アースラスタッフへの紹介と同時に伝えられた決定は以下の二点だった。
一つは今回の事件の捜査がアースラスタッフのみでの行うことになるということ。
そしてもう一つは、現在アースラが整備中故に使えないので司令部を海鳴に置くということだった。
この決定はアースラスタッフのみならず、なのはやフェイト、ユーノやアルフにも伝えられていなかったため大いに驚いた。
しかし驚きはそれでは留まらず、なんと海鳴に置かれる司令部の場所というのがなのはの家の近くらしいのだ。
これはつまり、なのはにとってはフェイトとご近所さんになれるということであるため、なのはが嬉しがったのは言うまでもない。
それが通達されてからしばし経って現在……
「ふぅ……茶が美味いな」
《……zzZ》
管理局から戻った恭也たちは高町家縁側でまったりとしていた。
素性が分かっても居所が分からないのでどうしようもないのは分かるが、この状況でこれは如何なものか。
何もツッコまずともちゃんと内心でそう思っているオリウスは小さな、とても小さな声のみの溜息をついた。
そんな三人?のまったりとした空気が広がる中、ゆっくりと足音立てずに恭也へと近づいてくる者がいた。
「……どうした、なのは?」
「にゃ!?」
近づいてきた者――なのはは突然声を掛けられたことに驚きの声を上げる。
そもそも驚かそうと思い忍び足で近づいていたのだから、驚いてもそれは無理ないことである。
そしてそれが分かっているからこそ、悪戯心に火がついた恭也はそういった行動に出たのだ。
その結果、なのはは驚きを浮かべた後に僅かに膨れっ面となり、怒ってますといった顔で恭也を睨む。
振り向いた恭也は睨むような顔でもそれが可愛いものに見え、少しだけ苦笑してから素直に謝った。
最初こそは謝られても拗ね顔だったが、謝罪と同時に撫でられたことでなのはの機嫌は直り、続けて近寄った理由を告げた。
なんでも、先日決まった司令部の移動日時が今日ということであり、それにともなって近くのマンションにフェイトたちが引越してくるとのこと。
それになのはは友達であるアリサやすずかを紹介するために行くのだが、恭也たちも一緒に行こうというのが用件だった。
「アリサちゃんやすずかちゃんも久しぶりにお兄ちゃんにも会いたいって言ってたからどうかなって思ったんだけど……駄目?」
「ふむ……講義も今日は入っていないし、断る理由がないから俺は構わないんだが」
《私も暇で暇でしょうがないからどっちかって言うとついていくことに賛成なんだけど……》
妙に歯切れの悪い二人の物言い、そして恭也が向ける視線の先にあるもの。
これによってなのははなぜ二人が断言できないかが分かり、僅かばかり乾いた笑いを浮かべた。
《zzZ……zzZ……》
《ねえ、恭也、なのは。この馬鹿猫……ムカつくからいっぺんシバいちゃっても問題ないよね?》
「止めとけ……事これに関してはアイラに何をしても無駄だから」
「あ、あはは……」
オリウスの苛立ち混じりの言葉に恭也は明確な制止の言葉を掛け、反してなのはは笑うしかなかった。
そんな中でも話題の中心人物は眠り続けており、これを見るとほんと神経が図太いなと思ってしまう。
しかしまあ、時間も迫っているために苛立ってばかりもいられない……そこで、三人はどうしようかと悩んだ。
そして悩んだ結果、置いていくわけにもいかないのでアイラをなのはが抱えて運ぶという形で行くことになった。
これの決定に対して恭也は自分が運ぶと言い、オリウスは尻尾を持って引きずっていけばいいと何気に酷いことも言った。
だが元々アイラ(子猫形態)は人に触られることをなぜか極力避けるため、触ろうとすると逃げてしまう。
故になのははアイラを触ったことがほとんどなく、自分が抱えて連れて行きたいというのが強いために首を横に振った。
《ん〜……アイラを抱えたいっていうのは理解出来ないけど、そこまで言うなら仕方ないかなぁ》
「まあ、別段悪いことでもないしな。ただ、持つのがきつくなったら代わるから、ちゃんと言うんだぞ?」
「うん!」
元気良くなのはは返事を返し、傍で眠るアイラを起こさないように抱きかかえる。
