ポーカー勝負が始まった早一時間、勝負はようやく最終戦を迎えていた。

たかだか十回の勝負でなぜ一時間も掛かったのか、それは一戦目であった事を考えれば分かる事。

一回戦以降、ラーレの説明でルールの大体は理解したカルラだが、役柄を全て覚え切れなかった。

しかも覚え切れていない事を言わないため、一戦目と同じ事を言ってまたラーレからこっ酷く怒られる。

そんな状況が何戦も続き、ようやくある程度の役柄を覚えてきたと思えばすでに最終戦。

怒りっぱなしだったラーレも、怒られっぱなしだったカルラも、そして見ていただけの二人も、同様に疲れが見えていた。

そして最終戦を前にした現在の戦績は恭也&リースが四勝、ラーレ&カルラが四勝、引き分けが一回という感じになってる。

この一度だけあった引き分けに関して一体何が起こったのかというと、簡潔に言えば全員がブタだったのだ。

普通に考えれば一人としてワンペアすらも作れないなどそうあることではない。だが、その低確率の現象が起こってしまった。

しかしこれはある意味良かった事だとも言える。なぜなら、延長などする必要も無く最終戦で勝敗が決まる可能性が高いからだ。

故にか最後となる勝負前は四人の間に緊張が走り、中でもリースとラーレなどは視線の間に火花を散らせてさえいた。

 

「私相手にここまでやるなんて、お子様のくせに中々やるじゃありませんの」

 

「ふふん、そんな上から目線の物言えるのも今のうちだよ。私たちが勝ったら、目一杯馬鹿にしてやるんだから」

 

そういった考えがお子様と呼ばれる由縁なのだろうが、本人はそこに気づいてはいない。

ラーレとしてもそこよりも私が勝ったらという部分に反応し、不敵な笑みで返す始末。

 

《なんか凄い事になってますね、二人とも……》

 

「たかだかポーカーでそこまで熱くなる事ないだろうにな……」

 

火花を散らせる二人を前にして完全に傍観者となっている恭也とカルラ。

賭けをしているとはいえ、本来は遊びとして分類されるポーカーにここまで熱くなる。

それが二人の入り込む余地というのを無くし、居心地さえも悪くしている原因となっていた。

 

「「恭也(カルラ)!!」」

 

火花を散らせていたかと思えば、突如として互いの相棒を呼び、顔を向ける。

それに反射的に返事を返す二人をリースもラーレも鬼のような形相で見つつ――――

 

 

 

「「絶対勝つよ(勝つわよ)!!」」

 

――負けられないという気合を込めて、叫ぶように告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはB.N

 

【第二章】第十四話 波乱に満ちる艦内ツアー 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終戦が始まり、最初のチェンジとなったのはリース。

これは前の勝負で一番役の強かった者から、時計回りに進むというルール故だ。

そして最初となったリースの手札は最後の最後で中々に良く、すでにツーペアが出来ている状態。

これならばフルハウスを狙える可能性は非常に高く、それ故かリースは心の中でガッツポーズを決めていた。

 

「一枚チェンジ……」

 

だが、悟られたら相手は確実に上を狙うため、表情には出さずに一枚を捨てる。

その後に山札から一枚を補充したのを見て、次となる恭也が手札を見つつ思案する。

彼の手札は現在、お世辞にも良いとは言えない完全にバラバラな状態であった。

それは数字にしてもスーツにしても。こんな状態ではどんな役を作るにしても難しいと言えるだろう。

しかしリースやラーレほどではないが、勝負事となれば途中で諦めるわけにはいかないのが恭也という男。

故にここからどう役を作るかを懸命に思案し、ようやくそれを決めた彼は手札から三枚を取って捨てる。

 

「三枚チェンジだ」

 

捨てると同時にそう告げ、山札から三枚を引いて手札へと補充する。

その途端に再び思案顔になるが、それでも先ほどよりは難しい顔をしているというわけではない。

つまりそれはさっきよりは良い感じになったということなのか、それともまた別の考えがあっての事か。

どちらかは分からないが本人的には良い状況と見るべき。そうなると周りの者にも若干の影響が出始める。

特に相手側となるラーレには一番影響が出ているのか、表情に若干の戦慄が走ってなどいた。

 

