第24話 失われし刻の亡霊

   *

 目的地であるIPKOの第3ステーションを目の前に、シャドーミラーのものと思われる艦隊からの奇襲攻撃を受けたクロイシア連邦軍・第13独立戦隊は、その権限を持ってこれの迎撃に当たっていた。

 旗艦であるアイゼンバウト級・戦艦イブリースを含む4隻すべてから警戒配置に着いていた6個小隊18機が先行し、その後に中距離支援機で編成された4個小隊12機が続く。念のために各艦に1個小隊ずつ直援に残したが、艦隊の規模からして圧倒的に負けている現状ではこれもいずれ前線に出さなければならなくなるだろう。

 飄々とした態度が常のライドだが、指揮官としての彼は冷静に物事を見ることの出来る男だ。今回のような圧倒的不利な状況下で長期戦が予想される場合でも、艦載機を小隊から中隊規模で複数に分け、それをローテーションさせる運用法を取ることが出来る。

 一方で、勝算があれば定石を無視して最初から全力出撃をさせる男でもあった。今回は後者を選択したようで、彼はとにかく敵を艦隊に近づかせなければ後は好きに暴れて構わないという無茶苦茶な命令を下して部下たちを呆れさせている。

 だが、大半のものはそれだけでこの非常識かつ困難な命令を撤回させようとはしなかった。皆、この男が無謀なだけの作戦を立てることはないと分かっていたからだ。無論、それだけ個々人の能力が高いということもある。独立部隊というのは正規艦隊から弾き出された人間の集まりでもあり、そうした人間の多くは強烈な個性と常人離れした技能を持ち合わせているものだ。

 そういう部隊の代表例ともいうべき第13独立戦隊には当然のように上層部から通常の部隊では実行不可能な命令ばかりが回され、いつの間にか便利屋のように扱われるようになっていた。そんな部隊にとって、無茶とか無謀というのはそれこそ日常茶飯事。血気盛んなパイロットの中には3倍近い数の敵等、寧ろ望むところだと思っている連中までいるくらいだ。

 そんな部下の戦意を無駄に煽りつつ、ライドは今回の戦闘での勝利をより確実なものにするべく、極秘裏に用意させていた対シャドーミラー戦における切り札を投入することにした。

 ーーXN13C アースフィア。

 この機体はライドが異世界からの亡命者を保護した際、手に入れたデータを参考に設計・開発させた対シャドーミラー戦のための謂わば決戦兵器だ。その性能は既存の量産機を大きく凌駕しており、単機で複数の敵を圧倒することが可能とされている。

「ーーこれをわたしに……」

 イブリースの第3格納庫へと案内されたセレナは、戸惑った様子で目の前の機体を見上げてそう漏らした。

「うむ。来るべき戦いに備えて作らせたのだが、少々欲張り過ぎてしまったようでな。並みの兵士では扱えなくなってしまったのだよ」

 はっはっは、と豪快に笑いながら中々ふざけたことを言ってくれる司令官殿に、セレナは思わず溜息を吐いた。

「まあ、グランディアを操ってみせた君ならば問題はないだろう」

「はぁ、そんなろくでもない機体をわたしに預けたりして、そのまま持ち逃げでもされたらどうする気なんです?」

「何、その点は心配無用だ。仮に逃げ出そうものなら、彼は銀河の果てまでも追いかけて必ず君を連れ戻してくれるだろうからな」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべてそう言うライドに、セレナの頬を冷や汗が伝う。ただでさえ、単機で自分を追ってきた前科があるのだ。FFの操縦技術も自分に勝るとも劣らない。そんな相手に本気で追いかけられたら正直、逃げ切る自信はなかった。

「そこまで任務に忠実な人のようには見えませんけど」

「確かに彼はしばしば先行して戦列を乱す問題児だよ」

 だがな、とライドは笑みを深める。

「あれで結構一途なところもあってな。君は彼に好かれているのだろう。なら、心配することはないさ」

「なっ!?だ、誰も心配なんて……」

「まあ、そういうことにしておこう。では、機体のテスト、よろしく頼むぞ」

 顔を真っ赤にして怒鳴るセレナに涼しい顔でそう言うと、ライドは一方的に通信を切った。それに気づいた彼女は慌てて通信機に向かって抗議するが、当然のように応答はない。セレナはしばしディスプレイを睨みつけていたが、やがて視線を目の前の機体に戻すと疲れたように溜息を漏らした。

