夢。
夢を見ている。 だが自分の夢ではない。
誰のものかもわからない他人の夢。
「他人の夢を見せられる」これが義之の持つ『夢見』の魔法だった。
「見る」のではない「見せられる」のである。
そこに義之の意思など関与する余地はなく、勝手に見せられるのだ。
以前聞いた話によると、同じく夢見の魔法を持つ純一も今でこそある程度制御できるが、義之ぐらいの年齢の時にはやはり強制的に他人の夢を見せられていたらしい。
つまりあきらめろという事だった。
他人の夢を見られるなんて羨ましいと言う人もいるだろうが、正直冗談ではないと義之は思う。
夢なんてただでさえ支離滅裂で現実離れしたものが主なのだ。それなのに他人の夢などなぜ理解できようか。
代われるものなら代わって欲しいと思わずにはいられなかった。

そして今日も義之は自分のものではない他人の夢を見せられていた。
しかし、いつもの夢とは少し違っていた。
他人の夢なのは間違いない。
だが、いつもの夢ならば覗き見るだけなのだが、今日の夢では義之は登場人物の一人だった。
どうやら今日の夢は義之の知っている人物の夢らしい。
それも幼い義之を知っている。
夢の中の義之は手が小さく目線も低い幼い頃の姿をしていた。


 (誰の……夢…だ……?)


義之は辺りを見回す。
周りは緑で溢れた広大な庭園。至る所に良く手入れされた美しい花木が植えられていた。
そして少し離れた場所に複数の小さな人影を見つけた。
どうやら何人かの子供が集まって遊んでいるようだった。
義之が近づくとその子供たちが義之に気付く。


 『おとうとくん』

 『おにいちゃん』


音姫と由夢だった。
それも幼い頃の、由夢が義之のことを「兄さん」ではなく「おにいちゃん」と言って甘えていた頃の二人だった。
そして、そんな二人のすぐ後ろにさらに二人、子供がいた。

一人は義之より少し年上の青い髪を腰の辺りまで伸ばした少女。
やさしい笑顔を浮かべ子供ながら気品のある物腰の、将来は間違いなく美しく成長すると確信できる少女だった。

そしてその少女の影から義之に向かって元気良く飛び出してくるもう一人の少女。
由夢と同い年ぐらいの赤い髪を肩の辺りまで伸ばした少女。
先程の少女とは違い元気いっぱいといった明るい笑顔。
それでもどこか気品が漂う、こちらも将来は間違いなく美少女だろう。



赤い髪の少女は義之に向かって全速力で駆け出し……



満面の笑顔で……



――――……跳び付いた。





 『よーくん!』





――――そこで義之は夢から覚めた。










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
                       
第6話 二人の姫君

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇











「お姉ちゃん……あれ、どう思う?」

「どうって言われても……」


音姫と由夢が小声で囁きあう。
芳乃家での朝食。
いつもの時間、いつもの場所、いつもの料理、いつもの顔ぶれ。
しかし、そこには確実にいつもと違うことが一つあった。
義之の様子がおかしい。
それも朝、起きてきてからずっと。
今も箸を口に運んだかと思ったら、箸を咥えたまま「う〜ん」と唸って動かなかった。
明らかにいつもの義之ではなかった。


