はじめに

本編再構成物です。

ですが、すでにレンと晶のルートは通っています。

美由希ルートの「お前は俺の〜」発言もすでにしてあります。

時間軸は本編開始と同時期です。

恭也は誰とも付き合っていません。

上記の設定が嫌な方は戻ってください。

これを見て気分を害されても一切責任持てません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


とらいあんぐるハート3 〜神の影〜

第5章 「違和感」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月10日(月)海鳴市藤見町 高町家 AM4:50

ピリリッピリリッ

 

「・・・・・・む」

 

目覚ましが鳴って恭也が目を覚ます。

二日間の休養を経て、今日から朝の鍛錬が再開される。

春休み前までなら恭也と美由希だけで行っていたが、桜花たちが海鳴に引っ越してきたために、人数は倍に増えた。

恭也にとって、鍛錬においての桜花は非常にありがたい存在である。

一剣士としても、美由希の師としても。

なにせ、恭也の知らない御神の奥義の伝授もしてもらったし(型だけだが)、実力が伯仲している好敵手でもあるし、何よりも普段の雰囲気など欠片も出さずに、真剣そのもので鍛錬に取り組むからだ。

美由希にとっても、鍛錬での桜花はありがたい。

恭也以外の強い相手との仕合も出来るし、実力が伯仲している瑛も一緒にいる。

重ねて言おう―――鍛錬での桜花は、恭也たちにとって、とてもありがたい存在だ。

練習着に着替えて、布団を上げた恭也は、朝の鍛錬用の道具を持って庭に出る。

 

「・・・あ、おはよう、恭ちゃん!」

「おっはよ〜ございま〜す♪」

「・・・・・・おはようございます」

 

庭には、既に練習着に着替えた美由希以下二名の鍛錬参加者が集まって、準備体操をしていた。

恭也もそれに習って準備体操を始める。

 

「体は、もういいのか?」

「もう大丈夫だよ。 これ以上休んでいると、なまっちゃうし・・・それに」

 

準備体操をしながら、ちらっと桜花のほうを見る美由希。

 

「私はマッサ―ジをしてもらったから・・・・・・」

「・・・?」

 

視線を向けられた桜花は、「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げる。

絶対分かっていてやってるだろう。

そんな桜花にため息をつきながら、美由希は遠い目で空を見上げる。

 

「・・・人はこうして成長するんだね」

「・・・・・・なに悟ったようなこと言ってるんですか。 この程度で参っていては姉上と付き合っていけませんよ」

 

まだまだ甘いと美由紀を諭す瑛。

どうやら彼女は、相当苦労してきたようだ。

 

「む、二人とも、失礼だよ。 私は、ただ人生を面白おかしく過ごそうとしているだけだよ〜・・・・・・ただ、それに知人を巻き込んでいるだけで・・・・・・・・・」

 

それが問題なんだよ!と三人は心の中で突っ込む。

 

「・・・・・・そろそろ行くか」

「はいっ!」

「おうっ♪」

「・・・はい」

 

準備体操を終えた恭也たちは、木刀を入れたケースを持って、出掛けていく。

最初は慣らすように走り、段々ペースを上げていく。

最終的には、一般人が全力で走るよりも遥かに速いペースで長い石段を上って、朝の鍛錬に利用している神社の境内に到着する。

 

「・・・はー・・・・・・はー・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」

「・・・・・・三分休憩、その後に、少し打ち合うか」

 

ピ、と恭也は腰につけた時計で、三分タイマーをかける。

 

「・・・・・・はー、はー・・・・・・・・・うん」

「・・・はぁ、はぁ・・・・・・はい」

 

息を整えながら美由希と瑛は石段に座り込む。

 

「・・・・・・変・・・・・・・・・弱いけど・・・何かが」

 

鍛錬のときは、普段とは比べ物にならないほど静かで、ピリピリした空気を纏う桜花は、木刀を持って、訝しげな表情で境内の中を見渡した後、空に視線を向ける。

今日も、雲一つないとは言わないが、雨の気配が欠片もない良い天気だ。

ピリリリッ、ピリリリッ

 

