「おーー……」


間の抜けた声を出しながら、義之は眼の前に広がる光景に感嘆する。
前方、180度を見回すことが出来る丘の上に義之は立って居た。
眼下に視えるはある程度の規模を持つ『まち』。
町と言うには、大きく。
街と言うには、小さい。
そんな『街』だった。

其処はダ・カーポとウィンドミルとのほぼ中間に位置する街。
二つの国を行き来する人々にとっては疲労した体を癒す事が出来る重要な拠点の一つだった。

あの、森での出来事から既に二日。
あの少女――伊吹に魔法で眠らされ、義之が目を覚ました場所は森の出口だった。
それが伊吹によるものだということは瞬時に察しが付いた。
眠らされた後に姿を見せた信哉と沙耶の存在を知らない為に、
あの小柄な身体でどうやって義之を運んだのか、と若干の疑問も浮かんだ。
だが記憶の最後に残る、呪文を唱える伊吹の姿を思い出し、
恐らくは魔法で何らかの対処を施したのではないのか、と勝手な解釈に至っていた。

結局、伊吹の名も、素性も、ギルスとの関係も、その行動の目的も。
義之は何も知る事が出来ていなかった。
だが、不思議と義之はそれに対して深く考える事は無く。
寧ろ、また何処かで逢えるのでは無いのかという、理由の無い考えが浮かんでいた。


そんな訳で。
現在の義之の脳裏には、ソレに関する事が占める割合などは殆ど無く。
代わりに浮かぶは、生物の三大欲求の内の二つ。


 「まずは………メシっ、それと寝床っ。だな」


『食欲』と『睡眠欲』だった。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                         
第22話 出会いは

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇












 「…………ここも駄目、か」


カラン、という訪問者或いは帰店者を知らせるベルの乾いた音。
そこは俗に言う宿屋の入り口。
そこから出てきた義之の口からは期待外れの思いと溜息が漏れる。
久方ぶりの寝床を探し始めてから既に数時間が経っていた。
その間、訊ねた宿屋は星の数……とまではいかないまでも、その数は有に十を超えていた。
その訊ねた宿屋全てが満室。
一つたりとも部屋が残ってはいなかった。
今訊ねたばかりの宿屋の主人曰く。


 『今の時期は、ほら。
  ダ・カーポの武術大会を見物して帰って来る人たちで一杯だからねぇ。
  何処の宿もお客が一杯なのさ』


とのこと。
特に今年は例の魔族の件もあって、例年よりも混む時期にズレが生じているらしく。
丁度その時期に訪れてしまった義之にしてみれば何とも魔の悪い事だった。
あの森で迷う事が無ければそんなことも無かったのかも知れないが、そんな事は今更の話だった。


 「駄目だぁ………宿探しは一先ず置いといて、メシを喰おう…」


うん、そうしよう。と、一人ごとを口ずさむ辺り消耗している証拠だろうか。
何せ昨夜から今まで、義之は何も口にしていなかったのだから。
それは単純に手持ちの食料が底を着いたからであり、その事自体は仕方が無かった。
だが、街に着いてからの判断が誤りであった……と、義之自身思わずには居られなかった。
直ぐに宿は取れるという判断の基、
宿の確保を優先したのだが、それが大ハズレ。
結局、宿を確保する事も儘為らず、時間ばかりが過ぎ去っていた。
その結果、義之の空腹度は限界突破。


 「メシを喰って、それから考えるとすっか……」


そう呟き、義之は周囲に視線を流す。
流石に今まで訊ねた宿屋が全て埋まっていただけのことは有り、街中は人でごった返していた。
しかも時刻は何時の間にやら、夕食時。
周りの飲食店も軒並み客で埋め尽くされていた。


 「これは……マズイ」


流石にこれ以上は義之の腹も待ってはくれそうに無く。
先程から、きゅるきゅると鳴声を上げていた。
詰まるところ、ホントにもう無理。

何処か。何処でも善いから、なにか食べさせてくれる場所は……。
そう思い、まさに必死の思いで辺りを探す義之の眼に一つの建物が映る。
それは……。


 「酒場、かぁ」


荒くれ者が集う場所として定番の酒場だった。
確かに酒場でも食事を摂る事は可能であり、こういった場所ならば宿泊施設も兼ねている場合も多い。
だが、血の気の多い冒険者たちが集まり易く。
それ故、無用な争い事も少なくは無かった。



