Interlude

  ――――アリサ・バニングス――――

 

 

 

  …………………………おかしい。何がおかしいかは解らないけれど絶対におかしい。

  というか変よ。もう何処がとか何がとかじゃなくて、一から十まで全部が変よ!

  最後にはやてと会ってから今日までシグナムさんとか経由でしか連絡がなかった速人とはやても変だけど、速人とはやてに会えなくなったその日を境にどこか元気の無いなのはにフェイト。フェイトに至ってはなんか学校休んだ挙句休む前より元気がなくなってるし。

  それに今日なんかなのはもフェイトもイブの約束すっぽかして二人して朝早くから大急ぎでどこかに出かけたらしいし、それからまるでタイミングを見計らったように入れ違いではやてが家に戻ってきたって連絡があったし。

  ……………………なのはが何やってるかなんてのはよく分かんないしフェイトもなのはと一緒に何かやってるんでしょうけど……………………………………………………速人とはやてはさっぱり分かんないわね。っていうか、どう質問していいかも分かんないわね。

  …………………………………なのはとフェイトは何やってたかって聞けば答える気があるならそれで済むけど、速人とはやては治療でどっか行ってて場所が秘密なのは知られるとマズイからって既に教えてもらってるからどう尋ねればいいのかサッパリ分かんないわ。

  ただ…………………………速人はな〜んか全部知ってそうなのよね。

  思い返してみればはやての家になのはもフェイトも行ったことないし、シグナムさん達とも全然会った事無いのよね。

  フェイトは速人とはやてと最近知り合って機会が少ないのは分かるけど…………………………なのははあたしと同じ日に出逢って結構それなりに機会があったのにフェイトと同じくはやての家に行ったことやシグナムさん達と出逢った事もゼロ。

  ……………………………………たんにニアミスしてるだけって可能性が高いんだけど…………………………………速人ならニアミスくらい操作出来そうなのよね。

  でも………………………出来たとしても基本的にはやてに関係するようなことを速人がはやてに断り無くするとも思えないし、はやてがそんなこと認めるとも思えないし…………………………。そりゃはやての命が危ないとかなら別かもしれないけど、なのはやフェイトがはやての家に行ってはやての命に関わるなんてあるわけないし………………………。

  …………………………………………………………………………………………………………ああっもうっ!ヤメッ!ヤメヤメヤメッッ!!あたしはべつに秘密を暴きたいんじゃなくて今のギスギスした関係をどうにかしたいのよ!!!

  あたしが誘拐されて直ぐ速人がなのはにキッツイコト言って溝が深まったみたいでなのはは速人の話題が出るとなんか気落ちするし、フェイトはなんだか終始落ち込んでるし、すずかはあたしが誘拐されて心配して速人とはやてが怪我と病気で会えなくなって心配してなのはとフェイトの態度に心配してと心配のし通しで元気が無い…………………………。そんな今のあたしの周りの辛気臭い雰囲気を一掃する為にもさっさとすずかと合流してはやての家に退院(でいいのかしら?)祝いで乗り込んで、一通り退院祝いとイブの雰囲気を満喫したら明日はやての家でみんなと腹を割って話し合う場にするよう話をつけて、明日にはこの辛気臭い雰囲気とおさらばして全員で楽しいクリスマスを過ごすのよ!

  そうと決めたなら後は行動あるのみ!

  ちょっと疎まれる損な役の気もするけれど、ネガティブ思考の多いあたし達の中じゃあたしが一番適任だし、速人に負けない為にもナイスでカッコ好くなくちゃ!

  うん!目的も手段も決意も決まれば元気が出てきた!

  ちょうどすずかが乗ってる車もあたしの家に着いたみたいだし、考えが纏まってタイミング良くすずかが着いた流れから成功するに決まってるわ!

  姿見の前で自分の格好をチェック!よし!一部の隙も無いわね!

  それじゃああたしが描く楽しい未来と、ナイスでカッコ好い私になるために頑張るわよ!!!

  ……………………………………………………でも……………………………………………………あれ?女のあたしがナイスでカッコ好いってなんか違うんじゃ………………………

 

 

 

  ――――アリサ・バニングス――――

  Interlude out

 

 

 

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魔法少女リリカルなのはAS二次創作

【八神の家】

第十六話:誰かの正義と自分の正義

 

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「さて、主はやてはヴィータ達と御自宅に御戻りになられ、この場には私とお前のみになった。

  ………………………態々私が残るように主はやてを誘導したのだ、何か私に話があるのだろうが、どんな話なのだ?」

「シグナム以外にするべきでは無いと判断する話だ」

  12月24日の正午前、速人の快復を地下研究所で一緒に過ごして待っていたはやてだったが、先程明日のクリスマス兼速人の誕生日兼出逢って1年目のパーティー準備の為八神家にヴィータにシャマルにザフィーラと一緒に帰り、地下施設には速人と速人の御目付け役のシグナムが残っていた。

「私以外に話すべき内容で無いということは、お前の生死が関係する話か?例えばお前を魔導師にぶつけるという類の……………」

「そうだ」

「……………だろうな。

  ヴィータだけでなくシャマルもザフィーラもアレでかなり甘い。

  仲間を切り捨てるなど認めはせんだろうからな……………………」

  言いながらシグナムは最近の  はやてに甘えるのと同比率で速人に甘えるヴィータ、まるで三歩下がって師だか夫だかの影踏まずを地で行くような感じで速人に接するシャマル、まるで自慢の戦友と言わんばかりに速人の意思と知力を誇るザフィーラ、そんなそれぞれを思い返していた。

(……………天神を殺せば主はやてが確実に助かるという状況になっても最早誰も賛同などせんな。無論主はやてが天神に好意を抱いているのを別にしても同じだろうな)

  己を含めて半年前では考えられなかった心境の変化に内心笑みを浮かべながら、しかし表情は引き締めたまま話を促すシグナム。

  それを受け、いつも通りの無表情で平淡に話す速人。

「本題を話す前に確認するが、蒐集はあとどの程度で完了するかを教えてくれ」

「………………………正直あの仮面の者を蒐集しても届かない。

  何度も相対したクロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライア、アルフ、この者達も蒐集しても届くかどうかギリギリだ」

「仮面の者を蒐集し、後の四名を蒐集しなければどれ程の期間で蒐集は完了する?」

「今から蒐集を行っていても早くて4日後だ」

  それを聞きほんの僅かの間逡巡したが直ぐに会話を再会する速人。

「確認だが、仮面の者からはやてを護りつつ打倒及び撤退するには最低でも3対1にする必要があり、先の四名同時を相手にする場合でも同様。故に蒐集活動が可能な者は1名のみ。

  これは間違い無いか?」

「間違い無い。特に仮面の者は二人以上で襲ってきた場合まず主はやてを御守り出来ぬほどに強い。

  一人を退場させ、増援で一人しか現れなかったことから実働可能な奴等の戦力があの二人だと絞れた、この二点は本当に大きな収穫だった」

  もし仮面の者が二人以上同時に攻めてきていたら遠からず全滅若しくははやてを護りきれなかったとシグナムは判断していた。

  そしてシグナムが胸中でそう思っていた時、また速人は僅かの間逡巡したかと思うとまた直ぐに話し出した。

  ただし今度は頭を下げながら。

「すまない。俺の考えが及ばず逼迫した事態を招いた」

「お前は我等に謝罪が必要な事は何一つしていない。

  確かにお前の予測通りなら早ければ今日中に高町なのはのデバイスは復帰し戦線に戻る。が、それは本来ならば有り得ない戦線離脱であり、その恩恵は十分に受けた。その本来ならば有り得なかった恩恵が消えるからといってお前が詫びる必要は無い。

  そもそも本来ならば今日我等があの仮面の者を蒐集して闇の書を完成させ、高町なのはの快復より先んじて事を終わらせる手筈だったのだ。

  寧ろ我等の非力さでお前の計画を破綻させてしまったのだ。詫びるならば我等の側だ」

  そう言って詫びりため頭を下げようとするシグナムを速人は手で制して続ける。

「シグナム達は全力で行動しその結果がこれならば、力が及んでいないことは否定できないが詫びることはない。又、筋違いの事で将が頭を下げるべきではないだろう。

  俺が詫びたのは計画が失敗したことではなく、はやてに要らぬ心労を掛けぬ為とはいえ現状を見誤り有効な対策を実行せずにこの事態になってしまったことを詫びている」

「……………………前半の事に色々と言及したいがとりあえずは納得しよう。

  で、既に詮無い事ではあるが、取れる筈だった対策とは何だ?」

  速人の毒と気遣いらしきモノが混じった前半の部分を強引に納得し、既に後の祭りになっているが後半の部分をとりあえずシグナムは訪ね、それに速人は淡々と答える。

「先の四名の内フェイト・テスタロッサとアルフと高町なのはの三名は、死傷する状況が発生するようにして排除するという選択肢を実行可能だった。

  蓋然性が高く、この国の法律では犯罪に該当せず、はやてとの約も違えず、殺害された場合に比べ事故死ならばはやての心労も少なく、俺が単独で実行できる案としては最善案だった」

「何かと思えば…………………………………その案は否定したはずだ。

  いかに殺害する事のメリットが大きかろうが我等が人を殺めるのは正真正銘後が無い場合のみだ。

  逼迫した事態とは言え、まだ後が無いと言う程ではない」

  溜息と共に呆れ気味に述べるシグナム。

  しかしいつも通りの淡々とした声で速人はシグナムが勘違いしている箇所を指摘した。

「殺すのではない。死ぬ状況になる状況を創り上げる、そう捉えてくれ」

「………………………………………死ぬ状況を創り上げてもそれは直接手を下したか間接的に手を下したかの違いだ。

  どのみち我等はそんな案など認めなかった。

  もうこの話は終わりだ。既にどうしようもない事を議論しても詮無いことだ」

「どうしようもないと言うのはその通りだが、俺がどんな過ちを起こしどの様な行動を取れたかを知るのは次回以降に活用できるので決して無駄ではない。

  話を戻すが、俺が採れた選択肢は直接的にも間接的にも手を下さなないモノだ。プロバビリティーの犯罪といえば通じるか?」

「解らん。説明しろ」

  話を打ち切るつもりだったが尤もな言葉で返され、そしてその話の意味がいまいち解らず若干不機嫌になりながらシグナムは説明を求めた。

「プロバビリティーとは蓋然性の英訳で、蓋然性とは【事象が実現するか否か、若しくはその知識の確実性の度合い】がその意味で、プロバビリティーの犯罪とは要約すれば【不確かな事象を積み重ね、法を侵さずに目的を達する】というモノだ。

