第14話 光の翼、守護者の剣

   * * * * *

「…………」

「はぁ、すごいね……」

 信じられないものを見たと言わんばかりにその場に立ち尽くすシェリー。

 その隣ではミレーニアが感心したようにそう漏らしている。

 二人が待ち合わせの場所に指定された喫茶店を訪れたとき、そこは既に戦場と化していた。

 額に汗を浮かべながら何度もフロアと厨房の間を行き来しているウェイトレス達。

 厨房にはそこはかとなく必死さの漂う無表情で、黙々と料理を続けるマスターの姿。

 そして、二人の視線の先、一番奥のテーブルには消化された皿が堆く積み上げられていた。

 隙間から微かに覗くクリームの色からしてそれらはすべてデザート類のようだが、一体誰がこんなふざけた量を食べているのだろうか。

 好奇心から目を凝らした二人は今も順調にその高さを増し続けている皿の塔の傍らに見知った顔を見つけることになった。

「あ、あの、ディアーナさん。これは一体……」

 恐る恐るそう声を掛けたシェリーに、ディアーナはやや引き攣った笑みを浮かべて答えた。

「ああ、おまえたちか。意外と遅かったな」

「ちょっと買い物しすぎちゃって。それで、先に荷物だけ送りに港まで行ってたんです」

「それはご苦労だったな。こっちは少し喜ばしいことになっているぞ」

「喜ばしいこと?」

 首を傾げるミレーニアに頷き、ディアーナは山積みになっている皿の向こうへと声を掛ける。

「あー、アリス。二人に紹介したいからそのあたりで一度手を止めてもらえないだろうか」

「…………」

 返事の代わりに聞こえたのは食器の触れ合う微かな音。

 それからややあって、食器の山も向こうから二人の少女が姿を現した。

「ほら、アリス。恥ずかしがってないで、ちゃんと挨拶」

「う、うん……」

 ティナに窘められ、アリスと呼ばれた少女は少し躊躇いがちに二人の前へと出てくる。

「……はじめまして。ティナの妹のアリシアです」

 そう言ってぺこりと頭を下げるアリシアに、シェリーは我に返ると慌てて自分も頭を下げた。

「ああ、こちらこそ。あたし、ティナの同僚のシェリーアンダーソンって言います」

「ミレーニアクロフォードだよ。お姉さんには良くしてもらってる。よろしくね」

 にこやかにそう言いながら手を差し出すミレーニア。

 そこに表面上だけでも出会った頃の追い詰められたような表情がないことを見て、ティナはそっと安堵の息を漏らす。

 どうやら彼女の荒療治は上手くいっているようである。

 アリシアも少し戸惑ってはいるものの、そっとその手を取って握り返している。

「しっかし、二人ともよく似てるね。遠くからだとどっちがどっちか分からなくなりそうだよ」

「いや、それはないだろう。シェリーはわたしとファミリアの見分けがつくんだから」

「お二人の場合は纏ってる空気というか、雰囲気が違いすぎるからですよ」

「それを言うならティナとアリシアだって、雰囲気は結構違うと思うけど」

 苦笑しつつそう言うシェリーに、ミレーニアが姉妹の顔を見比べながら言う。

「そうですね。お姉ちゃんはわたしと違って美人だし、落ち着いてるから」

「それってわたしが老けてるってこと?」

「えっ。ち、違うよ。わたし、そんなつもりじゃ……」

 途端にしどろもどろになるアリスに、ティナは楽しそうに笑みを浮かべて言った。

「うふふ、冗談よ。それにアリス、あなたも十分かわいいから」

「あ、あう……」

 からかっているのかそんなことを言う姉に、アリスは少し頬を赤らめつつ視線を泳がせる。

「まあ、それはひとまず置いておいてだ」

「置いておくんですか?」

「ああ、そのほうが面白いからな。と、話が反れたな」

 そう言って一つ咳払いをすると、ディアーナは徐にアリスの肩へと手を置いて言った。

「このアリシアだが、今日からうちに来ることになった」

「はぁ、それはまた急な話ですね」

「何、うちではよくあることじゃないか。今更気にしても始まらないさ」

 あっけらかんとした調子でそう言うディアーナに、シェリーはただ苦笑するばかりだった。

 その後、5人に増えたテーブルではちょっとした歓迎会が開かれた。

 時間的にはちょうどティータイムということで、それぞれ軽く注文する。

 途中、シェリーがナンパされたことが話題に上り、ディアーナにからかわれたりしていた。

 当人は必死に話を逸らそうとしていたのだが、女の子ばかりのお茶の席でその手の話題が盛り上がらないはずもなく、あれこれ聞かれることになってしまった。

 予断だが、姉妹の再会を祝してディアーナが二人にご馳走したトロピカルフルーツの盛り合わせは物の数分と経たないうちにアリス一人の手によってきれいに平らげられてしまった。

 その食べっぷりに気を良くしたディアーナが追加オーダーを促したのがそもそもの間違いで、アリスは嬉しそうに目を輝かせると早速ウェイトレスを呼んで食べたい物を注文した。