まあ、そんなに慎重にしなくても一度寝たアイラが飯時と緊急時以外で起きるなどありえないのだが。
兎にも角にもそういうわけでマンションへ向かうことが決定した一同は、この後少しして出かけていくのだった。
魔法少女リリカルなのはB.N
【第一章】第九話 平穏の中で…… 前編
アリサとすずかはマンション前合流ということで家から出た一同はまっすぐに目的のマンションへと向かった。
その間で抱きかかえられている故にアイラは多少なりと揺れるのだが、やはりというか起きる気配はない。
それどころかその揺れがますます眠気を誘うかの如く、念話で聞こえる鼾が大きくなる始末。
このことが更なる苛立ちをオリウスに呼び込むのだが、一応常識はあるために昼間の道端で魔法を打ったりはしない。
その代わり、アイラが起きるわけがないと踏んでいるために普段よりも凄まじい罵倒を浴びせ続けてはいたが。
そんなわけでアイラに向けられた罵倒の言葉を耳にしながら、一同は歩いて十数分ほどで目的の場所へと辿り着く。
辿り着いたマンション前にはすでに来ていた二人がおり、その内の片方であるアリサは少し怒ったような顔をしていた。
「おっそ〜い! 待ちくたびれちゃったわよ、なのは。それに恭也さんも」
「ご、ごめんね、アリサちゃん、すずかちゃん」
「ううん、謝らなくても私は別に気にしてないよ、なのはちゃん。それに、私たちが来たのだってついさっきなんだし」
申し訳なさそうな顔をしていたなのはと恭也はすずかの言葉でアリサのほうを見る。
するとアリサは僅かに慌てたように、それでいてバツが悪そうにそっぽを向いて誤魔化した。
それに恭也となのはが少しだけ苦笑をしたところで、アリサとすずかの二人はなのはの抱えるものに気づく。
「あら、アイラじゃない……なんていうか、珍しい光景よね」
「そうだね。アイラちゃんって恭也さん以外だとあまり触らせてくれないからちょっとビックリ……」
「あ、あははは、お兄ちゃんはアイラさ――ちゃんを拾ってきた本人だから懐いてるんじゃないかな、たぶん」
その説明に二人は納得するように頷くが、実際のところは違っていたりする。
アイラが恭也以外の人に触られようとしないのは懐く懐かないの問題ではなく、ただ単にバレるのを避けるためだ。
正直なところ魔導師であろうとなかろうと人間だとバレる可能性は激しく低いと言えるだろう。
しかし、変なところでアイラは念には念を入れる性格であるため、元々正体がバレている恭也以外には極力触らせなかったのだ。
多少触られることを許容するにしてもそれはなのはを含めた恭也の家族だけ……しかしそれでも大概は逃げることのほうが多い。
しかしまあ、今回のことでなのはにも正体はバレてしまったので寝てるときを狙わなくてもアイラはもう避けなかったりする。
「ていうか寝てるのね、アイラ…………今なら、触れるかな?」
「た、たぶん……アイラちゃんって一度寝るとご飯のときとかじゃないと起きないし」
返された言葉に一度だけ頷き、アリサはアイラへと視線を移してゆっくりと手を伸ばす。
起きないと言われていても自然と起こさぬよう慎重に触るかの如く、ゆっくりと……。
そしてその手が遂に頭を垂れているアイラの頭上へと差し掛かろうとしたとき――
――ピクッ
起きないとされていたアイラの耳が、まるでアリサの手の接近を感じ取ったかのように動く。
その矢先にアイラの目が開かれ、一度だけ欠伸をした後にスルリとなのはの腕から抜け出す。
そして抜け出してすぐにアリサとすずかから距離を取るようにマンションの扉前へと移動した。
「起きちゃった……やっぱり恭也さん以外にはどうあっても触られたくないみたいね」
「みたいだね。 うちの猫たちもそうだけど恭也さんってどうしてこんなに好かれるのかな、動物に?」
「優しいってことが分かるからじゃない? ほら、動物って本能でそういったのを感じ取るから」
「あ、そう考えると確かにそうかも……」
アリサの家にいる犬たち、そして月村家にいる猫たち、その両方に恭也は好かれている。
元々道端で会った猫や犬にも擦り寄られることがあるのだが、正直これは恭也の本質が分からなければ疑問符が浮かんでしまう。
