とらいあんぐるハート3

Schwert und Gewehr(剣と銃の饗宴)』――das schmutzige Weltende(終末の穢土)――

GUARD OF 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生い茂るとまではいかないが、それでも昼過ぎという時間帯を考えれば充分薄暗い方である。

 勾配もそれなりにある森の中。日光が隙間隙間から指して照らしてくる中、茂みに隠れている影が2つ。

 

「位置がイマイチ掴めないな……他の者は?」

「チームは1人が離脱。もう1人は別の所に待機済み」

「護衛対象は?」

「大丈夫だ」

 

 と、銃声が1発分。数コンマ遅れて2人の間の砂が跳ねる。

 

「俺たちの位置はばれているようだな。この分では護衛対象を発見されてやられる」

 

 エリスも同感らしく、銃口を上に向けて構えながら、木の陰に隠れつつ頷いた。

 気配を探り続けているからすでにわかっているが、周囲を取り囲むように数人いる。どんどん距離を詰めてきているのだ。

 まだこちらを射程範囲内に納めたわけではないのだろうが、時間の問題だ。

 護衛対象はチームの1人が護ってさらに後方に退避しているが、このまま恭也とエリスが足止めされていてはそちらを追撃されるだろう。

 とは言え、動けば狙撃のいい的である。

 

「狙撃手の腕がいいな。これだけ時間が経っても焦れることなく、正確に狙ってくる」

「元はSASのHAG部隊で狙撃支援を担当していたらしいからな」

 

 ずっと動かずにその場で銃についているスコープを通して目標を補足し続けているのは大変な集中力がいる。

 レーザーポイントなどはついていないタイプのようなので、なおさらどこを狙っているのかわからないが、それは狙撃手側にしても負担がかかる。

 

「香港警防隊にもSWATやSAT出身の狙撃手がいるが、俺の知っている限りでは彼ら以上だ」

 

 イギリスの特殊部隊として有名なSAS。HAG――正式名称『Hause‐Assault Group』――部隊はその中の、屋内突入部隊のことである。

 突入となれば当然攻め込むわけで、危険を伴う手段。その支援をする狙撃手の役割は重要。

 そして狙撃手は存在がばれてしまうと警戒されてしまうが、逆に言えば警戒されることで相手の注意を引きつけることもできる。

 存在的にも相手の心理への影響という点でも、狙撃手の存在の意味は大きい。

 そして恭也とエリスには、その両方の脅威が今まさにかかっていた。

 

「動こうにも動けない。退けば背中を狙われる」

「不用意に出ていくわけにもいかないし、かと言ってこのままジッとしていたら他の奴に近づかれて包囲され、それで終わりだ」

「……エリス。狙撃手はどこにいると思う?」

 

 エリスは先ほどの弾痕に目を落とす。恭也を誘導するように。

 

「弾痕部分の土の抉られ方からして高い位置からの狙撃だ。そして方向は跳ねた土の逆ということだから……」

 

 林の奥――エリスにとっては右斜め前方、恭也にとっては丁度真正面に当たる位置を指差した。

 さすがだ、という意味で頷いて返す。恭也の推測も同じ。

 

「木の上であることは間違いないようだ」

 

 斜め前方から銃声がまとめて数発。図り合ったように恭也とエリスが隠れている木に着弾する。

 威嚇でしかないのは分かっているが、しっかりこちらが隠れている木に着弾ポイントが絞られている辺り……

 

「狙撃手がこちらの位置を教えているな」

 

 というわけである。

 

「つまり狙撃手は司令塔なわけだ。役割分担もできている。この気配、左右に分けて片方ずつ進攻してくる」

「狙撃手を潰せば確実に少しは混乱するな」

「自分たちより後方の、それも木の上の者を落とされたとくれば、いつの間に狙っていたのかという心理的に追い込める意味もある」

 

 そこまで話せば互いに何を考えているかどうかわかる。

 要するに司令塔を落として形勢逆転を図る、相手の指揮系統を潰すという、戦術における基本中の基本の実行。

 だが言うが易し。

 木の上にいて、その位置も近づいてくる者たちより後方にいる狙撃手をどう狙えばいいのか。

 エリスの銃でも射程に捉えられないのでは、恭也の飛針や鋼糸ではなおさら無理というものだ。

 近づく必要がある。でも近づいてくる者に気づかれずにどう近づけばいいか。

 こちらの隠れている位置を狙撃手が掴んでいるということは、茂みなどの隠れるものがあまりない以上、動けばばれる。

 

「エリス、いいか? しばらく俺と話しているように演技してくれ」

「演技?」

「頼むぞ」

 