 「昨日、なにかあった?」

 「う〜ん……なかった、と思うんだけど……」


音姫と由夢は普段あまり見ない義之の姿を不思議そうに観察していたが、このままでは埒があかないと単刀直入に話を切り出す。


 「ねえ、弟くん。どうかしたの?」

 「何か悩み事でもあるの?兄さん」

 「んー……え?ああ…いや…」


義之にしては珍しく歯切りが悪かった。
そんな様子に二人は本当に心配そうに話しかける。


 「悩み事なら相談にのるよ?」

 「そうだよ。兄さん」


そんな心配そうな二人の様子に気付いたのか義之が答える。


 「いや……大したことじゃない…と思うんだけど……今朝の夢がな…」

 「私?」


“ゆめ”という単語を自分の名前と勘違いした由夢が自分を指差す。
それを義之は首を横に振って否定する。


 「いや、由夢のことじゃなくて、寝ているときに見る夢のことなんだけどな」

 「その夢がどうかしたの?」

 「いや、覚えてないんだ……」


音姫と由夢が不思議そうに互いに顔を見合す。


 「普通、夢って起きたら忘れちゃうんじゃないかな?」

 「うんうん」


夢というのは大概起きてしまうと忘れてしまうものだ。
たまに忘れずに覚えていることもあるがほとんどは忘れてしまう。
だから義之が今朝見た夢を忘れていてもなんら不思議ではなかった。
しかし、義之はなおも唸る。


 「まあ、確かにそうなんだけどな。今日の夢はなんだか、こう……懐かしいカンジで…」

 「気になる?」

 「んー……だけどここまで考えて思い出せないんだったら大した事じゃなかったんだろうな……よし、もう考えるのはやめだ。」

 「兄さんがそれでいいなら私たちは別にいいけど……」

 「ああ、そのうち思い出すだろ。余計な心配させて悪かったな二人とも」

 「いいんだよ。私たちは“きょうだい”なんだから」

 「そ、“きょうだい”だからね」


そういって二人は笑顔を見せる。
それを見た義之も自然と笑顔を浮かべる。
こうして三人はようやく朝食に向かうのだった。





     ●





 「城に行く?」


朝食を終えて洗い物をしていた義之に音姫がそう告げる。


 「うん。お祖母ちゃんに届け物があるんだよ」


言いながら音姫は義之が洗い終わった食器を手際よく拭いていく。
さらに由夢が拭き終わった食器を順番に棚に片付けていく。
三人の見事な連携プレーだった。


 「届け物って?」

 「風見学園からの武術大会出場者の名簿。昨日やっとできあがったんだよ」


武術大会は風見学園生徒と一般参加者で行われる。
その学園の出場者の調整を、現在学園長が不在のため、生徒会長である音姫が仕切っていた。


 「そっか……さくらさん今いないから」
 「音姉がやらなきゃなのか……ご苦労様」


共に武術大会の出場者である由夢と義之は姉に対して労いの言葉をかける。


 「ううん、これも生徒会長さんのお仕事だし。それに由夢ちゃんや弟くんが出場するんだからしっかりとやらなきゃね」


音姫はそんな二人に笑顔で答える。
これだから音姫には頭が上がらないと二人は笑顔で思う。


 「とにかくそういう訳で、お姉ちゃんはお城に行って来るけど、二人はどうする?」

 「え?私たちも行っていいの?」

 「うん、大丈夫だよ。一人で来てとは言われてないし、初めて行くところじゃないしね。
  それに二人だってお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにしばらく会ってないでしょう?」


場所が城ということで義之と由夢は少し躊躇するが、


 「そうだね。お祖母ちゃんたち最近帰ってきてないもんね……いこっか、兄さん」

 「そうだな。武術大会前に純一さんに一度会っておきたかったし、ちょうどいいか」


音姫の提案に二人も賛成する。


 「じゃあ、決定。洗い物が終わったら三人で行こう」


音姫がまるでピクニックにでも行くかのように決定する。
こうして三人はダ・カーポ城へと行くこととなった。





     ●





ダ・カーポ城は義之たちの住んでいる町からそう遠くない場所にあった。
城の周りは巨大な城門と城壁で囲まれていた。
門番と挨拶を交わし門を潜り敷地内に入るとそこから城まではまだ少し距離がある。
そしてその先には首都ダ・カーポの象徴たるダ・カーポ城が見えてくる。
巨大な城はその外装を白で統一されており所々に金の装飾がされていた。
大陸一の聖騎士団を保有している国の首都、その象徴たる城だけのことはあった。