  確実性に欠け不確定要素を多分に含むが、事の成否に関わらず事象の結果は被害者の軽率さか事故として扱われる為、プロバビリティーの犯罪を行った者は決して罰せられない。そもそも何一つ違法行為を行っていないのだから犯罪と呼称すること自体が誤りであり、どれだけ自分がその事象に関わったかが知られても罪と成る事は無い。

  理解できたか?」

「具体的な例を挙げろ」

「病院を尋ねられた際、様々な死亡者を出す不祥事を起こし医療技術の低い病院を教え、その後その者はその病院で死んだ。

  苦手とする部類の猟奇映画を鑑賞させ、その後自動車を運転し帰宅途中に集中を欠いて事故死した。

  夫婦の片割れにもう片割れが見知らぬ若い者の家で一夜を明かしたと言い、後日その夫婦の片割れと一夜を明かした肉親が浮気相手と誤認され殺された。

  乳幼児が住まう住宅の前に落ちていた乳幼児向けの人形を見つけ易いように階段の近くに置き、翌日その住宅の者が人形を踏んで転倒し死亡。

  このように確実性に欠けるがそれゆえ一切罪に問う事が出来ない計画的な倫理に(もと)る行動をプロバビリティーの犯罪と言う。これならばはやてとの約を違えずに排除する事も可能であった」

「………………………………………お前が殺そうとしていたという事実とそれを達成しようと行動し、そして死んだという事実が残るが?」

  完全に倫理や人倫に反しているが法を侵していない為決して裁かれることがないという反吐が出そうな話を聞き、不機嫌にそう問い返すシグナム。

「どれも違法ではなく、又、死亡した要因ではあっても原因では無い。これを咎める事は、愛の告白をしたが拒絶されその後自害したという事が起こった時、拒絶した者を責めるのと同義だ。

  最低限の自由意志を認める限りは決してプロバビリティーの犯罪と言われるモノを行った者を裁く若しくは咎める事は出来ない。もし咎め裁くならばそれは自由意志を認めないと言う事に他ならない」

「……………………………………………………」

  理論的に隙無く展開され押し黙るシグナム。しかし気を取り直したのか速人に尋ねる。

「お前が採ろうとしていた行動は兎も角、言い分は納得出来ぬが正しい。それは認める。

  しかし結局お前は何が言いたいのだ?」

「俺が失態を犯したということ認識してもらう為に話していた。

  そうでなければこの後俺が述べる案で失態を回復するという弁明が通らず、俺の申し出を拒否されると判断したので先の話をした」

  暗に失態の回復と言う名目が無いと拒否されるような案件だと速人は告げており、そこでシグナムは速人が自分の命に関わるような話を切り出そうとしているということを思い出し合点がいった。

「なるほどな。恥を雪ぐという名目の下に無茶な案を了承させる腹か……………」

「その通りだ。失態を犯した者が責を負う事をシグナムは止めることは無い。

  それが失態により招いた現状を回復させるような責の負い方であれば尚の事だ」

「見事な分析だ。が、物事には例外というモノが存在し、たとえお前の言う通り責を負うことで逼迫した事態を脱する事が可能だとしても、その為に生贄にする気など私は無い」

「危険度が高いだけで死亡が前提となっている生贄とは違う。

  それと、このまま話しても平行線になるか話が長引くと推測したので、まず話を聞いてから了承か否かを論じたいのだが、構わないか?」

  このままでは先程同様長々と脇道に逸れるか、下手すれば平行線になって話の核心にすら触れずに終わってしまうと推測した速人は、かなり不機嫌そうなシグナムにとりあえず話を聞いてもらうよう提案した。

  そしてシグナムは不機嫌な表情ながらもそれに無言で頷き話を促した。

「まず俺は今日仮面の者と相対するつもりだ。そしてこれはシグナムが指摘した通りある程度危険ではある。

  だが俺は一般人に分類される者だ。もし時空管理局が俺と仮面の者の戦闘を発見した場合、時空管理局は仮面の者の捕縛と俺を保護しようとするだろう。そしてその隙に蒐集するなり打倒するなりすれば状況の打開にはなる筈だ」

「……………なるほど。確かに一聞しただけでは危険度は然して無い様に聞こえる。が、お前ではあの仮面の者と戦闘になれば10秒も持たせられんぞ?

  そして10秒では管理局が結界を観測し、派遣された者が結界を破壊し、そして仮面の者と敵対する、これらが成されるまでの時間にはとても足りん。最低でも20倍の200秒は必要だろう」

「シグナムの言う事は的を射ているだろう。だが俺は仮面の者と戦闘をする必要も、ましてや打倒する必要など無い。

  俺が仮面の者に相対する理由は打倒する為でも時間を稼ぎ時空管理局に拿捕させる為でも無く蒐集する隙を作る為だ。時空管理局に介入させるのは保険であり目的ではない」

「それこそ無茶…………………………いや無理な話だ。

  確かに私が戦った時はお前から渡された質量兵器でも傷は負わせられた。だが二度目は無いぞ?

  蒐集した奴から話を聞いていると考える以上、魔導師ではないお前が挑んでも最低限の警戒はある筈だ。

  あの質量兵器では騎士甲冑やバリアジャケットを貫く事は出来ても、他の防御系の魔法は突破できん。……………いや、突破は可能かもしれんがその後騎士甲冑やバリアジャケットは貫けない。

  失敗すると解っている案件を認める程私は責任を追及する気もお前を死なせたいわけでもない」

  速人(と一部はやてが手伝った)が作った弾丸の威力を思い出し、不意をつけば致命傷を与えられるが警戒されれば精々痣を造るのが限界だと改めて判断し、速人の提案を却下するシグナム。

  しかし速人は懐から取り出した物を見せながらシグナムの言葉を否定した。

「相当にシャマルへ負担を掛ける要求をして用意してもらったが、12個もあれば十分に俺でも仮面の者に致命傷を与えられるだろう。

  つまり俺でも仮面の者を打倒する事は可能だということだ」

「………………………………………」

  速人が言わんとしている事が解り口を噤むシグナム。

(シャマル…………………………天神に対して無防備すぎだぞ!

  少し考えれば天神が魔導師に有効な手段を獲得したなら、極平然と死地に向かうのが解らん筈があるまいに!)

  胸中で盛大にシャマルに罵声を浴びせながらも見た目は平静を保つよう努めながら(ほとんど徒労だが)シグナムは速人に告げる。

「たしかにそれだけ有るならば仮面の者がシールドを張っても打倒できる可能性は十分にある。

  だが、我等以上に質量兵器に精通しているお前が奴等に挑む以上、質量兵器を脅威と認識した奴等がお前を舐めてかかる様な真似はしない。

  結果は即座にバインドされて終わりだろう」

「それは十分に把握している。故に此方は罠を仕掛ける。

  屋外に複雑な罠を仕掛ければ発見されるが、原始的且つ単純な罠ならばシャマルが以前より展開している探知防壁で十分に隠し通せるとレイジングハート・エクセリオンからの情報を基に判断した。

  そして俺が力及ばずに何一つ成す事無く敗北しても状況の悪化にはならない。最早事態は俺が敗北しようが死のうが悪化する程ゆとりある情況ではない」

「どの様な策を考えているかは兎も角、主はやてが火急の危機でないにも拘らずお前が死地に赴くのを認めたとなれば、私は主はやてだけでなくヴィータ達にも合わせる顔が無い。

  第一私はお前のお目付け役を主はやてから仰せつかった。お前がどれ程言葉を並べようとお前が奴等と相対するという事はそれだけで無茶無謀というものだ。故にお前が今言ったことを看過する事は出来ん」

  自分の考えや想いだけでは速人に丸め込まれてしまいそうなシグナムは、はやての命という鉄壁を前面に張り速人の懐柔を乗り切ろうとした。

  が、一度はやてとの(約束)を自ら破っている為その障壁は絶対ではなくなっており、自らはやてとの約束を破った時と同じ理由で速人に突破されてしまう。

「現在逼迫した状況下だが火急の危機でないのは認める。が、今然るべき決断と対処をしなければはやては火急の危機に陥る。

  俺の命を危険に晒し、その事態を回避できる可能性が在るならば実行するべきだ。それが失敗しても状況を悪化させないならば尚の事だ。

  第一はやて存命の為にはやてとの約を違えたのなら、はやて存命の為に採る行動をはやてとの約を優先して認めぬのは矛盾しているぞ」

「…………………………」

  尤もなことを言われて沈黙するシグナムに速人は止めと言わんばかりの言葉を浴びせかける。

「闇の書の主でもなく、その主を守護する騎士でもなく、魔導師ですらない俺が欠けたところで家族に然程影響は無い。鬱病になるだろうはやてに関しては、精神安定剤を使わずとも残っている家族で十分にそれは快復させる事が出来る。

  そも仮面の者と対峙したならば権謀術数は降伏を前提としない限りは不要と判断され、俺が存命する必要性は無くなる。故に守護騎士と違いはやてに忠誠を誓っておらず、必要と在れば家族にでも攻撃する俺を消耗品として今回使用する事は、戦略と家族の平穏を保つという両方の見地からも最善の案だと思うが?」

  自信など抱いたことはないがこれで説き伏せられると思って速人が話した言葉は、シグナムの神経どころか逆鱗を逆撫でしてしまった。

「天神………………………………………………お前は自分の存在を欠いたとしても家族に影響が無いと本気で言っているのか?」

「全くとは言わないが然程影響が無いと判断している」

「……………………………………………………………………………………………すぅぅぅぅぅぅぅ………………………………………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………………………………………………………………………………」

  反射的に速人の顔面を殴りかけたのを何とか堪え、深呼吸をして理由を聞く程度のゆとりをギリギリ取り戻し、仇を見る眼で速人を睨みながら問いかけるシグナム。

「理由を言え。

  あと全てを聞き終え納得できなければ腹に内臓が破裂して2〜3日行動不能になる一撃を叩き込むので言い残しが無いようにしておけ」

  怒りを手にしたレヴァンテインに煉獄の如き炎を纏わせることで辛うじて圧し留めながらシグナムは告げ、それなりの戦闘経験のあるクロノやフェイトでも怯んでしまう眼差しを受けながらもいつも通り平然と速人は言葉を返す。

