其の弐
海鳴市が完全封鎖されたのは、その新種のウィルスが発見されてから約3時間後、午後11時のことだった。
この政府の迅速な判断を、事情を知らない後世のマスコミや民衆の多くは英断であったと賞賛したが、事実は異なったものであった。
ウィルスが発見・確認されたとの報告があった当初、緊急会議が開かれたが、内閣総理大臣を含め出席した各省庁の大臣・長官の大半は楽観論に傾いており、静観の姿勢をとることで同意しつつあった。
そんな時だった、会議中の部屋に完全武装した黒ずくめの男たちに護衛されながら、白衣を着た男とスーツ姿の男が突然ノックもなしに入ってきたのは。
「な、なんなんだ!君たちは!?」
出席者の中で一番若い厚生労働大臣は、幾分声を上擦らせながら乱入者たちに問いただした。
「私は警視庁捜査一課管理官の室井と申します。突然入ってきたことに関しては陳謝いたします。が、その前に皆様に海鳴市の件について報告したいことがありまして」
「私は財前五郎といいます。海鳴市の“トライアングル”という製薬会社に勤めていました。単刀直入に言わせてもらいますと、あの新種のウィルス、Tウィルスを完成させたのは私です」
「な!?」
突然現れた乱入者二人の自己紹介に、室内にいるほとんどの者が驚愕の声を漏らす。
(警視庁のエリートとあのウィルスの製作者だと!?そんな奴らが一体何をしにこんなところに?)
皆が言葉を失う中、最初に正気に戻った防衛庁長官が二人に尋ねる。
「君たちが何者かということは、理解できた。だが、君たちは何をしにここへやってきたんだ?場合によっては君達を逮捕する必要があるようだしな」
「逮捕?ふふっ、面白いことを言いますね。一体誰が私達を逮捕するというのでしょうかね」
不気味な笑みを浮かべながら財前が先に答えた。
「ちなみにこの建物内部にいたあなたがた以外の人間には眠ってもらいましたよ」
「なっ!!??」
財前が付け加えた言葉に先ほど以上の驚愕のざわめきが大臣たちの口から聞こえる。
内閣官房長官が急いで内線をつないでみるが、財前の言葉を裏付けるかのように、誰も出る様子がないようだ。
「ま、まさか、全員死ん……」
「大丈夫、殺してはいませんよ。本当に眠ってもらっただけですから」
その財前の言葉に、何とか皆、冷静さを失わずに済んだようだ。
ざわめきが小さくなったのを確認して、今まで沈黙を保ったままであった総理が重々しく口を開いた。
「して、君らの要求は何だね?」
総理はどうやら、二人が新種のウィルスによって海鳴市民全員を人質にとって大金を要求しようとしているのでは、と考えたようだ。
それに気づいた室井が、苦笑しながら口を開く。
「どうやら勘違いをしているようですね……まあいいでしょう。百聞は一見にしかず、と言いますしね。私達の目的を説明する前に、まずは見てもらいましょう」
大臣らが、これから何をするのか不審がるなか、そう言うと室井は、拳銃を構えている隣の男に目配せをする。
すると、隣の男はきびすを返し、会議室を出て行った……と思ったらすぐに戻ってきた。手には水が入っているらしい紙コップを持っている。
「誰にこれを飲んでもらいましょうかね、室井さん」
「そうだな……では、そこの……確か文部科学大臣でしたかね。このコップに入った水を飲んでいただけますか」
室井に指名された壮年の文部科学大臣は傍目から見てもすぐに分かるほど、顔を真っ青にし、震えながら嘆願する。
「な、何をする気だ……こ、殺さないで……」
「何をする気か、と聞かれましても、このコップに入った水を飲んでくれと頼んでいるだけなのですがね。仕方ありません」
室井の言葉が終わると同時に、黒ずくめの男たちが持つ銃が全て文部科学大臣に向けられる。
「飲んでいただけないのならば死んでもらうだけなのですが、どう致しますか?」
室井の口調はあくまで丁寧なものではあるが、大臣たちの耳には冷酷な響きを持って届いていた。
「の、飲む、飲むから、どうか……どうか銃を向けないで……」
「フッ……」
室井は、態度を一変させた大臣を鼻で笑ったあと、銃を下ろさせる合図を出す。
そしてまた、紙コップを持っている隣の男に目配せをする。
男は紙コップを大臣に渡す。
大臣は紙コップを持ったまましばらく逡巡したあと、意を決して紙コップの中の水を飲みほした。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
大臣の体に変化が起こったのは、そのわずか数秒後であった。
火傷したあとのような爛れが皮膚全体を覆い、さらには筋肉までも溶け始め、ところどころ骨が見え出している。
右の眼球はつぶれ、左の眼球は眼孔から飛び出している。
化け物と化した大臣は奇声を上げつつ室井たちのほうへ飛び掛かる。
ズキュンッ!