姉代わりの音姫曰く。


 『駄目だよ?弟くん?
  ああいう怖い人たちが居る場所には近づいちゃ。
  お姉ちゃんが許しません』


妹代わりの由夢曰く。


 『兄さんっ。
  杉並先輩や板橋先輩だけでは飽き足らず、
  そんな人たちとも関わりを持とうというんですかっ』



そんな場所。
由夢の言葉には深いツッコミをしたくなるが、それはそれ。今はどうでも良かった。
兎に角。
常ならば、進んで入ろうとは思わない場所………だが。


 「背に腹は変えられん。つーか選好み出来る場合じゃないって」


誰に言い訳をするでもなく。
うん。と一つ頷きをして義之は酒場の扉に手を掛ける。
ギィイと古臭い音と共に簡単に扉が開く。


 「………うゎ」


一歩。足を進めた先の空気に思わず顔を顰める。
その原因は周囲に漂う酒気。
多種多様な酒の匂いが混ざり合い、臭いが漂う。
そして、その現況を作り出しているであろう、
正に頭の中のイメージを其の儘形にしたかのような、厳つい男たちで埋め尽くされていた。
男達は其々に円テーブルを囲み。
酒を浴びるように飲む者。ポーカー等の賭け事に精を出す者。
様々だった。
そんな男達の視線が、入り口から入って来た義之へと向けられる。
入り口からカウンターへと歩を進める間。彼等の喋り声が耳へと入って来る。


 『なんだぁ、ガキかっ』

 『ケッ、一丁前にデッケェ剣なんか背負いやがって』

 『ここは坊ちゃんが来る様な場所じゃねぇぞぉ』

 『さっさとマンマの所に帰りなっ』


あはははははははは、という笑い声と共にからかう言葉が聞えた。

成る程、と義之は思う。
如何に夕食時といえども周りの男達の酔い加減は、今さっき飲み始めたモノではなかった。
おそらくは昼間から飲み続けていたのだろう。
それを単純に悪いとは言いはしないが、酒場と名のつく場所がコレと同様であったなら
悪評が流れるのも仕方がないと思えた。

まあ、こういう輩には反応を返さないのが一番。
そういった考えの基、義之はカウンター目指して真っ直ぐに歩を進める。
そんな義之の様子に舌打をしつつ、興味を無くした男達は再び酒盛りへと戻る。
所詮はその程度の事だった。

辿り着いたカウンターに背負っていた大剣を立掛け、備え付けられた椅子に腰を落とし、息を吐く。
どうやら自分が思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。
腰を下ろした直後、義之は不意に身体が重くなるのを感じた。


 「だいぶお疲れのようだね、お客さん」


そんな義之に対して、カウンター越し酒場の主人が声が掛ける。
その声は建前ではなく、本当に義之の事を気遣うように思えた。
どうやら客層とは無関係に、この主人の人当たりの良さが伺えた。
それ故、義之は先程とは違った意味を持つ息を一つ吐き、苦笑を漏らす。


 「はは、まぁ……ちょっと長旅の途中なもんで」

 「へぇ、長旅ねぇ。こんな御時世に?その若さで? そりゃあ大変だろうに」

 「まあ、そんな訳で腹が減っててさ。
  おやっさん、なんか美味い物喰わせてくれないか?」

 「ははは、美味い物か。分かった、ちょいと待ってな。
  直ぐにとびっきり美味いもんを作ってやるからさっ」


そう言って酒場の主人は調理へと取り掛かる。
新鮮な野菜を切る音。絶妙な火加減で焼かれる肉の香り。秘伝のダシで作られるスープ。
料理が得意な義之にしてみれば、それが一級の証であることが解る。
それが義之の空腹を一層に促進させる。