「休憩、終わり」

 

あっという間に三分経過し、休憩の時間が終わる。

 

「ふー・・・・・・はいっ!」

「・・・・・・・・・」

 

息を整え終わった美由希と瑛は、持ってきたケースから木刀を取り出す。

そして各々の相手の前に―――美由希は恭也の前に、瑛は桜花の前に立つ。

この組み合わせを基本として鍛錬は行われる。

 

「「はあぁぁあっ!」」

 

奇しくもほぼ同時に、美由希と瑛は自身の師に向かっていった。

 

 

 

桜花は腕を下げたまま、向かってくる瑛を迎え撃つ。

間合いに入ると同時に、瑛は右の木刀を振り下ろす。

桜花は左の木刀でそれを受け止めると、右の木刀で、続いて放たれた瑛の左の木刀による突きを払う。

そこで止まることなく瑛は、右足で桜花の鳩尾目掛けて蹴り込む。

下がることで蹴りの射程距離から逃れて、着地と同時に今度は桜花から開いた間合いを詰める。

瑛が振り下ろした左の木刀を、桜花は左の木刀で左に流しながら瑛の左側に回りこむように跳び、右の木刀で胴を薙ぐ。

瑛はそれを右の木刀で防ぎ、流された左の木刀を横に振る。

それをしゃがんでかわして、右の木刀を引くと同時に左の木刀で瑛の顎目掛けて斬り上げる。

一瞬、右の木刀で受け止めようとした瑛だが、その場から後ろに跳び退き、間合いから出る。

 

「・・・・・・いい判断だね」

 

しゃがんだまま突きの体勢でいた桜花が、瑛の成長振りに賞賛の声を上げる。

あのまま攻撃を受け止めていたら、桜花の突きをかわすのは困難だっただろう。

 

「・・・行くよ」

 

ゆっくり立ち上がった桜花は、腕を下げたままで一気に間合いを詰めた。

 

 

 

一時間後

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

「・・・今日はここまで」

 

膝に手をついて、荒い呼吸を繰り返す瑛に、桜花がそう宣言する。

ちらっと視線を横に移すと、恭也と美由希のほうも終わったようだ。

瑛みたいに膝に手をついて、美由希が荒い呼吸を整えようとしている。

 

「恭也さん、そろそろ戻らないと、朝ごはんに間に合わないかもしれません」

 

恭也たちだけならそうでもないかもしれないが、桜花たちは二人暮らしなので帰ってからシャワー浴びたり、ご飯作ったり、とやることがいろいろある。

帰ったらご飯とかが用意されている高町家とは違うのだ。

 

「・・・・・・そうですね・・・美由希?」

「だ、大丈夫・・・」

「瑛は?」

「・・・のーぷろぶれむ、です」

 

だいぶ呼吸が整ってきた二人が体を起こし木刀をケースにしまう。

それを見ていた桜花の雰囲気が、一変する。

まあ、正確には―――

 

「さて、じゃあここで解散にしましょう」

 

いつもの雰囲気に戻るだけなのだが。

 

「じゃ、恭也さん、学校でまた会いましょう」

「失礼します」

 

そう言うと、行きの最後と同じくらいのペースで桜花たちは走り去っていった。

 

「・・・恭ちゃん、私達も、行こう」

「ああ」

 

 

 

 

 

「あ、お帰りなさい」

 

恭也たちが家に着くと、たまたま庭に出ていたアリサが二人を出迎える。

 

「はー、はー・・・はーー・・・・・・ただいま、アリサ」

「おはよう」

「おはようございます。それと、お疲れ様、お風呂の準備できてますよ」

「・・・・・・先に使っていいぞ」

「うん。 ありがとー・・・」

 

美由希は縁側から家の中に入っていった。

 

「恭也兄さん、体の調子はどうですか?」

 

アリサは美由希から視線を恭也に変えて訊ねる。

たまにどころか無理する頻度が高い恭也は、まとまった休みの日にでかける山篭りなどの後には、必ずアリサにこう訊かれる。

 

「・・・問題ない、心配は無用だ。 それに・・・・・・」

 