が、室井の隣の男が2発3発と大臣の頭部に向けて発砲すると、全ての身体機能が停止したかのように倒れこんだ。
室井はすでに物言わぬ屍となった文部科学大臣を一瞥したあと、真っ青な顔で先ほどから一言も話すことができないでいる、他の大臣らに目を向ける。
「これが財前君が開発したTウィルスの効果だ」
「わ、我々はどうすればいいのですか……」
沈黙を破ったのは、またしても総理であった。
それを聞いた財前はニヤリと口を歪めて笑みを浮かべ、総理に言い放った。
「なあに、簡単なことですよ。海鳴市を周りの町から隔離してもらいたいんですよ。おっと、理由なんて野暮なことを聞かないでくださいね。私たちはあくまで他の町の住民に感染しないようにという善意でそう進言しているだけですからね。そう……善意でね」
八束神社境内―――――
「よし美由希、五分休憩だ」
「はあはあはあ……はい」
「ん?」
恭也がこちらに近づいてくる気配を感じたのは、鍛錬が一区切りつき、美由希に休憩を告げた、そんな時だった。
敵意や殺意というものは感じられないが、一応二人は小太刀を構えた。
ズザザッ
「みゆきちっ、みゆきち兄っ!」
茂みの中から飛び出てきたのは、人外魔境さざなみ寮の寮生の中でも古株の一人である陣内美緒であった。
「どうした陣内?」
気配の正体が知り合いの一人だと分かり、少し安堵し、二人は構えを解きながらも、美緒のあまりの慌てぶりに、何かあったのかと尋ねる。
「とりあえずさざなみ寮に来て欲しいのだ」
「……わかった、行くぞ美由希」
「う、うん」
いつになく真剣な美緒の口調にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、二人は美緒に同意し、さざなみ寮に向かうことにした。
さざなみ寮―――――
「よく来てくれたね、恭也君に美由希ちゃん。美緒もご苦労だった」
美緒と共にさざなみ寮に到着した二人を出迎えたのは管理人である耕介だった。
「耕介さん、一体何があったんですか?」
「……口で説明するよりも、まずテレビを見てもらったほうが早いかな。いま海鳴がどうなっているのかを」
「「!?」」
耕介にそう言われ、リビングのテレビに目を向けた二人を驚愕が襲った。
テレビには、無数の不気味な怪物が街中を闊歩している様子が不鮮明ながらも映し出されていた。
「どうやら海鳴全体がこんな様子だそうだ」
同じくテレビを見ていたいつになく真剣な真雪の言葉に我に返った恭也はダッシュでリビングを出ようとする。
「恭也君、待つんだ!」
「耕介さん、なぜ止めるんですか!?家にはなのはたち、翠屋にはかーさんやフィアッセたちがいるんですよ。早く俺が助けに行かないと」
「彼女たちなら大丈夫だ。もうそろそろ助っ人たちが到着しているころだ」
「助っ人?」
「そうだ、実は最近、裏で不穏な動きがあるらしいとリスティから相談を受けたんだ。それでもしもの時のために助っ人として知り合いをかき集めてたんだ。さすがにこれほどの事態になるとは思わなかったが……。そういうわけでその助っ人たちに先ほど恭也君の家や翠屋にも向かってもらったところだ。だから恭也君たちはその助っ人たちが戻ってくるまで待機して欲しい」
そう言われて恭也は幾分か落ち着きを取り戻したのか、周りを見渡せるだけの余裕は生まれたようだ。