あぁ、と義之はカウンターに上半身毎突っ伏す。
それこそ音姫や由夢がこの場に居れば、ひどく怒られそうなモノだが、これくらいは許して欲しいものだ。
そうこうしている間に、見た目にも美味しさが伝わる料理が次々に義之の前に運ばれる。
思わず『おおぉ』と感嘆の声が漏れる。


 「さあ、喰ってくんな。腕によりを掛けて作ったどれも最高の品だ」


その言葉に偽り無し。
眼の前に運ばれた数々の料理から香る匂いは、否が応でも義之の嗅覚を刺激する。
その刺激により、既に口の中では唾液が溢れんばかりに生み出される。


 「じゃあ」


いただきます。と両手を合わせ。
義之の握る右手にはナイフ。同じく握る左手にはフォーク。
その装備は今、この場においては世界最高の武具となり。
それ故、義之の行く手を阻む者などはない。
左右の武具を以って、眼下に立ち塞がる牛の化身と対峙し。
その肉を見事な手際で解体し。
その一切れが、今正に、義之の口へとゲット・イン。


―――筈、だったのだが。


 「いいじゃんよぉ!」


至福の時は、唐突に終りを迎える。
その聞えた声に反応し、口に運ばれる筈だった肉がポロリと再び皿に落ちる。
それ故、義之の歯は宙を噛み締める。ガチリ、と。


 「……………………………なんだよ」


やっと食事にありつけると思い込んでいた義之にとって、それは罰に等しき仕打ち。
当然、その原因となった声の聞えた方向に視線を向ける。
ジトっと、恨み掛かった眼で。
げに恐ろしきは食い物の恨みか。

閑話休題。

向ける視線の先。酒場に置かれた幾つかの円テーブルの間。
通路となっているその場所に、四つの人影が集まっていた。
内訳は男が二人に、少女が二人。
だが、それは明らかに友好的なモノではなく。
否。男の方は友好的、というか楽しげに笑みを浮かべ、少女たちに一方的に話しかけていた。
まあ、所謂ナンパだ。


 「ったく、またか」

 「また?」


同じ光景を視ていた酒場の主人の言葉に義之は単純に反応する。
酒場の店主は視線は渦中に向けたまま、義之に頷きを返す。


 「ええ……あの娘ら二人はウチの臨時ウェイトレスでね。
  ウチのかあちゃんが倒れちまったもんでさ。
  ちょいと人手が足りなかったんで働いてもらってる訳でして。
  ただ二人とも見栄えが良いもんで、今みたいによく声を掛けられるんでさ」


酒場の主人の言葉を聞き、義之は『ふーん』と再び渦中に視線を向ける。
二人の少女はウェイトレスの制服と思われる同じ服を身に纏っていた。
一人は藤の花の如き、薄紫掛かった髪を持つ少女。
一人はビオラの如き、薄茶色をした髪を持つ少女。
前者は義之と同い年位。後者は若干義之より年下だろうか。
確かに、酒場の主人の言うとおり。
遠目でも二人が美少女と呼ばれるに値する容姿を持っていることが分った。


 「しかも今日のはちとしつこそうだ………まいったな」


そう言って、頭をガジガジと掻き毟る。
酒場の主人が言うように。
二人の少女が明らかに拒絶の姿勢を見せているにも関わらず、
対する男二人組は一向に引き下がる気配を見せていなかった。
そこで素直に引き下がってくれれば良いモノの、寧ろ勢いを増していた。

最初は声を掛けるに留まっていた二人組だったが、
少女たちの中々靡かない様子に業を煮やしたのか。
その行動が徐々にエスカレートし、
遂には男の一人が薄茶色の髪をした少女の手首に手を伸ばす。
それは間一髪のところで薄紫の髪の少女に遮られるが、その行動が更に男達を刺激した。
雲行きが怪しい。


 「………仕方がない」

 「えっ?」


義之の言葉に酒場の主人は疑問符を返す。
見れば義之は席を立ち、少女たちが居る方向に向き直っていた。


 「おやっさん。ちょっと待っててくれ。
  すぐ戻るからさ」

 「あ、ああ」

 「メシ、絶対喰うから片付けないでくれよっ」


そう言って義之はカウンターから離れた。





     ●





 (ああんっ。もう!しつこいわねっ)


