魔法少女リリカルなのはB.N
【第一章】プロローグ
とある日の昼過ぎ、神社の裏にある山中にて、恭也はオリウスを片手に立っていた。
その傍らには子猫―アイラの姿もあり、最早いつものこととばかりに丸くなって眠りこけている。
まあ、そんなアイラは置いておくとして、一体恭也はデバイスを展開して何をしているのか。
この光景に当然抱くその疑問の答えは至極簡単で、単にいつもしている魔法の訓練を行っているということなのだ。
「……」
蒼い宝玉が本来鍔のあるべき場所に設置される小太刀サイズのデバイス。
それをゆっくり目を閉じると同時に、腰のデバイスの一部である鞘へと収めて抜刀の構えを取る。
そしてしばらくその体勢のまま時間を置き、数十秒経った後に目を見開き……
《Hrimfaxi!》
リースの言葉が響くと同時に宝玉に円を描くように文字が浮かび、それに合わせて恭也はデバイスを抜刀する。
すると、放たれたその斬撃は分裂するかのように数を増やし、デバイスが振り切られるのに合わせて消える。
それを恭也は振り切った状態のまま眺めた後、小さく息をついてデバイスを再び鞘へと収めた。
「三つ、か……まだまだだな」
《三つも出れば十分だって……ただでさえ、攻撃だけの幻術は難しいんだから》
「だが達人クラスになると三つでも見切られてしまうしな。 だったら、もっと数を出せるようになっておいたほうがいいだろ?」
《それはそうだろうけど……でも魔法ならともかく、武器での戦闘では早々達人クラスなんていないと思うよ?》
「念には念を、ということだ。 オリウスやアイラを追っている奴らのこともあるし……出来うる限り、力はつけておいたほうがいいだろ」
十分だと言うオリウスの言葉をそう恭也は否定し、幻術魔法の訓練を再開する。
そんな恭也にはオリウスも納得しながらも鍛錬マニアとか思いながら呆れるしかなかった。
そもそも、初めて出会ったときから魔法の訓練を始め、今では恭也もデバイスの中に記憶されるほとんどの魔法を使えるようになっていた。
それは苦手だった飛翔魔法や遠距離魔法、最初からある程度出来た幻術魔法などなど。
しかし、それにも関わらず、恭也はまだまだだと言っては大学の講義が無い日に訓練をし、夜などには美由希を先に帰してアイラと軽い模擬戦をする始末。
鍛錬マニアというか……もうこの様子は中毒者というほうがしっくりくるような気さえする。
《はぁ……恭也はこれだし、アイラは相も変わらず寝てるだけだし……暇だなぁ》
夜ならば自分も戦闘に参加して魔法を放つなど出来るため、暇にはならない。
だが、基本的に昼過ぎにやるこれはそうもいかないため、言葉通り基本的にオリウスは暇になってしまう。
しかし、だからといって恭也と共に魔法の訓練をするのも面倒くさいと言って絶対にやろうとはしない。
とまあ結論として、恭也が訓練をしている間は静かに終わるまで待つしかすることはないのだ。
《……zzZ》
そんな中で器用に念話で鼾を掻きながら眠るアイラには、オリウスも正直ムカッとする。
自分がこんなにも暇しているというのに、ただついてくるだけで話し相手にもならず眠りこけている。
そのことにオリウスは苛立ちを隠せず、どうしてくれようかと内心でいろいろな嫌がらせを考える。
しかしまあ、これもいつものことなのだが、嫌がらせが一杯浮かぶためにどれにしようか迷い、結果として実行されることなく時間が過ぎる。
そして結局、オリウスが考えている間に恭也の訓練は終わり、元の宝玉へと戻されてポケットへとしまわれるのだ。
《ふえ、もう訓練終わり?》
「そうだが……まだしていたほうが良かったのか?」
《う、ううん、そういうわけじゃないけど……はぁ、まあいっか、夜の鍛錬のときにでもやれば》
「? よく分からんが……いいんなら帰るぞ?」
《ん、りょうか〜い》