 その結果、この店のフルーツ、生クリーム、各種トッピング等が瞬く間に消化され、同様におごりを宣言したディアーナの財布も急激に軽くなっていったのである。

 それを見たティナは慌てて妹を止めたが時既に遅く、数分後には天井まで届きそうな皿の山が出来上がっていた。

   * * * * *

 ――アルシーヴ共和国・第2コロニー。

 リーセント市街・ドミニオンホテル――。

 フロントでルームキーを受け取ると、カイトリアスターは最上階の一室へと足を踏み入れた。

 Tシャツの上に革製のジャケットを羽織った彼は先刻シェリーをナンパしたあの少年である。

 カイトは自分の荷物をベッドの脇に下ろすと、バルコニーのほうへと声を掛けた。

「アーク、そこにいるんだろ?」

「…………よく分かったな」

 呼び掛けに応じて出てきたのは二十歳そこそこの金髪の青年だった。

 服装はカイトとそう変わらないが、こちらはかなり適当に着崩していていかにもだらしない。

 どちらかというと好青年のカイトに比べ、彼は不良っぽい雰囲気を漂わせている男だった。

「音だよ。君の手にあるそれが存在を主張していたから分かったんだ」

 そう言って、カイトは青年の手にある火のついたタバコを指差した。

「なるほどな。しかし、それだけじゃ俺と断定するには弱いんじゃないか」

「僕が戻ってきたとき、この部屋には鍵が掛かってた。フロントの人以外でここの鍵を持っている可能性があるのは僕と君だけだ」

「外から侵入した可能性は?」

「それはないって。荒らされた形跡もないし、わざわざ無目的にそんなことをする人間がいるとも思えない」

 ここは25階だしね、とカイトは笑って付け加える。

「それはそうと。どう、何か動きはあった?」

 表情を引き締めると、カイトはアークへとそう尋ねる。

 それに対してアークは吸っていたタバコを携帯灰皿に押し付けると、簡潔に答えた。

「いや、今のところは特になにも」

「そう。まあ、少佐の掴んだ情報だからね。多少の誤差はあるかもしれない」

「いつぞやのようにその誤差が致命的でなきゃいいけどな」

 皮肉な笑みを浮かべてそう言うアークに、カイトは思わず苦笑した。

「ところでおまえ、黒天使のじょーちゃんはどうした。一緒じゃなかったのか」

「ああ、彼女は用事があるって言って途中で別れたんだ。夕方までには戻るってさ」

「おいおい、大丈夫かよ。知らない土地で一人にしたりして迷子にでもなられた日には洒落にならんぞ」

「心配しなくても彼女は君が思ってるよりずっとしっかりしてるよ。でも、そうだね」

 カイトはそこで一度言葉を切ると、何となく海の向こうへと視線を向けながら続けた。

「これから先、彼女は僕らとは違う道を行くんじゃないかな。何となくそんな気がするよ」

「…………そうかも、しれないな」

 カイトの言葉にアークも頷き、二人は艦を出るときに見た少女の顔を思い出す。

 まるで長い間待ち焦がれていた人が戻ってきたような、そんなキラキラしたものだった。

 二人があの娘と出会ってそれほどの時間が経っているわけではなかったが、何処か影のある存在だった彼女に本物の笑顔が戻るというのならそれは喜ばしいことだ。

「何にしても、今はこっちの仕事を片付けちゃわないとね」

「だな」

 頷き合い、二人はバルコニーから前方の島へと目を向ける。

 何もないはずの木々の間から黒々とした煙が立ち昇っていた。

 そして、続く大きな爆発音。

 その後に島から出現したものを見たとき、二人の中で疑惑が確信へと変わった。

   * * * * *

 ――開発中の新型フォースフィギュアが何者かによって強奪された。

 その知らせを受けたコロニー守備隊はしかし、すぐには動くことが出来なかった。

 元々、その新型の開発自体が極秘に行なわれていたため、誰もその事を知らなかったのだ。

 そこへきての急な敵襲である。

 警備隊は巡回に出ていた班が市民の誘導に当たることで何とか被害を抑えようとしていた。

 一方奪われた新型は開発施設を守っていた部隊を壊滅させると、まっすぐ港を目指していた。

 コロニー内で警備隊がうかつに動けないのをいいことに、堂々と正面から出て行くつもりだ。

 その姿はstaytionに戻るためにシャトルへと乗り込もうとしていたティナたちにも目撃されることになる。

 外で展開を始めている警備隊のフォースフィギュア隊と目の前の新型。そして、断片的に伝わってきている情報から事態の深刻さを察したディアーナは急いでstaytionに連絡を取り、必要に応じて救援を送るように要請した。