薄紫色の髪を持つ“少女”。
“彼女”の名は『渡良瀬 準』。
元来は明るく社交的な性格の持ち主なのだが、今はそんな事は関係が無かった。


 (じゅ、準さん。準さん。
  どうしましょうぅ〜)


そしてもう一人。
準よりも一歩後ろに立つ、薄茶色の髪を持つ少女。
彼女の名は『小日向 すもも』。
その様子から争い事が嫌いなどこかノンビリとした印象を受けた。

そのどちらもが、やはり美少女と呼ばれるに値する容姿を持っていて、
酒場という場所においては余計に注目の的だった。
それ故、今までにも何度か声を掛けてくる者たちはいたが、二人はそれらを上手く回避し続けてきた。
そう、今までは、だ。

だが、今回の相手は一筋縄ではいかないらしい。

腰に帯剣した男が二人。
男の立場を利用した、力任せの強引な手に出られたとしても、
幼き頃より武術の心得を持つ準にしてみれば、それくらいは返り討ちにする自信があった。
勿論、力による解決などは望みはしなかったが、今は後ろに護るべきすももが居た。
眼の前の男たちの所為ですももに嫌な思いをさせることは避けたかった。
だが。


 (んもぅっ。一応はお客様なのよね〜)


今の立場は、店員と客。
こちらから手を出せば、店に迷惑が掛かってしまう。
知り合いが誰一人としていない街で、最初に親切にしてくれた、
この酒場の主人に迷惑を掛けることはしたくなかった。
したくはなかった、のだが。


 「なあなあ、いいだろ?
  ちょっとお話しようって言ってるだけなんだしさぁ」


嘘を付くな、と言いたくなる。
それ程に言葉と行動が食い違っていた。
話だけで済むとは思えない。


 「あ、あの……でも。お仕事の最中ですし…」

 「関係ないってぇ。
  つーか俺等もお客じゃん?これも仕事だって」


言ってることが矛盾している。
男達にしてみれば、準とすももを何とか出来れば他はどうでも良い。
それ故に、口から出る言葉は全て上辺のみの安い言葉。


 「なあ、って」


男の一人が手を伸ばす。
目標は準の右手首。
掴まれれば強引に連れられるだろう。
背後のすももと共に。

それだけは許されなかった。
すもも『兄』であり、自分の『大事な人』の為にも。
準は心の中で頭を垂れる。
勿論目の前の男たちに、などではない。
酒場の主人に対し、これから自分がしてしまう行為に。

男の手が準の右手首に触れる――――――その直前。
やらせはしない、と準は右足で地面を踏み締める。
其処から振り上げられる軌跡は男の手を弾く。
その筈だった。


 「なっ」

 「はっ!?」

 「えっ?」

 「……えっとぉ?」


挙げられた言葉は違えど、声は重なる。
その場に居る者達の視線が一箇所に集まった。





     ●





男の手が準の手首に届く、正に寸前。
残り数センチという距離にあって、男の手は停まっていた。
否。停められていた。


 「っ……なにしやがるっ。テメェ」


伸ばされた男の腕を掴む手があった。
至極当然。集められた視線はその手の主へと、注がれる。
準とすももが視るのは、自分達と男達との間に立つ背中。
そこに二人が良く知っている、“ある人”の面影を重ねてしまった。

その背中の主こそ……桜内義之。


 「ストップ、だ」

 「な、にっ?」


自身の腕を掴まれた男にしてみれば、
眼の前に立つ義之は邪魔者でしかなく。
それ故に、反射的に敵意を返す。


 「ここらへんでもうやめとけ、って言ってんだよ」


しかし、そんなモノは何の其の。
向けられた敵意を受け、それでも義之は止めろと言葉を返す。

だが、見ず知らずの、しかも行き成りに現れ、
自分たちの邪魔をするモノの言葉など聞く筈も無い。
掴まれた腕を振り払おうと力を籠めるが、掴む義之の手はビクともしない。
寧ろ、其れまで以上に力が篭る。ギシリという音が鳴るかのように。
途端。腕を掴まれた男の顔に苦悶が見得た。


