第27話 プレゼントリング

 

 東の空に一番星が見える頃になって、ようやく二人は高台を離れた。

 本当は夜景を見てから帰りたかったのだが、この辺りの照明事情を考えるとそうもいかない。

 高台から麓までの道は殆ど整備されておらず、街灯の類も数える程しか設置されていない。

 半妖である優斗にとってはどうということもないが、さすがに女の子にはきついだろう。

「せっかくだから、もう少し街を歩いてみないか。恋人同士、腕とか組んでさ」

 見せ場を失った優斗は名誉挽回とばかりにそのまま彼女を夜のデートへと誘った。

「嬉しいですけど、今日は止めておきます」

「どうして?」

「そろそろ帰ってお夕飯の支度しないといけない時間ですし、それに……」

「それに?」

 問われて優奈は口ごもった。

「あ、あの、やっぱり何でもないです」

 顔を真っ赤にして首を横に振る優奈に、優斗は少々怪訝そうな顔になる。

 関係が変わった途端になぜか意識してしまう。昨日まで毎晩のように押し倒していたくせに。

 迂闊に思い出してそのまま妄想に突入しかけた優奈は、慌てて頭を振ってそれを打ち消した。

「何か分からないけど、そういうことなら商店街寄ってくか」

「今日何か安売りでしたっけ?」

「買い出し。今朝、冷蔵庫覗いたらほとんど何もなかったから。それに、今日は卵の特売日だ」

「えっ、それじゃ急がないと」

 特売日と聞いて途端に主婦の顔になる優奈。

 家計を預けている優斗としては、彼女のこういうところは頼もしい限りである。

 そんなわけで、二人は急ぎ商店街へと向かったのだが……。

 ―――――――

『何やってんのよ!』

 電話越しに大声で怒鳴られて、優斗は思わず受話器から耳を離した。

「何って、言った通りだよ。っていうか、どうして家の電話におまえが出てるんだ?」

『そんなことどうでもいいでしょ。それより、あんた気は確かなの?』

「な、何だいきなり」

『女の子に告白されて婚約まで結んでおいて、なんでやることが食料の買いだしなのよ!?