「了解した。では理由を述べる。

  まず一つ目。仮面の者と対峙後俺の存在が欠けてもそれが原因となって家族が危機に陥る事は無いと予測される為俺を欠いても家族に影響が然程無いと言った。

  二つ目。蒐集完了直前及び蒐集完了後の時空管理局からの追跡を振り切る為の生活をする際に俺の存在は然して必要ではなく、金銭面に関してはこの星で隠遁するならば譲渡した財産を使用し、異星で隠遁するならばその星で価値のある物質を此方で購入してその星で換金すればいい。その場合も俺が欠けていても然程影響は無い。

  三つ目。今のはやての世界には家族以外に月村すずか、アリサ、高町なのは、フェイト・テスタロッサの四名が追加されていると予測され、家族を含め10名からなる世界から1名欠けても悲哀の念が1/9に希釈され、更に残った家族がはやての精神的外傷を癒すと予測した。シグナム達は俺が蒐集に関係する際に死亡する可能性を考慮して認めたと判断したので、不確定ながらも俺が死亡するということは事前に受け入れているのでそれが現実化しても問題が無いと判断した。故に然程影響が無いと言った。

  四つ目。俺が欠けることに因る悲哀の念は一月も経過すれば落ち着き三年もすればその念も風化しつくすと予測され、蒐集が完了しはやてがその後70年生きたとすれば3/70が影響を与える期間となるので然程影響が無いと言った。

  以上四つの理由が、俺が欠けても然程影響が無いと言った理由だ」

  剣に煉獄の如き炎を纏わせることで何とか平静を保ちながら速人が述べた理由について考えるシグナム。

(…………………………一つ目と二つ目は騎士としては兎も角将としては全く同感だ。まだ納得出来る。

  ………………………………………………………問題は三つ目と四つ目だ)

  歯を噛み締めると同時に柄を強く握り締めながら考えるシグナムは更に炎の密度が高まったことに気付かず思考し続ける。

(たしかに数字の上や理論では天神の言ったことは一つの真実かもしれん。悲しむ期間も恐らくその通りだろう。

  だが……………………………理や全体でモノを見るあまり、想いや今を蔑ろにされるのは甚だ不快だ。いや………………………我等が大切にしている今に含まれる天神が我等の想いを蔑ろにするのが我慢ならん。

  …………………………………………………………………………………………………………とりあえず殴るか)

  そう胸中で結論を下し、シグナムは速人が死なない程度に、しかし全力で殴りながらも加減をするため、拳撃に回せない力を全てレヴァンテインに纏わす炎に変え、全力ながらも手加減をした一撃を放てるようにした。

「肋骨と内臓と背骨のそれぞれ三つ四つは覚悟しろ。

  ………………………………………………我等の想いを蔑ろにした報いを受けるがいい」

  そう言い放つと速人の懐に潜りこみボディブローを放とうとシグナムが踏み込む脚に力を籠めて速人の眼前まで移動し始めた時―――

「断る」

  ―――速人の短い拒絶の言葉とシグナムに向けられる銃、そしてその銃とシグナムの間に速人が手札の一つとしてシャマルに頼んでいた物を吊るしてシグナムの突進を止めた。

  1秒にも満たない間シグナムは速人の眼から、速人に今夜行動不能で過ごさせるような干渉を試みれば自滅の可能性を理解した上ででも自分を退けようとすると判断し、攻撃を止めレヴァンテインを待機状態に戻し何時の間にか纏っていた騎士甲冑も解除した。

  そして苛立ちを強引に胸の裡に押し込めながら口を開く。

「………………………………………………………………………………全てが終わった時……………………………………蒐集が完了し主はやてに真相を御話しし管理局との問題も一段落したその時は…………………………………………………………………我等に詫びるか報いを受けるかのどちらかを選択してもらう」

「平時に下すならば断る理由は無い。家族の秩序と調和を乱さぬ範囲で存分に報いを与えるといい」

「…………………………詫びる気は無いのか?」

「詫びはするが報いは受ける」

「……………詫びを容れさせてまで報いを与える気は無い。尤もこの場で私だけではなく主はやても含め我等全てに詫びた場合に限るがな」

「言葉によって踏み躙られた想い・矜持・誇り、呼び方は複数在るがそれらは踏み躙った者の言葉で直るモノなのか?」

  両手に握った物を仕舞いこそしていないが、力無く両腕を下げながら非戦闘体勢でシグナムに話しかける速人。

  対してシグナムは速人の問いにどう答えたものかと逡巡したが、胸に湧いた疑問をそのまま声にした。

「質問を質問で返すが……………………天神、お前は自身の言葉が誰かを傷付けたり癒したりすることは無いと思っていないだろうな?」

  静かにシグナムは問いかけているが、もしここで速人が肯定したならば激昂せず静かに速人を斬り捨ててはやて達の耳に届く事が無いようするつもりで問い掛けた。

  それに今まで通り淡々と平淡な言葉で答える速人。

「思っている」

  その言葉を聞き、静かに考えるシグナム。

(……………………………………………………主はやての想いは届いていなかったか………………………………………。

  届いていれば……………………少なくとも主はやてにとって自分の言葉が毒にも薬にもなることくらいは気づけたはずだからな…………………………)

  落胆は無く、ただ今まではやての速人への想いが届きもしていなかったという結論がどうしようもなく哀しく、俯いて唇を噛み締めるシグナム。

  対して速人はシグナムからの返事が無いと判断し、シグナムの様子を無視する様に話を続ける。

「語る者が誰であろうと言葉は言葉でしかなく、言葉は自身の意志・原理・想念・欲求、呼び方は複数在るがソレらを相手に伝える一つの手段であり、対象を傷つけたり癒したりするのは言葉ではなく言葉に籠められたモノに因る。そうでなければ誰の言葉でも等しく傷つき癒される。

  質問を変えるが、先程俺の言葉で誰かが傷つき癒されると解釈される言葉があったが何故そう思うのだ?俺の言葉に対する認識とシグナムの言葉に対する認識は違うのか?」

  はやてを思って哀しんでいる最中に完全に想定外の疑問を投げ掛けられ呆然とした表情で速人を見返すシグナム。

  返事を待っている速人はただシグナムを見続け、シグナムは速人を見詰め続けながら深い哀しみから一転して呆気に捕られた為イマイチ纏まらない思考で考えていた。

(………………………………………………ようするに天神は自分の意思が誰かを傷つけ癒すのであって、言葉そのものが傷つけ癒すことは無いと言っているわけか。

  ………………………………………………ああ、主はやて、貴女の仰る通り天神の言葉が不服ならば何故そう思ったかを考え、そしてそれでも解らねば尋ねるべきでした)

  速人と出逢った時にはやてがシグナム達に言った事を失念していた事をシグナムは胸中ではやてに詫び、改めて速人を見据えて話す。

「天神、お前がが言った事は真実だろう。少なくとも私もお前の言った通り言葉そのものに大した力が有るとは思っていない。誰かの内面を傷付け癒すのは言葉や行動ではなく、そこに篭められたナニかであるはずだ。

  だが主はやて…………………………いや、家族やお前の友にとってお前の言葉は有象無象の言葉とは違い、お前が然して言葉に何かを篭めずとも容易く傷つけたり癒したりする。それを忘れるな」

「先にも述べたが語る者が誰であろう言葉は言葉でしかない。

  もし俺が言葉に意思等を篭めずに朗読するように発したとして尚精神・自我・若しくは心と呼ばれるモノに干渉したのであれば、それは言葉の力ではなくその言葉を受け取る側が自らで自ら前途のモノに干渉しているだけだ。尤も俺は言葉に意思等を篭めてもその言葉を受け取る側が精神・自我・心と呼ばれるモノに変化が起こるのも自らが自ら前途のモノに干渉しているだけと判断しているが」

  相変わらず場が纏まりそうな時でも平然と場を乱す速人。

  そして速人の独自理論を聞き再び激昂しかけるシグナムだったが何とか落ち着きながらも速人に話しかける。

「天神……………………………………………………お前の言っている通りだとするならば、お前が知識を得る為以外に言葉を交わすことはあるのか?そしてあるならばその意味とは何なのだ?」

「知識を得る為以外に言葉を交わすことはある。そしてその意味するところは対象を操作若しくは掌握する為だ。

  が、シグナムが聞きたい言葉はこのような言葉ではないと思うが相違ないか?」

  速人の問い掛けに無言で首肯するシグナムを見、更に話を続ける速人。

「恐らくシグナムは知識を学術的若しくは戦術及び戦略的知識を指して知識と述べたのだろうが、俺が指す知識とは記憶した情報だ。

  そして質問の答えだが、俺はシグナムが指す知識以外で行動を起こす事もあり、その目的は自己等の再形成等が目的だ」

「フッ……………………………………………………………………………………………『等』が気になるところだが………………………………………………………………………………まあいい。尋ねたところで私には理解出来ぬであろう専門語句しか出ぬであろうしな」

  軽い笑い声が口を突いて出たシグナムだったが、その顔に浮かぶ笑みはとても深かった。

「何故お前が自己等の再形成等をしようとしているかは問わん。…………………………正直気にはなるがそれはお前への理解が浅い私が聞くことではなかろうしな。

  それに………………………………………お前が自身に還る望みを抱いている事が解っただけで充分だ」

「満足ではないようだが充足したのなら僥倖だ。

  ではこれで俺の主張も提案も全て納得して了解したと見て構わないか?」

「ああ。納得もしたし了―――」

  そう言って銃を腰のホルスターに仕舞い、もう片方の手に持っていた物は懐に仕舞い直す速人を見て気楽に答えかけたシグナムだったが、話し合いをするに至った根本的な問題を失念していた事に気付き、ギリギリの所で話していた言葉を変更する。

「―――解などするかっ!

