第十一話「覚醒]T」






 
 《SIDEムーンタイズ》
「潤、そとそろ葉が開ききるぞ、砂糖はいくつ入れる?」
「……あ……うん、そうだね、2つで……」
「……おい……」
「……フム……少し濃い目に抽出してある、ミルクティーにするならそのまま、ストレートなら少し湯をするがいい」
「おいコラ……」
「リカさんは? ミルクティーとストレート、どっちがいい?」
「いや、聞きなさいよ!! 人の話!!」
「なんなのだ? うるさいやつだな、茶を愛でる余裕もないのか」
「のんびりお茶している場合!? こうしている間にも、私はどんどん吸血鬼化していくというのに!!」
「血が吸いたくなったのか?」
「そうじゃないけど!!」
「なら問題ない、今はまだ安定しているということだ」
「で、でも! いつ発作が起きるかわからないじゃない!!」
「発作……?」
「今の小娘の状態は、いわゆる『成り損ない』の状態だ、体内のウイルスに、定期的に『餌』を与えてやれば、問題ない。しかし、長期間『餌』を与えないで居ると、ウイルスは突然狂ったように暴れだし、餌の代替として『血』を欲しがるようになる……それが『発作』だ」
「餌を与え続ければ、血を吸わなくていいの?」
「その通り。定期的に餌を与えれば、ウイルスは現状に満足し、過剰な要求をしなくなるし、吸血鬼化の進行も止まる。ダイラス・リーンの吸血鬼も、同じだろう?」
「……詳しくは知らないわ……でも……ペアを組んでいる人間の血を、定期的に与えているって話は……聞いたことあるわ……」
「そういうこと。少量の血を少しずつ与えることで、ウイルスの暴走を抑えている訳だ」
「……でも……血を与え続けた吸血鬼は……そのうち……」
「欲望を抑えられなくなって……より多くの血を求め暴走する……現場で8年使われた吸血鬼は、薬で脳味噌を半分溶かされた後、収容所送りになる……」
「……結局……吸血鬼化の進行は止めることが出来ない……ってこと?」
「吸血鬼にとって、血は常習性のある嗜好品に近いという説明はしたな?」
「うん……」
「つまりは、摂取し続ければ中毒になる。それが例え、どんな少量であっても、長期間摂取すれば同じことだ。ではどうすればいいか、答えは簡単だ。依存性はあっても、中毒にならない『餌』を与え続ければ良い」
「そんな都合のいい物があるの? っていうか、さっきから言ってる『餌』って、具体的にはなんなの?」
「……まさか……」
「そう、その『まさか』だ」
「なんなの?」
「……吸血鬼との……血の契約……」
「そう、それだよ。流石はダイラス・リーン、よく知ってるじゃないか」
「契約……? って? なにそれ?」
「簡単なことさ、この小娘が、オマエを主人だと認めればいい。身も心も全て、主人の為に捧げると誓う。ただそれだけのことだ」
「その契約をすれば、リカさんの吸血鬼化の進行は止まるの?」
「完全に止まるわけじゃないがね。セカンドブラッドって奴は、ただ毎日ボケッとしているだけでも魔力を消費する。だが、主人と契約を結ぶことで、ある程度は自然供給されるようになる。まぁ、自動車のバッテリーで例えるならエンジンがかかっている状態になるということだよ。放って置くだけでは放電してしまうがエンジンがかかっていれば、ある程度は充電されるし、自然放電分ぐらいは補える。逆にこのまま放置すれば、少しずつだが確実に放電していって、最後には完全に上がってしまう。まぁ、大概は完全に上がる前に、吸血衝動が抑えられなくなって、人を襲うようになるがな」
「契約さえすれば……吸血衝動は抑えられるってことだよね?」
「ウイルスにしてみりゃ、口をあけて待っているだけで、定期的に良質な『餌』をもらえるんだ、わざわざ働く必要もないってことさ。上手くすりゃ、ウイルスに怠け癖が付いて、吸血鬼化を後退させることも出来る」
「本当に!? 良かったね! リカさん」
「……う……」
「……なに? なんか元気ないね……」
「……だって……契約を交わした所で……私はもう……人間には戻れないんでしょう……?」
「……それは……」
「それはもう諦めろよ。過去を振り返ってもどうにもならん。これ以上吸血鬼化を進行させない為にも、大人しく契約した方が良いだろう」
「わかった……わよ……」
「なら早速、ウイルスが空腹を訴えだす前に、契約を済ませてしまえよ」
「……契約って、具体的にはどうするの……? アルトルージュを呼ばなくても良いの?」
「潤! 何故、オマエが名前を知っている?」
「昨日、電話で話した」
 電話で話したという潤。
「オマエ、番号を知っているのか?」
「……知らない……。ベルチェは?」
「私も知らない」
「ベルチェは、アルトルージュの事を知っている?」
「あぁ、知っているぞ」
 アルトルージュの事を知っていると言うベルチェ。
「『血と契約の支配者』のことか?」
「なんなのその呼び名」
「呼び名じゃない。二つ名だ」
「二つ名?」
「吸血鬼は、大体二つ名を持っているものだ」
「その『血と契約の支配者』が……」
「アルトルージュの二つ名だ。それ以外に『黒の吸血姫』とも呼ばれているな」
「そう言えば昨日、あの女の子にあったよ」
「あの女?」
「操がフェンリルに襲われたときに会った……」
