グレアムやリンディが訪れた日から数日後。

アイラはエティーナに押し切られ、二人で買い物に出掛けていた。

理由は先日の話にあった通り、アイラに似合うアクセサリーでも見に行こうというもの。

そしてそれに加え、施設において彼女の着る服が少ないという事から、服を何着か買おうという理由であった。

最初こそアイラは遠慮をして行こうとしなかったのだが、エティーナの涙目のお願いには敵わなかった。

ちなみにその様子を見ていたジェドが、どちらが年上やらと思っていたりいなかったり。

とまあそんなわけで現在、彼女はエティーナと共にミッドチルダ中央区画に位置する首都クラナガンのデパートに来ていた。

 

「ん〜、これも……あ、これも似合いそうかも」

 

「そんなにいらないって……二、三着ぐらいで十分だろ」

 

「ダ〜メ。アイラはすぐ汚しちゃうんだから、なるべく多めに買っておいたほうがいいの♪」

 

洋服売り場にて多くの服に目移りしながら何着も服を手に取っていくエティーナ。

そんな様子に呆れ気味で突っ込みを入れるが、彼女には一切効かず未だ選び続けている。

しかもよく汚すから多く買うと言ってはいるが、様子から理由が別にあるというのは間違いない。

だがそれが分かったところで聞く耳持たない彼女に何言っても無駄というのも先ので明らかな事だ。

故にアイラは頭の後ろで腕を組んでただ見ているだけであった。

 

「あとこれ、これと……うん、こんなものでいいかな」

 

「やっと終わったか……んじゃ、会計に――」

 

「さ、早速試着しに行こっか♪」

 

「……はい? ってこら、どこ連れてく気だ!? は、離せーー!!」

 

何着あるのか分からない服を手に持ちながら、反対の手でアイラを試着室へと引きずっていく。

対してアイラは何とか逃れようと抵抗するが、いつもながら彼女のほうが力強いため無駄となる。

そんな二人を周りの客やらが多種多様な視線を向けているが、もちろん本人らは気づく節もない。

そうして結果として試着室に連れて行かれたアイラは、この後一時間近く着せ替え人形と化すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第六話 平穏を脅かす殺戮の使者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着せ替えから一時間、ようやく開放されたアイラは少しゲッソリ気味だった。

だがそれも仕方ないと言えば仕方ない。そもそも彼女は一般の女性と違って衣服に拘らないのだ。

故に試着などしなくてもいいという考えだったのだが、反してエティーナは衣服には十分拘る。

しかも自分ではなく他人のものに対して。故に当然、選んだ服も全部着てもらった。

その中にはもちろん女の子な格好を意識したスカートも多くあり、それがアイラを多大に悩ませたのだ。

そういうわけでスカートなどほぼ履いたことがない彼女は恥ずかしさ満点の状況を味わい、現在ゲッソリというわけである。

対して着せ替えを終え、中から何着かを購入し終えて洋服売り場を出た後のエティーナは非常にご機嫌であった。

 

「〜〜♪」

 

「はぁ……」

 

本当に相反した二人だという感じがヒシヒシとする様子で歩くアイラとエティーナ。

そして次なる目的地としている場所が、アイラをまた若干欝気味にしていたりもする。

 

「なぁ、もう帰ろうぜ……アタシ、アクセサリーとかいらねえからさぁ」

 

「ダメダメ♪ 折角可愛らしい服も買ったんだから、どうせならそれに合うアクセサリーも買わなきゃ♪」

 

「はぁ……」

 

そもそも最初の目的がアクセサリーであったはずなのだが、目的の順序が彼女の中で入れ代わっていた。

その事に対してもこの後あるであろうアクセサリー選びに対しても、彼女を若干鬱にするには十分だった。

だけどそれを正直にいってエティーナにまた涙目になられるのも嫌であるが故、言えずに従うしかなかった。

と、そんなガッカリ気味な様子で肩を落しながら歩く中、彼女はエティーナの持つ袋にふと目を向けた。

そして気づく……自分の衣服を買っただけにしては、彼女の持つ買い物袋が一つ多いという事に。

 