義之たちは城内に入ると、まず受付所に向かう。
城主である王に謁見するため城を訪れた者たちは必ずここで受付を済ませなくてはならなかった。
とはいえ義之たちの目的は王への謁見ではなく純一と音夢に会うことであり、そのことは予め受付にも伝えられていたらしく義之たちはすぐに先に進むことを許された。


 「でもお城に来るのも久しぶりだね」


城内の廊下を歩きながら音姫が懐かしそうに呟き、由夢もそれに頷く。


 「そうだね。最後に来たのは……4・5年ぐらい前かな?」

 「相変わらず広いね〜」

 「そうか?俺は昔はもうちょっと広い気がしてたんだけど……」


義之の言葉に音姫がと小さく笑う。


「ふふふ、それは弟くんが大きくなったからだよ」


義之は「なるほど……」と納得する。
確かに4・5年前といえばちょうど成長期に入る前の時期だ。
それならば昔は広く感じたものが狭くなったと錯覚しても仕方がなかった。


 「あの頃の弟くん、まだこ〜んなに小さかったんだから」


音姫は右手の親指と人差し指を少し広げてみせる。
それは明らかに人間の大きさとはかけ離れていた。


 「音姉……小人じゃないんだから…」


冗談だとわかっていても義之は苦笑する。
由夢も隣で同じように苦笑していた。
そんな二人に音姫は不思議そうな顔をする。


 「え、そうかな?このくらいじゃなかった?」

 「………」

 「………」


どうやら冗談ではないらしい。
さすがに今度は義之も由夢も笑えなかった。


 「そ、そういえば」


話を逸らそうと由夢が思い出したように言う。


 「『二人』には会えないかな」


どうやら知り合いが城にいるらしく、その相手が誰なのか義之と音姫もすぐに見当がついた。


 「ん〜どうかな?会えるなら会いたいけど……」

 「無理じゃないか? あの二人は……」


そこまで言って義之は背後に気配を感じた。
それもこちらに近づいて来ているようだった。
だが義之は振り向きたくなかった。
何故かはわからないがそう本能が告げているような気がした。
そうしている間にも気配は近づき、タッタッタという足音も聞こえてきた。
こうなると振り向かないのもそれはそれで気になる。
義之は意を決して後ろを振り向いた。

その瞬間!

義之の目に映ったのは義之に駆け寄る綺麗な赤い髪の美少女。
その瞬間、義之は既視感を覚えるが、それが何なのか考える暇も与えられなかった。


 「よーーくーーーん!!」


そのまま少女は義之に勢い良く抱きついた。


 「うおっ!?」

 「なっ!?」

 「えっ!?」


三人はそれぞれに反応をみせる。
音姫と由夢はその出来事に眼を見開いて驚きの声をあげ、義之は突然勢い良く抱きつかれそのまま少女と一緒に後ろに倒れ込み、

ゴンッ!

受身も取れずに思いっきり後頭部を打ち付けた。


 「ってぇ……」

 「わわわ、ご、ごめん!よーくん」


頭を打った義之に抱きついた少女が義之の上に馬乗りになった形で謝る。
義之は頭を擦りながら片目だけ開いて少女の名前を呼ぶ。


 「……ティナ…」


ティナと呼ばれた少女は、義之に名前を呼ばれるとすぐに笑顔になり、うれしそうに義之の顔を見つめる。


 「……どうした?」

 「えへへ、よーくんだ。本物のよーくんだよー」


眼と鼻の先で満面の笑み見せられ義之は顔を赤くする。
が、すぐにその色は赤から青へと変わる。
背後から義之へと向けられる二つの視線に気付き、背中から冷や汗が溢れてくる。
首だけ肩越しに後ろを振り返ると、