「あぁ、あの女か。あの女も眷属にしたのか?」
「いいや、していない。って言うか逆に契約を結ばされた」
「馬鹿を言うなよ。ファーストであるオマエを縛れるのはイド様以外ではアルトルージュくらいだ」
「其の娘、アルトルージュと同じ契約の力を使えるって……」
「それは、本当なのか?」
「それに、変な剣も一杯持っていた」
「契約に剣か……まだ、能力を持っているかもしれんな」
 さつきはそれ以外にも空想具現化が使える。
「それで、ベルチェどうする?」
「どうするって、直接会って確認するしかないだろう?」
「でも、何処に居るかもしらないよ」
 さつきの住処は潤たちも知らない。
「そいつの住処は私が探しておいてやる」
「うん……頼むよ」
「それじゃ、さっさと契約しろ!」
「どうするの?」
「私とオマエが初めて会った日、私がオマエに対して預命式を行っただろう? アレと同じことをすればいいんだよ」
「それって……キスするってこと……?」
「そうだ」
「俺と……? リカさんが……?」
「当たり前だろう? 他に誰が居る? この小娘に血を分け与えて眷属にしたのはオマエなのだから、オマエがこの小娘のマスターだ」
「……なんか、嫌だな……そういうの……このままじゃ吸血鬼になるぞって、脅して無理矢理キスさせるみたいで……」
「……実際……無理矢理じゃない……こんなの……」
「知るかよ。嫌なら勝手にしろ。この家から出て行って、好きな所で野垂れ死にすれば良い。だが、簡単に死ねると思うなよ? 吸血鬼が血を吸わずに仮死するには最低でも2年はかかる。私も経験があるがね……マスターをなくしたセカンドは死よりも苦しい思いをする羽目になる。……私は血を吸わずに仮死するまで8年かかった。特に最後の1年間はウイルスの出すドーパミンで頭がまともじゃなくなる。貴様のような小娘には、とてもじゃないが耐えられんぞ?」
「……だってさ。仕方がないよ、リカさん……」
「嫌よっ!! どうして私が貴方なんかとキスしなきゃいけないのよ!!」
「……小娘……主人とのキスが嫌だと言うのか?」
「なにが主人よ!! 勝手に私を吸血鬼にしたクセに!!」
「主人の命令は絶対だ。おい潤、この小娘にワンと鳴けと命令してみろ」
「……え?」
「いいから命令してみろ、これはテストだ」
「テスト……?」
「オマエの命令に逆らえるようなら、まだ契約を交わす必要はないということだ、試してみろ」
「……えっと……リカさん?」
「な、なによ!!」
「ワンて、鳴いてみて」
「…………ぅ…………」
「潤、もう一度だ。もっと強く命令してみろ」
 潤にアドバイスを言うベルチェ。
「リカさん、ワンて鳴いて」
「もっと強くだよ。名前も呼び捨てだ、『リカ、ワンと鳴け』ほら、言ってみろ」
「リカ、ワンと鳴け」
「……ぅ……うぅぅぅ……」
「どうした? 冷や汗をかいているな。腹が痛いのか?」
「……う……うぅぅぅ……ぐ……」
「我慢するなよ……無理をすると胃の中の物を吐き戻すぞ?」
「……ぐ……うぐぐ……」
「リカさん……大丈夫……?」
「無理だよ……主人に逆らうには、とても強い精神力がいる。どうだ? 経験したことのない感情だろう? 怒り、悲しみ、苦しみ、恐怖……ふの感情が色々と混ざった……耐え難い不快感だ。その不快感を消し去るには、主人の命令に従うしかない……。潤、もう一度命令だ」
「でも……苦しそうだよ……」
「こうなったら、命令に従うまで苦痛は続くぞ、早く楽にしてやろうと思うなら、さっさと言わせちまうに限る」
「……リカ……ワンと鳴くんだ」
「……ぅ……ワ……ワン……」
「……鳴いた……」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「超が付くほど大馬鹿な女だ、さっさと鳴けばすぐに楽になったものを……」
「……うぅ……」
「しかし、これでハッキリしたな、もうオマエが助かる方法は、主人である潤の慈悲にすがるしかないのだ。オマエがどんなに潤を嫌おうが、オマエの体内のウイルスは、潤を主人として認めている。後はもう、オマエ自身も潤を主人と認め、潤からも自分の眷属だと認められて、主人から与えられる“餌”を貰うしかない」
「……そ……んな……こと……出来る訳……」
「可哀想だよ……」
「なら勝手にしろ。言っておくが、餌を与えない期間が長ければ長いほど、ウイルスは貪欲になるぞ……手遅れになっても知らんからな」
「あ……ベルチェ……?」
 ベルチェからの返事はない。
「……………………」
 ベルチェはリビングから出て行った。 
「……行っちゃったよ……」
「……………………」
「……えっと……どうしよう……?」
「私に聞かないでよ……」
「……とりあえず……俺と契約……結んでおく……?」
「……嫌……」
「でも……契約しないとマズイことになるんじゃ……」
「……わかっている……わよ……。……歯……磨いてきて……」
「……はい?」
「だから……貴方と契約するなら……キスするしかないんでしょ……!?」
「……だね……」
「……だから……歯、磨いてきて……」
「……朝食の後、磨いたけど?」
「それでも嫌!! もう一度磨いてきて!!」
 歯の磨き直しを要求するリカ。
「わかったよ……」