 何をしようとしているのかを話すことなく、エリスが聞く暇すらないまま、恭也は鋼糸を隠れている木の高い位置にある枝に引っ掛ける。

 と、軽い身のこなしで一気に上る。

 

『待て。まさか木の上を伝って行こうとでもいう気か!?』

「まあ見ておけ。障害物のある閉鎖空間こそ御神――特に俺の御神不破流では真骨頂だからな」

 

 大きな声を出せないので、耳に取り付けた小型通信機でやり取り。

 数秒で上りきる。ちゃんとその姿が狙撃手からは捉えられないように木から体がはみ出さないようにしながら。

 いかにスコープで恭也とエリスを遠距離から捉えていると言っても、スコープで一度に捉えられる範囲は狭い。

 今までいた木の下を狙撃手が見ているとしたら、木の上に移動した恭也の姿は木からはみ出したところで見えるわけがない。

 

『木の上を移動すれば枝や葉の動き、それに音で見つかるぞ?』

「心配するな。御神流の技法には音と気配で相手の位置を掴む"心"がある」

 

 だから相手に近づく前にこちらは気配を察することができるので、わざわざ近づく必要はない。

 

「捉えたら後は銃を取り落とさせればいいだけだからな」

 

 わざわざ小太刀の射程内まで近づかなくても、飛針で狙えばいい。

 言いながら極力音を立てないよう、そして下にいるだろう、近づいてきている者たちに気づかれぬよう、慎重に移動する。

 あくまで慎重に。だが速やかに。

 銃声がまた数発。音からして狙撃手の銃だろう。

 

『足音が聞こえてきた。どうも狙撃手は気づいてないようだ。こちらを動けないように連射してきてる』

「了解だ。む……」

 

 足元――いまいる木の下に1人の男。銃を持って木に背中を預け、エリスのいる方をチラチラと見ている。

 さすがに動くわけにはいかず、恭也も木の上で気配を殺す。

 攻撃しようか一瞬考えるが、うまく声を出さないようにやらないといけない。できるかどうかわからないし、今は捨て置こうと思うが……

 

(くそ、動かない)

『恭也、ちょっとやばい。できるだけ急いでくれ』

 

 動かない男。しかしエリスへの包囲網は迫ってきている。

 

(やむをえん……)

 

 恭也は気配を探り、近辺には他に気配がないことを確認。鋼糸を引き出し……投擲。

 

「むぐっ!?」

 

 男の首に絡まる。恭也は即座に木から飛び降り、上手く鋼糸への力を操作しつつ、銃を取り落とした男の首に手刀一閃。

 意識を刈り取られ、ガクリとくず折れる男を木のそばに座らせておく。

 時間がないので、木の上をいくことはやめ、地を駆ける。踏みしめる落ち葉の音がやけにうるさく聞こえる。

 

「気配は捉えたが……音が出るから、この先はまた木の上を伝っていくしかないか……」

『それでは時間がない。恭也、今から私が発砲して銃撃戦を誘う。その隙にやれるか?』

「それなら……10秒だ。10秒だけ持ち堪えられるか?」

『なんだ、それだけでいいのか? 30秒でも持たせてやるぞ、私は』

「はは、頼もしい限りだ。弾数は充分か?」

『心配するな。カートリッジも準備よしだ。派手に撃てるぞ?』

「よし……頼む!」

 

 複数の発砲音。

 相手も、近づかれたためにエリスががむしゃらに応戦してきていると思ったのか、迎え撃っているようだ。

 

(今のうちに……!)

 

 銃撃音ですっかり恭也の移動音は消されている。これ幸いとトップスピードで駆け抜ける。

 

(いた!)

 

 正面の木の上。枝にまたがって銃を構え、スコープに目をくっつけている男。

 斜め前を向いていて、恭也の方には全く気づいていない。

 エリスのほうに集中している彼は、逆にその集中が仇になっていて、他への集中が疎かになっているのだろう。

 本来はそれでも構わないのだ。自分を狙えるわけがないのだから。

 

「例外は常に存在する……はっ!」

「――っ!? ぐあっ!」

 

 しばし狙いをつけたのち、飛針を投擲。

 男は直前に恭也の存在に気づいたようだが、枝にまたがっているその体制では上手く動けず、

 さらには重い狙撃銃を振り回すこと猶予もないまま、飛針を手首に受けて銃を取り落としてしまった。

 銃が地に大きな音を立てて落ちるその前に、恭也は距離を詰めて鋼糸を投擲。

 男は懐から通常の銃を取り出すが、首に巻きつく鋼糸にそれすら手放してしまった。そのまま首を絞めて意識を刈り取る。

 木の上で男はぐったりと。落ちることはなさそうなので放置。

 