 本当に持ち逃げしてやろうかしら。見たところ、スペックはグランディアに劣らないようだし、これを手土産に幻影に戻れないこともないでしょう。

 アースフィアのコクピットに乗り込みながら、半ば本気でそんなことを考えるセレナ。

 でも、そうすたらあいつ、またわたしのことを追いかけて来るのかしらね。

 自分を欲しいといった男の仏頂面を思い浮かべつつ、期待している自分に気づいて一瞬驚き、苦笑する。潜入工作員なんてのをやっていると、人の感情に対して敏感になる。何気ない仕草や言葉、表情の変化から情報を読み取り、その正誤を判断する能力は裏で生き延びるためには必須なスキルなのだ。それだけに、偽りない彼の思いは鮮烈で、どうしようもなく心に焼き付いて離れない。

 ーーったく、わたしはセレナ=エルアースなのよっ!

 納得いかないとばかりに頭を掻き毟るセレナ。しかし、その一方で機体の機動シークエンスはしっかりと進めていたりする。

 こうなったら、きっちりと責任を取ってもらうしかない。自分をこんな訳の分からないことにしたあいつに、どうしてくれるんだと文句の一つも言ってやるのだ。

 ーーそうよ、ただで落とされたりするものですか。わたしは電影のセレナなんだから。

 何だかおかしな決意を胸に、機体をカタパルトへと接続するセレナ。その目にあるのは不屈の闘志。アームレイターを握る手に力を込め、彼女は通信モニターに顔を出した管制官へと出撃の旨を告げた。

「アースフィア。セレナ=エルアース、出るわ!」

 電磁カタパルトから天上世界へと放り出される機体。真新しいシートに身体を押し付けられる衝撃を心地良く感じながら、セレナは素早く周囲の状況を確認する。

 先行した部隊は既に艦隊の前斜め上方に展開して迎撃体勢を取っているようだ。一応の護衛対象であるアルフィスも、フィールドを消された以外に目立つ外傷はなく、今すぐ沈んだりすることはなさそうだった。あちらの艦載機も既に発進している。

 ーーさて、数で圧倒的に負けているこの状況でどう戦う。

 機体の右手にビームライフルを握らせつつ、セレナは思考する。左手に構えさせたシールドの裏のマウントラッチには予備のエネルギーパックを2個装備させてきた。これをすべて使い切っても、まだ強力なジェネレーターに直結された内臓火器がある。いざとなれば、背中に装備された2本の大型高周波ブレードだけでも戦うことは出来るだろう。

 問題は他の味方がそこまでの長期戦に耐えられるかということだった。敵はとにかく数が多く、こちらは防衛線を抜かれれば終わりなのだ。補給に戻るタイミングを見誤れば、そこから切り崩されてジ・エンドということにもなりかねない。

 そこはあの司令官殿の実力を信じるしかないか。

 こちらはとにかく、出来るだけ早く数を減らすしかない。そう思って、セレナが機体を加速させようとしたときだった。いきなり、アースフィアの脇を赤いアルヴァトロスがものすごい速さで追い越していった。

 早速出てきたか。

 艦隊の司令官が旗艦のブリッジを離れる等、何を考えているんだと罵倒されそうだが、そんな常識はこの男には通用しない。戦略も戦術も関係ないとばかりに戦場を暴れ回り、だが、最後には文句の付けようがないほど完璧な結果を残す理不尽の代名詞。一部では存在自体がギャグであるとまで囁かれているそんな男なのである。

 いや、とセレナは首を振る。出撃前に見たあの機体の右肩に描かれていたエンブレムは、その本来の搭乗者を示す金色に縁取られた黒い大鷲ではなく、偉大な騎士王が携えたとされる伝説の聖剣ではなかったか。

「ちょっと、何やってるのよ!?

 慌てて機体を加速させつつ、繋いだ通信機に向かってそう怒鳴る。

「いや、少佐がこれで行けって言うからさ。整備班の話じゃ、他に俺の操縦に追従出来る機体もないらしいしな」

「ああ、そういうことじゃなくて、どうしていきなり一人で突撃してるのかって聞いてるの。あなた、小隊長なんでしょ」

「しょうがないだろ。こいつの機動力が凄すぎてノーマルの奴とじゃ組めないんだから」

「だったらせめて、わたしと組なさい。アースフィアの機動力なら問題ないはずよ」

 自機のスペックを思い出しつつ、半ば悲鳴のようにそう叫ぶセレナ。この状況で単身突撃等、自殺行為以外の何物でもない。幾ら機体が高性能で、パイロットの腕が良くとも、物量の差は如何ともし難いのだ。