 ……まいったなぁ……他に何か方法ってないのか……?


「……カナコ……」
「……リアンさま……」
「……………………」
「……お……お、荻島くん……」
「まぁ嫌だわ……いらっしゃるならお声をかけてくださいな」
「……リアン……今キミ……」
「あぁ……えぇ、カナコに餌を……」
「……今、キスしてたよね……? キスは最初の1回だけで、契約さえ済んじゃえば、後は自然供給されるんじゃないの……?」
「えぇ、確かにその通りですが、自然供給という物は、あくまでも自然放電に対して有効なだけですから……やはりこうして、時々は補充電してあげた方が確実です」
「……補充電……」
「主従の契約を交わせば、マスターの側に居るだけで魔力は供給されますが、距離が離れれば供給量も減少します」
「逆に言えば、マスターとの距離が近ければ近いほど、より多くの魔力が供給されるってことか……」
「その通りです。手を繋いだり、顔を近づけてオデコを合わせたり。そうして接触することで、より純粋な魔力を従者に与えることが出来ます。中でも、一番効率がよいのが、互いの忠誠の証と言える、キス……ということになります」

 ……なるほど……。

「……委員長もやっぱり……餌を貰わないとダメなの?」
「いえ、カナコは感染していると言っても軽度ですから、こういった形での餌は必要ないのですが……なんと言いましょうか……ご褒美のようなものですね」
「……あの……だって……こうして定期的に餌を与えてもらえば……ウイルスの影響がどんどん弱くなって……普通の人間に近い状態に戻れるって言うから……」
「ウソおっしゃい……本当は、私のご褒美が気に入ったくせに……」
「……そんなこと……」
「あら……だったら、もうご褒美は要らない……?」
「……………………」
 どうやら欲しいようだ。
「……意地悪……」
「……もっと沢山ご褒美……欲しい? それとも我慢する?」
「……我慢……出来ない……もう……足が震えて……立っているのが……つらい……」
 可南子は倒れてしまった。
「あらあら……腰が抜けてしまったのね……?」
「委員長……どうしたの?」
「ウイルスが餌を食べ始めると、脳内麻薬にも似た成分をだすんです。その成分のせいで腰が抜けたのでしょう。よくあることですよ」
「……大丈夫なの……?」
「大丈夫ですよ。こうして主人と従者の絆を深めてゆくのです」
「……リア……ン……さま……」
「あらゴメンなさい、私のお部屋に行きましょうか、カナコ……」
「……? あ! ちょっと! リアン……?」

 ……あの気の強い委員長が……あぁもメロメロになってしまうと言うのか……。

「……お待たせいたしました……」
「……遅いわよ……」
「発作は?」
「……まだ……来てないけど……なんか、胸がヂキドキする……発作の前兆かも……」
「急いだ方が良さそう……?」
「……そうね……さっさと済ませちゃいましょう……」
「……………………」
「な……なによ……」
「えっと……どうやってキスすればいいのかな……?」
「キ……キスにどうやってもクソもないでしょ……」
「いや、そうじゃなくてさ、ただキスをするだけで契約をしたことになるのかな? それとも……なんか特別な方法でもあるのかと……」
「そ……そんなの……アンタはただ、キスをすればいいのよ……」
「それで上手く行くの……?」
「わかんないわよ……私だって、吸血鬼との契約なんて初めてだし……と、とにかく! キスさせてあげるんだから! アンタはただ! 私のことだけを考えなさい!」
「……努力してみるけど……」
「なによ! 努力って! アンタ私とキスするの嫌な訳!?」
「いや、俺は普通に嬉しいけど……リカさんは嫌じゃないの……?」
「べ、別にキスぐらい……アメリカじゃ挨拶よ……そんなの……」
「あ、そうなんだ……」
「ヤ……ヤダな……貴方、キスが下手そう……経験あるの?」
「あー……うん……されたことはあるけど……したことはないな……。どうする? リカさんがする?」
「な、なんでよ……キスってのは普通……男から女にするものでしょう……?」
「うん、じゃあ……そうする」
「……………………」
「ちょっと、リカさん……」
「なによ……」
「目を閉じてよ……ジッと見られてるとやりにくい……」
「あ……貴方が先に閉じなさいよ……貴方が目を閉じたのを確認したら……私も閉じるから……」
「やりにくいよ……リカさんが先に閉じてよ」
「……嫌よ……」
「なんでさ……」
「へ……変な顔をしているとこ……見られたくない……」
「そんなの、俺だってそうだよ……」
「あ……貴方男なんだから平気でしょう……? いいから先に目を閉じなさいよ……」
「リカ、目を閉じろ」
「……ぅ……」
「命令だよ」
「……ひ、卑怯者……」
「素直に従った方が、早く楽になるよ?」
「……嫌なやつ……」
「……ぶっ……」
「ちょっと……な、なに笑ってるのよ……」
「いや、ゴメンゴメン……ほら……こっち向いて……」
「……………………」