 「弟くん?」

 「兄さん?」


そこには明らかに白い眼で義之を見ていた音姫と由夢がいた。
この状況はまずいと直感した義之は少女を引き離そうとする。


 「と、とりあえず、ティナ」

 「え?」

 「離れてくれ……」


そんな義之の願いを聞いて少女は不満そうな顔をする。


 「えー!なんでー!?せっかく久しぶりに会ったのにー」

 「いや、それとは別にだな……」

 「よーくん……つめたい」

 「つめたくない」

 「昔は抱きついてもそのまま一緒にいてくれたのにーー」

 「ばっ!」


何とかティナを引き離そうとする義之だが、健闘空しく、ティナの口からさらなる爆弾発言がされる。


 「へ〜弟くん、そんなことしてたんだ〜」

 「それは初耳ですね〜」


背後の二人は口調こそ優しかったが、眼が据わっていた。
由夢に関しては裏モードの口調になっているにも関わらず顔にはハッキリと非難の色が浮かんでいた。
義之の背中に先程にも増した大量の冷や汗が流れる。
確かに昔はティナに抱きつかれたこともあったが、それは幼い頃であり、お互いにまだ異性を意識していないときであり、やましい考えは全く無く、……と義之は現実逃避をし始めるが、


 「今朝もね、夢によーくんが出てきたんだよ。ちっちゃい頃のよーくん」


ティナのその言葉でそこまで思案を巡らせていた義之は先程感じた既視感の正体に辿り着く。
ようやく思い出される今朝の夢。
義之に跳び付く赤い髪の幼い少女のこと。


 「そうか……あれは…」

 「え?」

 「いや、なんでもない」

 「?」


「おまえの夢だったのか」と言い掛けて義之は言葉を濁す。
今ここでそんな事を言えば間違いなく後ろの二人が爆発する、そう考えての行動だった。
が、それとは無関係にすでに音姫と由夢は爆発寸前だった。
義之は何とかティナを引き離そうとするが、ティナはなかなか言うことを聞いてくれなかった。
どうしたものかと悩むその時、凛としていて優しげな声と共に天の使いが舞い降りる。


 「ティナちゃん。義之さんが困ってるわよ」


4人が同じ方向に視線を移す。そしてティナがやってきた廊下の先の人影に気付く。
それは長い青い髪の気品のある、けれどやわらかな物腰の美しい少女だった。


 「セレネ姉さま」


どうやらティナとセレネと呼ばれた少女は姉妹らしかった。


 「お久しぶりです、音姫さん、由夢さん」


セレネは手を身体の前で組み、軽く頭を下げる。


 「お久しぶりです、セレネさま」

 「お元気そうで安心しました」

 「はい、お二人も」


三人は笑顔で再開の挨拶を交わす。
そこでセレネは足元の義之を見下ろす。


 「義之さんもお変わりないようですね」

 「はは、お久しぶりです」


未だティナに押し倒された形のまま挨拶を交わす。
なんとも情けない姿を見られ義之は苦笑する。


 「ほら、ティナちゃん。」

 「むぅ……はーい」


姉に再度嗜まれティナはしぶしぶと義之の上から退く。
義之は身体を起こし「ふぅ」と安堵の息を吐く。


 「ティナちゃん。皆さんにちゃんと挨拶なさい」

 「うん、では改めまして」


背筋を伸ばし、両手を体の前で組み合わせ、優雅で、それでいて元気良くお辞儀する。


 「よーくん、音姫ちゃん、由夢ちゃん、お久しぶりです」


それに義之たちも頷き、応える。


 「ああ、久しぶりだな」

 「ティナさまもお元気そうで」

 「はい、何よりです」


交わされる三者三様の挨拶。
しかしそこで何故かティナが頬を膨らませ、音姫と由夢に向かってビシィッ!と指をさす。


 「敬語!それと『さま』付け禁止!!」


人を指差すのはどうかと思うが今の問題はそこではなく、


 「でも……」

 「お二人は……」


いきなりの要求に音姫と由夢は困惑する。
ティナは両手を腰に当てむんっと胸を張る。


 「『お姫様』とか関係なし!!」


デンッ!という効果音が聞えてきそうだった。



そう、この二人――セレネとティナは正真正銘、ダ・カーポの王女なのだった。





セレネ=ル=ダ・カーポ。

連合王国サーカスの王位第一継承者にして第一王女。
腰まで真っ直ぐと伸びた美しい青い髪の美少女。
上品でやわらかな物腰は気品に溢れ、ひときわ輝き、しかしどこか儚げで神秘的なその笑顔は、まるで夜空に輝く満月。
夜道を照らす道標たる淡い光。