《じゃ、じゃあ次は私、ですね……》

 

隣から感じる怖い空気に怯えた様子を見せつつ、カルラはそう言って手札を見る。

彼女の現在の手札はリースよりも凄く、スリーカードがすでに出来ているという状態。

更に一戦目以降は役柄を叩き込まれてそれでも考えれるようになったのだから、それは脅威と言えるだろう。

 

《えっと、三枚変えます……ね?》

 

しかしあろうことか、カルラは数字の揃った三枚を場に捨てるという行為に出た。

彼女の手札を見ている者がいたとしたらおい!と言いたくなるだろうが、当然誰も見ているはずがない。

故に彼女は指摘も受けぬまま三枚を捨て、山札から三枚を引いて手札へと加えるに至った。

一戦目から役柄を叩き込まれたはずなのになぜそんな愚行に出たのか。それは彼女のみ知る事。

と言いたいところだが、実際のところは特別な考えなど無いだろう。それは彼女の表情からも窺える事である。

つまるところ考えれるようになったというのは幻想で、本当のところは何も理解していないというのが正しいのかもしれない。

とまあそんな事は実際周りの者には分からないわけで、カルラの行動など気にも留めず四番手のラーレが手札に手を置く。

 

「一枚チェンジですわ」

 

彼女もリースと同じで一枚だけ交換。これにリースは若干目を見張って彼女を見る。

一枚だけ交換するということはほとんどの場合、何かしらの役が出来上がる一歩手前という事。

要するに交換の枚数だけでなく条件も同じ。つまりこれは、警戒すべき事だと言わざるを得なかった。

故に向ける視線もどこか睨むようなものとなり、対して彼女の視線も対抗するように同じようなものへとなる。

そんな二人の様子を恭也は変わらぬ呆れの表情で見つつ、溜息をつきながら手札からカードを捨てて山札へと手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

二人の睨み合いが続く中、カード交換の最後の一巡が終わりを告げる。

全員がカードを変え終え、リースとラーレの様子は終始変わらず、恭也とカルラは疲れたような顔を浮かべていた。

そして順どおりに手札を公開する決まりなため、そんな様子のまま最初となるリースが手札を表でテーブルに置いた。

 

「私は〜……フルハウスだよ♪」

 

「くっ……」

 

ジャックが二枚とキングが三枚のフルハウス。これはフルハウスの中でもかなり強い部類だ。

故にか彼女が役を告げて手札を公開し、それを見た瞬間ラーレはあからさまに悔しそうな呻きを漏らす。

それから察するに彼女の手札は彼女よりも弱い役。それもかなりギリギリの差なのではないかと予想できる。

だがもしそうなのだとすると、逆転をするにはカルラに賭けるしかない。しかし、それはかなり分の悪い賭け。

今までの戦績から見てカルラが出した役で一番強かったのは、ツーペア。しかもそれを出したのは一回だけ。

未だちゃんとルールを理解していないのか、それとも単に運が悪いだけか。ラーレとしてはどちらもだろうと考えている。

だからこそ分が悪いというよりはもう負けたと言う思いが強いため、カードを握り潰すかの如く拳を握って振るわせる。

 

「俺は、フラッシュだな」

 

そんな彼女を他所に順は進み、恭也が自身のカードを公開する。

数はバラバラだが全てのスーツがハートであるため、ツーペアよりは若干強いフラッシュという役となる。

数もスーツもバラバラの状態からフラッシュに持ってこれたのは凄いが、リースがフルハウスを出した時点で無意味。

だがまあ、終盤でブタやワンペアにならないだけ、恥を掻かないのだからまだマシだと言えるほうだろう。

そして次はカルラの番……なのだが、この時点で既にリースを勝ち誇り、ラーレは勝負に負けたと思っていた。

先ほども言ったとおり今までのカルラの戦績は絶望的。それらを見ていた側からすると逆転のチャンスあるとは考えられない。

そのためラーレは拳を震わせたまま俯き、そんな様子を気分良さげに見ながらリースはカルラに手札公開を促した。

 