 ……わかってる……ただキスするだけじゃ……意味がないって……。
 ……吸血鬼との契約……。それは……相手を主人として認め……身も心も……全て相手に捧げるということ……。
 主人と従者……お互いがお互いを必要とし、互いに愛し合うことで生まれる絆……。
 お互いがお互いを助け合うことで生まれる信頼……。
 ……信頼……か……。
 吸血鬼との間に信頼なんって……考えたこともなかった……。

「……リカさん……」

 ……すぐ目の前で……荻島くんの声が聞こえる……。
 わずかに体温すら感じられる距離……。
 もう……覚悟を……するしかない……。

「……ぁ……」

 小さく口を開くと……知らずに声が漏れた……。
 頬に……荻島くんの息が触れる……。
 ……あ……呼吸……止めた方が……良いのかしら……?
 目を閉じていては……なにも見えない……。
 ……怖い……。
 手の指も……足の指も……気がつけばギリギリと音がするほど強く握り締めている……。

「……怖いの……?」

 目の前で発せられた荻島くんの声が……彼の息と同時に耳に触れる……。
 背骨を下に引き抜かれるように……ゾクリとした……。

「……大丈夫……痛いことはしないし……怖くないから……」

 耳元で響く声が……脳味噌に、甘い砂糖を加えて……スプーンでゆっくりと掻き混ぜるように……染み込んでいく……。
 ギュッと握り締められた私の手を取り……温かいお湯でほぐすように……1本1本と指を開かせると……彼の女の子のような細い指が……私のタコが出来た指に絡みつく……。
 ……温かい……。
 少し汗ばんだ彼の手は……少しでも多く触れる面積を求めるように、私の指を複雑に絡め取る……。

「……なんだか……緊張するね……」

 ……絡みついた彼の指……彼の手のひら……彼の腕……彼の肩……。
 それらが小刻みに震えていることに気がついた……。
 ……不安なのは……彼も一緒なのだろうか……。

「……するなら……早くしなさいよ……意気地なし……」

 口をついて出た言葉は……つい口調が厳しくなった……。
 私は彼に……恵みを受けねばならない立場だと言うのに……。
 ……気を悪くしただろうか……?

「……………………」

 目を開けられない……相手の顔が見えないということが……こんなにも不安を駆り立てるものだとは……思いもしなかった……目の前の暗闇が……疑念をますます深くする……。
 ……謝ってしまおうか……。
 言いすぎだと……一言でも……。

「……ひゃ……っ!!」

 不意に彼の右手が……私の頬に触れた。

「あ……ごめん……ビックリした……?」
「……べ、別に……」
「……いきなり唇に触れるより……いろんな所、触ってみた方が落ち着くかと思って……」
「……私が……?」
「いや……俺が……。ごめん……なんか……緊張してて……」
「……別に……噛み付いたりしないし……」

 ……か……噛み付くって……な、なに言ってる? 私……。
 やめてよ……なんか私までき……き、き、緊張……するじゃない……。

「……じゃあ……スルよ……?」
「……こ、来い……」

 彼の右手が……私の眼前に掛かった前髪を掻き分けて、耳の後ろに流す……。
 ……ヤメロ……デコを出すな……!!
 文句を言おうと口を開きかけた所に……彼の唇が触れた……。

「……ん……」
「……ンンっ……!?」

 まるで……熱い物にでも触れるような……軽いキス……。
 ……思っていたより……不快感はない……。
 と言うか……柔らかい……。
 なんでコイツ……こんなに唇柔らかい……?
 想像していたのと……少し違う……まるで女の子の唇のような感触……。
 ……って……。のん気に感触味わってる場合じゃないわね……。
 えっと……確か……お姉さまが言うには……。