ティルミナ=レ=ダ・カーポ。

連合王国サーカスの王位第二継承者にして第二王女。
姉同様、腰まで伸び、少しウェーブの巻かれた赤い髪の美少女。
親しき者にはティナと呼ばせる。
元気で気さくな性格、絶対的な明るさを持つその笑顔は、生命の源たる太陽。
世界の全てを照らす希望の光。


対照的な二人、共通するのはその光で生きる者への道を照らす。

王女という立場を自覚しながらもそれに臆することは無い。それゆえ民に慕われる存在だった。





そんな二人と義之たちは、純一たちが昔から城に就いていたということもあり、幼馴染の関係にあった。
それゆえ、距離を置いた音姫と由夢の態度をティナは指摘する。


 「幼馴染に立場とか関係ないよ。ねぇ、姉さま?」

 「そうね。二人に『さま』なんて呼ばれたら反対に哀しくなってしまうわね」

 「それに、よーくんはちゃんと昔の呼び方してくれたよ?」


「ねえ」と言ってティナは義之に同意を求める。
義之にしてみれば「イキナリ跳び付かれて言葉遣いにまで気が回らなかった」というのが正直な感想なのだが、ティナの言うことにも一理あるかと思う。


 「二人がこう言ってるんだからいいんじゃないか?」

 「弟くん……」

 「兄さん……」


音姫と由夢は一瞬だけ躊躇するもすぐに向き直る。


 「じゃあ、改めまして、お久しぶりです。セレネさん、ティナちゃん」

 「会えて嬉しいよ、ティナちゃん、セレネさん」


その言葉を聞いてティナは満面の笑みを、セレネは柔らかな笑みを浮かべた。





     ●





 「でもよく俺たちが来てるってわかったな」


久しぶりの再開のやり取りを終え、ティナとセレナを加えた5人で廊下を進みながら義之が言う。
今純一たちは部屋にいないらしく、純一たちがいる場所までティナとセレネに案内してもらっていた。


 「昨日、音夢さんに聞いてたんだ〜。今日よーくんたちが来るって」


本来なら来るのは音姫だけの筈だったのだが、義之と由夢も一緒に来るだろうと音夢は予想していたらしい。
さすがに孫たちの事をよくお分かりだった。


 「でね。お出迎えを頼まれてたの。だから昨日からすっっっごく楽しみに待ってたんだよ」

 「ふふ、ティナちゃん、昨日からこんな様子なんですよ」


可愛い妹が嬉しそうにしているのはセレネにとっても嬉しいらしい。
二人はさっきからずっと幸せそうに笑っていた。


 「だって、ホントに会いたかったんだもん」


ティナが拗ねるように言う。
それを義之、音姫、由夢が順番に宥める。


 「まあ、城に来る機会ってそんなにないからな」

 「そうだね。用も無いのに来ていい場所じゃないものね」

 「うん。こういうときじゃないとね」


それを聞いてティナは「う〜」唸ったかと思いきや、すぐに「そうだ!」と声をあげる。


 「今度は私から会いに行けばいいんだ!」

 『それはムリ』


ティナの迷案を義之、音姫、由夢の三人は声を揃えて即座に却下する。
さすがに一国の姫がホイホイと城の外に出るのは問題があった。
そしてティナはまたもや唸る。
その様子を見た義之はやれやれといった様子で右手を軽く握りティナの前に差し出す。


