スレイヤーズクエスト〜時空流離〜
6 賢者の石
*
「どういうつもりですか、ゼルガディス。その女を逃がすとは、それはれっきとした反逆好意ですよ」
俺の前に立ち塞がるその男、レゾはそう言って握った釈杖に力を込める。
ろくでもないな。
こうして対峙しているだけで凄まじいプレッシャーに押し潰されちまいそうだ。
だが、諦めるわけにはいかない。
「もう沢山なんだよ。あんたの下で働くのは」
俺はそう言って奴を睨みつけると、人質の娘の腕を掴んで引き寄せた。
と、そのとき彼女が徐に口を開いた。
「やっぱり出てきましたね。赤法師レゾ」
「なっ!?」
「ほう」
笑顔でそう言った彼女の言葉に俺は驚き、奴は感心したように声を漏らす。
「まるで最初から見抜いていたとでも言うような口ぶりですね」
「見抜いていましたよ。確信を得たのは二度目にゼルガディスさんと対峙したときですけど」
そう言ってにこにこと笑顔を浮かべているユイナ。
この状況で笑っていられるとはよほどの大物か。いや、分かっていないだけか。
とにかく何とかしてこの場を切り抜けなければ、確実に奴に殺される。
「魔力には個々に波長があって、二つとして同じものは存在しないんです。それにも関わらず、ゼルガディスさんの体から発せられているそれはあなたのものと同一。つまり、彼をキメラにしたのはあなたということになります」
焦る俺の内心を他所に、ユイナは言葉を続ける。
「魔力の波長というのは聞いたことはありませんが、なるほどその理論ならわたしがこの男の背後にいると気づかれるのは当然ですね」
「納得していただけましたか?」
「ええ。しかし、あなたは何物なのですか」
「さて、何物でしょうね」
実に興味深いという様子で尋ねる奴に、ユイナはおどけたようにそう返す。
「魔力の波長というのは我々の間には存在しない概念です。それをあなたはまるで当たり前のことのように言った。少なくともあなたにとってそれはその程度のことなのでしょう。そして、それはこの世界ではあり得ない」
奴の言葉に、俺は愕然として彼女を見た。
「正解です。さて、今度はこちらから質問をさせていただきますね」
「ほう、それは興味深いですね。異世界から来たあなたがわたしに一体何を聞きたいのです?」
「大したことではありませんよ。ただ、この間あなたが言っていたゼルガディスさんの目的というのが、あなた自身の目的なのかどうか教えていただきたいだけです」
「…………」
彼女の言葉に奴の顔から笑みが消えた。
「なるほど。あ、心配しなくてもすぐに邪魔したりはしませんから」
「ということは、最終的には邪魔をするということなのですね」
「あはは。とりあえず、ゼルガディスさんはもらっていきます。置いていったらあなたは殺すでしょうから」
「なっ!?」
ユイナはそう言うと、驚く俺の腕を逆に掴んで何事か呟いた。
瞬間、目の前が歪み、俺の意識が飛びそうになる。
そして、気づいたときには全く別の場所に立っていた。
「バカな、空間転移だと……」
「とりあえず、山二つ分ほど飛びました。すぐには追いつかれないでしょう」
呆然と呟く俺に、彼女は相変わらず笑顔のままでそう状況を説明してくれた。
簡単に言ってくれる。そんなこと、魔道師であってもまず無理だというのに。
俺も、あのレゾですら不可能だと聞いている。
それをこの娘は人一人抱えて平然とやってのけたというのか。
「さ、今のうちに少し休んでおきましょう。これから先、いつ追っ手が来るか分かりませんし」
「あ、ああ……」
信じられんという視線を向ける俺を気にしたふうもなく、彼女はそう言って近くの石の上に腰を下ろす。
それに少し戸惑いながら、俺も彼女の隣に座った。
チラリと横を見ればこの娘は相変わらず笑顔で、暢気に鼻歌なんぞ口ずさんでいた。
本気で状況が分かってないんじゃなかろうか。そう思うと自然と溜息が漏れた。
まったく何てザマだ。この俺がこんな小娘に良いように振り回されてるなんてな。
軽装鎧やらマントやらを着て剣まで持ってるが、まるで血なまぐさい空気の似合わない娘だ。
寧ろ、退屈な仮装パーティーから抜け出してきたどこぞのお嬢さんのような印象を受ける。
そんな彼女のどこにあれほどの力があるのやら……。
「そんなに溜息ばかり吐いてると幸せが逃げちゃいますよ」
笑顔をこっちに向けてそんなことを言ってくれた。
おまえのせいだろうが、と言おうとして止めた。
おそらくこの娘には言っても無駄なのだろう。
「ほら、また」
窘めるようにそう言うユイナ。こいつは俺の姉か何かにでもなったつもりなのだろうか。
「とはいっても、あの人が相手じゃ溜息も出ますよね」
「分かるか。奴の力がどれほど強大か。悔しいが、今の俺じゃ奴には勝てない」
「でしょうね」
「おまえはどうなんだ。おまえなら奴を倒せるんじゃないのか?」
冗談半分でそう聞いた俺に、ユイナは顎に人差し指を当てて考える。
「そうですね。倒すだけならそんなに難しくはないかと」
「本当か!?」
「はい。でも、あなたは自分の手であの人と決着を着けたいんですよね」
「……ああ」
頷きつつ、それがどれほど困難なことかを考えるとやはり気が重くなる。