 回想
『あのね? いい? リカ? 吸血鬼との血の契約っていうのは、まず文字通り、血を交換するのよ』
「あー、はい……」
『でも、そこから先は……リカにはちょぉっと、難しいかもね……? 聞かない方がいいかもぉ〜……』
「……え? あの……それって……? あの、気を使わないで良いんで、バッチリ言っちゃってもらえませんか?」
『吸血鬼と、結婚するのぉ〜』
「……え?」
『だから、吸血鬼と眷属の契約を結ぶんだから……それぐらいの覚悟が要るってことよ……相手の事を愛して愛して、一生を添い遂げる覚悟を決めて、誓いのキスをするの……』
「あの……先輩? それ、本当に? なんか、私を騙して笑おうとかでナシに……?」
『やぁねぇ……疑ってるの……?』
「あぁ、いえ……先輩のことは信じていますよ? でも……あの……本当に? それしか方法って……ないんですか?」
『ないわね……ウチの1班でパティを組んでいる連中がどうして男女のペアばかりだと思うの……?』
「……うー……」

 回想 了


 それってつまり……この男を愛して……一生沿い続けえる覚悟を今しろってこと……?  
 いくらなんでも……いきなり過ぎじゃない……?
 そりゃ……まぁ……顔は悪くないかも知れないけど……なんだかちょっと頼りない感じするし……。
 ……確かに……優しいとは思うけど……でも、優しいだけの男って気もするし……。
 でも……死に掛けた私を……助けてくれた……。
 それに……なんだかんだ言っても……頭いいのよね……コイツ……。
 今回の久住の件だって……コイツが居なかったら……解決出来なかっただろうし……。
 まぁ……そういう意味では……少しぐらいなら……信用してやってもいいか……。

「……ン……あ……れ……?」
「リカさん……? どうしたの……?」
「……なんか……変……貴方……いま私になにをしたの……?」
「なにって……別に……普通にキスしただけだけど?」
「……ウソよ……だって……こんなの絶対……変……」
「変って……なにが?」
「……う……ぁ……」

 ちょ……なによコレ……頭がクラクラする……。 
 目の焦点がボンヤリして……なんだか……。

「……ふ……っ……」
 リカが倒れた。
「うわ……ちょ……リカさん!? 大丈夫!?」
「……あ……れ……?」

 なによ……これ……足に……力が入らない……。
 なん……で……?