オリウスの呟きに疑問符を浮かべつつも、その言葉を聞くと共に恭也はアイラを抱き上げる。
抱き上げて連れて行かなくても普通に起こせばいいと思うだろうが、残念ながらアイラは熟睡すると並大抵のことでは起きない。
頭を揺すっても、声をかけても、尻尾を掴んでみても……基本的に自身の身の危険でも察知しない限りは起きないのだ。
それはもう長い付き合いになっている恭也も熟知しているため、最初から起こすなどと無駄なことはしないというわけだ。
と、そんなわけで、アイラを抱き上げた状態で恭也は歩き出し、神社裏の山中を後にするのだった。
恒例となっている訓練を終えて家へと戻った恭也だが、正直帰ってもすることはない。
今日は大学も午後の講義は入っていないし、盆栽に関しても手入れというほど手を加える部分はない。
そのため、何もすることがなくなった恭也は現在、自分で入れたお茶を飲みながら縁側に座っていた。
その隣には自室から持ってきた座布団の上にて丸くなるアイラの姿があり、「お爺ちゃん?」とでも言いたくなるような光景が広がっている。
普段から家族に枯れているのどうのと言われてはいたが、アイラが加わったことで更にパワーアップしたようである。
《ねえねえ、恭也》
《ん……なんだ?》
ふと声を掛けてくるオリウスに恭也は同じく念話で返す。
基本的に、恭也は人気のあるところではオリウスやアイラ(子猫形態)に対して念話で返すことにしている。
というのも、石や猫に話しかけている姿を見られたら、可哀想な目で見られかねないからだ。
そんなわけで、今は家に誰もいないと分かっていても、念には念をということで念話にて会話をする。
《なのはについてなんだけどさ……恭也はどう思ってるの?》
《どう、とは?》
《えっと、ほら、いっつも朝早くに起きて外に出掛けてるじゃない? 最近はなくなったみたいだけど、前は夜も出てたし……そこんとこ、恭也はどう思ってるのかなって》
《ふむ……何をしているのかは気になるが、聞いても答えないしな。 まあ、なのはが悪いことをしているとは思えないし、朝早く起きるというのは良いことだから……今のところは見てみぬ振りをしておくさ》
《ふ〜ん……信用してるんだね、なのはのこと》
《妹だからな……》
そう言ってお茶を口にする恭也にオリウスは内心で安著する。
なのはが朝方やっていること……それについて恭也は気づいていないが、オリウスとアイラは気づいている。
というかアイラに至っては、なのはが魔法使いとなってとある事件に関わった現場を密かに見たりもしていた。
だが、その間にアイラは全く手を出そうとはせず、報告もオリウスのみで恭也には伝えようとはしなかった。
その理由は、オリウスとアイラの事情と、なのはが恭也の妹という二つにある。
前者に関しては、アイラが手助けをすれば、あの状況だと必然的に管理局へと自分たちの存在が知れてしまうのだ。
そこからもし自分たちの素性が管理局にバレたとなれば、管理局が自分たちを重要参考人として捕縛しようとする可能性が非常に高い。
オリウスやアイラとて半年近くも過ごしてきた高町家の住人、それも恭也の妹であるなのはを助けたくないわけではない。
だが、それでもこの今の現状を維持するにはそうするしかなく、なのはがどんなに危険な状況でも手助けをすることは出来なかった。
そしてなのはのことを恭也に告げられなかったのも、知れば絶対に助けようとすることが分かっているからだ。
結局、すべては自分たちの事情に関係する勝手な判断であるため、恭也が知れば許してはくれないかもしれない。
それでも、オリウスにとってもアイラにとっても、ようやく手に入れたかもしれない平穏を失いたくはなかった。
《まあ、なのはなら心配ないよね……恭也の妹なんだし》
《ああ、そうだな》