  何てヤツだ!危うく乗せられて言質を取られるところだった!」

  激昂はしていないが興奮気味に速人を見ながら怒鳴りつけるシグナム。

  そんなシグナムを気にした素振りも無く見ながら速人は話し出す。

「問題が解決していないと判断され、その問題の焦点は俺の生命が過度の危険に晒されている為と推測される。

  ならば俺を囮にして仮面の者を打倒すればシグナムが問題としている箇所は解決若しくは緩和され、俺とシグナムの主張の妥協点としては適当だと判断するが、シグナムはこの案をどう判断する?」

  自分の叫びを流す形で妥協案を切り出し出鼻が挫かれたことを若干憤りつつも直ぐに気を取り直して返事をするシグナム。

「フザケルナ。

  戦えぬ者を囮にする下衆な真似も、約定に従い赴いた者を騙まし討ちする卑劣な真似も、そのどちらもが騎士の誇りに悖る」

「シグナム自身の誇りに悖らなければ騎士の誇りは無視してもらおう。

  第一騎士の誇りに悖ってまで自身の求めなり望みなり願いを優先させたというのに、この期に及んで双方を優先させようとするのは双方にとっての侮辱でしかないと思うが?」

「……………………………………………………たしかにお前の言う通りだ。今更騎士の誇りを優先して我等の大望を散らすのは双方にとって侮辱でしかなかろう。

  故に言い方を変えよう」

  佇まいを改め、真摯な瞳で速人を見据えながらシグナムははっきりと告げた。

「騎士としてではなくシグナムという一個の存在としてお前を囮にすることを拒否する。

  つまらぬ誤解をせぬように噛み砕いて言うならば私はおまえを家族と認めている。

  腹立たしい所も多々在るが、それでもお前には騎士としてではなく私自身が命を張る価値が主はやてやヴィータ達と同じく存在する」

   誤解も受け流す事もさせぬと言わんばかりの視線を速人に注ぎながら、シグナムは自身の胸の裡を素直に告げた。

  そんなシグナムの想いが多分に詰まった言葉を聞いても特に変化も見せずに速人は返事をする。

「その理由が卑しいのか貴いのかという判断を俺は下しかねるが、そのどちらであっても断る理由にはならない。

  シグナム、俺は全てを同等価値の存在と認識した上で10の内の9を優先させる為に1を切り捨てろと言っているのではなく、並ぶモノの無い唯一のモノの為に他を全て斬り捨てろと言っている。

  シグナムの抱く大望は家族の誰もが欠ける事無く以前の様な日常を過ごせる事ではなく、はやてが生き永らえる事にあるのだろう?

  今シグナムがするべきことは自身の大望を成す為にそれ以外の全てを切り捨てることだ。そして大望が成就した後に間に合うならば切り捨てたモノを拾い集めればいい」

「………………………………………たしかにお前の言うことは尤もなことだろう。だが誰もがお前のように強いとは限らん。

  お前のように自身で何かの価値を決めそれを想い、その上で尚徹底的に理に沿って動ける者など少なくとも私は知らぬ。

  ……………………………………………私は自身が傷付け汚したモノを切り捨てることも、そして切り捨てて尚拾い集め、そして拾い集めたモノを直視できるほど強くはない」

「何が強さかは判断しかねるが、シグナムは俺を傷付けも汚しもしていないので切り捨てることは可能だと思うが?」

「………………………………………お前には主はやてが我等の行動に支障を及ぼさぬように謀らせ続ける汚れ役を殆ど押し付け、力を得て蒐集に値するようになる為にと幾度と死の淵に追いやり、知らなかったとはいえお前を危険に晒すことで暫し仮面の者を抑えこませもした。

  たとえ甘いと言われようと、ここまで我等の為にと多くの負担を引き受けたお前を切り捨てるという選択など我らには出来ん」

  シグナムの真摯な眼差しと言葉を受け少しの間速人は考え込んだが、直ぐに結論を出したらしくいつも通り淡々と喋りだす。

「つまりシグナムは切り捨てる以外の選択肢を用意しろと述べているわけか?」

「そうだ」

「ならば切り捨ても見捨てもしなくていい。ただ見過ごしてくれればそれで構わない」

「……………どういう意味だ?」

「俺が仮面の物と相対するのを見過ごしてくれという意味だ。

  俺が死亡すればそれまでだが、拿捕された場合は蒐集が終わりはやてが快復したならば、放置・処分・回収の何れかにするかを決めてくれという意味だ」

「……………………………………………………お前が仮面の物と相対する時に私が立ち会うこと。そして相手が一対一の決闘をお前に望まぬ限り私もお前と戦うこと。

  この2点を呑むならば、主はやてが火急の危機に瀕した際お前が提案する冷徹な言い分にも私は従おう」

  毅然と提案しながらも自分が全く妥協していないのを感じ、内心シグナムは苦笑した。

(持ちかけた約定を我等から破らぬことも、一対一の決闘を申し込まれなければ多対一で挑むことも、主はやてが火急の危機に瀕すれば全てを犠牲にしてでも御助けすることも、全て事前に譲らぬと決めた一線でそれを侵されていないのは僥倖だが………………………微塵も歩み寄る気が無く主張しかせぬ今の私は子供が駄々を捏ねているのと大差無いな………………………)

  そんなシグナムの内心を知っていても気にしないと言わんばかりの平淡さで淡々と返事を返す速人。

「了解した。

  ならばこれよりシグナムと共闘する際の大まかな方針とはやてが火急の危機に瀕した際の方針を決めることにするが構わないか?」

「………………………解った。

  あと納得してくれたのはありがたいのだが、ただな天神………………………………………演技してでも構わんから会話の間を作れんか?

  お前の思慮が浅いとは間違っても言うつもりはないが、想いを篭めた発言を即座に返されると正直好い気分にはならん」

「その要求を呑んでも構わないが、その場合家族と友人関係構築中のアリサは除外されるのでシグナムの思惑に沿わないと思われるが、それでも構わなければ実行するが?」

「思惑に沿わんと思っているのなら素直に拒否しろ。

  というか何故我等が除外される?基本的に我等に不快感を持たせぬように動くお前が態々不快感を持たせる行動を改めぬなど……………………………………………………いや………………………………………………………………………………なるほど………………………………………そういうわけか……………………………」

  話している最中に納得いく答えに思い至ったらしく急に質問を取り止めるシグナム。

  そして急に微笑みながらシグナムは詫びだした。

「いや、済まぬな天神。無粋な質問をした」

「自力で納得できる解を得られたとようで何よりだ。尚、謝罪を受けるべき事をされた覚えはないので謝罪は受け取らない」

「む…………………………まあ無理に謝罪を受け入れさせるのは却って礼を欠く行為なのでお前がそういうならば謝罪は取り下げよう」

  苦笑を浮かべながらシグナムは謝罪を取り下げつつも、先ほど思い至ったことを胸中で噛み締めるように反芻しつつ思考していた。

(…………………………くくくくくっ。………………今初めて天神の行動がどうしようもなく人間臭く感じるな…………………………)

  シグナムが深い笑みを顔に刻みながら急に思考に耽りだしたのを見た速人は会話を切り出すのを一時保留し様子を見ていた。

  そしてそんな速人の様子に気付かずにシグナムは思考に耽りながらも更に笑みを濃くしていく。

(不興を買うと知りつつも我らに対してのみは態度を変える気が無いというのは、良くも悪くも我等が天神にとって特別……………つまり優先度が高いのではなく別格の存在というわけだな)

  速人は益々笑みを深くしつつ喜んでいると解るシグナムを見、余程幸せを感じる回想か思考をしていると判断し、今話しかけても集中を欠いた状態での応対になる可能性もあると判断した為一段落するまで待つ事にした。対してシグナムは自惚れ気味かと思いつつも今は素直に自惚れることにして更に思考に耽っていった。

(利益に成らぬばかりか損失を被ると知りつつも遭えて我を貫こうとすること………………………信念や矜持や自尊等と呼び方に差異は在れども、その明らかに利に反する行動は人間性と呼ばれるモノだ。

  …………………………くくっ…………………………先程も思ったが本当に今の天神は人間臭い……………いや、間違い無く人間だと感じるな)

  笑みと喜びを湛えた表情と言うよりも、幸せな表情と言う方が当て嵌まる表情をしながら完全に自分の世界に耽るシグナム。

(恐らく我等に対して態度を変えぬ理由は信念か何か以外にも天神なりの誠意でもあるのだろう。そうでなければ全ての者に対して同じ対応をとるはずだからな。……………ああ…………………………主はやては兎も角ヴィータが天神を微塵も疑っていないのが不思議だったが、今ならば納得できる。

  自身の為でなく我等の為に躊躇わず泥を被り、身を削り、命を賭せる。……………度を越した思考や行動もあるが、それでも誰かの為にそこまで出来る者が慕われるのは当然だな。私も騎士としてだけでなく個として敬意と好意を抱いているからな。

  ………………尤も私はヴィータの様に天神を兄の様に見ているのではなく、手の掛かる弟といった感じでの好意だがな。……………………………………………断じてシャマルの様に色に狂いかけてはいない。そもそも天神は身体も精神まだまだ子供だぞ?それに性欲も無い者にそれを理解し持っている者が恋愛感情をぶつけ様ものなら要らぬ軋轢を生むのは明白だ。せめて相手がそれを理解し実感できるその時まで…………………………いや待て。私は何を考えている?何故天神に対する恋愛講座のような事を考えているのだ? ………………………………………………………………そう、主はやてが万が一天神に思慕の念を抱かれた時の為の対策だ。うむ。それ以外は………………………………………何故か獲物を狩る様な眼で天神を見る時があるシャマル対策だ。…………………………それ以外に他意は無い。第一私は若いと言うより幼い者に恋慕する特殊な性癖は持ち合わせていない。無論幼いというのは容姿ではなく精神で、容姿に拘り内面を蔑ろにする程愚かではないが、だからと言って今の天神に恋慕の念を抱く理由にはならん。少なくとも―――)

「表情から笑みと喜色が薄れた今対話に戻ってもらいたいのだが、構わないか?」

(―――後5年……………………………………………………………………………………………)

  と、思考が暴走しだした為シグナムが思案顔になったり頭を振ったり、その他かなり奇怪な表情や行動を(自覚せずに)していたシグナムを速人が対話に戻ってもらう為止め、そして自分の世界から抜け出たシグナムは暴走しだした際の思考に色々思う所は有ったが、とりあえずその辺は何事も無かったかのように流す事にした。

「すまんな。少々考え事に浸りすぎた。

  それで何を話す最中だった?」

「本日仮面の者と相対しシグナムと共闘する事になった際の大まかな方針と、はやてが火急の危機に瀕した際の方針についてだ」

「…………そうだったな。

  …………だが私としては戦う際は私が前衛で隙を作り後衛の天神がその隙を突き、主はやてが火急の危機の際には天神は主はやてと共に離脱させるか若しくは現場の私と殿を務めた後共に離脱。

  精々この程度の大まかな方針しか決められぬので、改めて議論するような内容とは思わぬが?」

「俺の案はシグナムの案とかなり違うので議論の余地が有ると判断している」

「…………………私としてはあまりお前と議論になるような話はしたくないのだがな……………正直お前にも自分にも腹を立てる内容なのが殆どだからな。…………が、聞かぬわけにもいくまい。