「……フン……腰を抜かしたか……」
「……なっ!? ベルチェッ!?」
「あ……ちょ……! ちょっと! いつから居たのよっ!!」
「ずっと部屋の外に居たさ。やれやれ、嫌だ嫌だと言いながら……まぁよくもまぁ……」
「……うぅ……」
「腰を抜かしたということは、契約は成功したということか……。フン……最初は失敗すると思ったんだがな……」
 ベルチェは失敗すると思ったらしい。
「……成功したの……?」
「腰を抜かした……ということは、身体中のウイルスが食事を始めたということだ……ウイルスが餌を食べ始めると、体内の熱量を大量に消費し始めるから、慣れていないと腰を抜かす……」
「……そうなんだ……。でも、これでリカさんはもう、人を襲わなくなるんだよね……?」
「まぁ……普通に暮らしていく分にはね……。それにしても小娘……オマエ、なんだかんだ言っておきながら、随分とアッサリと……」
「……か……帰るっ!!」
「……ほぉ?」
「あ……ちょっと……リカさん……?」
「なによっ!!」
「帰るって、どこに……?」
「決まっているでしょう!? 自分の家によ!!」
「……帰っても……平気なの?」
「……む……」
「帰りたいと言っているのだから、引き止めることもなかろうよ」
「でも……帰ったら、吸血鬼になったこと……バレちゃうんじゃ……」
「知ったことかよ。バレたらバレただ」
「……う……うぅ……」
「そう言えば、シエルとか言う人にバレて居るんだった……」
「なんで、埋葬機関に所属している奴の名が出てくる!」
「久住との戦っているときにやってきたんだ。今は見逃してもらっているけど……」
「どうした? 帰るならさっさと帰れよ。そして埋葬機関に殺されるがいい」
「い……言われなくても!!」
「リカさん……」
「なによ!!」
「帰るところがないなら……この家に居なよ」
「……わ……私に……化け物と一緒に暮らせって言うの……!?」
「はン……今ではオマエだって半分は、その化け物じゃないか……」
「ベルチェ……」
「…………フン…………」
「俺にはさ……リカさんを吸血鬼にしてしまった責任があるし……このまま追い出して、じゃ、元気でねって訳にはいかない……。……そりゃ……今まで敵として憎んできた吸血鬼と、同じ屋根のしたって言うのは……いかにも住みにくいとは思うけど……でも……他に行く所がない……帰る場所がないって言うなら……この家に居なよ……少なくとも雨風はしのげるし……埋葬機関からも身が守れるし……食事も出るし……それに……今のリカさんの状態を考えると、俺の側に居た方が、都合がいいと思うんだ……」
「……………………」
「ベルチェ……」
「なにか?」
「リカさんは、俺の眷属……俺の娘だ……おかしな真似をしないように……」
「おかしな真似とは?」
「寝首をかいたり、元敵だからって、意地悪しないこと、いい?」
「それはマスターであるオマエの躾け次第だ。不埒な者は、例え真祖の眷属であろうと、私は容赦せぬよ」
「……リカさん……。リカさんもだよ、この家に住むなら、この家の住人とトラブルを起こさない、それが絶対条件」
「……誰も……頼んでないわよ……」
「……だとさ、つまみ出せ、こんな意地っ張り」
「リカ……」
「……やめてよ……呼び捨て……。貴方に呼び捨てにされると心臓がひっくり返りそうになるわ……」
「リカ、この家に居ろ。命令」
「……う……」
「返事が聞こえないね」
「……わ、わかった……わよ……」
「わかりましたご主人様と言え、この不敬者が」
「言葉遣いで、キミは人のこと言えるの? エルス……」
「……悪かったよ……その名前で呼ぶな……」
「じゃあ、決まりだね」
「……この家の主人は潤だ……潤がそう言うのであれば、それを認め様」
「……リアンは?」
「下にいると思うが、呼んで来るか?」
「いや……いいよ、リアンには、後で俺が伝えておくから……」
「……どこへ行く?」
「……母さんの部屋に行くよ……リカさん、今日は俺の部屋を使って……」
「あ……おい、潤……?」
「……………………」