「エリス、狙撃手を制圧!」

 

 通信機ではなく、声を出してわざと他の者にも聞こえるように。彼らにすれば「いつの間に!?」というところだろう。

 確認しようとも狙撃手には連絡がつかない。それが本当なのだと余計に動揺する。

 わざわざ声を出さなくても、後ろから密かに近づいて各個撃破していくという手もないわけではないのだが、

 エリスが狙われている上、かなり近くまで追い込まれているとなると、こちらに意識を向けさせなければエリスがやられてしまうからだ。

 

『了解した! 挟撃するぞ! 私は君から見て右の奴をやる!』

「よし、俺は左をやる!」

 

 今度は小声で。だが足は今度も構うことなく落ち葉を踏み鳴らす。

 すでに視界には1人の男が映っている。銃を発砲してくる。そばの木に隠れる。

 飛針を投擲。銃を弾く。直後に飛び出していく。

 

「くそっ!」

 

 男はナイフを取り出して迎撃。だが近接の刃物での撃ち合いにおいて恭也を相手にするには、彼の技術では不足に過ぎた。

 一撃でナイフを弾かれ、柄で腹を打ち抜かれ、体制を崩したところで首を打たれて気絶。

 そのまま今度はエリスの救援に。エリスと撃ち合っている2人の男へ斬り込む。

 飛針を投擲。1人の男の銃に突き刺さる。もう撃てない。

 横合いからエリスの支援射撃。もう1人の男の銃が弾かれる。

 

御神流 奥義之壱 "虎切"

 

 長射程の抜刀術を撃ち込み、峰で男の腹を打ち抜き、返す刀でもう1人の男の脇腹を打つ。

 

 

 

 

 

『こちらディーン! 護衛対象を別の車へ移送完了!』

 

 

 

 

 

 同時に護衛対象を別の車まで送り届けることができたらしく、連絡が入る。

 そこで脇腹を打たれて蹲っていた男が悔しそうに舌打ちした。

 

「すいません、かなり強く打ち込んでしまいましたが……大丈夫ですか?」

「あ〜……ちょっときついぜ、ニンジャボーイ……」

 

 どやどやと人の気配が。だがもう慌てる必要はない。

 護衛対象を送り届けた以上は護りきったということ。

 

 

 

 

 

『護衛任務成功という形で、本日の訓練を終了します』

 

 

 

 

 

 『香港警防隊員との親善訓練』と銘打たれた、恭也の初のマクガーレン社における訓練が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『護衛対象を車で護送中、狙撃を受けて車が使えず、やむなく別の車に護衛対象を移送するために林を抜けていたが、追っ手がかかった』

 これが今回の訓練開始段階での設定。

 

「今更なんだが、かなり無茶苦茶な設定だな」

「ははは。やっぱりそう思うか」

 

 護衛の仕事ならまずは敵や正体の知れない者を近づけないとか、

 今回の設定にしても、あくまで護衛対象を車から出さずに護りきりながら別の車が来るのを待つなどにすべきである。

 

「いちおう車のエンジン部分を撃たれて、車は炎上。走って逃げるしかなくなったという設定にしてあるんだが……」

 

 要するにエリスが考えた条件設定は、護衛対象を護りながらの緊急移送。

 

「マクガーレン社は護衛こそが仕事なんだから、ここまでのことはなかなかないはずだろう?」

「ああ、正直、こんな条件なんて今時じゃそうはないね。でもさ、君はそもそも香港警防隊の人間だろう?」

 

 マクガーレン社は警備やセキュリティーを仕事とする企業だが、香港警防隊はそうではない。

 護衛任務も確かにあることはあるが、任務で護衛が入ることはあまりないのだ。

 香港警防隊は法の番人と呼ばれるわけで、むしろ麻薬組織摘発だとか、マフィアのアジトの制圧だとか、

 守備的というより攻撃的な任務の比重が大きい傾向にある。

 

「マクガーレンの者としては、まずは香港警防隊の人間の実力を知りたいわけなんだ」

「なるほどな。だから護衛任務でありながら、戦闘技能や相手を制圧する戦術戦略の練り具合が分かりやすく見て取れるような訓練にしたと」

「そういうことだ」

 

 恭也もようやく合点がいく。

 護衛の仕事なら今のように制圧を先に考えるのではなく、どうやって護衛対象を護り抜くかを第一に考えなくてはならない。

 確かに敵を足止めして制圧すれば結果的に護衛対象を狙う敵を一掃できるのだから、完全に間違っているとは言えないが、

 エリスが足止めを提案したはいいとして、制圧するような素振りを見せたことには、恭也は何となく違和感を覚えていたのだ。

 