  まぁなるべく波風を立てない案を出してくれ」

「ほぼ確実に実行に移されず且つ著しく不快感を齎すと推測される類の案は追及されぬ限り発言を控えるが、それ以外はその限りではないのでその旨を了承してくれ」

  少し疲れたような苦笑と共に述べられたシグナムの言葉に速人は最大限の譲歩を普段通りの表情と声で返した。

  それに疲れが消えた苦笑を浮かべながらシグナムは返事をした。

「「ほぼ確実」や「著しく」が気になるが、まあそこはお前の感性として割り切ろう」

「了承してくれてなによりだ」

 

  簡潔にそう返した後に速人は自分の案を述べだした。

  ただ、その内容はシグナムが懸念した通り波風を立てるものだった。

  しかしシグナムがなるべく波風を立てぬよう言っており、そして速人もそれを限定条件付で受けた為、激しく波風が立つ事は無かった。

 

 

 

                                   

 

 

 

  Interlude

  ――――八神家――――

 

 

 

「う〜ん………………………………………玄関と庭以外はエアコンが増えた以外変わっとるようには見えへんなー」

  八神家に戻り荷物を一通り片付けた後、はやてはヴィータと一緒に以前との違いを探そうと一階を軽く見て回ったが、玄関の外に小部屋と庭にはサンルームの様な強化ガラスで覆われた小部屋という密閉対策のもう一つの玄関ともいうべき物と、エアコンが増えた事以外は、ヴィータも特に変わった様には見えなかった。

「そうだよなー。てっきり病院みたいにドアが横に動くたびに空気が抜けるような音がするドアになってるのかと思ったんだけどなー」

  些か拍子抜けしたような感じでヴィータがはやてに続いて呟いていたが、それを聞いたシャマルが解説をした。

「部屋ごとじゃなくて家の中全体を密閉しているらしいですから特にそんな処置は必要じゃなかったそうです。

  ただ、一応全ての扉や窓はきちんと閉めれば一定以上の内外の圧力変化で勝手に密閉措置をとるように作られてるらしいです。あと水深50mでもびくともしない作りになっているらしいです」

  それを聞いたはやてとヴィータは若干呆れながら言う。

「相変わらず速人はんはやたらと頑丈にするな〜」

「だな。ま、ハヤトがブットンだ物作るのは今に始まったことじゃねえけどな」

  そんな感想を聞きながらシャマルは含み笑いをしながらまだ伝えていない事を言う。

「あと…………………………階段にエレベーターと言うかリフト機能が付いていたり、お風呂やトイレもはやてちゃんが一人でも簡単に使えるように工夫されてたりしますよ」

「そうなんか!?」

「見に行こうぜはやて!」

  そう言ってリビングからあっという間にはやてとヴィータは出て行った。

  そんな微笑ましい行動をとるはやてとヴィータを微笑みながら見送ったシャマルだったが、急に影が差した表情でポツリと呟いた。

「…………………………まるではやてちゃんを残して私達が居なくなった時の為の機能みたいね…………………………」

「…………………………万が一の為の保健は必要だろう。

  ……………無論主を気遣う意味でも作ったのだろうから、素直に便利な機能と割り切った方がいいだろう」

  リビングで寛いでいたザフィーラが暗くなりかけたシャマルに諭すよう話しかけた。

「そうなんですけど…………………………それ以外にも私に研究所の詳細を説明したりマニュアルを渡したりするのが不気味と言うか何と言うか………………………………………。

  正直速人さんが自滅する準備をしているみたいに思えて良い気がしないんですよ…………………………」

「………………………………………言いたいことは解る。そして天神が恐らく自分が死んでも問題無い様な措置をとっているのは間違いなかろう。

  が、自身が死んでも何かを我等に遺そうとしているその心意気は汲んでやれ。そしてそれに応える為にも我等が出来る事は、その様な事態に成らぬよう全てを無事に終わらせるよう尽力することだけだ」

「………………………ですね。

  誰も欠けることなくみんなではやてちゃんに叱られましょう」

  苦笑気味にそう締め括ったシャマルにザフィーラも首肯で返した。

  そしてそれで会話が終わったらしく互いに沈黙するが、階段やトイレや風呂場に新たに追加された機能を見てはしゃぐはやてとヴィータの声を聞きながらシャマルは追加された機能の説明書とリモコンを手に確認作業に没頭し、ザフィーラはある程度の警戒をしつつも寛いでいた。

 

    

    

    

 

  そして一通り追加された機能や形態を見たり触れたりしてきたはやてとヴィータは笑顔でリビングに戻ってきた。

「いや〜トイレや階段も凄かったけどお風呂はホント凄かったわ〜」

「だな!床や風呂の底が上や下に動くだけじゃなくて、風呂の形も変わって風呂場が全部風呂になったりでスゲエぜ!」

  興奮気味に話すはやてとヴィータにシャマルは発見していないだろう機能を微笑みながら告げた。

「他にもミクロの泡を含んだ水やお湯のおかげで浴びるだけで体を洗える機能や、サウナ機能に自動で掃除する機能も搭載されてますし、安全面もしっかりしてて一人の時に湯船の中に浸かり過ぎた状態で30秒以上経つと自動で5秒以内に排水されたりその際指定された所に連絡が自動で行ったりもします。当然手動でも高速排水は一度なら可能です。

  それとオマケでジェットバス機能やテレビにカラオケも搭載されてもう至れり尽くせりになってますよ」

  そんな一つの機能でも十分凄い機能が満載されていると説明を受けたはやては呆れ混じりに、ヴィータは悔しそうに感想を述べる。

「うわ、なんかもうお風呂場っちゅうか遊び場みたいやな〜」

「くうぅぅ!これでゲームも付いてたら完璧だったんだけどな〜」

「ヴィータちゃん……………………裸でゲームするのってどうかと思うわよ?」

「いいだろべつに?

  VViiやってたらはやてやハヤトは汗掻くから、直ぐに流せる風呂場はちょうどいいじゃんか」

「………………………………………裸で楽しく遊ぶ少年少女って激しく道を踏み外してるような気がするんだけど?」

「楽しけりゃそれでいいだろうがよー。だいたい家族なんだから風呂くらい一緒に入ったって問題ねえって」

  その言葉を聞き、はやては尤もだと力強く頷きながらヴィータの台詞に追随する。

「そうやそうや。家族なんやからお風呂くらい一緒に入るんは当然や。

  そやのに速人はんはシグナム達が来てからは、「貞操観念育成の為」とか言ってめっきり一緒に入ってくれんようになるし…………………………。

  ……………そりゃ本当に全身を徹っっっっっっ底的にしっかり洗わるんはかんべんやけどな…………………………」

「はやてちゃん…………………………私時々はやてちゃんの羞恥心の基準が解らないんですけど…………………………わりと真面目に………………」

「そんな特殊な基準なんてあらへんて。 普通に恥ずかしいんは普通に恥ずかしいって思っとるんやから。

  ただ恥ずかしゅうても一緒に居りたいいうだけやって」

  サラリと話した後自分でも恥ずかしい事を言ったと気付いたのか、顔を紅くしながらはやては慌て始めた。

  それを日頃から過剰すぎるスキンシップ(胸を揉まれる)を受けて恥ずかしい思いをしているシャマルとしては、速人の全身マッサージ以外で珍しく恥ずかしがっているはやてを見て、好機とばかりに目を輝かせる。

「はーやーてちゃ〜ん♪」

「うっ…………」

  からかう気満々という声と笑みと眼を前にし、はやては日頃の過剰なスキンシップのしっぺ返しが来ると思い身構えた。

  が―――

 

    ピンポーーーーーーン

 

  ―――来訪を告げるチャイムの音がその危機を救った。

「っとぉぉ!お客さんやな!」

  そう言ってこれ幸いと確認モニターへと逃げるはやて。

  そして確認モニターを覗き込むとそこに移っていたのは久しく見ていなかったアリサとすずかであった。

「お久しぶりや〜。すずかちゃーん、ありさちゃーん」

『お久しー』

『こんにちはー。さっき連絡した通りお見舞いに来たんだけど……………迷惑じゃないかな?』

「全然迷惑なんかやあらへんって。もうお見舞いだろうが獅子舞だろうが大歓迎や。ささ、上がってや」

  そう言って鍵を開け、中に入るよう促すはやて。

『うんじゃお邪魔するわねー………って…………………………………なんで玄関潜ってまた玄関があるのよ?』

『あれ?………なんだかココって……………………気圧室みたいな感じがするんだけど………………』

  疑問の声を上げる二人にはやてが説明しようとした時、シャマルがはやてに目配せして会話に割り込んできた。

「お話中失礼しますね〜」

『あ、こんにちはシャマルさん』

『こんにちはです、シャマルさん』

「はい、こんにちは、すずかちゃん、アリサちゃん。

  で、いきなりスピーカー越しにわざわざお見舞いに来てくれた二人にこんな事言うのは悪いと思ってるんだけど…………………家の中はクリーンルームになってるから、そこで殺菌消毒してもらう事になるんだけど…………………………良いかしら?」

  はやてからでは言い難いだろうと代わりにシャマルがお見舞いに来た二人に殺菌消毒してくれと告げる。

  が、やはりと言うか当然と言うか、全く気を悪くしていない答えが返ってきた。

『べつにそれくらいなら全然構わないけど』

『そうですよ。少し立派な病院だとよくあることですし』

「ふたりともごめんね。あ、あと、カバンに電子機器や食べ物や生き物が入ってなかったらそこの引き出しに入れてちょうだい」

  そう言って殺菌消毒と気圧調整をシャマルは行い、その間にはやてはヴィータと一緒に(近距離だから自分で漕いで行くと言ってもヴィータに強引に押されて)玄関に向かった。

  それを見送っている最中にスピーカー越しにアリサが声をかけてきた。

『ところでシャマルさんが説明してるってことは、もしかして速人居ないんですか?』

「さすが速人さんの友達。鋭いわね〜。……………それとも…………………………………愛ゆえに?」

『これくらい大したことじゃありません。…………………………っていうかシャマルさんちょっとおばさん臭いですよ?