恭也は神影家のほうに視線を向けて

 

「桜花さんがいるから、早々無理もできん」

 

そう言いながら苦笑する。

 

「・・・鍛錬のときだけは役に立ちますからね、桜花さん」

 

恭也が膝を壊してからというもの、桜花は無理する恭也を見かけると、能面のような無表情となり、どんな手を使ってでも、布団に縛り付けようとする。

膝が治っている今でも何度かやられて、それからというもの、恭也は無理はしない―――ではなく、できなくなった。

 

「後は普段の行動をもう少し改善してくれれば言うことはないんだが・・・・・・」

「恭也兄さん・・・それは桜花さんに死ねって言ってるようなものですよ」

 

 

 

 

 

朝ごはんが云々とか言っていおいて、なぜか翠屋で朝ごはんを食べていた神影姉妹と合流し、始業10分前に風芽丘学園校門前に着く恭也たち。

 

「では、私はここで」

「また、お昼ね〜」

 

昇降口で瑛と別れて、恭也と桜花は三年生の下駄箱に到着する。と

 

「・・・・・・おはよう」

 

先にいた忍が恭也たちに気付き、挨拶してくる。

 

「ああ、おはよう」

「・・・・・・?」

 

昨日の今日で膝に視線を向けながら挨拶を返す恭也に、何か引っかかるのか、首を傾げながら考え込む桜花。

 

「・・・傷はどうだ?」

 

そんな桜花に気付かずに、恭也は足の具合を訊ねる。

 

「うん、おかげで、たいしたことなかった・・・高町くんは?」

「俺は別に、ぜんぜん」

 

応えながら恭也は、下駄箱に靴を突っ込んで上履きを取り出す。

 

「あ、これ、お礼・・・・・・みたいなもの」

 

忍は上履きを床に置いた後、鞄から小さな包みを取り出して、恭也に渡す。

 

「・・・・・・これは?」

「チョコレート。 よかったら、食べて」

「・・・いや、気を使わなくてもよかったのに」

 

恭也にしてみれば、そういうのが目的で治療を施したわけではないので、気は進まない。

 

「・・・・・・自分で食べるもののついでに、買っただけだから」

 

上履きを履いて鞄の蓋を閉め、忍はそのまま教室に向かおうとする。が

 

「ああーーー!」

 

さっきまで考え事をしていて静かだった桜花がいきなり叫ぶ。

これには恭也と忍も驚いて桜花のほうへ振り向く。

 

「始業式の日に質問攻めしてこなかった、数少ないクラスメート!」

 

得心がいったようにビシッと忍を指差す桜花。

 

「・・・えと・・・・・・」

「はぁ・・・桜花さん、人を指差すのは失礼ですよ」

 

対応に困って、忍が言葉を濁していると恭也が助けに入る。

 

「さて、そんな今時珍しいマイペースを持っているあなた! お名前は?」

 

恭也の発言をあっさりと無視して、忍を指差したまま、桜花は名前を訊ねる。

 

「私のことは知っていると思いますが、聞いてなかった可能性を否定しきれないので名乗りますね。 神影桜花といいます、以後よろしくお願いします!」

 

忍が答える前に、ニコニコと笑顔で自己紹介をする。

 

「・・・・・・・・・月村忍です、よろしく」

「よろしく、忍さん。 あなたとは仲良くなれそうな予感をヒシヒシ感じます」

 

忍の名前を聞いた瞬間、一瞬だけ桜花の表情が変わったが、桜花の勢いに押されていた恭也と忍は気付かなかった。

 

(・・・・・・・・・・・・月村・・・・・・なんか引っかかるような・・・それにこの気配・・・・・・ま、いっか)

 

そんなことを考えていても表にはおくびにも出さず、桜花は忍に肩を貸しながら、恭也は二人の少し後ろを歩きながら教室に向かっていった。

 

 

 

 

 

昼休み

 

「忍さん、親交を深めるために、学食に出陣しましょう!」

 

朝の一件以来、休み時間のたびに桜花は、忍に話しかけていた。

そのおかげで二人は尋常じゃない速さで仲良くなっていった。

 