だが、アリサもすずかも恭也の優しさというのを知っているため、その理由を思い浮かべると納得してしまう。
ちなみに話題の中心となっている本人は目の前でそう言われ、僅かに照れたように横を向いていたりしていた。
マンション前での会話から少しして、恭也たちは内部へと入っていった。
その際にアリサとすずかはここで待ってもらえるようにお願いしたため、中に入ったのは恭也となのは、アイラとオリウスの四人だけ。
自分たちも一緒に行くとは二人も言ったのだが、表向きな理由として初対面(厳密には違うが)の子がいきなり来て驚かせるのは悪いと言った。
その裏側としては、もしかしたら今回のこと関連で話すことがあるかもということで念には念を入れておいたというわけだ。
「そういえば今更になって思ったんだが、このマンションは動物が入ってもいいのか?」
「ん〜、たぶんいいと思うよ? アルフさんもここに一緒に住むみたいだし」
使い魔であるアルフは基本的に本来の姿である犬の形態を取って過ごしている。
故にそのアルフがこのマンションにて一緒に住むというのならば、当然ペットが許可されているのが分かる。
提示されたアルフという例に恭也は納得とばかりに頷き、再び前へと視線を戻そうとする。
だが、視線を戻すよりも早く足元に何かがぶつかり、前に向けかけた視線をそちらへ移動させた。
《恭也〜、疲れた〜。抱っこしておくれ〜》
向けた視線が捉えたのは横を歩きながら見上げる子猫の視線、同時に聞こえたのはダレた声の念話。
目が捉えた光景とは反する声と内容に恭也は少しだけ呆れ、要求どおりアイラを抱き上げようとする。
しかし、そこで少し考える……ここで要求を飲んでいいのか、甘やかしてもいいのだろうかと。
そもそもこういったことに関してすぐに甘やかすからアイラの怠慢さが一向に直る気配を見せないのではないか。
そう考えると恭也は伸ばそうとした手を止め、そこから少し考えた後に敢えてここは厳しくしようと決める。
《ふえ?》
しかし恭也が決断を言葉にするよりも先に、横から伸ばされた手がアイラを捕獲する。
そしてそのまま掴んだ主――なのはは先ほどと同じようにアイラを抱き上げた。
いきなりの事だったのとなのはが応じるとは思わなかったことにより、彼女は呆けた声を上げてしまう。
だがすぐに状況を理解し、戸惑いと僅かな驚きを浮かべながらなのはの顔を見上げた。
「え、えっと……なのはじゃ駄目、かな?」
《う、ううん、駄目じゃないけど……》
実際正体を知っているなのはが抱いても問題はないため、今だ戸惑いつつもアイラはそう返す。
返ってきた了承の言葉になのはは打って変わって笑みを浮かべ、少し機嫌良さげな様子へとなる。
それを見るとさすがの恭也も考えを口に出来ず、喉元まで出ていた厳しめの言葉を飲み込んだ。
《アイラのどこがいいんだか……可愛い猫なんて他にもいるでしょうに》
先ほどの怠慢さで抱いた苛立ちとアイラを抱えて嬉しそうにしていることへの疑問。
二つが入り混じったような言葉を呟くオリウスに、恭也は気づかれないように苦笑を浮かべる。
まあアイラ本人に関してはともかくとして、猫というのはそれなりに警戒心の強い動物である。
だから今までアイラが避けていたのも懐いてないから、信用してないからというのが理由だとなのはは思っていた。
だが、避けていた本当の理由を聞き、今まで避けられてきたのもあってか触りたい、抱いてみたいという思いが出てきた。
そのため先ほどの行動に出たというわけなのだが、オリウスとしてはやはり疑問に思ってしまうことだった。
本当は人間であること、そして人間としてのアイラの性格等を目の当たりにしてよくそんなこと思えるなぁ、と……。
「〜〜♪」
しかしまあ、なのはのご機嫌な様子を見ると恭也と同様にどうでも良くなってしまう。
性格等がどんなものであれ、なのはが喜ぶのならアイラの怠慢な性格も悪くないかもしれない。
ちょっとだけ認識をそう改めつつ、鼻歌混じりで歩くなのはに苦笑を浮かべ、一同は歩き続けるのだった。
そうこうしている内に一同はようやく目的の場所へと辿り着いた。