「赤法師レゾ。現代の五代賢者の一人に数えられる実力者ですか」
「そんな大層なもんじゃないが、確かに奴は強い」
「ゼルガディスさんはいつからレゾとお知り合いなんですか?」
「俺が生まれたときからだ。奴はああ見えて、百年やそこらは生きててな。俺の祖父さんか曽祖父さんに当たるんだ」
「それってつまり」
「ああ、俺の中にもあの善人気取りのレゾの血が幾らか流れてるってことさ」
吐き捨てるようにそう言うと、俺はこれまで奴がしてきた諸行をユイナに話してやった。
それを聞いて彼女は時折眉を顰めたりしていたが、やがて何かに納得したように一つ頷いた。
「つまり、ゼルガディスさんはレゾが自分の目を治療するために探していたその賢者の石というのを奪って彼を倒すつもりなんですね」
「ああ、俺が奴を倒すにはそれくらいしか方法がないからな。軽蔑したか?」
「いえ、気持ちは分からないでもないですから。ただ」
「何だ?」
「強力な魔力の増幅器を手に入れるのなら、復讐よりも元の体に戻るために使えば良いのに」
「そうだな。尤もそんな方法があるのならの話だが」
ユイナの言葉に、俺は自嘲気味に笑った。
彼女は何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わなかった。
「疲れてるんだろう。見張りは俺がしててやるから、少し寝たらどうだ」
「そんなこと言って、寝込みを襲うつもりですね」
「誰が襲うか!」
「それはそれでちょっと傷つきますよ。魅力ないって言われたみたいで」
「知るか。いいからさっさと眠れ。ほら、マント貸してやるから」
そう言って放ったマントを受け取ると、彼女は今までとは少し違う笑みを見せた。
「ありがとう。……おやすみなさい」
受け取ったマントを体に掛け、ユイナはそう言って目を閉じた。
それから小さな寝息が聞こえてくるまでそう時間は掛からなかった。
本当に疲れていたんだな。
焚き火の炎に浮かび上がる彼女の寝顔は穏やかで、とても近くに男がいるとは思えない。
信用してくれているのか。それともそんな度胸もないと思われているのだろうか。
いずれにしても目の前にある少女の寝顔はひどく無防備で、かわいいものだった。
……襲わないとは言ったが、本当に理性が持つか少々不安になってきたな。
情けないとは思いながらも、俺は彼女の寝顔から目が離せないでいた。
*
何度目かの浅い眠りの途中でわたしはゼルガディスさんに起こされた。
身を起こすと既に朝になっていた。
そして、周りは敵に囲まれている。
どちらにも気づいていたけれど、わたしはあえて起こされるまで気づかないふりをしていた。
ゼルガディスさん。これくらいは切り抜けてもらわなければ困ります。
「囲まれていますね。敵の数はどれくらいですか?」
「ざっとトロルが30匹ってところだな。そっちの状態はどうだ」
「わたし、朝は苦手なんですよね。面倒ですし、お任せします」
「おいっ!?」
この状況でのんびり寝直そうとするわたしに、ゼルガディスさんが焦った声を出す。
「よぉ、お二人さん。昨夜はお楽しみだったみたいだな」
「ディルギアか」
不意に掛けられた聞き覚えのある声に、ゼルガディスさんがその名を口にする。
わたしはそのワーウルフさんの言葉に、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。
「お、おい、何なんだその反応は!?」
「お、ゼルガディスの大将。まさか本当に」
「んなわけあるか!おい、おまえも何で否定しないんだ」
「だ、だって、ゼルガディスさん。ほとんど一晩中わたしのこと見てたじゃないですか」
叫ぶゼルガディスさんに、わたしは小声でそう反論する。
「なっ、気づいてたのか。って、そうじゃなくてだな」
ゼルガディスさんは頭を掻き毟ると、不意にわたしからマントを奪い取った。
「いいか、ディルギア。俺は断じてそんなことはしていない。良いな」
「いや、俺はどっちでも良いんだが」
「ディルギア。貴様、この俺に忠誠を誓ったのではなかったのか!?」
「俺が忠誠を誓ったのは赤法師の作り出したバーサーカーにだ。レゾ様を裏切った今のおまえは敵以外の何物でもない」
情けないことを言うゼルガディスさんをディルギアさんはきっぱりとそう言って切り捨てた。
そして、手にした剣をゼルガディスさんへと振り下ろす。
それを合図に、周囲を囲んでいたトロルたちが一斉にわたしたちへと襲い掛かった。
*
逃げる二人に迫る刺客。
美姫 「果たして、ゼルとユイナはこの場を切り抜ける事が出来るのか!?」
そして、リナとガウリィの出番はあるのか!?
美姫 「次回も目が離せないわよ!」
次回も楽しみに待っています!
美姫 「次回も見てくれないと、暴れちゃうぞ〜♪」
って、お前が言う事か、それ?
美姫 「じゃあ、送ってくれないと?」
それは前にやったって。
美姫 「じゃあ、どうしろって言うのよ」
いや、別に何かしろとは言ってない…。
美姫 「じゃあ、そんなのに関係なく暴れちゃうぞ〜」
って、暴れるな。って、更に言えば、それっていつもと変わらな…ぶべっ!
美姫 「口は災いの元ね」
……し、しどい(泣)
美姫 「それじゃあ、また次回で〜」