 ベルチェは、ため息をつく。
「……少し都合よく事を進めすぎたか……? あるいは見透かされていたか……勘が鋭すぎるのも問題だな……。……フン……この役立たずめ……」
「ちょっとぉ……それ、私に言っている……?」
「役立たずを役立たずと呼んでなにが悪い。男の一人も満足に慰めることが出来んのか?」
「なんの話よ!?」
「……アレは……人を殺したのだろう……?」
「人じゃないわよ! 吸血鬼よ!!」
「……同じことだ……人の形をした生き物を殺したのだからな……」
「……殺したのは私じゃないわ……女吸血鬼よ……女吸血鬼が爪で裂き殺した」
「そう考えられるほど単純な頭をした男ではないのだよ……父親に似ている……止めることが出来たものを止めなかった……つまり、見殺しにした……それは自分で殺したのと同じだと考える」
「優しすぎるのよ……」
「甘すぎる……とは言わんのか?」
「……………………」
「優しい……というのとは、少し違う……アレは臆病なだけだ……子供の頃から『吸血鬼は敵だ、見たら殺せ』……そう教育されてきたオマエとは違う……潤は生まれてから此の方……吸血鬼の存在も知らなければ、命を暴力で奪われるような沙汰とはかけ離れた生活をしていたのだ……落ち込みもするさ……そしてアイツは…… そんな死が日常と化すのを嫌っている……というか……怖がっている……」
「当たり前じゃない……誰だって死は怖いわ……」
「不死に近い吸血鬼には、その感情はない……」
「だから虫けらのように人間を殺すというの……?」
「オマエは踏み潰した蟻の数を覚えているのか?」
「……化け物……」
「言われるまでもない。私は化け物だよ。そしてオマエもな」
「私は……吸血鬼にはならない……絶対に……」
「勝手にするがいい。だがな、言っておくことは色々ある」
「……なによ……」
「潤に負担を掛けるな……」
「……この家に居ろって言ったのは、彼よ……」
「そうではない。潤に分け与えられた命に対し、余計な真似をしたなどと……言ってやるな……」
「……………………」
「……オマエの気持ちは理解できる……私とて、もし人間に命を救われたとしたら、余計な真似をと口汚く罵るだろう……それでも……それでもだ。潤のしたことに、腹を立ててもいい……憎んでもいい……だが、それを言葉に出したり……感情として表にはだすな……」
「……勝手過ぎるわ……」
「今はまだ……そう思うかもしれない……だが、いずれ思う時が来る。飯を食っている時……風呂に入っている時……日常のふとした瞬間に、生きていて良かったと ……そう思える時が必ず来る……だから……自分のとった行動が間違いだったのかと、潤に悩ませるな……」
「……それだけ?」
「もう一つ、確認しておくことがある」
「なによ……?」
「……オマエ、潤をどう思っている?」
「……どうって……なにが?」
「潤に対して、忠誠心以外の……恋愛感情の類はないだろうな?」
「……は? なにを急に……」
「いいから答えろ」
「そんなの……ある訳ないじゃない……」
「……………………」
「な、なによ……?」
「いいか……? 勘違いするなよ? オマエと潤の立場は、対等ではない……オマエは、潤に『呼吸を止めろ』と命令されれば死ぬまで息が出来ない生き物だ……」
「……だから……?」
「潤の優しさに甘えるな……。潤に自分の感情を押し付けるな……」
「どういう意味よ……」
「……言葉の通りだ……今は潤の手前、なにもしないで置いてやるが……オマエが潤の負担でしかないと判断したときは……保障の限りではない……」
「……脅し……?」
「そうだ、脅しだ。私は潤ほど優しくないし、臆病でもないぞ……」
「……覚えておくわ……その代わり、貴女も覚えておいて……私だって……優しくなんてないわよ……」
「……いいだろう……」
「息が詰まりそうな新生活ね……」
「息が出来る自分を喜べと言ったろう……? 潤の命令だから、今夜はこの部屋に止めてやるが、オマエは招かれざる客だということを忘れるなよ……」
「……貴女と同じ部屋じゃないことに感謝するわ……」





