第24話 破邪真空流奥義

 

 ――その夜は嵐だった。

 風が、重く湿った空気を引っ掻き回すように、ただひたすらに吹き荒れている。

 こんな夜にはさすがに優斗も巡回には出ない。

 風に煽られて何が飛んでくるかわからないし、留守の間に家に被害が出ないとも限らない。

 そんな訳で、優斗は久しぶりにリビングで美里を相手に趣味のボードゲームに興じている。

「チェックメイト」

「あーっ、だめぇ!」

 優斗が最後の駒を落とし、美里が悲鳴を上げる。

「うー、また負けちゃった」

「正攻法ばかりで打ってくるからだ。勝ちたければもっといろいろ仕掛けてこい」

「よーしっ、今度こそ」

 駒をゲーム盤の上に並べ直して、再び美里が先行を切ってくる。

「楽しそうですね」

 お盆に三人分のコーヒーカップを載せて優奈がリビングに入ってきた。

「ああ、優奈もやるか?」

「ぜひ」

 優奈はお盆をテーブルの上に置いて座った。

「コーヒー、もらうな」

「あ、はい。今日はどうします?」

「ホワイト」

「たっぷりですね」

 砂糖とミルクをたっぷり入れて優奈が優斗にカップを渡す。

 外では飛ばないように括り付けた物干し竿ががたがたと音を立てて揺れている。

「かおりさんたち、無事に家まで帰られたかしら」

 窓の外を見ながら優奈が心配そうに呟く。

「二人ともそんなに遠いようなことは言ってなかったし、大丈夫なんじゃないか?」

「だといいんですけど……」

 ―――――――

 ――同じ夜。

 かおりは人気のない神社の境内に立って、その身を風に曝していた。

 紺の袴に白の胴衣という、所謂巫女服姿である。

 彼女はこの神社で働く巫女であると同時に、ここら一帯を取り仕切っている退魔師でもある。

 かおりには素質があった。

 元々そういう家の娘として生まれた彼女には生まれながらに高い霊力が備わっていたのだ。

 加えて、物事の本質を見抜く確かな眼が彼女にはある。

 それらを活かすべく、彼女は戦う巫女さんなるものを目指して日々精進しているのだった。

 ……心を静めて。物事の一番深いところを、見る。

 その瞬間、かおりははっと目を開いた。

 風に揺さぶられる木々。彼方に行き過ぎる黒雲の流れが見える。

 そして、それらが高速で後ろに流れて行き……。

 ……見えた!

 そう思った瞬間、かおりは手の中の小太刀を左右別々の方向に振っていた。

 風の始まりと終わりを同時に、斬る。短刀を握る両手に返ってくる鈍く重い手ごたえ。

 刹那、あれほど激しく吹き荒れていた風がぴたりと止んだ。

 まるで、風そのものをこの世界から無くしてしまったかのように、唐突に……。

 それは本当に一瞬のことで、視界が戻るころにはまた風の唸りに耳を叩かれた。

 全身から汗が噴き出し、かおりはふらりとよろめいた。

 慌てて傍らの木に手をついたが、そうやって立っているだけでもかなり苦しい。

 心臓が不規則に脈打ち、呼吸が乱れる。

 かおりは苦しげに喘ぎながら目の前に差し出された薬を無我夢中で飲み下した。

 ―――――――

 古びた社に入るとさすがに風をしのぐことが出来そうだった。

 かおりを支えてそこまで歩いてきた男は彼女を床に下ろすと、自分は壁に凭れ掛かった。

「まったく無茶苦茶な奴だ。一時的とはいえ、因果の鎖を絶つとは。しかも、こんなところで」

 どこか痛むのか、男は暗闇の中で小さく呻き声を漏らした。

 かおりは何も答えない。

 そういう薬だったのか、しばらくすると脈が落ち着いて、呼吸も幾らか楽になった。

「少し眠れ。目が覚めたら家に帰って、二度とここには近づくな」

 淡々とした、しかし、どこか優しい男の声に、かおりは不思議な懐かしさを覚えた。

 ……なんだろう、この感じ。ずっと、前にもどこかで……。

 思考は半ばで途絶え、誘われるように彼女の意識は眠りの淵へと落ちていった。

 ―――――――

 幽霊調査の途中で負った怪我の療養のために休んでいた鍛錬――。

 その穴埋めのつもりで、はじめて試した技は予想以上に危険な代物だった。

 因果の鎖を絶つというのがどういうことなのかは今一つわからない。

 だが、物事の真理に触れるこの技法に自分の身では耐えられないことだけはよくわかった。

 あの男が薬を差し出してくれなかったら今頃はきっと死んでいた。

 ――翌朝。

 彼女が目覚めたとき、社の床には赤い染みが点々と残っているだけだった。

 ……あの人、わたしがあのとき何をしたかわかっていたみたいだった。

 まさか、見ていたというわけでもないだろう。常人の目には映らない速度と事象である。

 後に彼女はその答えを自分の着替えの中から見つけることになる。

 不思議に思いつつ、とりあえずかおりは服を着替えるために社の中へと戻った。

 そのまま出歩くと目立つ格好なので、鍛錬の前後にここで着替えるようにしているのだ。

「…………」

 着替えを詰め込んだスポーツバッグを開いてかおりは絶句した。

 そこにあったのはクリームイエローのブラウスと淡いピンクのスカート、ではなく……。

「こ、これって……」

 絵に描いたようなメイド服だった。しかも、カチューシャは猫耳つき。

 ―――――――

 ――おまえにはこっちのほうがよく似合うぞ by 兄。

 ―――――――

 服の間から落ちた紙片には呆れるほど丁寧な筆記体で一行、そうとだけ書かれていた。

「あの変体能面男……」

 かおりは軽い眩暈を覚えてへなへなと床に座り込んだ。

 その力ない罵倒は実は結構正確に綾崎刀夜という男の性格を現していたりする。

 ちなみに、二人の苗字が違うのは彼女が父方の家というか祖父を嫌っているからなのだが。




 ―――あとがき。

龍一「かおりのメイドさん」

かおり「おまえの仕業かぁ!」

龍一「わわっ、ま、待て待て待て」

かおり「問答無用。破邪真空流奥義之極・破邪真空剣!」

龍一「ぬをっ、じゃ、邪炎結界陣!」

かおり「なんの、真空剣・二刀連牙!」

――ざざざざざざざ。

龍一「にゅるぉぉぉぉぉぉぉっ!」

かおり「さてと、おしおきも終わったところで、次へ行ってみましょうか」

 




グッジョブ! ナイスです! まさに神の御技です!
出来れば、しっかりと着て欲しかった……。
美姫 「何事もなかったかのように復活して、いきなりそれなの!」
ふっ。世にメイドのある限り、俺は死なん!
美姫 「……さ〜ってと、馬鹿を黙らせるには、この方法が一番よね」
ちょ、待て。じょ、冗談だ。お、落ち着いて……。
美姫 「問答無用。喰らいなさい! 離空紅流奥義、紅蓮神凪!!」
ぐぎょぉぉぉぉぉぉ!
サラサラサラ〜。
美姫 「次に復活する時には、少しは清らかになってきなさい……。
     それでは、また次回をお待ちしてます」



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