《え、えっと、私はこんな感じなんですけど……これってフラッシュというのでいいんでしょうか?》

 

公開を促されたカルラは隣のラーレの様子にビクビクしながら、手札を表向きでテーブルに並べた。

やはり彼女は説明した役を理解し切っていない。並べた後に聞いてきた言葉を耳にしてそれが確信できた。

故にか拳を振るわせるラーレの額に青筋が浮かび、もうすでにクシャクシャになったカードを更に握り締める。

そんな彼女をリースは素で、恭也は極力見ないようにスルーしつつ、並べられたカードへと目を走らせる。

数字はジャック、エース、キング、10、クイーン。スーツは全てスペード……見た感じだけだと確かにフラッシュに見える。

 

「あ〜……確かにフラッシュかなぁ、これだと」

 

「……いや、待て」

 

フラッシュだと結論付けようとするリースに、恭也は待ったと掛けてカードに手を伸ばす。

一体何をする気なのか……そう思いつつリースとカルラが静観する中、彼はカードの順序を入れ替え始める。

そして数秒後に入れ替え終えたカードの並びを見て、リースの表情から勝利の色が消え去った。

 

 

 

「ロイヤルストレート、フラッシュ……?」

 

 

 

ロイヤルストレートフラッシュ……それは、ポーカーの中で一番強い役柄。

決められた五つの数字を同一のスーツで揃える事により出来上がる、最も作り難い役。

それを最終戦、言ってしまえば土壇場で彼女は作り上げた。しかも意図してではなく、見たところ完全に運のみで。

はっきり言って信じられない。それ故、リースも並べ替えた本人たる恭也も呆然とする他なかった。

その二人の様子と口にされた役名にカルラは首を傾げるしかなく、故に尋ねてみたが二人から反応が返ってこない。

それ故、役柄について尋ねれる人物はもう一人しかおらず、恐怖しながらもおずおずとそちらへと視線を向けた。

だが視線を向けた先にいたラーレは拳どころか身体まで震わせている始末。これでは尋ねようにも尋ねれない。

故にどうしようどうしようとカルラがオロオロし始める中、突如としてラーレはカルラの両肩に手を置いた。

 

《ひゃうっ!?》

 

肩に手が置かれた瞬間、彼女は念話の悲鳴と共に身体をビクッと震わせる。

そして逸らした視線をもう一度向け直すと、その先にいた彼女は俯き加減で未だ身体を震わせていた。

その様子からしてかなり怒っている。そう判断したカルラはきっとまた怒らせるような事を口走ったのだと認識した。

故にかどうにか謝罪して許してもらおうとするが、恐怖のあまりに謝罪の念話すら飛ばす事が出来なかった。

 

「カルラ……」

 

《っ……!》

 

声が口にされた瞬間、カルラは何か制裁が来ると思って目をキュッと閉じる。

だが目を閉じてからしばし経っても痛みは一切来ず、制裁らしい制裁が齎される事はなかった。

それを不思議に思ったカルラはビクつきながらも目を開けようとするが、それよりも早く――――

 

 

 

――肩を掴んだまま彼女を引き寄せ、ギュッと抱きしめた。

 

 

 

「さすがは私たちの勝利の女神!! よくやりましたわ!!」

 

《……え? え?》

 

先ほどのような両頬を引っ張るだとか、もっと酷くて頭を力一杯叩かれるだとか。

そういった制裁が齎されるかと思いきや、彼女の予想とは大きく異なって抱きしめられるという結果。

そもそも完成させた役自体も良く理解していないため、一体何がどうなっているのか分からない。

故に抱きしめられながら困惑気味な様子を見せるカルラを、ラーレは興奮したまま突如頭を撫で始めた。

 

「ご褒美に頭を撫でて差し上げますわ♪ ほら、いい子いい子〜♪」

 

《ちょ、や、止めて、ラーレ。恥ずかしいし髪がクシャクシャになっちゃう》

 

