空と翼の軌跡

LOCUS OF 12

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボンドは、と……」

 

 ルーアン市内の店にて、恭也はメモを片手にショッピング。

 

「ショッピングと言うにはアレだが……」

 

 などと思いつつ棚の商品を手に取る。

 ボンドと書かれている、手のひらに収まる大きさの器。さすがに恭也の世界にあるような容器はこの世界にはない。

 

「さて、あとは木材にネジ、あと釘か」

 

 確かに、ショッピングと言うには買うものがアレだ。

 とは言っても、この店は日用雑貨や工具などを売っている店なので仕方がない。

 ではそんなものを買ってどうするのか。

 別に日曜大工に目覚めたわけではないし、釘を飛針代わりにしようなどとは考えていない。

 

「にしても、これではただの使いっ走りではないか?」

 

 会計を済ませて大量の荷物を抱えつつ、海道へと続く辺りで待っている数人の生徒たちと合流する。

 もちろん彼らはクローゼの通うジェニス王立学園の生徒たちである。

 

「助かります。ありがとうございます」

「いや、構わない。これも仕事だ。さて、行くとしようか」

 

 やはり一級の学校に通うだけあって、生徒たちの礼儀はとてもいいし気持ちがいい。

 レイヴンの連中に見せてやりたいくらいだと思う恭也である。

 さて、恭也がなぜ使いっ走りのようなことをさせられていたか。

 ジェニス王立学園は近く学園祭を開催するので、生徒たちがそのときに使う資材の調達のためにルーアンへ来たのだが、

 その護衛ということで学園から依頼されているからである。

 護衛するだけでなく、時間も空いたので資材購入の手伝いも一緒にしたのだ。

 

「む、重いだろう。それは俺が持とう」

「え、でも、遊撃士さん、もう両手にいっぱいですし……」

「ふむ。ではこれなら軽いのでこれと交換で」

 

 躊躇する女学生が持っている木材を、自分持っていた小道具の袋と交換する。

 

「見なさいよ、あれが男の甲斐性ってもんよ」

「あのな、俺たちだってこんだけ持ってんだぞ? あの人の力が異常なだけだっつーの」

 

 後ろからなにやら一部失礼な言葉が混じった囁き声が。

 まあ、恭也は両手に鉄板などの重いものが入った袋や、釘や金槌などのこれまた重い工具の袋を両手に数袋。

 両脇に木材を抱え、肩にも背負っている。

 魔獣が出たときそれでは対応しきれないだろうというものだが……

 

(む。林からこちらを狙っている魔獣がいるな……っ!)

 

 殺気を放出し、一睨みをくれてやる。魔獣はやはり脅威に対する回避本能が鋭いから、恭也の殺気にはそそくさと逃げていく。

 以前、エステルたちと倒した手配魔獣のようなイレギュラーな存在がなければ、

 今の恭也に襲い掛かるような魔獣はこの辺りではいないこともある。

 そして一向はヴィスタ林道を抜け、学園に戻ってきた。

 と、空から白隼――ジークが舞い降りてきて、恭也の肩に止まる。

 

「ご苦労様です、キョウヤさん」

 

 出迎えてくれたクローゼとジーク。生徒たちに資材を渡して別れ、クローゼと共に生徒会室へ向かう。

 

「頼まれたものはこれでよかったか?」

「えっと…………はい、OKです」

 

 学園が護衛を依頼しただけあって、恭也も当然ながら学園内へ入る許可は得ている。

 ジェニス王立学園は大きく分けて、校舎の他にクラブの部室や生徒会室のあるクラブ棟、講堂、

 そして男子寮と女子寮の4つの建物が構内にある。

 さらに奥に行くと以前使われていた旧校舎があるのだが、今は閉鎖されている。

 

「あ、おかえりなさい、キョウヤさん」

「ああ、ただいま」

 

 生徒会室に入ると、エステルとヨシュアの他に2人の生徒が出迎えてくれる。

 エステルとヨシュアは他の2人――ジルとハンスと同じ、学園の制服を着ていた。

 

「ふむ。エステルもヨシュアもやはり似合っているな」

「え!? あ、そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」

「? どうかしたのか、エステル? 顔が赤いが」

「ふえ!? な、何でもないです!」

「さっきから夢見がちな顔してどうしたの、エステル?」

「……な、何でもないから。本当に何でも」

 