「なあなあ……その手に持ってる袋ってさ、何が入ってんだ?」

 

「? アイラの服だよ?」

 

「いや、そっちじゃなくて、もう片方の方だよ」

 

「ああ、こっち? こっちは私のだよ。アイラの服を選ぶ合間で選んだんだけど、気づかなかった?」

 

アイラとてずっと集中して見てたわけでは無い故、その問いには小さく頷いて返す。

するとエティーナは苦笑しながらそっかと返し、どんなものかを見せようと袋をアイラに手渡す。

手渡された袋の重みからして二着か三着程度、その中の一着をアイラは引っ張り出して軽く広げてみる。

本来ならデパート内の通路で買った品を広げるのはあまりいただけない行動。

だが、そんなに人目も無いのに加えてすぐに彼女は袋に戻した故、別に咎めはしなかった。

 

「ふぇ? これって……マタニティドレスとかいうやつじゃないか?」

 

「うん。そろそろお腹も大きくなってきた感じがするし、必要になるかなって」

 

返ってきた言葉にアイラは唖然とし、驚きの余りに目をパチクリとさせる。

その数秒後、我に返った彼女は驚きを叫びに表そうとするが、声になる前にエティーナに口を塞がれた。

さすがにここで叫ばれるのは周りの人に迷惑になるし、何より自分たちが恥ずかしい目に合うからという配慮。

それを察してか、驚きは収まらないながらも若干の落ち着きを見せ、それを見たエティーナは口から手を離した。

 

「い、一体いつからそんな事になってたんだよ。つうか、何で黙ってたんだ?」

 

「んっと、別に黙ってるつもりはなかったんだけど……何ていうか、言うタイミングがなくて」

 

「……まあ、別にいいけどさ。で、相手は誰なんだ? あの施設の誰かか?」

 

「ふふ、アイラも良く知ってる人だよ?」

 

苦笑しながらそう言ってくる彼女に、アイラは疑問符を浮かべながら考え込む。

施設の人間はある程度会っているから知ってはいるが、良くとつくまで会った人はほぼいない。

だから答えが出てこず悩みに悩む。そんな彼女を見かねてか、エティーナはまたも苦笑しながら答えを告げた。

 

「答えはね〜……あの研究所の責任者さんだよ♪」

 

「あそこの、責任者? それってもしかして……ジェ、ジェドの事?」

 

「うん♪ これは研究所の皆がもう知ってる事だけど、私たちって付き合ってるから♪」

 

「え、え、えええむぐっ!?」

 

またも叫ぼうとするアイラの口を叫び始めで何とか塞ぐエティーナ。

だが微妙に叫ばれたためか人の視線がある程度集中したため、エティーナはそのまま場所を移した。

そして先ほど居た場所とは別の場所にて足を止めると、アイラの口を塞いでいた手を離す。

するとアイラは若干苦しかったのか僅かに荒い呼吸をしていたため、その事に関しては謝罪を口にした。

しかしまあ、謝罪されるほど気にもしてない故か、そこには何も言わず先の内容について問いただそうとする。

だが、今度は口を塞ぐわけではなく、彼女の口元に人差し指の先を当ててエティーナは彼女の言葉を制する。

 

「聞きたい事もあるだろうけど、まずはお買い物を済ませてしまわない? ほら、ここだとさっきみたいに人目が集中しちゃうかもしれないし」

 

彼女が告げた言葉に軽く視線をキョロキョロとさせてみると、確かにデパート故に人が多い。

それ故に人目が集中するかもという彼女の理由にも頷け、アイラは分かったと頷いて返した。

ただその際にその代わりに帰ったら必ず詳しく聞かせてもらうと念を押すように約束を持ちかける。

それに対してエティーナは苦笑しながら了承し、二人は次なる売り場へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