  外面と内面を一致させたいなら少しそのおばさん発言控えた方がいいです』

  玄関のスピーカーで二人の話を聞いていたらしいはやてとの忍び笑いと遠慮をしないヴィータの笑い声を聞きながら、速人以外の認識も乙女を通り越し熟女も通り越し、じゅくじゅくな中年のおばさんと思われていたと知り(かなりシャマルの被害妄想だが)ショックに打ちひしがれるシャマル。

  殺菌消毒と気圧調整が終わったらしく自動で扉が開き家に上がる声が聞こえてくる最中、寝そべったままザフィーラがぽつりと告げた。

≪下世話話好きと沈黙の溜めと噛み殺した笑い声とにやけ面がそう言われている要因だとそろそろ気付け≫

「…………………………そんな…………………………。

  自分では恋バナの最中に可憐な笑顔ではにかんでる素敵なお姉さんだと思ってたのに…………………………」

  そう言ってガックリと崩れ落ちるシャマルを見ながらザフィーラは胸中でツッコんだ。

(……………過度な自己美化も中年と言われる要因だぞ………………)

  そう胸中でツッコミを入れた後、犬が好きなアリサのスキンシップを思い、犬扱いは兎も角せめて狼と思ってほしいと思いながらザフィーラはリビングに入ってくるはやて達を見ていた。

 

 

 

  ――――八神家――――

  Interlude out

 

 

 

 

 

 

  Interlude

  ――――クロノ・ハラオウン――――

 

 

 

  ……………………………なんだかえらく胸騒ぎがするな……………。

  ……………闇の書の事件も大詰めな今、わざわざグレアム提督が僕を呼ぶなんてただ事じゃない。しかもこの前…………………………どこで怪我したかは分からないけどロッテが大怪我したことを考えると、まずそれも関係する話なんだろうな……………。

  けど……………………正直一対一だろうが一対多数だろうが、ロッテがあそこまで大怪我するなんて信じられないな…………………………。しかも聞いた限りじゃ蒐集されたような感じらしいじゃないか。

  もし蒐集されたというんなら……………………やつらは最低でもロッテ以上の戦力って事だよな………………………………………。もしそうなら…………………正直頭が痛いな。

  フェイトの話を聞く限りじゃこっちの情報は筒抜けの上、少なくともフェイトの戦闘パターンや思考は完璧に読みきってたみたいだ。なのに合計戦力……………若しくは単体戦力が最低でもロッテ以上となったら益々手におえなくなるな。

  …………………………………………………………………まあまだそうだと決まったわけじゃないんだ。考え事はグレアム提督の話を聞いてからでも間に合うだろうし、今は考え事をして話を聞き流す事が無い様に気持ちを入れ替えよう。

 

    スゥーッ ハァーッ スゥーッ ハァーッ

 

  良し、落ち着いた。

「クロノ・ハラオウン執務官です。召還に応じ只今参りました」

『入室を許可する。入り給え』

「失礼します」

  ……………このドアの前で名乗るのは無駄な手間だと思うんだが、やはり形式美というヤツなんだろうか?名と外見を偽るのはそこまで難しく無いから然してこの遣り取りに意味は無いと思うんだが…………………………。

  っとと、とりあえず話が終わるまでは余計な考え事は控えないとな。公私の区別は公人として最低限守るべき規律だ。

  そう思いドアを潜り室内に入った。

  そして室内にはこちらをじっと見ているグレアム提督だけだった。リーゼ姉妹は珍しいと言う程ではないが両方とも居なかった。

「久しぶり…………と言う程久しくは無いような感じもするが……………………若い君の感覚だとやはり久しぶりという事になるかな?」

「そうですね。お久しぶりです、グレアム提督」

  頷いて僕の言葉を聞いていたグレアム提督だったけど、急に真面目な顔をして話しだした。

「ふむ………些か昔話や近況などを話したいところだが、それは全てが終わってから君に聞く気があったときに語るとしよう。

  さて、では前置きもすんだので本題に入ろう。

  本題とは闇の書のことだが、君達は闇の書についてどれだけ知っている?」

  後悔と憐憫と決意が混じった複雑な表情ながらも毅然とした声で問われて少し疑問に思ったけれど、直ぐに知りうる限りのことを素直に答えることにした。

「報告に記した通りのことしか今の所は存じません」

「そうか……………」

  そう言って少しの間グレアム提督は目を閉じていたが、やがて目を開け講義するように淡々と告げてきた。

「知っての通り闇の書は転生機能と無限再生機能のため完全な消滅は今のところ我々では不可能だ。

  改変箇所に干渉しようとすれば主を巻き込み転生し、たとえ消滅させようと転生先で再生される。そもそも闇の書を守護する騎士達が強力なので容易には干渉が出来ない。

  故に我々に出来ることは暴走した闇の書を主諸共消し飛ばすことのみ。…………………………これが今の我等が闇の書に対して知りうる事柄と対策だが………………………………………これ以外に消滅は不可能だが封印する手段が現段階で一つある」

  …………………………話の流れで予測は出来てたけど驚きだな。

  とりあえず半端な相槌は打たずに眼でグレアム提督に続きを促して話しに聞き入る。

「概略になるが、闇の書の完成後必ず陥る暴走状態に移行する数分間に闇の書とその主を極大の凍結魔法により氷結させることで永久封印が可能だ。

  現管理局の技術の粋を凝らして作成したストレージデバイス【氷結の杖・デュランダル】があれば今回で闇の書を永久封印する事が出来る」

「待って下さい!!その方法は初めから闇の書の主の死を前提にされています!いえ、永久封印ですから死ではないかもしれませんが実質死と変わりません!

  少なくとも管理局が闇の書の主に直接厳重な勧告及び警告を発し、その上でなお敵対行為……………いえ、暴走行為を続ける場合にのみ許される行為です!

  闇の書の主の命令か守護騎士達の独断で蒐集行為に及んでいるのかは不明ですし、さらに襲撃された魔導師には一名も死者が出ていません。闇の書の主が全ての黒幕であろと完全に巻き込まれただけかも此方は把握していませんし、仮に闇の書の主が全ての黒幕だとしても永久封印を処すほどの罪科は存在しません!」

  あまりに非人道的な発言を言われて慌てて思いつく限りの問題点を列挙して恩師でもある人物に食って掛かった。が、返答は底冷えするほど素っ気無かった。

「だからどうしたというのかね?」

「なっ!!??」

「君がどう思っていようと、管理局は罪が無くとも危険ならばその存在を認めず、危険なモノを罪と定義して合法的に裁きと言う名の理不尽を与える。いや…………………………都合の悪いモノを罪と定義する。無論建前はそれらしいモノを作り上げるがね。

  そして私もそれに賛成だ。

  …………………………今の管理局が多くの次元世界を管理する世が素晴らしいとは言わんが、少なくとも多くの者が平穏に暮らす事が可能な要因に管理局の存在があるのも確かだ。その管理局を存続させる為に傲慢と言える治世を敷くのも止むを得なかろう…………」

  …………………………反吐が出そうな理屈を述べられ反論しようとしたけど、その前にグレアム提督が苦虫を噛み潰した表情で再び話し出し出鼻を挫かれた。

「いや、こんな言葉は欺瞞だな。

  …………………………やはり私はただ闇の書が憎いだけだな……………」

  後悔の念の塊のような言葉を聞いて先程の台詞の理由が解り押し黙ってしまう。

  止むを得なかったとはいえ部下を………………父さんを……………闇の書諸共消滅させてしまい、それが提督に傷を残したのは知っている。だからさっきの問題発言も容認はできないけど納得はできる。

  だけど…………………………納得はできるけど認められない。

  だから今更僕に言われなくても提督も解っているだろうけど、それでも言わずにはいられなかった。

「…………………………闇の書を消し去っても闇の書の事件で失われた命は戻ってきはしません。それに闇の書の主も闇の書の被害者かもしれません。

  ………………………先程の闇の書の永久封印方法はその条件を満たす闇の書の主が現れるまで胸の裡に秘められるのが宜しいかと思います

「いや…………………既に賽は投げられたのだよ」

「え?…………………………」

  今…………………………提督は何て言われた?

「聞き逃したのならもう一度言おう。既に賽は投げられたのだよ。

  リーゼアリアが先程言ったデュランダルを持って闇の書の永久封印に向かった。現地到着までまだ時間があるが、後6時間も無いな」

「なっ!?」

「しかも闇の書を完成させるために止めに来る君達を蒐集し、その後永久封印するつもりらしい。

  ああそれと守護騎士から蒐集しない理由は、以前守護騎士の一名を蒐集しようとしたが蒐集不可能だった事から、守護騎士達が軍師と呼ぶ者が事前に自身を対象に蒐集させ予防策を張っていたと推測されるからだ」

「待って下さい!もしかして度々現れていた仮面の男は…………………………」

「君の考えている通りリーゼ達だよ」

  恩師が半ば違法で非人道的な手段を採っていた事に衝撃を受けたけど……………。

「…………………………何故態々僕を呼んでその話しをしたんですか?」

  そうだ。提督がその様な事をしているのをまだ僕達は知りもしなかったし、恐らく気付けたとしても次に仮面の男が現れて捕縛して問い質す時までは気付けもしないだろう。

  にも拘らず何故計画が大詰めの今に態々僕に話すんだ?少なくともまだ提督は永久封印を諦めたようには見えない。なのに何故なんだ?

  そして僕の疑問が伝わったのか苦笑しながら提督は話す。

「それは………………………………………私にとって闇の書は許し難い物だが、だからといってその為に永久封印を実行しようとする方が暴走後アルカンシェルで消滅させるよりも被害を撒き散らすと判れば控えもする。

  ははははは…………………………………………………………………信じられるかね?君達が私の暗躍を全く気付いていなかったのに、管理外世界の闇の書の主の傍にいた魔法を知らずそして使えぬ一般人が私の存在を突き止めたのだ。そしてこれから起こる戦いに備えその世界最高の軍事兵器を遥かに越える質量兵器を満載した施設でリーゼアリアを待ち闇の書の主を護るだろう。最悪自爆すら厭わずリーゼアリアと……………いや、闇の書の主に害成す者と相打つ算段だろうが、その際は確実に周辺への被害を考えず最大火力で逃さず屠ろうとするだろう。だがその場合詳しくは解らぬが一時被害で数十万、二次被害で数百万、三次以降の被害は数億を超えるかもしれん。……………………いや最悪一時被害で数千万に上る可能性もある。

  ………………………………………闇の書を永久封印出来る手段が有り、そして闇の書の所在地が判明した時、一人の命の犠牲で闇の書の事件に幕を降ろせると喜んだよ。…………………………無論その子が何の罪も無い子だと知って心痛んだが、大多数の為に切り捨てる覚悟もその罪を背負う覚悟もとっくにできていたので止まる気は無かった。

  だが……………………………………………………たった一人の一般人が………………………………………………管理外世界に居て時空管理局と面識も無い一般人が……………………………………………………私の存在に辿り着き、そして目論見を見破った。しかも私に手を引かせるほどの戦力まで整えてだ。