「君なら普通に護衛任務でやっても問題ないだろうけど、

 いきなり護衛任務にしても、マクガーレンと香港警防隊では考えの違いなどもあるから連携もしにくい」

 

 最初から上手く連携ができるなんて期待する方が間違いだが、

 もし連携に齟齬があり、SPたちといさかいでも起きたら、親善の意味はまるでなくなってしまうし、互いのイメージを損ねかねない。

 だから最初は恭也にSPたちが認めるような実力を披露させ、連携する仲間も恭也を知るエリスが自ら務めることで、

 まずは互いを認め合うことから始めようとしたわけだ。

 

「人ってのはさ、いい印象を抱くと、その人がある行動を取った場合、悪い印象を抱いていた場合より好意的に受け取ることが多いだろう?」

「俺がいい印象を抱かれるようにしたわけか。はは、人の扱い方が分かっているらしいな、エリス」

「……何だか嫌な意味で言ってないか?」

「気のせいだ」

 

 人の扱い方――つまり、人の心の操り方をよく知っているなと、

 どちらかというと悪い意味に捉われがちな言い方をされて、ジト目で恭也を睨むエリス。

 

「人が君のためにと思ってやっているというのに、なんて奴だ」

「すまんすまん。そう怒るな、エリス。俺は単に上に立つ者としての気の配り方をよくわかっているんだなと言いたかっただけだ」

 

 そっぽを向くエリスに苦笑しながら謝る恭也。

 

「にしても相変わらず見事な腕だな、エリス」

 

 先ほどの訓練で、最後に敵役の男性が持っていた銃――エリスが恭也の突撃にあわせて撃ち落としたもの――を手に取る。

 その銃は銃身を真っ赤に染めている。

 訓練なので、もちろん銃弾は模擬戦用の訓練弾であり、カラーボールのようなものである。

 まあそれなりに痛いので、もちろん防弾チョッキは着ているが。

 

「それくらいは1年前でもできた」

「だが2発を速射し、それをほぼ同じ場所に命中させるというのは見たことがない」

 

 血痕が飛び散ったように赤く染まっている銃身には、明らかに2発分とわかる跡が残っている。

 それに、銃を持っていた男性に聞けばわかることでもある。

 

「クイックドロウに、まさに針の穴を通すような命中精度を誇る腕。これほどの銃の使い手など、そうはいないぞ?」

 

 ちなみにこの訓練中はエリスも基本的に一丁でやっていた。

 恭也の足音を消すために挑んだ銃撃戦では二丁でやっていたが、銃を弾いたときは片方の銃で連射した。

 

「それが二丁でやられたら確かに脅威だろうな」

「……褒めても許してやらないぞ?」

「そのわりに顔が赤いが?」

 

 少々恭也が有利。

 

「う、うるさい! 昔は私の二丁の前にカラーボール弾の染色で染め上げられたくせに」

「む……」

 

 エリスは小さい頃から女の子にしては非常に珍しいほどに、銃――もちろん玩具だが――を手にしていた。

 まあ彼女の両親が、すでに彼女が小さい頃からセキュリティー会社を打ち立てていたので、周囲が自ずと彼女にそうさせたと言ってもいい。

 そう言うと物騒な女の子に思われがちなのが、エリスとしてはちょっとしたコンプレックスであったりするのだが、

 恭也とて彼女とそう変わらない年齢のうちから小太刀を持っていたのだから、特に気にしない。

 

「避けられずに痛い痛いと言って逃げ回る君の姿はなかなかに面白かった」

「待て。俺は痛いなんて言ってないし、逃げたりなんてしなかったぞ」

「そうだったか? ああ、そうだったそうだった。どんなに当てても突っ込んでくるものだから、私も逃げ回りながら撃ってたな」

「……エリス」

「フィアッセが私を追いかける恭也を見て『真っ赤な化け物がエリスを襲ってる!?』って叫んだものだから、君はひどく落ち込んでいたような……」

「もういいだろう、エリス。それ以上人の恥をぶちまけないでくれ」

 

 さすがに今度は恭也が不機嫌そうにエリスから離れていく。

 やりすぎたかと苦笑しながら恭也を追いかけ、ご機嫌取りをするエリスである。

 