洋服売り場の次に訪れたアクセサリー売り場では、またいろいろと疲れる事があった。

そもそも露天商でもないデパートなどのアクセサリーと言えば、大半が中々値の張る物ばかり。

加えて指輪と言えど非常に派手なのも多く、そんなものはアイラとしては勘弁してくれな感じであった。

しかしそれと反してエティーナはウキウキ気分でアイラを連れて見て回り、いろいろと勧めてくる。

施設の財政とかは知らないがさすがに値が張り過ぎるためアイラは遠慮をするも、ならばこれはと次々進めてくる。

しかもその全てがピンポイントで狙ったかのように派手な物。これには服のとき同様、アイラも困り果てていた。

そうして結局、勧めてくる物を全部断り、時間も遅いからという事でアクセサリー購入は一旦の所お流れとなる。

だが、売り場を去るときのエティーナの様子を見る限り、全然諦めてないという事が分かる故、それがアイラを更に鬱にした。

とまあそんなこんなで大体の買い物を終え、二人はデパートを後にして帰路の途中となる山中を歩いていた。

中央区画の首都クラナガンから東部となる山中手前までは交通手段もあるが、さすがに山の中は歩かなくてはならない。

更に衣服とアクセサリーを買いに行っただけとはいえ、存外に時間を掛けたためか日も沈みかけていた。

それが理由か、足元も危ないからとアイラの手には半ば強引に奪った買い物袋の全てが握られていた。

 

「大丈夫? やっぱり私が持とうか?」

 

「だ、大丈夫だって。これくらい、持てるよ」

 

エティーナが心配してしまうほど、買い物袋を持つ彼女の足取りはフラフラ気味。

それもそうだろう。服一着は大した重さではないが、それは何着も詰めればさすがに中々の重さとなる。

それをまだ十歳程度の子供が持とうと言うのだから、足取りがフラフラしても仕方ないというわけである。

だが、彼女の心配も持ち前の強がりで跳ね除け、自分が持つと言い張り手渡そうとはしない。

微笑ましい様子ではあるが、そもそも足元も危ないというのは彼女とて同じなのだから心配が晴れる事はなかった。

 

「でも……――――っ!?」

 

心配の言葉を跳ね除けられてもやはり心配故、彼女は再び声を掛けようとする。

しかしその瞬間、心配そうだった彼女の表情は一変し、視線はアイラから道の先へと向けられる

それと同時に彼女が足を止めた事でアイラも同じく足を止め、どうしたのかとエティーナの顔を見る。

そのとき見た彼女の表情が今まで見た事がないほど怖い感じがし、アイラは何か怒らせるような事をしたのかと悩む。

だがその途端、エティーナの視線の先にてガササッと音が立ち、アイラはビクッと身体を震わせてそちらを見る。

 

「…………」

 

先の草むらから音を立てて現れたのは、赤色と黒色の入り混じった短髪の男性。

着ている服もベルトのようなものが両腕に三つずつ巻かれる黒の長袖、そして同色の長ズボン。

加えて両手に同色のグローブを嵌め、右目には少し奇妙な模様をした眼帯をしている。

格好からしても明らかに不審者という雰囲気を醸し出す目の前の男に、アイラは怯えの感情を走らせる。

それは彼から向けられる視線によるもの。まるで獲物を見つけたというような、無言だけど歓喜するような目。

強気な性格をしていてもそんな視線を前にしては怯えるしか出来ず、蛇に睨まれた蛙のように立ち竦む。

そんな彼女を気遣ってか、エティーナは視線から遮るようにアイラの前に立ち、静かに彼へと問う。

 

「貴方が、最近管理局を悩ませてる……通り魔、ですね?」

 

「…………」

 

問いに対してアイラは驚きの顔でエティーナを後ろから見上げ、問いを向けられた男は無言のまま。

だが、視線を僅かに外して悩むような仕草を見せる辺り、ちゃんと聞いてはいるのが分かる。

故に彼女は男の返答をしばし待つが、悩む仕草を収めて再度目を向ける彼の口からは曖昧な言葉が返ってきた。

 

「だったら……どうするんだ?」

 