リビングには、真雪、リスティ、愛、美緒、那美、久遠、薫といった新旧のさざなみ寮メンバー、その他にも真一郎、フィリス、唯子、瞳、ななか、さくらといった顔見知りが見える。
さらには恭也にとって親友兼悪友?である赤星、忍、それにノエル、イレインといった姿もある。
(というか、明らかに許容人数超えてるだろ)
「それで耕介さん、なのはやかーさんたちを助けに行った助っ人って誰ですか?」
「ん?ああ、考えてみたら分かると思うけど、このリビングにいない5人の人たちに行ってもらったんだよ。あまり大勢ってのは得策じゃないと思ったから」
「この場にいない5人……?」
「大丈夫、彼女たちや彼らの強さは俺も保証するよ。一人は相川君からの紹介だけど、俺なんかより段然強いしね。他の4人もかなりの腕だから、心配しなくても大丈夫だよ」
「耕介さんがそう言うのであれば心配しませんが……」
高町家―――――
「はあはあはあはあ……」
レンの体力はすでに底をつき、今や気力だけで棍を振り回していると言ってもよい。
しかし、その気力さえも今まさに燃え尽きようとしている……そんな時だった、レンの耳に救いの声が聞こえたのは。
「レンちゃ〜ん、大丈夫?」
「間に合った……かな?」
「はあはあ、ほえ?……えと、知佳さん……にシェリーさん?……なんやよう分からんけど、助かります〜」
「くらえ〜、サンダーブレイク!!!」
「サイコバリア〜!!!」
HGS二人の息の合った攻撃と要所要所で発動させる効果的な防御により、怪物たちはどんどん地に臥し、数を減らしていく。
そして10分も経つと、高町家周辺の怪物たちは一掃されてしまった。
「ほえ〜、お二人ともすごいですな〜」
「そんなことないよ、レンちゃんの方こそあれだけの数相手によく一人でしのいでいられたね」
「うんうん、すごいよ。私じゃあとても無理だよ」
「そですか〜、ど〜もです〜……あっ!そういえばなのちゃんとおさるの奴があっちの方へ走って行ってもうたんです〜。早よう追いかけんとなのちゃんが危ないです〜」
「おさる?ああ、晶ちゃんのことか。それなら大丈夫だよ、二人の現在位置を彼女たちに伝えてあるから、助けてくれると思うよ」
「彼女たちって誰ですか〜?」
海鳴中校門前―――――
「くっそ〜、囲まれちまった」
そうつぶやいた言葉通り、晶はなのはを背負ったまま怪物たちに囲まれてしまっていた。
「せめてなのちゃんだけでも助けないと……」
考えた末、晶はなのはを校門の上に載せて、周りの怪物たちを相手することにした。
「といっても、さすがに一人だと厳しいかな。まあこんなやつらに負けるつもりはないけど」
「確かに一人だと厳しいけど、三人ならどうかな?晶」
「へ?」
突然背後から声をかけられた晶は、驚いて振り向く。そしてさらに驚くことになる。
「久しぶりだね、晶ちゃん」
「葉弓さん……に楓さん……どうして?」
「その話はとりあえずこいつらを倒してからにしようよ」
「そうだね、楓。晶ちゃんもそれでいい?」
「え?あ、はい……」
そう返事をしたものの、晶はどこか浮かない顔をしている。
そんな晶の心を見透かしたかのように葉弓が一言付け足す。
「ああ、そんなに心配しなくても、レンちゃんは知佳さんとシェリーさんが無事保護したそうよ」
「いや、お、俺は別にカメのことなんかこれっぽ〜っちも心配なんてしてませんよ」