「すまないって。そんなに怒らないでくれ。そもそも君が私をからかって遊ぶから仕返ししただけだぞ?」

「エリスの方が明らかにやりすぎだろう」

「日本にはこういう言葉があるじゃないか。『やられたらやり返せ』。あ、あとこんなのもあるらしいな。『右の頬を打たれたら両の頬を打ち返せ』」

「……エリス、確かに日本にはそういう文句があるにはあるが、あとの方はオススメできないものだからな?」

「そうなのか?」

 

 普通に首を捻るエリスに、薄ら寒いものを感じる恭也。

 彼女に対するヘタな行為は倍返しで返ってくるということだろうか。絶対にヘタなことはしないようにと頭に刻み付ける。

 

「まったく……エリスもフィアッセの悪戯好きなところが映ったんじゃないだろうな?」

「お互い様じゃないか、それは?」

 

 悪戯好きと言えばフィアッセ以上にティオレ。むしろ彼女の悪戯好きな性格がフィアッセに遺伝したと言うべきだろうか。

 ティオレの悪戯は容赦がなかったので、恭也もエリスもそれを思い出して苦笑するどころか大変重い吐息をつく。

 むしろそれは封印すべき記憶。

 もうこの話は終わりにしようと暗黙のうちに了解し、エリスの方から話を変える。

 

「今回の訓練でかなり君の評価はよかったよ。

 それでなんだが、君にはちゃんとした護衛の訓練も受けてもらうけど、それも多分問題ないだろうから、

 数日中に1つ正式な護衛の仕事を受けるので、君もそれに参加してほしい」

 

 それこそまさに相互親善派遣の一番のイベント。

 これが上手くできるかどうかで親善の結果が出るといってもいい。

 派遣期間はそれなりに長いから、この一度きりというわけでもだろうが、それでもおざなりにはできない。

 

「そんなに構えなくてもいい。いつも通りにやってくれ。最初はそれほど大したものでもない」

「エリスも参加するのか?」

「……嫌か?」

「そんなことはない。むしろ安心だ」

「そ、そうか……」

 

 エリスとしては、こうもあっさりと言われると照れるとか言う前に呆気に取られてしまいそうだった。

 とりあえずエリスが親善計画の現場担当者で、詰まるところ、香港警防隊からの派遣者である恭也の世話役・責任役というわけなので、

 常に恭也の近くにいることは公式的にも問題ない。

 香港警防隊から見ても、マクガーレン社社長の娘が直々に恭也の世話役を務めているとなれば、

 それだけマクガーレンが親善に力を入れているとわかるため、マクガーレン社としても香港警防隊としてもエリス個人としても好都合なのである。

 

「明日は今日と違って完全な護衛の訓練だ。結果によっては明後日辺りにすぐ仕事についてもらうかもしれない」

「わかった」

 

 そこまで話して、2人はそろそろ撤収時間だとのことで、荷物を車に積み込んでマクガーレン社へ戻る準備を手伝うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗黒街。

 一口にそう言っても外から見て電灯が全くついてないとかいうわけじゃないし、

 わかりやすいまでにヤクザや暴力団紛いの人間がうろついているわけでもない。

 見た目はそこらの街並みと変わらない、静かな夜の帳が下りただけの住宅街。

 

「失礼します」

 

 だが建物内部に入ると、外からは見えない「暗さ」が溢れた世界に変貌する。

 

「遅かったな」

 

 そこは地下室。上の建物は中も普通の住宅なのだが、その地下室だけは石造りで、まるで監獄のようだった。

 冷たい空気が流れ、壁に取り付けてある蝋燭の光が揺れている。

 ただ入った部屋はそんな通路とは一風変わって、小綺麗な、中世ヨーロッパの貴族の部屋のように、

 暖炉があり、絨毯が敷かれ、動物の頭部分の剥製が飾られていたりと。

 ただそんな場所にはどう見ても場違いな、全身を覆う、暗い灰色のフードを被っている者が3人。

 そのフードを固定するために頭に巻いているベルトには、それぞれ動物を模した彫刻が施されている。

 

「申し訳ありません。少々追加の情報入手に手間取りましてね」

 

 1人は鳥――ワタリガラスで、あとの2人には狼の彫刻が。

 用意されていた椅子に座る、部屋に入ってきた男もまたフードを被っており、額のベルトには同じくワタリガラスの彫刻が。

 

「さて、報告を頼もうか、"フギン"。これだけ遅れているんだ。わかりませんで済ませるわけではないだろう?」

「もちろんですよ」

 

 対面から、隣から、机を挟んで対角線上にいる者からと、部屋にいる者全てからきつい視線を感じつつ、

 "フギン"と呼ばれた男は肩をすくめて手に持っていた封筒を開けた。

 