マンションの二階に位置する部屋、そこに掛かっているリンディに聞いたのと同一の部屋番号プレート。
それにより一同はここがそうだと確認し、少しだけ間を置いて呼び鈴のボタンを押し込む。
すると小気味良い呼び鈴の音が外まで響き、トタトタと足音が聞こえた後に扉がガチャッと開かれた。
開かれた扉から顔を出したのは、今日からそこの住人の一人となる金髪の少女――フェイトであった。
「いらっしゃい、なのは。それに恭也さんたちも」
「うん! こんにちは、フェイトちゃん!」
言葉にして返したのはなのはだけで他の三人は誰も口は開かなかった。
恭也は軽く頭を下げ、アイラはフェイトの目をジッと見詰め、オリウスに至っては何もなし。
しかし、それは悪気あっての行動ではないということはフェイトにも分かった。
見た感じのイメージ通り……要するにはそういうわけであり、フェイトは僅かな苦笑を浮かべて返す。
そしてその後、一同を部屋の中へと招き入れ、リンディたちのいるところへと案内した。
「あら……いらっしゃい、皆さん」
案内された今の中央にて荷物の整理をしていたリンディは一同に気づくと微笑を浮かべる。
そのリンディの後ろにはフェイトの使い魔である子犬―アルフとフェレットの形態を取ったユーノの両名がいた。
この二人がここにいること……それは今回の事件にもなのはとフェイトのサポートにつくということを示す。
それ故になのはは喜びを表に出して僅かにはしゃぐが、ユーノがいたことに喜ぶのは彼女だけではなかった。
《…………(ニヤリ)》
「ひぃうっ!?」
無言で見詰めつつ妖しげに笑うアイラ、蛇に睨まれた蛙の如く怯えるユーノ。
完全に捕食者と被食者という構図が二人の間に出来上がっていた。
だが、なのは以外の面々には二人の様子(特にユーノ)が理解できず、首を傾げるばかりだった。
「な、なのは、助け――っ」
「にゃぁぁぁぁ!!」
唯一理解しているなのはに助けを求めようとするが、僅かに間に合わず。
なのはの腕より飛び降りたアイラは完全に猫へとなったかのように鳴きながらユーノへと突進する。
途端弾かれたかのようにユーノは逃げ出すが、ここでも間に合わずにあっさりと捕まってしまう。
そしてアイラは捕まえたユーノの体にカプッと噛み付き、なんとも痛ましい悲鳴をユーノは上げた。
ここまでで見ればちょっと行き過ぎたじゃれ合いのようのも見えるが、実際じゃれ合いなどでは断じてない。
その証拠に――
「痛い痛いっ! 牙が、牙が食い込んでるから!!」
逃れるためにバタバタと暴れながら悲痛な悲鳴を叫び続けている。
これにはさすがの一同もじゃれ合いとは取れず、即座に二人を引き離しに掛かった。
《うにゃ〜! 食〜わ〜せ〜ろ〜!!》
「……なんというか、完全に猫だな」
《まあ、猫として送ってきた生活も長かったから、動物の捕食本能みたいなのが出来ちゃったんじゃない? もしかしたら前に追っかけてたのも、ただ面白いからじゃなかったのかもね、これ見ると》
以前のアイラとオリウスの会話にあった人間捨ててるというのは、あながち間違っていないかもしれない。
自身の腕の中で今だ暴れ続けるアイラを見ると、恭也はどうしてもそう思ってしまって仕方なかった。
反対にアイラから引き剥がされたおかげで助かったユーノは、若干涙混じりになぜかアルフの後ろに隠れていた。
「あ、あの、恭也さん……アイラって、いつもあんな感じなんですか?」
「いや、いつもはもっと落ち着いている……というかだらけているんだが」
アイラの普段を見たことがない面々、その中の一人であるフェイトが困惑気味に尋ねる。
そしてその質問に対して返ってきた言葉に困惑の色は更に深まり、恭也の腕にいるアイラへと視線を向ける。
落ち着く様子もなく、腕から抜け出ようと暴れる……発する言葉からしても完全に我を失っていた。
この様子と管理局で話すところを見たときのマトモぶりを比べるとどうしても同一人物とは思えない。
だからこそフェイトは困惑の色を顔から消せず、リンディたちもアイラの様子を呆然と眺めるしかなかった。
同時刻、海鳴市にある商店街の路上を一人の少女が歩いていた。