そう言いながらも、先ほどの浮かない顔が嘘かのように晴れやかな表情を見せる。
それを見て、楓と葉弓は苦笑する。
「ほんと、分かりやすいな、晶って」
「そうね、面白いわ、晶ちゃん」
「へ?」
二人が笑っている理由が分からない晶は、疑問の声を上げる。
「なんでもないよ、晶。それより、早く倒さないと」
「楓、晶ちゃん。私は援護するから二人は接近して攻撃ね。大丈夫、一体一体の能力はそこらへんのチンピラより弱いから」
「よっしゃ、うちが右で晶は左を頼むね」
「はい、葉弓さん、楓さん」
こちらも約10分後には周りの怪物らは一掃されることになる。
喫茶・翠屋―――――
「フィ、フィアッセ〜、何なのあれは〜」
「わたしに聞かれてもわかんないよ、桃子。と、とりあえず、ここはわたしが何とか抑えるから、桃子だけでも逃げて」
「フィアッセを置いて逃げれるわけないわよ。それに店全体を囲まれてるんだし……」
翠屋が怪物たちに囲まれたのは、客もいなくなり、そろそろ閉店しようかというそんなときだった。
何とかフィアッセのバリアで怪物たちが接近するのは阻止しているものの、リスティたちに比べて格段に劣るフィアッセの能力では、あと5分も保つことはできないだろう。桃子にもそれはなんとなく気づいているので、可能か不可能かは関係なくもともと一人で逃げるという選択肢を選ぶつもりはなかった。
フィアッセの限界が近づいたとき、二人は怪物たちの変化に気づいた。
「桃子。なんだか数減ってない?」
「やっぱりフィアッセもそう思う?どんどん減ってるみたい」
「誰かが倒しているのかな……」「吼破っ!!」
フィアッセのつぶやきと同時に二人の耳に頼もしい大声が届いた。
「この声は……」
「待たせたな、桃子さん、フィアッセさん。思ったより数が多すぎて手間取ってしまったわ」
「巻島さん!」
「館長さん!」
そう、怪物どもを殲滅し、翠屋の入り口から威風堂々と入ってきたのは、明心館空手・本部道場の館長である巻島十蔵であった……
葵「いつもあとがきに何を書こうか悩んでしまうので、今回からゲストを呼んでインタビューしたいと思いま〜す。栄えある第1回目は今回初登場となった巻島十蔵館長です」
巻島「うむ」
葵「恭也に怪物と言わしめるほどの実力を持つ館長さんですが、実際の実力はどのくらいのものなのでしょうか?」
巻島「そうだな。例え、恭也の野郎と本気で死合ったとしても、わしを殺すことはできないだろう。純粋な戦闘能力では、わずかに恭也のほうが勝ってるだろうがな」
葵「それほどの実力を持ちながら、SSにはほとんど登場しませんね。どうしてなんでしょうか?」
巻島「そんなもん、恭也の野郎が目立たなくなるからに決まってるじゃねえか。あんまり強いってのも考えものだな。がっはっは」
葵「最後に一言、お願いします」
巻島「この作品ではけっこう出番があるそうだから、わしのファンの野郎共は楽しみにしてくれよな」
葵「以上、『NIGHTMARE 其の弐』をお送りしました」
新旧メンバーが揃った所で、さあ反撃だ!
美姫 「何処に?」
……えっと、何処でしょう?
美姫 「馬鹿?」
そ、そんな事はないかと……、思いたいですが。
美姫 「で?」
う……、うわぁ〜〜〜ん。
美姫 「さて、馬鹿もいなくなった事だし、何かハラハラの展開をしつつも次回へと。
果たして、次回はどんな展開になるのか?
それでは、次回をお待ちしております」