 同日。
 三咲町。
「う〜ん……」 
 さつきは、ゼルレッチが用意したマンションで休みを取っていた。
「はうぅ……お腹減ったよう」 
 ベットで空腹を訴えるさつき。
「食料を買うのを忘れてたよ……」
 冷蔵庫の中を見てみるさつき。
「あれ? 食料が……」
 冷蔵庫の中には、食料があった。
 冷蔵庫には、張り紙がしてあった。

「えーっと……『冷蔵庫の中が空だったので適当に食料を入れておいた。ゼルレッチ』」 
 冷蔵庫に食料を入れたのはゼルレッチだった。



 あとがき
 潤とリカを契約させました。
 ながい、ながいよ。
 最後までどのくらい掛かるのやら……。
 そろそろ、月姫サイドのシーンも入れないと。



今回は潤とリカの契約の話という事もあり、ムーンタイムズ側の話だったな。
美姫 「そうね。眷属になった事で吸血鬼化を抑えられるみたいだけれど」
他には何かあるのかな。主の命令には服従するという以外にも。
美姫 「どうかしらね。それよりも、リカが数日戻らないと結局はばれてしまうかもしれないわよね」
ああ、確かに。これからどうなるんだろう。
美姫 「それじゃあ、この辺で」
ではでは。



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