 「……ティナ」

 「え?」


義之は握った手を開く。
すると義之の手のひらの上に見事な桜餅が一つあった。


 「うわー美味しそう!」

 「ほれ、これ喰って機嫌直せ」


ティナは桜餅を受け取ると一口かじる。


 「ふわー、ほいひぃひょー」


おそらく「美味しいよー」とでも言っているのだろう。
お姫様にしては何ともはしたなかったが、どうやら機嫌は直ったらしい。


 「久しぶりだね。弟くんのその魔法」

 「まあ、久々にしては上出来か」


義之の特殊な魔法、“掌から和菓子を創り出す”魔法。
幼い頃、相手を笑顔にする魔法として純一から教えてもらったものだった。
創り出せるのは和菓子限定、しかも術師の体内のカロリーを消費するという何とも中途半端な魔法なのだが、その効力は絶大。
今回も一人の少女を笑顔にすることが出来たようだった。





     ●





そんなやりとりをしていると、いつのまにか目的地は目の前だった。

大闘技場。
もうすぐ開催される武術大会の会場でもあり、平時はダ・カーポ城の誇る聖騎士団の演習場でもあった。
純一と音夢は今この中にいるらしい。

義之たちが中に入ろうとするとこちらに近づいてくる人影が見えた。
それに気付いたティナがサッと義之の背中に隠れる。


 「どうした?ティナ」

 「しぃー」


何事かと義之は尋ねるが、ティナはそれには答えず、変わりに口元に人差し指を置いていた。
その間に先程の人影は目の前にまで辿り着いていた。


 「これはこれは姫様方」


人影――騎士と思われる金髪の青年が声を掛ける。
それを聞いて「遅かった…」と義之の後ろから身体半分を隠すようにティナが顔を覗かせる。
セレネはそれを見て苦笑しながら二人一緒に青年に挨拶する。


 「こんにちは、アルシエルさん」

 「こんにちは……」


アルシエルと呼ばれた青年は片手を胸にあて、頭を下げ挨拶する。


 「ご機嫌麗しゅう、御二方は相も変らず御美しい」


何とも歯の浮くような台詞だった。
それを聞いたティナは「うぅ」と小さく唸り声をあげる。
全く麗しくなかった。
どうやらティナはこの男が苦手らしい。


 「このような所においでになるとは珍しいですね」


と、そこで一度言葉を区切り音姫と由夢に視線だけ移す。
二人はその視線に軽い不快感を覚える。


 「それも他に御二人も御美しい客人をお連れになってとは」


二人ということは、どうやらこの男の眼に義之は入っていないらしい。
それが本当に気付いてないのか、意図したものかはわからないが…。
それについて素早くティナが反論する。


 「二人じゃなくて三人ですっ」


ティナの言葉でアルシエルはようやく義之を認識する。
が、義之自体には興味なさそうに一瞥し、代わりに義之の剣を注視する。


 「ほう、そこの君は剣を使えるのかな?」

 「まあ、それなりに……」


「そこの君」と呼ばれた事は敢て考えないようにし、義之は一応頷いておく。
その答えなど最初からどうでも良かったというようにアルシエルは揚々と喋り続ける。


 「まあ、使うだけなら誰でもできるがね。だが気を付けたまえ。
  剣というものは使う者によっては自分をも傷つけてしまうものだからね」

 「……はぁ」


余計なお世話だと義之は思う。
アルシエルの口調からは明らかに義之を見下しているのが分かった。
第一印象としてはこれ以上無いほどに最悪だった。
他の二人やティナも同様らしく、義之に対する侮蔑の言葉に明らかにムッとしていた。
唯一冷静であろうセレネがアルシエルに尋ねる。


 「アルシエルさん。そろそろ演習のお時間ではないのですか?」


セレネにしては珍しく若干早口だった。
義之は「おや?」と思う。
どうやら平静なのは外見だけでセレネも多少は怒っていたらしかった。
その周囲を包む空気に圧され、侮蔑された当人の義之が一番冷静どった。