返ってきた低めの声と先ほどと同様の視線。それはまるで彼女を挑発してる様だった。

しかしそんな挑発に乗るほどエティーナは短気ではないため、至極冷静に彼へと返す。

 

「そうだとしたら残念ですけど、管理局に突き出させてもらいます」

 

その言葉に男は何がおかしいのか狂ったように、だけど声を殺して笑う。

それがアイラに更なる恐怖を齎し、知らず知らずの内にエティーナの服をギュッと掴ませる。

そんな彼女を安心させるようにエティーナは右手で撫でるも、男から視線を外す事はなかった。

対して男は笑いを納めると視線を再び向け直し、上半身を僅かに低くして猫背の体勢を作る。

 

「いいぜぇ……その目、その冷静な態度。今までにねぇ反応だ……久々に楽しめそうな狩りになりそうだぜぇ」

 

「ではやはり、貴方が今まで多くの人を殺めた通り魔という事ですね?」

 

「ああ、そうだ……全部俺が殺ったぁ。だがどれも楽しめなかったぜ……大概はテメエと違って、怯えて逃げる野郎ばかりだったからなぁ」

 

「そうですか……」

 

ただそれだけ返すとエティーナは、小さな声でアイラに少し離れるよう指示する。

指示された言葉にアイラは心配そうな顔を向けるが、自分では足手纏いになるという事も分かっていた。

目の前の男はおかしな感じではあるが、今まで管理局の捜査網を掻い潜って人殺しを重ねた男。

普通であるはずがない。そこが理解出来るからこそ、アイラはエティーナの指示に従って更に後ろへと距離を置いた。

それをエティーナは目で確認する事もなく、彼女が動いたと同時に自身のデバイスたる二つの蒼い宝玉を取り出して展開する。

 

「かっかっかっ……テメエも殺る気満々ってか。だがそうじゃなくちゃ面白くねえぇ……いいぜ、来いよぉ!」

 

「…………」

 

デバイスを展開して見せても男の様子は変わらず、それどころかより殺気を強めるに至る。

明らかに戦う事を、人を殺す事を楽しんでいる。様子からはそう窺え、表面上は冷静ながらも内に怒りが灯る。

だが、反して戦う事への不安感も彼女にはあった。そもそも、今の彼女は戦う事などするべきではないのだ。

お腹に新たな命を宿している。そんな状態で戦えば、下手をすると生まれる事なくその子を殺してしまうかもしれない。

だけど、ここで戦わずに逃げても男は必ず追ってくる。加えて、アイラの両親を殺した男を前に逃げるなど彼女には出来なかった。

 

(距離を置いて戦えば問題ない……かな)

 

だから逃げるという選択肢は取らず、あくまで戦う方面で思考を巡らせる。

その間の時間およそ十秒弱。巡らせた思考を纏めると彼女は右手の剣の切っ先を男へと向ける。

瞬間、魔法陣が彼女の足元に展開し、彼女の周囲に蒼の魔力刃が今にも放たれそうな状態で顕現した。

 

《Euryutosu!》

 

デバイスの音声と共に顕現した刃は一斉に放たれ、一直線に男へと向かっていく。

だが、エティーナとしても分かっていた。この初撃はおそらく、何の問題なしに避けられるだろうと。

しかし、これだけの数の刃を避けるには行動が限られる。右か左か、どっちかに大きく跳ぶぐらいしかない。

行動が読めれば次なる手、次なる手と追い詰めていけば自身のペースに嵌める事が可能。

故にあくまでこの初撃はペースを掴むための伏線。だから避けられる事も十分に分かっていた。

 

「はっ! 甘えよ!!」

 

だが男の取った行動は彼女の予測の範囲を大きく超えていた。

数にして二十弱。それだけの数の刃を左右に大きく跳んで避けるのではなく、最小限の動きで避けている。

しかも、全ての軌道を初見で読みきっているかの如く、避けながら男は彼女へと向かってくるのだ。

刃の飛来速度が遅いわけではない。なのに捉えられないのは、男の動きが速すぎるという理由。

その速度は常人では出せない速度。それを考えると何かしらの身体能力向上系の魔法を使っているという可能性が浮かぶ。

しかし、見たところ男はデバイスを持っている様子はない。魔法を発動するための術式も展開した様子すらない。

無詠唱で術式も展開せず魔法を行使するなど、高位魔導師でも難しい部類に位置する技術だ。

でも、難しいからと言ってこれが目の前の男の持ち前の身体能力だとは考えられないのも事実であった。

 