 他の生徒顔負けに着こなしているヨシュアが心配そうな顔をするが、エステルはわかりやすいくらいに彼から距離を取っている。

 エステルとヨシュアはクローゼの学園祭の手伝いをしてほしいという依頼を、ジャンにも正式な依頼とされて引き受け、

 学園の許可を取り、しばし寮に止まって学校にも体験的に通ってみることになったのだ。

 本来なら難しい試験を通過した者しか入れない校舎の中で、学友たちと勉強や部活の日々。

 エステルとヨシュアは学校というものに通っていない。

 そもそもそういった教育機関はリベール王国にはそれほどなく、

 たいがい空の女神エイドスを奉る七耀教会がその役を担っている。

 

(要するに江戸時代の寺子屋みたいなものということか)

 

 恭也はそういう風に考えている。

 そういうわけでエステルとヨシュアは初めての学園生活というものを満喫しているようだ。

 

「キョウヤさんも学園生活すればいいのに」

「いや、俺はいい」

 

 そもそも恭也とて、ここに来る前はすでに大学生。学園生活なんて高校までずっと経験してきているし、さほど新鮮味はない。

 その他に準遊撃士が3人も抜けるのはルーアン支部としても人手に困るため、

 恭也は仕事がないときや、学園から正式な依頼があった場合以外は通常の遊撃士としての仕事を行っている。

 

「ていうかキョウヤさん、単に勉強嫌いだからでしょう?」

「……失礼だな、ヨシュア」

 

 が、そこでヨシュアに続いてポニーテールでメガネをかけた少女――この学園の生徒会長でもあるジルが、

 チェシャ猫のように笑って近づいてくる。

 

「くふふふふ、一昨日のことを忘れたとは言わせませんよ〜?」

「くっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭也は最初の1日だけ、生徒としてエステルとヨシュアのように制服を着て、彼らと同じ教室で授業を受けた。

 

「はい、ではこの問題を……そうですね、タカマチさん、お願いします」

 

 で、最年長だからかはわからないが、教壇に立つ女性教師が恭也を指名してきた。

 正直、懐かしいという感慨はあった恭也なのだが、やはり授業は難しすぎるわけで、

 気持ちのいい陽気もあって、半分意識が飛びかけていたところだった。

 

「いえ、先生……自分は既に学校は卒業している年齢ですから……」

「今は、この教室の生徒ですよ〜? はい、ではよろしくお願いしますね〜」

「く……り、了解です」

 

 と言って立ったのはいいものの……

 

「…………」

 

 わからないわけで。

 

「……ねぇ、ヨシュア。まさかとは思うけど、キョウヤさん……」

「……わからないみたいだね、今の問題」

 

 年長者の威厳はがた落ちである。

 

「キョウヤさん、ちょっとかっこ悪いです」

「…………」

 

 その問題に関しては、恭也にショックを与えたクローゼがしっかり解答して終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けらけらと笑うジル。恭也はヨシュアたちまで笑いを抑えている状況にむっつりと黙り込む。

 

「キョウヤさん、わからなかったんでしょ?」

「……俺の故郷では教育が普及していないのでな」

 

 とっさに恭也が取ったのは、恥ずかしいので誤魔化す……というかちょっとばかり嘘をつくというものであった。

 日本ほど教育制度の整った国は元の世界でもそうないのだが、このさい気にしない。

 嘘をついてもエステルたちが本当かどうかなんて調べようがないのだから。

 

「あ、そうなんですか。すいません……」

「……気にするな」

 

 申し訳なさそうにするジルに心が痛む恭也である。

 年長者としての良心は痛まないのかというところだが……ここは無視。敢えて無視。強引にでも無視。無視あるのみ!