興奮の余りに性格まで若干変わっているためか、別の意味でカルラの言葉に耳を傾けない。

しかも少し強めに撫でるものだから髪が酷い惨状へとなり、撫でられるのが嬉しくもあるが堪らない状況。

そのため抱きつくという状態から脱出を試みるも無意味。止めてと呼び掛けるもそれも聞く耳持たず。

恭也に助け求めても先ほどのラーレのように悔しげな様子を見せるリースを抑えるので恭也は手一杯。

当然そんな状況ではリースに助けを求めても無駄。むしろ、下手に刺激したら怒りが爆発しそうで声が掛けられない。

結果、脱出の術もなく助けを求める事も出来ず、カルラはしばらくの間ラーレに抱きしめられながら撫でられ続けていた。

 

 

 

 

 

ようやくカルラが解放されてから十分後、三人は娯楽室を後にした。

別段ラーレはもう少し居てもいいと言ったのだが、リースが大反対をしたため出ざるを得なかったのだ。

部屋を出た後に反対した理由を聞いてみるとやっぱりというか、ラーレの満足そうな顔を見るのが腹立たしいからとのこと。

しかも負けた罰ゲームに関してをリースにも聞こえるようにカルラと話し合う辺りでもう彼女もプッツンときた。

だが恭也の抑えもあって暴れる事こそなく部屋を出た。ちなみに、罰ゲームは追ってカルラに連絡させるらしい。

とまあそんなわけで若干イライラとしながらも艦の案内は再開。しかし、再開したはいいが見るところはもうほぼ無し。

ならこの辺で切り上げて来た道を戻ろうかとリースは提案してカルラもそれに頷こうとしたが、思いも寄らぬ所から口が挟まれた。

 

「部屋に戻る前に少しトレーニングルームとやらを見に行きたいのだが……駄目か?」

 

《トレーニングルームですか? 私は別に構いませんけど》

 

「私も恭也が行きたいって言うなら反対はしないけどさ……でも、確かさっきの話ではあのオジさんが今そこにいるんじゃなかったっけ?」

 

トレーニングルームは第四区画の先ほどまでいた娯楽室から少し離れた位置にある。

それなりに本格的なトレーニングルームでSランクの魔法にも耐え切る魔法防壁が成されている。

更には地形等の変更から魔導師ランクの測定まで行える。そのため『蒼き夜』の面子のほとんどが良く使うらしい。

だが、ほとんどと言っても余り戦いを好まないカルラは使用頻度も一番低く、基本的にはあまり寄る事がないとの事。

反対に今しがたリースがオジさんと呼んだ人物、ギーゼルベルトは使用頻度が最も高く、娯楽室か自室にいない場合は大概そこにいる。

そして先ほどの娯楽室での話では実際に今も彼はそこにいるとの事。それ故、リースも若干のしかめっ面を見せた。

 

《確かにラーレの話ではギーゼが今いるみたいだけど、そこまで嫌がる事もないんじゃないかな? ラーレと違って変に突っかかってきたりしないし、誰にでもまともな対応をするから》

 

ラーレの場合は誰彼構わず見下したような言い方で挑発するが、ギーゼルベルトにそれはない。

砂漠での一件で見た限りでも、まともな対応をするというのはリースも納得出来るため反論は出来なかった。

加えて先ほどはカルラのお願いであったため娯楽室に行くのを渋ったが、今回は身内である恭也からの希望。

故に結局若干渋りはしたが説得する必要もなく了承を口にし、一同はトレーニングルームへと足を向け歩き出した。 

 

 

 

 

 