 「野郎っ」


一連の事態に触発されたのか。
義之が現れてから静観せざるを得なかった、残ったもう一人の男が自身の帯剣に手を、伸ばす。
左手で鞘を支え、右手で柄を握り込む。
握りこんだ手に更なる力を注ぎ、払うように前方に引き抜けば、ソレだけで凶器と為り得る代物。
一時の感情と、自身の欲求を満たす為だけに繰り出される、この場に似つかわしくない物。
その行動に気付いた、すももが『あっ』と声を漏らし。
準が其れを止めさせようと声を挙げる。
だが、それでも男は止まらない。
気合の声と共に引かれる腕から繰り出されるは一閃。


 「………っ!」


だが、それが実現することは無く。
腕は完全に引き抜かれる事は無く、
其処から現れる筈であった剣の刃はその姿を半分も見せてはいなかった。
それを為したのは、他でもない――――義之。

男が剣を引く抜く動きを見せた瞬間。
義之もまた動いた。
引き抜かれる剣の先端。石突を、義之は空いていた掌で押さえ込んだ。
普通ならば、引き抜かれる剣を掌だけで押さえ込むなど困難な筈だった。
だが、義之と男との間合いは近く、
それこそ伸ばした腕の先、掌が届くほどの距離でしかなかった。
明らかに剣を振るう間合いではなかった。
どんな武器にせよ、いや武器を持たずとも戦いと名の付くモノにとって間合いとは命綱。
間合いの取り様によって、戦況は如何様にも変化を見せる。
その間合いを、自身の武器の間合いを把握していない相手だったからこそ、
引き抜く剣を途中で防ぐという芸当が出来たのだった。

まあ、それだけで眼の前の相手が大した腕を持ち合わせていないことが分かったのだが。

だが、その義之の行動で互いの実力の差をハッキリと、見せ付ける事が出来た。
二人組の男たちが、臆した様子が明らかだった。
こうなると後は、一押し。


 「もう一度だけ言うぞ―――もう止めとけ。
  まだやるって言うんだったら―――手加減は、しない」


その言葉は嚇しでしかなく、言葉とは裏腹に、これ以上何かをするつもりは無かった。
だが、効果は十二分だった。


 「ぐっ………っんだよ、ムキになってんじゃねぇよ。馬鹿じゃねぇの」

 「おい、もう行こうぜ」


義之の言葉に臆した二人組は、セオリー通りの捨て台詞を吐き捨て、その場を離れようとする。
勿論、義之がそれを妨げる訳は無く、掴んでいた両手を解放した。
それに舌打を一つ、男たちは酒場を後にしたのだった。





     ●





二人組の後姿を見届けつつ、ふぅと一息を吐く。
これでやっと食事にありつける、等と考えつつ。


 「あの」


そんな義之に声が掛けられる。
勿論その声の主は義之の背後に立つ準、そしてすももだ。
振り向けば二人の視線と義之の視線は、ぱちりと重なる。


 「どうもありがとうっ」

 「あ、ありがとうございました」


感謝の言葉が義之に送られる。
前者が準。後者がすももだ。
義之が感じたイメージ通り、
準は明るく人懐こい、すももは明るくはあるが初見である義之にどこか緊張した面持ちだった。

面と向かって礼を言われ、義之は人差し指で頬をぽりぽりと一掻き。


 「いや、礼を言われることじゃないよ。
  俺が勝手にやったことだしね」

その言葉はある意味正しい。
義之の行動の裏には少なからず『落ち着いて美味い飯が早く喰いたい』という俗っぽい考えがあった訳で。
勿論、困っていた二人を助けようという気持ちもあったのだが、
少なからずそういった考えを持っていたという事が若干、後ろめたかった。


