「いやぁ・・やめて・・・こないで・・ち、ちかよら・・ないでよ。」

 

制服を着た高校生くらいの少女。やや童顔でかわいらしい顔をしたその少女の表情は今、恐怖に歪み、地面に座り込んでしまっていた。下着はその少女の失禁によってぐっしょりと濡れてしまっている。だが、今、その少女にそんな事を気にしている余裕は無い。

 

「なに・・なんなの、いや・・こんなの・・うそだよ・。」

 

少女の目の前には巨大な影があった。そして、そのすぐ脇には二つの“塊”。その目の前の巨大な影によって潰された二人の男の死体があった。およそ、現代の常識では考えられないその存在を目撃したのが日本人であり、ある程度平静な状態だったのならば10人中9人までが同じ印象を抱くだろう。すなわち、“鬼”と。だが、少女には既にそんな事を考える余裕すらなかった。彼女にとってそれは、得体の知れぬ、そして絶望的な唯の化け物。

 

「た、たすけて・・・・・」

 

半ば発狂しかけながら、助けを呼びかける。それは、誰かが救援に来てくれることを望んだものか。目の前の鬼に対する懇願か。鬼の表情がニヤリと笑ったように見えた。そして、鬼が少女の腕をつかみとろうとする。

 

ビュッツ

 

その時、後方から黒い物体、黒鍵と呼ばれる剣が飛んできた。それが鬼の腕に浅く突き刺さる。

 

ヒュオオオオオオオ

 

その先には一人の女性が立っていた。そして、その目を見た瞬間、少女は急速に意識を失い、記憶が薄れていく。

 

「教会の命にてあなたを断罪します。」

 

それは、埋葬機関第7位、弓のシエル。

 

 

 

 

 

 

「くっ、もっと急いでください。」

 

薫はパトカーに乗り、鬼の気配を感じた場所へと急いでいた。今までの事件から推察してある程度の範囲は予測できたものの、完全に絞りきれる訳ではなく、また所詮一人ではカバーできる場所は限られている。仕方なく適当に目星をつけて警察と一緒に巡回をしていたのだが、その途中異なる場所から鬼の気配を感じ、その場所へと急ぎ向かっていた。

 

「ウチがいながら・・・・。」

 

薫が歯噛みをする。薫の研ぎ澄まされた感覚は、その場所で既に死者がでてしまったことも感じ取っていた。薫一人ではどうがんばった所でできる事は限られ、また応援を呼ぶにしても他の退魔士とて暇をもてあましている訳ではない。仕方の無いことだとは分っていても悔しさは抑えきれなかった。

 

「あの人が勝ってくれるといいが・・・・・。」

 

薫は何者かと交戦している気配を感じ取っていた。そして、この状況でその相手となるのは代行者である可能性が圧倒的に高く、事実その推測は当たっていた。そして、薫はその相手、シエルの身を案じた。別に薫は手柄を取られる事など気にはしてない。無論、神咲の信頼が失われるのはさまざまな意味で問題が生じ、薫にとっても困る事だ。しかし、ただ一度の失敗や、ましてや神咲以外の人間が敵を討ってしまった程度それで失われる程、神咲が積み上げてきたものは浅くない。それよりも良好といえる間がらの者ではないとはいえ、顔を見知る者が死に、また、更なる被害が生まれるであろう事の方が彼女にとっては問題だったからである。そして、パトカーが人気のない住宅街からも離れた道を通りすぎようとした時だった。

 

『薫!!』

 

「わかっちょる!!車を止めてください!!今すぐに!!」

 

薫よりも一瞬だけ、それに早く気付いた声だけで警告を伝え、薫はパトカーを運転していた若い巡査に叫ぶ。

 

「えっ?」

 

戸惑いの表情を見せる巡査。そして薫が次の叫びを入れるよりも早く、パトカーの屋根が彼を押しつぶした。運転手を失ったパトカーはそのまま木に突っ込み炎上する。

 

「くっ。」

 

とっさに車から飛び出した薫が十六夜を構える。その目の前にはたった今、パトカーを破壊した犯人。そして、今、シエルが戦っているものとよく似た姿をした鬼が居た。

 

 

 

 

 

「!?これは・・・。」

 

シエルが目の前の鬼と戦いながらもう一つ増えたその同質の気配に驚く。彼女も薫と同様、鬼は一体のみと思っていたからである。そして、その推測は実は正しかった。昨日まではこの町の鬼は一体のみだったのである。もう一体、今、シエルが相手にしている方は薫と相対している鬼に触発されて目覚めてしまったものなのだった。

 

「くっ。」

 

鬼がシエルの居る場所に飛び込んでくる。シエルはそれを飛んでかわす。

 

「どうやら、考え事をしている暇はなさそうですね。」

 