同じ区画にある場所故に少し離れていると言っても差して距離があるわけではない。

そのため歩き始めてから間もなくして辿り着き、現在はトレーニングルームの扉前に三人は立っていた。

トレーニングルームの扉は二つあり、一つは模擬戦を行う者が入る部屋、もう一つは地形等の変更やランクの観測を行う部屋となっている。

ギーゼルベルトの様子を見るのが目的なら後者でもいいが、恭也の希望で前者のほうに入ってみるという形になった。

そもそも恭也はトレーニングルームというのは一度しか使った事がないため、あまり馴染みがないと言える部類。

故にアースラのトレーニングルームとはどう違うのかと興味が沸いた。それが要するにそこへ行こうと提案した理由らしい。

とまあそんなわけで目的の場所へと辿り着いた恭也はとりあえず中へ入ろうと扉を開こうとする。

だが、その直後にカルラから静止の声が掛かり、彼は首を傾げながら振り返ってどうしたのかと彼女に尋ねた。

 

《その、入るのは構わないんですけど……くれぐれも気をつけてくださいね? ギーゼが入ってるんだったら中は絶対酷い惨状になってると思いますから》

 

一人でとはいえ、鍛錬をしていると言うのだからある程度は想定している。

それ故に恭也が分かったと頷くと彼女も頷き返し、恭也の前へと歩み出て代わりに扉を開いた。

 

 

――途端、室内からの凄まじい冷気が三人を襲った。

 

 

多少でも水気があれば一瞬で凍ってしまうのではないかと思えるほどの冷気。

カルラは慣れているのか、多少手を擦ったりする程度で部屋の中へとツカツカと入っていく。

だがリースはそうもいかず、自身を抱きしめるように両手を回して腕を擦り、入る事を僅かながら躊躇していた。

寒いとか暑いとかに対して比較的我慢強いほうである恭也もこれには足が止まり、リースと同じく開かれた扉の前に立ち尽くす。

しかし行ってみたいと言った以上は入らないわけにもいかず、先に入ったカルラが少し先で待っているのが二人にも見える。

そのためしばらく立ち尽くした後、二人は気を引き締めて(気合でどうにかなる問題ではないが)部屋の中へと入っていった。

 

「さ、さむぅ……てか、凄い吹雪いてるんですけど。地面とか壁とかも前面凍りついてるしさ……こ、これってやっぱり、地形の変更でこうしてるわけなの?」

 

《ううん、周りの氷も吹雪きもギーゼの魔法で生成されたもので、地形自体は弄ってないと思うよ?》

 

まるで普通の事のように言ってはいるが、実際言ってる内容も凄まじいものがあった。

トレーニングルームは自主鍛錬だけでなく模擬戦も想定している。もちろん一対一だけではなく複数戦も。

それ故に内部の広さはかなりのものがあるため、それ全体を凍らせた上に吹雪を起こすというのは並大抵ではない。

そんな驚きの事実を知らされて呆気にとられる二人に背を向け、カルラは室内にいるはずのギーゼルベルトに念話で呼び掛ける。

すると三人の奥のほうから足音が響き始め、数秒の後に呼び掛けた人物が姿を現した。

 

「ふむ、高町恭也とリース嬢も一緒か。普段は寄り付きもせんというのに一体どんな気の変化だ、カルラ?」

 

《わ、私が来たかったわけじゃないよ。恭也さんが行ってみたいって言ったから案内しただけで……》

 

「て、ていうかさ……いい加減この氷とか吹雪とかを消してくんない? さ、寒くて敵わないんだけど……」

 

ブルブルと震えながら訴えてくるリースの言葉に頷き、ギーゼルベルトは右手に持つ大剣を前に掲げる。

すると大剣の鍔の辺りに備わる青の宝玉が小さな光を放ち、同色の魔法陣が彼の足元に展開する。

それと同時に吹雪はゆっくりと静まっていき、最終的には元の風一つ吹かない無風の状態へと戻っていた。

しかし吹雪は収まったもののもう一つの要求である氷は消えず、地面から壁、天井に掛けて未だ前面氷付け状態だった。

 

「こ、氷が消えてないんだけど……」

 

「氷はあくまで先の吹雪の派生で発生したもの故、自然に溶けるのを待つしかないんだ……すまんな、リース嬢」

 

「な、なんでそうなるって分かってて吹雪なんか――――って、わきゃ!?」

 