「テスト段階の新型にそんな無理させられるかよ。孤立したくないって言うんなら、俺の部下を着けてやるから適当に頑張れ」

 だが、アークはそうは思っていないらしく、せっかくの忠告を無視するどころか、逆に部下の面倒をセレナに押し付けるとゼロのスラスターを全開にして敵の只中へと飛び込んでいってしまった。

「ーー何てでたらめな加速なのよ。人間が耐えられる速さじゃないわよ、あれは」

 爆発的な加速に圧倒され、思わず呆然と見送ってしまってから、慌てて後を追おうとする。しかし、その時には既にゼロはアースフィアの加速性能でも追いつくのが困難なところにまで行ってしまっており、セレナは仕方なく彼の部下二人とともに周辺の警戒に当たるのだった。

   *

 シャドーミラー艦隊の指揮官は今回の任務に対して少なからず不満を感じていた。

 複数の新型を含む装備と数人のエースパイロットを含む部隊を貸し与えられての出撃であることから、その内容が困難なものであることは容易に想像出来た。それは良い。寧ろ困難な任務を与えられることは信頼の証であり、名誉なことだと彼は考えていたからだ。

 だが、実際に遭遇した敵の艦隊はターゲットを含めてもたったの5隻。近場に他の艦隊の反応もなく、これではやる気が失せてしまうのも仕方がないというものだった。

「まあ、新兵器のテストには丁度良いか。全艦艦隊戦用意、本艦隊はこれより前方の敵艦隊を強襲する!」

 彼の指揮官の号令を受け、先鋒を務める6隻の駆逐艦から4発ずつ、計24発の対フィールドミサイルが発射され、更にその存在を隠すように後方の巡洋艦9隻から40発の高速ミサイルとそれに倍する数のミサイルが吐き出される。高濃度のフォトンフレアによって既存の誘導システムが使えなくなった現代の戦場において、ミサイルはただ強力なだけのロケット弾でしかなく、その命中精度もお世辞にも良好とは言い難い。だが、それでも数を撃てば幾らかは当たるもので、着弾した4発のAFMが見事、標的である敵アルテミス級のフィールドを消し去った。

「AFMの着弾を確認!目標のフィールド、消失します」

「よし、全艦自足前進。ステルスガスの噴射を停止し、代わりにビーム霍乱幕を展開させろ。急げ、敵はすぐに撃ってくるぞ!」

 指揮官がそう警告を発した直後、前方の艦隊が対空砲火を展開し、それに少し遅れて放たれた4条の閃光が2隻の巡洋艦を捕らえてこれを沈めてしまった。

「思った以上に早いな。相手の指揮官はよほど優秀と見える。これはうかうかしていると火傷では済まないかもしれんな」

「提督。感心している場合ではありませんぞ」

「うむ。被弾した艦は後方に下がらせ、残りはこのまま前進だ」

 敵の迅速な対応に関心しつつ、新たな命令を下す。たった5隻と侮っていたが、彼は早くもその考えを改めさせられようとしていた。先のコロニー襲撃の折にはたった数機の参戦で圧倒的優位を覆され、惨敗したとの報告も上がってきている。自分が相手にしているのもそんな化け物揃いの部隊なのかも知れないと思うと、この数の優位も決して安心出来るものではなかった。

 そして、アルフィスから出撃してきた3機の機動兵器がこちらの第1陣として突撃させた6隻の駆逐艦部隊を瞬く間に殲滅したのを見るに至って、彼の考えは確信へと変わった。

 特にゲシュペンストタイプと思しき機体から放たれた中性子ビームは艦載機の武装でありながら、こちらの艦砲を凌ぐ程の威力を持っていた。連射してこないのがせめてもの救いだが、同伴している2機の天使タイプもこちらの主力をまるで寄せ付けない強さなので楽観は出来ない。

 極めつけは、後から出てきた左腕に巨大な鍵爪状の近接格闘武器を装備した白い機体だ。

 一見近接戦闘に特化しているように見えるこの敵は、在ろうことか両肩に装備された2門の可動式ビームキャノンでそれぞれ別の標的を狙いつつ、手持ちのショットキャノンと左腕に内臓されたビーム砲を連射してきたのだ。しかも、その射撃はすべてが正確無比。突入した対艦攻撃装備の1個中隊はこのたった1機の化け物のために防衛線を抜けずにいた。