 が、そこにクローゼが何やら訝しげにジト目で。

 

「……キョウヤさん、嘘ついてません?」

「む、嘘ではない」

「本当ですか?」

「……本当だ」

「…………キョウヤさん、嘘つくと必ず間が空きますよね?」

「…………」

 

 クローゼのジト目&どんどんと責めてくる口撃にたじたじである。

 

――――クローゼ、恭也リーディング皆伝か。

 

 まあ、普段から白隼のジークと以心伝心するくらいなので、彼女の読心術は相当鍛えられているのかもしれない。

 

「キョ・ウ・ヤ・さ〜ん?」

「……エステル、君も答えられなかったではないか。それに明らかに簡単なあんな四則計算でもミスを――」

「うあ、それは言わないお約束……」

 

 今度はエステルと互いの恥をさらけ出して対抗する恭也。もはやどんどん年長者の威厳を落とさせていく行為である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、逃げ出せたか……」

 

 情けなくも、その後、生徒会室へ人手を回してほしいという依頼が来て、恭也はこれ幸いとヨシュアと共に出撃していた。

 明らかにやつれた感じの恭也に、ヨシュアも苦笑するしかない。

 

「ところでヨシュア、エステルはどうしたんだ? いつもの元気さがないというか、やけに引いた感じがするのだが」

「いえ、僕にもわからないです。クローゼと見回りに行って帰ってきてからずっとあの調子で」

 

 恭也の観察眼は、何となくヨシュアをチラチラと見ていて、そのくせヨシュアがエステルに目をやったり話しかけたりすると、

 すぐに顔をそらせたり顔を赤くして目を背けていた辺りまで見ていた。

 が、彼女のそうした行動の意味までは恭也にはわからない。

 

「とりあえず、これを講堂にまで運べばいいのか?」

「はい、お願いします」

 

 どこかのクラスの生徒から、箱に入った小道具らしいものや、作ったらしい看板などを受け取って持ち上げる。

 ヨシュアも同じ量とまではいかないが、かなりの重さになるだろう。

 

「ところでヨシュア、ジャンさんから聞いたが、クローゼにはどうも演劇に出るように依頼されたそうだな。

 君は何の役で出るんだ?」

「…………」

 

 返事がないので聞こえてなかったのかなと思いつつ振り返ると、そこにはなぜか機嫌の悪そうな表情を浮かべたヨシュアが。

 

「余計なこと言わなくてもいいのに、ジャンさん……」

 

 恨み節のように呟くヨシュア。

 ジャンが余計なことを言うのはいつものこと。

 面白いネタは逃さずに当人に向けてからかいネタにするのだが、その標的に恭也も何度かなったことがあるくらいだ。

 

(そう言えばジャンさん、かなり楽しそうに笑ってたな……)

 

 あれは深く事情を知りえたものの顔というわけだろう。さて、ヨシュアがいったいどんなネタを知られてしまったのかだが。

 

「キョウヤさん、もしかして知ってたから、学園祭の手伝いは時間の空いてる時だけにして逃げたんですか?」

「ん? 逃げたとはなにやら随分な言い草だな。俺は単に3人も遊撃士が抜けるのはやばいだろうということでだな……」

「代わってほしいです」

「どうした? 君が仕事を途中で放棄するなど、普段の君からは考えにくいのだが」

 

 まだ会って間もないのだが、ヨシュアはとても仕事熱心だし、真面目に取り組む性格であることはよくわかった。

 そんなに嫌な役でも押し付けられたのだろうか。

 

「とりあえず、俺は楽しみにしているぞ?」

「楽しみって……もしかして見に来るつもりですか?」

「まあな。クローゼからも見に来てくれと言われているし、重要人物が多く訪れる以上、警備や護衛の仕事も入るだろうし」

「……来ないでいいです。いえ、別に学園祭に来るのはいいですけど、劇は見なくていいです。むしろ見ないで下さい」

 

 なぜか必死のヨシュア。目がただ事ではない。

 恥ずかしがっている……というだけにしては顔が赤いわけじゃないし、目の必死さが説明できない。

 そんなに嫌な役どころでも押し付けられたのだろうか。

 

「クローゼには剣を使うので教えてほしいと言われているが、一体どんな劇なんだ?」

「劇自体はいいんですよ、劇自体は。ただ何と言うか配役が……」

 

 配役に問題あり。

 そこで恭也が思い至ったのは、よく幼稚園くらいの子供の演劇において、木の役にされたとか……。

 いくらなんでもヨシュアの歳でそれはないかと首を振る。

 まあ何にしても今日の夕方から劇の練習が行われるそうだし、恭也も一度見てほしいと言われているから、そのときに分かる。

 

「ん?」

 

 と、そこで数人の生徒たちが危なっかしい手先で飾り付けを高い場所に取り付けようとしていた。

 見ていても危険なので恭也とヨシュアは荷物を降ろしてそれを手伝う。

 

「ありがとうございます〜」

「構いませんよ」

「さっきの遊撃士の方ですよね?」

「そっちの人も。確か学園祭期間中だけ手伝いで寮に止まってるっていう」

 

 恭也の場合はクローゼの護衛もあってそれなりに顔も知られているし、ヨシュアはエステルが女子寮にいるわけなので、

 もう1人いるということも知られているらしい。

 

ね、どっちが好み?