「見つかりましたよ。我らが欲する力の在り処を示す『鍵』がね。まあ正確に言えば、さらにその『鍵』の在り処を示すものですかね」

 

 中身を取り出す。数枚の、文字が書かれ、絵や写真もデータとして載せられている紙。さらに写真も数枚。

 それらを全て燭台の立つ机の中央に。

 思い思いに彼らは手に取る。

 

「……間違いない。この数十年、行方がわからなくなっていた『スレイプニル』だ」

 

 横に座っていた、狼の彫刻が施されたベルトを巻く者が、

 初めからいくつかの紙と写真を見比べながら、歓喜の色がありありと見て取れる口調で呟いた。

 別の者たちも彼から資料を回されて、各々自分の目で確認している。

 

「この『スレイプニル』が、我らの欲する力に導いてくれるのだな」

「半世紀も昔に闘争で失われた、我らの力の象徴とも言えるもの。ようやく取り戻せる時がきたのか」

「我らの宝をこれ以上たらい回しになどされてはたまらん。直ちに取り戻しに行かねばな」

 

 写真やデータにある、彼らが『スレイプニル』と呼ぶものは、丸い、丁度オリンピックのメダルくらいの大きさをしている。

 元は銅だったそうなのだが、今では酸化して錆びてしまっていたり、色がはがれたりしてしまっている部分がそこかしこに見られる。

 ちゃんとした保存をしていればそうはならなかったわけで、彼らはたらい回しにされてきたためであることに、さらに表情を歪めた。

 描かれているのは灰色の馬だった。8本の足を持っている。それに跨る1人の男性。

 吹き荒れる風……というより、吹雪を示しているらしく、男性の背中に従うように風や雪らしいものも見て取れる。

 吹雪は従うというより、その男性や馬から巻き起こされているように、男性の背後で猛威を振るっているようだった。

 

「それで、『スレイプニル』は今どこにあるのだ?」

 

 『スレイプニル』の絵――元から彼らが持っていた、『スレイプニル』を描いたもの――と写真の『スレイプニル』を見比べ、

 悪神とされているのだから、猛威をふるって破壊をもたらしているようなその姿はある意味で正しいのだろうと男は考えていた。

 

「おい、何を呆けている?」

「――ああ、申し訳ない。場所ももちろんわかってますよ。イギリスですね。どうもブローカーが持っているようで」

 

 ブローカーと聞き、一気に場の空気が重苦しくなってくる。

 当たり前だろう。自分たちの崇める神の描かれたもの、それもその神の力の在り処を示す組織の宝物を、

 珍しいものを得ては高額で売り捌く者などが所有しているとなれば。

 まだどこかのマフィアやコレクターみたいな者にでも所有されている方がマシというものだ。

 

「ふざけおって……!」

「もう手は打ってあるのだろうな?」

「もちろんです。脅迫状も送り付けましたよ、こっちに渡せとね」

 

 特にマフィアのような組織を後ろ盾に持つブローカーというわけでもないようで、かなり弱気な人間らしく、

 監視させている配下の者によれば、一日中家から出てこなくなったらしい。

 警察に頼るにしても、自分の犯してきたブローカー行為がばれるのが嫌らしく、結局頼るものがなくて怯えているのだろう。

 

「ただ厄介なことに、警察に頼めないならボディーガードを雇ってどうにかしようとしているようで」

「小賢しいマネを……」

 

 警察に頼らなくてもいい手ではあるが、襲われたとあれば警察を呼ばないわけにはいかない。

 ボディーガードたちも、それでも警察には言うなと聞いたら、依頼人を怪しく思うだろう。

 

「ボディーガードなど一気に退ければいい」

「そうなんですがね。私が厄介と言ったのはボディーガードを雇ったということではなく、その依頼を請け負ったのがマクガーレン社だということです」

「マクガーレン? イギリスの警備やセキュリティーの最先鋒をいく企業か」

「ええ」

 

 業界では世界最大規模と実績を誇るマクガーレン社。

 イギリスの政府関係者から官僚、世界中の高官たちからも警備を頼まれるほどで、

 下は一般人の護衛から、住宅セキュリティーなどを一括して請け負う、まさにその方面におけるプロ。

 ボディガードとなれば質の高い、経歴と実力の確かな人的資源に最新の装備。

 大企業にありがちな杜撰さや、腕に疑いのあるような者を派遣するなどの問題行為もなく、

 そうした英国の高い礼儀概念――この際騎士道精神とでも言おうか――という、精神的な在り方も評価されていて世間の信頼も高い。

 