「・・・・・・ん、いいよ」

 

忍は寝ていたのだが、そんなものはお構いなしとばかりに起こした後

 

「恭也さ〜ん、行きますよ〜」

 

恭也に一声かけてから、桜花は忍と共に教室を後にした。

 

「・・・俺は強制参加なのか」

「みたいだな」

 

じゃ、行くか、と勇吾は恭也と共に学食へ向かう。

剣道部の後輩達と食堂で待ち合わせをしているらしい。

 

「新勧の調子はどうだった?」

「ああ、なかなかだ。 とりあえず、頭数は結構揃ったしな」

 

三年で有名な美形の二人が並んで歩く姿はとても目立っていて、すれ違う生徒達(主に女子生徒)はしきりに振り返っている。

 

((やっぱり隣にこいつがいるからだろうな))

 

自分のことが分かっていない二人の頭の中では、全く同じ考えが展開されていた。

 

 

 

「あ、恭也さ〜ん。 こっちですよ〜」

 

食堂に入ると同時に恭也を呼ぶ声が聞こえる。

恭也が声のしたほうを見ると、桜花と瑛と忍が座っている席が目に入る。

それと同時に、食堂にいる人たちの視線が一斉に、声を出した桜花たちの席に向いた後、入り口に向く。

かなりシュールだ・・・っていうか怖っ!?

 

「じゃあ、頑張れよ」

 

一緒に来た勇吾は、それだけ言うと待ち合わせ相手のほうへ歩いていく。

目立つことを避ける節がある恭也としては、今の桜花の行動は勘弁してほしいものだろう。

ただ、恭也は有名であるため、そんなことは今更である。

とりあえず恭也は天丼&きつねそばセットを選び、トレーに乗せると、桜花たちの座っている席へ向かっていく。

ちなみに桜花はカツカレーで、瑛は親子丼、忍は購買で買ったらしいパンとパックのジュースだ。

三人とも恭也が来るのを待っていたのか、手付かずだ。

 

「・・・・・・桜花さん、大声で呼ぶのはやめてください」

 

そう言いながら、隣り合って座っている桜花と忍の正面に座る。

つまり瑛の横に座ったわけだ。

 

「いいじゃないですか〜。 簡単に見つけれたでしょう?」

「それはそうですが・・・・・・」

「・・・・・・とりあえず、食べましょう。 時間の無駄です」

 

三人だけで食事をしていたなら、口を挟まずに勝手に食事を開始していただろうが、この場に忍がいるため、瑛は会話を打ち切らせるような発言をした。

いつもの光景とはいえ、まだ知り合って間もない人と一緒に食事をするときに、あまりやるものではないだろう。

 

「む・・・そうだな。 すまない、瑛、月村さん」

 

それもそうだ、と恭也は、桜花との会話を打ち切る。

 

「くすっ・・・呼び捨てでいいよ」

「わかった、月村。 じゃあ・・・」

「「「「いただきます」」」」

 

そのことを理解している桜花も、特に余計な発言をせずに声を合わせる。

しかし彼女は、寝ている忍を起こして食堂に引っ張ってきている。

行動の基準がイマイチよく掴めない女性だ。

ちなみに今回の昼食で四人は、かなり親交を深めたといえよう。

特に、桜花と忍はすっかり仲良しさんになっていた。

最初はごく普通の世間話だったのが、いつの間にか「ロケットパンチはロマンだ」とか、「目からビームも良いですねぇ」などと二人で盛り上がっている。

取り残された形になった恭也と瑛は、「この黒松はどうです?」と瑛がどこからか取り出した「月刊 盆栽の友」を見ながら「む、見事だ。俺としてはこっちのイワシデに挑戦してみたいところだ」などと話し始めていた。

 

 

 

 

 

放課後

 

「あ、みんな帰る前に、席順くじに名前書いてってねー」

 

帰りのHRが終わると、今朝のHRで決まった学級委員が、ノートの書いたあみだくじを教卓に広げる。

 

「いっちば〜ん♪」

 

恭也の後ろの席の桜花が、物理法則を無視して教卓の前に移動すると、一番左端に名前を書く。

 