綺麗なほど蒼い髪と黒い瞳、フリフリのついた黒いドレスっぽい服、そしてそれとは対照的な白い靴。
見た感じの年齢にして十歳前後と見えるこの少女――シェリスは格好等で非常に目立つ。
それもそうだろう……格好や容姿から見るだけでもどこぞのお嬢様という感じにしか周りには映らない。
故にチラチラと多数の視線が向けられるのだが、シェリス自身はその視線を全く気になどしていなかった。
というのもこの商店街に来た理由に関してのみ頭が一杯であり、他のことを気にする余裕などありはしないのだ。
その理由とは、甘味ものを売っている店を探しているというとても女の子らしい理由であった。
しかし理由だけ聞けばそうとも取れるのだが、別段シェリスが甘い物に目がないというわけではない。
無論シェリスも甘いものが好きなことには好きなのだが、昼間っから街を目立つ格好でウロウロしてまで欲しいとは思わない。
ならなぜ現在シェリスがそういった行動を取っているというのか……それは先日出会った少女――はやてが主な理由であった。
はやてと初めて会った日、父に友達が出来たと自慢した日、シェリスはもう一度だけ海鳴に赴いてはやての住む場所を探した。
折角友達になったのだからはやてといつでも会えるように……そう考えてシェリスは魔力を辿って捜索し、特に時間も掛けずに見つけ出した。
しかし、見つけたその日は出向くことはなく、出向くのならお土産を持っていったほうがはやても喜ぶと考えて次の日に回した。
そして当日再び海鳴へと赴いたシェリスはそこで考えた……お土産と言っても、一体何を持っていけばいいのかと。
どうせ持っていくのなら喜ばれる物がいい、そう思って考えつつ商店街へと辿り着いたとき、シェリスはパッとそれが頭に浮かんだ。
――自分は甘いものが好きだから、はやてもきっとそうに違いない。
ちょっと自己中的な考えではあるが、概ね間違ってはいないだろう。
女の子は甘いもの好きという考えは絶対とは言えないにしても、大半はそうであると言える。
だからこそシェリスはその考えに至るや否や、甘いものを売っている店を探すために商店街を歩き回っているのだ。
しかし、元々この商店街にあまり来ることがないシェリスはどこにそれが売っているのかを全く知らない。
だったら先日行ったスーパーでお菓子なり何なり買えばいいとも思うが、シェリス自身それでは満足できない。
どうせだからそんなものよりもずっと美味しいものを……そう思うからこそ、慣れない商店街を探し回っているのだ。
「うにゅ……お腹空いたよ〜」
だが探しても見つからず昼時へと差し掛かったことでシェリスは空腹にお腹を擦りだす。
仕舞いにはへたり込んでしまいそうなほど表情を沈ませて、それでも歩き続けながら空腹を訴える。
だけどそれに返すものはおらず、寂しさも感じたのか次第に沈んだ表情が泣いてしまいそうなほどになってしまう。
しかし、完全に表情が変わって目線から涙が出てくるよりも早く、それをシェリスの鼻は嗅ぎ取った。
「……にゃ?」
微かではあるが、探し求めた物だと感じさせる甘いものの匂い。
それを嗅ぎ取ったシェリスは確認するようにクンクンと犬のように嗅ぎ、後に一転して満面の笑みとなる。
そして笑みを浮かべると共に駆け出して匂いのする方向へと向かい、程なくして匂いの元へと辿り着く。
――喫茶翠屋
それが辿り着いた店の名前であり、シェリスの嗅ぎつけた匂いを発している場所だった。
ガラス張りの壁から内部を覗き込むと、昼時ということもあってか非常に込み合っている。
しかし、シェリスからしたらそこはどうでもよく、代わりに目がいったのは入り口前に飾られるものだった。
――本日のお勧めメニュー
飾られるケースの外にはそう張り出してあり、中にはメニューの見本が飾られている。
見本を見た感じ非常に美味しそうに見えるのは、やはりお勧めするだけのことはあるのだろう。
そう見えてしまうのはシェリスとて例外ではなく、張り付くかのようにケースを凝視する。
「……じゅる」
凝視しながら思わず出てしまった涎を飲み込む。
女の子としては少しはしたないが、空腹が先立っているのだから仕方ないと言える。