だから、二人はそれを言おうとはしない……出来るなら、これから先も。
それこそが自分たちが身を隠し続け、この平穏を維持するための手段なのだから。
《うにゅ……》
《ん? 起きたのか、アイラ?》
オリウスの会話の切れ目に寝言というには可笑しな声が聞こえてきた。
それに恭也はアイラが起きたのかと思いそちらへと視線を向けると、思ったとおりアイラが目を開けて欠伸をしていた。
《珍しいな……こんな早くに起きるなんて》
《ん〜……まあ、たまにはね。 ところで、何か食べるものないかい?》
《起き抜けで食べ物をねだるなんて、図々しいことこの上ないよね》
《うっさいよ》
オリウスとアイラのいつもの掛け合いに苦笑しつつ、恭也は玉露を置いて台所へと向かう。
その間も床に置かれたオリウスと座布団の上で丸くなるアイラの言い合いは続き、下手すれば本格的な口喧嘩になりかねない雰囲気になる。
だが、その空気もお椀を片手に恭也が台所から戻り、アイラがオリウスに興味をなくしたことで払われることとなった。
《煎餅しかなかったが……これでいいか?》
《煎餅かぁ……ま、夕食前だし、それで我慢しようかな》
《我慢するぐらいなら食べなきゃいいと思うけどね。 ていうか、猫なら猫らしく鼠でも獲って食べればいいじゃん》
《あたしに人間やめろって言うのかい、あんたは……》
《え……アイラって人間だっけ?》
《人間だよ!!》
再び始まろうとする言い合いに恭也はまたも苦笑しつつ、先ほどいた位置に腰掛ける、
そして、持ってきたお椀をアイラの前へと置き、玉露を手にとって口元へと運んでいった。
対して煎餅の入ったお椀が目に前に置かれたことでアイラの興味はそちらへ向き、言い合いはすぐに静まった。
だが、アイラはすぐに煎餅へと飛びつくことはなく、ジッと煎餅の入ったお椀を見詰め始める。
しかしそれも数秒、見詰めるのをやめたかと思うと、アイラは何を思ったのか光を放って人型へと戻った。
「……なんでそっちの姿になるんだ?」
「ん? だって、猫の状態で煎餅なんて食えるわけないじゃないか」
《食べて食べられないことはないと思うけどね〜》
オリウスの言葉を今度は無視し、アイラは座布団の上で胡坐を掻いて煎餅を一枚手に取る。
そして手に取った煎餅を口へと持っていき、バリバリと音を立てて驚きの速度で一枚を胃に収めた。
そのペースを維持するかのように二枚目、三枚目と手に取っては食べていくアイラの表情はどこか幸せそう。
食べることと寝ることが大好きというなんとも自堕落な感じだが、その様子を見ると思わず笑みが浮かんでしまう。
「ん……どうしたんだい? 珍しく笑みなんか浮かべて」
「いや、なんでもない」
「そうは思えないけど……ま、いっか」
食べ物を前にしているときは他に興味がいかないのもアイラらしいと言える部分。
そんなところをまたも目にした恭也は僅かに笑みを深め、再び玉露を口へと運んでいく。
二人がそんな様子の中、アイラ限定で呆れているオリウスはふと何かを思い出したのか、小さく声を上げた後に尋ねる。
《そういえばさ……昨日、病院行かなかったよね、恭也》
「……昨日だったか?」
《昨日だよ。 ていうか、先生にもそう言われてたじゃん》
「そうだったか……すっかり忘れてたな」
《あのねぇ……自分のことなんだからさ、もっとしっかりしようよ。 加速魔法を覚えたから今は神速行使もないけど、いつ使う羽目になるか分かんないんだよ?》
「むぅ……」
こういうことに限って、オリウスは恭也に対して厳しくなる。
というのも、故障持ちというのは戦う者にとって致命的で、それが敗北の要因になることも多々あるからだ。
そのため膝のことを考えて加速魔法を早々に覚えさせ、治療のため病院にちゃんと行くように常日頃から言っている。
だが、元来病院嫌い……というか、フィリスのお仕置きを受けるのが怖くて避けている恭也はそれを全く聞かない。