(・・・俺も書いてくか)

 

桜花の行動に呆然としているクラスメートを尻目に、恭也は右のあいているほうに名前を書く。

そうして二人はさっさと教室を後にした。

呆然としていなかった忍は、恭也に続いて真ん中に名前を書いて後に続く。

初日でその片鱗が出ていたとはいえ、桜花の顔に似合わない行動と物理法則を無視した移動に、三年G組の生徒達(勇吾含む)は固まったままだ。

そして彼らが再起動したのは、それから十分後のことだった。

 

 

 

「・・・・・・じゃ、ね」

「はい忍さん、また明日」

「ああ、じゃあ・・・」

 

校門で駅のほうへ向かっていった忍と別れて、恭也たちは高町家のほうへと向かう。

瑛は美由希と一緒に図書室に行っているため、恭也たちとは一緒にいない。

本の虫の美由紀はともかく、瑛よ・・・学校の図書室に盆栽関係の本はないだろう。

 

「席は恭也さんの後ろが好ましいですね。 寝ているのがすぐ分かりますし、何より起こしやすい・・・」

 

くっくっく、と悪戯心満載の表情で笑う桜花。

 

「・・・・・・・・・」

 

恭也は普段信じていない神様に、このときばかりは、この人だけは後ろの席にしないでくれ!と、本気で祈っていた。

 

「あ、おにーちゃんに桜花さん!」

 

桜花が「どうやって起こしてくれましょう♪」と考え、恭也が心の中で神に祈っていると、前方からなのはが手に小さなビニール袋を持って歩いてくる。

 

「あ、なのちゃん」

「・・・・・・おお、いま帰りか」

 

あまりに必死に祈っていたためか、桜花よりワンテンポ遅れて反応する恭也。

 

「うん。 これからまた、神社に行くの」

 

おそらく久遠に会いに行くためだろう。

手に持ったビニール袋には、油揚げとサンドイッチが入っている。

 

「そうか・・・ならば兄もついていこう」

 

浅い時間とはいえ、西町の神社はわりと遠いし、人通りの少ない道も通る。

この後、特にやることもないので、恭也はなのはに付き添うことにした。

 

「・・・神社に何かあるんですか?」

 

事情を知らない桜花は、なのはが神社に行く理由が分からない。

 

「ちっちゃくて、かわいい、きつねさんがいるんです。」

「・・・・・・へぇ、珍しいですね・・・じゃ、私も行きましょうか」

 

桜花もこの後は、特に予定がないのでついていくことにする。

人数が三倍になった一行は、神社目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

「きつねさーん・・・」

 

神社の境内についたなのはは、早速久遠を探し始める。

恭也と桜花は、後ろからなのはを眺めているだけだ。

 

「きつねさーーーん・・・・・・」

 

なのはは、きょろきょろとあたりを見回したり、縁の下の覗き込んだりするが、見つからないようだ。

 

「名前とかないんですか?」

「えっと、たしか・・・・・・久遠」

「あ、それだ! くおんちゃ―んっ!」

 

さすが兄妹、二人とも一日で名前を忘れるとは・・・・・・

恭也の一言で思い出した名前を呼びながら、なのはは久遠を探し回る。

 

(・・・・・・狐で・・・名前が久遠? あー、この名前もどっかで聞いたような・・・・・・)

 

聞き覚えのある名前に桜花は、忍のときと同じく考え込む。

中々見つからないので、恭也も加わって、しばらく久遠探しをしていると、

 

「・・・・・・む」

 

じっと、なのはと恭也を見ている視線があることに気付く。

恭也がそちらを向くと、神社の片隅に久遠がいた。

 

「っ!?」

 

考え事をしていたせいで、恭也より数瞬遅れて視線に気付いた桜花は、久遠を見て一瞬だけ険しい表情をする。

 

(・・・・・・・・・ただの狐じゃない・・・・・・ひょっとして・・・妖狐?)