「くっ、アリウス!」

 

Grimgerde》

 

考えたところで答えが見つかるわけじゃない。だからこそ、彼女は目の前の事態を優先した。

このまま向かってこられれば自ずと接近戦に持ち込まれる。それだけは彼女としても避けたかった。

故に彼女はアリウスの名を叫ぶと共に杖の先を彼に向け、高濃度の魔力を集束させる。

時間からしてそこまで多くは集束できない。だけど、動きを止めるだけというなら十分な魔力量。

それを集束させた瞬間、音声と同時に集束した魔力は閃光となって放たれ、真っ直ぐに彼へと向かう。

 

 

「へっ、甘えっつってんだろうが!!」

 

――だが、男は刃の包囲を抜けながらそれさえも軽々と避けた。

 

 

「っ!?」

 

放たれた閃光に対して身体を大きく捻る事で避け、反動を利用して木の側面に足をつく。

そして足をついたと同時に木を蹴り、凄まじいスピードで彼女へと迫ってくる。

刃と閃光の包囲網も抜けられ、新たな障害を作るほど時間もない。故にエティーナは杖の先端を向け直して障壁を張る。

その障壁に対して男は至近まで寄ると怒声と共に拳をぶつけ、凄まじいほどの火花を散らせる。

しかし、障壁を殴っているというのに男の拳は魔力の保護を一切していない。素の拳で障壁を貫こうとしている。

本来ならばそんな事をする輩などいない。拳で障壁を壊そうにも魔力保護をするのが普通……しなければ、逆に拳が壊れるだけ。

 

 

――なのに、拳をぶつけられた障壁は数秒経たず、罅を生み出し始めた。

 

 

魔力を纏わず拳をぶつけ、障壁に罅を入れるなどあるはずのない事。

故に驚きを彼女は露にするが、このまま続けてもいずれ障壁が破られるのは明白であった。

だから彼女は意表をつくように障壁を一旦消す。そして相手もそれを予測しなかった故か、勢い余って僅かによろめく。

その隙を狙ってエティーナは右手の剣を彼に向けて振るうが、不安定な体勢だというのにやはり男は避けた。

だけど避けきれなかったのか刃は若干男の頬を掠め、次なる斬撃が放たれたと同時に避けながら僅かに後ろへと下がった。

 

「へへ、ただ魔法が使えるだけじゃねえ……頭もよく回るみたいだなぁ、女」

 

「…………」

 

状況は最初と同じ状況へと戻った。だが、男と反して彼女には余裕がなかった。

中距離の魔法による牽制と包囲が効かない。それをしようがしまいが、接近戦に持ち込まれてしまう。

先ほどのはたまたま策が上手くいったから良かったが、おそらく同じ手は二度も通じないだろう。

だとすれば彼女の持ちうる魔法で中距離と近距離を抜けば、後は広域魔法しか距離を置いての戦いには使えない。

しかしその手も使うことが出来なかった。こんな場所で広域魔法を使えば、アイラを巻き込む可能性が非常に高いから。

だが、そうだとすると打つ手がなくなってしまう。そこに表面上には出さなくとも、彼女は焦りを見せ始めていた。

 

「さあ、仕切り直しだぁ。今度はさっきみたいにはいかねえぞぉ、かっかっかっ!」

 

笑いながら再び構え直す男にエティーナも合わせるように両手のデバイスを構える。

近接に持ち込まれない手段は確かに少ない。だけど、だからといってアイラを危険な目に合わせるわけにはいかない。

故に半ば覚悟を決め、術式を再度構成し始める。それに対して男も、地面を蹴って彼女へと接近する。

だが、二人がぶつかり合おうとするその瞬間――――

 