目の前の鬼は強かった。加えてシエルというか、海外のエクソシストにとってあまり相性の良くない相手でもあった。彼女等にとって本来、強敵になるのは吸血鬼や人狼といった不死性を有した相手である。その為、吸血鬼などを主眼において作られた概念武装は攻撃力を上げることよりもむしろ致死性を与える事が重視されていて、肉体的なダメージを霊体や魂にまで侵食させるような作りになっている。それに対し、鬼はその肉体強度自体が最初に超えねばならぬ壁になり、通常の“傷を与えた後を重視”した概念武装では、鬼のように強固な防御力を持つ相手には不向きだった。

 

「まずは、目の前のこいつをどうにかしませんと。」

 

ビュッ

 

そして目の前の鬼の身体能力はアルクェイドとまでは言わぬものの、確実にシエルを上回っていた。

 

「くっ、セブンをつれてくるべきでしたね。」

 

加えて、彼女は今回の任務に当たって却って邪魔になると思い、切り札たる第七聖典を持ってきていなかった。故に、シエルには目の前の相手以外に注意を割く余裕もなく、その相手を一瞬で片付けることもできずにいた。

 

 

 

 

 

「神気発祥、神咲一灯流・真威・楓陣刃!!」

 

薫の霊力波が放たれる。だが、鬼はそれを空中に飛び上がって回避する。

 

「追の太刀、疾」

 

間髪いれず、次の一撃。空中で方向転換できない鬼はそれをまともに喰らい吹き飛ぶ。

 

「閃の太刀、弧月!!」

 

そして3撃目、地面に落ちようとしていた鬼に直撃する。しかし、鬼は立ち上がった。

 

「くっ。ウチの技では力不足か。」

 

既に桜月刃など、小技なら何発も喰らわせているにも関らず、鬼は大きなダメージを受けたような様子を見せない。おまけに、徐々に動きが鋭くなってきているようにも見える。

 

「こうなったら、神気発祥・・・・・・。」

 

霊力を溜めて大きな技を出そうとする。それに気付いたのか鬼は今まで以上のスピードで飛びかかってきた。風のような速さ。30メートル以上あった間合いを一気に詰めてくる。

 

「神咲一灯流・・・・・・・。」

 

薫まで後、10メートル足らず。そして、爪を振り上げようとする。

 

「封神・・・・・・・・。」

 

手の届く範囲。そして鬼が爪を振り下ろす。

 

「楓華疾光弾!!!」

 

ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン

 

まさに紙一重のタイミング。鬼の爪が薫の頭を吹き飛ばすよりもほんの一瞬速く、彼女の放った全力の霊波が鬼を吹き飛ばした。

 

「いくらなんでも、これで・・・・・。」

 

流石にこれなら倒せただろう、そう考える。しかし、それに反して鬼は立ち上がった。

 

「なっ、楓華疾光弾の直撃を受けて、まだ!?」

 

本来は二人一組でこそ真価を発揮する技とはいえ、それでも薫の使える技の中で2番目の威力を持つ技である。その直撃を受けて立ち上がるなど以下に鬼とは言え脅威的と言える。薫は十六夜を握りなおし、油断なく構える。だが、鬼は彼女の予想に反した行動を取った。

 

「グウウウウ。コノクツジョク・・・・カナラズ、カエス。」

 

その時、鬼が初めて口を開いた。ある程度上級の鬼の中には人語を解すものもいるが、混血を除いて、そういった鬼にあったのは薫も初めてだったので少なからず驚く。そして、鬼は背中を見せ、逃げ出そうとした。

 

「っ、待て!!」

 

飛び上がる鬼、薫はそれを撃ち落とそうとする。だが、それは外れてしまった。けれど、その次の瞬間、その鬼は別の黒い影によって貫かれた。

 

「グハッツ・・・・ナ、ナゼ、ドウゾクノオマエガ・・・・。」

 

鬼は最後にそう言い残し、絶命する。そして、影に隠れて薫からは見えなかったその鬼を貫いた存在が月の明りに照らされ、現われる。

 

「・・・・・・・。」

 

その姿を見た薫は一瞬言葉を失う。それは、肩までのびる美しい黒髪と深い瞳を持つどこか現実離れした印象を受ける幻想的な美しさを持つ少女だった。

 

 

 


(後書き)

あー!!最後のクロス作品が今回でも明らかにならないままになってしまいました。とりあえず、ヒントは鬼の話し方って事で許してください。次回後編で最後です。

 

PS.概念武装に関する設定は原作で第七聖典を喰らった志貴が生身の人間にも関らず対したダメージを受けなかった事から想像して考えたオリジナル設定です。




……痕かな、やっぱり。
美姫 「あ、浩もそう思ったんだ」
果たして、正解は何なのか。
美姫 「次回で、明らかになるのかしら?」
多分、なるんじゃないかな。
美姫 「それじゃあ、次回まで大人しく待つ事にしましょう」
そうしましょう、そうしましょう。



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