「わたしたちも戻るぞ。急がないと戦闘に巻き込まれる」

 通信を終えると同時に発したディアーナのその言葉を合図に、シャトルが発進する。

 それから幾らもしないうちに宇宙港付近で戦闘が始まり、放たれた光が宇宙を駆け抜ける。

「どうしてこんなリゾート地で戦闘が起きるの?」

 視界を照らす死の光に、成り行きから同行してきていたアリスがポツリと言った。

「あんなものをこそこそと作っていた連中が悪い。少しは民間人の迷惑も考えてほしいものだ」

 顔を顰めつつそう答えるディアーナ。とはいえ、助けないわけにもいかない。

 シャトルに積んであるレーダーは既に領域外から迫る新たな敵の存在を捉えていた。

 現状は警備隊側にとって最悪だった。

 たった一機の新型に12機いたアサルトウォーカーが一方的に打ち減らされているのだ。

 そこに新手が加われば、彼らの運命がどうなるかは日を見るよりも明らかだった。

「ディアーナさん、このシャトルにFFは?」

 見かねたシェリーが隣に立つ上官へとそう尋ねる。

「あればとっくに出している。対FF用ランチャーとガトリングビームならあるんだがな」

「何でシャトルにそんなもの積んであるんですか?」

「わたしの私物だ。ちゃんと本物で弾も出る」

 実に素朴に思ったことを口にしたアリスに、ディアーナは事も無げにそう答えてくれた。

「武器だけでもあれば十分です。ディアーナさん、それちょっと貸してください」

 そう言ったのはティナだった。

「構わないが、君が武装して彼らを助けにいくつもりか」

「見過ごすわけにもいかないでしょ。それに……」

 ティナはそこで一度言葉を止めると、不安そうに窓の外を見ているアリスを見た。

「汚されたくないんです。あそこはわたしたち家族の最後の思い出が眠る場所でもあるから」

 その言葉に全員の視線がティナへと集まる。

 ここにいるのは皆何らかの理由で大切な何かを失ったことのあるものたちばかりだ。

 そんな彼女たちにとって、思い出を守るというティナの言葉は胸に響くものだったのだろう。

 そして、もう一人の当事者であるアリスは何故か俯いて表情を隠していた。

「ランチャーは15発、ガトリングはせいぜい20連射が限界だ。それでもいいのか?」

「それだけあれば十分です」

 装備の状態を聞かされ、ティナがそれに頷くのを見て、アリスは思わず顔を上げた。

「ちょっと待ってお姉ちゃん!」

「何?時間がないから出来れば後にしてほしいんだけど」

「本当に行くの。死んじゃうかもしれないのに」

「わたしは死なないわ。だって、ようやくまたアリスに遭えたんだもの」

 そう言って易しく微笑むティナに、しかしアリスは首を横に振った。

「戦場に絶対なんてない。それくらい、わたしにも分かる」

「アリス……」

「お姉ちゃん、言ったよね。ずっと一緒だって。だったら行かないで。側にいてよ!」