 「ああ、そのようですね。美しい女性とご一緒できないのは残念ですが、失礼させて頂くとしましょう」


その空気に最後まで気付くことなくアルシエルは闘技場の中へと消えていった。
その姿が見えなくなると由夢を皮切りにティナ、音姫が口々に文句を言う。


 「なんなの!?あの人!」

 「う〜……私やっぱりあの人苦手だよ〜」

 「お姉ちゃんもあんまり好きになれないかも…」


三人がここまで明らかに特定の人物を嫌うというのも珍しかった。
そんな由夢や音姫にセレネが説明する。


 「あの人はアルシエルさんといって、騎士団に所属している騎士の一人。かなりの腕前というお話よ」


「ただ性格がね……」と最後に付け加えた。
確かにあまり好かれる性格ではなかった。
おそらく自分の剣の腕によほど自信があるのだろう。
先程のやり取りからもそれが良く分かった。
由夢やティナは未だ怒りが治まらないのか、義之にズズズと詰め寄る。


 「兄さん!あんなこと言われて悔しくないの!」

 「そうだよ!よーくん」

 「お、おう」


その迫力に義之は一歩後ずさる。
義之も内心不愉快ではあったが、周りの女性陣がそれ以上に怒りを露にしたため、それを見ることで逆に冷静になれた。
というのが正直な話だった。


 「よーくん!あんな人やっつけちゃえばいいんだよ」

 「そうだよ兄さん!兄さんならあんな人に負けないよ」


なんとも物騒な事を言いだすお姫様と妹、さすがにそれを見かねた二人の姉がそれぞれ妹を諭す。


 「そんなことを言ってはだめよ、ティナちゃん」

 「由夢ちゃんもだよ」


さすがに姉に諭されると二人は押し黙るが、顔には明らかな不満の色が見えた。
それを見て義之はしょうがないなと口を開く。


 「あのな、二人とも。別に口で剣の腕前が決まるわけじゃないだろう?」

 「でも……」

 「だって……」

 「まあ、あれだけのことを言ったんだからアイツも相当自分の剣に自信があるんだろうな」

 「兄さん!」

 「よーくん!」

 「でもな、俺は一言も負けたなんて言ってないぞ」

 『えっ?』

 「アイツがどれだけの腕前なのかはわからない……もしかしたら俺より上かもしれない。それでも俺は負けるつもりはない」

 「………」

 「………」

 「剣だけは誰にも負けたくないからな……」


義之は二人の顔を交互に見る。


 「これじゃあ、ダメか?」


その言葉に由夢とティナは首を振る。


 『(兄さん)(よーくん)がそれでいいなら……』


声の揃った言葉に義之は苦笑する。
そこでそれまで静観していた音姫とセレネの姉ペアが口を開く。


 「さすが、弟くんだね」

 「素敵ですよ、義之さん」


年上の美少女二人に笑顔で褒められ、義之の顔が赤く染まる。
それを見て妹二人が再び軽く不機嫌になるのを感じた義之は慌てて話を当初の目的に逸らす。


 「だ、だいぶ余計な時間喰ったな。早く純一さんたちのところに行かなきゃな」


そう言って大闘技場入り口に進む。


 「待ってよ!よーくん」

 「兄さん!」

 「ふふ、弟くんたら」

 「仲良しですね」


それを見てティナと由夢は足早に、音姫とセレネはゆっくりと後を追うのだった。

























あとがき。

第6話です。
この話でついにオリジナルキャラ登場です。まあ、オリキャラの詳しい紹介は次回の話で。
ある事情で今回のあとがきはこれにて終了!理由は次回のあとがきで明らかに。まあ、全然たいした理由じゃないんですけど…

ではでは、次回のあとがきで。



お城で出会った幼馴染はなんとお姫様。
美姫 「おまけに嫌味ったらしい騎士までご登場ね」
新たなキャラの参入によって、これからどうなっていくのかな。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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