 

微弱だが、確かに妖しの気配を感じ取った桜花は、反射的にいつでも戦闘態勢に移行できるようにシフトする。

元々、神影は御神と不破を、そういう妖の類から守る役割を担っている。

幼いころから神影の家で育ってきた桜花たちは、何か違和感を感じたり、妖と接触すると、体が勝手に戦闘態勢に移行できるように反応するのだ。

 

(・・・まぁ、害があるって決まったわけじゃないし、なによりあっちからは敵意を感じないし・・・・・・とりあえず傍観かな)

 

これが四代以上前の神影の者なら、疑わしきものは滅せよ、とばかりに攻撃していただろうが、今の神影には、彼らの頭にはなかった柔軟性があるので、いきなり攻撃しようする者はいない。

それ以上に、桜花の中にはそんなことをしては、人以外の心ある相手の友達ができない、という考えが根底に根付いている。

そういうところが桜花の魅力であり、悪戯をしても相手に怒りではなく、呆れを先行させる要因かもしれない。

 

閑話休題

 

一瞬、反射的に表に出てしまった険しい表情をすぐに消して、桜花は一人と一匹のコミュニケーションを眺めることにした。

 

「あ、くおんちゃん! こっち、きて、きて・・・おみやげ、持ってきたの」

 

なのはは持ってきたサンドイッチを見せて、こいこい、と手招きする。

久遠はそれを見て、動きそうな素振りは見せるがそれ以上近づいてこない。

 

「それを置いて、少し離れてみたらどうだ?」

「んと・・・・・・こう?」

 

恭也の提案でなのはは、広げたサンドイッチと封を切った油揚げを置いて、少し離れる。

なのはが離れた分だけ、久遠はおずおずと、警戒しながらも近づいてくる。

 

「・・・・・・もっと、だーっとこっちに来い」

「うん」

 

恭也はなのはを連れて桜花の位置まで下がる。

間合いから外れた、と判断したのか、久遠は暫く恭也たちを見やったかと思うと、小走りでなのはが置いたサンドイッチの元に駆け寄る。

そして、サンドイッチを一切れぱくりと銜えると、また小走りで、縁の下へ駆けていった。

 

「あ、食べた、食べた!」

 

その様子を見ていたなのはは、かなり上機嫌ではしゃぎ、縁の下を遠くから覗き込んだり、サンドイッチの置き場所を変えたり、と、久遠が縁の下から出てくるようにいろいろ工夫している。

 

「微笑ましいですねぇ・・・・・・・・・」

 

ここに来てからろくに喋っていない桜花が口を開く。

今の桜花の状態では、逃げられるだろうから、桜花は一歩も久遠に近づいていないし、話しかけてもいない。

と、不意に恭也と桜花は、背後から石段を上ってくる人の気配に気付く。

とんとん、と軽い足音から女性と推測する二人。

 

「・・・・・・あ・・・」

 

振り返った二人が見たのは、風芽丘の制服姿の那美だった。

 

「・・・・・・那美さん」

「・・・こんにちわ、恭也さん。 うちの久遠にご用ですか?」

「いや、さっきちょっと出てきたんだけど・・・うちのがあげたパンだけ取って、神社の縁の下に」

「あ・・・そうですか、久遠! 久遠、出ておいでー」

 

那美が呼びかけると、ちりちりと鈴を鳴らして、久遠は一直線に那美の足に向かって駆け寄って行った。

そして、那美の足に隠れるようにして恭也たちの様子を窺っている。

 

「ご飯、もらったの? じゃ、お礼しなきゃね」

 

那美は久遠の元に座り、ぽん、と久遠の頭を撫でて

 

「はい、ご飯くれたなのはちゃんに、お礼!」

 

久遠は、ぺたん、とお座りの姿勢を取り、伏せをするようにして頭を下げる。

 

「はややー・・・」

 

あまりの久遠の賢さに、なのはは感心するしかない。

恭也もこれには感心し、桜花は特に何かしらの反応をすることはなく、傍観に徹している。

 

「あ、撫でても平気だよー」

「・・・は、はい・・・・・・」

 

なのはが撫で始めると、久遠は尻尾をふって、不安げにしている。

昨日今日知り合った人に触られるのが落ち着かないようだ。

 