 

 

――二人の間を、白い魔力の閃光が通り過ぎた。

 

 

 

地面を蹴って彼女へと向かう状態から、器用に男は右足を前に出して再び地面を蹴る。

反して、エティーナには直撃しない進路だった故に彼女はその場から一切動いていない。

だが、大なり小なり二人の顔には驚愕の感情が浮かんでおり、僅かにその場で硬直してしまっていた。

その隙を狙ったのか、閃光に続いて橙色の魔力弾が上空から幾多も男へと向けて降り注いだ。

魔力弾が降り注ぐ際の光で男は我に返ったのか、舌打ちをしながら弾の落ちる位置から最小限の回避行動を取ろうとする。

 

Orage distrait》

 

しかし、どこからか聞こえたデバイスの音声に合わせ、降り注いだ弾は落ちる寸でで分裂、拡散する。

それは降り注いだ全ての魔力弾がであるため、最初は数個だった弾は拡散した後、数十個近くになっていた。

しかも最小限の回避行動を取ろうとしたのが仇となり、至近で拡散した魔力弾は男にとって避けられるものではない。

故にか拡散したと同時に被弾、凄まじい爆音と爆風、そして舞い上がった土煙が少し遠くながらもエティーナを襲う。

それに思わず剣を持った右腕で目を隠すようにし、一体何がどうなっているのかを懸命に考えようとする。

だが、答えが考え付くよりも早く、土煙が舞い上がる中でどこからともなくその声は聞こえてきた。

 

《逃げてください。アレは、私たちで抑えますから……》

 

「え……?」

 

聞こえてきたのは若干の幼さを感じさせる、女のものと思われる声。

念話によるその声にエティーナが驚きを示す中で、声の主は逃げるようにと告げてきた。

その言葉が放たれてから僅かに遅れて我に返り、彼女は声の主に対して貴方は誰なのかと尋ねた。

しかしそれに対する答えが返ってくる間もなく、別の声が念話にて彼女の頭に響き渡った。

 

《そんな事はこの際どうでもいいっスよ。いいからさっさと逃げるっス》

 

「……でも、あの人は」

 

《アレを捕まえたいという気持ちは分かります。でも、今の貴方じゃアレには勝てない……だから、お願いです》

 

逃げてください……再度そう告げてくる声にエティーナは僅かに俯き、それでも分かったと頷く。

声が言う通り、このまま粘っても勝てるかどうかは微妙。勝てても、お腹の子がどうなるかが分からない。

故に声の指示に従ってエティーナは駆け出し、遠くで呆然としていたアイラを連れてその場を走り去っていった。

 

 

 

 

 

彼女らの姿が見えなくなったのと同時に、土煙はゆっくりと晴れていった。

そして煙の晴れた地面には先の男が倒れ伏している。だが、息をしている事から死んではいない。

それどころかあれだけの魔力弾の直撃を受けながら、男の外傷は非常に些細なものであった。

 

「あぁ……今のは中々に、痛かったぜぇ」

 

独り言のように呟きながら男は伏した状態から起き上がり、汚れも払わず肩を回す。

そして一頻りコキコキと骨を鳴らすと彼女らの逃げた方向へと向かうため、歩き出そうとする。

だが、足が一歩目を踏み出すと同時に目の前の木の上から、彼の進路上に一人の女性が降り立った。

 

「ほんとにしぶといっスね……さっきので死んでくれれば一番楽だったのに」

 

降り立ったと同時にそんな事を告げてくる薄紫色の髪をした女性。

日が落ちたこの場には非常に違和感を生み出す白い半袖と長ズボンといった格好の女性。

目の前に現れた彼女と視線に捉えるや否や、男は先ほどまで同様の笑みを顔に浮かべる。

 

「またテメエかぁ……中々にしつこいじゃねえかよ、あぁ?」

 

「そりゃしつこくもなるっスよ。折角上手くいってる事を、アンタに引っ掻き回されるのは正直迷惑っスからね」

 