 いや、こちらはまだ良かったのかもしれない。

 この機体のパイロット、ディアーナ=レインハルトはあくまで防衛線の維持を目的としていたため、さほど撃墜に拘ってはいなかった。そのため、戦闘力を喪失したと判断された機体がそれ以上攻撃されることは少なく、パイロットの運と技量次第では生還出来るかもしれなかったのだ。

 だが、エース級の実力者の中には敵機の撃墜に拘るものも当然いる。特に戦争で部下や友人、家族等の大切な人を奪われたものは憎しみによってその刃を向けてくることが多い。

 アーク=リアノルドもそんな復讐者の一人だった。彼がこちらの世界にメッセンジャーとして渡ることになった際、何物かの妨害を受けたのだが、その際、偶発的に生じた戦闘で彼は共に渡るはずだったもう一人を守ることが出来なかったのだ。

 選び抜かれたエキスパートだけに、彼も彼女も決して弱くはなかったが、圧倒的多数で攻められては成す術もない。

 結局、どちらか一方でも辿り着ければという判断の下、二人は別々の方向へ逃走した。その後アークは運良く追っ手を振り切ることに成功したが、彼女からの連絡が来ることはなかった。

 あの場ではそれが最良の判断だった。自分がもっと上手く立ち回ればという考えは自惚れでしかない。

 だが、やはり許すことは出来なかった。彼女を殺した敵も、それを防げなかった自分自身のことも。

 せめて、任務を果たし、その後は一人でも多く奴らを地獄に引きずり込んでやる。その思いだけで、彼は4年もの間、行動し続けてきた。だというのに……。

 復讐なんて望んじゃいないってか。けどな、わざわざそんなことを言うためだけに自分そっくりの他人を巻き込むこともないだろうに。

 先刻、口喧嘩とも言えない軽い言い合いをした女性の顔を思い出し、アークは思わず自嘲の笑みを浮かべる。彼女の姿を見たときの驚き様は我ながら滑稽だったと思う。

 似ている等というレベルではない。まるで死別したパートナーの生き写しであるかのように、些細な仕草から何まで瓜二つだったのだ。

 そんなことが理由で惚れたわけではないが、まったくそうでないかと問われれば心乱される部分がなかったとも言い切れない。そんな自分は男としてかなり最低なのだろうなとアークは思った。

 無謀にも自分に接近戦を挑んできた敵のウォーカータイプをブレードで切り捨てながら、没頭しそうになる思考を頭を振って追い払う。今は戦闘中なのだ。余計なことを考えていて撃墜されたのでは洒落にならない。

 モニターに目をやれば、数機の敵が自分を包囲しようと動き回っているのが確認出来た。それを見て、アークはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、徐にアクティブレイビームライフルのトリガーを引いた。

 通常のビームライフルよりもやや大きいその銃口からいかにも凶悪そうな色彩を放つビームが発射され、こちらに距離を詰めてこようとしていた一機のコクピットを貫く。電圧調整と粒子の配列により、生成するエネルギーの性質を変更させる機構を搭載したこの火器は、それ故に既存の対ビーム防御では防ぐことが難しい協力な武装だ。

 特に重金属粒子を重力場の反発で加速させて打ち出すギガフォトンモードは、まともに受ければ戦艦のフィールドにさえ穴を開けかねない。アークはこのギガフォトンモードの出力を抑える代わりに速射性能を向上させた状態で固定し、目に付く敵機を片っ端から撃ち落して回っていた。

 これに狙われた機体は慌てて回避行動に移ったが、逃げ切ることが出来たものは少なかった。

 あるものは一発目で肩を撃ち抜かれ、バランスを崩したところに二発目を動力部にもらって大破し、またあるものはスラスターを撃ち抜かれて機体が停止したところを蹴り飛ばされて戦線を離脱させられた。中には一発でコクピットを撃ち抜かれて撃破されてしまったものまでいる。

 だが、彼の快進撃も長くは続かなかった。アークの派手な戦いぶりは多くの敵を引きつける一方で、敵のエース級をも呼び寄せてしまったのだ。

 シャドーミラーが精鋭の一人、アルベド=ハイマンは今回の作戦に際して受領した新型機のコクピットの中で自軍の兵の不甲斐なさに嘆息していた。今回の敵が強力な特機とそれに見合う凄腕ばかりを集めた特殊部隊であることは事前の情報で知ってはいたが、こうも一方的にやられていたのでは溜息の一つも吐きたくなるというものだ。