「し、仕方ないだろ。材料がないと飯作れないんだから」

 必死に反論する優斗。だが、蓉子はまったく取り合わない。

「夕飯くらい外で食べればいいじゃない。何、それくらいの甲斐性もないのあんたには」

『言ったな』

「言ったわよ。悔しかったらさっさとやることやっちゃいなさい。いいわね」

 言うだけ言うと、蓉子はがちゃりと音を立てて受話器を置いた。

 同時に深く重い溜息を漏らす。

「よ、蓉子……」

「出掛けるわよ」

「えっ?」

「買い出し。卵の特売なんだって」

「でも……」

 美里は少し困ったような表情を浮かべて固まっている。

「何、どうかしたの?」

「あ、うん。買い出し行くのはいいんだけど、あたしたち他に何買ってくればいいのかなって」

 美里にそう言われて蓉子は思わず固まった。

「ま、まあ、そのへんは適当に……」

 ―――――――

 一方、甲斐性無しのレッテルを貼り直された優斗は少々凹んでいた。

 蓉子のああいう容赦のなさはいつもの事だし、煮えきらない態度を取る自分も悪いとは思う。

 しかし、さすがにこう面と向かって言われると少しは傷つくというものだ。

 叱られたのだということは分かる。蓉子は無意味に他人を傷つけたりはしないから。

 ことこれに関しては自覚があるだけに、優斗には反論することも出来ない。

 新調したばかりの携帯電話をしまって、優斗はどうしたものかと彼女を振り返る。

 優奈は一軒のアクセサリーショップの前で足を止めていた。

「やっぱり、君もこういうのに興味があるんだな」

 後ろから尋ねる優斗に、彼女はショーウインドウを見つめたまま頷いた。

 よほど心引かれるものがあるのだろう。その目は宝石が映り込んだように輝いてみえる。

 優斗は少し考えた。

 ここは一つ男らしくエスコートしてみせるべきではないだろうか。

 蓉子に言われたこともあって、汚名弁解とばかりに彼は意を決して口を開いた。

「入ってみるか?」

「えっ」

 優奈は少し驚いたように振り返って優斗の顔を見た。

「ここから眺めてるだけじゃつまらないだろ。幸い、この後の予定は全部帳消しだ」

「帳消しって、お夕飯は、買い出しはどうするんですか?」

「電話したら蓉子が行ってくれるって。後、飯は外で食べてこいってさ」

「外食はともかく、どうしてうちの食糧の買い出しに蓉子さんが行ってくれるんです?」

「あいつなりの気遣いってことなんだろうな。たぶん」

 相変わらずのお節介に、優斗は軽く肩を竦めた。

「そういうことなら、無駄にするのは却って申し訳ないですね」

「だな」

 笑顔で頷き合う二人。その足は既に目の前の店へと向いていた。

「はぁ……」

 店内に展示されているアクセサリーのほとんどには鮮やかな宝石の光がある。

 その色とりどりの輝きに、優奈は思わず溜息を漏らした。

「きれいだな」

 優斗も素直に感想を口にする。ちなみに、二人ともこの手の店に入るのは初めてだった。

「何かほしいものとか、あるか?」

「えーっと、いいなって思うのは幾つかあるんですけど、わたしのお小遣いじゃちょっと」

 値札に並ぶ数字を見て、優奈は残念そうにそう言った。

「買ってやろうか」

「いいんですか?」

 優奈は驚いて小さく声を上げた。

「君にはいつも世話になってるからな。それに、俺も少しはカッコつけたい」

「優斗さん」

「さすがにダイヤってわけにはいかないけどさ」

 思わず顔を赤くする優奈に、優斗はそう言って軽く笑った。

「じゃあ、これ……」

 優奈が手に取ったのは一対のペアリングだった。

 銀製のリングにそれぞれ赤と青の宝石がはめ込まれたシンプルなデザインの品である。

「やっぱり指輪がいいか?」

「はい。わたしと優斗さんで一つずつ」

「俺もするのか」

「ペアリングですから」

 そう言って微笑む優奈は実に嬉しそうだった。

 こんな笑顔を見せられた日には、いつだって優斗は無抵抗になる。

 ……29800円か。ちょっと苦しいけど、それで彼女の笑顔が見られるのなら安いものだ。

 そう思うと、優斗はまっすぐにレジへと向かった。




 ―――あとがき。

龍一「恋人たちの一時」

蓉子「まったく、あいつはどこまでも甲斐性なしなんだから」

龍一「まあ、そう言うなって。彼にだって良いところはあるんだから」

蓉子「例えば?」

龍一「…………さて、次回の予告をしないとな」

蓉子「ったく、ちょっとは自分の発現に責任持ちなさいよね」

龍一「いや、さすがにそれくらいは持ってるって。っていうか、なぜ発現?」

蓉子「あんたの場合おしおきしてもおしおきしても懲りずに現れるじゃない。そこんとこに責任を」

龍一「…………」

蓉子「ってわけで、責任持って消えなさい」

龍一「そんな責任の取り方はいやじゃぁぁ!」

蓉子「狐流妖術冷式奥義之五・氷柱舞!」

――ぐさぐさぐさぐさ。

龍一「こ、凍える……か、体が、細胞が死んでいく…………」

蓉子「絶対零度、マイナス273度の時も凍てつく極寒の刃が延々と対象を襲い続ける恐怖の技。良い子も悪い子もどっちか分からない子も真似しちゃダメだよ」

龍一「だだだ、誰もままま、真似なんてしない。っていうか、出来ない」

蓉子「しぶといわね。まあ、この術は永続だから放っておいても大丈夫か」

龍一「そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁ!」

蓉子「では、また次回で」

 

 

 




甘い一時だったな、今回は。
美姫 「うんうん。ほのぼのだったわね」
この後、どんな展開になるのかは分からないけれど、たまにはのんびりという事だな。
美姫 「アンタはいつものんびりだけどね」
ほっとけ!
美姫 「はいはい。それにしても、氷の技か〜」
そう言えば、氷系の技って美姫は持ってなかったけ?
美姫 「簡単な術なら持っているけれどね。あれじゃあ、アンタはすぐに復活しそうだし……」
おい!
美姫 「蓉子ちゃんの技みたいに永続ならさすがのアンタも復活できないかな〜って」
何を物騒な事を。
美姫 「あ、でも無理か。絶対零度ぐらいで、アンタが活動停止になるはずもないし」
待て! それって、何者だ!
美姫 「う〜ん。氷系のネックは、温度に限界があることなのよね〜」
いや、それはそうだろう。絶対零度って、分子レベルで動きを止めるはずだぞ。
美姫 「やっぱり、私は今まで通り、炎や爆発で!」
いや、結局、それかよ!
攻撃しないって選択肢はないのかよ!
美姫 「ないわよ!」
……うわ〜、気持ち良いぐらいにきっぱりと……。
美姫 「と、いう訳で…」
何が、という訳だ。
しかし、いつまでも喰らうと思うなよ。
俺だって、地道にコツコツと日々進化している! …………つもりだ(ボソ)
美姫 「つくづく、弱いわね、アンタ」
くっ。これを見てもそう言ってられるかな。
喰らえ、我流逃走術、秘儀。
美姫 「秘儀とまで言っておいて、逃走術なの!?」
話数飛ばし!
美姫 「浩が消えた!? 何て技を……。恐るべし。
     って、締めの言葉はどうする気なのよー! と、とりあえず、また次回で!」



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