だからこそ、オリウスはこれに関してのみ厳しくなり、恭也が病院に行かなかった日には説教が繰り広げられるのだ。
《膝に故障持ってるくせに神速使おうとするし、使ったら使ったで病院行けって言ってるのに行かないし……本当に治す気あるの?》
「あ、ああ、それはもちろん……」
《ならなんで……ああ、そういうことね。 つまり、恭也は私みたいなガキンチョの言うことは聞けないわけね》
「いや、そういうわけじゃ……」
《いいのいいの。 どうせ私なんて恭也から見ればガキだし……ていうか、何の変哲もないデバイスでしかないし》
しかも説教が続くかと思えば、突然こんな風に卑屈な物言いになったりもする。
もうこうなると恭也には反論することすら出来ず、ほとんど平謝りで許してもらうというのが毎度になっていた。
そして今日も今日とて変わらず、卑屈になったオリウスに恭也はひたすら謝罪し、許す代わりに今すぐ病院に行こうということになってしまった。
予約は入れていないが、時間的には全然余裕がある……加えて、拒否すればまたオリウスが卑屈な物言いでグチグチ言ってくる。
故に恭也は拒否するに拒否できず、オリウスに急かされながら早々に準備して病院へと向かう羽目になるのだった。
ちなみに、アイラは恭也が準備している間に煎餅を食べ終え、二人が出て行くのを尻目に再び猫に変身して寝に入っていたりした。
あとがき
一章の始まりは特に何も起こらず……。
【咲】 ま、これから起こっていくんでしょうけどね。
そりゃまあ、ねぇ……。
【咲】 にしても、恭也の病院嫌いは相変わらずねぇ……。
というか、病院というよりもフィリスのマッサージを受けたくないんだろうけどね。
【咲】 でもちゃんと効果はあるんだから、行くにこしたことはないでしょうに。
それは本人も思ってるだろうけど……本人の意思に関係なく足は病院から遠ざかるのだよ。
【咲】 難儀ね……ところで、これは時期的にはどの位置にあたるわけ?
ふむ、そうだな……だいたいA‘sの始め、なのはが襲撃される日の昼間辺りのお話かな。
【咲】 ふ〜ん……序章ではPT事件すら起こってなかったから、時間的には結構立ってるわよね。
まあ、半年以上は経っとるわな……正確に言えばもっとだけど。
【咲】 で、次回はなのはが襲撃されて、恭也たちが戦闘に介入?
さて、それはどうだろうね……なのはのピンチだから恭也は介入したがるだろうけど、オリウスとアイラは確実に拒否するだろうし。
【咲】 それは例の追ってきてる奴らに察知されたくないから? それとも管理局が関わる可能性を考えてのこと?
どっちもだな。 追ってきてる奴らに見つかれば最悪、管理局と関わってもいい方向に転ばない可能性大だから。
【咲】 じゃあ、PT事件のときみたいに見てるだけ?
とも言えないかな。 恭也は恭也でそれを承知の上で助けようとするだろうし、オリウスとアイラが考えてることが現実になる可能性だってある。
【咲】 それって、序章の最後に言ってたこと?
そゆこと。 例の奴らが表に出てくれば彼女らも関わらざるを得ない……というか、下手をすると最悪の事態になるしな。
【咲】 ふ〜ん……つまり総合すると、なのはが襲撃を受けるのに関して、三人が介入するかは次回にならないと分からないってことね。
言っちゃえばそういうことだな……と、そんなわけで今回はこの辺で。
【咲】 また次回会いましょうね〜♪
では〜ノシ
ほのぼの〜。平和が一番だよ〜。
美姫 「このまま何事もなく平和が続くと良いわね」
まあ、そろそろ何か起こるようだけれどな。
果たして、どんな展開が待っているのだろうか、
美姫 「とっても気になるわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」