「シュバルツリーダーより各機へ。あの赤い奴の足を止める。俺に続け!」

 同型の部下2機にそう声を掛けると、アルベドは自らの乗機である黒い亡霊を突撃させた。

   *

 シャドーミラー艦隊が前に出てきたことで、艦隊戦は一層その激しさを増していた。フィリスの狙撃も合わせて何とか同数まで巡洋艦の数を減らせたもののこちらも無傷とはいかず、アクアマリン級2隻が中破して後ろに下がっている。更に敵の大型戦艦の火力が凄まじく、ほとんどこの一隻に押さえ込まれているような状況だ。

 駆逐艦を含む突撃部隊が抜けてこなかったのは救いだが、その分前線の部隊の負担が大きくなっており、このままでは如何に化け物揃いのアルフィス隊といえどもいつまで持つか分からない。

 狙撃手の巨砲も連続使用による過負荷からオーバーロードを起こして使えなくなっている。

 ここに至って、イリアはついに切り札の使用を決断した。

「G兵器の封印を解除、本艦の全兵装を持って敵艦隊を一掃します」

「お母さん……、艦長!?

 下されたその命令に、レイラは思わずオペレーターシートから立ち上がってしまった。

 アルテミス級には極秘裏に再現された先史の技術である重力波兵器、通称・G兵器とそれを運用するための機構が搭載されている。ロストテクノロジーが不正利用された際の対抗手段、その最後の切り札として復元されたその威力は下手な反応兵器のそれを凌ぐとまで言われている程だ。

 あまりに強力なため、当時でも使用を躊躇われたそれらの兵器を自分の母であり上官でもある彼女は使うというのだろうか。

「現状は明らかにこちらの不利、それどころかいつこの艦やFF隊の皆が撃墜されるか分からない。そんな状況で、出し惜しみなどしていられるものですか」

「G兵器の封印を解くには将官級以上の人物二名の承認が必要です。艦長、あなたの権限では」

「知ったことですか。レイラ、構わないから機動シークエンスを進めなさい!」

 規律を持ち出しての副長の制止も彼女には届かない。元々、義勇兵の集まりのような組織なのだ。責任をはっきりさせるために階級を設けてはいるが、実際は正規の軍隊よりよほど自由度が高い。

「わたしには艦長として、この隊の指令として、皆を生きて連れ帰る義務があります。そのために取った行動が問題となり、裁かれるというのなら、わたしは甘んじてその罰を受けましょう」

「解除コードは?お母さん、知ってるんでしょ」

 最早何を言っても無駄と判断したレイラはそう言って手元のコンソールを操作すると、コードを入力するためのウインドウを呼び出す。イリアのしようとしていることは軍人としてはとても褒められたものではないのだろう。しかし、彼女にとってこの艦のクルーは自分の娘や息子と言っても差し支えないほど大切な存在だったのだ。

 そんな家族を守ろうとするイリアの行動を嬉しく思う反面、レイラにはそのために自分を犠牲にすることを厭わないという母の態度が許容出来なかった。

「入力はわたしがするわ。制御をこっちに回して」

「ダメ」

「レイラっ!」

「そうやって自分一人で背負おうとするの、お母さんの悪い癖だよ。大丈夫、誰も裁かれたりしないから。だって、この艦は……」

「ミサイル第5波、来ます!」

 確信を持ったレイラのその言葉を、もう一人のオペレーターの警告が掻き消す。それに咄嗟に回避を命じ、イリアは娘の目を見た。

 大丈夫だから。

 迷っている暇はなかった。イリアは一つ頷くと、唇の動きだけで娘にそれを伝えた。レイラはそれを正確に読み取り、彼女の指がコンソールの上を滑る。

『コード認証、G兵器及び関連機構へのアクセスを確認。これより発射シークエンスに移行します。作業を続行しますか?《 YES / NO 》』

 回答は言うまでもない。

 ウインドウに表示された文字を確認し、レイラは最後の躊躇いを断ち切るようにコンソールを殴りつけた。

   *

 アルフィスのフィールドを覆う黒いスパーク。それを突き破るかのように、艦体下部からせり出した巨大な砲から重力子の奔流が吐き出され、シャドーミラー艦隊を目指して突き進む。