文句を言いながら詰め寄ろうとした矢先、地面の氷に足を滑らせて盛大にこけた。

受身もまともに取れず、顔こそ打ちはしなかったが身体全体を大きく地面へとぶつけ、激しく痛そうな顔をする。

そんな彼女にカルラは慌てて寄っていき、立ち上がる手伝いをしようと若干腰を落して長い袖を捲くって手を差し出した。

差し出された手にリースはお礼を言いながら自身の手を重ね、ゆっくりと立ち上がろうとするが――――

 

 

 

《きゃうっ!?》

 

「あぶっ!! ぐえ!?」

 

――力を加えられる事で次はカルラが滑り、今度は二人揃ってこけた。

 

 

 

ミイラ取りがミイラになる……正にその言葉が当てはまる光景であった。

しかも今度はリースも受身が取れず顔面を打ち、その上から追い討ちの如くカルラが圧し掛かった。

その途端ヒキガエルが潰れたような声を上げ、カルラ自身も膝でも打ったのか痛がって起き上がらない。

故に圧し掛かられた状態が続くためリースも起き上がれない。まあ、どの道顔を打っているからしばらくは起き上がれないだろうが。

カルラが手助けに入った時点で様子を見るだけだった二人も、リースとカルラのそのドジぶりには溜息をつかざるを得ない。

しかし、どちらも痛がっているためか一向に起き上がらないのに見かね、二人は仕方なく二人の助けへと入るのだった。

 

 

 

 

 

ようやく二人を起き上がらせたものの、そのままそこにいてはまたいつ転ぶか分からない。

そのためトレーニングルームを見るという目的を達成させたのもあり、一同はその場を後にした。

そしてやってきたのは同じ第四区画の談話室。適当に話をするのならばもってこいな場所である。

そんな場所の一角にあるテーブルの椅子にてギーゼルベルトとカルラ、恭也とリースというように向かい合って腰掛けていた。

 

「さて……早速だが、高町恭也。お前はなぜトレーニングルームに寄りたいと思ったのだ?」

 

「特筆した理由はないが……敢えて理由を挙げるなら、以前いた艦の物と違う所があるのか気になったというとこだな」

 

「ふむ、俺はてっきり俺がいると知って試合でも申し込みにきたのだと思っていたが……なるほど、そういう理由か。いや、実に残念だ」

 

何が残念なのかと聞かれれば、おそらくは戦えないというのが理由だろう。

砂漠での一件でも分かるとおり、ギーゼルベルトという男は戦う事が生き甲斐と言ってもいいほど戦い好きな人物。

故に恭也があそこにきた理由が本当に試合の申し込みだったとしたら、彼は喜んでそれを受けただろう。

しかし返ってきた理由は全くそれと関係ないもの。故に彼は本当に残念そうに肩を僅かに落とした。

そんな彼にカルラは小さく溜息をつき、飲み物でも持ってくると言って立ち上がり、部屋を出て行った。

彼女が部屋を出て行くのを見送った後、肩を落としていた彼は机に両肘をついて組み、二人に対して口を開いた。

 

「あの娘はどうやら、お前たちにある程度気を許しているようだな。本来は他者との関わりを極力避ける娘なのだが……何かあったのか?」

 

「いや、何もなかったと思うが……リースはどうだ?」

 

「ん〜、口の事を聞いたぐらいで別に変わったことはなかったと思うけど」

 

「口? お前たちにその事を話したのか、あの娘が?」

 

「あ、うん。正確にはこっちが聞いた事にカルラが答えただけなんだけど……」

 

カルラが喋れないという事に関して彼女本人から聞いた。それを知ったギーゼルベルトは若干の驚きを浮かべる。

そして少し考え込むような仕草を見せた後、なぜ驚くのか不思議そうにしている二人へとその事を話した。

口が利けなくなって以来、彼女は自分たち以外との関わりを避けている事。接しても大概は落ち着きなくビクビクしている事。

要するにこの二点が恭也とリースの二人と話しているときには見られない。むしろ、本来の彼女自身を二人に晒していた。

会ってから大して経っていないはずなのにそんな状況になる。これは今までにもなかった事なため、驚くのも無理はなかったのだ。

 

