愛憎のファミリア外伝〜afternoon〜

 エピソード1 転機……佐藤かおり

 

 ――人気のない夜の境内。

 神聖な霊気に満たされたそこは残暑厳しい季節とは思えないほどひんやりとしていた。

 いつもの巫女服に身を包み、わたしは静かに瞑目している。

 他に人の姿もなく、これもいつも通りのこと。

 そういう時間を選んでいるのだし、何より人払いの結界を張っているのだから当然である。

 ……さて、始めますか。

 誰にともなくそう呟くと、わたしは腰に刺した2本の小太刀へと手を伸ばす。

 目は閉じたまま。

 微かな霊気の乱れも逃さないよう、神経を研ぎ澄ませてナチュラルボイスに耳を傾ける。

 ……周囲の霊気に同化してここまで近づいたようだけど、まだ甘い。

 まず右を抜刀。

 そんなことじゃ、わたしの首は取れない。

 そして、続いて抜き放たれた左の小太刀を胸の前で先の一刀と打ち合わせる。

 ――きぃぃぃぃん……。

 金属同士がぶつかる硬い音と軽い衝撃。そして、霊気と冷機が共鳴して生まれる微かな漣……。

 永遠にも感じられる刹那の後、背後に無産する気配を感じてわたしは小さく息を吐いた。

 長く退魔業をしていると名を聞きつけて良からぬ連中が集まってくるものだ。それらは人のみにあらず。

 当人の意思に関わらず、大きな力は災厄を呼び寄せるものらしい。

 ―――――――

 ――200X年夏。

 わたし、佐藤かおりは長らく続けてきた退魔の業に幕を下ろそうとしていた。

 高校進学を期に、というのは、ただの建前。

 醜い復讐心のみを糧に歩き始めたその道に、わたし自身が疲れてしまったというのが本音だ。

 ……復讐なんて虚しいだけ。

 ありふれた説得の言葉が真実であることをわたしは数年かけて知った。

 怨霊も邪妖も暗い感情に憑かれているだけで、元は普通の存在だったということがほとんど。

 中には憎しみや怒りがそのまま顕現しただけというのもあった。

 つまりはそういうことだ。

 わたしは復讐心に憑かれて邪となり、それを吐き出すことで妖を生み出していたのだ。

 何と浅はかで愚かしい。

 これでは両親の仇を討つどころか逆に世に仇を成すばかりではないか。

 わたしはわたし自身が嫌になり、何もかも放り出してしまいそうになった。

 実際、そうするつもりだったのだ。あの日、あのとき、あの人に出会うまでは……。

 ―――――――

 ――ある夏の夕方。

 人気のなくなった神社の境内にわたしは一人で佇んでいた。

 目の前には明々と燃える巨大な炎。燃料はわたしという名の咎の記録。

 炎には邪悪を清める力がある。

 すべて残らず灰となればこの罪も少しは軽くなるような気がしたから。

 けれど、そんなわたしの考えは唐突に現れた一人の少年によってあっさり一蹴されてしまった。

 彼はわたしの目を見て一言。

「バカな奴」

「なっ!?