やっぱりタカマチさんかな。ちょっと怖い顔してるけど、リンツさんといるときに笑ってるの見たことあってさ……

私はヨシュアさんの方かな〜。やっぱすごく優しそうだし……

 

 何やら自分たちの方を見てぼそぼそと話している女生徒たち。

 とりあえずこれで、と荷物を持っていこうとするのだが、彼女たちに囲まれて行けない。

 他にも仕事があるから手伝ってほしいと言われ、特にすぐに持っていかなければならないわけでもないから手伝うことに。

 と、そこにジークが飛んできて肩に止まったかと思いきや……

 

「おい、ジーク。つつくな。こら、やめ――」

 

 なぜかジークが恭也の頭をつつくつつく。拗ねてるようでもなさそうなのだが、怒っているらしいことはわかる。

 理由がまるで分からないのだが……。

 

「あの、キョウヤさん。何か視線を感じません?」

「うむ。何となく突き刺さるような殺気じみたものを……多分、あそこから――いや、何でもない」

 

 さすがに殺気だとか視線だとか、そういうものに対しての感覚は鋭い2人。

 2人でそれを探って出所を特定。どうやらその発生源は隠れるわけでもなく、非常に見やすい場所。

 ただそこを見て2人はすぐに顔を戻して手伝いに集中。

 

「……何か睨んでませんでした?」

「……なぜだ?」

「僕に聞かれても……」

 

 生徒会室の窓の所から、ツインテールでヨシュアの相棒である準遊撃士の少女と、

 青い髪でジークの主たる少女が、揃って目の辺りに影を落としながら睨んできていたのは気のせいと思いたい。

 

――――ぶっちゃけ、エステルとクローゼである。

 

 手伝いをしているだけなのにますます強くなる殺気と視線に、2人は戦々恐々としながら働き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理由はよく分かった。

 

「しかし……こう言ってはなんだが、似合っているぞ、ヨシュア」

「全然嬉しくないです」

 

 ヨシュアが不機嫌になる理由はもっともだろう。

 劇はこのリベール王国に伝わる話の、騎士と王女を中心にした、なかなかできたものだ。

 配役は適当と言えば適当なのだろうが……

 

「何と言うか、奇抜な発想だな。配役を男女入れ替えるとは」

 

 その入れ替え方と言うのが問題。いや、問題と言ってもヨシュア以外にすれば「問題」とは言わないだろう。

 なんと男役を女性がするだけならまだしも、女役を男がやるというもの。

 それも全ての役において男女入れ替え。

 騎士は男が普通やるものだが、最近は男女同権という風潮もあって、女性が演じても特におかしいものではない。

 しかし一部だけならまだしも全て入れ替えと言うのはなかなか珍しい。

 

「で、ヨシュアが演じるのが……」

「王女様役ってわけっス」

 

 ハンスが涙を浮かべるほど愉快そうに腹を抱えながら教えてくれたが、ヨシュアの視線はきつい。

 だが不機嫌そのものの表情で睨まれているにもかかわらず、恭也もハンスも別段怖いとは思わなかった。

 

「拗ねている王女様そのものだな……」

「ぎゃははははは! やっぱそう思いますよね! ぶはははははは!」

「……笑いすぎだよ、ハンス」

 

 いま劇に出るエステル・クローゼ・ヨシュアの主役級から脇役の数人も、全員劇で着る衣装を纏っている。

 クローゼはユリアが着ている親衛隊の制服をベースにした、青が基調の騎士服。

 エステルは同じ服を、基調となる色を赤にした騎士服。

 クローゼの服は平民出身を示し、エステルは貴族出身の騎士を示しているらしい。

 リベール王国は昔、貴族制度が顕著に残っていて、その当時を題材にした劇らしいので、衣装もそれに合わせたのだろう。

 