「そういえば確かに、初めて会ったときはちょっとそんな感じがあったかなぁ……あれが普段の姿なんだって気にも留めなかったけど」

 

「ふむ……まあ、理由などどうでもいいか。むしろ、俺たち以外でカルラが自身の本当を曝け出せる相手が出来た事を喜ばねばな」

 

「喜んでいいもんなの? 私たちとアンタたちって、結局は敵同士なのに」

 

「今は、な……」

 

また不可思議な一言を呟くが、それに関しては彼も意味を話そうとはしなかった。

だが、それでも意味が気になる二人は問い詰めるため口を開こうとするが、都合悪くその前にカルラが戻ってきた。

そのため問い詰める事は出来ずに口を噤み、自身らと二人の前に置いたお茶の入ったコップを手に取って口をつける。

ギーゼルベルトと席についたカルラも同じくお茶に口をつけ、コップを机に置くと再び二人に対して口を開いた。

 

「一つ聞くが、リース嬢はその姿になってから一度でもユニゾンをした事はあるか?」

 

「あるわけないじゃん。私自身が目覚めたのだって今日が初めてなんだし」

 

「そうか……なら提案なんだが、それも兼ねて一度模擬戦でもしてみないか? まあ相手は俺ではなく、この娘だがな」

 

そう言って隣のカルラの頭をポンポンと叩き、カルラを含めた三人は驚きを浮かべる。

いきなり模擬戦をしようと持ちかけたのもそうだが、一番驚きなのは二人の相手としてカルラを指定した事。

彼自身が相手をするならまだ分かるが、なぜカルラを相手として提案するのか。そこが三人にも分からなかった。

だが、恭也は肯定気味な返事を返すもリースは面倒くさがって拒否。カルラも戦うのは好きじゃないと良い返事を返さない。

しかしギーゼルベルトも二人が拒否をする事が分かっていたのか、先の提案に続けて次の条件を口にした。

 

「もちろん、こちらが提案しているのだからタダでというわけではない。もし、お前たちがカルラに勝つ事が出来たのなら、お前たちの聞きたい情報を一つだけ教えてやろう。聞く情報に制限はつけんから何でもいいぞ……転送システムのロックを解除するためのパスワードでも、俺たちがジェド氏と協力して成そうとしている目的でも」

 

「……それ、ほんと?」

 

「ああ、本当だとも。それに結果がどうなろうとも俺たちの力がどの程度かを知る事が出来るのだ……それだけでも悪い話ではないと思うが?」

 

《ちょ、ちょっとギーゼ……私はやるなんて一言も――》

 

「お前は戦う事に関しては少し消極的になりすぎだ。俺たちの目的上、他者との争いは必ずある……優しいという一面は確かに美点ではあるが、戦わず、傷つけずを成すだけが優しさではない。むしろお前のやっている事は、戦う事から逃げているだけだ」

 

その言葉にカルラは違うと言いたくも何も返す事が出来ず、顔を俯かせる。

そんな彼女にギーゼルベルトは良い機会だ、やってみろと告げて頭をもう二、三度ポンポンと軽く叩く。

そして二人へと顔を向け直し、返答を聞くためにどうだろうかと一言尋ねる言葉を口にした。

尋ねられた二人はしばらく考える仕草を見せ、互いの顔を見合った後に提案を受けると言うように小さく頷いた。

 

「決定だな。それと一応言っておくが、戦う事に消極的だからと言ってもカルラ自身が弱いわけではない。身内の俺が言うのも難だが、並大抵の魔導師では束になっても敵わない実力の保持者だ……それ故、そこも踏まえて手を抜こうなどとは考えない事だ」

 

「そんな事はしないさ……手を抜くなど、相手に失礼だからな」

 

「そういう事。それに勝ったら好きな情報が聞けるんだから、相手が誰でも全力で潰すよ」

 

《あ、あはは……お、お手柔らかに》

 