 「あら、そんなことないわ〜」


だが、そんな義之の考えとは関係無しに準が言う。


 「だって、私とすももちゃんが助かったのは事実だもの。
  だからお礼を言うのはと・う・ぜ・ん」

 「準さんの言う通りです。
  本当に助かりました。ありがとうございました」


準が人差し指を唇に添え、ウインクを一つし、
すももが笑顔で再び礼を言う。
そこまで言われては義之にはもう何も言えず、


 「じゃ、有り難く受け取っておくよ」


と、笑ってみせた。


 「ふ〜〜ん……」

 「ん? どうかしたのか?」


意味深な瞳で自分を見る準の様子に気付いた義之が疑問符を返す。
その義之の言葉に準はニッコリと笑みを浮かべた。


 「ううん。何でも〜。
  ただちょっとね、知り合いに似てるな〜。って思っただけ」

 「あっ、準さんもそう思いました?」

 「あら、すももちゃんも?
  やっぱり、似てるわよね?」

 「はいっ」


どうやら、二人の共通の知り合いの誰かと義之が似ているらしい。
二人の間で見事に意志の疎通が取られていた。

義之。若干、おいてけぼり。

 「えっと、何か盛り上がってるとこ悪いんだけど。
  それ位にして、ここのおやっさんの所に行った方が良くないか?
  かなり心配してたぞ?」


そう言ってカウンタに視線を促す。
そこにはこちらの様子を見て、安堵の表情を浮かべる酒場の主人が居た。
もう大丈夫なのだな、と感じたらしい。
それに気付いた準は手を振り、すももは軽くお辞儀を返した。

そこで、気が抜けたと言うか、思い出したと言うか。
兎に角、義之の身体から、ある要求が。


 きゅるきゅるきゅる〜


 『………』


沈黙。


 「……………はら、へった」

 「ぷっ」

 「ふふふ」

 『ははははは』


三人が声を挙げて笑いあう。


 「ふふ、お腹も鳴いてる事ですし。
  おじさんの所に行きましょう、準さん。
  それに………えっと……あれ?」


すももが次の行動を促すために、名を呼ぼうとして気付いた。
準と義之も同じく。

 「あれっ……?
  ひょっとして……まだ名乗ってなかった……?」

 「そういえば……」


出会い方が出会い方であった為に、自分達が自己紹介をしていない事に三人は漸く気付いた。
自己紹介もせずにここまで和めたのは相性の問題か。いや、変な意味ではなく。

こほん。と咳払いを一つ。佇まいを直し、準がトップバッター。


 「それじゃあ、はじめまして。
  ……って言うのも何か今更なカンジだけど、こういうのは最初が肝心だからね。
  改めて―――はじめまして。
  私は渡良瀬 準。よろしくね」

 「私は小日向 すももと言います。
  よろしくお願いします」


準とすもも。
先程から二人は何度か名前で呼び合っていたために、下の名前だけなら知っていた。
ともあれ、準の言うように最初は肝心。


 「俺は桜内 義之。
  こちらこそよろしく頼むよ。
  渡良瀬さん。小日向さん」


これが、これから大きく影響しあう三人の出会いだった。

























あとがき。

はい、第22話でした。
前話に引き続き、はぴねす!のキャラが新しく登場しました。
前話の伊吹たちとは違い、準とすももはこの後もレギュラーで出番がある予定です。
肝心のはぴねす!主人公が出てこないうちから、はぴねす!でトップクラスの人気を誇る
準にゃんの登場と相成ったわけですが……主人公よりも出番多くなっちゃうかも?
まあ、予定は未定ということで。


それとですね。
現在、諸事情(詳しくは私のサイトのDiaryを参照)により執筆が遅れがちになってしまっています。
その為、私のサイトで更新してから、こちらの【PAINWEST】様に投稿するのが遅れるかと思われます。(実際に遅れています)
これからは為るべく、早く更新できればとは思っているのですが、そう上手くは行かぬが現状です。
待てぬという方がいらっしゃいましたら、当サイトの更新をご覧下さい。
若干ですが、投稿するよりも早く読んで頂けるかと思います。……若干ですよ?


ではでは、次回のあとがきで。



『はぴねす!』からも続々とキャラたちが登場しているな。
美姫 「今回は準とすももね」
とりあえず、ウィンドミルへと向かう旅は順調……なのかな。
美姫 「途中、色々あったけれど、まあ概ね順調じゃないかしら」
このまま無事に辿り着けるのか、それとも何かが起こるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る


inserted by FC2 system