 わたしは思わず絶句した。

 きっと視線で人が殺せそうなほど鋭い目で睨んでいたと思う。

 それなのに彼はまったく臆することなくわたしの目を真っ直ぐに見返してきた。

「逃げ死にするのなら止めはしないがな。あんたのはちょっと違うんじゃないか?」

「な、何を……」

 知ったふうな口をと続けようとして、出来なかった。

 真剣な表情で見つめてくる彼の目はとても紳士的で、それでいてどこか怒っているようにも見える。

 吸い込まれそうなほどに深い青に、射抜かれたようにわたしはその場で動けなくなっていた。

「償いのための死なんて何の言い訳にもならない。それでも死にたいって言うんなら……」

 彼はそこで一度言葉を止めると不意にふっと感情を消した。

「俺が冥土に送ってやる」

 底冷えするような声でそう言うと、彼はくるりと背を向けてわたしの前から去っていった。

 夏の暑さも炎の熱もまるで感じられない。

 取り残されたような錯覚に陥り、わたしは両手で自分の肩を抱いて小さく震えた。

 ―――――――

 ――結局死にそびれたわたしは火の後始末をしてその日は帰途に着いた。

 手元に残ったのはわたし自身とその身を包む巫女装束。

 そして、人外のものの血を吸って重くなった2振りの小太刀だけだった。

 ――償いのための死なんて何の言い訳にもならない。

 その言葉は確かな重みを持ってわたしの心の深いところに突き刺さっていた。

 そんなことは分かっていた。わたしはただ逃げ出すための理由が欲しかっただけだ。

 そんなことにも気づかずに、冷静さを欠いたわたしはもう少しで取り返しのつかないことをしてしまうところだった。

 ……あの人には感謝しないといけないんだろうな。止めてくれたから、今もわたしは生きていられるんだから。

 でも、一体誰だったんだろう。

 彼がわたしを殺すと言ったとき、わたしは本当に心の底から怖いと思った。

 これまで相対したどんな邪妖や怨霊にもなかった圧倒的な存在感。

 思い出しただけで身震いする。あのプレッシャーは絶対、ただ物じゃないわ。

 去り際に見えたカッターシャツの襟章はわたしと同じ学校のだったから、意外と早く見つけられるかもしれない。

 そう思うと居ても立ってもいられなくなって、わたしは駆け足で家へと向かうのだった。

 ―――――――

 ――それから数日後、わたしは彼と再会することになる。

 驚くなかれ。何とわたしと彼は同じクラスだったのだ。

 どうしてすぐに気づかなかったのか我ながら不思議でたまらない。

 その後はいろいろと調べてみて更に驚いた。

 意外と普通の奴かと思ったら、女の子と同棲してたりして。

 これがもう行くとこまで行っちゃってるときたもんだ。

 驚かされてばかりで何だか悔しかったので平行して調べてた事件の調査に巻き込んでやった。

 そこで彼の正体も見極めてやろうと思ったんだけど……。

 どうやらその事件が本物で、途中から彼も本格的に関わっていたみたい。

 わたしも何度か死にかけて、結局わたしの方がある程度正体を明かすことになってしまった。

 それからいろいろあって。

 彼が連盟上層部にもコネを持つ凄腕の戦士だと知ったときにはああ、なるほどと思ったわ。

 青眼者――妖刀のブルーの噂は有名だったからその真偽を確かめられて満足出来た。

「さて、長々と語ってしまったけれど、わたしと彼のことは大体こんなところよ」

 そう言ってわたしはわたしの対面に浮遊している少女へと目を向けた。

「尤もどこから覗いていたのかは知らないけれど」

 そう言って視線を強めるも、その少女は涼しい顔で受け流してしまう。

「中々、興味深い内容をありがとう」

「勝手に人の意識に潜り込んでくるなんて、あなたいい度胸してるわね」

「あははっ、それがあたしらの領分だからね。それくらいは見抜いてたんでしょ?」

 楽しそうに笑う少女にわたしは軽く溜息を漏らす。

「あんまりこの街では好き勝手しない方がいいわ。せっかくの寿命を無駄に縮めることになりかねないもの」

「うーん、どうしよっかな。あたし、あんまり大人しくしてるのって得意じゃないんだよね」

「わたしは忠告したわよ」

「はいはい。ったく、かおりは心配性だなぁ」

 そう言って笑う少女にわたしはこれ以上付き合いきれないとばかりに背を向ける。

「あれ〜、もう行っちゃうの?」

「わたしはあなたたちみたいに夜行性じゃないの。明日も学校だし、これで失礼するわ」

「ふーん。まあ、いいや。それじゃ、また近いうちにね」

 そんなことを言ったかと思うと不意に背後で気配が消える。

 どこかへ転移したのだろう。まったく人騒がせな娘だ。

 ……でも、あの子がこの街に来たってことは他の奴らも一緒ってことなのかしら。

 せめてそれくらいは聞いておくんだったと今になって後悔したけれど、もう遅い。

 ……とりあえず、兄さんには報告しておきましょうか。

 見す見す取り逃がしたなんて言ったらかなり怒られそうだけど……。

 少し憂鬱な気分になりつつ、わたしは夜の境内を後にした。


 おわり。




 ―――あとがき。

美里「って、おわりなの?」

龍一「お、おう。これはあくまで短編だからな」

美里「新キャラまで出しておいてそれなの?」

龍一「ま、まあ、そのあたりは第2部への伏線ってことで」

美里「そんなことして大丈夫なの?」

龍一「た、たぶん」

美里「はぁ、結局はそれなんだね。っていうか、久しぶりなのにあたしの出番ってここだけなの?」

龍一「今回はかおり編ってことで」

美里「じゃあ、次回は?」

龍一「次回は草薙家のティータイムにスポットを当ててみようかと考えてる」

美里「え、それじゃあ、あたしの出番?」

龍一「視点は優奈だけどな」

美里「でも、出番あるんだよね」

龍一「おう。しかも、次回はあとがきも拡張版にする」

美里「そうなの?」

龍一「優奈から要請があってな。いつか言ってたお茶会をするんだそうだ」

美里「じゃあ、浩さんと美姫さんも呼ばないとね」

龍一「既に招待状は送ったそうだから直ぐに返事が来ると思う」

美里「わーい、楽しみだな」

龍一「あんまりはしゃぎすぎないようにな。あ、ほら、おまえも準備手伝ってこい」

美里「は〜い!」

龍一「さて、それでは今回はこのあたりで失礼します。また次回で」

以上、久しぶりに穏やかなあとがきでほっとしている安藤龍一でした。

 




おおー、遂に愛憎のファミリアの外伝が!
美姫 「おめでとう〜」
パフパフドンドンドン!
美姫 「そして、何と、これを見なさい」
おおー、次回のお茶会への招待状。
美姫 「でも、残念。アンタはお留守番ね」
な、何で!
美姫 「だって、アンタまで行ったら、ここの感想は誰がするのよ」
えっと、帰ってきてからとか。
美姫 「却下」
な、なして!
俺も連れて行けよ〜。
美姫 「はいはい。それは当日考えましょうね〜」
本当だな、本当だな。
美姫 「ええ、考えてあげるわよ。そう、考えてね」
そうか、なら良し。
それでは、次回も楽しみにしてますね。
美姫 「じゃ〜ね〜」



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