「だがどんなに装備や人員が素晴らしかろうと、数を用意すればいい。人など仕掛け爆弾1発で充分殺せる」

「イギリスでも最近テロ行為が続発していることだし、犯人などいくらでもでっち上げようがある」

 

 狙われた人間がブローカーだったのだ。世間としても犯罪者が犯罪に遭ったところで、自業自得じゃないかと思われる可能性も高い。

 これまでそのブローカーがやってきた行為、その中で関係ある組織の名前でも挙がれば、警察も世間の目もそっちにいくだろう。

 

 

 

 

 

「そうもいきませんね」

 

 

 

 

 

 が、居並ぶ者たちの言を遮り、これこそ問題なんですよと続ける。

 

「そのボディーガードを、何とマクガーレンのご令嬢が直々に引き受けるようで」

「なに? そんなにブローカーは大金でも積んだのか?」

 

 それはないだろうと切り捨てる。

 さっきも挙げたが、マクガーレン社の精神的理念は高い。所属するSPや職員の1人1人に至るまで高い精神道徳概念を叩き込まれている。

 金を積んだだけで質のいい人を出しますとはいかないだろう。

 社会的な立場がどうだろうと、上は政府高官、下は一般人に至るまで、常に最高の人員と装備、サービスで、というのがモットーのマクガーレン社。

 その社長の娘となれば、なおさら意識は高いだろう。

 

「実際、彼女の評価は極めて高い。プロ意識は強く、道徳精神も高い。

 さらに腕も二丁使いとして知られていますし……ま、一言で言うなら完璧、ですかね」

 

 そんな彼女が来るとあれば、特に選ばれた者たちで警備に当たることだろう。

 

 

 

 

 

 そしてそれだけではないのだ。

 

 

 

 

 

「香港警防隊。ご存じないなどということはありますまい?」

「当たり前だ。"最強最悪の法の番人"。最近では世界中に展開しだしているからな」

「ええ。実はその隊員が1人、その警備に混ざるそうなんですよ」

「どういうことだ? なぜ香港警防がこんな所に……それも1人だと?」

 

 別にマクガーレン社と香港警防隊が険悪な中というわけではないが、香港警防隊はもちろん香港に拠点を置く以上、活動範囲は東洋が主である。

 商売敵と言うには少々両者はスタンスが違うが、それでもマクガーレン社は西で、香港警防隊は東で、というのが実態。

 要は縄張り争いみたいなもの。

 イギリスなど、マクガーレン社が本社を置く地。そこに香港警防隊員がたった1人だけいるというのは理解できないというのが彼らの言い分だ。

 

「どうも少し前から親善交流ということで、互いの面子を派遣し合っていたようです」

「交換留学でもやっているつもりか、馬鹿馬鹿しい!」

 

 怒鳴ってふんぞり返るメンバーの1人に、自分に怒られても困ると苦笑するしかない。

 

「その隊員というのがどうも気になるんですがね」

 

 写真の中から問題の2人を映したものを取り出す。

 

「この男ですが……この時代に刀剣を駆使して戦うらしくてね。ちょっと調べてみたんですが……」

 

 そのせいで報告が遅れたのだと伝えておく。

 

「香港警防隊4番隊隊長、御神美沙斗。彼女の振るう剣と非常に似通っているとのこと。というより、もう同じと言っていいでしょうね」

 

 武器は同じカタナ。他にも投げナイフらしいものやら糸を使うらしいこともわかっている。

 御神美紗斗。その名を挙げた途端、居並ぶメンバーの顔が一気にしかめっ面へ。

 

「……"鴉"と同じだと……?」

「ええ。あの『龍』に喧嘩を挑んだ"鴉"と同じ剣……名前からももうお分かりでしょう? 御神流ですよ」

「馬鹿な……まだ生き残りがいたというのか?」

「そういうことではないかと」

 

 御神の剣士。

 重装備の100人でかかってやっと倒せるかどうか、などと言われる、極東の島国の剣術流派。

 

「名前は高町恭也。香港警防隊での実績も入隊半年ながらすでに主力級ですね。

 初めての大きな実績は、どうやら香港警防隊ではなく、1年前、クリステラソングスクールのフィアッセ・クリステラのツアーコンサート警備において、

 ファンとグリフの襲撃から護り抜いたというところですかね」

「ファン? ああ、あのイかれた男か。グリフと言えば大剣使いの戦闘狂だな。最後は銃でやられたらしいが、剣士としては惨めな終わり方よな」

 