  ははは……………………………………………………本当に世界ははこんな筈じゃなかったことばかりだな…………………………」

  ………………………………………話された内容は信じられない内容だった。

  管理外世界で管理局と面識が無い一般人がグレアム提督の存在に気付き、辿り着き、目論見を見破り、そしてアルカンシェル以上の被害を撒き散らせる戦力を保有して待ち構えているという事も、そのどれもがとても信じられなかった。

  だけどなによりも信じられなかったのは、相当な覚悟を持って永久封印を行うつもりだったグレアム提督を引かせた事が何よりも信じられない。

  その目的達成の障害となる一般人を拘束でもしてコトを進めるという選択も採らずに矛を収めるなんて信じられない…………………………。

  そう思って考え込んでいると、疑問に思ったことを読み取ってくれたらしい提督が疑問に答えてくれた。

「何故拘束してコトを進めないかと思っているようだが、それをしない理由はそれをしても既に意味を成さない、若しくは大義を失ってしまうからだ。

  たとえ拘束しようと迎撃施設は守護騎士にその操作方法を伝えてあり、そして拘束されれば我等管理局の存在を確かな証拠を持ってその管理外世界に流布して混乱を招き、その隙に闇の書の主を混乱の中に飛び込むか外に飛び出すかで隠れられる手筈を整えており、最悪混乱の矛先を管理局に向け戦う手筈もしてある。

  ……………半端に追い詰めるのは逆効果だ」

「……………………………………………………正直その一般人が闇の書の主であって、闇の書諸共永久封印されてほしいと思います。

  グレアム提督の述べられた通りならばその一般人……………………恐らく守護騎士達が軍師と呼ぶ者は間違い無く外道です。己が私利私欲の為に躊躇わず幾らでも他者を犠牲にし、しかもその時代の世界にあらん限りの混乱を齎そうとしているとなれば、これは魔法が使えなかろうが極めて危険な存在なので早急に捕縛し幽閉する必要が有ると思います」

「ふっ…………………………今の君を見ていると管理局の正義がどれだけ傲慢なのか良く解るよ……………」

「………………………………………」

  どこが傲慢だというのかを問い詰めたかったけど、その疲れたような哀れむような……………そして何かを期待しているような眼がそれを躊躇わせた。

  ……………恐らく提督は自力で気付いてほしいと思っているんだろう。

  ならば多分聞いても納得も理解もできない答えを聞くよりは、自分で気付く方が納得できるかは兎も角聞くよりも遥かに深い理解ができる方を選ぼう。

「傲慢かは分かりませんが、今は管理局が掲げる正義を信じて進みます。

  そしてもう一度お尋ねしますが、何故この話しを僕にされたんですか?」

「……………………………………………………。

  今までの話を君にしたのは闇の書の封印方法を君に知ってもらいたかったからだよ。……………今回は闇の書を永久封印することは出来そうもないが、次回以降闇の書が現れた時の為に誰かに永久封印の方法を知っておいてもらいたかった。間も無く私は今までの行動の責任を取る為に希望退職か強制退職かは判らんが管理局から離れる事になるからな」

  そう言って穏やかな笑みだった表情を一変させて鋭い眼差しで僕を見ながら、さらに続けて提督は語る。

「これから君達が闇の書の主への接触を果たそうとするならば、闇の書に関する全ての者を守護する軍師と呼ばれる者が必ず君達の前に立ちはだかる。

  だが闇の書が完成するその時までは戦おうとはするな。徒に被害を撒き散らす可能性が極めて高いからな。

  しかしそれでも戦うというならば、闇の書の主が近隣にいる状態で戦いたまえ。自爆時の被害範囲は格段に縮小されるからな」

「…………………人質……………と言うわけですか?

「そうではない。闇の書の主はその軍師にとっての縛鎖だ。離れれば離れるほど軍師は自由に動けるようになるというだけだ。第一人質にしても、最悪闇の書の主を切り捨て守護騎士達を優先させるだろう」

…………………………その軍師は何なのですか?

  自己を省みず他者を厭わず、しかも強大な力を保有しているにも拘らず闇の書の主の傍に居る。……………………正直守護騎士達が洗脳か何かを施していると考えねば納得いかぬ不自然な存在です」

  そうだ…………………………今まで色々と思う所が有ったが、何故それほど危険な存在が闇の書の主の傍に居るコトを守護騎士達は許しているんだ?

  たしかに味方なら強力な存在かもしれないけど、全てから闇の書を護るというなら主と守護騎士以外は排除対象だろうし、ある程度の人間らしさを持っていると仮定してもやはりあまりに異質な存在は排除される。にも拘らずその軍師は闇の書の主の傍に居ることを許されている。

  ……………………………………………………なんなんだいったい?

  フェイトの話しからは守護騎士は軍師を認めている印象を受けたと言っていたから、闇の書の主を人質にとっているわけでも守護騎士に操られているわけでもなさそうだし、守護騎士達の精神構造がその軍師に近いわけでも無さそうだし、管理外世界の住人が闇の書相手に交渉できる材料を持っているとも考えられないし……………………………………………………本当にさっぱり分からない。一体何なんだそいつは?

  そんな悩んでいる僕に提督は鋭くはないが真剣な眼で静かに告げてきた。

「…………………………………誰かを理解しようとするならば、自分とは違うと認めた上で理解しようとすることだ。そうでなくば得られる理解は高が知れている。

  ……………………さて………………………………………最後になるが、先程述べた通りリーゼアリアが闇の書の永久封印の為に動いている。が、それはまずリーゼアリアが敗北する為成されないだろう。そしてそれと今までの話を含めどう判断するかは君に委ねよう。

  それとデュランダルをリーゼアリアが使っていなければそれは君に譲ろう。リーゼアリアが使用する前に使用者設定を行えば簡単に君のデバイスになる。資料は其処に置いてあるから後程目を通すといい」

  そう言って提督は立ち上がり僕を見、促してきた。

  だけど僕は敢えてそれを流し、最後に一つだけ訊ねた。

「…………………………何故………………………………………こんな中途半端な情報を渡すんですか?

  貴方は闇の書の主や軍師の名前、そして所在地を明確に掴んでいる筈なのに何故それを言わないんですか?」

  それにグレアム提督は困ったような笑みを見せながら答えてくれた。

「リーゼアリアもリーゼロッテも私にとって娘のような存在だ。

  その二人を私の我儘で危険な目に遭わせ怪我までさせたにも拘らず、未だ私の我儘を叶えようとする二人を誰かに止めさせるなんて出来んよ。

  第一私は、次の転生先を押さえられるとも分からないなら未来の為に次元世界を一つ生贄に捧げてでも闇の書の永久封印を目指す、という二人の言い分も理解できるし間違っているとも思っていない。

  ……………二人が私の我儘を叶える為、そして自身の判断と意思で命を賭けて事を成そうとしているのだ。横槍は入れんよ」

  ……………僕にとっては色々と困った所があって正直尊敬するのと同じくらい頭が痛くなるリーゼ姉妹だが、提督にとっては使い魔でもあるけれど娘でもあるんだろうな…………………………娘の我儘に奔走する父親の様に見える……………。

  と、そう納得しかけた時、少しの間を挟んで提督は再び話し出した。

「………………………………………それに………………………………………今代の闇の書の主とその傍に居る軍師。この二人ならば結果はどうあれ今までの闇の書事件の最後とは違った結末が見られる気がするのだよ。そう…………………………我等の懸念を全て吹き散らす様な結末をね。

  ………………………二人に賭けるとまではいかなくとも手助けくらいはしてやりたいのだよ。二人の在り方を長く見てきた者としてはね。……………無論手助けも私の理念の反しない程度でだがね」

「宜しければ…………………………その二人についてお話していただけませんか?」

  正直闇の書の主や軍師と呼ばれる者の情報を得たいという気持ちもあったけど、それ以上に提督がそう思うようになった経緯を知りたいと思った。

  僕の言葉に提督は懐かしむ様な目を一瞬した後に確認してきた。

「………………………………………長く………………………………………かなり長くなるが………………………………………構わないかね?」

「構いません。お聞かせ下さい」

「…………………ふううぅぅ」

  僕の答えに一つ溜息を吐き、そして暫らくの間目を閉じていた提督だったが、何とも言い難い顔をしながら話し出してくれた。

「………………………私は闇の書の主を闇の書が起動する前から監視してきた。

  幼くして両親を亡くした時、これ幸いと闇の書の主を世間から切り離した。何れ永久封印する際に闇の書の主の喪失を悲しむ者がいないようにし、闇の書の主には満足に歩けぬ脚でも一人でも問題無く暮せるよう様々な手配をした。…………せめて永久封印の時までは穏やかに暮せるようにと……………………。

  穏やかに、そして静かに、しかし冷たく、まるで雪が積もる様な寂しい時間を、しかし優しさを失わず闇の書の主は過ごしてきた。ゆっくりと身体を闇の書に蝕まれながらも……………」

  ……………………………………………………強いな……………………………………………………悲しいほどに………………………………………。

「だが…………………そんな日常を繰り返していたある日、闇の書の主とその闇の書の主と然程歳の変わらぬ一般人の子供は出逢った。

  そして得ようとするモノは違うが、互いに互いを求めた二人は共に暮らしだした。無論素性も知らぬ者故、私は排除しようとした。だがその子供は私の様々な裏工作を全て退けて闇の書の主と共に居続けた。

  穏やかに、しかし今度は音を鳴らしながら温かい時間を闇の書の主はもう一人の子供と過ごした。ゆっくりと身体を闇の書に蝕まれながらも………………………」

  …………………………邪推するのは気分が悪いが…………………………その子供はどうにも疑わしいな…………………………。

  提督が意図的に説明を省いているからだろうが、そのせいで出逢った子供が疑わしくてしょうがない。

  ……………提督も僕がそう思っていると解って尚説明しないのを考えると、僕に言うべき類じゃ無いと判断したんだろうな……………………。

「それから暫く時が経ち闇の書が起動し、守護騎士達が闇の書の主の元に現れた。

  その時家に居らず、突如闇の書の主の部屋に守護騎士達が現れたと知ったもう一人の同居人は襲撃者と間違え闇の書の主を護る為挑んだ。だが結果は文字通り半殺しにされた。無論闇の書の主(たっ)ての願いで守護騎士に治癒され、その後辛うじて息を吹き返したがね。