「まあ、似合っていると言われても嬉しくはないだろうな。女装が似合っていると言われてもむしろ――」

「屈辱ですよ」

 

 ぶすっとして答えるヨシュア。

 そう、彼は白い、肩を完全に露出させるドレスを着ていた。頭にも小さめの冠をかぶっている。

 彼が演じるのは王女役。王女は当然主役にしてヒロイン。

 

「本番ではこの上化粧までするって……」

 

 恭也は悪いと思いつつ、心中では彼を一瞬綺麗だと思ってしまった。

 別にいかがわしい気持ちではない。ただ、単純に綺麗だった。

 ヨシュアは元々美男子の部類に入る。それを言えば恭也もそうだと言えるのだが。

 恭也をかっこいい系とすれば、ヨシュアはかわいい系。恭也をクール系とすれば、ヨシュアは優しい系。

 中性的な顔立ちのヨシュアは、女装をしてもむしろそれこそ本当に王女そのもの。

 

「? 何ですか、キョウヤさん?」

「いや、クローゼ。君と並べたらそれこそ王女が2人いるような気がするのだが」

 

 クローゼは本物の王女だ。彼女がドレスを着たら、王女だと言われれば誰とて納得いくことは間違いない。

 ヨシュアの王女の女装は、まさしくそんなクローゼにも並ぶほどなのである。

 

「なんで『王女として』並ぶんですか! 別に白馬の王子になりたいなんて思いませんけど、そっちの方が断然いいです!」

「……ヨシュア、すまん。ご愁傷様だとしか言えん」

「助ける気は皆無ですか!?」

「部外者の俺が言っても仕方ないと思うのだが」

 

 恭也は劇に出ない。むしろ出たくないし。

 最初の一日だけにして本当によかったと心からその選択をした自分を褒める恭也である。

 

「まああれだ。俺は人の趣味には拘らない主義だ」

「ちょっと待ってください! 僕に女装の趣味なんてありませんよ!」

「応援するぞ、ヨシュア。俺はお前を見捨てたりはせん」

「キョウヤさんの視線が生温かい!? むしろ素直に哀れんでくれた方がマシです! キョウヤさん、代わってください!」

「俺には無理だ。女装などできん。何より男として」

「僕だって男ですよ!」

「俺みたいな怖もての男が女装などしても話にならん」

「いえ、できますよ。だからキョウヤさん、さあ着てください。むしろ着て僕を助けてください」

「断る」

「拒否はさせません」

 

 身構える恭也にヨシュア。

 いつの間にかジルとハンスが作り物の剣を腰につけているエステルとクローゼから借りて、2人になぜか渡している。

 

「勝負です、キョウヤさん!」

「よかろう、来い!」

「僕が勝ったらキョウヤさんにも出てもらいます!」(←意地でも仲間を作るために必死

「俺は負けん! 『戦えば勝つ』――それが御神流だ!」(←マジで女装はしたくないので必死

 

 なぜか決闘を始める2人。ジルとハンスは面白そうに、そして2人の剣術に感心している。

 オロオロするクローゼだが、エステルと共に2人の剣の扱いには素直に見とれている。

 ちなみにエステルとクローゼは劇でも実際に打ち合うシーンがあり、

 そのためにエステルはヨシュアに、クローゼは恭也に手ほどきを受けている。

 

「や〜、参考になるわ〜」

「いえ、あの……と、止めなくていいんでしょうか?」

「男はやるとなったら最後までやるもんよ、クローゼ」

「どこからの知識ですか、エステルさん?」

「父さん」

「……納得です」

 

 きっと今頃、髭の中年親父はクローゼの「……少し恨みます、カシウスさん」の念にくしゃみをしているに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんなことがあったが、とりあえず劇の練習をこなし、恭也はそれを静かに見ていた。

 一通り終了した後、一部の出演者のみが残って練習を自主的に継続。

 

「あれ、もう着替えちゃったのかよ、ヨシュア?」

「ハンス、僕は君をいま本気で斬りたくなったよ」

「悪い悪い。だから謝るって」

「顔が笑ってるんだけど」

「気のせいだ――だから気のせいだって! うおい、アーツを用意するな! "ファイアボルト"を生み出すな〜!」

 