 狂った馬鹿にはお似合いの末路だ、などと笑いこけるメンバーの1人を尻目に、この脅威をどうするかの議論に入る。

 真っ向から当たるのは得策ではない。

 それに恭也の方はともかく、エリスの方を殺しでもしたら、間違いなくマクガーレン社が総力を挙げてくるだろうし、

 ヘタをすればイギリス政府が動き、マクガーレンの世話になってきた各国政府高官も動きかねない。

 来たる『その時』まで、自分たちに注目が集まるようなマネはとにかくできない。

 

「もし上手く奪えたところで、彼女のこと。必ず追ってくるのではないか?」

「プロ意識が高いらしいからな。自分の失態を野放しにはしまい」

 

 エリスたちを傷つけようが傷つけまいが自分たちが表に出かねない。

 

 

 

 

 

「……逆に彼らを利用するか……」

 

 

 

 

 

 ふと視点を逆にしてみて思ったことを、半ば無意識のうちに口にしていた。

 注目が集まり、とりあえず咳払いをして思ったことに瞬時に理論付けをして切り出す。

 

「詳細は綿密に話し合いたいと思いますが、要は彼らに動いてもらうということです」

「……いい手だ、とは一概に言えんな。リスクも高い」

「リスク。これは何にでもありますよ。注目を集めたくないといった条件を満たそうとすれば、リスクは自ずと高まります」

 

 4人の影がゆらゆらと揺れる燭台の光で長々と伸びる。

 彼らの思惑が、まるで首をもたげてくるかのように……。

 

 

 

 

 

――続く――

 

 

 

 


設定説明

  "フギン"

    名前ではなく、あくまでコードネームのようなもの。

    捕捉:北欧神話に登場する、ある神のそばに在るワタリガラスのうちの1匹。『思考』を司っている。


あとがき

  F 「ということで長らくお待たせしました! GUARD OF 2お披露目〜!」

  T 「あとがき担当は毎度同じくアシスタントもどきな私こと、T・Sと!」

  F 「私、FLANKERでお送りしまっせ〜!……とか言いつつ、今回のネタも後半なんてT.Sさんの北欧神話ネタで一杯じゃないですか」(¬¬)

  T 「まあ、私ができることなんて北欧神話に関してのネタを出すことぐらいしか……ぐらいしか」(泣

  F 「読者の皆さん。こんなこと言ってはりますが、前半は私、後半はT.Sさんが主にネタを考えたくらいでっせ?

     ちょっとこの人に自分の凄さというものをわからせてあげてくださいな」(笑

  T 「だってさ……前も言ったような気がするけどさ……咲や葉那に苛められてばっかりだから。

     最近なんか、駄目作者とか作者もどきだとか……いろいろ言われてさ」(イジイジ

  F 「私なんか毎回駄作者呼ばわりでっせ。もう慣れたけどね〜、あっはっは…………虚しいな、オイ!」(←1人ノリツッコミしてるアホ

  T 「……まあ昔のことはもう忘れて! 今回で2話目ということですが……FLANKERさん、今回のお話の見所ってずばりなんでしたかね?」

  F 「ふむ。私としてはですね、やはり恭也とエリスの連携ですね。戦闘もですけど、会話でもポンポンとノリがいい。似たような2人ですから」

  T 「ふむふむ。

     ですが似たようなっていうのもありますけど、やっぱり2人があそこまで息ぴったりなのは幼馴染というのが一番大きいんでしょうねぇ」

  F 「ええ。幼馴染み……私はなぜか幼馴染みキャラが好きです。

     そして私としては納得したくないんですが、どうも私はアレンフォードみたいなキャラも好きかもしれない……orz」

  T 「人それぞれ、好みというのはあるものですよ。ちなみに私もアレンフォードみたいなキャラは結構好きだったりしますw」

  F 「後半ではまた私の本編のような組織が出てきてます。しかしこの『剣と銃』では彼らだけではないんですよね〜、T.Sさん♪」(←生殺し

  T 「そうですね〜。彼らだけでなく、なんと……とと、これは次回のお楽しみということでしたなw」

  F 「そういうことでっせ、お代官様。げへへへへ(←誰だよ)。

     とまあ、そんなわけで(←どういうわけだ)、次回は正式な任務に出る恭也とエリスです」

  T 「任務へと出た二人を待ち構えていたものとは一体何なのか!?次回、GUARD OF 3を皆様お楽しみに!!」

  F 「それでは今回はここいらで失礼をば〜」





怪しげな組織の存在が。
美姫 「やっぱり、普通に親善だけではすみそうもないわね」
だな。一体、何が起ころうとしているんだろう。
美姫 「しかも、後書きで気になる事を言ってるわね」
本当に。ああ、もう何があるんだ!?
次回、次回も楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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