だが、凝視しているだけでは当然腹が満たされることなどないため、シェリスはしばししてようやくケースから離れる。
そしてシェリスの中では見本を見ただけで決定事項となってしまったのか、迷うことなく扉に手を掛けた。
扉が開くと同時にカランカランと鈴が鳴り響き、それに反応した店員が少し慌て気味で駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ! えっと、一名様でよろしいですか?」
駆け寄った店員はシェリスを見るとすぐに連れは誰もいないのかを確認しだした。
まあ、全くないというわけではないが、シェリスぐらいの子供が一人で店に来るのは珍しい。
故に保護者等がいないのかを目で確認した後、再度口で本人に直接確認をした。
するとシェリスはコクコクと頷いて一人であることを示すと店員はちょっとだけ驚きを示した。
しかし込み合っている現状でそのままというわけにもいかず、一人であるということからすぐにカウンター席へと案内した。
「では、ご注文がお決まりになりましたら――」
「お店の前にあったあれが食べたいの!」
「――かしこまりました。セットのお飲み物はコーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
言葉を遮って告げられたことに店員は少し呆然とするも、すぐに気を持ち直してそれを尋ねる。
しかし、続けて聞かれたことにシェリスはすぐには返せず、頭に疑問符を浮かべて店員を見る。
「コーヒーと紅茶ってどんなジュースなの?」
「え、えっと、これらはジュースじゃなくてですね……」
コーヒーと紅茶をジュースと称すシェリスに店員は困惑気味に訂正をする。
だが、訂正するのはいいがコーヒーと紅茶とどういった飲み物と言えばいいか悩んでしまう。
それも仕方の無いことだろう……基本的に、コーヒーや紅茶を知らない人などこの店にはほぼ来ない。
というのも、翠屋はシュークリームだけでなく、コーヒーや紅茶を求めてやってくる人も多いのだ。
だからまさかその二つを知らない人が来るなど予想しないため、どう説明するかなど教えてもらってはいない。
加えて相手は幼い少女……豆がどうのとか説明しても理解出来るとはどうしても思えなかった。
「んっと……しょ、少々お待ちください」
結果、純粋に答えを求めてくる視線に耐えられず、助けを求めるべく奥へと向かっていった。
そして店員が引っ込んでから程なくして、先ほどの店員とは違った一人の女性が顔を出した。
「こんにちは。この店の店長をしてます、高町桃子と言います」
「にゃ、こんにちは〜。シェリスはね、シェリスって言うの〜」
「ふふ、いいお名前ね。それで、シェリスちゃんはコーヒーと紅茶がどういうお飲み物かが知りたいのよね?」
無邪気な笑みと共に名乗ってくるシェリスに桃子も微笑を浮かべ、口調もどこか砕けた感じになる。
そして確認のするように口にした言葉へシェリスが頷いたのを見て、桃子はそれを説明しだした。
といっても口だけで説明してもこのくらいの少女には分からないだろうと踏んで、実際に作りながらの説明である。
こうすれば味は分からなくともどんな飲み物なのかはシェリスのような小さな子でも分かるだろう。
そう考えて行った説明はやはり意図通り伝わり、シェリスは二つがどんな飲み物なのかは納得してくれた。
しかし、どんな飲み物なのかは理解しても――
「うにゅ……どっちのお飲み物が美味しいの?」
結局はその疑問に辿り着くため、これには桃子も少しだけ困ってしまう。
実際これに関しては好みというものがあり、どっちが美味しいかというのは明確には言えない。
かといってここでそう言うだけでは目の前の少女が納得するとは思えず、しょうがないかと思いつつその行動に出た。
「う〜ん、じゃあ試しに一口だけ飲んでみる? どっちが美味しいかは人によるから」
「にゃ、飲む〜♪」
本来ならば経営者としてこういったことをするのはあまりよろしくはない。
だが、客に店のものを理解してもらうというのも大事であるため、試飲してもらうことにした。
これにシェリスはどこか嬉しそうに返事をし、差し出された二つのカップを受け取る。