 それほど女装は嫌らしい。苦笑しているとヨシュアが視線を向けてくるため、すぐにポーカーフェイスを。

 この後、エステルとクローゼの決闘シーンの演技指導。

 指導と言っても、恭也とヨシュアが教えるのは剣の基礎だ。

 エステルは棒使いではあるが、剣も基礎だけはカシウスから教わっていたらしいから、ちょっとした指導ですぐに良くなるし、

 クローゼもユリア仕込みの剣術がある上、学園ではフェンシングで優勝するほどの腕だ。

 

「そうだ。突きはやはり見事だ。ただ斬りのときの動きにムラがある。いいか、こうやって……」

「……えっと……こ、こうですか?」

「うむ。なかなかだ。だがもうちょっと肩の力を抜いてだな……いや、だから肩の力を抜くんだ。より力が入ってるぞ」

 

 恭也が型を見せるだけでもクローゼは充分吸収してくれるが、必要ならその手を取ったり型に触れたりするわけで。

 その都度クローゼに力が入る。

 しかも恭也が彼女の後ろに回って彼女の手に手を重ねたりすると……

 

「…………」

「クローゼ、調子が悪いのか? 顔が赤いぞ?」

「……な、何でもないです」

 

 固まり方が半端でなくなるのだ。

 ちなみに恭也は美由希にもこうして教えたことがあるので、特に意識などない。

 一方、それはエステルとヨシュアの方にも見られた。

 

「さっきより動きが固いよ? どうしたのさ、エステル?」

「な、何でもない……」

「全体練習のときはもっときびきび動けてたのに。無駄が多いよ」

「え〜と、こ、こうでいいんでしょ?」

「いや、だからね、腰に力が入りすぎてるんだって」

 

 そう言って正面からエステルに近づいてダンスでも踊るように彼女の手を取り、腰に手を当てるヨシュアに……

 

「うわ、うわ、うわ!」

「な、何で暴れるの、エステル!?」

 

 万事この調子。

 

「練習にならね〜」

「分かりやすすぎよね、この2組」

 

 ジルとハンスは笑いをこらえるので精一杯だったりする。

 ちなみに恭也とヨシュアに教えてもらえば、と切り出したのはこの2人で、

 なおかつ、エステルにはヨシュア、クローゼには恭也を当てたのも彼らだったりする。(←諸悪の根源

 

「――痛っ!」

 

 とそのとき、クローゼが下手を打ってつんのめった。

 

「む、大丈夫か?……捻ったんだな、足首を」

 

 無理して学園祭に出れなくなりましたでは話にならないので、練習はこれまでにして恭也はクローゼを保健室へ運ぶことに。

 エステルも大きくため息をついて終わった〜と言っているのだが……

 

「ああ、2人はまだやっていてくれて構わん。ジルとハンスが見ていてやればいいしな」

「ええ、そうします〜」

「ええええええ!?」

「エステル、何でそんなに驚くの? そんなに練習疲れた?」

 

 ある意味、精神的に疲れているエステルである。

 彼女にすれば、ヨシュアに手取り足取り教えてもらっている姿を見られるのも恥ずかしかったわけで、

 でも今の今までクローゼも一緒だったというのがあったのだ。

 クローゼがいなくなるというのは、ジルとハンスにヨシュアとの練習風景をジッと見られているわけで……。

 

「ク、クローゼ〜!」

「ご、ごめんなさい、エステルさん……」

「ほら、続けるよ、エステル」

「――うっひゃあ!」

「だから何で僕が近づくと奇声上げるのさ、君は」

 

 そんなことを話しているエステルとヨシュアを横目に、ジルとハンスは講堂から出ていく恭也とクローゼの話を。

 

「どう思う、あの2人?」

「クローゼの方は自分のことに気づいてんのかは知らねえけど、意識はしまくりだな」

「キョウヤさんの方は……聞くまでもないか」

 

 ジルからすれば恭也はクローゼの護衛を受け持っている遊撃士程度の認識でしかなかったが、

 ジークが気に入ったり、ユリアから直接護衛担当者として推薦された青年と聞けば、さすがに興味が引かれた。

 その上、半年前の武術大会で準決勝までいったとなるとさすがに。

 

