『タイムカプセル』




第二話



-11月20日-

 今朝は何故かいつもより爽快な目覚めだった。
 いつもと同じ時間に覚醒した俺は目を開いたまま、じっと天井を見つめていた。布団から出る事なく、じっとその状態を保っていた。
 頬に当たる空気は冷たく、冬の到来を伝えてくれる。そろそろ縁側に出るのが辛い季節が来たようだ。
 俺はそんな気の利いた考えが起き抜けに浮かぶような人間ではない。それはつまり、その日の目覚めが爽快だった事の証明だった。
 一瞬かちりと言う音が鳴った後、聞き飽きたメロディが目覚し時計から聞こえてくる。俺は布団と共に体を起こし、右手を伸ばしてその頭を押し込んだ。
 体を起こさないと止められない位置にあるそれは寝坊対策だった。
 あまり人に誇れる物のない俺にとって唯一誇れる特技がある。それは寝坊で学校に遅刻をしないというものだった。
 中学高校と通いつめて、一度も寝坊した事がないのは俺の自慢だった。
 美由希に言わせれば、こんな朝早い時間から鍛錬をしているんだから、寝坊で遅刻なんて有り得ないという事らしい。その言葉に反論できなかった俺はその日の鍛錬で少し本気を出した。多分、神はお許しになるだろう。無神論者だが。

 いつまでもそうしている訳にもいかず、俺は顔を洗う事にした。
 洗面所は完全に乾いており、誰かが使用した形跡は見られなかった。美由希はまだ着替えでもしているのだろう。
 俺は蛇口をひねり、水を目一杯放出させた。見るからに冷たそうなそれはまさにその通りで、骨の髄まで突き通す針のような冷たさはいつもより覚醒している頭を最高の状態へ持っていく。
 水を止め、濡れた顔を近くにあるタオルでしっかり拭い取った。正面の鏡を見ると、そこには何時も通り無愛想で眉間に皺の寄った顔が覗いていた。俺は思う――我ながら何とつまらない顔をしているのだろうか、と。もう少しでも愛想を良く、父さんのように振舞う事ができたら、俺にも友と呼べる人間は今よりも多いはずだった。

 昔の事を少しだけ思い出す。
 父さんが友と呼ぶ人物に俺は何度も会った事がある。まだ、かーさんもおらず、美由希も俺の妹では無かった時の話だ。それはとてもいい人たちで、俺にとっていい思い出の一つだった。
 その頃から俺は無愛想で可愛げのないガキだった。手はかからないガキだと思うが、相手をして面白味などなかったろう。そんな俺に優しくしてくれた彼らには今でも俺は感謝している。そして、そんな友を持つ父さんが非常に羨ましかった。今でも羨ましい。
 正直に告白しよう――俺は、そういう友達が欲しかったのだ。









 昼休みを知らせる鐘が鳴る。
 机に伏していた顔を上げると、教科書とノートを整頓している教師の姿が目に映った。俺が寝ていることなど最初から承知で、最近では俺に対して何も言ってこない。見捨てられたのだろうが、最初から勉強などするつもりは無かった。得意ではないし、嫌いでもあったからだ。得意になるつもりも好きになるつもりも無い。
 隣の席にいるはずの月村は既に姿を消していた。昼休みと同時に出て行ったのか、途中で授業をふけたのかはわからない。おそらくは後者だろう。
 そんなつまらない事を考えている内に授業は終わり、次々にクラスメイトは外に飛び出していく。飛び出していかない者たちは皆カバンから弁当箱を取り出し、机を移動させていた。
 そんな中、一人こちらに近寄ってくる者が居た。このクラスで唯一俺が話を交わす、赤星勇吾だった。


「高町。飯行かないか?」


 いつもと変わらない憎らしい程爽やかな顔をしながら赤星はそう言った。
 俺以外に飯を食いに行くような相手がいない訳ではない。外見どおり敵を作らない爽やかな性格――おそらく、両手で数え切れないくらいの相手がいるのだろう。
 片手どころか指一本で足りる俺には羨ましい話だった。
 こいつのようになりたい――心のどこかでそう思っているからこそ、彼との付き合いが数年にも渡る物となっている。ある意味では、俺は赤星を尊敬しているのだ。


「……そうだな。学食か?」

「そうなるだろうな。弁当派じゃないしな」


 赤星の言葉に俺は首を縦に振る事で返答した。
 椅子を引き、机の端に両手を添えて立ち上がる。実はそんな動作するだけで俺の右膝の古傷は悲鳴をあげる。この古傷の経緯については赤星には話していない。ただ、大怪我した経験がある、と伝えただけだ。話す必要もないと思う。
 なにしてるんだ、という赤星の言葉にすまないと返し、俺たちは食堂に急ぐことにした。