そしてそれらに交互で口をつけるが、口をつけた瞬間に浮かべた笑みが一気に消え去った。
変わりに浮かぶのは、コーヒーの苦味と紅茶の渋みにより顰められた顔であった。
「どうかしら?」
「どっちも美味しくないの……」
子供故のとても素直な感想に桃子は僅かばかりの苦笑を浮かべた。
そもそも桃子は予想していたのだ……シェリスのような少女がこの苦味と渋みを好むとは思えないと。
だとするとシェリスにこの二つの内のどちらかを選ばせるのは正直酷というものである。
「じゃあ、シェリスちゃんはどっちも駄目みたいだし、セットの飲み物はジュースにしちゃいましょっか?」
口の中の苦味と渋みがまだ取れないのか、顔を顰めながらコクコクと頷く。
それに桃子はもう一度だけ苦笑した後、承った注文を用意するべく調理場へと戻っていった。
桃子が調理場に戻ってからしばしして、注文の品が店員によって運ばれた。
ナポリタンとサンドイッチ、そしてオレンジジュース……若干多めだが、空腹の少女には十分な量。
しかし、表で見たものと比べると運ばれてきたそのセットの中には一つだけ足りないものがあった。
そしてそれはこのセットを頼んだシェリスのお目当てと言えるものでもあり、当然不思議そうに運んできた店員に尋ねた。
「? シュークリームがないよ?」
甘味ものを求めて商店街を彷徨い、見つけた店の見本にてシェリスが特に惹かれたもの。
それがまさしく翠屋のシュークリームのことであり、それがないことには不思議に思っても仕方がない。
シェリスがこういったことを聞いてくるかもと前もって桃子に聞いていたため、店員の対応はとてもスムーズだった。
店員の語るによるとシュークリームはセットのデザートに部類するため、基本的には食後に客の判断で持ってこられるのだ。
その説明を聞いてシェリスも納得したのかコクンと頷き、店員はそれを見た後にシェリスの元を離れた。
店員が去っていったのを見てシェリスは今一度それと向き合い、フォークを手に持ってナポリタンを食べ始めた。
「にゃ〜……美味しいの♪」
食べながらそう言ったりするが食べる速度に衰えはなく、ナポリタンをあっという間に食べ終えてしまう。
そして次に取り掛かったサンドイッチも一切れを三口ほどで食べるほどの勢いで食べていくシェリス。
それを見る限りだと本当にお腹が空いていたのだろうということが容易に理解できる光景だった。
続けて取り掛かったサンドイッチも食べ終えたシェリスはジュースを飲み干し、キョロキョロと周りに視線を巡らせる。
その巡る視線が店員と合ったとき、店員はシェリスの視線が示すことを読み取ってゆっくりと歩み寄った。
「どうかなさいましたか?」
「にゃ……シュークリームが欲しいの」
「えっと、セットのシュークリームですね? お持ちいたしますので、少々お待ちください」
シェリスの注文を承り、店員はすぐにそれを用意し始める。
まあ用意といっても、実際はショーケースの中からシュークリームを一つ取り出して小皿に乗せるだけ。
実に簡単なことであるため終えるのも早く、注文したものはすぐにシェリスの前へと出された。
運んだ店員が一礼してから下がるのを見るとシェリスは僅かに目を輝かせてそれを手に取り、パクッとかぶりつく。
一口食べてからはもう、まるで焦っているかの如くパクパクと食べ続け、程なくして一つを食べ終えてしまう。
食べ終えた後のシェリスの表情はとても幸せそうであり、シュークリームの味に満足したようにも見えた。
その後シェリスはしばし食べ終えた余韻に浸るが、そもそもここに来た用件を思い出してすぐに席を立つ。
そして席を立ってからすぐにショーケース前へと向かい、ガラス張りの奥に見える数々の甘味ものを前に視線を巡らせる。
しかし、シェリスの中では何を土産にするかはもう決まっているため、それに視線がいくと同時に伝票を持ってレジのほうへと向かった。
「シュークリームが三つくらい欲しいの!」
「え? あ、お持ち帰りでということですね。少々お待ちください」
差し出された伝票を受け取って会計を始めようとした矢先、シェリスにそう言われて一瞬呆ける。