「キョウヤさんもクローゼが王女だってことは知ってるみたいだけど」

「俺たちみたいに意識してねえもんな。しかも最近話し方がフランクになってるし」

「脈あり?」

「めっちゃあり」

 

 少なくとも一方は。一方が全く気にしてない辺りが、彼女が苦労しそうなことを容易に想像させてくれるが。

 

「エステルから聞いたトコによるとさ、あの2人って連携とかできてて、まるで以心伝心みたいだったって」

「ジークやユリアさんから認められてるってことは、今んトコ一番キョウヤさんがクローゼに近い男だな」

「王女だからねえ。前途多難かな」

「普通はクローゼを手に入れるためにはキョウヤさんの方が大変なんだが、

 まずキョウヤさんがクローゼを意識するまでが大変だぞ、ありゃ」

「あ〜、同感……頑張ってよ、クローゼ」

 

 言いつつ2人は練習を続けるエステルとヨシュアを。

 

「――も、もうダメ! 終わり、終わりーーーー!」

「いったい何なのさ、今日の君は……」

 

 耐えられずに暴走するエステルと、意味が分からないためにため息をつくヨシュア。

 

「……こっちはこっちで」

「ある意味、クローゼとキョウヤさんより手間がかかりそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室までクローゼに肩を貸して歩く恭也。もう遅いので学園本校にはもうそれほど人はいない。

 それでもたまにすれ違う生徒や教師に、クローゼは顔が知れているため恭也と密着している姿は注目されている。

 保健室に先生がいなかったので、恭也がクローゼの足を見るしかなかった。

 それくらいなら鍛錬の都合上、もう慣れたものだ。

 

「大丈夫か?」

「はい。ちょっと痛むくらいですから」

「ふむ。軽そうだし、今日1日、ダメなら明日も様子さえ見れば治るだろう」

 

 とりあえず軟膏を塗って包帯は巻いておこうと、クローゼは靴とソックスを脱ぎだす。

 なぜかそれだけのことで恭也も視線をそらしてしまったのだが。

 

「お、お願いします」

「あ、ああ……」

 

 そう言って彼女の白い足に軟膏を塗って包帯を巻いていく。

 本当に彼女は絵本の中の王女が飛び出してきたような、何から何まで王女様だなと思いつつ。

 

「さて、時間も時間だし、そろそろ俺はルーアンの方に戻るとしよう」

「あ、はい。それじゃ校門まで……」

「いや、その足だ。無理しないで寮に戻った方がいい」

 

 ひょこひょことしか歩けないクローゼは自分が余計心配や迷惑をかけるしかないと気づき、申し訳なさそうに。

 気にすることはないと言っておき、とりあえず寮まで送っていく恭也。

 

「今日もお疲れ様でした」

「クローゼもな」

 

 いつも交わすやり取り。でも形だけでないとわかるので、互いに明日も頑張ろうと含みを持たせて。

 

「仕事もあるのに、時間を見つけては来るようじゃ大変では? 無理しないでくださいね」

「問題ない。これくらいでどうにかなるようなヤワな鍛え方はしていない。

 それに人ごみは苦手だが、こういう雰囲気は好きでな。俺も数年前まで学校でこういうイベントはあったものだから」

「やっぱり学校行ってたんじゃないですか」

「む……」

 

 つい昼間の嘘を自分で嘘だと言ってしまったことに視線を外す。

 クローゼは少し睨んできていたが、苦笑して仕方ないですねと見逃してくれた。

 

「キョウヤさんの世界でも学園祭はあるんですね」

「ああ。こういうところはどこの世界でも一緒なのかもしれんな」

 

 恭也の世界のことを聞きたいというクローゼに、恭也はティータのことを思い出しながら話す。

 演劇をすることもあったが、恭也はもっぱら裏方。出たことはあっても、せいぜいチョイ役だ。

 

「やっぱりキョウヤさんにも正式な依頼として演劇に出てもらえばよかったです」

「……勘弁してくれ」

 

 女装はさすがに恭也の矜持と言うか面子と言うか、そういったものが拒絶する。ヨシュアには悪いのだが。

 

「クスクス。本気でヨシュアさんを負かしましたね」

「……あ〜……」

 