「あ、あのこれ、よかったらもっとどうぞ!」

 

そんな久遠の様子を気にせずに、なのはは笑顔満面でサンドイッチと油揚げの残りを久遠に差し出す。

久遠は、ぱくりとサンドイッチを取り、また小走りで離れて、那美の後ろで食べ始めた。

 

「はぁぁ・・・・・・」

「あ、ごめんね、なのはちゃん。 この子、結構臆病だから・・・・・・慣れちゃうと、そうでもないんだけど」

「いいえー」

 

もぐもぐと食べる久遠を、なのはは何やら幸せそうに見守っている。

 

「・・・・・・そろそろ自己紹介してくれるとありがたいんですが」

 

会話がひと段落したと思った桜花は、那美に話しかける。

 

「・・・あ、そうですね。 私、ここの神社の管理代理をさせていただいています・・・神咲那美、って言います」

 

自己紹介をした後、行儀よく微笑む那美。

 

「・・・・・・恭也さんのクラスメイトの神影桜花です、よろしく」

「神影先輩ですね。 よろしくお願いします」

「先輩とかはつけないで、桜花でいいですよ。 その代わり私も名前で呼ばせてもらうってことで」

「・・・はい、桜花さん」

 

自己紹介を終えた後、桜花と那美は談笑モードに突入した。

と、そうこうするうちに、久遠はサンドイッチと油揚げを食べ終えていた。

 

「くーん」

 

一声鳴くと、久遠はまた、茂みの方へと駆けていった。

 

「あ、久遠ちゃん、ばいばーいっ。 またねー!」

「・・・・・・なのは、今日は、もういいか?」

「あー、うん・・・・・・しあわせ・・・」

 

夢見心地のなのはを尻目に、あたりにサンドイッチのカスなどが落ちていないか確認した恭也は、サンドイッチなどを入れてきたビニール袋をたたむ。

 

「・・・那美さんは、これから、また巫女さんですか?」

「はい、着替えとかは、神社の中に置いてありますんで」

「じゃ、頑張ってください」

「・・・・・・お邪魔しました」

「あ、がんばってくださいー」

「はい! じゃ、ばいばい、なのはちゃん」

「さよならー」

 

三人は横一列に並んで、石段を下りながら神社を後にした。

 

「・・・・・・・・・それにしても・・・」

 

一人となった境内の中で那美が呟く。

 

「私の名前の漢字を聞いて、どうするんでしょうか? 桜花さん」

 

 

 

「・・・・・・『神咲』、ですか・・・・・・ということは『久遠』はやっぱり・・・確か『不知火』からの情報だと遅くても六月には・・・やれやれ、面倒なことになりそうですね。 恭也さんは首突っ込みそうですし・・・」

本当にめんどくさそうに呟き、桜花は恭也たちの後を追って歩き出した。

 

 

 

 

 

ちなみに、翌日登校した際に恭也の席は窓際の後ろから二番目の席で、忍はその隣、桜花が恭也の後ろとなり、勇吾が桜花の隣となった。

 

「くっくっく、これでアリサとの盟約を果たせるってものです!」

「・・・・・・・・・・・・どこか、宗教に入ろうか」

 

嬉々としてガッツポーズをする桜花と、白くなって本気でそんなことを呟く恭也が印象的だった、と勇吾は後に語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

七彩です。

少し鍛錬風景入れつつ、本題は桜花と忍・那美との出会い―――いや、知り合う接点、かな。

しかもそれをたった一日に凝縮するという強引さ。

なんか展開を急ぎすぎのような気がしてきましたが・・・・・・う〜ん

とりあえず、今回はなんのひねりもなく日常生活を書いて見ました。

あ、書く機会なかったんですが、恭也の膝は治っています。

『おまじない』をできるのは、那美たち『神咲』だけではありませんので。

次は花見―――の前にもう一つ、忍の交通事故、かな。

あ、ここまで読んでくださってありがとうございます。

では




那美と忍と桜花の出会い。
美姫 「所々で反応を見せる桜花」
果たして、今後はどんな展開を見せるのか!?
美姫 「次回もまた楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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