 シャドーミラー艦隊の側でも突然の高エネルギー反応に気づいて慌てて回避行動に移ったが、絶大な破壊力と有効範囲を誇るG兵器の前ではそれはいささか遅すぎた。

 結果、周囲の残骸を引き寄せ、呑み込みながら突き進んだ破壊の本流はその凄絶な威力をその場の全員に見せ付けることになる。そのあまりの凄まじさに、皆が皆しばし我を忘れて呆然となった程だ。

「……ねぇ、一つ聞きたいんだけど」

 そんな中、逸早く我に返ったティナがまだ呆けているミレーニアに声を掛けた。

 現代の重力制御技術では天上世界における人々の生活空間に地上と同質の重力を提供することしか出来ない以上、アルフィスのそれが発掘されたロストテクノロジーであることは一目瞭然だった。そんなものが使われたこと自体が問題ではあるのだが、戦況を考えれば止むを得なかったのだろう。

 実際、このまま戦い続けたとしても自分達が敵の艦載機を押し戻して艦隊に攻撃を加える前に、こちらが艦砲の撃ち合いで競り負けてしまう可能性は十分にあったのだ。

 ティナもイリアの判断が間違っているとは思わない。ただ、気になるのは以前にミレーニアから聞いたもう一人のピースメイカーの存在だった。彼女たちの行動理念が平和の守護である以上、これ程の兵器の存在を知ってそれを容認するとは考え難いのだ。

「あなたたちの時代の重力兵器ってどんな扱いを受けていたの?」

「え?」

「重力兵器、グラビティウェポンよ。在ったんでしょ?」

「あ、うん。在ったには在ったけど、余程のことがない限りは使用を認められなかったよ。見ての通りの威力だし、直撃でなくても巻き込まれた人はまず助からないから」

 そう言って、きれい過ぎる破壊の痕に目を伏せるミレーニアに、ティナは厳しさの増した表情で言った。この時既に彼女の疑問は確信へと変わっていたのだ。

「そんな恐ろしい兵器の存在、ピースメイカーとしては許容出来ないでしょうね」

 淡々としたティナのその言葉に、ミレーニアは思わず息を呑んだ。

 共に眠りに就いたもう一人、ピースメイカーのナンバー4に与えられた機体はミレーニアのESのようなゲシュペンストタイプのカスタム機ではなく、最初から彼女のためだけに設計・開発された本当の専用機だ。その性能は凄まじく、拠点制圧用ユニットにも匹敵する程だった。

 あの機体が今も起動可能な状態で残っているとすれば、彼女は必ず来る。誰よりもピースメイカーの使命に忠実だった彼女だからこそ、禁じられた兵器の存在を見過ごすことなどあり得ないとミレーニアには断言することが出来た。

 そして、再び動き出した戦場にそれは姿を現す。

 現行のフォースフィギュアよりも大きな20メートル級の人型。その機体を彩る磨き上げられた宝石のような煌く青は彼女のパーソナルカラーだった。

 特徴的なショルダーガードに覆われたその右肩には、その搭乗者がある存在をを示す十字架を抱いた天使の紋章が描かれていた。

 ――即ち、ピースメイカー……。

   *



  あとがき

龍一「ども、相変わらず戦闘描写に苦労している安藤龍一です」

ティナ「本作初の本格的な艦隊戦でありながら、この体たらく」

龍一「うう、これでも精一杯頑張ったんだよ」

ティナ「結果が伴わない努力は虚しいだけよ」

龍一「今回はやけに毒を吐くじゃないか。もしかして、出番がほとんどなかったのが不服とか」

ティナ「わたしは主人公なのよ」

龍一「いや、近頃の主人公は主人公らしくないのが主流みたいだし」

ティナ「嫌な流行もあったものね」

龍一「流行なんてそんなものさ」

ティナ「では、次回予告。G兵器の使用でからくも危機を脱したイリアたち。だが、禁断の力の使用は眠っていた太古の守護者を呼び覚ましてしまった。現行の兵器を凌駕する未知の機体、クルセイド。怒りと悲しみをたたきつけるように振るわれるその猛威の前に、アルフィスは再び危機に見舞われる。次回、ディバインクルセイダーズでお会いしましょう」

   *

 





戦闘は難しいよ、確かに。
美姫 「それが兵器による宇宙戦なら尚更ね」
うんうん。頑張れ、安藤さん。
美姫 「そして、バリバリと書き上げてね」
おいおい(汗)
美姫 「次回も待ってるますね〜」
ではでは。



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