それなりの実力者と戦うのなら手を抜くなど言語道断。そういう考えの下で恭也は手を抜かないと告げる。

リースに至っても理由は恭也と異なるが、絶対に勝つという志がある故に恭也と同じだと口にした。

対してカルラは乾いた笑いを浮かべ、ギーゼルベルトは満足したように頷くと模擬戦をいつ行うのかを語る。

日取りは現在のトレーニングルームの惨状を踏まえて明日、時間は昼の一時間前くらいとの事。

それに恭也とリースが頷くと彼も頷き返し、この話題はこれにて幕を閉じる。

そして別の話題で軽く話をした後、恭也とリースは二人と分かれて部屋へと戻るべく談話室を後にするのだった。

 

 


あとがき

 

 

ポーカー勝負は恭也&リースペアの負けという事でした〜。

【咲】 ま、ある意味予想できた結果よね。で、結局賭けに関してはどうなったの?

それはまた後日になるな。ていうか、模擬戦が行われる日にカルラが聞いてきて二人に言う。

【咲】 ふ〜ん……結局、ラーレはどんな事を提示してくるのかしらね。

そこはまだ分からんが、まあ良い事ではないだろうね。彼女の性格からして。

【咲】 確かにねぇ。ところでさ、カルラも勝ってるんだからラーレと同じで何か提示できるのよね?

うん、そうだね。

【咲】 でもあの子は何も提示しなかったみたいだけど、彼女自身まだ考え中なの?

んにゃ、この時点ではカルラも普通に忘れてるね。一応模擬戦の日にラーレから聞いて思い出すけど、何もしないだろうなぁ。

【咲】 なんでよ? 何でも命令できるのにさ。

ギーゼが言ったように、カルラは優しい子なんだよ。だからラーレみたいに酷い要求は出来ない。

【咲】 酷い事じゃなくてもお願い出来る事なんて一杯あるじゃない。

どんなものでも、彼女自身に取って二人は気を許せる存在。だから、そんな人たちに命令なんて出来ないんだよ、あの子は。

【咲】 ふ〜ん……で、ポーカー勝負も終わって今度はギーゼが出たわけだけど、訓練室が酷い惨状よね。

ここでは常にあんな感じだがな。だから一応ギーゼ以外も使うには使うけど、大概はギーゼが使ってるわな。

【咲】 使いたい人もいるかもしれないのに、酷く迷惑な話よね。

確かにな。とまあそんなわけでギーゼが登場し、最後の方で一つの提案を二人に持ちかけました。

【咲】 模擬戦ねぇ……しかもカルラと。あれってさ、カルラの事を考えての提案なわけ?

それもあるな。だけど、提案した真の理由はまた別にある。

【咲】 なによ、真の理由って?

それはどの道後々になったら明かされるから、今は秘密だ。

【咲】 そう。で、次回はどんなお話なわけ? また恭也&リース側?

いや、模擬戦に関しても気になるだろうが次回は視点変更してなのはたち側のお話だ。

リィンフォースが直ったのかについての事、アイラがユーノにある事を依頼する事。

この二点をサブとし、早くも海鳴のとある場所にて補足できたシェリスと三人娘が接触するというが話のメインになるな。

【咲】 別の次元世界じゃなくて、何でまた海鳴に来るわけ?

三人娘は管理局と関わりのある者である以前に、シェリスにとって何なのか……そこを考えれば分かるだろうよ。

【咲】 ……ああ、なるほどね。

ま、気になる理由はまた次回!! それとちなみにだが……。

【咲】 何よ?

二つの視点は一応交互でやるが、前に言った一話一話でではなく区切りのいいところで視点を変更するという風に変更する。

【咲】 つまり、前に言った事を若干変えるっていうわけね?

そういう事だ。てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では〜ノシ




やっぱり天然さんは最後の最後で美味しい所をさらって行きますな〜。
美姫 「良いじゃない。偶には良いところがあってもね」
とは言え、本人は分かってないみたいだったけれどな。
美姫 「次回はなのはたち管理局側サイドになるみたいね」
みたいだな。罰ゲームや模擬戦とかも気になるが、こちら側もどうなっているのか気になっていたしな。
美姫 「さてさて、なのはたちはどうなっているのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待っていますね〜」



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