 必死の表情でそう言ってしがみついてくる妹の頭を撫でながら、ティナは静香に口を開いた。

「わたしだって本当は戦いたくなんてない。アリスの側にいたいわ」

「お姉ちゃん……」

「でもね、ここはもう戦場なの。このシャトルだっていつ流れ弾に当たって沈むか分からない」

 ティナの言葉は事実であり、容易に想像出来る最悪の未来だ。

「そんなことになるのはアリスだって嫌でしょ。だから、わたしは行くの。ここにいるのは皆大切な人たちばかりだから」

 少し照れたようにそう言うと、ティナは背中のファスナーを閉めて立ち上がった。

 さすがにスカートのまま宇宙に出るわけにもいかなかったのだろう。

 今の彼女はいつもパイロットスーツ代わりにしている白のボディスーツを着込んでいる。

「相変わらず良い体つきをしているな。同じ女として羨ましいぞ」

「ディアーナさん、視線が何かいやらしいですよ」

「気のせいだろう。と、そんなことより武器のほうはどうすればいいんだ?」

「わたしが出た十秒後にコロニー方面に向かって射出してください。適当に受け取りますから」

「了解した」

 ディアーナは軽く頷くと、準備をするために格納スペースのほうへと行ってしまった。

「お姉ちゃん。もう行かないでとは言わないけど、その代わりちゃんと無事に戻ってきて」

「もちろんよ。これ以上、アリスを悲しませたり寂しがらせたりしないから」

「本当に?」

「約束する。だから、アリスもわたしが戻るまでちゃんと良い子で待ってるのよ。いいわね」

「…………」

 優しい笑みを浮かべてそう言うティナに、アリスは無言で小さく頷くのだった。




   * * * * *

  あとがき

龍一「すみません。ごめんなさい。申し訳ないです!」

ティナ「しょっぱなから思いっきり謝ってるわね」

龍一「以前、動いているのは主人公の周りだけじゃないって言われたのを思い出したんだ」

ティナ「それで他の様子も書いてたら長くなって戦闘が入れられなくなったと?」

龍一「まったくもってその通りです。ごめんなさい」

ティナ「まったく、読者の期待を裏切るなんて物書きとして失格ね」

龍一「うう、そこまで言わなくても(泣)」

ティナ「さて、次回こそは本当に戦闘です」

龍一「クリスフィード姉妹VS奪われた新型。そして、迫り来る新たな敵の正体とは」

ティナ「次回、強襲、シャドーミラーでお会いしましょう」

ではでは。

 




別の意味で戦闘が。
美姫 「あれも一つの戦場ね」
にしても、アリスが可愛いな。
美姫 「本当に可愛いわよね〜」
うんうん。
美姫 「……って、和んでいる場合じゃないわよ」
いよいよ、次回は戦闘らしいからな。
美姫 「果たして、どうなるのか!?」
次回も楽しみにしてます。



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