「だから殺るってかぁ? それが無意味な事だって、テメエもよく知ってんだろ」

 

挑発的な目と口調で告げるが、女性は表情を一切変えなかった。

そして彼女が何も返さず黙りこくる中、男の後方から更なる人影が姿を現した。

 

《それでも、貴方にこれ以上騒ぎを起こさせるわけにはいかない》

 

「はっ、テメエもいやがったか。いや、ある意味で妥当だろうがな……『蒼き夜』とはいえ、たった一人で殺れるほど俺は甘くねえからな」

 

後ろに現れた橙色の髪をし、薄紫髪の女性と同じく変わった服装をした少女。

彼女の存在に男は何が可笑しいのか押し殺したような笑いを上げ、収めると同時に構えを取る。

対して女性は変わった形の短剣をクルクルと回し始め、少女は長い袖で隠れた右手を水平に掲げる。

そして得物を構えた後、三人は互いに見合いながら――――

 

「では、再三に渡り言ってきた事ではあるっスけど、改めて……」

 

 

 

 

 

「この世界から消えろ、『不死者(イモータル)』」

 

――女性の言葉を合図とし、一斉に動き出した。

 

 


あとがき

 

 

穏やかな買い物風景から一転、謎の男との戦闘を交えた今回のお話でした。

【咲】 あれが通り魔事件の犯人なわけ?

ふむ、彼の言動からしてエティーナはそう思ってるな。彼も肯定してるし。

だけど、それが真実だとは必ずしも限らないのだ。

【咲】 どういうことよ?

彼が肯定したのは通り魔事件の犯人だという事であって、アイラの両親を殺した事には肯定してないだろ?

【咲】 そりゃ、エティーナも聞いてないしね。

うむ。だから、エティーナの早合点の可能性もある。まあ、真相はまだ明かされないけどな。

【咲】 でもさ、肯定したってことは、通り魔事件の犯人であるのは間違いないのよね?

そこは間違いないな。だがもう一度言うが……

【咲】 アイラの両親を殺したのはアレじゃないかもしれない、でしょ?

そういう事。まあ、事件の真相が明らかになるまでしばらくお待ちをって感じだな。

【咲】 結局はそうなるのね。で、今回の話の最後に出てきた二人だけど、あれって……彼女らよね?

君の言う彼女らが誰を示してるのかは分からんが、まあ間違ってないと思うよ?

【咲】 ふ〜ん。にしても、彼女らと謎の男の間に何か因縁のようなものを感じるのだけど?

まあ、実際因縁があるしね。そもそも、彼女らの目的の一つに入ってるから、彼。

【咲】 アレを討伐する事が?

うむ。だがまあ、今回の話で大体分かるとおり、彼女らでも簡単にいく相手じゃないんだよ。

【咲】 なるほどねぇ……で、次回はこの話の続きで戦闘?

いや、この話は次回の冒頭で終わり。戦闘もない方向で進める。

【咲】 じゃあ、次回はどんなお話になるわけ?

次回はだなぁ、また時期が流れてやっと事態が進み始める……悪い方向にだけどな。

【咲】 ようやく現在に繋がるエティーナの死の真相に向かうわけね?

ふむ。てなわけでやっと過去編も終盤……エティーナがなぜ死んだのか、管理局が犯した罪とは。

【咲】 次回以降をお楽しみに!!でしょ?

む、先に言うなよぉ〜。

【咲】 いっつも同じじゃつまらないからパターンを変えてあげたのよ、感謝なさい。

感謝を要求するところじゃ……イエ、ナンデモアリマセン。ドウモアリガトウゴザイマシタ、サキサマ。

【咲】 素直にそう言ってればいいのよ。じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 じゃ、バイバ〜イ♪




やっぱり、あの口調からすると彼女たちで良いんだよな。
美姫 「だとしたら、アイラの両親の死にも何か秘密みたいなものがあったりしてね」
うーん、どうなんだろう。
どっちにしても、次回を待たなくては。
美姫 「そんな気になる次回は……」
なんとこの後すぐ!



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