 結局、あの決闘は恭也勝利で終わっていた。勝った瞬間、つい剣を掲げてしまった恭也である。

 大人気ないとエステル辺りにツッコまれてしまったが、この際気にしない。

 寮の前に着き、そこで肩から離してクローゼはもう一度頭を下げて挨拶を。

 

「あ、そうだ。ティータさんの方にはちゃんと招待状を送っておきました。多分、学園祭の前日辺りにはいらっしゃるものかと」

「そうか。ありがとう、クローゼ」

「いえ、構いません。これくらい」

 

 半年ぶりのティータとの再会になる。学園祭はその意味でも楽しみだった。

 

「あ、あの、キョウヤさん。ティータさん以外の方と回るご予定は……?」

「ん? いや、ないが」

「じゃあ、一緒に回りませんか?」

 

 なぜかかなり力の入った口調。そんなに必死になる理由が分からないが、断る理由はないし、何より魅力的な提案に思えた。

 これだけ広い学園だ。すでに在籍して1年以上になる彼女ならどんなところがいいとかわかるだろうし。

 

「それは助かる。ティータもきっと喜ぶだろう」

 

 その答えにクローゼがほっと息をついている。断るとでも思われていたのだろうか。

 

――――そのあたりはまだよくクローゼのことを読み取れない恭也という朴念仁である。

 

「ではな。また明日も時間があれば来る」

「はい。おやすみなさい、キョウヤさん」

「ああ、おやすみ」

 

 手を振りながら別れる。

 校門から出て姿が見えなくなるまで見送ってくれるクローゼに、恭也は苦笑しながらも最後に手をもう一振りして、

 昼の喧騒はどこへやら、一転して静かなジェニス王立学園から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


あとがき

  お待たせしました! ソラツバ12、お送り致しました〜。

  今回は、学園祭……の前の準備風景が中心でした。

  そして! クローゼファンの皆様方にはかなりキたものがあったのでは無いでしょうかw

  ……間違いなく、うちのクレさんは萌え死んでると思いますがw

  ともあれ、いよいよ学園祭本番! いかなる過ごし方をするのか、とくとお楽しみ下さいませ〜。

  ではではこれにて、ennaからでした〜。

 

  や、前回から長く期間を空けてしまいまして申し訳ありませんでした! FLANKERです〜。

  12月はまた忙しく、私も社会人になるということで引越しやら何やかやで……。

  さてさて、今回は学園祭準備期間を描きました。

  サブクエストがこのときにも発生してましたが、こちらでは書こうか迷ったものの、戦闘に関しては書きませんでした。

  私が書くとまたせっかくのほのぼのがシリアスになっちゃいかねませんので。(笑

  今回に関してはほぼ4人で1つは必ずネタを出し合ってます。実際に私以外の方が書いた部分もあります。

  ほのぼのは私には困難なので、大助かりでしたよ〜。(←ヘタレ

  てなわけで、次回は学園祭本番! こちらもまた同じように皆さんのネタがどっしり入ってます!

  それでは今回はここで失礼します。

 

  こん○○わ、シンフォンです。

  いよいよ始まる学園祭。そしてダブル鈍感の男達。

  まあ、ヨシュアのほうは、もう見込みないのかな〜と逆に達観してしまったせいかもですが(笑

  しかしヨシュア君。君はドレスのままやりあったのかw

  そして、ティータの再登場も約束されましたね。子供達よ大いに遊べw

  ってわけで、また次回に会いましょう。

 

 (クレさんより)

  今回の目玉はほのぼのです。

  って言うかクローゼかわいいよクローゼw クローゼをもっとおおおおw

  あとはゲームをプレイしている人ならわかるであろうヨシュア君の例のイベントも。

  空の軌跡FCにおいての私の好感度が彼のイベントの時いっきに一位まではねあがったのは内緒ですw

  ともあれ初々しい二人をみてニヤニヤしてくれればいいなあと思いますw





ほのぼの〜。
美姫 「こういう雰囲気も良いわよね」
うんうん。恭也とクローゼ、ヨシュアとエステルがそれぞれ良いよな〜。
学園祭の準備に借り出される恭也たち。
美姫 「次回はいよいよ学園祭が始まるのかしら」
どっちにしても、すっごく楽しみです。
美姫 「早く続きが読みたいわね」
いや、本当に。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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