 食堂は既に人で埋もれていた。これを見た人は大げさと言うかもしれない。だが、考えてもみて欲しい。ただでさえ人が多い学校なのに、ここは海鳴中央と合併している。それなのに食堂が一ヶ所しかないため、必然的に人が増えるのだ。
 俺と赤星はそれぞれ食いたいものの列を探す為に、人を掻き分けるようにして中に入っていった。俺はラーメンが食いたかった為、麺類のコーナーに並ぶことにした。
 すると、少し前に見覚えのある後姿が見えた。それは、神咲那美さんだった。
 彼女はこの喧騒に余り慣れていないのか、びくびくしながら列に並んでいた。その仕草を見て、彼女と初めてこの食堂で出会った時の出来事が脳裏に浮かんだ。その時は列に並ぶ事すらできなかった。そう思えば、今の彼女はずいぶんと成長した姿なのだろう。そんな瑣末な事に、俺は何故か安堵していた。
 やがて列も進み、彼女は無事自分の昼食にありつく事ができた。自分の事ではないのに、自分の事のように内心喜んでいた俺はその事実に苦笑していた。
 横を見ると、少し遠くの列で赤星が自分の分の注文をしているところだった。
 これはあいつを少し待たせることになるだろう。昼休みはまだまだあるが、少し申し訳ない気分だった。










 放課後、俺は一人廊下を歩いていた。
 こんな事をしている理由は簡単で、ただ単に家に帰宅しているだけの話だった。
 風芽丘は部活動が盛んである。スポーツ推薦などを取る程スポーツには関心がある。その中で、入学当時からずっと帰宅部を続けている俺は珍しい人種だった。
 窓から見えるグラウンドには大小様々な部活の人間が所狭しとせわしなく動いていた。大会が近いのだろうか、既に過ぎた後なのだろうか。赤星が言うにはインターハイは終わったとの事だが、そんな基本的なことすら知らない俺はやはり世間ずれしているのだろう。
 自分の考えた事に、ため息をつく。
 赤星から未だに部活に来ないかと誘われる事がある。もう大会はないが、部員たちを指導する仕事があるそうだ。


「余計に俺のような者が行けるはずなかろうに」


 赤星は楽天的なのか俺という存在を高く見積もり過ぎているのだろう。指導者として最適な人間だと。
 だが、俺はそんなに大層な人間ではない。たった一人を一人前に育て上げるだけでこの様だ。掛け持ちなどできるはずも無かった。

 窓から差し込む光は赤く廊下を照らし続けていた。ここは三階で、自分のクラスから丁度出たところだった。
 赤く染まったそれは幻想的で、ついこの間の出来事を思い出させてくれる。
 そう――墓地での出来事は、俺にとって印象に残る出来事だった。あの時出会ったリスティさんは翠屋と会った時と違い、儚く壊れそうな顔をしていた。だからこそ、翠屋で会った時はそのギャップに驚いたものだった。
 次に彼女と会った時、リスティさんはどちらの顔を見せてくれるのだろうか。
 俺はそこまで考えたところで、足を止めた。
 何を馬鹿な事を考えているのだろう。彼女とはつい最近、知り合ったばかりではないか。
 俺は太ももを両手で打ち放つことで、今考えていたことを脳裏から消し去った。


「早く帰って、翠屋の手伝いをしよう」


 何も考えず体を動かす事に専念したかった。それには翠屋での手伝いはうってつけだった。
 止めていた足を再び前に進める。
 一歩、二歩――そこまで進めたところで、視界の端に誰かの姿が映った。
 その姿はグラウンドの端にあった。その姿はとても小さく、普通に見れば誰かわからぬ程小さな人影だった。
 だが、俺には何故かその人影の正体に気づいていた。


「……リスティさん?」


 何故、彼女がこの場所にいるのだろうか。この場所に何か用事でもあるのだろうか。
 先ほど考えるのをやめた事が頭の中にフラッシュバックするように再生される。
 本当に自分はどうしてしまったのだろうか。
 俺はその後、頬を二度叩き、彼女の存在を忘れるようにして翠屋への道に足を進めた。






あとがき

 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
 駄作SS作家の霧城昂です。

 少し期間が空いてしまいましたが、無事第二話をお届けできました。
 楽しみにして頂いた皆様には申し訳なく思っております。
 なるべく、次は早めに書こうと考えておりますので、これからもよろしくお願いします。

 以上、ありがとうございました。



恭也の学校での日常って感じかな。
美姫 「そうね。こんなのも良いわよね」
うんうん。今の所、ほとんど接触のない二人。
美姫 「これからどうなっていくのかが楽しみね」
本当に。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待っていますね」
ではでは。



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