  その後闇の書の主は蒐集を望まず自分と共に暮してほしいと守護騎士達に願い、同居人の子供との軋轢は在りながらも守護騎士達は蒐集を行わない奇妙な主と共に暮しだした。

  最初は戦わず平穏な日常を暮す事に戸惑っていた守護騎士達だったが、闇の書の主の様々な想いに触れた守護騎士達は自身を蒐集の道具としてではなく一個の存在としての自身の在り方を認め、同居人の子供と若干の軋轢は在りながらも闇の書の主と共に満ち足りた暮らしを送った。

  穏やかに、賑やかに、そして温かい時間を闇の書の主は過ごした。何名かの守護騎士が同居人と不仲なのが悩みの種だったが、それでも幸せの只中だった。たとえ相変わらずゆっくりと闇の書に体を蝕まれながらでも…………………………」

  これでこの話が終われば一番なんだがな…………………………。

「それからしばらく時が過ぎ、守護騎士達もそのまま穏やかな時を望んでいる最中、闇の書の侵食がいよいよ主を限界近くまで侵食し余命幾許も無い状況になり、原因を突き止めた守護騎士達はあらゆるモノを失おうと闇の書の主の存命を望み、そして欺ききれないと踏んだ同居人の子供にも真相を話し共に闇の書の主に秘して蒐集行為を始めることにした。

  ……………闇の書の主が他者の犠牲の上の存命を望まず、そして誰かが自分の為に手を汚すことを悲しむと知りつつも」

  管理局に助けを求める選択は…………………………無かったろうな。

  …………………………管理局に闇の書の主が保護されれば死ぬまで厳重に隔離され、守護騎士達は拘束後消滅させられ、同居していた子供は無関係なので放逐、これが下される判断だろうな。

  ………………………………………くそっ………………………………………。

「だが魔法を扱えぬ一般人のその子供は軍略では力になっても戦闘ではまるで力にならず、それを解決する為にその子供が採った行為は自身を極限状態…………………死の淵に追い込みレアスキルを手に入れ力と成すという、正に万に一つも無い確率のために自身の命を危険に晒し続ける暴挙だった。

  厳重な隔離施設で行われた為詳細は解らぬが、守護騎士達も目を背けたくなるほどの訓練が幾度も続けられ、その結果万に一つにも満たぬ賭けに勝ちその子供はレアスキルを得た。だがそれは戦闘タイプではなく諜報タイプで、直接的な戦闘能力を持たないその子供には使いこなせるモノではなかった。

  しかしそれでもその子供は止まらず、当初から行っていた軍略関係に絞って力になるよう努め続けた。…………………下手をすれば闇の書の主が快復しても自身は快復できずに力尽きるほどに努め続けた」

  そう言って提督は置いてあったコップの水を一口飲み、僕が理解するのを今までのように待たれた後また話しを再会された。

「そしてそんな同居人の子供の無茶を全てではないが見てきた守護騎士達は誰もがその子供の存在を認めた。

  そしてその頃からその子供は信じられない程の成果を叩き出し始めた。

  ……………………闇の書の主の家ではなく近辺に魔法や現地の非魔法技術で隠匿された監視手段を根こそぎ潰し、遠距離からの監視阻害の為に遮蔽物のモニュメントを建築もした。更には援助金の名義から現地での私の行動基盤となる土地を調べ上げ、私との関係が有ると思われる者に逆行催眠を掛けて調べ上げ、結果私がその世界に居ないと結論を下し、人格も想定したらしく私が管理局員とも推測しその際に闇の書の主を影ながら支援する理由を推測し…………………………そして私の真意に辿り着いた」

  …………………………………信じられない。

  魔法を使えない管理外世界の者が、管理局の誰もが出し抜かれていた事を察知したなんて。

  …………………………………だけど…………………………………それができるからこそ軍師なのか…………………………………。

「そして守護騎士達から軍師と思われるほどになったその子供は、守護騎士達が危機に陥った際に永久封印の為に助勢が来る事を読んでいたらしく、誘い出されたリーゼロッテは軍師より対抗策を渡されていた守護騎士の一名に完封され瀕死の重傷を負わされた。……………………守護騎士は余程私達を腹に据えかねていたのだろうな。殺しはしなかったがそれ以外は知らぬとばかりにリーゼロッテから蒐集した。

  その後現れたリーゼアリアに守護騎士は軍師が私に向けた書状を渡した。そして私はそれを見、そして簡単な暗号になっていた文を解読し暗号の示す通りの場所に有った情報媒体を回収し、その内容を知った私は今代の闇の書の主を闇の書諸共永久封印する事を諦めた。…………………理由は先ほど述べた通りだよ。

  ……………………殆どの監視手段を潰された為最近は大まかな動向しか分からぬが、既にその軍師と呼ばれる子供が私の掌から闇の書の主と共に抜け出したのは最早明らかだ」

  ………………………その軍師は本当に何なんだ?もう軍略に長けているとかそんなレベルじゃないぞ?

  ………………………もし知略にランク付けをするならSSくらいはあるんじゃないか?

「……………私がその二人について知っていることはこれくらいだな。

  あぁそれと軍師と呼ばれる子供の過去はいくら洗ってもさっぱりだった。……………恐らくは記録に残らない出自なのだろう。

  ふっ……………………そんな子供が闇の書の主と出逢いそして暮らす。…………………陳腐な言葉だが運命を感じたよ」

「………………………………………………………闇の書の主や軍師を悪と思いますか?」

  ……………他に聞くべきことはあるのに、何故こんな問いを自分がしたのか良く分からなかった。

  ただ何と無くその二人の生活に幕を降ろす免罪符のような言葉がほしかっただけなのかもしれない…………………………。

  そして提督は少し考えた後ゆっくりと告げてきた。

「迷っているならば先程君が述べた様に管理局の正義を信じると良いだろう。

  ……………………私の正義では君の道を照らせんよ」

「……………………………………………………はい」

  さっき管理局の正義を信じて進むといっておきながらこの有様か。

  ……………………………………………………そういえばアイツは組織から与えられた都合の良い理屈とかを語る僕に従うほど惰弱じゃないと言っていたが、今ならそう言ったのも分かるな。大事なコトを他人任せにして深く考えていなかったんだからな。

  まあ……………だからと言ってアイツが強いとかは間違っても思わないけどな。

  ………………アイツの考え方は強いんじゃなくて、ただ僕達から外れているだけの異端だからな。

  っと、今はアイツの事なんて考えている場合じゃないな。

  提督の話は終わったみたいだし、答えてくれるだろう範囲での訊ね事は終わったし、後は執務官としての仕事だな。

「貴重なお話しをして頂き、有り難う御座いました。

  …………………………違法走査に類すると判断される自供を受けましたので、一時身柄を拘束しますが提督権限でこれを拒否されますか?」

「いや、素直に拘束されるよ」

「解りました。ではデバイスは預からせて頂きます」

  無言で提督から渡されたデバイスを受け取って提督を拘束し、直ぐに手続きをした。

 

   

   

   

 

  そして拘束というか軟禁に近い処置をした後これからのことを考えていたが、とりあえずはロッテに知らせるべきという考えに落ち着いた。

  十中八九提督の傍に行くと言いそうな気がするけど、怪我の事と共謀されて逃げられる可能性を無視して許可すると他の局員への示しがつかないと言って宥めるしかないか………………………。

  あ、でも一応ロッテにも監視付けなきゃいけないからやっぱり面倒な事になりそうだなぁ……………。

  あと……………………提督があの後言っていたけど、アリアが行動に移すまであと8時間足らずらしいから、準備だけはしとかなきゃな。

  ……………………………………………………できれば誰も傷付かない結末になってほしいな。

 

  そんな自分でも無理だと分かっている虚しい思いを胸にロッテへの説明や準備に向かった。

  ………………………………………多分誰もが傷付いて終わるんだろうという確信めいた嫌な想いが胸を過ぎりながら。

 

 

 

  ――――クロノ・ハラオウン――――

  Interlude out

 

 

 

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  第十六話:誰かの正義と自分の正義――――了

 

 


【後書】

 

 

 

  今回はグレアムに今まで速人が何やってたかの説明役を押し付けた結果、無駄に長くなり話を区切る事になりました。(区切ったと言えるほど短くないですが)

  ですので、次回も決戦前のイントルード連発予定ですが、最後に多分少し戦闘描写があるはずです。

 

 

 

  あと15話でシグナムが使った銃弾の威力がイマイチ解らないと言われたので比較対照を挙げます。

 

 

.38SP弾(日本警察の銃で使用)

初速約260m/s・弾頭重量  :約10.2g

 

.50AE弾(デザートイーグルで使用)

初速約419m/s・弾頭重量  :約19.5g

 

.600NE弾(プファイファーツェリスカで使用)

初速約462m/s・弾頭重量  :約58.3g

 

5.56mmNATO弾(ゴルゴ13の基本使用ライフルで使用)

初速約940m/s・弾頭重量  :約4.00g

 

レールガン(とある魔術の禁書目録のレールガンさんの数値(上限は多分もっと上))

初速約1km/s  ・コイン重量:約5.50g(一般コインの重量から推測)

 

速人謹製対魔導師用液体装薬弾

初速約2km/s ・弾頭重量 :約110.0g

 

 

  と、まあこんな感じです。

  比較すると常識外れ具合が自分でも再認識できました。この数値だと対魔導師用弾丸を頭から縦に直撃したら身体が二つになりますね。

  あとレールガンは現代技術では初速約7km/sまでは可能ですが、それ以上速度を上げようとすると伝導体が溶解してプラズマ化してしまい―――(中略)―――それ以上の加速には関与しなくなります。

  それと液体装薬は初速約3km/s辺りが限界ですが、リボルバーだとエネルギー変換効率が落ちるので初速約2km/s辺りが限界です(それでも速人が使用しているのは弾詰まりという不確定要素を排す為です)。尚液体装薬は本来固定砲台等で使用する技術で、携帯兵器に使用する技術ではなく、銃弾に使用するのはエアコンを携帯するくらい常識外れの行為です。

 

 

 

  最後に毎回誤字修正版も多数投稿して御手を煩わせた上感想を頂ける管理人様と御読み下さった方に沢山の感謝を。




いや、冒頭のアリサの思考を見て鋭い、とか思ったけれど。
美姫 「まあ、肝心な部分は知らないから、結局はああなるわよね」
にしても、自分で自分にノリ突っ込みとは。やっぱりいいキャラだ。
美姫 「そして、お話も終盤って感じよね」。
ああ。どんな形で終息していくのか。
今からとっても楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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