いや、構わないよ。大事な人のお墓なんだろ」

「はい」

 頷く彼女の表情はどこか誇らしげで、何故か浩は少し悔しかった。

「さて、行きましょう。目的の場所はもうすぐですよ」

 促され、再び手を繋いで歩き出す。

 やがて、現れたその光景に、浩は今度こそ言葉を失った。

 下から吹き抜ける風に乗って舞い上がった花弁が一瞬視界を桜色に染める。

「綺麗ですよね。まるで舞い降りた桜色の天使が空に帰るみたい」

 宙に舞う花弁を背に、ポツリとそんなことを言うファミリア。

 しかし、浩は思う。そう言ったときの彼女の笑顔こそ綺麗だったと。

   *

「さ、お花見しましょう」

 それまでの雰囲気はどこへやら。そう言って手近な木の下にシートを広げる。

「せっかく美姫様の目を盗んで出掛けてきたんです。楽しまないと」

「あ、ああ……そうだな」

 悪戯っぽく笑うファミリアに、浩は釈然としないながらも頷いて、シートに腰を下ろした。

 弁当はファミリアが料理の研究と称して少しだが手作りのものを用意することが出来た。

 それにコンビにで買ったものを合わせて、二人だけのささやかなお花見を始める。

「これ、美味いな」

「でしょ。自信作なんですよ」

 そう言って笑う彼女は実に嬉しそうだ。

「っと、忘れるところだった」

 ごそごそとコンビニの袋を漁って缶を取り出す。

「それ、お酒ですか?」

「いや、ジュースだよ。さすがに昼間から飲んでちゃまずいだろ」

 言ってプルタブを起こすと、中身を紙コップに注いでファミリアに手渡す。

「それじゃ、気分を出して乾杯といきますか」

「何に乾杯します?」

「君とこうしていられることに」

「……はい」

 柄にもなく気取ってみせる浩に、ファミリアは頬を赤くして俯きながらそれに頷く。

 紙コップと缶を合わせ、二人して一気に飲み干した。

「美味しいですね、これ」

「ああ。もう一杯いくかい?」

「……いただきます」

 とくとくとコップに二杯目が注がれ、彼女はまたそれを一気に呷った。

「何ですか?」

「いや、良い飲みっぷりだなって思って」

 見つめられて恥ずかしいのか、ファミリアの顔は赤い。

 恥らう姿も良いなとか思いつつ、浩は自分の頬が熱くなるのを感じた。

 ……あれ、何だかおかしいな。視界がぼーっとして、頭がくらくらする。

 そのうちぐるりと視界が回転して、浩は意識を失った。

   *

 気がつくと、浩はファミリアに膝枕されていた。

「気がつかれましたか?」

「う、うう……」

 寝ぼけているのか呻き声を漏らす浩。

 そのまま何かを探るように彷徨わせた手がファミリアの柔らかな膨らみを掴む。

 普通ならここで悲鳴の一つも上げるのだろうが、今日の彼女は少し様子がおかしかった。

「うふっ、……ダメですよぉ〜。こんな外でなんて〜」

 頬を赤く染めてやんわりと抗議するものの、その手を退かそう途はしない。

「あはっ、……ダメ、ですってば……」

 二度、三度揉みしだかれて、堪らず色っぽい声を上げるファミリア。

 それでようやく自分の状態に気づいた浩は慌てて彼女から離れようとしたのだが、

「きゃっ!?

「うわっ!?

 縺れ、浩がファミリアを押し倒す格好でシートの上に倒れ込んだ。

「…………」

「…………」

 しばし無言で見詰め合う二人。

 潤んだ瞳で見上げてくるファミリアに、浩の鼓動がどんどん早くなっていく。

 そろそろ理性がやばいかと思い始めた頃、徐に彼女が目を閉じた。

 唇が微かに震える。

 ……こ、これはまさか、誘ってるのか!?

 目の前の彼女の行動に思わずごくりと唾を呑む。

 彼女が自分に好意を寄せてくれていることは何となく気づいていた。

 しかし、だからといってこんなことをする娘だっただろうか。

 からかっているんだ。

 きっと、自分が顔を近づけた途端に目を開けて、なんてね、と言うつもりでいるに違いない。

 そう思う一方で、もしかしたらという気持ちがあるのも確かで。

 ここは笑われるのを覚悟で彼女の真意を確かめるべきではないだろうか。

 思い込んだら試練の道とばかりに、浩はゆっくりとファミリアに顔を近付けていった。

 ……20センチ。

 …15センチ。

 ……10センチ。

 ……5センチ。

 そのとき、彼女の目は……。

   *

 おまけ

 二人がジュースだと思って飲んでいたのは実はアルコールだった(笑)。

 酒に弱い浩はすぐに意識を失い、長いことファミリアに介抱されることに。

 結局、浩が動けるようになったのは夕方日も暮れかけた頃だった。

「で、何か申し開きたいことはある?」

「いえ、ありませんです。はい」

「じゃあ、言い残すことは?」

「せ、せめて人間らしい末路を……」

 その後、氷瀬邸に断末魔が響き渡ったとか。

 おわり



   *

龍一「祝・300万HIT〜!」

ファミリア「おめでとうございます」

龍一「お花見の話だけど、あんまりお花見してないような気が(汗)」

ファミリア「あの後、わたしとご主人様はどうなったんですか?」

龍一「それは読者のご想像にお任せするということで」

ファミリア「ちなみに、冗談でなかった場合の結末は?」

龍一「…………」

ファミリア「ノーコメントですか」

龍一「いや、最初は浩さんと君をくっつけようかと思ったんだけど」

ファミリア「どうしてそうしなかったんですか?」

龍一「いや、安易に結ばれては物語として面白くないかな〜と(汗)」

ファミリア「ということは、この続きがあるんですね」

龍一「…………」

ファミリア「あるんですね。あるんでしょう。寧ろ、あると言いなさい」

龍一「えーっと、浩さん。記念SSがこんなので済みません」

ファミリア「謝るくらいならもっと上手いのを書いてください。そして、わたしとご主人様の物語をもっと書くのです」

龍一「ええ、助手が何か言ってますが、こんなんでも楽しんでいただけたのであれば幸いです」

ファミリア「わたしの話を聞いてください!」

龍一「これからも頑張ってください」

ではでは。

   *




えっと、あの後の俺の末路って……。
美姫 「クスクス」
ゾクゾク。
で、でも、それまでがとっても良い扱いだから良いか〜。
美姫 「アンタなんかには勿体無いわね」
うっ。
美姫 「安藤さん、300万記念ありがとうございます」
ありがと〜。もう感謝、感激、雨あられ〜。
番外編のほのぼのとした感じは、とても大好きですよ〜。
美姫 「お気に入りよね」
うんうん。本当にありがとうございました。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で〜」
ではでは。



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