だがすぐに意図を理解し、少し待つよう願ってからショーケースのところへと向かった。
向かったショーケース前にて中からシュークリームを言われた数ほど取り出し、お持ち帰り用の箱の中に入れる。
そして言われた個数を入れ終えると蓋を閉じ、それを持ってレジへと戻って会計を始めた。
「えっと、お勧めセットが一点、テイクアウトでシュークリームが三点で……合計、千三百円になります」
「にゃ、じゃあこれでお願いするの」
提示された金額を聞いた後、シェリスはポケットから五千円札を一枚取り出して差し出す。
このくらいの子供にしては少し大きい金額であるが、シェリスにとってこのくらいの金額を持つことはよくあること。
というのも、父親が非常に過保護であるため、今回のようなことの際には必ず必要ないほどの金額を持たせるのだ。
それが今まで続いてきたためか子供でもこのくらい持つのが普通の認識し、疑念すら浮かぶことがなくなっている。
「と、五千円からお預かりして……三千七百円のお返しとなります」
そんなシェリス側の事情など知りもしない店員からしたら少し不思議に思っても不思議ないこと。
だが、不思議に思っていても聞くなどは出来ないため、店員は差し出された五千円を受け取ってレジを打つ。
そしてお釣りとなるお札と硬貨を受け渡し、シュークリームの入った箱を渡してありがとうございましたと一礼をする。
それをシェリスは箱を受け取りつつ見た後、再びカランカランと鈴を鳴り響かせて扉を潜り、外へと出た。
「ん〜……美味しかったね、アリウス♪」
《What I am not eating and not even the master is speaking so.》
店先で満足そうに口にされた言葉にアリウスは律儀にそう返す。
その返しにシェリスは満足したように笑みを浮かべ、手に持つ箱を一度だけ目の前で眺める。
そして浮かべた笑みを満面のものへと変え、次の目的となるべき場所へと向けて歩き出すのだった。
あとがき
ふむ、今回は非常に長くなった気がするな。
【咲】 というか、ほんと久々にって感じよね。
だな。 ていうか、これでもまだ前編だしなぁ……。
【咲】 なんで日常っぽい話が他のよりも多くなるんだか。
いや、事件を進めるに連れて重要になる部分を組み込むという形でやったらこんなになった。
【咲】 ? でも、それっぽいところは全くなかったわよね?
だから、その重要になる部分を話すまでの成り行きを前編でということだよ。
【咲】 ああ、なるほどね……でも、どうにかしたら一本に纏められたんじゃない?
いや〜、俺の技量では到底無理だ。
【咲】 納得ね。
そこは納得しないで欲しかった……orz
【咲】 (無視)ま、とりあえずは成り行きを今回やったわけだけど、翠屋を出す意味あった?
なくはないな。 これはまだかなり先のほうになるんだが、シェリスが関わるのに必要になってくる。
【咲】 それはこの章で?
んにゃ、この章ではないな。たぶん二章の後半……もしくはそれよりも後だな。
【咲】 本当にまだまだ先の話ねぇ。
ま、それまで気長にお待ちくださいということだな。
【咲】 そうね。で、次回はこの話の続きということだけど、はやて再登場?
そうなるな。むしろはやてだけじゃなくて、シャマルを含めたヴォルケンの一同とシェリスが対面する。
【咲】 果たしてどうなるのやら、って感じね。
まあ、な。シャマルはシェリスのことを知っているからいいとしても、残りの三人は知らないわけだし。
【咲】 まあ、次回をお楽しみにってことになるわね、いつも通り。
そういうことだな。じゃ、今回はこの辺にて!!
【咲】 また次回も見てね〜♪
では〜ノシ
いやー、シェリスで思わず和んでしまった。
美姫 「本当よね〜。今回は前半も日常という感じで、全体的にほのぼのしたわね」
うんうん。ずっとこんな感じで進む訳じゃないけれど、こういうのは良いな。
美姫 「そうね。さて、次回はいよいよご対面かしら」
さてさて、どうなるかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
待ってます!